Coolier - 新生・東方創想話

Love La Doll

2009/06/20 23:59:14
最終更新
サイズ
16.13KB
ページ数
1
閲覧数
1616
評価数
4/55
POINT
2740
Rate
9.88

分類タグ

 窓の外で、静かに雨が降っている。私は掃除の手を止めて、細長い窓から外を眺める。
 私が美鈴と付き合い始めてから、一ヶ月が経とうとしていた。
 あぁ、もうそんなに経つのか、という思いと、まだそんなものか、と言う思いが入り混じる。
 とどのつまり、付き合っているという実感が希薄なのだ。
 と言うのも、付き合い始めたからと言って私たちの関係はあまり変わっておらず、私と美鈴の間には、依然として上司と部下の間柄から来る緊張感がある。
 だからか、美鈴はプライベートの時も私に敬語を使う。たまに、笑ったりしたときにくだけた調子になるときはあるけれど、タメ口だけは、絶対にきかない。
 別に私が命じたわけではなく、美鈴がこだわってしていることなので、そのままにしている。
 前に、敬語やめても良いのよ? と何となく言ってみたところ、滅相もないと言わんばかりに首を振って、そのお気持ちだけで十分です! と、およそ付き合っている相手に向けた言葉とは思えないほど、丁重に断られた。まぁ、断られると思って聞いたので、特別傷つきはしなかった。
 こういう性格だからこそ、私は美鈴に気を許せたのだ、きっと。ここでタメ口になるようなら、初めから好きになっていなかっただろう。だから、今のところ不満はない。
 それに、どことなく余所余所しさが漂いながらも、前より心が接近したのは確かだ。気持ちを伝える前よりも、美鈴をずっと近くに感じることが出来る。
 紅魔館の内と外、働く場所が違う私たち。前までは、そんな小さな隔たりが大きな障壁だった。
 美鈴の顔が見えないだけで焦燥感が募った。門番である美鈴は、仕事がら人間や妖怪、妖精と触れ合う機会が館の誰よりも多い。しかも社交的だから、誰とでも仲良く話をする。
 気が気じゃなかった。いつか誰かにとられてしまうんじゃないかって。とられたらきっと私は容赦なく相手を殺して、本物の殺人者になるだろうって思うと怖かった。その焦りから、一日に何度も外に出て、美鈴に会いに行った。門か庭園か、大抵そのどちらかにいた。そこで誰よりも長く美鈴と過ごし、話をした。二人だけでいるときだけは、焦燥感もなく、心から安心出来た。
 だけど今、こうして外を眺めていても、焦燥感はない。
 誰よりも傍にいたくて、誰よりも傍にいた結果、私たちは親密になって、想いを確かめ合って、恋人同士になった。ほんの少し余所余所しさがあったとしても、この安心感は揺ぎ無いものだ。
 その思いを裏付けるように、想いが実った後、私は一度も美鈴の時を止めていない。
 付き合う前までは、何度となく止めていた。二人きりのときに時を止めて、何をするでもなく表情を眺めたり紅い髪に触れたりした。それは大抵美鈴がとびきりの笑顔を見せたときだった。何も動くものがない静かな世界で、花のように笑う美鈴だけが、私の目には色付いて見えた。
 美鈴が、その世界のすべてだった。
 静かにそぼ降る雨にしばし耳を傾けていると、見覚えのある白い傘が視界の隅に入って、目で追った。あれは最近私が美鈴に贈った傘だ。薄いクリーム色で縁に芍薬の刺繍が施されている。これから梅雨時だからちょうど良いだろうと贈ったところ、満面の笑みを浮かべて、ありがとうございます! 早く梅雨にならないでしょうか。と、青空を仰いではしゃいでいた。
 蒸し暑い雨の日だというのに、美鈴はそれをものともせず、傘をくるくる回したり、水溜りをひょいと跳び越えたりして、楽しそうに歩いている。庭園のほうへ向かっているようだ。花壇の様子を見に行くのかもしれない。その子供のように上機嫌で軽やかな歩みに思わず笑みが零れた。誰にも見られていないと油断しているのか。――ちょっと休憩。そう呟いて私は外に向かった。
 一歩館を出ると、むっとした空気が頬を撫でてきて思わず眉をしかめた。
 職業上、雨はあまり好きではない。洗濯が面倒なことになる。でも、お嬢様が外に出たい、と言わないので、一方では仕事がはかどることになる。
