Coolier - 新生・東方創想話

梅雨の日に華二つ

2009/06/18 22:36:20
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 ああ、本当に梅雨は嫌いだ。



 天気に関係なく人形達の手入れは毎日しているが、こう湿気が多いと普段よりも時間がかかってしまう。彼女達にとって高温・多湿は大敵だから細かい所まで気を配ってあげる必要があるのだが、全員を細部までメンテナンスしていると大抵昼になってしまう。そうするとなんだか出かけるのも億劫になってきて、家の掃除をしたり本を読んだりして過ごす事にする。このところ、そんな日々を送っていた。
 家で過ごすのは嫌いじゃないし、雨の中どこかへ出かける気も起きないからこの生活が嫌なわけではない。けれど、ずっと家で過ごすというのも退屈なものだ。偶には人間の里だって覗いてみたくなるし、晴れた空の下を歩きたくもなる。そう考えると、なんだか家の中にいるのが急につまらないことのように思えてくる。でも、外は今日も雨。しとしと降り続いていて、止む気配はまったくない。


 私は人形達の整備を終え、書斎へと向かった。こんな気分の滅入る日はあそこで紅茶でも飲みながら本を読むのが一番だ。
 今日はどの本を読もうか。確か読んでない本が数冊あったはずだ。久々に恋愛物などもいい。
 そんなことを思いながら、私は紅茶を淹れた。部屋に漂う香りをかいで、少しだけ気分が落ち着いた気がする。よし、これで今日も心穏やかに過ごせる。妙に安心した私は、ポットを持って居間を出ようとした。そのとき、乱暴に玄関をノックする音が聞こえた。


 ああ、またあいつか。まったく、どうしてあいつは殴打音に近いノックしかできないのか。我が家の玄関に不備が出たら、間違いなくあいつのせいだな。



 ドンッドンッがドガッドガッに変わる前に私は玄関を開けた。このままわざと開けないで反応を見るのも面白いが、それでは玄関が悲鳴をあげてしまう。それに、窓に雨粒が打ち付けているあたり、雨が強まっているようだ。この雨の中放っておくのはさすがに気が引ける。


「ふぅ、助かった。もうちょっと早く開けてくれてもよかったんじゃないか?」
「こっちにも都合があるのよ。はいタオル」
「お、悪いな」
 私がタオルを差し出すと魔理沙はうれしそうに微笑んでそれを取った。ああ、そんなふうに拭いたら髪がぐしゃぐしゃになっちゃうじゃない。なんでこいつはそういう事に無頓着なんだろう。綺麗な髪も手入れをしなければ台無しだ。
「そんなふうに拭くもんじゃないわよ。ちょっと来て、いえ来なさい」
 そう言って私は魔理沙を寝室に引っ張っていった。今考えると当時寝室を見られるなんて恥ずかしくて仕方ないけど、何故かあの時の私は恥など一切感じなかった。もしかしたら、私は魔理沙にいつまでも綺麗でいてほしかったのかもしれない。

「ちょ、引っ張るなよ!痛い、アリス、痛いってば!」
「いいから。さあ、そこに座って?」
 寝室に着くと、私は魔理沙に化粧台の前に座るよう促した。渋々座りながら、魔理沙は少しふてくされたように言う。
「髪なんて濡れてなけりゃいいんだよ。わざわざ丁寧になんて」
「駄目。せっかく綺麗な髪してるんだからもったいないわよ。動かないでね」
 私は彼女の髪に櫛を入れた。抵抗するかと思ったが、魔理沙は意外と素直に座っている。

 ああ、ほんとうに綺麗な髪。私のは伸ばすとすぐはねてしまうから余計に羨ましい。
 そういえば、どうして魔理沙はロングにしているのだろう。梳いたりするのが面倒なら短くしてしまえばいいのに。

 気になった私は、何気なく聞いてみた。
「ねえ魔理沙、なんで髪切らないの?ショートのほうが色々楽なのに」
 魔理沙もまた何気ない様子で答える。
「なんでって、女の子は当然ロングだろ?それ以上の理由はないぜ」


 思わず吹き出してしまった。乙女を語るなら、それ相応のお手入れをしろ!まあ、そういうところが魔理沙らしいのだが。


「な、なんだよ!笑わなくてもいいだろ?」
「ごめんごめん、でもお手入れくらいしなさいよ。せっかくのふんわりヘアーが台無しよ?」
「そうだけどなんか面倒なんだよなぁ……よし、じゃあここに来た時にやってもらうことにしよう」

 右手に力が入ってしまって、少し髪を食い込ませてしまった。魔理沙は小さく声を上げる。私はとっさに謝りながら髪を撫でる。気をつけてくれよ、と言いながら魔理沙は腕組みをした。怒ってしまうかと思ったが、彼女は黙って座っている。どうやら髪を梳かれる事自体は嫌いではないらしい。


