Coolier - 新生・東方創想話

自称私立探偵○○○ 最後の事件 前編

2009/06/11 04:14:55
最終更新
サイズ
98.89KB
ページ数
1
閲覧数
1747
評価数
11/51
POINT
2880
Rate
11.17

分類タグ



 俺の名前は○○○、危険と女をこよなく愛する白狼天狗の探偵だ。
 ちなみに危険はあまり愛さない。愛する割合としては女200%で危険は-100%と言ったところか。
 それで差し引き丁度100%。つまり荒事のご用命は承りかねる。危険を愛するなんざただの新聞広告に載せたキャッチコピーだ。マーガリンの宣伝文句で、バターよりもおいしいなんて言うようなもんで、誰も本気にはしない。
 本気にされない事に関しては俺の名前も、かなり良い線をいっている。
 何しろ○○○だ。名乗れば100%ジョークだと思われる。
 ○に好きな名前を挿入して呼べばいいのか、ともよく訊かれるが、生憎とそんなロマンチックなもんじゃない。俺の親が五万六千年ほど時代を先取りするネーミングセンスをお持ちでいらっしゃっただけだ。
 発音はまるまるまる。工夫もなにもありゃしねえ。
 俺の名前は、まるまるまる。えらく上等だ。
 まあ天狗社会では『。』を固有名詞の一部として『マル』と読ませる活字媒体もあるから、そこまで珍らしい名前でもない……だったら良かったんだが、現実は厳しい。恐ろしく珍しかった。
 子供時代は他の天狗に散々からかわれたり、馬鹿にされたりしたもんだ。
 だが俺はまだついてるほうで、二人の弟の名は『。。。』と『・・・』だ。
 姉は『(^_^;)』で、妹は『:)rz』。
 一見して絶望的な人生だ。
 弟たちが名前を筆記する度に他人から、「。。。や・・・ではなく三点リーダーを使用したほうが良いのでは?」などと、つっこみを受け続けてきたし、姉と妹に至っては「日本語になってません。ふざけてるんですか?」などと、名前の時点で全人格を否定されんがほどの勢いで、数限りなく傷つけられてきた。
 俺がせいぜい、他人から○に勝手な名前を挿入されるだけで済んでいたのは、まだマシな方ってわけだ。
 ちなみに弟たちの発音は、まるまるまる、と、てんてんてん。弟の一人と俺の名前の読み方が被ってるが、んなもんは些細な問題だ。呼び方が判ってるだけいい。何しろ姉と妹に関しては俺は名前を呼んだことがない。
 どう呼んで良いのかわからないからだ。親でさえも姉や妹を名前で呼んでるのを見たことがない。
 しかし厳密に言えば、あれが本当の呼び方だったのかは別としても、俺はある時、偶発的に姉(^_^;)を。
「冷や汗たらー」と呼んだ事がある。
 その時に(^_^;)は泣いた。
 あれは俺たちがまだガキの頃だ。四捨五入すればだいたい千年前、四捨五入しなければ九百年とちょっと前の話。
 (^_^;)を泣かせたのは、それが最初で最後だ。

 
 ガキの頃、俺と(^_^;)は大概二人だけで遊んでいた。
 俺も(^_^;)も自分の名前のせいで、同年代の他の子供たちと上手く付き合えなかったからだ。
 (^_^;)は傷つけられるのを恐れて他人とあまり積極的に関わろうとせず。俺は俺で自分たちを馬鹿にする奴らと片っ端から喧嘩をしていた。おかげで、わんぱくどころか不良とさえ呼ばれ、他の子供から避けられた。友人と呼べる存在は記憶に残っていない。
 でも弟たちや妹は世間と上手くやっていた。あいつらは自分の名前を個性として受け入れる事で、他人たちの中での居場所を作る術をわかっていた。ほんの少しだけ自分から他者に歩み寄っていただけなのだが。
 そういう術を俺と(^_^;)は理解できていなかったんだと思う。自分を冷たく扱う世界に対して、頑なになることしか出来ずに、似たもの同士の余り者同士身を寄せ合って、まるで二人だけの小さな世界を作って生きていた。
 本当に世の中に俺たち二人しか居なかったならば、小さいなりにもそれなりに完結した世界だったのかも知れない。
 けれど俺たちが生きている限りは、自分たち以外の誰かとも関わらなければならなかった。

 歩み寄れない世間との関わり。だいたいは俺たちを幸福じゃない目に遭わせてくれる関わりだ。
 ある時に(^_^;)は年上の男に初恋をした。なんてことない。生きていれば誰にだって例外なく訪れるものだ。
 初恋の相手は(^_^;)が他の天狗から苛められている時に、一度だけ庇ってくれた奴らしかった。
 普通なら幸福な関わり合いだ。
 (^_^;)は相手に思いを打ち明けた。ふられた。
『お前がもしカトリーヌ・ボンソワール・種子島・トシ子という名前になったら付き合ってやってもいい』などと名前を茶化されてふられた。
 相手もまだまだガキだった。ただ照れて言ってしまっただけかも知れないし、(^_^;)をこっぴどく傷つけるつもりは無かったのだろうが、(^_^;)にとってはそれまでの一生でも、最大級の勇気を振り絞った行動だった。
 あえなく破れたわけだ。あっさりと。しかも、心に大きな傷まで残されて。
 あとに(^_^;)に出来る事は自分の名前を呪い、自分の名前を呪わざるを得ない境遇の世界を呪い、世界を呪わざるを得ない自分の名前を、さらに呪う事だけだ。憎しみは循環し、循環する度に増幅する。