 そういえば、お嬢様は私と美鈴の関係に気付いているのだろうか。おそらく、気付いているに違いない。前に紅白の巫女のところに遊びに行ったとき、供に何故か美鈴まで指名した。粛々と従ったけれど内心気が気じゃなかった。美鈴に至っては隣で見ていて可哀想なくらいがちがちに緊張していた。お嬢様とお茶を飲みながら紅白が愉しそうに私たちを見ていたから、あの分だと紅白は知っているだろう。紅白が知っているということは、あの傍迷惑な魔法使いも知っているかもしれない。そう思うと頭が痛くなった。
 水色の傘を差して雨をしのぎ、水溜りを避け、早足で庭園に向かった。じっとり湿った重たい空気が全身に纏わりつくのが気持ち悪い。癖のつきやすい髪の毛が広がるのが気に食わない。美鈴のように、軽やかに、とはいかない。まったく嫌な天気だ。
 こういう不快な状況でも楽しんでしまう美鈴は、本当に凄いと思う。そして、自分で言うのも何だけれど、こんな日に私を外に向かわせるのは、もっと凄いと思う。以前の私だったら特別な用がない限り、こんな日に外に出ることはなかった。
 脇目も振らず黙々と歩いていると、新緑に混じって白い傘が見えた。駆け寄りたいのをこらえて歩調を緩めて近付いていくと、気配を感じ取ったのか、美鈴はくるりと振り返った。
「――あ! 咲夜さん」
 静かな空間に広がる、軽やかで朗らかな声。軽く手を振って、微笑み返した。
 目に付いたのは紫陽花の花束。私の目の動きに気付いた美鈴は、あぁと言って掲げてみせた。
「館に飾って頂こうと思いまして。綺麗でしょう?」
「えぇ。でもこんな日じゃなくても良かったんじゃない?」
 雨に濡れた紫陽花が美鈴の持つ手を濡らして、水滴が肘まで伝っている。
「そうかもしれないですけど、雨の日の紫陽花って綺麗じゃないですか」
「え?」
 意味が分からなくて首を傾げると、美鈴は、だって、ほら、と庭園の紫陽花に目を向けた。
「花とか葉っぱに雨粒が溜まって、こう、するっと流れて、綺麗だと思いませんか?」
 紫陽花の群を眺めて嬉々として語る美鈴の言葉に、私は頷いて見せた。
「そうね」
「でしょう! だからお持ちしようかなぁと思ったんですよ」
「なるほど。良いわね。じゃあ、頂こうかしら」
 正直、晴れの日との違いがどれほどあるのか分からないけれど、言われてみれば趣があるような気がしないでもない。紫陽花は梅雨時に咲くものだし、だから紫陽花に雨が似合うというようなそんな意味なんだろう。多分。自信はないけれど……。だけどそれを美鈴に悟られるのは嫌だ。同じ感覚を共有出来ない、つまらない奴だとは思われたくない。
「あ、館までお持ちしますよ。花、濡れてますから」
「気にしなくていいわよ。それくらい。私が持ってくから」
「いや、あの、一緒に行きたいんです。……駄目ですか?」
「そういうことなら……」
 ……そういうことなら、私もやぶさかではない。
「ありがとうございます!」
 そう言うと美鈴は私の隣に並んで、二人でのんびり歩き始めた。ちらりと表情を窺うと、目を細めて嬉しそうに紫陽花の群を眺めている。
「紫陽花、ちょうど見頃なんですよ」
「そうね、綺麗ね。お嬢様にも話しておくわ」
「はい! お嬢様にも見て頂きたいので、お願いします」
 改めて辺りを見渡すと、雨にけぶる紫陽花はどれも濃い紫色をしていた。青紫、赤紫とどれも鮮やかだ。毎日丹精込めて花の世話をしている美鈴にとって、努力が報われる瞬間なんだろう。こんなにも美しい花を咲かせることが出来る恋人を持っているなんて、何だか誇らしい。私には真似できないことだから、なおさらだ。
 傍にあった、濃い青紫色の額紫陽花に触れながら、美鈴のほうへ振り返った。
「この花もらっても良い?」
「はい。今切りますね」
「ううん。良いの」
 美鈴の言葉を遮ると、小さくて華奢な花を、ぷつりと摘み取った。
 あ。と美鈴が声を上げた。振り返ると何とも言えない呆けた顔をしている。
 私は気にせず雨粒を掃うと、その手を美鈴へ伸ばした。
「あの、咲夜さん?」
「これは美鈴の分ね」
「え?」
 美鈴の耳の前に垂れる三つ編みの上のほうに、落ちないそうにそっと挿した。
 思いつきの行動だったけれど、紅い髪に紫陽花は思った以上に似合って、満足の笑みが零れた。
「美鈴が育てたんだから、美鈴の分も、ね?」
「え、でも……」
「綺麗よ」
「咲夜さん……」