 なんだか、魔理沙にそう言ってもらえたのがうれしくてたまらなかった。彼女は何度も私の家を訪ねてきたけれど、こういうふうに私を頼ってくれたのは初めてだった。
 確かに、たいした事を頼まれたわけでもない。別に髪を梳くくらい誰だって出来るし、それが私である必要なんてない。だけど、魔理沙は私を頼りにしてくれた。それは紛れもない事実だ。それがうれしくて、私はつい手に力を入れてしまったのだった。


「いいけど、自分でも気をつけなさいよ?貴女が思っているよりも髪っていうのは繊細なんだから。……よし、これでいいでしょう」
 私は魔理沙の両肩をポンと叩いた。
「おお、サラサラでふんわりだな!さっすがアリス、ありがとな」
 化粧鏡の中の魔理沙は子供みたいな満面の笑みを浮べる。それがあまりにも眩しくて、私は鏡から目を逸らした。
「お礼なんていいわ。それより、今日は何の用で来たの?貴女のことだからまた特に用事はないぜ、とか言うんでしょうけど」
 魔理沙ははっとした様子で目を見開いた。
「そうだ、忘れてた!今日はアリスに見せたいものがあって来たんだよ。ちょっと遠いけど、散歩しようぜ」
「この雨の中?嫌よ、悪いけど」
「そりゃそうだけど……あ!見ろよアリス、雨止んだぞ!」
 窓のほうを見ると確かに雨は止んでいた。けれども相変わらず空は重たい雲に覆われていて、またいつ降り出してもおかしくない。
「今は止んでるけど、これじゃいつまた降り出すかわからないじゃない。やっぱり嫌よ、こんな天気に出かけるなんて」
「駄目駄目!むしろ雫があったほうが綺麗……なんでもない。さあ行こうぜ」
 魔理沙があまりにもしつこく言うものだから、仕方なく私は出かける事にした。天候のせいだろうか、やはり気分は乗ってこなかったが、不思議と悪い気はしなかった。
 私は念のため傘を持って行くことにした。濡れるのは嫌だし、こんな天気には傘があったほうが映える気がする。そんな私を見て、魔理沙は心配性だと笑った。

 心配性でけっこう。また降られてもぜったい入れてやらないんだから。


   *   *   *


 梅雨の森は、とても綺麗だった。草木は雨の水分を吸い青々と輝き、その葉に湛えた雫はさながら宝石のよう。湿気で苔生した岩はえも言われぬ渋みを感じさせる。木陰を覗くと雨を凌がんとする動物達の姿が見えた。親子なのだろうか、寄り添うようにして身を潜める二匹のリスを見て、私は目を細めた。
「素敵ね」
「だろ?この時期はキノコも色々あるから見てて楽しいんだ」
 なるほど、魔理沙と私では見ているものが違うようだ。確かに辺りには色々な種類のキノコがあったが、そこに目が行くのはおそらく魔理沙くらいだろう。私は素っ気無く答えた。
「あ、そう。ところで、見せたかったものはまだ先?」
「もうちょっとだよ。なにせ森のかなり奥だから見つけた時は私もテンション上がっちゃって大変だったぜ」
「それは楽しみね。キノコの王国でないことを願いましょうか」
「む、私に喧嘩売ってるのか?」
「べつに」
 魔理沙は面白くなさそうに頬を膨らませている。そのかわいらしいほっぺをつついてやろうかと思ったが下手に反応されても面倒なのでやめた。







 ふざけてあれこれ話しているうちに、急に辺りが開けてきた。それまでの道は木々に覆われ、細い獣道のようだったのに対して、道の周りの木が途端に少なくなり、広い世界が広がるようだった。




「アリス、目を瞑れよ」
 魔理沙は突然私にそう言った。
「えっ!?い、嫌よ、どうせまた何かするんでしょ?」
 魔理沙は人が本当に困る事はしないが、その代わり小さいレベルの悪戯なら積極的にやりまくる人間だ。ここで目を瞑ったら、突き飛ばしたりはしないだろうが、そのまま置き去りにして少し離れたところから私が慌てる様子を見る、くらいの悪戯はしかねない。彼女が信頼できなかったわけではないが、突然だったこともあり、私は魔理沙を疑ってしまった。
「そんなことしないよ。大丈夫だから」

 魔理沙は私に微笑んだ。あの笑顔を見せられたら、たとえどんな困難でも立ち向かえるくらいの決心を持つ事ができるだろう。

「どこかに行っちゃったりしたら、嫌よ?」
 そう魔理沙に伝えて、私は目を閉じた。次の瞬間、彼女はそっと私の手を握った。
 私が驚きの言葉を発する間もなく、彼女は耳元で囁いた。