 (^_^;)はえらくえらく塞ぎ込んだ。家から出たがらず、俺以外とはほとんど誰とも話をしなくなった。
「世界中がみんな私たちみたいな名前になればいいのに。それか世界中のひとが私たちの名前を、格好いいと思うようになればいいのに」
 そう言って真っ暗くした部屋の中、一日中哀しい顔で笑っていた。他人から酷い扱いをされ、哀しくて仕方ないけれど、泣いても仕方ない、そんな場面を何千回も繰り返した奴だけがする笑い顔だ。哀しいから笑うしかない。
 俺は(^_^;)を見るに見かねて、どうにかしてやろうと考え、(^_^;)をふった相手を殴りに行った。
 後でそれが両親にばれて、俺はオヤジから散々殴られた。そりゃそうだ。
 客観的に見れば理不尽な暴力を振るったのは俺で、相手はただの逆恨みの被害者。俺が罰せられるのは当然だった。
 でも俺にとっちゃ散々俺たちを苦しませてきた世の中への、ちょっとした復讐の一つだ。(^_^;)をふった相手をぶちのめした位じゃ、やり足るわけがないのに。
 頬にオヤジの拳がめり込む度に、俺は思った。一撃一撃の合間合間に思っていた。
 俺たちが悪いのか? 俺たちは、やられっぱなしじゃなきゃいけないのか?
 ただちょっとドン引きする名前ってだけじゃないか、それだけで俺たちは全てから不遇な扱いを受けている。
 一方的に殴り飛ばされる中、俺は言った。
「俺や(^_^;)が悪いのか? オヤジやお袋が、変な名前を付けたのが悪いんじゃねえかよ!」
 するとオヤジは一層強く俺を張り倒し、「ばかやろう、お前たちに付けた名前は、世界中の誰よりもめちゃいけてるんだ。超クールなんだ。俺とかあちゃんの愛の結晶なんだよ」と怒鳴り返してきた。ちなみにオヤジの名前はΩΩΩだ。
 俺は憎んだ。
 オヤジを心の底から憎んだ。自分たちの名前を馬鹿にする世界を、心の底から憎んだ。
 そして次の日に(^_^;)が大切に飼っていたジュウシマツが死んだ。寿命が来れば生き物は死ぬ。悪いことは重なる。
 ジュウシマツの名前は、ピエール・ド・パリジェンヌ・米吉。命名は(^_^;)だ。

 あの時の(^_^;)の心の有り様を思うと、今でもため息しか出ない。 
 他人から傷つけられても泣かない(^_^;)だったが、米吉が死ねば泣いた。
 どうしたら泣きやんでくれるか、俺は腫れ上がった顔をさすって考えた。
 (^_^;)の苦しみを誰よりも理解してやれたのは俺で、支えてやれるのも俺で、救ってやれるのも俺だけだ。
 俺と(^_^;)にとってまともに関わり会う相手は、俺にとっては(^_^;)だけ、(^_^;)にとっては俺だけ、二人だけの世界だ。比較対象がない。消去法でも、ベターな選択でも、ベストな選択でもない。ただの唯一の手段。俺があいつを助ける、それは俺たちの狭い世界の、自然な仕組みのようなものだった。
 新しいペットを飼えば少しは(^_^;)は気を取り直してくれるだろう。俺はそう思った。(^_^;)は小さな動物を飼うのが好きだった。ウグイスや兎やオコジョ、色々飼った。(^_^;)がシマリスを飼いたいと言っていたのも思い出した。だから、今度はリスを飼ってみたらどうだと言ってみた。捕りに行こうと誘った。
 (^_^;)は泣き止まなかったが、頷いた。雨が降る窓際で、夜で、あいつは雨を見てたんだと思う。狭い部屋には、他に見る物が無かった。雨粒の飛沫があいつの顔にも飛んでいた。涙と混じっていた。 


