Coolier - 新生・東方創想話

太陽と満月と、半月と(前編)

2004/11/07 09:43:23
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少女の手を牽き、彼女は歩く。
里の入り口には、大勢の村人が集まっていた。中には武器を手にしている者もいる。
彼らは、その二つの人影を見つけると、わぁと歓声を上げた。
「慧音さま!」
「慧音さまー!」
口々に自らの名を呼ぶ彼らに、彼女は軽く手を振るうと、傍らの少女の背を押した。
一人の女性が駆け寄ってくる。少女の母親だろう。
母親が、その少女を抱きしめる。
「おかあさーん!」
「馬鹿っ、勝手に外に飛び出して!」
ごめんなさい、ごめんなさいと涙を流す少女を、母親は強く強く抱きしめる。
「ああ、慧音さま、ありがとうございます!」
佇む彼女に、母親は万感を込めて頭を下げた。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
母親に習いお礼を言う少女に、彼女は微笑みかける。
「よかったな。でも夜、もう里の外に出るんじゃないぞ」
「はいっ!」
「いい子だ」
元気よく返事する少女。その頭を彼女はくしゃりとなでた。



「敵襲だー!」
耳朶を打つ怒号。
その怒声に、柳のようなその少年は立ち上がった。
立てかけたあった刀を持ち、外へと飛び出す。
とはいうものの、彼はそれほど剣の扱いが得意なわけではない。むしろ同年代の少年達の中では下手の分類に入るだろう。
それでも彼は辺りを見回し、騒ぎの元へと駆けつける。
既に戦闘が始まっていた。
何人もの少年達と、それと相対する異形の影。
大人より一回り小さなその妖怪を、里では「子鬼」と呼んでいた。
里に下りてくる妖怪達の中では弱い部類だが、徒党を組んで現れるためたちが悪い。
「うわぁ!」
体勢を崩したのか、一匹の子鬼と競り合っていた少年がもんどりうって倒れた。
奇妙な、しかし勝利を確信したとわかるような雄叫びをあげ、子鬼が鉈を振り上げる。
やられた!
心の中でそう叫びつつ、彼はぎゅっと目を瞑った。
鋼と鋼が打ちあう音。
「・・・・・・?」
いつまで経っても訪れない痛みに、少年はおそるおそる瞼をあげた。
目に映るのは、線の細い少年が、必死に刀で子鬼の鉈を受け止める姿。

彼は焦っていた。
叫び声に反応して、とっさに飛び出して鉈の一撃を受け止めたまでは良かったのだが、そこで頭の中が真っ白になる。
・・・ど、どうしよう・・・
剣の練習はしたことがあるはずなのに、ここからどうすればいいのか全く思い至らない。
動きの止まった少年に、目の前の子鬼は鉈を引き、改めてそれを振り上げ・・・
そのまま横倒しになる。
はっ、と横を見ると、倒れていた少年が剣を片手に立っていた。彼がそれで子鬼の頭を砕いたのだ。
「すまん、助かった」
にっ、と笑う少年に、彼はやや顔を青ざめさせつつも頷いた。
「あらかた終わって・・・」
なにやら言いかけた少年の声が、壁の砕ける音に遮られる。
壁に叩きつけられたのは、少年の一人。
とっさにそれをやった相手を見やる。
家屋の影から、ぬうと出るのは異形の巨体。
「お、大鬼・・・」
その名の通りの大きな鬼。その大きさは半端ではなく、大人達のふたまわり程もある。
丸太のような腕で、比喩で無しに丸太を振るう、大人十人がかりで退治するような妖怪だ。とても今の人手で倒せるような相手ではなかった。
「に、逃げろ・・・っ!」
壁に叩きつけられつつも、まだ意識のあった少年がなんとかそう言葉を絞り出す。
一斉に逃げ出す一同。
ただ一人を除いて。
悠然と倒れた少年に歩み寄る大鬼に、線の細い、一人の少年が立ちふさがった。
「馬鹿っ、なにやってんだ!」
振り向いた少年達が、叫ぶように言った。
あんなちゃちな刀一本で、丸太なんかが受け止められるはずがない。
だが膝を笑わせつつも、彼は怯まなかった。
大鬼は小馬鹿にしたように顎をくっとあげ、丸太を振り下ろす。
「・・・っ」
声にならない悲鳴。
誰もが少年の死を幻視した。
青い、光。
振り下ろされたはずの丸太は切り飛ばされ、あらぬ方向へと飛んでいく。
大鬼がそちらを見る。
青い光が見えた。
それが、大鬼の見た最後の光景となった。

