Coolier - 新生・東方創想話

幽霊のお仕事 ~その4・後編~

2004/11/17 10:29:11
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 黒くて小さくて平たい石の塊。
 完全で瀟洒な悪魔の腹心。 その名を刻む石の塊。 
 十六夜 咲夜と言う人物が、この世にいた事を示すためだけの碑。

 庭の一角に作られた小さな墓標の前に、紅い悪魔は持ってきた花束を静かに置いた。


「私もね、まさかとは思ったわ・・・」


 己の腹心の墓前で手を組み、しばし目を閉じて祈りを捧げた後。
 紅い悪魔は、後ろについて来ていた冥界の庭師に静かに語り始めた。
 不思議な事に、その声には怒気や悲哀は滲むことなく、まるで老人が遠い昔話をするような透明なやわらかさだけが感じられた。


「私は、見ようと思えば人の一生の、その全てが見えるのよ。
 当然あなたの死も見られるわ。 知りたい? あなたが、あなたのお嬢様と別れる日の事を・・・」


 ギリと奥歯を鳴らした妖夢を、しかしレミリアは意にも介さずに言葉を続ける。


「・・・でも、咲夜の運命を私は見なかった。 あの娘の死を、知りたくは無かったから。
 理由は、あなたが今そこで腹を立てた理由と同じね。 気持ちはわかるでしょ?
 でも、まさかあんな間抜けな死に方・・・。 あんな事になるなら、見ておけばよかったのかもね・・・」


 そう言って悪魔は嗤った。


「レミリア様・・・。 では何故、何故私に咲夜様を探せなどと・・・・」


 昨夜でいいわよ。 どうせ忠義心も偽物だったんでしょ?
 レミリアは妖夢に背を向けたまま言った。

 いつのまにか、夜の世界を明るく照らしていた満月は厚い雲に覆われていた。
 妖夢の半身がはなつ、僅かな光だけが辺りを薄ぼんやりと照らし出している。
 その淡い光の中に、わずかに見える紅い悪魔の背を用心深く見据えながら、妖夢は言葉を続けた。 
 彼女は信じてはいない、その墓もダミーだ。


「私が、私が咲夜・・・殿の死を伝えた時、あなたは確かにお笑いになった。
 そんな馬鹿な話があるものかと・・・。
 私があなたをお探ししている時に、あなたは咲夜殿を探していた!

 何故です。 それなのに何故! 今あなたの目の前にその墓があるのです!」


 遠く雷の音が聞こえる。
 おそらく暫くすれば雨がふってくるだろう。
 ザワザワと木立の葉を揺らし、冷たい風が二人の間を渡っていった。


「忘れた事に、してしまいたかったのかもね・・・」


 やや寂しさが滲んだ声で、レミリアは答えた。


「そして、いつの間にか忘れた事にしてしまっていたんだわ」


 レミリアは言葉を続ける。
 たかだか人間の従者一人失う事が、こんなにも自分に影響を与える物だとは思わなかった。 
 館を構えて傅かれるのも馬鹿馬鹿しくなった。 だから館の住人は全て解雇し、すぐに自分もここを去るつもりだったと・・・。


「地下室の・・・。 私が封印していた魔物は私が責任をもって滅ぼしておいたわ。
 あれが外で暴れる事はないから、それだけは安心していいわよ?」


 確かに、紅魔館には何者も存在していなかった。
 悪魔が嘘をついているようには見えない。
 だがしかし、だがしかし妖夢はなおも食い下がる。


「嘘だ!! あの咲夜殿が!わが主をも退ける程の強者が、どうして死ねるのですか!!
 あの咲夜殿が、死ぬわけがない!!」


 妖夢は叫んでいた。
 咲夜は確かに部屋にいた。 血まみれで横たわっていた死体はカモフラージュだ。
 自分を罠に誘うための、巧妙に仕組まれた罠のための罠だ。
 先程階段で見かけた血まみれの影も、やはりあれもミスディレクションだったに違いない。

 先程とはまるで変わってしまった立場に気付かず、声を張り上げる妖夢。
 さすがにその慇懃無礼な侵入者に腹を立てたか、レミリアは静かに立ち上がって振り向くと、しかしいかほども怒りに表情を崩すことなく、やはり昔話でもするかのようなやわらかい声で・・・。


