Coolier - 新生・東方創想話

喫茶店に行こう

2009/07/26 02:15:10
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注意:この作品での東風谷早苗と射命丸文は前作:【想いは神の風を越えて】でのイベントを経験した後のお話となっております。
この作品単体でも楽しめるように最大限配慮してありますが、【想いは神の風を越えて】を読んでいないと分からない事があるかもしれません。
申し訳ありませんが、ご了承ください。


問題のない方はそのまま下へGOでございます。










雲一つなく澄み渡る蒼い空。
祝福の光たる太陽は、その柔らかく暖かい輝きで一日の始まりを告げる。
ここは幻想郷の一角、妖怪の山の山頂に聳え立つ守矢神社。
里に住む人間たちではなく山に住む妖怪たちの信仰を一身に受け、今では名実共に幻想郷の一部となった、古の社である。

そんな早朝の守矢神社に一つの影が舞い降りた。

「守矢神社のお参りも、もう日課になっちゃいましたね」

鳥居の前に降りた影……射命丸文はそう一言呟くと、慣れた歩で神殿へと進み始める。
途中の手水舎で柄杓を取り、手水を済ました文はふと、この日課になっている参拝の手水に対する感想を思い出す。

(……妖怪である私が心身ともに清めるというのは、少し可笑しな話かもしれませんね)

妖怪の山に立ち、妖怪たちの信仰を受けているとはいえ、本来神社とは人間の為に存在するための物である。
神社、神に頼らざるを得なかった人間たちの、敵対者であった自分たち妖怪が今はその神を崇めている。

神がおかしいのか、妖怪がおかしいのか、あるいは……両方とも正しいのか。

その事を以前この神社の巫女――いや、風祝である東風谷早苗に話したらこう言われた。

『――儚き人間の為に信仰があるのなら、猛き妖怪の為に信仰があっても……私は良いと思います』

その時の早苗の顔が妙に照れくさそうで、可愛くて、今でも文はその時の事を憶えている。

次に習わしに則り、二拝二拍一拝で守矢の神に祈りを捧げる。
早朝なので鈴を鳴らすまではしていないが、心にある想いを願ってこそだと、以前早苗に教えてもらった。
故に、文はその通りに祈る。



「――今日も特ダネに出会える様に……ですか?」

目を瞑る文の背中から、その願いをあらわす様に少女の声が響いた。

「おはようございます、文さん」

文が振り向くと、晴れやかな笑顔で早苗が立っていた。
手に持っている竹箒から察するに、彼女は境内の掃除を始める所なのだろう。

「おはよう、早苗」

挨拶を挨拶で返す。
最近の文は、彼女の顔を見る事で一日が始まっているといっても過言ではない。
それだけ、彼女は守矢神社に通い続けている。

「此処の所、毎日……ですよね」
「ええ。神頼みは嫌いですけど、特ダネは是が非でも欲しいですからね」
「さ、流石に神奈子様の御力でもそれは難しいかな~……と、思いますけど」

少し困った顔をする早苗を見て、文はと軽く笑みをこぼした。
その顔を見てからかわれていると気付いた早苗は、少し顔を紅くして文を睨みつける。




(……でも、本当の願いは)

先ほど、早苗は文の願いを特ダネの為と言った。
文もそれを否定はしなかった。
それも、この神社に訪れる理由の一つであったからだ。
だけど……

「……文さん?」

急に黙り込んでしまった文の顔を心配そうに早苗が覗き込む。
文は何時ものように早苗に笑顔で微笑むと、大丈夫と目で答える。

「なんでもありませんよ、早苗」
「そうですか?あ、そうです!実は文さんに渡したい物がありまして……」
「?」

早苗は思い出したといわんばかりに手を合わせると、腰に下げていた包みを文に差し出した。
それには可愛らしくデフォルメされた蛙の絵が縫い込まれており、布越しに僅かに伝わる温もり感じながら両手で受け取る。

「手軽に食べられる物にしてみたんですけど」

文の顔を上目遣いで窺う早苗に、少しドキドキしながら、包みを開ける

「これ、おにぎりですか?」
「はい。その……文さん、取材ばっかりでちゃんとお昼食べてるか心配で……」

顔を覗かせたのは、一食には十分な量のおにぎりが三つ。
見た目からでは中の具までは分からないが、作りたてという事は伝わって来た。

「……早苗」
「は、はい!」

突然真剣な瞳で自分を見つめる文に早苗は少しだけ気圧されるも、すぐに落ち着きを取り戻し、文の視線に応える。

それは一瞬か、はたまた永遠か。
流れた時間はそのどちらかでもあるように長く、そして短く感じられた。



「結婚しましょう」
「お断りです、腋フェチ」

文の口から飛び出したのは、突然の早苗へのプロポーズ
文自身、その言葉に大いに驚いていた。
早苗の口から飛び出したのは、その言葉の否定。
早苗自身、してやったりな顔で文の驚いた顔を見つめている。

両者、その場から動かない。
文も早苗も表情も体勢も何もかも、凍りついた様に静止している。

「……フェ」

漸く動き出したのは文。

「?」
「フェチって何ですか?!」

文の搾り出された言葉を受け取り、早苗は微笑みながら言葉を返す。

「フェチ。フェティシズム。身体の一部分など対して性的興奮を示す傾向を指すことを言います」
「性的?興奮?!」
「そういう特殊な趣向を椛さん・霊夢さん・私に共通する事で見るなら腋ですよね?つまり腋を愛でるんですよね?」
「なんで椛と霊夢が出てくるの?ねぇ?ねぇってば!?」

普段の狡猾さと冷静さが皆無の文の問いに、淡々と粛々と答える早苗。
第三者から見れば、当たり前だと気付くだろう。
早苗が浮かべる表情は、邪笑と呼ぶに相応しい、小悪魔的な表情だった。

「……でも私、文さんなら……その、良いですよ」
「え……ええっ!?」

そんな二人の応酬の中、切り替えされた一言。
先ほどのプロポーズの否定を、肯定で返す。

その曖昧なバランスが元に戻ったのは、それから三分ほど立ってからであった。
顔を真っ赤にしながらも、漸く直視できた早苗の顔は、なんとも可愛らしくおぞましい笑みを浮かべていた。

「さ、早苗!」
「あ、やっぱりからかってるって分かりましたか?」
「……素敵な楽園の巫女になるまで、あと少しですかね」
「文さんやにとりさんたちと一緒に生活すれば、こうもなりますよ」

文は霊夢の傍若無人っぷりを今の早苗と比較するものの、クスクスと笑う早苗はそれはさも当然というように意に介さない。
早苗はその言葉が嬉しかった。
異端でも部外者でもなく、幻想郷の中の一人の存在として認められている。
勿論、文はそんな事思っておらず、単純に霊夢のように情け容赦なく妖怪を嬲るような性格にはなって欲しくないという皮肉を込めて発言したのだが、そう解釈することは残念ながらないのである。

