Coolier - 新生・東方創想話

生きるということ。死ぬということ。

2009/06/22 22:03:03
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「おーい。咲夜ー」

 まどろみの中、咲夜は耳元の幼い声に意識を呼び起こされた。

「生きてるかー?」

 うっすらと目を開けると、見慣れた主の顔がそこにあった。

「良かった。生きてた」

 犬歯を出して、にぃっと笑う。
 永遠に紅い幼き月。
 レミリア・スカーレット。

「勝手に殺さないで下さいまし」

 その従者・十六夜咲夜。

 咲夜は苦笑しながら、ベッドの横のレバーを動かした。
 ウィイインと音がして、ベッドの上部が起き上がってくる。
 七十度ほど起こしたあたりで、咲夜はレバーを離した。

「おはようございます、お嬢様」
 
「おはようじゃないわよ。もう昼よ。まったく、ほっとくといつまでも寝てるんだから」

「申し訳ありません」

 今日も咲夜は瀟洒に微笑む。

「はい、寝覚めの紅茶」
  
 ティーカップを差し出すレミリア。
 あたりに茶葉の香りが満ちる。

「ありがとうございます」

 咲夜はそれを受け取ると、ゆっくりとした動作で口元に運んだ。
 こく、こくと。
 少しずつ、喉に注いでいく。

「とても、美味しゅうございますわ」

「この私が淹れたんだもの。当然よ」

 にっこりと微笑む咲夜に、えへんと胸を張るレミリア。
 そんな二人の日常が、此処にあった。

「そうだ。今日は出かけなくちゃいけないから、食事は妖精メイド達に運ばせるわ。何時がいい? ちなみに今はもう正午過ぎよ」

 時計を見ながら、レミリアは問い掛けた。

「あらまあ。もうこんな時間ですの。そうですねぇ、では一時半頃でお願いしますわ」

 実におっとりとした口調で、咲夜は答えた。

「ん、一時半ね。了解。そうそう、言っとくけど、今日のは自信作だから」
「あら。それは楽しみですこと」
「昨日の夜、竹林で美味しそうな山菜を沢山採ってきたのよ。炊き込みご飯にしたから」
「それはそれは……ありがたく頂きますわ」
 
 はしゃぐように言うレミリアに、微笑みながら礼を言う咲夜。
 こんな光景も、いつしか当たり前のものとなった。



 十六夜咲夜は、八十歳になっていた。


 かつて銀に輝いたその髪は、今では綺麗な白色に染まっている。

 かつて透き通るような白さを誇っていた瑞々しい肌には、今では皺が深く刻み込まれている。 
  
 それはそのまま、彼女が今日まで過ごしてきた時間の長さを物語っていた。
 
 

 六十を過ぎた頃、咲夜はメイド長を引退した。
 紅魔館に定年制はなかったが、咲夜は、老齢に伴う自分の稼働能力の低下を鑑み、自ら辞職を申し出たのだ。
 メイドでなくなる以上、もうこの館には居られない、里に下りて隠居します、とも咲夜は言ったが、それはレミリアが許さなかった。

「馬鹿なことを言うな。一生私の傍に居ると言ったのはお前じゃないか。一人で勝手に此処を出て、一人で勝手にくたばるなんて、そんなことは絶対に許さない」

 こうして咲夜は引退後も、この館で暮らしていくことになった。
 これまでと同様、レミリアの従者として。


 しかし、その後間もなく、咲夜の身体に、目に見えて変化が現れ始めた。 

 重い荷物が持てない。
 少し移動しただけで息切れがする。
 階段で足がなかなか上がらない。

 それは、老化現象。
 歳を取れば、誰に対しても起こるもの。
 しかし咲夜の場合は、通常の場合よりも一層早く、それが顕著に現れ始めた。
 それは言わずもがな、咲夜がこれまで使ってきた能力の影響に他ならない。
 時間を止めれば止めた分だけ、相対的に、自身の老化は早くなる。
 術者自身の時間は止まらないのだから、当然の帰結だ。
 七十を越えた頃には、咲夜はもう、自分の足で歩くことすら困難になっていた。

 そしてその頃から、咲夜の身の回りの世話をするのが、レミリアの日課になった。
 咲夜を起こし、咲夜の為に紅茶を淹れ、咲夜の為に食事を作る。
 時々は咲夜を車椅子に乗せ、外にも連れ出してやる。