「何言ってるのよ。 あなたが ―― 咲夜を殺したのよ」


 ガラガラと言う雷の音は、もうそこまで近づいてきていた。
 思い出したかのように二人の間を渡っていた風は、今は留まる事なく周囲の木々を揺らし続けている。


「見たわ。 咲夜の最後、まぬけすぎる死に様を・・・」


 まるで、魂をぬかれたかのような顔をしていた妖夢に向かい、レミリアは言葉を続ける。


「あなたが地下に引きずりこまれて行く時、その手にもっていた包丁。
 あなたはそれを投げた。 良く狙いもせずに、やけくそでね。
 あの娘はそれを受けた。 人間の弱い心臓で、ブスリとね・・・」
「・・・そ、そんな馬鹿な!!」


 ようやく言葉を出せた妖夢が、レミリアの台詞をさえぎった。
 動揺し、錯乱している心の内側を全て吐露したようなその叫び、しかし滑稽な事にその顔は、あまりにも無茶がありすぎる人の死をうすら嗤っている。
 これが罠の肝か。 馬鹿馬鹿しい。 馬鹿馬鹿しすぎる。
 そんな事で死ぬ人間なら、冥界に一足踏み入れただけで亡霊の仲間になっていたではないか。
 こんな下らない、子供だましにもならない虚構を、一体どれだけの労力をもって仕組んだというのだ、あの完全で瀟洒なメイドが!


「ええ、まったく馬鹿馬鹿しいわ。 本当に馬鹿馬鹿しい。
 あの娘ときたら、飛んでくる包丁を避けようともせず、時を止めて受けようとしたのよ?

 でもね、あの場所には呪いがかかっていたの。
 呪いをかけていたのは、地下の魔物。
 かけられていたのは、全ての術を壊す呪い。
 それは地下の魔物の力、全てを打ち壊す力。 

 きっとあなたに術で逃げられまいと、ただそれだけのためにその力場を展開していたのね。

 その事に気付かずに咲夜は術を使い、そして術を破られて咲夜は死んだ。 
 おそらく何がおこったかも、良く解らないまま・・・」


 馬鹿馬鹿しい。 本当に馬鹿馬鹿しい。 そんな事が本当にある訳がない。
 嗤いだした。 自分の、最も信頼していた従者の死を静かに語る、紅い悪魔。
 その悪魔の前で、妖夢は声をあげて嗤いだした。
 いつもの彼女を知る人間が見たらどう思うだろうか? きっと気がふれたと思うであろう、実に朗らかな、実に楽しそうな亡霊の嗤い声。


「冥界に帰りなさい幽霊。 あなたの祟りは成就したわ。
 顕界でいい気になっていた悪魔の館は、冥界にちょっかいを出したために滅んだ。
 この事実が広く知れ渡れば、再び貴方達が春を集めようとしても誰も逆らおうとはしないでしょう。

 雨が降りそうだから私は一度館に戻るけど、でも長くは居ないわ・・・。」


 今の私には仇討ちなどする気力もないから、安心してお帰りなさい。
 嗤い続ける妖夢の肩に、そっと手を置いてそれだけ伝えると、悪魔は館の中に姿を消した。
 程なくして、ぽつりぽつりと、そしてすぐに滝のような雨が降りはじめた。
 嗤い続け、嗤いながらその場に崩れ落ちた亡霊をずぶ濡れにして・・・。



 ざあざあと降りしきりる雨の中、亡霊はしばらく壊れたおもちゃのように嗤っていたが、やがてその声が聞えなくなる。
 吹きすさぶ風は嵐の様相を呈し、もはや目も開けてられぬ程になっていた。
 
 と、その幽霊が、突然再びその場に立ち上がった。
 その目には狂気はない。 雨や風に臆することなく見開かれたその目は、まるで獲物を狙う狼のような鋭さをひめた眼光を宿らせ、周囲をぬかりなく睨みつける。

 天に踊る稲妻が、一瞬暗黒に閉ざされていた世界を明るく照らし・・・。

 ギィインッ!!