「……でも、お昼をちゃんと食べてるか心配と言うのは本当ですよ」

そんなちょっと危ない空気の中、ぽつりと早苗がつぶやいた。

「え、あ、その……」
「一食ぐらい抜いてもと思っていますか?でも、それで体調を崩したりしたら、私……」
「あやややや」

まずい。この流れは非常にまずい。
早苗は今にも泣きそうな顔で文を見つめている。
それだけ大切に思っていてくれる事を素直に嬉しく思いつつも、シャッターチャンスの為には食事を怠る事もある自分には少し心が痛かった。

「だから、ちゃんと食べるように。あとで、味と感想を聞かせてもらいますからね?」
「う、うん」

俯いていた視線を文に戻すと、早苗は味の感想を述べよと言った。
つまりは確定的に食べろと言っている。
早苗と深く話をするようになってから……というより告白された時に実感したが、早苗は意外と容赦がない。
自分にも非はあったとは言え、住居を丸ごと破壊されたりもしている。

「はい、素直でよろしい」

さっきとは打って変わって、素直に従った所為か、嬉しそうに笑っている。
早苗の笑顔を見ていると、なんだか自分も嬉しくなる。

我ながら、とても恥ずかしい事を考えてる気がしてきた。

――そして、食べなかった場合の事を想像するのが少し怖くなった。

「……では、これが今日の新聞です」

二律背反……というわけではないが、早苗に悟られるのは非常にまずい。
最悪、『ちゃんと食べる所を確認します!』とスニーキングされかねない。
そんな考えを悟られないように、文々。新聞を早苗に手渡す。

「確かに。……文さん」

早苗は受け取った新聞と竹箒を賽銭箱にたてかけると、文の体に手を伸ばし――

「は……いぃぃぃ!?」

文の体を引き寄せると、ぎゅっと……抱きしめた。
そして、その突然かつ予想外の早苗の行動に、脳の処理能力が完全に粉砕されている文の耳元にそっと呟く。

「いってらっしゃい」

今日日新婚だろうとバカップルだろうとこんな事を朝っぱらからやるものがいようか。いや、いない。いてたまるか。
これでキスまでしようものなら、それは幻想を越えた幻想……名づけるのであれば究極幻想だ、最終幻想でもいい。

そして、これ以上の早苗との接触は文にとって非常に危険だった。

(抱きしめ返して、押し倒して、キスしたい……)

理性<欲望のメーターの振り切る前に早苗から離れると。

「……い、いってきます!」

そう一言答え、光の速さで歩く速度を凌駕して飛び去っていった。

「さ、私も掃除を始めないと」

そんな熱暴走の文とは対照的に、早苗は朝の日課を始めようとしていたが――

「……お弁当、渡せた」

先ほどのやり取りを反芻するように思い出すと、小躍りしたくなる衝動を抑え、顔を真っ赤にしながら、誰にも見られないことを祈りながら竹箒を振り回す。
早苗とて年頃の女の子であり、それ相応の常識という物がある。
好きな人とのそういう姿を見られることは恥ずかしくはないのだが、自分からやったとはいえ、二人きりでそういう行動をしたことは嬉しくもあり恥ずかしくもある。
思わずガッツポーズを取る所まで行って、漸く早苗は今自分がすべき事を思い出したのであった。










「早苗、そこの醤油とって」
「はい、どうぞ」
「ん、ありがと」

現在の時刻は午前八時。
あの後、大急ぎで境内の掃除を終えた早苗は、そのまま台所に駆け込むと、朝食の用意に取り掛かった。

外の世界にいた時に比べて学業に割く時間がなくなった分、ある程度の余裕は出来たものの朝食作りは変わらない早苗の朝の仕事。
神様二柱に家事をやらせるわけにもいかないので、必然的に早苗が料理もするわけだが、今朝の出来事が祟ったのか珍しく白米と味噌汁、キュウリの漬物と言う非常に簡素なものになってしまった。
その事について神奈子も諏訪子も何も言及しては来ないが、早苗は特に気にする事はなかった。

「今日の一面記事は……『紅魔館のメイド長、同僚門番を押し倒す?!』か」
「あそこも毎度懲りないよねぇ」

早苗から渡された新聞……文々。新聞にはデカデカと、紅魔館のメイド、十六夜咲夜が同館の門番、紅美鈴に覆いかぶさってる写真が載せられている。
インタビューもしているようだが、余程被写体である二人は混乱していたのだろう、とてもではないが“真実”を伝えるべき新聞としての機能は果たしているか疑問ではあった。

しかし、あくまで笑い話で見ていた二柱とは対極的に、早苗の見方は違っていた。

「でも、素敵じゃないですか……ほんの些細な事でも、これだけ本音で話し合えるんですから」

何気ない早苗の一言に、神奈子の箸が止まる。
当然だ。
早苗は遠回しながらもそのような状況に憧れているとも取れる発言をしたのだから。

「いや早苗、それはちょっとおかしいよ」

やんわりと、神奈子は早苗の発想を

「そうですか?」
「そうだよ」

神奈子は諭すように早苗に話しかけるも、早苗自身は釈然としない様子。

「そうなんですか?諏訪子さま」
「ごめん、私はなんとも言えない」

諏訪子に意見を求めるも、曖昧な対応が返ってくるだけだった。
諏訪子も早苗の自由意志は認めたいが、神奈子の言い分も分かるからである。
故に、出した答えは非干渉であった。

「そうなのかなぁ……」

悶々とした考えを抱いたまま、神奈子や諏訪子と同じく食事に戻る早苗。

良くも悪くも幻想郷に馴染んでいる早苗の、唯一の問題点があるとすれば外の世界を知っているという事である。
外の世界に存在する抑制や枷が外れたり、越えたりした考えが=で幻想郷でも問題ないというわけではないのである。

常識に囚われてはいけないのですね。と、早苗は以前口にしていたが、捨てる事ではないと神奈子も諏訪子も内心思っていた。

そして、三者がそれぞれの考えを巡らせながら、会話は止まり、黙々と食事は続いていった。










「――ああ。早苗はこっちの方が良いんじゃない?」
「?」

先ほどの会話から十数分後。
神奈子は居間で早苗が淹れてくれたお茶を片手に新聞の続きを読んでいる。
諏訪子もお茶を飲みながら、庭にやってきた鳥に余ったきゅうりの漬物を与えていた。
そして早苗は、食器などを台所で洗っている最中である。

「何々?……『人間の里の喫茶店、ペア限定メニュー遂に解禁』か」
「あ、にとりさんと椛さんだ」

ちゃぶ台の上に広げられた新聞を覗き込む諏訪子と早苗。
そこには、人里の一角にある喫茶店と、大きなパフェの前で仲良くVサインを決めている椛とにとりが写っていた。
記事の内容は、先日、人里の喫茶店で開発、お披露目されたという新メニューの事であった。
対象者は二人組、食べきる事が出来ればそのメニューの御代は免除されると表記されており、二人は無事に完食し、勝利の叫びと共に記事は締めくくられていた。