 私についてきてくれ。


 なんだかよくわからないけれど、魔理沙がそう言うのなら心配する必要もない。私は手を握り返し、彼女の後に続いた。










 アリス、目を開けて。



 しばらく進んだ後、魔理沙は私にそう言った。きっと、彼女の言う見せたいものの前に着いたのだろう。期待で胸がいっぱいになるのを感じながら、私は目を開けた。
















 そこには、辺り一面に紫陽花の絨毯が広がっていた。



 どうやらそこは大木の生い茂る魔法の森に偶然できた高い木のない空間らしい。低木の紫陽花は大木の傍では育たないため、自然とこの場所に根付いたのだろう。それにしても、本当に見事な風景だ。それぞれの花が様々な色に変化し咲き誇っている。露に濡れたその花の美しさはいくら言葉を尽くしても足りないだろう。中には艶さえも持ち合わせたものもある。この辺りは瘴気も強いから、それが影響しているのかもしれない。それらは誘うような妖しい雰囲気を醸し出しながら、ただ悠然とその花弁を広げている。
 これなら魔理沙が興奮したのも頷ける。そんな事を思いながら、私は息を呑んだ。



「どうだ?」
「すごく素敵……私、忘れてたわ。梅雨の季節にもこんな素晴らしい風景があったのね」
「そうか、へへ、連れてきてよかった」
 微笑む魔理沙の隣で、私も笑った。
 なんだか久しぶりに笑った気がする。最近は家で過ごす事が多かったから、あまり笑顔になる機会が少なかったというのもある。けれど、それは結局私が閉じこもってしまったせいでもあるのだ。現に、笑顔になれるような素敵な風景はこうして外に広がっていた。なのに、私は外に出る事を拒んだ。その結果イライラした自分が馬鹿みたいだ。



「ありがとう、魔理沙。私、本当にうれしい」
「へへ、照れるな。……おぉ?雨か?」

 感動の余韻に浸る間もなく、雨粒が落ち始めた。
「まずいな、早く帰ろう!」
「ええ、急ぎましょう」


 私達は走り出した。飛ぶほどの距離じゃない、と言って魔理沙が箒を置いてきたため、走る以外の選択肢はなかったのだ。


 私はこれ以上雨が強くならない事を願った。そうなっても、私は傘を差せばいい。けれど、魔理沙はどうなる?またずぶ濡れになるなんてかわいそうだ。なんとかして本降りになる前に家に着きたい。そうすればなんとかなる。そんな事を考えながら、私は走り続けた。


   *   *   *


 無情にも、雨はますます強くなりだした。雨粒が吹き付けるようになり、たちまち私達の体は濡れていく。
「まずいな、これじゃまたずぶ濡れだぜ……」
 魔理沙がそう呟いた。見ると、彼女は泣きそうな表情をしている。

 その表情で、私は覚悟を決めた。
 私は立ち止まり、傘を差した。そして、不思議そうに見ている魔理沙に声をかける。
「魔理沙、入りなよ」

 私は魔理沙の顔を見なかった。目が合ったら、私の気持に気づいてしまいそうだったから。きっと、彼女は私の事をそういうふうに思っていない。私だって、彼女の事を友人以上の存在に感じ始めたのはつい最近の事だ。ああ見えてあの子は純情だから、仮にそういう想いを抱いたとしても自分では気づけないだろう。そんな彼女が、突然友人にそういう目で見られていると気づいたらどう思うだろうか。少なくとも、いい気持はしないだろう。
 私は彼女との関係が壊れるのが嫌で、わざと下を向いていた。

「い、いいのか?ありがとな、アリス」
 彼女の言葉に幽かに恥じらいが見えたのは気のせいか。顔を見れば思いを読み取れるかもしれないが、それでは私の想いにも気づかれてしまう。それが怖くて、私は結局顔を上げられなかった。




 それから私達はゆっくりと歩みを進めた。傘があるわけだし、走る理由もない。ゆっくり進んだほうが濡れるのも少しで済むだろう。
 相変わらず私は下を向いている。魔理沙も何故かこちらを見ようとはせず、何も話そうとしない。

 私はこの時間が本当に辛かった。すぐ隣に意中の人がいるのに、彼女は私にまったく興味を示してくれない。私が何かすればいいのだろうが、そんなことをすれば気づかれてしまう。いつかこの想いを伝えたいとは思う。けれど、今の彼女がそれを受け止められるかはわからない。だから、私は言わない。私が我慢すれば済むから。
――そう、私が言わなければいい。
 そうして、沈黙の時間が刻々と過ぎていく。