 その稲妻を思わせる剣線が、虚空を飛来した銀閃を叩き落した。


「み~~~~~つ~~~~~け~~~~~~た~~~~~~~~~~~~~~~~!!」


 地を揺らす程の唸り声を上げ、亡霊は館の入り口に立っていた銀の影を睨み付けた。
 見まごうはずもない。 妖夢が隙を見せる、この一瞬間を作り出すためだけの、仰々しく大層で小賢しく稚拙な罠を張り巡らせていた、完全で瀟洒な・・・。

 その姿が館の中に消えた。 その瞬間に幽霊は突進していた。
 二百由旬を一瞬にして駆け抜けるという鍛え抜かれた俊足は、瞬き一つの間にその銀の影が今までいた場所に到達し、そして閉じられたばかりの館の重荘な扉を蹴り破っていた。

 そのままの勢いで中に突入する。 見上げる目に、二階の廊下に駆け込んでいく銀の影。
 幽霊は、紅の石でかためられた床を蹴り、吹き抜けの玄関ホールを一息で二階に飛び上がる。 
 遠く、廊下の向こう側の階段を下りる銀の影。 その廊下を文字通り一足飛びで駆け寄り、そして階段を飛ぶように駆け下りる。
 駆け下りて厨房に続く廊下、厨房に逃げ込む銀の影、その影のすぐ後ろ、そこまで幽霊はつめていた。


「逃がさないわよ! 十六夜咲夜!!」


 大喝一声! いまその声に振り向いたメイドの顔を、幽霊が振るう銀閃が真横に凪いで・・・。

 その瞬間メイドは消えた。 煙のように消えた。
 まるで何もなかったかのように、気配も、殺気も・・・。


「また・・・。 時をとめたか・・・」


 混乱する頭では、結局あのメイドが何をやりたいのか解らなかった。
 だがしかし、たった一つだけ解った事がある。
 間違いない。 あの女は、間違いなく生きている!

 ガンッと、妖夢は乱暴に机を殴りつけた。
 結局先ほどのレミリアもこの虚構の一つだったのだ。 
 完全に遊ばれている。 何一つ事態は解決できていない。

 苛立ちながらも、妖夢は厨房を後に、そして姦計張り巡らされた紅魔館も後にしようと歩き始めた。

 と、そこで妖夢の動きが止まる。
 かすかにではあるが、何者かがすすり泣く声が聞えてきたではないか。
 残念ながらメイドの声ではなかったが、妖夢はその声に聞き覚えがあった。
 慎重に、妖夢はその泣き声に向かって慎重に歩みを進める。
 
 厨房を出て、廊下の最初の角をまがったところ。
 

「・・・・・・・・・・ヒッ!」


 妖夢の喉の奥で、小さな悲鳴が転がった。
 そこにいたのは、聞き覚えのあった声の主、地下室の魔物。
 だがしかし、その姿にかつての凶暴さはなく、いま魔物は血まみれで暗がりに転がっていた。