「早苗も行ってくれば?」
「そうですね……って、私にペアで行くような人は」

神奈子の一言に、早苗は思わずノリツッコミで返してしまった。
自分に、一緒に行くような……行きたいと思える人は居ない。

いや、居るには居るのだが、神奈子にも諏訪子にも話していないので、知るわけがないのだ。
早苗は、そう思っていた。





「いるじゃない。射命丸文」
「ああ、確かに……最近の早苗はあの鴉天狗にお熱よね」





……思っていたのだ、早苗は。
だが、神様二人はそんな早苗の考えを知ってか知らずか、ある一人の名前を口にした。

「……はぇ!?」

文の名前を出され、早苗はあまりにも間の抜けた声を上げる。
その時、手に持っていた食器が当たり前のように落下し、盛大の音を立てて砕け散っているが、そんな事を認識出来ない程に早苗は混乱していた。
当然だ、自分が文に告白した事やされた事を二人に話したことはない。
また、早苗が強請っても文がプライベートな接触を人前では拒むようになった為、文の旧宅(全壊)や滝の裏側など人気がない所で逢引しているのだ。

最近の文の早朝参拝も、内心気兼ねいなく文と太陽の下で会えるので、早苗には嬉しくてたまらないのである。

早苗は、台所作業を放棄して茶の間に駆け込むと、必死に弁明する。

「い、いいいいいい一体何を根拠に私と文さんが」
「朝っぱら早くから、境内で、あんな笑顔で話してて?」

ピシリ。
と、早苗は何かがひび割れるような音を聴いた気がした。
そんな慌てふためく早苗の顔を見て、諏訪子はにやにやと笑っている。

正直、これが神のする所業なのかと、早苗は感じずにはいられなかった。

「そ、それは朝早く参拝してくれますし……」
「でも、それだけで頬染めたり、抱きしめたり、朝早くおきてお昼ご飯を用意してあげるのはちょっと……ねぇ?」

ミシリ。
と、早苗は何かが歪むような音を聴いた気がした。
諏訪子だけならまだしも、こういう色恋沙汰には興味をしめさなそうな神奈子までもが、早苗の想い出を抉り出す。

それは、まだ数時間も立っていない真新しい出来事。

「な、なななななな何故それを……!?」
「神の目を甘く見ちゃ駄目よ?特に、情報収集は戦の基本」
「うんうん。ちゃきちゃき白状せい」
「な、何をですか」

そう、それは神奈子らしく単刀直入な一言だった。

「好きなんでしょ?あの子の事」
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
「おおぅ、顔真っ赤」

真っ赤。
そう、諏訪子に言われずとも早苗も実感している。

頬を染め、秘めた想いの、この熱さ。
思わず5・7・5が飛び出してきてしまったが、早苗は、何故二人がそのことを知っているか疑問でしかたなかった。

「う……や……え……って、いきなりなんですか!?」
「嫌いなの?」

嫌い。
その一言が、早苗の脳を急激にクールダウンさせた

嫌い?
私が文さんを?
神奈子様、今、言ってはいけない事を言って……シマッテマスヨ?

「私が文さんの事、嫌いなわけないじゃないですか!!!」

ちゃぶ台を殴りつけ、早苗は凄まじい形相で神奈子を睨みつける。
その顔を、神奈子は一度だけ見た覚えがあった。

そう、あれは早苗がまだ外の世界にいた時、自分たち神の存在を誰もが否定したあの時に……
いや、それ以上の憤怒が今回の表情には刻まれている。

しかも、その矛先は誰でもない、自分だ。

「……あの烏、今度来たらちょっとお話しようかな」
「話を摩り替えない!!」
「ご、ごめんね早苗!」

そんな激情を隠さない早苗に、神奈子は神としての威厳は何処へやら、ただただ謝るだけであった。

「ほらほら早苗落ち着いて。神奈子も配慮が無さ過ぎだよ?」

そんな二人を見かねて、諏訪子は助け舟を出す。
早苗も、神奈子の怯える姿を見て、自分が何をしたのかを思い出す。

一時の感情に任せ、自分は、神である神奈子にどれだけの背徳的な言動を行ったのだろう?

そんな早苗の自己嫌悪を尻目に、神奈子は諏訪子に問わずにはいられなかった。

「だって諏訪子、早苗もあの天狗も女よ!?」
「いいじゃない。少なくとも男同士よりは絵にはなるし、同性愛はいかんぞ!非生産的な!!なんてのは既に過去の遺物だし?」
「いやいや、それは遺物にしちゃ駄目でしょ……」

あくまで正論を貫く神奈子。
あっけらかんと、王道を行く諏訪子。

そんな自分の発言に、諏訪子は内心自嘲した。

常識に囚われないとは、何も早苗だけではなかった……と

「まあそこは置いといて……行っちゃう?」
「ど、どこへですか?」

早苗は混乱した頭を整理しはじめた直前に、急に諏訪子に話を振られた。

「そりゃ勿論、あの天狗誘って里の喫茶店に――」

その一言が引き金だった。
もう、限界だ。
限界を越えてしまった。
今なら、文が危惧していた事も早苗には分かる。

――何故身内は、こうも色恋沙汰にあれこれイロイロ干渉したがるのか……と

「……ぁ」
「な~に早苗?」

貴女方に会えて本当によかった。
嬉しくて嬉しくて言葉に出来ない。

それが早苗が神奈子と諏訪子に贈る、最愛の言葉だった。

もっともこの場合の愛は、愛が重すぎて理解を拒んで、憎しみに変わってしまっているが。

「神奈子様と諏訪子様の!……馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!」

早苗は力を解き放つ。
それは、神をも有無云わず吹き飛ばす、早苗だけの力。

「きゃー早苗が怒ったー♪」
「諏訪子、アンタァァァァァァ!?」

笑顔で、今の状態を楽しんでいる諏訪子と、完全に流れについていけない神奈子。
刹那、茶の間が煌くと、二筋の流れ星が真昼だというのに妖怪の山に落ちたという。










「神奈子様も諏訪子様も好き放題言って……そりゃ、私も……そういう事はしてみたいですが」

現在の時刻は午前十一時。
ほんの数分前に、流れ星にされた神様二人は山を巡回中の天狗に発見され、神社に担ぎ込まれていた。

床の間に二人を寝かしつけると、早苗は一応の事情説明を天狗たちに説明をし、再び作業に戻る。
作業とは勿論、茶の間の残骸を片付けである。
一人黙々と、悶々とした感情に愚痴りながら。