 美鈴は戸惑った表情を見せた後、喜びを押し隠したような、はにかんだ笑顔を見せた。
「ありがとうございます」
「――っ」
 情感が込められた声に、どくりと胸が高鳴った。と同時に私の周りのすべてが止まった。
 耳鳴りがしそうなほどふつりと音の途切れた世界に、あ、という私の声だけが空しく響いた。
 時を、止めてしまった……。
 衝動的に、片足を上げて思い切り水溜まりに突っ込んだ。ぱしゃりと音が鳴って飛沫が上がり、靴下に泥水がかかった。このままでは靴が水浸しになるのは時間の問題だけれど、そんなものはもはやどうでも良かった。それよりも美鈴の時を止めてしまったという罪悪感が胸を締めつけた。
 想いが実ったあの日、美鈴の時は止めないって決めたのに、美鈴が欲しい、と強く思った瞬間、抑えきれないほどの独占欲が胸の奥から押し寄せてきて、気がついたら力を使っていた。
 途方に暮れて、私は、頬をうっすら染めて柔らかな笑みを浮かべる美鈴を、じっと見つめた。
 見つめているうちに、じわりじわりとかつての感覚が蘇ってきた。
 想いが実る前、美鈴を眺めることしか出来なかったあの頃の感覚が。あの頃は、時を止めても髪に触れることしか出来なかった。でも、今なら……。いや、今でも、時を止めて何かするのは駄目だ。駄目なんだけれど……。
 私はおずおずと手を伸ばして、髪に触れた。指先で毛先を弄んだ後、頬に触れた。温かな頬の感触を撫でて確かめ、肩に触れようとしたところで、手を止めた。
 私は、何をしているんだろう。こんな無音の世界で、一方的に触れて。
 けれど私の手は、行き場を探して震えている。
 罪悪感に苛まれながら、それでも触れたいだなんて、本当にどうしようもない。
 ふいに身体を突き破りそうなほどの抗いがたい衝動が込み上げてきて、慌てて背を向けた。
 目に入るのは、鮮やかな紫陽花の花。美鈴が丹精込めて育てた花。
 おもむろに手を伸ばすと、ぶちりと花をむしり取った。一度むしったら、止まらなくなった。何かに取り憑かれたように、傘を放って一心不乱にむしり取って、両手いっぱいに花を集めた。手のひらから零れ落ちる花を見て、胸が締め付けられながらも達成感のようなものを覚えた。
 くるりと振り返ると、美鈴は当たり前のように微笑んでいる。
 摘んだ紫陽花の小さな装飾花を一つずつ千切って、黙々と美鈴の髪に飾っていった。
 とんでもないことをしていることは分かっていたけれど、美鈴は花が似合うから、摘み取った花のあるべき場所はここしかないと思った。髪を花で飾り、余った花は美鈴の足元に落とした。
 はらはらと、腕の中にあった花をすべて地面に落とすと、改めて美鈴を眺めた。
 紫の花で彩られた美鈴は、何だかこの世のものとは思えない美しさを放っていて、恐怖した。自分でしたことだけれど、何だか美鈴が遠くにいってしまったような、心許なさを感じた。
 音のない、動くもののない世界は、こんなに寂しいものだっただろうか。
 美鈴に寄り添って、自由になった両手を腰に回して抱きしめた。
 抱きしめた瞬間、世界が動き始めた。
 音が耳に入り込み、雨粒がざあざあ地面を打つ音が聞こえる。
 美鈴の重みが、ぐっと身体にかかった。はらはらと、髪から花が零れ落ちていく。
「……え」
 吐息とともに吐き出されたような声が、美鈴の唇から零れた。その声を聞くや、私はとっさに腕の力を強めた。美鈴に逃げられてしまうかもしれないと思ったからだ。
「……咲夜さん。……あの、これは……」
「ごめん」
 状況を掴めないながらも、必死で私にかける言葉を探している美鈴の言葉を遮った。
 口を突いて出てきた言葉は、陳腐な謝罪の言葉だった。でもずっと言いたかった言葉だった。
 時が止まった世界で、私は美鈴を愛でていた。ずっと一人で、美鈴を見つめていた。もしも、あのまま想いが実っていなかったら、私は時が止まった世界で何をしていただろう。美鈴の髪に触れて、それからどうしていただろう。今以上のことをしていただろうか。想いが実った今でも、私は時が止まった美鈴に、どうしよもないほど焦がれている。
「……時を、止めたんですか?」
「えぇ」
 私の即答に、美鈴が息を飲んだのが分かった。
 言われて気持ちの良いことではない。当然だと思いながらも、傷つく自分が腹立たしかった。
「でもね、今だけじゃないの。もっと前からしてたの。もっとずっと前から、ずっと」