「い・・・・痛い・・・、痛いよ~・・・」


 弱々しく呻く魔物。
 妖夢は、目の前にいるのが魔物であるにもかかわらず駆け寄り、甲冑の下の袖口を食い破って魔物の止血手当にあてた。

 魔物と聞き及んでいるが、その実見た目は小さな少女である。
 かつて殺されかけたとはいえ、あまりの痛々しいなりにそうせざるを得なかった。


「一体どうして! 何があったのですッ!?」


 足りぬ布地に苛立ちながらも問いかける、だがしかし妖夢には思い当たる節があった。
 先程、レミリアは迷惑な地下の魔物を始末したと確かに言っていた。


「あああ・・・・、痛い、痛いよ~~」
「なぜ・・・なぜだ・・・。 あの女は生きている! なのになぜこんなっ!」


 まるで母親にすがり付いて来る、病に伏せる幼子のように手を伸ばすその魔物を妖夢はしっかりと抱きとめた。


「しっかりするのです! まだ大丈夫! 今すぐにレミリア様に見てもらいましょう!」


 妖夢は瀕死の魔物を抱き上げ、立ち上がろうとした。
 だが抱え上げた魔物の手が、引きちぎらんばかりに妖夢の髪をひっぱったため、バランスを崩してその場に倒れ込んだ。


「ぐぁっ・・・・!? なっ、何を・・・・・」
「嫌だ! 嫌だ! 行きたくない! 行きたくないっ!」


 自分を手にかけた悪魔の名に怯えたかのか、魔物は最後の力を振り絞るように妖夢の髪の毛をひっぱって抵抗した。


「だ・・・っ、大丈夫ですっから! 私が事情を話せば、きっと解ってくれます!
 このままではっグッ・・・・死んでしまいますよっ!!」
「いやだ! いやだっ! 姉さまこないでっ! レミリア姉さまっ!! 殺さないでっ!!」


 暴れる魔物。 そしてついにブチブチと言う鈍い音とともに、魔物は妖夢の髪の毛をむごたらしく引き抜いてしまった。
 だが、想像を絶する痛みを感じなかったかのように、まるで呆けてしまったかのような表情で、妖夢は固まっていた。

 今この魔物は何と言ったか。 レミリアを、姉と呼んだか? 殺さないでと叫んだか?
 何と恐ろしい事を言い出すのだ、この魔物は。 実の姉に殺される等と・・・。

 そこで思い出す。 レミリアが咲夜の部屋の前で自分になんと言ったかを。


『私の妹と、ずいぶん遊んでくれたみたいだから・・・』


 妖夢は、レミリアに妹が居たことなぞついぞ知らなかった。
 しかしレミリアは妹と遊んでくれたと言った。
 この間この魔物は、その後殺されかけたものの、遊ぼうと言って近寄ってきた。
 そして今腕の中の魔物は、レミリアを姉と言った。
 
 この、気持ちの悪い一致は何をもたらすか・・・。


「うそだ・・・。 レミリア様も気付いているはずだ・・・。 
 これは咲夜の仕掛けた罠だ! それなのになんで、なんでここまでするんだっ!」


 妖夢は、血まみれの魔物を強く抱きしめた。
 なんと残酷な事をするのか! たしかにこの魔物は強力だった。 それは身をもって知っている。 もしあの力が世に放たれる事があれば・・・ 
 だがしかし、だがしかしなぜ実の妹を! しかも、こんな虚構に気付きもせずに・・・!

 と、そこで妖夢は気が付いた。 先程まで暴れていた魔物が、もはや微塵も動かなくなってしまっている事に。


「い・・・妹さ・・・ま?」


 呼びかけるが、返事は無い。


「妹様? 妹様!? お気を確かに!! 妹様!!」


 ニ度三度、腕の中で、眠るように動かない魔物を少々強くゆする。
 死なないで欲しい。 こんな馬鹿げた騒動で死なないで欲しい。 そう必死に願いながらその体をゆすった。 しかし・・・

 バサリ・・・と。 冗談のような軽い音と共に、腕の中の魔物は灰となって宙に消えた。


「あ・・・・あ、あああ・・・あ、ああああああああああああああああああああっ!!」


 咆哮。 誰もいない館の暗く長い廊下に、ひどく物悲しい咆哮が響き渡った。



 妖夢は走り出していた。
 目指すはこの館の主、紅い悪魔レミリア=スカーレットの部屋。
 やめさせなければならない。
 あの馬鹿が何を思って仕掛けた罠かは解らないが、即刻この狂言をやめさせなければならない。

 もし全てを話した上で、それで悪魔の爪に引き裂かれるならそれも甘んじて受けよう。
 だが、とにかく止めなければ。 この馬鹿馬鹿しい、下らない、そして酷すぎるあの女の仕掛けを!

 長い長い廊下を駆け抜け、そして再びその扉に手を掛けた。
 ノックはしない。 とにかくその中に飛び込んだ。






 そして、その部屋に飛び込んだ妖夢は、もう何も言う事が出来なかった。






 そこにあったのは、静かな、まるで眠るような、死。
 悪魔の姫は、今その胸に自ら十字架を模した銀のナイフを深く突きたて、白いベッドを緋色の鮮華で野放図に飾り、眠る白はまるで全てのうさを忘れたかのように、静かで・・・。

 そのベッドの横、小さな文机の上に小さな紙切れ。 そこにはたった一言。

――  今我は 我が最愛の従者のもとへ行かん  ――


「なぜですか? 咲夜は生きている・・・・。 私は見た。 あの女が生きている所を・・・。
 なぜですか? なぜ・・・あなたはそんな簡単に・・・・・・・・」


 妖夢は、その場に崩れ落ちた。
 
 解らない。 解らない・・・。
 解らない、解らない解らない解らない解らない・・・。
 解らないッ! 解らないッ! 解らないッ! 解らないッ!