そんな時だった。

「すればいいじゃない?」
「いやぁぁぁぁぁあ!?」

背後。
そう、早苗の首に息が当たる程の超・至近距離。
そんな直ぐ側から、どこかで聞いたことがあるような声が聞こえた。

辺りを見回すが、誰も居ない。
室内にも、室外にも、先ほどまであんなに近くから声が聞こえたというのに、何の姿も確認する事が出来なかった。

その時、早苗の目の前が歪んだとかと思うと、一つの影が姿を現す。

「フフフ……盟友・早苗の嘆きを聞いて、谷カッパのにとりここにあり!」

そんなにとりの宣言の後、彼女の背後から爆炎と爆音が吹き上がる。
すわ何事か!?と、早苗は驚いたが、恐らく前に教えたナパーム爆発を使用したのだろう。

外の世界の演劇では、決め台詞や悪役を倒した瞬間に、本物ではないがナパームを使って爆発を起こすことが常識だと教えたが……早速使用しているようだ。

――その衝撃で更に障子やらが色々と粉々になったが、あとでにとりに賠償を請求するとして。

「こんにちは、早苗さん」

そんなにとりとは対照的に、椛はおっとりと早苗にお辞儀をする。
文やにとりと違い、椛のこういう所は妖怪の中じゃ異端なのだろうか?と、早苗はよく思っているが、それもまた椛の魅力だと分かっていた。

「フフフ……さあ話を聞こう!親身になって聞こう!深く強く朝まで聞こう!」

にとりの目が嬉々とした光を宿しているのを、早苗は見逃さなかった。
明らかに自分の楽しみを優先している目だが、今の早苗にはそれが分かっていても縋りたかった。

「……聞くだけなんですね」
「まあね、解決するのは早苗次第だし?」

だから、はぁ……っとため息を吐きながらも、駄目元で早苗はにとりにたずねる。

「じゃあお聞きしますけど、今日の新聞に載ってた……その、喫茶店の新メニューって、あの……」
「喫茶店?ああ、文さんが私たちに依頼してきたアレか」
「? それが早苗さん悩みなんですか?」

にとりはそんなことを?といった感じで早苗を見つめる。
また、これには椛も以外だったようで、何故?と言わんばかりの表情で早苗を見つめる。

「えっと、その、あの……」
「ん~?早苗は文さんと一緒に行きたいの?」
「……はい」

ほほう……と唸るにとり。
それとは対照的に早苗は、誰かに自分と文の関係を知られるのが恥ずかしくなかった筈なのに……っと自分の心がぐにゃぐにゃに掻き乱されているのを内心不思議に思っていた。
早苗は知らなかったのだ。
その考えは、あくまで顔も知らない不特定の存在にしか通用しない……と。

「それ、文さんがそれ聞いたら喜びそうなのに……」
「椛、何か心当たりあるの?」
「うん。だって文さん、自分が取材に行って体験するのを避けたがってたみたいだし」
「え?」

にとりと椛の話に、早苗は少し気の抜けた声で反応する。

「そもそも私とにとりが行くって時点でおかしいんですよ。取材するなら自分が知る為に自分で行ったほうが良いですし、ペアじゃなきゃ駄目なら同じ天狗である私を誘って行けばそれで問題は無いですから」
「確かに。私と椛にお願いして感想を聞くより、椛と二人で体験して、それを記事にすればいいんだしね」
「でも、文さんはそれをしなかった」
「それは……記事に自分が介入しちゃいけないからじゃないのでは?」

早苗の問いに、椛は首を横に振る。

「異変解決の話を記事にするのと違って、体験する事で正確に出来る記事なんですからその可能性は低いと思います」
「文さんは、私や椛とは行きたくない理由があった……その理由が早苗の存在。って、言い切るのはちょっと早計かなぁ?」

にとりは“早計”と言った。
それは自分が文に対して告白をし、それに文がキチンと答えた事実を知らないからだ。
だから、それは早苗にとって納得できる答えだった。

ある一点を除いて。

「でも、文さんそんなそぶり少しも見せなかった……」

そう、新メニュー自体はだいぶ前……それこそ、自分が文に告白し、告白され返された頃には公表されており、実際に注文が可能な状態になったので今日の新聞にその調査内容が乗っていたのだ。
なのに、一緒に行こうと誘われる事は無かった。
それが取材だとしても、早苗は誘って欲しかった。
だけど、そんな事は一言も言わなかった。

記事にしている以上、忘れていたわけが無い。
ならば、自分を誘ってくれなかった理由は何か?

それが、早苗が納得できない点であった。

「素直じゃないですからね、あの人は」
「皮肉言って、人当たりよくて、誰も敵に回さないように立ち回って……」
「改めて聞くと、ほんとろくな性格じゃないよね、文さんって」

新聞記者という仕事上仕方ないとはいえ、その並べられた性格の断片ににとりと椛は苦笑いを浮かべる。
勿論、それはあくまで射命丸文を構成する一部分を抽出しただけなので、この場合の苦笑いは文の魅力的な一面でもある。

「でも、早苗さんと話してる時は違うんですよね」
「違うん……ですか?」
「ええ」

正直、二人が語る文の姿に、早苗にはあまり実感が沸かなかった。
しかし、以前上辺だけの自分しか見ていないと散々文に言われたので、それも文の姿であるという事だけはすんなり受け入れる事が出来た。

「からかったりしてますけど、その……なんというか、可愛くて仕方ないって感じなんですよね。で、逆襲されて珍しくうろたえたりとか」
「ふ~ん……流石椛。良く見てるね」
「千里眼は伊達じゃないからね。早苗さんは……その、文さんの事」
「……ええ。一緒に長い時間をすごしてきた椛さんやにとりさんに比べれば、確かに私は…… ッ!」

そこまで口にして、早苗はふと思い返す。

――違う。
――こんな言い訳がましい事を言いたいわけじゃない。
――そう、本当に言いたいのはこうだ

「……好きです、好きなんですよ、ええそうです!私は文さんが好きですよ!!良いじゃないですか!?神奈子様も諏訪子様も面白半分でネチネチ聞いて、もうそんな事はどうでもいいですよ?私が文さんが好きだって事、文さんが私を好きって言ってくれた事、全部全部ホントの事なんですから!!」
「はわ……!?」
「さ、早苗!?」

それは叫び、絶対なる感情を込めた愛の叫び。
その想いの前に、にとりも椛も、ただただ圧倒されるだけであった。

「ど、どうですか?コレで満足ですか椛さん?!」
「お、お見事です。文さんに恋人が出来たって噂、本当だったんですね」
「恋人?ああそうか……」

人間、一度踏ん切りが付くと、果てしなく走れるものである。
特に、理性という枷が無い状態であれば、尚更である。
“恋人”という言葉は今、悩みの淵に立っている早苗に対しては劇薬に等しかった。

「悩むことなんか、無かったんですね」

早苗の目に、怪しい光が宿る。
怪しいというのは少し語弊があるかも知れないが、少なくとも椛にはそうとしか認識出来ない輝きだった。

「はい?」
「ありがとうにとりさん、椛さん。なんだ……文さんと一緒に行きたいって、最初から素直に言えば良かったんだ」
「さ、早苗……さん?」

先ほどまでの鬱屈とした空気は何処へやら、今の早苗はとても清々しい。
しかし、この嫌な予感はなんだろう?と、椛は感じずにはいられなかった。

「な~んちゃって!な~んちゃってぇ!駄目ですよ文さん、まだ昼間で人前ですよ……」

訂正しよう。
感じずにはではない、もう既に、早苗は言動に移している。
目の前で早苗が身をくねり、文の名前を呼ぶまでは、椛もある程度理解できる事象ではあった。
だが、“人前”で“昼間”で“駄目”とは、一体何を考えているのか?