 その日は朝から二人で山の麓の雑木林まで出かけた。弁当と水筒と籠を持ってだ。
 やたらに暑い日で、林の中は前日の雨が染みこんだ腐葉土のおかげで、蒸し風呂みたいな湿度だったが、(^_^;)はおおよそ三日ぶりの外という事もあってか、気分は悪く無さそうだった。気持ちは最悪だったんだろうが。
 俺たちは午前中から目を覚まして出かけてきたせいで、大あくびをしながらリスが居る場所を探して歩いた。
 まだ妖怪の山が幻想郷なんてものの一部になるずっと前の事だから、子供だけで麓まで出掛けるなら昼間しか無い。
 今ほど他の妖怪どもの行儀がよろしかったわけじゃないし、それらを付け狙う妖怪退治の人間どもが跋扈するのも夜だ。昔の妖怪退治を生業にする人間は現代とは桁違いに強い奴が多い。今じゃ信じられないような話だが、鬼が根城にする島に一人+お供の動物三匹で殴り込んで壊滅させるような、鬼退治のスペシャリストも居たくらいだ。
 俺たちは夕方までに、だいたい二十匹くらいのシマリスを捕まえた。籠の中にうじゃうじゃ詰まってた。
 さすがに全部持って帰る訳じゃない。(^_^;)はその中から毛並みが良い奴を選びだし、「この子は (゜・・_,゜*)ノ がいいね」などと土に書いて、飼うつもりのリス一匹一匹に名前を付けていった。(^_^;)も外で一日中遊び回れば、少しは気が晴れたのか、時折笑顔も見せていた。 
 雑木林にはひぐらしの声が満たされ、暗くなりはじめていて、見上げれば夕焼け空。空気は少しずつ温度を失い、風が俺たちの汗を乾かしていった。乾いた汗のにおいが、土のにおいと混じって漂っては、すぐに新しい風に流された。
「この子は ヾ(●・v・人・v・○)ノ かな、こっちの男の子は ◎◎◎ と ーーー ね」
 少なくともあの時の俺には、(^_^;)は純粋に楽しんで新しいペットに名前を付けているように見えた。
 そう、楽しそうに見えた。(^_^;)の顔は、笑っていた。哀しそうな笑い顔ではない。
 酷く笑っていた。
 酷くだ。
 もし、俺が時間を遡れてあの時のあの場所に戻れるなら、俺は何も言わずに抱きしめてやることだろう。
 今まで本当に辛かったんだな、とだ。
 それでも俺は言ってしまう事になる。冷や汗たらー、とだ。
 言った切っ掛けは(゜・・_,゜*)ノの足の指が一本欠けているのを俺が見つけた事だ。
 俺は(^_^;)に(゜・・_,゜*)ノの指が無いから、代わりに他の奴を持っていこうと言いたかった。
 だがどうしても(゜・・_,゜*)ノの呼び方がわからなかった。
 仕方なく俺は自分で呼び方を考えることにした。「こっちはヽ(`∇´ヽ)ノ⌒3、こっちは◆◆◆」などと(^_^;)が喜々として命名している横で、俺は必死に考えに考えた。
 雑木林の上を鴉が鳴きながら何匹も飛び去っていった。夕立直前の黒い入道雲が夕日を隠そうとしていた。風が湿りだしていた。(^_^;)の命名はひたすら続いていた。シマリスだけに留まらず、雑木林にあった全ての物に名前を付け始めていた。木の一本一本、石ころの一個一個。蝉の一匹一匹。目に入る物すべて、指をさし、一つ一つに。
 俺は気づくべきだった。
 (^_^;)はこの世の全てを憎み、世界に自分と同じような名前を付けて、復讐しようとしているのだと。
 しかし、ただのガキの俺はそんな事には気づかない。(゜・・_,゜*)ノ の呼び方についても結局わからなかった。
 俺は考えるを諦めて、(^_^;)に訊いてみることにした。
「なあ。冷や汗たらー、(゜・・_,゜*)ノ ってなんて呼べば良いんだ?」
 冷や汗たらー、それがその場に存在した名前の中で、俺が長い長い思考の果てに、呼び方を推測できた唯一のものだった。普段のように、姉ちゃん、と呼べば良かったのだが、自分なりの呼び方を発見できて、俺は嬉しかったのだ。
 冷や汗たらー、この呼び方こそが(^_^;)にとって、もっとも自分の名前の呪わしいツボだったと言うのに。
 失恋とペットが死んだ傷心のところに、世界中でもっとも信頼していた相手から、無邪気にそれを呼ばれてしまえば、正気では居られなかったのだろう。俺に裏切られたと感じたかも知れない。
 俺は(^_^;)の瀕死の心にとどめを刺してしまったわけだ。 
 (^_^;)は突然地面に拳を振り下ろした。そこには(゜・・_,゜*)ノが居た。潰れた。跡形もなく。(^_^;)の表情は変わってなかった。酷く笑ったままだった。次にヽ(`∇´ヽ)ノ⌒3を踏みつけ、その後、突風を巻き起こして◆◆◆を吹き飛ばし、さらに風力を増大させて木立を薙ぎ払った。
 まだ成熟していないとはいえ白狼天狗の血は伊達ではない。
 激情に任せて力を振るってしまえば、それくらいの破壊は訳はない。
 俺は(^_^;)が何をしているのかわからなかった。笑っているから巫山戯ているのかと思ったくらいだ。
 今ならわかるが(^_^;)は可能ならば、この世の全てを破壊しようとしただろう。
 でもあの時の俺には、シマリスが全部死んでしまった事だけしかわからなかった。
 だから「やめろよ冷や汗たらー!」と叫んだ。
 途端に辺り一面の大気が爆ぜた。石か岩の破片が弾き飛ばされてきたんだろうが、顔の右側に衝撃を感じた時には、もう右目は見えなくなっていた。 
 頭の中に冷たくて硬い物が侵入してきた感触。激痛で意識が遠のくのを感じた。
 最後に見た光景は、(^_^;)が酷く笑って涙を流し、空に向かって叫んでいる姿だ。
 (^_^;)の瞳は不安定に揺れていた。狂気が宿っていた。
「カトリーヌ・ボンソワール・種子島・トシ子という名前になりたい! トシちゃんと呼ばれたい!」 
 それが(^_^;)が消えてしまう前に、俺が聞いた最後の言葉だった。




