Coolier - 新生・東方創想話

天子様のお宅訪問

2009/06/29 03:36:37
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鬱蒼と深い森の中、こぢんまりとした洋館の前に、一人の少女が立っていた。木々の間からところどころ漏れている日光の筋は少女の長い青髪を美しく照らし、また同時に光の複雑なモザイク模様となって地面の上を彩っている。七色で装飾されたエプロンのような衣装はこの森の中でもしっかりと木漏れ日を受け、きらきらと輝いていた。朝早くから昇っている日はようやく中天に差しかかろうとしている。

こん、こん

「おーい、いないのー?」

やっぱり最低限の礼儀は守らなくちゃね、と呟きながら少女は何度か軽くドアをたたく。

がちゃ、がちゃ

幾らか待っても反応がないのに痺れを切らしたのか、少女は乱暴にドアノブを回す。最早礼儀など影も形もない。ぐっと力を込めてみたが、どうやら魔法か何かで強化されているようだ。彼女の力ではびくともしなかった。

「ちっ」

聞く者はだれもいないのに、大げさに舌打ちして辺りを見回す。そのうち手近なところに座りやすそうな切り株を見つけてすとんと腰を降ろした。

「暇ねー。せっかく私が訪ねて来たっていうのに、あいつは一体いつ帰ってくるつもりかしら」

少女はとても退屈そうに伸びをして、足下の落葉を蹴る。しばらくそれを続けていると蹴るものもなくなり、靴で地面を掘ったり丁度背後にかかっていた木の葉っぱをちぎったりし始めた。

「はあ」

ため息をつきながら白壁の洋館を眺める。建てられてからそれなりに年月が経過しているようだが、特に汚れが目立つわけでもなく手入れが行き届いているのがよくわかる。森の奥にぽつんと建てられた家にしては造りが割としっかりしているようだ。

「あいつの家にしてはなかなか立派な……。これくらいだと並大抵の地震でも潰れたりはしないでしょうね」


あ、と何かに思い当たったかのようにちらりと腰に提げた剣らしきものに視線をやる。形状は確かに剣なのだが、その刃は橙色と緋色が混じりあったような不思議な色をしていた。

「退屈だもんねえ」

にまり。満面の笑みを浮かべて、ゆっくりと立ち上がる。手にはその剣がしっかりと握られていた。



 ★☆★☆★



「暑い」

人形遣い、アリス・マーガトロイドは家路を急いでいた。人里まで食材を調達しに行った帰りである。普段ならば家まで歩いて帰ることが多かったのだが、この日は空を飛んで帰っていた。なぜかと言えば飛んでいれば風が涼しいはずだと考えたからだ。しかしそれでもじりじりと体を焦がすこの強烈な日差しは変わらない。初夏でこの暑さなら真夏はどうなることかと考えるだけで気が滅入ってくる。朝方はそれほど感じなかったが、今はもう欝陶しいくらいに暑いのだ。早く帰って冷たいものでも飲もうかと、家がある魔法の森に差し掛かったところでスピードを上げる。

「あれ?」

家まであともう少しというところでアリスは何かに気付いて首を傾げた。変な雲が見えたからだ。それは彼女の家の丁度真上辺りを中心に、放射状に広がっていた。普段ならあるはずもない低空にその雲はある。そしてアリス自身見たこともないようなタイプのものだった。不意に生じる胸騒ぎ。不思議な気象は何かが起こる前兆だというのは、昔からよく伝えられているものだ。

「また嫌な予感が…」

特に自分の家の上、というのが気にかかる。いつかの天人騒動しかり、彼女とて不安を掻き立てられずにはいられない。美しい金髪を風に靡かせて、さらに速度を上げたアリスは森の中へ消えた。



 ★☆★☆★



「杞憂だったかしら。それともこれから何かが起こるとか……」

自らの家の前に立ち、アリスは呟く。白壁の家はいつものたたずまいで、特に変わったところもない。よく読書に利用する切り株のあたりの木の葉や地面が妙に荒らされているように見えるが、猪でも来たのだろうと大して気に留めずに鍵を回す。

がちゃり

「……?」

何かが違う。玄関に入るとすぐに感じる違和感。強いて挙げるとすればそれはいつもより埃が舞っているところだろうか。とにかく建物内の空気が乱れているような気がする。ゆっくりと自室の扉を開けたとき、その感覚はより目に見える形でアリスの前に現れた。

「お…おかえり」

「……は?」

信じられない光景。およそ予想だにしない人物がそこにいた。いや、ある意味ではアリスの頭に浮かんでいたのだが。あは、あはは、と笑いにもなっていない笑いを漏らし、額に玉のような汗を浮かべる少女。少し前に身勝手な騒動を起こしてくれた、天人だった。名前は確か比那名居天子。それがなぜここにいるのだろう。それも無断で人の家に。アリスは自分の中で何かが沸々と沸き上がるのを感じていた。