 咲夜は、生きているはずだ! 自分は何度も見た! それなのに、それなのになぜこの悪魔は死んだ!!
 なぜだ! どうしても、どうしても解らな・・・それが嘘だ!!

 一際大きな雷鳴とともに、一条の閃光が大空を真二つに切り裂いて大地に落ちた。
 地響きを立てる大地。
 天の怒を思わせる振動を伝えた紅色の床に、パタパタと音をたてて雫が落ちた。
 
 嘘だ。 解らないなんて、嘘だ・・・。

 どんなに否定しても、咲夜が生きていると主張しても、目の前にあるのは完全な死。
 己の従者の死を悼み、そして己の屋敷を廃し、己の妹をその手にかけ、そして今自分もこの世を儚んだ悪魔。 
 誰もいない館に、その死が転がっているではないか。


「グッ・・・うあ・・・うあああぁ・・うああああああっ!」


 妖夢は、突き上げてくる衝動を抑える事が出来ずに声をあげて泣き始めた。
 レミリアは、すべての運命を見ると言ったこの悪魔は、人間のつくりあげた虚構等では死なない。 魔物は殺されない。 死んだ魔物に引き抜かれた髪の痛みは、幻ではない。

 悪魔は言った。
 覚えては居ないが、それこそやけくそでなげた包丁で人が死んだと。
 解らないなんて嘘だ。 咲夜は死んでいたのだ。
 自分が、殺したのだ。

 悪魔は言った。 
 祟りは成就した、と。 
 解らないなんて嘘だ。 この館はすでに滅びていたのだ。
 この崩壊した館の惨状は、自分が招いた災厄だ。
 
 自分は馬鹿だ。 一体なんのために主は自分から双剣取り上げたと言うのだ。
 師の目指した祟りとはなんだ。 道を誤った人をいさめるためのものではないのか。
 人は死ぬ。 大層な魔力を使わなくとも、何年も鍛え上げた武術を使わずとも、刃物一本、最悪自由に動かせる拳が二つあれば簡単に殺せる。
 なんと馬鹿な事を、なぜあの時私は包丁なんて持ち出していたのか。
 妖夢は泣いた。 戻らぬ命を思い、そして奪ってしまった命を思い・・・。


 そして、どれくらい泣いた頃だろうか・・・。
 はたと妖夢ははたと泣くのをやめ、その耳を澄ませた。


 ター・・・ン

 バター・・・ン

 誰もいない館の、誰もいない廊下から遠く物音が聞えてくる。


 バターーー・・・ン・・

 ―― レミ・・・ま・・・・・
 
 バターーーーー・・・ン・・・・・!

 ―― ・ミリアさ・・どこ・・・

 
 声が聞えてくる。


 バターーーーーーーーーーン・・・・・・!


 聞き覚えのある声。


 ――  どこに・・・おられますか・・・レミリアさま・・・・

 バターーーーーーーーーーーーーーーン・・・・・・・・・・・!!


 苛立たしく開閉される扉の音ともに、主を探す、自分が探していた女の声が聞える。


 死んだのではなかったのか?
 死んだのでは、なかったのか?

 妖夢は動けなかった。
 もし、生きていたとして、ではなぜレミリアは死んだ?
 ではもし、死んでいたとして、外にいるものは何者だ?