 俺が意識を取り戻した時には(^_^;)はもうどこにも居なかった。
 強風で根絶やしにされた雑木林の一角に、二人分の弁当箱と水筒だけが残されていた。
 夕立が俺を打ってた。潰れた右目から流れ出した血が顔と首を伝い、雨が薄めて体全体を薄い色に染めていた。
 (^_^;)はその日家に帰ってこなかった。
 次ぎの日も帰ってこなくて、俺の目から包帯が取れる頃になっても帰ってこなかった。
 右目は失明した。肉体的には問題なく再生したのだが、閉じていても開いていても、視界が変わらない。
 精神的な影響だと言われた。天狗に限らず妖怪は肉体が精神の影響を受けやすい。
 (^_^;)が帰ってくれば見えるようになると、両親は考えていた。俺にとって(^_^;)はほぼ唯一の遊び相手だったから、重傷を負わされれば、さぞやショックだろうと考えたわけだ。
 だが俺は右目を潰されたことよりも、(^_^;)を泣かせてしまったことに動揺していた。
 (^_^;)が居なくなってしまったのは自分のせいだとだ。俺があいつを救ってやらなきゃいけないはずなのに、逆にどん底まで突き落としてしまった。
 大人たちが散々(^_^;)を探し回った。もちろん俺もだ。
 だが結局見つからなかった。おおよそ妖怪の山の影響力が及ぶ範囲では、手が尽くされてもだ。
 既にどこかで退治されたのでは、と誰もが言っていた。
 今の幻想郷ならともかく、未熟で気の触れた妖怪が一匹で生きていくのは、簡単ではない時代だった。
 どこかで死んだ。死んでいる。確かにそう考えるのが妥当ではあっただろう。

 俺は自分自身を憎んだ。
 そしてそれまで以上に両親も憎んだ。なんであんな名前にしてしまったんだと憎んだ。
 カトリーヌにしろとまでは言わないでも、せめてトシ子、そうでなくても、いっそ(^_^;)なんてわかりやすい名前ではなく、
 (*@_*#)とか(・д・*)rzならば、呼び方は一生判明せずに、俺が冷や汗たらーと呼んでしまう事もなかった。
 なぜもっと呼び方がわかりにくい名前にしなかったんだと、激しく憎んだが。
 両親には一切の悪意はなかった。
 ΩΩΩ と ^(*´(●●)`)ノ 
 ΩΩΩ これが父親の名前で ^(*´(●●)`)ノ これが母親の名前だ。
 ΩΩΩ と ^(*´(●●)`)ノ この二人が出会ってしまったのが、そもそもの不幸の始まりなら、俺と(^_^;)の運命も避け得ぬ物だったかも知れない。見ようによっては^(*´(●●)`)ノよりも(^_^;)のほうが、かわいげというか、女性らしさを感じなくもないし、あの名前にも両親なりの愛情はあったんだろうとも思う。
 親子愛という必然によって導かれた必然の悲劇だ。
 (^_^;)が不幸になることが、この世界の絶対の仕組みだとでもいうような。
 だとしたら、俺の両親への憎しみもまた、必然だったのだろう。

 俺は家を出た。(^_^;)を不幸にした全ての要素が許せなかった。
 それまでの自分自身を含めた自分の生活、自分の生きていた世界を、否定しようとしたつもりだったのかも知れない。
 が、考えていた事はもっと単純だ。
 あいつに、トシちゃんと言ってあげよう。
 死んでいるなら、墓にでも良いし、墓が無いならば死んだ場所にでも良い。
 死んでいなくても(^_^;)は俺をずっと憎んでいるかも知れない。
 それでもいい。とにかく一言だけでも、トシちゃんと言ってやらなきゃならない。
 俺があいつを救ってやらなきゃならない。
 それだけを考えて故郷から飛び去った。
 早朝だった。朝焼けが俺の背中を焦がすようで、時たま雲が朝日を隠した。兄弟にも何も言わず、書き置きも残さなかった。未練は感じなかった。嫌な想い出ばかりしかない故郷。山に一度だって振り返らず、高度を高く高くとった。
 持ち物は僅かな金と団扇と一張羅だけ。俺はどこまでも子供で、これっぽっちも世界の広さを知らなかったが、一生分以上の憎しみだけは持ち合わせていた。  




 俺は日本中を旅した。
 人間や妖怪に、カトリーヌ・ボンソワール・種子島・トシ子という天狗の女を知らないかと訊ねて回った。
 まだ(^_^;)が生きているなら、もしくは死んで居たとしても、そう名乗っているはず、いたはずだと考えたからだ。
 時間はかかるだろうが地道に探していけば、必ず見つかると思っていた。
 もし(^_^;)が人間の社会や他の妖怪に接触していたりするならば、誰かしらは覚えているだろうし、誰とも接触せずに一人で隠れ住んでいる居たとしても、妖怪同士には縄張りというものがある。どこかに定住しているなら、ましてや派手に暴れでもして殺されていたりするならば、地元の妖怪が知らないはずがなかった。
 けれども、どこの誰もカトリーヌ・ボンソワール・種子島・トシ子という名前を知らなかった。
 それが意味する所は、(^_^;)は一カ所に留まらず果てしなく放浪している、という事であり、まだ生きているという希望ではあった。実際に、旅をしているらしい天狗の女を見たという話はちらほらと聞くこともあった。見たのが何年も何ヶ月も前の事であったり、つい数日前の事であっても、その天狗がどこへ行ったかは誰も知らなかったが。
 恐らく世界中でも俺より多く他人と言葉を交わした奴は居ない。
 来る日も来る日も、(^_^;)の消息を訊ねて回った。春には桜吹雪の中で。夏には蝉の声に包まれて。秋にはこがね色の田んぼの上を飛び。冬にはしもやけする手をさすった。また次の春を待ち遠しく思いながら。
 そうして日本中を訪ね尽くした頃だ。
 天狗が海の向こうへ飛んでいったという話しを、人間の漁師から聞いた。大陸の方へとだ。
 外洋を越えて飛ぶのは初めてだった。なかなかの冒険だ。見渡す限りの水平線と青い空の、完全な青の世界に言い知れない感動を憶えた。