解らない、解りたくない。
微妙に妖しい空気を醸し出し始めた早苗に、それを聞くのは怖いからではない。
決してない。
ないと……思いたい。

だから、椛にはこの言葉が精一杯だった。

「早苗さんが壊れたよにとり」
「いや、壊したの間違いでしょ?椛……」

困った顔でにとりを見つめる椛と、手で顔を覆い隠し、どうしたものかと呟くにとり。

「ふ、ふふふ……完璧!パーフェクツな完璧でパーペキ!」
「駄目駄目だぁ!?」

ぶつぶつと呟いていた早苗は突如、何かを確信した様に叫んだ。
完璧は解る。
パーフェクトも解る。
だが、合わせてパーペキは意味は解るが合わせる必要性が解らない。

「それでは失礼します椛さんにとりさん。文さんが私を待っていますので!」
「早苗?って、はやっ!?魔理沙並みにはやっ!!」

その一言、早苗は挨拶を済ます。
何時の間にやら二人の視界から外れた早苗は、気付いた時には神社の鳥居から飛び立とうとしていた所だった。

残された二人はほんの数分の沈黙の後、急速に復元されていく今までの会話の情報から大慌てで対策を考えた。

「ど、どどどどどどどうしよう!?」
「そりゃ、追っかけて……」
「追っかけて、追いついてどうするの?今の早苗さん、下手に止めたら問答無用でスペルカード撃ってくるよ!?」
「あぁ……だよねぇ」

にとりの目尻に涙が浮かぶ。
……泣きたいのは、椛も同じだった。

「あの反応じゃ、ペアメニューのみのルール、早苗さん絶対知らないよね?」
「知るはずないでしょ。私たち、文さんにあの事は報告してないんだから」

そう、二人が危惧している一番の問題は、例の喫茶店の新メニューの限定ルールにあった。
文に好きな人が出来て、その人とひっそり逢引を繰り返しているという話は、それとなく前から噂としてはあった。
二人が喫茶店の体験の依頼を受けた時も、後々こっそりその恋人と一緒に来たいのだろうという想いを汲み取って、最終的に了承したのだ。

にとりも椛も妖怪とはいえ、その辺りは普通の少女の感性である。
だから、二人はその時、ささやかなトラップを仕掛けた。

代理取材も行ったし、メニューの感想も正確に述べた。
ただ一点、ペアメニュー限定の三つの特別ルールだけは、文に何も伝えなかった。

あの文の顔が、真っ赤に染まって少女らしく縮こまる所を、二人とも見たかったからである。

だが今の状況は完全に二人の想定外である。
まさか噂が本当に本当で、しかも相手は守矢神社の東風谷早苗。

いくら本人が暴走したからといって、彼女に何かあった場合……二柱もしくは各々の上司からの制裁も考えられる。

……いや、それ以上に普段の文を見てると錯覚しやすい、彼女のひたむきで純粋な乙女心を。
そんな乙女心が思い描いている早苗との喫茶店デートを完全にぶち壊す事になる。

「どうしよう……?」
「こっそりと後をつけてなんとかするしか。……このままじゃ、文さんの乙女心が早苗によってボロボロにされちゃうよ!」

そう言うと、にとりは早苗を追う様に人間の里へと向かう。
願わくば、早苗が文を発見して喫茶店で注文するよりもはやく、二人の動きを捕捉したい。

そんな最善を願いながら。

「そりゃ、にとりにはオプティカルカモフラージュがあるから至近距離までいけるけど……」

だが既に、他に取れる方法は無い。
この場での沈黙、および逃走は死に直結しかねない問題だ。
少なくとも、文からの制裁は100%の確立でおぞましい物になるのは確定的に明らかである。
椛もまた最後の覚悟を決めると、少し遅れてにとりを追って空へと駆け出した。










「ん~……」

時刻は午後一時半。
文は人里から少し離れた小高い丘の上で、撮影道具を広げて空と里を見つめていた。

「今日は思ったより収穫がありませんねぇ……」

左手で午前中に撮影した写真を広げ、右手で早苗から渡された包みからおにぎりを掴み取る。

「はぁ……」

もきゅもきゅと口を動かしながら、二つ目のおにぎりに手を伸ばす。
一つ目は辛味噌とネギのネギミソ、二つ目に入っていたのは……

「定番のうめぼし……か」

ぷっと種をはき捨てると、写真を手帳に戻し、

「喫茶店か……ペアメニューかぁ……」

文は目を瞑る。
考えていたの、今日の新聞に己が載せた己の記事。

「行きたいなぁ……早苗と」

ぽつりと、一言漏らす。

「あはは……無理ですよね。だってこんな所で愚痴ってるだけで、そんな事を伝える勇気もないのに」

早苗になんと声をかけるか、考えてみる。
一言、『一緒に行きませんか?』と声をかければ早苗はその場で了承してくれるだろう。

頼む物が恋人同士が注文するようなものでも構いませんか?と告白してみる。
一瞬声を詰まらせるが、早苗はきっと大喜びで賛成してくれるだろう。

食べ終わった感想を聞いてみる。
早苗は、きっと顔を赤くしながらとても美味しかったと言ってくれるだろう。

そして帰りに、私は早苗に抱きしめて欲しいと精一杯の勇気で強請るのだ。
……きっと困った顔をする。
キスの方がいいんです!と早苗が言って、絶対私が困った顔をするのだ。

でも、本当はそうなる事を望んでいるから、私はありったけの勇気でありったけの愛情を早苗に返すのだ。

――キスという形で。

「ははは……おかしいな、私ってこんなキャラだったっけ?恋は盲目って言葉、意外と正しいんですねぇ」

そう、笑うしかない。
何故なら、今の自分はとてもとても滑稽だから。

「おにぎり、美味しいですよ、早苗。……でも、ちょっとしょっぱいかな?」

妄想に浸ることで、現実から逃げている。

「三つ目は……ん?」

最後の一つを口にした文。
だが、己の味覚が脳に伝える情報が酷く、そして明らかにおかしい。

「……甘……い?なんでおにぎりで甘いの!?」

具は柔らかい。
視線を下にスライドして、おにぎりの中心から顔を出す具を確認する。

「……イチゴ?おにぎりにイチゴ?どうして!?」

フルーツ?フルーツなの!?
早苗のスペルカード・奇跡「ミラクルフルーツ」に因んだ小粋なジョークなの?