 ほとんど自傷行為に近い言葉だったけれど、言い始めたら止まらなかった。
「気持ち悪いでしょ? でもね、しょうがなかったの。だって、時が止まったら、私以外の誰の目にも触れることはないのよ。誰も貴女を見ることは出来ないの。そうよ、私は私だけの貴女が好きだった。ずっと好きだった。私だけをずっと見て欲しかった。時が止まった世界は、誰にも干渉されない私だけの世界で、そこで私はずっと貴女を見つめてた。ずっとずっとずっと前から貴女の時を止めて、髪に触れて、気持ち悪いのは分かってたけど、しょうがなかったの」
「……咲夜さんは、動かない私が好きなんですか?」
「え?」
「私、知ってました。咲夜さんが私の時を止めてるの」
「……まさか」
「知ってました。いないはずの咲夜さんの香水の残り香がしたり髪が不自然に動いていたりして、咲夜さんの能力を知ってましたし、時を止めたんだろうなって。でもそれでも良かったんです。私に興味を持ってくれて嬉しかったんです。私もずっと咲夜さんが好きでしたから。でも今でも咲夜さんは時が止まった私のほうが良いんですか? 私じゃ駄目なんですか?」
 溢れ出そうになる感情を必死で押し留めているような滔々とした言葉が胸に突き刺さった。
「ごめん。そうじゃないの。そうじゃない。貴女が好きなの。決まってるでしょ」
 今、目の前にいる美鈴が一番に決まっている。そんなものは最初から決まっていた。私の世界の美鈴は美鈴でありながら美鈴ではなく、人形のようなものだった。初めは観賞用の人形で、次に愛玩人形に変わり、狂おしいほどの愛情を注ぐ前に、私は美鈴と付き合うことになった。
 思えば、美鈴を愛でる行為は、いつも狂気と隣り合わせだったように思う。
 時を止めたら私は美鈴を好きに出来た。結局、髪にしか触れなかったけれど、頭の片隅には、美鈴を滅茶苦茶にしてしまえと指令を送る自分が確かに存在した。そんなこと、普段の美鈴には抱かない感情なのに、時を止めた瞬間、美鈴に暗い感情を抱いた。それは私にとって時を止めた美鈴が、美鈴であって美鈴じゃなかったからだ。何の遠慮もなく、欲望や衝動をぶつけることが出来る都合の良い人形。目の前の美鈴と、どちらが良いかなんて、そんなのは決まっている。
「……なら、時を止めてするんじゃなくて、全部、私相手にしてください」
「それは出来ないわ。だってそんなことをしたら……。私貴女が思っている以上にとんでもない人間なのよ。酷いことしてしまうかもしれない。ぎりぎりなの。我慢出来なくなる」
「我慢する必要があるんですか?」
「だから、そういうことを言うのはやめてよ。……ねぇ、分かってる? 私、貴女のことを引き裂きたいほどに愛してる。一番近くに置いておきたいのに堪らなく壊してしまいたくなる」
「咲夜さん……」
「そんな人間にそういうことを言うのは自殺行為よ」
 目の前にいる美鈴には、酷いことはしたくない。
 美鈴と付き合うことによって一度は落ち着いた暗い感情が、今また吹き荒れようとしている。時が止められなくなったら、目の前にいる美鈴に暗い感情をすべて晒さなくてはならなくなる。時を止めた美鈴には出来なかった行為を、今度はしてしまうかもしれない。
 嫌だ。そんなことは絶対したくない。醜い私を知られたくない。不完全な私を知られたくない。欲望を持て余す私を見られたくない。それに何より、私の汚い感情をぶつけて、美鈴の身も心も傷つけてしまうのがたまらなく怖い。
 今は心を落ち着けて、湧き立つ感情を殺してしまわなければ……。
「でも、それでも我慢しないでくださいって言うのは、我侭ですか? 私、咲夜さんが思うほど弱くないですよ。嫌なら嫌って言いますし、拒絶もしますよ」
「……何それ」
 嫌、拒絶、という言葉が心に針のようにちくりと刺さって、私は身体を離した。けれど腕はまだ美鈴の腰に回しておいた。私がよほど苦々しい表情をしていたのか、目が合った途端、美鈴に苦笑いされてしまった。
「だって私、お人形さんじゃないですもん」
「……そんなの分かってるわよ」
「だったら我慢しないで気持ちをぶつけてください。私凄く頑丈ですから、ドンと来いですよ」
「……貴女、ホント馬鹿ね」
 心の底から思った。でもその何事にも体当たりな姿勢は、美鈴の美徳でもある。何より私は、美鈴のこうした明るさに救われ、好きになったんじゃないかと思い出す。