 世界は広いものなのだと知ったのは、それから十年経ってからだ。
 馬鹿みたいだが、世界は広すぎた。一匹の妖怪を探し出すなど、とてつもなく無謀な事だと思い知るのに十年かかるくらいに、どうしようもなく広かった。
 その後の百年は自分の無謀さを嘲笑いながらも、無邪気な希望に任せて旅をして、後の二百年目は執念、さらに後の三百年以降には、もう旅をする事自体が生活になっていた気がする。
 いつか(^_^;)に会える、とは考えていたと思う。ただし期待はしていなかったかも知れない。
 何百年という時間の単位はそういう風に心を変えてしまう。生活そのものが一つの思想のように、世界観になる。
 見つかるかどうかわからない相手を、どこまでもいつまでも捜し続ける、という世界観。
 もし大げさな奴に言わせれば、俺は旅を続ける事で、(^_^;)を傷つけた世界への抵抗を続けていた、なんて言うかも知れないが、何百年もずっと旅をしててみればわかる。一カ所に居続ける事が出来なくなるだけだ。
 ひたすらに飛び回った。時に草原の風に乗り。時に森の伊吹に身を任せ。時に山脈から山脈へと渡りゆく雲と共に。
 時に髪の毛をも凍らせる永久凍土の吹雪の中や、肌を削る砂漠の砂嵐を突っ切って。
 何百種類もの種族と言葉を交わした。実に多くの言葉を身につけた。俺ほど多くの言語を操る妖怪も珍しいはずだ。
 重大な手がかりを見つけたのは、今から百年くらい前だ。中国大陸はど真ん中の、やたらに高い山の頂上。ほんとに山の中だった。山しかない。見事なくらいに山しかない。あっちもこっちもどっちを見ても山で、嫌になるくらい山だったが、嫌になって目を瞑っても、瞼の裏に山が見えてくるくらいに、山だった。絶望的に山、山、山だった。
 そこは攫猿という、でかいサルみたいな妖怪種族の領地で、もうそんな場所にしか妖怪は見あたらなかった。あとの住みやすい土地は全て人間の物になっていた。旅を続けてる間感じていたことだが、妖怪と出会う頻度が毎年減っていっていた。妖怪自体が減っている気がしていたものだ。
 攫猿たちに聞き込みをした結果自体は収穫ゼロだった。手がかり無し。
 誰もカトリーヌ・ボンソワール・種子島・トシ子も天狗も知らなかった。
 最早、落胆さえ感じない。
 だが。俺は次ぎの飛行のために体を休めようと、大きな岩の上に腰掛けた時、天辺にそれを見つけた。
☆ミ(o*≧∇≦)ノ と極小さく綺麗に刻まれていた。
 もしやとさえ考えなかった。あいつが岩に名前を付けたのだと思った。
 他にこんな山の中に、岩に名前、恐らく名前だと思われる物を付ける奴を他に知らない。
 近くにあったもう一つのでかい岩も見てみた。そっちにもε≡≡(┌┌┌ *´Д`)┘ と刻んであった。
 それだけじゃない。そこら中の石ころにもだ。
 あの夏の雑木林を思い出した。(^_^;)はありとあらゆるものに名前を付けようとしていた。
 確信した。確信ではなく、想像や推測と行った方が正しいのだろうが、俺にとっては間違いなく、確信だった
 (^_^;)は世界中のありとあらゆるものに、名前を付けるため旅をしてる。
 そうやってこの世の全てに復讐しているのだと、確信した。 
「こいつは、誰が書いたんだ?」俺は攫猿に訊いてみた。俺を見張るために付いて来てた一匹にだ。少し離れた岩の上に奴は座って俺を見てた。「天狗がやったんだろ。あんたら天狗は知らないと言ってたが、どういうことだ俺の朝は一杯の乳茶から始まるのか?」語尾に『俺の朝は一杯の乳茶から始まるのか』と付けるのは攫猿の文法では疑問形の丁寧語に当たる。
 するとそいつは頭を掻いて、笑った。サルみたいな顔が笑うと黄ばんだ牙がよく見えた。
 奴らの息はえらく臭くて、聞き込みはちょっとした拷問だった。
「てんぐはあんたがそう。てんぐは別の一つで、我々は名付け妖怪がそうだボナンザパンパン」
 奴らの話し方は妙で良く憶えてる。何を言ってるかがわかりにくかったが、会話が成り立つだけまだマシな妖怪だ。
 要は奴らは(^_^;)を俺と同じ天狗という種族ではなく、名付け妖怪という種族だと思っていたようだ。ちなみにボナンザパンパンとは、常識的に考えて、にニュアンスが近い言い回しだ。
 さらに詳しく訊いてみれば、十数年前に名付け妖怪は奴らの領地を通ったと言う話だった。西から来て東へ去っていったらしい。道すがらの全ての物に名前を付けていったそうだ。名前を刻める物には風の力で刻み、刻めない草花や生き物や妖怪には指をさして、攫猿流に言えば「一つの物」殆ど全てに、名前を付けた。
 攫猿たちは岩や木に刻まれた記号や文字を、呪術か何かと思って調べたそうだが、害になるようなものでないとわかると、名付け妖怪を基本的には放って置いたと言う。
「僕は一つの(v^-^v)」と奴は言った。貰った名前らしい。嬉しそうに言っていた。随分にこやかな名前。確かに奴は人当たりは悪くない面構えではあった。似合っていた。
「復讐か?」と奴は続けて訊いてきた。いきなり復讐なんて意味がわからなかったが、奴は俺の右目を指さしていた。
 俺の右目が見えないことを気づいていたらしい。種族が違えば価値観も違う。誰かを必死で捜す=復讐と考える種族だっている。俺が右目を潰した相手を捜していると、想像したのだろう。
「そうだ」と俺は答えた。
 (^_^;)が世界の全てに名前を付けることが、世界に対する復讐なら。
 俺が(^_^;)を探し出して、あいつの全てを肯定し、トシちゃんと呼んでやることもまた、そう言える。 
 あの夏(^_^;)にシマリスを潰させ、俺の目を潰したものの正体に、俺も(^_^;)も復讐している。間違いない。
「一つの良いものが良い物は名付け妖怪だ。殺してはいけないボナンザパンパン」
 名付け妖怪は良い奴だから殺すな常識的に考えて、という意味だ。確かに端からみたら、(^_^;)が名前を付ける表情は、楽しそうに、笑ってるように見える事だろう。実際は名付けをする行為そのものが怨念の発露ではあるのだが。
「殺すんじゃないさ。あいつを助けに行くんだ。そのためにずっと探してた。俺がいってやらなきゃならない」
 すると奴はまた黄ばんだ牙を見せて笑った。
「妖怪の幾つも行ったから、一つの名付け妖怪も考えるの思う。東の国を楽園が行くに名前を付けに」
 東の国にある楽園に、多くの妖怪が向かっているから、名付け妖怪もそこに行ったのだと思う。という意味だ。
 東の国にある妖怪のための楽園、噂は他の妖怪たちからも聞いていた。
 (^_^;)がそこへ向かっていたとして、ありえる話ではあるのだろうが、後は簡単だった。あいつがどこに向かっているかは、ともかく、あいつが刻んでいった名前を辿って飛んで行けば良い。西から東へとだ。
 その果てにあいつの背中が見えてくるだろう。きっとあいつは地面を見下ろしたり、あたりを見回して名前が付けられそうなものを探し、一つ一つに今も刻んで行っている。
「あんたの髪の毛は腐ったタラコの臭いがするな」と俺は礼を言って飛び立った。臭いのは奴らにとって美徳で、臭ければ臭いほど地位が高い。臭さを褒めることは最上級の礼に当たる常套句みたいなものだ。
「お前の腋がもっと臭くなりますように!」とそいつは飛び去る俺に手を振って別れの挨拶を叫んだ。
「あんたの腋が三週間ほっといたモツ鍋みたいな臭いになりますように!」俺も手を振って叫んだ。実際に奴からは二週間ほっといたモツ鍋の臭いはしていたから、一週間後には言葉通りになった事だろう。