 けれど、この状況にはひとつだけ問題があった。

 二人で入るには傘が小さすぎるのだ。

 こんなことになるとは思わなかったから、私は敢えて傘を選ぶ事もしなかった。手近にあった手頃な大きさの傘を取り、家を出た。
 だから、どうしても二人で入るとお互いの肩が外に出てしまう。


「傘、小さいわね」
 私はつい口走ってしまった。何故言ってしまったのかは自分でもわからない。沈黙が辛かったのかもしれないが、そうだとしてもこれは言わなくていい事ではないか。
 私は言った事を後悔した。魔理沙は優しいから、自分は濡れていいから一人で使えと言い出すかもしれない。そんなとき、私はどんな顔をしたらいい?どんな顔で、なんて言ってあげればいいの?
 魔理沙に気づかれないように、私は唇を噛み締めた。それでどうなるわけでもない。けれど、この気持を押し殺すにはそうする他なかった。



 そうしているうちに、魔理沙は口を開いた。
 
 
 彼女の答えは、本当に意外なものだった。




「狭いなら、こうしてくっつけばいいだろ」




 はじめは、何が起こったのかよくわからなかった。気づいたら魔理沙は私の腰に手をかけ、体をぴったりとくっつけていた。

「い、言っとくけど、こういうことはその、アリスとしかしない……のぜ。」

 私は思わず顔を上げ、乙女の紅が魔理沙を耳まで染め上げているのを見た。

 言わなくてもわかる。魔理沙は――私に好意を持ってくれている。


 その時、私はおそらく泣いていただろう。頬に伝う雨の雫の他に、温かいものを感じたから。
 私はうれしくてたまらなかった。叶うはずもないと思っていた想いが通じたのだから、これでうれしく思わないはずがない。
 でも、正直私は何故自分が泣いているのかわからなかった。本当にうれしいのに、何故か涙が出てくる。こういう時、きっと自分では抑えられない何かを処理するために、人は涙を流すのだろう。

 私が肩を震わせていると、魔理沙はそっと抱きしめてくれた。

「泣かないでくれよ、アリス。これじゃあ何のために連れてきたのかわかんないぜ」

「うん……ありがとう、魔理沙」
 そう言って、私は精一杯の笑顔をつくってみせた。それを見て、魔理沙が悪戯っぽく笑う。
「ひどい顔だな、ぐしゃぐしゃだ」
「何よ、あんただってひどいもんよ。……家でお風呂入っていくといいわ」
 一時は平静を取り戻した魔理沙の顔が再び燃え上がる。
「お、お風呂!?だ、だってつまりそれって一緒に」
「入らないわよこのバカ!!そのまま帰るんじゃ気持悪いでしょ?ま、まあ、今夜は泊まっていってもいいんだけど」
 なんだか顔が熱い。きっと今の私も魔理沙と同じくらい紅い顔をしているのだろう。
「じゃあ、今日はそうさせてもらおうかな」
「今日だけよ」
「ああ、今日だけだ。まあ、私としては毎日でもいいかなぁとは思うけどな」
「へぇ……あ、雨止んだ」
 見上げると、空には見事な虹がかかっていた。二人で思わず息を呑む。

 魔理沙が見とれている間に、私は傘を閉じる。
 そして、不思議そうにしている彼女の手を握った。

「なんだ、そういうことか」
「私だけ何も出来なかったんだから、手くらい握らせてよ」
「ああ。……アリス、これからもよろしくな」
「ええ、魔理沙。」

 手を繋いで、私達は森を歩いた。道のぬかるみや湿気なんてもう関係ない。彼女の隣にいられれば、どんな時でも幸せを感じられる。そんな事を考えながら、私は魔理沙と過ごす新しい日々に思いを馳せるのだった。


















 つい最近まで、私は梅雨が嫌いだった。人形達の手入れに時間をとられるし、気分も滅入りやすい。
 でも、今は梅雨が好きだ。
――だって、その季節に、私は素敵な華を二つも見つけられたのだから。
 
 
最近知ったのですが、紫陽花の花言葉は「移り気」、「辛抱強い愛情」、「元気な女性」などだそうです。

移り気…本人の自覚なしにフラグ乱立
辛抱強い…努力家だしきっと一途
元気な女性…言わずもがな

これなんて魔理沙?
でれすけ
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コメント



0.1750簡易評価
22.100名前が無い程度の能力削除
うぁぁぁぁ、悶えながら読んでました。
このバカップルどもめ!もっとやれ!
23.100名前が無い程度の能力削除
頬が緩んで戻らない。
28.100名前が無い程度の能力削除
うん2828が止まらないね、実にGJ。
29.100名前が無い程度の能力削除
ああ紫陽花だ。
33.90名前が無い程度の能力削除
2828
44.100非現実世界に棲む者削除
甘いぜえええええええ!