「あの…お菓子作ったんだけど…どう?」

テーブルの上に並べられたクッキーらしきものを指差す天子。

「表に出ろ」

玄関の方を親指で指す。感情は抑えている。しかし意思は出来る限り伝わるように力強く、アリスは言う。

「ちょ…ちょっと、別に何もしてないんだって。ほら、今お茶入れるから」

「無断で人の家に侵入しておいて、よくもそんなことが言えたものね。盗っ人猛々しいとはまさにこのことだわ」

焦ったように弁解する天子に鋭い目を向けるアリス。気付けば周りには数体の人形がふよふよと集まって来ていた。すでに彼女は戦闘態勢に入っているようだ。天子の顔からさっと血の気が引く。

「だから何も盗ったりしてないんだってば!本当に!ただあなたを待ってただけなんだって」

天子は両手を激しく振りながら後ずさる。

「私を待ってたですって?」

「そ、そう!久し振りに会いたくなって!勝手に入ったのは謝るから!」

「……」

苦笑いをしながら訳のわからないジェスチャーを繰り返す天子。アリスはしばらく黙っていたが、天子が意外と素直なのを見て構えを解いた。

「ほら、この間の時にちょっと人形を見せてもらったじゃない。それなりに良いものだったと記憶してるのよね。あまりにも暇だったから、また見せてもらおうと思って。あ、この家の場所は霊夢に聞いたんだけど」

この間、とはおそらく自分が起こした騒動のことを言っているのだろう。確かに以前よりはましなのだが、妙に態度がでかい。そのこともアリスを苛立たせはしたが、結局彼女をけなしたりしている訳ではないようだ。

「…どこから入ったの?」

「え、えーと……窓から?」

天子はテーブルの側の窓を見遣った。なるほど鍵を掛け忘れていたな、とアリスは家を出る前のことを思い返す。しかしそれと勝手に家に入られたことは別の話だ。

「…なんで勝手に入ったの?」

「あ!ああ、いや、それはちょっとほら、さ、退屈だったから…つい出来心でというか…べ、別に絶対に家の中に入らないといけない理由が他にあったとかじゃ決してないんだから!」

ビクリと天子の体が跳ねる。アリスのほうを上目遣いにちらちら窺いながら良くわからない言い訳に終始し始めた。じゃあなんで入ったのよ、とアリスは心の中で突っ込みを入れる。

「…理由もなく人の家に上がり込んでいいと思っているわけ?」

「うぅ!いや、まあ、それは…ダメ……よね。でも、あ、えーと、それと…窓から綺麗な人形が見えたから…もっと近くで見たいと思って」

しどろもどろに天子は話す。正直なところこれ以上聞いてもあまり意味はないのかもしれない。

「いやに素直ね。逆に気持ち悪いくらいだわ」

綺麗な人形、天子は確かにそう言った。多少気になる点はあるのだが、そんなことを言われると決して悪い気はしないのもまた事実だ。どういう風の吹き回しだろうか。

「や、やだねえ。私はいつも素直よ」

口の端に微笑を浮かべて胸を張る。どうしてこの状況でそんなに偉そうに出来るのかアリスにはわからない。

「はあ。どこがなんだか。この前は憎たらしさしか感じなかったわよ。確か人形野郎とかなんとか言われたような気がするんだけど」

「ぐ。それを言うならあなただって……いや、何でもないわ。それよりこのクッキー食べない?私が作ったの」

「ふうん。あなたもお菓子なんて作るのね」

よく見ればテーブルの上においてあるクッキーらしきものはどうやらチョコチップクッキーのようだ。見た目は綺麗な円形、悪くない焼き色で、よくクッキーを焼くアリスから見ても印象は特に悪くはない。反省はしているようではあるし、こいつでひとつ許してやるか、とアリスはクッキーの一つに手を伸ばした。しばらく手にとって見つめてからおもむろにかじってみる。カリッと小気味良い音が響いた。期待の眼差しを送る天子。

「……ふうん、まあ、悪くないわね」

意外に美味しいな、とアリスは思う。料理などとは縁もなさそうな天人のクッキーなので果たしてまともに食べれるものかどうか不安に思っていたが、どうやらそれはただの偏見だったらしい。アリスは残りも口の中に放り込む。