 初夏だったのが救いだ。もし冬だったら雪が降って、名前を辿るのが大変だった。
 名前の道しるべを頼りにたどり着いた場所は、俺が初めて日本から大陸に渡ってきた時と同じ海岸だ。
 名前の道しるべは東に向かって海の中へと消えていた。
 荒波がうち寄せる断崖絶壁から、飛び込んだみたいにまっすぐとだ。
 あいつは初めて海を越えて飛んだ時の経路を逆に巡って、日本へ戻って行ったらしかった。
 俺が外洋を越えたのは何十回目か何百回目かは忘れたが、あれが海の上を飛んだ最後だ。
 海を飛ぶのは好きだった。昼間に晴れていれば完全な青の世界になる。夜ならば星空と星空を写す水面だ。逆立ちして飛ぶと上下が判らなくなるくらい、どっちを見回しても空と海の青や視界一杯の星しかない。その場にあるのは自分の体だけ、だからだと思う、その場に無い全ての物を想像する事も出来た。
 オヤジの俺を殴った時の顔とかだ。オヤジやお袋、奴らは死ぬまで自分のネーミングセンスを疑わないだろう。弟や妹、あいつらも今頃、家庭を持ってたりしたら、親に倣ってめちゃいけてるクールな名前のガキを量産してるかも知れない。故郷。俺や(^_^;)にとって、心地よくない関わり合いばかりを提供してくれた妖怪の山で、俺や(^_^;)を覚えてる奴はどれくらい居るだろう。
 そして何より(^_^;)。
 あいつは俺をどれだけ憎んだだろうか? 今でも憎んでいるだろうか? 再会してトシちゃんと言ってやったあとは、最初に何を話せばいいだろう?
 