頭を吹き飛ばされた大鬼の体が、地響きを立てて崩れ落ちる。
「慧音!」
わあ、と歓声じみた声で、口々にその少女の名を呼ぶ。
その名を聞き、細身の少年は大きく息をついて、刀を下ろした。
「無事か」
歩み寄りつつ、慧音は彼に声をかける。
「ああ・・・なんとかね」
「全くだ」
彼の答えに、少女は憤慨したように言った。
「どうしてああも無茶な真似をするんだ、まったく」
「・・・う、うるさいな、しょうがないだろう」
そっぽを向いて、長身痩躯の少年は言い返す。
視線の先には、にやにやと笑う他の面々。壁に埋もれた少年まで同じくして笑っていた。
「ともかく無鉄砲すぎる。もうすこし力量を考えてだな・・・」
「ああもうわかったよ!僕が悪かったですもうしませんごめんなさい!」
慧音に視線もあわせずそうまくし立てると、彼はずかずかと歩み去っていった。
彼の唐突な豹変に、少女は唖然としてその背を見送る。
そんな彼女を見て、声をたてて笑う少年達。
「なんだ、何故笑う」
口を僅かにとがらせ、慧音は問うた。
「いや、だってなぁ?」
「なぁ?」
「あいつも哀れだよなぁ・・・」
わかったような、わからないことを言う。
「だから・・・!」
「じゃあ俺ら見回りに行ってくるわ!」
大きくなりかけた彼女の声を遮って、一人の少年が言った。
倒れていた別の一人に肩を貸しつつ、ぞろぞろと去っていく。
「なんなんだ、一体」
一人残された慧音は、少しむくれつつそう呟いた。


慧音には両親がいない。
と言っても鸛に運ばれてきたわけではなく、捨て子だった。
里の入り口に捨てられていたのを、そこの老魔術師に拾われたのだ。
彼は妻に先立たれ、子宝にも恵まれなかったために、彼女を大層かわいがった。
だから彼女は幸せだった。
また、育った環境が環境だっただけに、幼い頃から魔術に慣れ親しんでいた。
彼女はその分野に関してめきめきと頭角を現し、老魔術師と比肩し得るほどにまで成長した。
成長したと思う。その老魔術師も他界してしまったから、何とも言えないけれど。
彼女の術は、里を襲う妖怪どもを倒すのにとても役立った。
彼女は、里の守護者だった。

その柳のような少年には両親がいない。
と言っても木のうろから生まれたわけではない。
彼の両親は、彼が十の時に妖怪に喰われた。
彼の両親は技術者だった。水田を開くときも、水路を引くときも、畑を開墾するときも、みんな彼らに相談した。
少年は、大好きだった両親を継ぐべく、一生懸命勉強する。
その甲斐あってか、彼はその分野に関してめきめきと頭角を現した。
今では水田を開くときも、水路を引くときも、畑を開墾するときも、みんな彼に相談する。
彼は、里の守護者だった。