そんな事を文が考えていると……

「み~つけた」

捕食者に蹂躙される被食者が味わうようなプレッシャーを纏った、可愛らしい声が背後から聞こえた。

――何故だろう?振り向いてはいけない気がする。

「やぁん♪焦らすなんて、文さんってばやっぱり駆け引き上手なんですねぇ」
「!?」

前言撤回だ。
気ではない、振り向いちゃ駄目だ。
だって、きっと、そこには……

「……あ~やさん♪」

その背後の誰かは、そっと文の両目を塞いだ、
意味する事はつまり、誰か当ててみろと言う事だろう。

「さ、早苗……?」

この声を文が間違えるわけが無い。
だが、その本心は限りなく間違っていて欲しいと思っていた。
……少なくとも、普段の早苗とは似ても似つかない言動を行う背後の人物を、早苗とは思いたくなかった。

「はい正解」
「ひゃう!?」

しかし、真実は残酷だ。
早苗だった。
やはりと言うか当然と言うか早苗だった。

まさか、本当にお昼を食べる所を確認するために後を追ってきたのか!?と一瞬文は考えたが、振り向いたその瞬間にその考えがまるで見当外れだと思い知らされた。

目が、据わっている。
文を見つめる早苗の瞳は、どこか妖しく、危険な輝きを宿していた。
どろりと濁ったその瞳は、危険だと十分認識させる力を持っていたが、文はなぜか動けなかった。

それだけの拘束力が、早苗から放たれているのである。

「さあ行きましょうか 」

均衡を破ったのは早苗だった。

「行くってどこ……って、ちょっ!?」

そう言うやいなや、早苗は文の腕を手に取り、自分の腕に絡ませると、恋人が肩を合わせて歩くように、里へ向かって一直線へと駆け抜ける。
普段の文ならば腕とか体とか密着できて嬉しいという感想が浮かぶだろうが、不意打ち的に体をあらぬ方向へ曲げられてしまったので、そんな感想を持てるわけも無く。

「ちょっとイタイイタイ!」
「痛みは一瞬です」
「ディ・エンド!?」

振りほどくわけにもいかず、ただ流されるままに痛みに耐え続ける。
決して早苗が怖いからではない。
早苗が傷つくかもしれないという恐怖からである。
早苗が怖いからでは、決してない。

(ないと……思いたいなぁ……)





と、そんな早苗と文のランデブーを、ほんの少し後ろから徐々に距離を離されながらも早苗と文を見つめ続ける二つの影があった。

「くっ、一足遅かった!」
「早苗さん、あんなに嬉しそうな顔して……文さんの顔は真っ青だけど」

にとりと椛である。
一瞬のびーるアームで引きとめようと思ったが、既にこちらの射程を越えた位置にいるので、椛の眼を頼って追跡を続ける。
明らかに息をしてない顔色の文を気遣いづづ、手を出せないもどかしさに揺れながらも、淡々とにとりに状況を報告する。

「こうなったらもう止められない……」
「……うん。で、どうするの?」
「死んでもいいから、最後までこのバカ騒ぎを見届けやる~!」
「死にたくないけど見届けるのは同感!」












時刻は午後二時。
事は、今この瞬間始まろうとしていた。

「いらっしゃいませ~」

店内に入ってきた二人組みに挨拶をし、一人のウェイトレスがメモ帳を片手に接客に入る。
最近よく見かけるようになった妖怪の山に出来たという神社の巫女と、よく里にやってくる烏天狗だ。
……二人とも肩で息をしているので、とりあえず、手短な席へと案内をする。

「ご注文は?」
「噂のペアメニュー、用意できる物をありった――」

文は早苗の口を手で押さえる。
明らかにおかしなレベルで注文することを察していたからだ。

「ごめんなさい、普通にコーヒーで」

かしこまりましたっと、ウェイトレスはペンを走らせ店の奥へと戻っていく。
文は一度を早苗の口から手を離した。

「どうしてですか?文さんは私とペアメニューを完全制覇してくれるんじゃないんですか!?」
「落ち着きなさい早苗。まずは何故ここに私を連れてきたのかを話して?」

未だに早苗はオーバーヒート気味である。
文はテーブルに置かれた水を早苗に差し出すと、一息入れるように目で語りかける。
早苗もまた文がそういうと言うのならと水をゆっくりと口に含み、少しずつ飲み込む。

コップ一杯の水を飲み終わり、憑き物が落ちたよう早苗の瞳に正常な輝きが戻ると一息ついてから口を開いた。

「文さんと……食べたかった……から」
「え……」

それは、先ほどまでの激しさとは打って変わって、本当にささやかな一言だった。

「噂のペアメニュー、文さんの新聞で読んで……一緒に食べに行きたくて」
「それで……あんなに強引に?」
「……はい」

早苗はそれだけ言うと、顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。
僅かにだが肩も震えている。

文は少しだけ目を瞑ると、意を決してウェイトレスを呼び戻す。

「ウェイトレス、メニュー変更」
「……?」
「コーヒーはキャンセル。ドリンク、ハートタイプのペアストローで。そしてこのパフェもよろしく」
「は、はい」
「文さん……!?」

早苗が顔を上げる。
文は少しばつの悪そうな顔で早苗と向き合うと、直ぐに答えた。

「早苗にここまでの覚悟をさせて……私がそれに応えずして誰が応えるんですか?」
「え、あ、その……」

早苗は恥ずかしさと申し訳なさに揺れているようだった。
そして、文もまた少し恥ずかしかった。

恥ずかしかったが、まだ恥ずかしさの限界には達していない。
その余裕は、更なる一手を、詰みへの一手を文に選択させた。

「あ~もう!本当は私だって早苗と一緒に来たかったの!!だから、取材も椛とにとりにお願いして私的な理由で来たかったの!!だってそうでしょう?ペアメニューなんてものは好きな人と一緒に頼んでこそだもん!!」
「ひゃい!?」
「だから、早苗は正しい。そうです、ええそうです、私は早苗が好きなんだからそもそも躊躇う必要はかったのよね、私は早苗が一番大切で一番好きなんだから!!」
「文さん、ここ店内店内!」

前とは打って変わって、今度は早苗は文の発言に驚きと戸惑いと嬉しさと恥ずかしさで一杯だった。

「知りません通じません。そもそも、有無言わず此処に私を連れ込んだのは誰ですか?」
「や~~~や~~~や~~~!!」

今の文には吹っ切れた分、余裕もあった。
対して早苗は、先程のクールダウンが効いたのか文の発言一つ一つがクリティカルヒット。

「あんなに激しく……散ってしまいそうでした」
「違います違います!それに散るって何ですか?!」
「もう……早苗ってば分かってるのに」
「あ、ああああ文さん!!」
「朝とさっきの仕返しよ♪」