「でしょー。私が死ぬ気で、あなたのために作ったんだから、美味しいに決まってるわよ」

天子は馴れ馴れしくアリスの肩をぽんぽん叩く。なにかとても嬉しそうだった。

「私のため、ですって?」

もとより天子のことなどはとんどわからないアリスだったが、その点だけは気にかかる。そもそも誰かのために何かをするなど、この天人には似合わない。第一、彼女には何の得もないことなのだから。

「あ~、うん、そういうことで。いや、良いものを見せてもらったし、そのお礼というかお詫びというか…気にしないで欲しいというか…」

「お詫び?」

「いや、なんでもないなんでもない。とにかくそのクッキーでも食べて休んでて」

急に落ち着かない様子でキョロキョロし始める天子。しばらくその調子だったが、背後の棚に飾られた人形に目が留まったようだ。

「あ、これ綺麗だよね。この人形もあなたが作ったの?」

普段アリスが作る人形よりも一回り大きな西洋人形だった。肩口まで伸びた綺麗な金髪には大きな赤いリボンが踊り、くりくりした青い瞳はどこまでも汚れなく澄み切っている。表情にどこか悲しみを湛えたその人形は、人間では到達しえない一つの美しさを体現していた。アリスにとっても特にお気に入りの自信作である。

「そりゃあね。私もそれには結構時間かけたし」

「ふーん、本物の人間みたいね。私はあまりこういったのは見たことないから新鮮だわ」

「あら、でもあなたなら結構人形持ってたりするんじゃない?」

確か天子はいいところのお嬢さまだったはずだ。人形の一つや二つ、嫌でも親から与えられたことだろう。

「いやー、そうでもないね。あっても変なやつばかりでさ、こういった可愛いのは正直見てるだけで癒されるかも。こんなの作ってるって聞いたら尊敬モノというか…そうだ、作るときの秘訣とかはあるの?」

「そうね、まあ、技術云々はいいとして、やっぱり想いを込めて作ることかしらね。言うなれば魔法と似たようなものよ」

「想い、かあ」

人形の瞳を覗き込み、さらさらした髪を撫でながらながら天子は言う。アリスは手を触れるなと注意しようと思ったが、すぐにやめた。天子の様子が本当に興味深そうに見えたからだ。窓から入ってくる日の光がその横顔を優しく照らしている。

「ふふ、天子、だっけ。やっぱりあなた、変なやつね」

自然と笑みが漏れるアリスだった。

「む。失礼ね。それを言うならあなたも十分変なやつだと思うわよ。まあ、そんなに悪い意味でじゃないけど」

天子は顔を上げて頬を膨らませる。

「ふう。私も言われたものね。まあ、今回だけは許してあげるわ」

「やったあ!本当に!?さすがアリス、嘘じゃないわよね?」

やれやれ、とため息をつくアリスに跳び上がってガッツポーズをとる天子。そのあまりの喜びようは見ていて違和感を覚える程だ。

「今度来るときはちゃんと玄関から入ってよね。留守のときは待つこと」

「も、もちろんよ。もう二度とやらないわ」

「よろしい。じゃあとりあえずちょっと待ってて。冷たいお茶でも入れてきてあげるから」

「!」

言うと台所の方へ向かおうとするアリス。テーブルを離れる際にクッキーを一つ、口にくわえる。

「ちょ、ちょっと待ったっ!!お茶はほら、私が入れてくるからアリスはここでゆっくりしといてよ!」

「…これ以上家を勝手に使わせる訳には」

「いやいや、いいじゃない!これは私の感謝の気持ちでもあるのよ!というかお願いします、入れさせてください!」

「…しかたないわね。変に荒らしたりしないでよね」

「あ、当たり前よ!わ、私が他人様の家をあああ荒らしたりなんてするものですか!!」

普通は好んで他人の家でお茶を入れたがる者などいない。首を傾げるアリスだったが、最終的には天子の剣幕に折れてしまった。アリス自身そんなに気付いていなかったのだが、このとき天子に少し心を許していたのかもしれない。名前で呼ばれるというのはなかなかに嬉しかったのだ。

「じゃ、じゃあ入れてくるからちゃんと座って待っててよね」

「はいはい」

アリスの横を擦り抜けて、脱兎のごとく部屋から飛び出して行く天子。彼女が台所に滑り込むのを確認してからアリスはテーブルの椅子に座る。

「…ふう、まったく。本当に意味がわからないわ……でも、割と面白いやつなのかもね」

また一つ、アリスはクッキーを摘む。ぽいと口の中に放り込んでから、今度はじっくりと咀嚼してみた。チョコの甘みがゆっくり口内に広がっていくのがわかる。悪くない。アリスとしては結構好みの味だ。クッキーを作る天子の姿を想像すると、くつくつと笑いが漏れる。