「えぇ? 何ですか。ここはありがとうとか言うところじゃないんですか」
「何で? 私はご丁寧に警告してあげたのよ。……どうなっても知らないわよ」
「大丈夫ですよ。私を甘く見ないでください」
「それは無理」
「うぅ、酷い……」
「でも……ありがと」
 むう、とむくれてしまった美鈴を再び抱きしめた。今度は優しく。……何だろう。問題は何も解決していないけれど、それを考えるのが馬鹿馬鹿しく感じる。美鈴のまるで根拠のない自信を聞いただけなのに、安心感を覚える。不思議だ。私は美鈴よりも強くありたいと思うし、美鈴を守りたいと思うし、頼ってもらいたいと思うし、だから努力しているのに、そんな私は、美鈴のこんな小さな一言に救われる。癒される。
「ねぇ、咲夜さん。どうせだったら今度は、私に花冠作ってくださいよ。咲夜さん、そういうの得意そうですよね。器用ですし」
「良いわよ。別に」
 花冠なんて作ったことはないけれど、まぁ、何とかなるだろう。見よう見まねで。
「……ねぇ、美鈴。庭園の世話、少しの間だけど、手伝うから」
「え? 何でですか」
「……せっかく咲いた花を駄目にしちゃったから」
「良いですよ。それくらい」
「貴女が良くても私の気が済まないの」
「そうですか? なら一緒に人里まで種と苗を買いに行って、一緒に植えてくれますか?」
「分かったわ」
「本当ですか? 嬉しいです!」
 嬉々とした声で、咲夜さんとお買い物! どんな花が良いかなぁ……。咲夜さんはどんな花が好きですか? などとはしゃぐ美鈴を抱きしめながら、そっと微笑んだ。問題は何も解決していないけれど、何だか前向きに、己の情動と向き合えそうな気がした。
 目を閉じれば、綺麗に微笑む愛玩人形が私を優しく誘惑する。私は彼女に、何だって出来る。けれど彼女は私に何も出来ない。一方通行で、決して満たされることはない関係。けれど確かに、優しく微笑む彼女は、私の心を安定させてくれた。それはまぎれもない事実で、私は彼女に頼り、依存していた。けれどこれからは――。
「ねぇ、美鈴」
「何ですか?」
「何かキスしたい」
「良いで……えぇー? い、良いですけど、何かすっごく直接的ですね……」
「まぁね」
 身体を離して向かい合った美鈴の翆の瞳に吸い込まれるように、彼女は消えていった。それは単なる私のイメージだけれど、しっかりと見届けてから、私は目の前の美鈴と向かい合った。
 頬を染めて戸惑った表情を浮かべているのが愛らしい。心が温かくなる。
「……好きよ」
 艶やかに紅い、しなやかな髪に触れた。
 短い言葉に想いを込めて、私は美鈴に口付けた。
梅雨時期なので、紫陽花出したいなぁと考えて出来た話です。

美鈴の前では良い格好でいたい咲夜さん。
自分の前では飾らずいて欲しい美鈴。そんな二人でした。

読んで下さってありがとうございました!
月夜野かな
http://moonwaxes.oboroduki.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2350簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
純情メイドな咲夜さんは美鈴を思うとつい時間を止めちゃうの。

人間的な咲夜さんですね。甘いです。私的に能力使っちゃうという考えは温めていただけに負けた感じがします。次は負けません。
8.90名前が無い程度の能力削除
これは幻想郷ならではの物語ですね。
あの完全にして瀟洒な咲夜さんが「時間を操る程度の能力」をこんな事に使うとは‥恋の素晴らしさと恐ろしさが端的に表されたよい物語運びだと思います。

全体の雰囲気も雨の匂いと、雨に煙る木立の下の鮮やかな紫陽花の群生を目の当たりにするような情感に満ちていて‥素敵な物語をありがとうございます。
20.100狗鬼灯削除
相手には決して気づかれずに、好きな人にふれたり気持ちを囁いたりできる……これって確かに凄い誘惑ですよねぇ。
それでも、ほしい言葉とぬくもりをちゃんとくれるめーりんがいるから、咲夜さんも誘惑を振り切れたんですね。
咲夜さんもめーりんも偉いっ♪
24.100名前が無い程度の能力削除
能力使ってねぇ。面白い発想ですわ。
雰囲気も話の流れも良かったです。