 海を渡りきった先は、やはり俺が日本を出る前に立ち寄った漁村だった、のだと思う。
 地形はだいたい同じだったが、景色は随分と様変わりしていた。立派な港になっていて巨大な軍艦が何隻も見えた。
 飛行機も飛んでいた。四枚も五枚も羽があって、ブンブンと音ばっかり五月蠅くてとろいあれだ。
 港で名前の道しるべを探して飛んでいるときに、それが追いかけてきた。
 あまりに耳障りなもんだから、ちょいと風を起こして脅かしてやったら、フラフラになってすぐに逃げてった。
 あんなへなちょこな飛び方しか出来ない機械で人間が面白半分でだ、妖怪にちょっかい出してくるなんざ、地元の天狗はどんだけなめられてるんだ。なんて思ったもんだ。昔なら人間も妙な機械を使わずに、もっと巧く飛んでる奴もいたもんだが。なんてもだ。
 でも地元の天狗も何もなかった。領地を通るために挨拶くらいはしとこうと探してみたが。天狗どころか、妖怪なんざどこにも居なかった。妖精すら居ない。自力で空を飛ぶ人間も居なかった。
 飛行機で俺を追いかけた奴は、きっと天狗を珍しがってただけなのだろう。俺が浜辺の松を一本一本調べて名前の道しるべを探して歩いていると、人間のガキ共が群がってきて、散々尻尾を引っ張られたりした。誰も天狗を恐れない。さながら見せ物だ。時代は恐ろしく進んでいた。世の中のどこからも妖怪が消え、ただの昔話に出てくるだけの存在になっていた。
 ガキ共におもちゃにされながらも、松に名前の道しるべを見つけ、再び東へと辿りはじめて、しばらくしてからだ。自分がある場所へ、まっすぐに向かっている事に気がついた。
 俺と(^_^;)の生まれ育った故郷だ。ただ妖怪の山と呼ばれるあの山。そこへ近づいて行くにつれ、岩や樹木の表面に刻まれた名前は、新しい物になっていった。
 最後に立ちはだかったのは結界だ。それも飛び切り特大サイズのが、俺の故郷を丸々覆っていた。
 要するに幻想郷を覆う大結界なわけだが、当時の俺はそんな事は知らない。もの凄くびびった。
 世界中を旅する間、いくつもの結界に遭遇した事がある。妖怪を尋ねて歩けば当然だ。おかげであの手の結界に関する知識もそれなりにあるつもりだったが。
 俺の目の前にあった結界は、随分と風変わりな物。時空を隔てるタイプの物で、人間を別の空間に迷い込ませて捕まえるために使われる物や、妖怪が住処を隠すために使われる物に近かったが、あれはどちらの用途にしても変わっていた。並の霊力しか持たない普通の人間では干渉する事、結界の中へ、別の空間へ入り込む事など絶対に出来ないし、もし妖怪が住処を隠匿する目的で張った結界だったとしたら、目立ちすぎる。鍵に当たる術式も施されていない。
 結界に干渉できる最低限の妖力のある妖怪、なんなら妖精でも、簡単に中に入る事が出来そうに見えた。本当はもっと高度で術式で、中に入れるモノは厳密に規定されていたわけだが、俺の知識でそこまでは判別出来なかった。
 なんのための結界なのか、まったく意味がわからない。
 不気味だったが。ともかく、道しるべは結界の中に続いていた。
 (^_^;)が中に居ることだけは確かだった。ならば、結界に踏み込むのに躊躇はない。 
 俺はあいつにトシちゃんと言ってやればそれでいい。ずっとずっと思い続けてきた事がやっと適う。そう思っていた。

 


 幻想郷。それが俺の故郷の名前になっていた。
 幻想になった物が暮らす場所とはよく言った物で、妖怪の人口密度は半端じゃない。外の世界であれだけ見なくなった奴らがひしめき合うように暮らしていて、一部の人間も昔のように自力で空を飛んでいた。
 巫女や魔法使いは、もちろん飛ぶ。当然のように飛ぶ。箒に乗るし、箒に乗らないでも飛ぶ。
 何年か前のおっかない吸血鬼異変の後からは、メイドが飛んでるのも見ることが出来るようになった。メイドさえ当然のように飛ぶ。ミニのメイド服で飛ぶ。大胆で困るがとにかく飛ぶ。永夜異変の後は宇宙兎も、薬を売りに飛んで来るようになった。バニーちゃんって奴だ。兎も跳ばずに飛ぶ。これもやっぱミニスカートで飛ぶ。良いことだ。胡散臭い神様が山に引っ越して来た日にゃ、現人神だか風ハフハフなんとかいう女の子も挨拶回りに飛んでいた。風ハフハフのスカートは長めだが。まあ飛ぶ。もっとスカートを短くしたほうがいいんじゃねえかとも思うが、飛ぶ。
 とりあえずなんでも飛ぶ。それが幻想郷だ。なんでも飛ばしゃ良いってもんじゃないだろうが、飛ぶ物は仕方がない。好きなだけ飛ばせておけばいい。誰も迷惑しやしないんだし。空を見上げりゃ運さえよければ、素敵なおみ足やら、さらにその奥を拝むことが出来る。
 巫女、メイド、バニーと来たら、次はきっとウェイトレスや看護婦や女王様やブルマやスクール水着や園児服が飛ぶようになるんじゃないかと、俺は踏んでいるんだが、未だにそれはお目に掛からない。ちなみに女教師と女医は既に飛んでいる。だからまあ他も明日には飛んでるかも知れない。
 それが幻想郷ってもんで、もしここを知らない奴に紹介するなら、メイドや巫女やウェイトレスや看護婦やバニーやブルマや白スクミズや吸血幼女が飛ぶような場所、そう言っときゃ、まあOKだ。八割は詐欺じゃない。俺が保証する。
 