その時、早苗は分かった。

(ああ、そっか……)

自分たちは確かに繋がったのだ。
だから、無理に相手に尽くす必要も無い。
だから、無理に相手に尽くしてもらう必要も無い。
自分たちはお互い自然体で向き合えばよかった。

今の私は……自然に笑って怒っているから。
文さんもまた、嬉しそうに顔を赤くして笑っているから。

「えへへ……」
「ど、どうしました早苗?」
「い~え、なんでも」

お互いの視線が重なり合う。
言葉は不要だった。
ただ、笑顔で二人は笑いあう。
だって、今日の二人の行動はあまりにも滑稽だったから。
だから、今日初めてのただの笑み。
二人だけの、二人のための、二人にしか出来ない笑顔だった。

「お待たせいたしました~~~!!」

と、そんなタイミングでウェイトレスが注文したメニューをテーブルの上に載せた。

「はうあ!?」
「これが魔雲天パフェ……!」
「まさに山……ああ、そういえば元の世界にそういう名前の喫茶店があったなぁ……」
「小倉餡とクリームとアイスとプリンとウエハースと……数える気にもならないわ」

ウェイトレスによって運ばれてきたパフェはペア、つまりは二人分とは思えない程の量だった。
菓子という菓子をありったけ・ごちゃ混ぜ・てんこ盛りな勢いで盛り付け、何とか均衡を保っているような状態である。
脇に一緒に置かれたドリンクもそうだ。
可愛らしく大きなハートの曲線が描かれ、早苗と文に口が向けられているが、その器は杯より広く、深い。

「人並みに甘い物が好きな自覚はありますが、その……魂が目覚めそうなぐらい凄いですね」
「ここまでの量ですと、甘い物があまり得意ではない私としては、戦わなければ、生き残れない……というレベルの覚悟が必要になりそうですね」

外の世界育ちである早苗は、当然のことながらお酒に弱く、また年相応に甘いものが好物であった。
対する文は、そもそも辛党な妖怪なので、甘いものは若干苦手である。

「えっと……文さんこれ……あの……その」
「あやややや……」

予想外。
そう、まったくもって予想外だった。

そういえば、食べ終わった写真しか見てないなと二人は思ったが、既に完全に後の祭りである。

「……食べますか」
「……そうですね」
「それとお客様、このメニューには特別ルールがございまして……」

意を決してスプーンを手に取った二人に対し、ウェイトレスが口を開く。

「特別ルール?」
「ええ。ペアメニューはお飲み物を除いた全品、ペアの方に食べさせてもらう。というルールがございます」

二人の手からスプーンが零れ落ち、小気味良い硬質な音が店内に響く。

「そ、そそそそそんなの聞いてませんよ!」
「わ、わわわわ私だって椛やにとりからそんな事……まさか!?」

「そうよ、その……まさかよ!」

動転している二人に答えるように、店内ににとりの声が響いた。
にとりお手製のオプティカルカモフラージュ?っと、そんな考えを張り巡らせていた文と早苗の前に、突如窓ガラスを粉砕して店内に一つの影が侵入した。

早苗は以前、創作の正義の味方はさっそうとガラスを粉砕して降臨するとにとりに教えたが、成る程、早速それを実践しているようだと感心した。

「私、参上!」
「にとり!あ、あああああな貴女ァ!?」
「文さんと早苗には悪いと思いますが……けど私は謝らない!」
「謝ってよ?!」

文はにとりの胸倉を両手で掴むと、凄まじい勢いで前後に揺さぶる。

「あの……椛さんもこの事を?」
「勿論知ってますよ。知ってて黙ってました」

のほほん、と、にとりが答える。
そのあまりのあっけ無さに、早苗は沈黙するしかなかった。

「嵌めたわね!?」
「ええ、嵌めましたよ?」
「開き直りましたねにとりさん」
「じれったいのは好きじゃないの~、私は」

嘘ではないだろうが、本当に開き直っているのだろう。
目がニヤニヤ笑っている。

「くっ……何が目的?」
「いや~噂が本当だって分かったから早苗と文さんがこのメニューを注文したらどういう反応をするか非常に気になって……」
「それだけ!?」
「うん、それだけ」

流石にその一言には早苗も思うことがあったらしく、ぎゅっと愛用の語弊を握り締めた。

「にとりさん……」
「だ、だって、早苗も文さんもじれったいんだよ~私そういうの苦手~」

文は兎も角、早苗の反応は予見できなかったのか、にとりは慌てて弁解する。
が、文の首振りは止まらない

「に、憎しみでッ、憎しみで相手が殺せたら!」
「およ?なにさなにさ、早苗との祝・喫茶店デビューを憎しみで返そうってわけ?文さん酷い!」
「ええ、ええ、早苗とは普通に来たかったですよ!」
「言う勇気が無かったくせに~?」
「……うぐぅ」

その一言に黙り込んでしまう文。
だが、にとりも自分が悪いという事は重々承知していた。

「……私もあそこまで早苗が疾走する本能に身を任せるとは思ってなかったけど」
「わ、私!?だって文さんと、文さんと……」

伏目がちに精一杯にとりに早苗は抗議する。

「うんうん、わかってるよ。じゃ、頑張ってね~」

にとりはそれだけ言うと、足早に喫茶店を出て行った。
後に残された二人は、ぐちゃぐちゃの店内と山盛りパフェを見つめていた。

「……早苗」
「ひゃい?!」

先に声をかけたのは文。
その手にはクリームまみれのスプーンが握られている。

「あ、あ~んって、して……?」
「あ、あ~ん」

文が差し出したスプーンを一口、早苗は味わう。
甘い。
その甘さは甘い物が好みである自分にとっても甘いと感じるほど甘い。
だが、味覚が感じる甘さより勝る甘美な甘さがこのパフェには込められていた。

「……どうですか?」
「甘い、です」
「そう、ですか……」
「文さんも」
「え?」
「文さんも、あ~んって、してください」
「う、うん」
「あ~ん……」

差し出された早苗のスプーンを、今度は文が口に含む。
甘い。
ただひたすらに甘い。
しかし、この甘さは決してパフェに含まれている糖分だけではなかった。

「甘いです、ね」
「……はい」

それだけ言葉を交わすと、再び相手のスプーンを口に含み、相手の口にスプーンを含ませる。
そんなことを数回繰り返した後、未だに減った気分のしないパフェを見ていた早苗が文に訊ねた。

「あ、そうです。お互いのスプーンを交換してみませんか?」
「……え?」

ソレハ、アマリニモ、トッピョウシジャアリマセンカ?