 最初の頃こそ、咲夜は抵抗を示した。
 仮にも自分は従者なのに、主にここまで迷惑を掛けられない、と。

 すると、レミリアは少しむっとした表情で、こう言った。

「水臭いことを言うな。これまで五十年以上も、私は咲夜の世話になってきたんだ。だから、少しくらい……お返しをさせてくれても、いいじゃない」
 
 ほんのり、頬を紅くして。

 さらにレミリアは、こう続けた。

「それに何より、私はこうして、咲夜の世話をしていることが楽しいんだ。咲夜。お前は、主の楽しみを奪うつもりか?」
 
 大真面目な顔で、主にそんなことを言われては、咲夜としても、何も言い返すことが出来なかった。

 こうして築かれた、主人が従者の世話をするという、なんだか奇妙な主従関係が、もう十年ほども続いている。



 ――そして、現在。



「……さてと、じゃあ私はそろそろ行って来るよ」

「はい。霊夢と魔理沙によろしくお伝え下さい」

「ああ。まったく、何が悲しくて、夜の王たる吸血鬼が、人間の生存確認なんぞのために、真昼間から出掛けなくちゃいけないのかねぇ」
 
 やれやれと、レミリアは溜め息混じりに呟いた。

「あらあら。お嬢様が自らお始めになったことではないですか」
 
 くすくすと笑う咲夜。

「違いない」
 
 くっくっと笑うレミリア。

「ま、どうせあいつらのことだ。一ヶ月前と、同じことをしているに決まっている」

「霊夢は縁側でお茶、魔理沙は魔法の研究、ですか」

「間違いなくそうさ。あいつらも大概いい歳なのに、やってることはてんで昔と変わりやしない」
 
 大げさに肩を竦めながら、レミリアは言った。

「いいではないですか。彼女らもまた、人間らしく生きているという証ですよ」

「そうは言うがな、咲夜。まあ霊夢はまだいい。やってることは昔と変わらんが、十分歳相応の振る舞いといえるからね」

「問題なのは、もう一人の方、というわけですね」

「そうだ。魔理沙のやつ、この前、私が訪ねたときなんか、三日も寝ないで研究していやがった。いい加減にしないと本当に死ぬぞと言ってやったら、『魔法の研究中に死ねるなら、魔女冥利に尽きるってもんだ。畳の上で大往生なんて、私の柄じゃない』なんて、平然と言いやがる。正気の沙汰とは思えない」

「確かに」

 咲夜はくすくすと笑った。
 可笑しそうに、嬉しそうに。

 つられてレミリアもくっくっと笑った。
 可笑しそうに、嬉しそうに。

「それじゃあね、咲夜」
「はい、お嬢様」
「くれぐれも、勝手に死ぬなよ」
「ええ、もちろんでございますわ」

 傍から見てると実に奇妙なやりとりだが、二人の間ではこれが普通のことだった。

 
 いつのことだったか、レミリアは咲夜にこう言った。


「いいか、咲夜」

「人間らしく死ぬと決めた以上は、最期まで人間らしく生きろ」

「そして最期は、私の腕の中で死ね」

「私の腕の中で、人生最高の笑顔を浮かべて、心安らかに老衰で死ね」

「私の居ない時に勝手に死んだり、病気なんかで死期を早めたりしたら、許さない」

「もしそんなことになったら、閻魔に掛け合ってでも、無理矢理反魂してやるからな」

「常々、心しておくように」

 
 まったく、このお方は……。

 これらの言葉を思い出すたび、咲夜は深く嘆息する。

「最後の最後まで、私を縛りたがるのだから」

 従者の死に方にここまで注文を付ける主人なんて、聞いたことがない。
 そしてそれを実践すべく、従者の健康管理に細心の注意を払う主人も。

 そう。

 レミリアは、本気なのだ。
 本気で、咲夜に人間としての一生を全うさせようとしているのだ。

「ならば、私も」

 それに応えないわけにはいきませんね――。

 咲夜は、決意を宿した瞳を窓の外に向ける。

 日傘を手にしたレミリアが、気持ちよさそうに空を歩いているのが見えた。

 ほんの一瞬、その隣に、かつての自分の姿を幻視する。

 日傘を持ち、レミリアの傍に佇む自分。


 でも、そんな自分はもういない。

 もうどこにも、あの頃の自分はいない。



 ――しかし、今の自分は此処に居る。



 もう、メイドとして働くことができなくとも。

 もう、時を操ることができなくとも。


 それでも自分は、此処に居る。


 今の自分に残された、たった二つの宝物。

 十六夜咲夜という名前と、レミリア・スカーレットの従者であるという誇り。

 その二つさえあれば、もう他には何も要らなかった。

 
 
「ふわあ」

 視線を部屋に戻すと、欠伸が出た。
 結構寝たはずなのに、まだ眠い。
 でも、今の咲夜にとっては、これも普通のことだった。

「……お食事が来るまで、もう一眠りしようかしら」

 そう呟き、咲夜は静かに目を閉じる。

「おやすみなさい、お嬢様」

 咲夜はゆっくりと、眠りの淵へと落ちていった。
 
 館に戻り、霊夢達の様子を楽しそうに話すレミリアの姿を、瞼の裏に描きながら。
 



前作に続き、お嬢様と咲夜さんのお話です。
「寿命」をテーマにした話ですと、「死」に重点が置かれる場合が多いと思うのですが、本作では、その一歩手前の「生」の段階に重点を置いてみました。
いかがだったでしょうか。

それでは、最後まで読んで下さり、どうもありがとうございました。
まりまりさ
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コメント



0.2560簡易評価
7.80名前が無い程度の能力削除
王道でいいなあ
9.80名前が無い程度の能力削除
年取ったらあとはもう死ぬだけってわけじゃないんだね。生きることもできるんだ。
なんか学べました。
20.70名前が無い程度の能力削除
なかなかでした
23.80名前が無い程度の能力削除
最後まで"自分"らしい登場人物たちに共感がもてました
24.90名前が無い程度の能力削除
キャラが死んだのではなく年老いたのは読んだことがなかったので、新鮮でした。
レミリアいいやつだな……
26.100名前が無い程度の能力削除
理想の主従関係ですね。
28.100名前が無い程度の能力削除
お嬢様のカリスマと優しさに泣いた。
みんな年老いても彼女たちらしいのが、また、いい。
45.100名前が無い程度の能力削除
溢れ出るカリスマというかやさしさ。
53.100名前が無い程度の能力削除
最新作のレミ咲読んでからここまで遡ってきました。話の繋がりがとても綺麗です。
あなたの作品群これからも楽しみにしています。
58.90名前が無い程度の能力削除
よい