だから、と慧音は思う。
彼にはもう少し自分の価値というものを認識してもらいたい。
彼の存在は里の未来のためには不可欠だ。妖怪如きに奪われていい存在ではない。
今日だってそうだ。大鬼の前に立ちふさがるなんて、狂気の沙汰事だ。
犠牲は悲しむべき事だが、やむないを得ないものでもある。
あの時の一番正しい行動は、倒れた少年は捨て置いて、人手を呼びに行くことだった。
それなのに。
全く馬鹿げている。彼一人でどうにかなるはずもないのに、何であんな事を。
彼がいなくなったら一体どうすれば・・・
そこまで考えて、はたと我に返り、ふるふると首を振るう。
最近、どうも彼のことばかり考えているような気がする。今のように、里の外の見回りをしている最中にもだ。
これではいかん。そうでなくとも里の外は危険なのだ。慧音は改めて気を入れ直す。
がさり、と。
そんな彼女の様子を見ていたかのように、横手の茂みから何かが姿を現す。
とっさに後ろに跳び、身構える彼女。
「ハクタク・・・か?」
某かの歴史を糧とし、知識の獣とも呼ばれている。知能は高く性格は温厚で、そもそも人里などに現れないはずなのだが・・・
目の前のそれは、明らかに常軌を逸していた。
白い柔毛、野牛の如き角、巨体。それはいい。
だが、その理性の欠片すら感じ取れない、狂気じみた眼光はなんだ?
「魔に侵されたか・・・くっ?!」
ハクタクの嘶きと共に、周囲に無数の光弾が生じる。
一直線に彼女めがけて飛来する光の雨を、慧音は後退しつつかわし、そのまま宙へと舞い上がる。
ハクタクは飛ぶことは出来ないようだ。地に足を着けたまま、再び嘶く。
芸もなく、ただただ彼女を狙うだけの弾幕。どうやらまともな判断能力を失っているようだった
呪符は二枚しか持ち合わせていなかったが、この程度の相手ならば訳もない。
彼女は腕を一振りすると、周囲に赤い光弾を発生させる。それの発射と同時に、青い光の帯を撃ちだした。
相手の動きは速くない。左右から円を描くように迫る光弾も、青の光帯も、白い巨体を難なく打ち抜く。
爆光。手ごたえあり。確実に命中したはずだ。
薄れゆく白煙の中、しかし白の巨体は健在だった。
顔をしかめる慧音。柔毛をいくらか焦がしただけで、ほとんど無傷のようだった。
ハクタクの、三度目の嘶き。
弾幕そのものは大したものではないが、こちらの術が功を奏しないのでは埒があかない。
三度のそれを捌ききると、彼女は懐の呪符の一枚を握り潰した。
先ほどに倍する大きさの光弾と、青い光の奔流がハクタクを撃つ。これならば・・・!
爆光。
命中を確信しつつも、慧音は舌を打った。
爆発の中仁王立つ、ハクタクの姿。
どうする?
彼女は逡巡する。
呪符はあと一枚。光弾は捨て、貫通力の高い光の帯に全能力を注ぐべきか?
却下だ。耐えられてしまったらそれこそ後がない。そんな博打をうてはしない。
ハクタクが、先ほどにも増して大きく吠える。あからさまに光弾の密度が増す。
閃き。
おそらくこの手しかないだろう。
そうと決めれば、彼女に迷いはない。次の弾幕でけりをつける。
高密度の弾幕の嵐を、慧音はしかし退かず、前進しながら回避する。
服をかすめ、耳元で唸る光弾に、彼女は怯まず距離をつめた。
五度目の咆吼。
しかしそれをあげることは許されなかった。
開かれたハクタクの口に、慧音の右腕が捻りこまれる。
「さらばだ」
呪符を握り潰し、術を解放する。
膨大な魔力の爆裂に、ハクタクの巨体は呆気なく四散した。

自分の姿を見下ろす。
酷い有り様だった。
顔、腕、服、どこもかしこも返り血で汚れていた。
さすがにこの姿のまま自分の家までは帰れない。途中で見とがめられるだろう。
幸い、あてがあった。
彼の家は、里のはずれにある。事情を話せば、湯と服を貸してもらえるだろう。

戸を叩く音がした。
彼は本から目を上げる。
またお隣さんが味噌でも借りにきたのだろうか。
はい、と返事をし、蝋燭の火に照らされた細い影は立ち上がり、戸を開ける。
目の前には血塗れの少女。
時が、止まる。
「・・・っ、やあ慧音」
「冷静な対応に感謝する。・・・入ってもいいか?」
ああ、と頷き彼女を招き入れる。
「ちょっと待ってくれ、湯を沸かしてくる。・・・怪我、してるわけじゃないよね」
「ああ」
慧音の返事に安心したように笑顔を浮かべると、ぱたぱたと奥へと駆け込んでいった。