「…ふふ、美味しいわね。これだったらお茶も期待してていいのかしら。どれ、じゃあ私も一つ」

もっと良い人形でも見せてやろうかしら、と椅子から立ち上がって部屋の奥にある人形保管庫に向かう。一応この部屋にもたくさんの人形が所狭しと並べられているのだが、普段書斎として使う部屋なのでそれほど大切なものは置いていない。自他の作を問わず本当の意味で大事にしているものや重要なものは、基本的に保管庫に仕舞っている。しかし保管庫とは言っても一つの部屋ほどの広さがあるので人形作りの作業場としても利用していたが。

「よいしょっ、と」

重い扉をゆっくりと開く。膨大な数の人形たちが目に入る。

しかし、

「!!?」

そこにはいつも通り、さまざまな人形が綺麗に並べられているはずだった。アリスは自分が作った人形だけではなく、参考までにと気に入った人形なら他者の作でも積極的に集めている。彼女はそういった人形をきちんと年代や作者別に乱れなく陳列して、見てすぐにわかるようにしていた。十体二十体といった生ぬるい単位ではなく、それこそ何百とかいった数を、だ。その整頓に費やした時間は計り知れない。

しかし、その部屋は――

ごちゃごちゃに、これでもかというくらい散らかっているのだった。家を出る前は確かに綺麗に並べてあったはずだ。だが今や床には棚から落ちた人形たちが足の踏み場もないほどに散乱している。虚ろな瞳で天井を見上げる市松人形や、ドレスが完全に乱れてしまった金髪のフレンチドール。まさに無惨としか言いようがない。

「!」

絶句する。辛うじて目に見える損傷があるものはないようだが、首や腕が変な方向に曲がってしまっている人形が何体か目に付く。そして当然その中にはアリスの気に入っている人形も含まれていた。

どうしてこんなことに。首を大きく振り、停止した思考を再び働かせようと試みる。確かに外出前までは決して散らかったりしてはいなかった。ゆえにアリス自身ではないはず。だとすれば思い浮かぶのは一人しかいない。

「アリスー、お茶入れたよ……ってそ、それは……」

「……」

そんなとき丁度お茶のお盆を持った天子が部屋に入ってきた。しかし尋常ならぬアリスの様子とその奥の人形部屋の惨状を目にして後ずさる。

「こ、これは……その」

「…あなたがやったの?」

アリスの透き通った瞳が一直線に天子を睨む。彼女の表情は逆に恐ろしいほどに落ち着いていた。思わず眼を逸らす天子。

「いや、あの」

「やったの?」

「この家の耐震強度を確かめようと…最近なにかと問題だったし…家は大丈夫だったけど……ただ不可抗力で部屋の中が…ね……あは、あははは」

耐震強度?言い訳のつもりなのだろうか。アリスには天子が何を言っているのかさっぱり理解できない。

「……具体的に、何をやったわけ?」

「いや、さ、それは…この剣でほんのちょっと軽い地震を…というか」

腰に提げた緋想の剣を軽く持ち上げて天子は言う。確か地震も起こせる便利道具だったか。

「…へえ、私の家が倒れたり散らかったりすることとかは考えてなかったの?」

不思議と心は落ち着いているような気がする。怒りや苛立ちなどといったものもない。ただ、言いようのない感情が、先程よりも数倍力強くアリスの中に渦巻いていた。

「……」

それは最早、言葉では表せない程に。

「で!でもこの部屋も玄関もちゃんと片付けたのよ!残るは台所ぐらいで……後少しっていうところでアリスが帰ってきちゃった訳で……は…はは……」

押し黙る天子。上品で、静かで、穏やかなアリスの微笑。その青い目だけがゆらゆらと揺れている。ゆっくりと目をつむり、そして開ける。間を置かず、流れるようにしなやかな動きで体を開き、体を沈め、拳を引く。溜まりに溜まった想いがその拳に収束して――



「こんの、地震野郎がぁぁあああああああ!!」






その日、魔法の森全体にこの世のものとも思えない叫び声が響き渡ったという。
    カリッ

アリス「うーん、クッキーだけはやっぱり美味しいわね。またあいつに持って来てもらおうかしら」



~~~~~



アリスと天子――緋想天的にはアレな感じですが、実際は結構似た者同士な気がします。

以前にもご指摘を頂いたように相変わらず普通の短い話ですが、少しでも楽しく読んで頂ければ幸いです。
gaoth
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コメント



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12.60名前が無い程度の能力削除
もうちょっと何か展開が欲しかったな。
15.70名前が無い程度の能力削除
最後にドタバタさせてオトしたのが逆にオチとして弱くなったのが残念でした。
18.80名前が無い程度の能力削除
これで終わっちゃうのは残念。
間か続きかほしかった。