 もし、死んだものがそこにいるとしたら、それは・・・。


「それがおまえの、祟りか・・・」


 バターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 激しく閉められる扉の音が、妖夢の耳朶を激しく打った。
 妖夢は窓を見た。 いまならあそこから・・・。

 すぐ隣の扉が、叩きつけられるようにして閉じられた音が激しく響き渡った。
 だが、妖夢は動かなかった。

 逃げてどうなる。

 自分の犯した罪だ。 主の言いつけを守らず、師の理想を汚したのは自分だ。
 扉の外のものが、生きていようと死んでいようと、もはやそんな事は問題ない。
 今自分の後に眠る亡骸と、自分の腕の中で散った命は偽りではないのだ。

 妖夢はその場に座を正し、目の前の扉が開けられるのを待った。
 だが果たして、その扉が開かれる事は無かった・・・。


 嵐はいつの間にか去っていて、窓からは再び明るい満月の光が差し込んで来ていた。
 その月明かりが照り移す、自分ともう一人何者かの影。
 
 後ろにいるものの、その気配を知っている。
 抜き身の刃のように剣呑で、研ぎたての剣のように美しいその殺気。
 自分の人魂は縮み上がり、兜の中に完全に隠れてしまった。

 暫しその気配が動かぬ事を、黙して背中で感じていた妖夢だが、やがていつまでも動こうとしない気配に促されるようにポツリポツリと喋り始めた。


「十六夜・・・咲夜・・・・か?」


 返事は無い。


「お嬢様は死んだわ。 私が招いた災厄によって・・・」


 まだ気配は動かない。 妖夢は続ける。


「十六夜咲夜。 あなたが私との合戦の合間に死んだと言うのであれば、私はそれに対しては謝らないわ・・・」 


 まだ後ろの気配は動かない。 かまわず妖夢は続ける。


「たけど私は、私の誤った祟りによって命を落とした人達には謝らなければならない。

 お嬢様と・・・、妹様と・・・、住処を追われた紅魔館の人達。 そして、この人達を一番愛していたあなたには、詫びなければならない・・・
 だから私は、あなたの気の済むよう罰を受けよう。 地獄にも喜んでいくわ・・・。


 でも・・・、決して私の主を恨まないで欲しい。
 私がやり方を間違えただけで、主は今回の災厄には一切関係無いのだから。
 
 ・・・だから、だからもしあなたが死んでいるのなら、迷わず冥界に居る主を頼って欲しい。
 主はあれで話の解る人だから、きっとあなたの力になってくれる。
 閻魔様にも顔が利くから、来世であなたとお嬢様の縁をきっととりなしてくれるから・・・」


 それだけ言うと、妖夢は黙って俯いた。
 妖夢が黙ってしまうと、初めて後ろの気配が動いた。
 月明かりに照らし出された、ぼんやりとした影がその右手を挙げる。

 妖夢は、がちゃりと音を立てて胸の前で掌を合わせた。
 目頭と喉を突き上げてくる熱い衝動はまぶたと奥歯をすり合わせてねじ伏せた。
 腹の下と背筋を駆け抜ける冷たい衝動は、これまた同じくして避けた。

 最後に思い出された、冥界に残してきた主の、その春の日を思わせる優しい笑顔は・・・。




 妖夢の後ろで、飛び出しナイフがぱちりと鳴った。
この物語はホラーです。

次回最終話、激辛。 
読んでくださる皆様に、最後の恐怖をお届けします。
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コメント



0.1880簡易評価
5.70名前が無い程度の能力削除
みょんが驚かされる役ですか、やっぱりw
12.70名前が無い程度の能力削除
こうくるとは…

最終話、期待して待ってますw
14.80名前が無い程度の能力削除
この展開を微塵でも予測できた人って居ないのでは!?
最終話を妄想する事がこんなに楽しいってどういう事ですかw
某渾名をもつ者によってもたらされた「あの紅魔館の惨劇」を越える惨劇の予感。
ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。面白過ぎですこの物語。
15.90名前が無い程度の能力削除
えっと、途中までにやにやして読んでたはずなんですが・・・
とてもじゃないが、にやにやできない・・・
19.60名前が無い程度の能力削除
このあとどうなるのか…楽しみです
24.60おやつ削除
ぼーぜん・・・まっまだ辛口!?さらにこの上が!!?
最終話まで固唾を飲んで待ちます。
40.40名前が無い程度の能力削除
>昨夜でいいわよ。 どうせ忠義心も~
咲夜の誤字?