「それで、なにがあったの?」
木の扉一枚を挟んで、おそらく湯で体を拭っているであろう慧音に、彼はそう問いかけた。
「里の外の見回りをしていたら、妖怪を見つけてな。強力な術を持ち合わせていなくて、仕方なく至近で術を使ったらこの有り様だ」
くぐもったような声が返ってくる。彼女にも、彼の声はそう聞こえているのだろう。
「あまり無茶はしないでね」
「それはこちらの台詞だ」
彼女の返事はにべもない。
「悪かったよ、反省してる。・・・でも、体が勝手に動いちゃうことって、あるだろ?」
「それは、わかるがな・・・」
苦笑混じりに言う彼に、慧音は不承不承同意する。
ざぁ、と何かの流れる音。
「あ、終わった?」
「ああ、助かった、ありがとう」
「えーと・・・あー、着替え、置いておいたから、それ使って」
「すまん」
さらさらと、衣擦れる音がする。
ややあって、息をのむ気配。
「これは・・・」
「いいから、着ちゃって」
刹那のためらいの後、再び聞こえる、音。
何故だかそれが、とても長いこと響いていた気がする。
立て付けの悪い戸が開く。
慧音が、立っていた。
濃紺の一枚布の服。胸元には赤い結び目。裾には水面の如き切れ込み。
そんな彼女が、立っていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
静寂の帳。
「これ・・・は・・・?」
ためらいがちに、気恥ずかしげに、囁くように彼女は言う。
「いや・・・慧音はいつも里のために力を尽くしているじゃないか。それで・・・」
「それを言ったらお前だって・・・」
「そりゃそうだけど、そうじゃなくて・・・ああもう!」
彼女への抗議ではなく、自分への叱咤。
がしがしと頭をかき回し、それから彼女にきっ、と視線を向ける。
いつにない、力のこもった瞳で。
「僕が慧音に着て欲しかったから、僕が慧音に贈るんだ!悪いか!」
渡すのはなし崩しになっちゃったけどさ。
思いもよらぬ、強い口調で言う彼に、慧音は目を見開いた。
彼の顔が見る見る赤く染まっていく。
それはきっと、彼女も同じ。
彼は、ついと視線を外に移した。彼女は彼を、見つめるままに。
「半月・・・だ」
「え?」
幾ばくかの沈黙の後、彼はぽつりと呟いた。
空に浮かぶは彼の月。
「僕は、半月が好きなんだ」
「・・・変わった趣味をしているな」
「かもね」
言って彼は苦笑する。
そして言を続ける。でも、と。
「満月は、満ち足りすぎている。何にも、誰にも寄らないのは、悲しい」
もっとも、ほど遠くはあるのだけれど。
「三日月は、寂しすぎる。何かに、誰かに頼りきりなのは、辛い」
これくらいなんじゃないかな、今の僕は。
だから、と
「僕は、半月になりたい。寄りかかって、寄りかかられて。頼って、頼られたい」
傲慢かな、と彼女を見る。
彼女が、とても近くにいた。
彼女の両手が背に回る。
立場が逆じゃないかな、などと心中で思いながら、これが自然なのかもしれない、とも思う。
彼も彼女に手を回す。互いが互いを抱きしめる。
「無茶はするな」
と、半分の声。
「うん、しない」
と、半分の声。

しばしの間をおき、満月が二つに分かたれた。
「帰る」
「ん」
素っ気ないが、満ち足りた言葉。
「ああ、そうだ」
靴を履きつつ、思い出したように振り向いた。
「服、ありがとう」
「どういたしまして」
笑顔で別れ。

彼女は歩く。ふわふわと、まるで雲の上をゆくかのように。
頬がゆるむ。笑みが零れた。こんな様子は、里の者達には見せられない。幸いなことに、夕げの時間だ。
彼女は浮かれていた。
歓喜にあふれていた。

だから、胸の奥からこみ上げる熱い疼きなど、さしたる問題では、なかった。
別題、捏造史「イフシミュレイトヒストリー」。
妄想が炸裂しました。何だか長くなりそうなので前後篇です。
海の如き心を持って読んでいただければ幸いです。
SHOCK.S
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