「あ、その……文さんが嫌じゃなければですけど……」
「いや、だって、間接キス……でしょそれ!?」
「嫌なんですか?」
「えっ?!だって、あの、早苗は」
「私は構いませんよ。ええ、一向に構いませんっ!!というか、文さんとじゃなきゃ嫌ですし、私以外といたすなんて許しませんよ?」
「……あやや」

何が早苗をここまで掻きたてたのだろう?
文には理解できなかったが、それとなく間接キスをしたいと考えていたので確かに申し出としては魅力的ではあった。

「じゃ、文さん。私から……」
「うん」

お互いのスプーンを交換すると、早苗がまずパフェを掬い、文へと差し出す。
そして、そのパフェを食べようとしたその時だった。

「文さんの純潔は無事ですか!」

先程にとりが砕いた窓ガラスの真横から、またも誰かが窓ガラスを砕いて店内に侵入してきた。

「公衆の面前で何を言い出すんですか!?というか誰ですか!!」
「通りすがりの文さんスキーです。憶えておいてください!」

そう、その姿は一匹の獣。
純白の衣を纏った一匹のイヌ科の獣だ。
これでも普段は誇り高き天狗なのだが、文は友人としてその発言は聞きたくなかった。

「……予想通り椛も来ましたね」
「私が来るのが分かるなんて……やはり、私と文さんは天狗という言葉で繋がってるんですね。文さんは私の事をお見通しなんですね……」
「ああ、もう、どっと疲れるから手短に話してね」

にとりが噛んでいた事、早苗が椛の名前も出した事で近くにいることは分かっていたが、彼女も彼女でこんなトリップした発言をかますとは思わなかった。
故に、相手にするのも億劫になり、用件だけは聞いてさっさと山へと帰そう……と文は考えた。

「……死を覚悟して初めて分かりました。天の道を行き、総てを司るが如く、文さんを見守りつつ二人の愛をこの目に焼きつけ後世に残す!そのために情熱的な抱擁、もしくは接吻の写真撮影を――」
「ウェイター&ウェイトレス!その犬コロを叩き出して!!」
「な、何をするんですか!?文さん?文さん!聞いてるんですか」

文は自分の考えが甘いことを恥じた。
よりにもよってこの犬天狗は自分たちの愛を永久保存しつつも不特定多数に知らしめるとのたまったのだ。
椛が懐から取り出したカメラを手刀で叩き割ると、即座に店の人間に追放を要求する。

「ねぇねぇ、食べさせてよ早苗」
「え?あ、はい」

そんな過去を払拭するように、文は早苗に強請ってみる。

その後、順調に食は進んだ。

「あやややや!や、やめて早苗!!これ以上餡子入りませんって!!」
「駄目ですよ~女の子なんですから甘い物を嗜むぐらいしません、と」

知り合いが来店する事も無く、店員が、そして別の客のみんなも、早苗と文の頑張りを温かく見守ってくれた。

「……えへへ」
「な、なによ?」
「いえいえ、文さんの可愛い顔を独り占めできて幸せですよ~なんて思っちゃいまして」

幸せ。
そう、幸せとはこういう物なのかもしれない。

「私だけが甘えてるみたいですよね、なんか……」
「違います!じ、実はおにぎり渡して文さんが出かけて行った後、嬉しくて嬉しくて踊りたくなったりとか、その……文さんに見られて、はしたないって思われたくなくて」
「……あやや」

始まりはとても慌しかったが、今、穏やかな昼下がりという言葉が相応しい。
些細な事かもしれないが、そんな当たり前を大切な人と享受出来る事が、人間・妖怪問わず、もっとも幸せな事なのかもしれない。

「そういえば、パフェ食べ終わるまですっかり忘れてましたけど……飲み物頼んでましたよね」
「ハートのペアストロー……」

注文してからだいぶ時間がたっている所為か、グラスには汗が滲んでおり、カランと中の氷が揺れた。
炭酸飲料で、早苗曰く、サイダーじゃなくてソーダだという。
文は意味的に変わらないじゃ?と思ったが、早苗が喫茶店ではソーダが定番だというので、納得する。

「なんかもう、あのパフェと間接キスの応酬の後だと、可愛く見えてきましたよ」
「ふふふ、じゃあこっちも頂きましょうか」
「そうですね」

そう、二人はそんな気楽な考えでストローに口をつけた。

「ん……」
「む……」

行き場のない視線がお互いを求める。
口は封じられ、話で空気を和ます事は出来ない。
ストローの長さと大きさ故に相手の息遣いがとても近く感じられる。

そう、それこそ正に世界が生み出した奇跡。

二人の息遣いが徐々に熱を帯びていく。
それに呼応するように、顔の赤みも増していく。



このメニューはまずい!!
ここにいると私は……駄目になってしまう!!
ここは禁断の店……!!
誰も踏み込んではいけない領域だったのよ!!
出なければ……
早くこの店から……
そして、もう二度と来ては駄目……!!
これ以上深入りすると終わりよ元の世界に戻れなくなってしまう…!!



後日、このことを親しい者に話した際、文は更にこう付け加えた。

おしゃべりしたりで気を紛らわせられる他のメニューより、無言で相手の顔を直視し続けるドリンクこそが最強のメニューでした、と。
そう、つまり……

「永遠に封印するしかない!! 」
「しちゃ駄目ですよ?」

その後、今回の新聞による出来事は山の神の神託として、記事が大量増刷され、幻想郷中にばら撒かれたという。
あや・さな・にと・もみクライマックスモードって語呂いいですよね
こんにちは、二度目の投稿になりました。
二回目なので前回よりもはっちゃけてみましたが、どうにも作風が全然違うというか、劣化してるんじゃないかと正直不安です。
まあ、私は早苗さんと文さんをきゃっきゃうふふさせたいので実はノープロブレムだったりしますが。

これ書いてある間に友人の誘いで、某所の小倉丼に勝利しましたがパフェとかは食べてないのでその辺りはぼかしてます。

それでは、次の機会がありましたらまたお会いしましょう。
マサキ
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コメント



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1.10名前が無い程度の能力削除
こういうやり方でしかキャラを立たせられないのはなー
3.90名前が無い程度の能力削除
余りの甘さに口から蜂蜜がだだ漏れ状態に。
早苗さんはっちゃけすぎだろwww
4.90名前が無い程度の能力削除
ごちそうさまでした。
マウンテンはやばすぎるwww
6.100名前が無い程度の能力削除
にとり最高に良いです!
19.100奇声を発する程度の能力削除
甘すぎてどうにかなっちゃいそうでした!!!!
32.100名前が無い程度の能力削除
食べさせあうってのはすごいw
甘い甘い甘い
33.100名前が無い程度の能力削除
何気にライダーネタが多い…。
常識の破壊者(?)早苗さんはその瞳に何を見る!?