 しっかしまあ。俺にとっちゃこの幻想郷に入ったのは、九割九分詐欺られた気分だった。
 何も眼鏡っ娘が一人も飛んでなかったから、というわけではない。確かに俺は眼鏡っ娘が好きだが、せいぜい妄想の中で永遠亭の女医さんや、里の寺小屋先生に眼鏡を掛けさせる程度の好きさ加減ってだけだ。そこまでじゃないと思う。
 実際、俺が感じた詐欺られた感において、眼鏡っ娘が居なかったという衝撃の事実がしめる割合は二割くらいであって、無視できる要素ではないが、決定的じゃあない。
 あとの七割九分はもちろん、(^_^;)に関してだ。これが決定的だった。
 結界の中に入ってすぐに(^_^;)を探し出したが、どこを探しても見つからなかった。
 世界中を飛び回った俺からしてみれば、幻想郷の広さなんて猫の額どころか、ごま粒みたいなもんだ。
 ましてや勝手知ったる地元だ。大分様変わりはしていたものの、外の世界程じゃない。
 あっという間に調べ尽くした。 
 あいつが刻んだらしい名前は僅かに見つけたが、外にあったように(^_^;)の行方を辿れるような物ではなく、とぎれとぎれに、まばらになっていた。 
 もちろん、聞き込みだけじゃなく、文献も当たれるだけ当たってみた。
 閉じた世界なりに妖怪に関する記録も色々と残っている。
 だが、(^_^;)に行き着くような情報は何も無し。誰も知らない上に、どんな記録にも残っていない。
 最初から(^_^;)なんて奴が、この世に存在してなかったんじゃねえかと思ったくらいにだ。

 恐らくは大結界騒動の混乱に紛れてしまったのでは、と寺小屋の先生さんは言っていた。俺が上白沢に話しを聞いた当時はまだ寺小屋先なんてもんは無かったが。とりあえず幻想郷で存在したはずの物事なら、あのおっぱいが非常に立派で眼鏡が似合いそうな角先生に聞きに行けばいい。ただし満月の日には止めておくべきだ。妖怪が妹紅に何の用だとか散々捲し立てられた挙げ句に、理不尽に張り倒されるのがオチだ。角は痛い。
 なんでも俺が幻想郷に戻って来る前の大結界騒動とやらで、どえらいドンパチがあったとかなんとかだ。当時の妖怪界隈は滅茶苦茶に混乱していたらしい。
 その時に多くの妖怪が幻想郷へ入ってきて、戦い、そして名も知られず死んだ奴も多いとか。
 (^_^;)も戦ったのか、巻き込まれたのかは別として、死んだ中の一匹である可能性があるというわけだ。
 ちなみに、オヤジもお袋も弟たちも妹も、そん時に死んじまったらしい。山の自警隊員であれば、ドンパチの時にゃあ真っ先に矢面に立つ、戦えば死ぬこともある。みんなそれで人生お終いハイさようならだ。
 旅に出ていた時には、家族の死に目に会えないかもな。なんて事は思ってたが、いつの間にかみんな居なくなっちまってた。墓に花持ってってやった。
 ××家之墓。俺んちの一家全員、名前もけったいなら、名字もけったいだ。ばつばつ、それが俺の名字だ。
 ××家之墓、その墓標に『ΩΩΩ』と『^(*´(●●)`)ノ』と『。。。』と『・・・』と『:)rz』の名前が彫り加えられていた。
 涙が出やがらなかった。オヤジやお袋は別として、兄弟たちには泣いてやるべきだと思ってたのにだ。
 でもなんてこったってもんだ。死んだなんて実感が無かったらしい。帰ってきたら居なくなってた。それだけだ。
 オヤジとお袋の墓には、蹴飛ばしてやろうと思ってた。でも実際に墓石を目の前にすると、不思議に蹴飛ばすほどには感情が高ぶらない。せいぜい唾を吐きかける程度だ。実際に吐きかけてもみようとした。けど、それも止めた。
 家を出た直後ならわからない。実際に蹴り飛ばしてたろうし、唾だって五リットルは吐きかけたはずだ。
 九百年って時間は色んなもんを、パッカパカに固めちまう、セメントみたいにだ。動かなくしちまう。
 両親に感じてたはずの憎しみは、俺の中で固まって死んでたんだと思う。動かなくなってた。
 消滅したわけじゃないが、死んでた。死んでパッカパカに固まってた。憎しみの死体だけが残ってた。
 憎しみの死体は俺に語りかける。『こいつらが(^_^;)に名前をつけたんだぜ?』
 俺は持ってた花を墓石にぶちまけた。そうしようと思ってしたんじゃない。
 やってた。
 唾を吐きかけず、蹴り飛ばしもせず、泣きもせず、代わりに花をぶちまけてた。短く何か怒鳴ったとも思う。
 畜生め、とか、勝手にくたばりやがって、とか、あるいはただの意味を持たない慟哭。
 花びらがめったらに飛び散って綺麗だと思った。 
 したら右目からだけ涙が出た。一粒だけだ。泣いたんじゃない、勝手に零れただけだ。
 ^(*´(●●)`)ノと刻まれた墓石の●の部分に花びらが詰まってた。俺は指で取ってやった。
 
 あとに俺が出来ることと言ったら、(^_^;)が死んだ場所を探すことだけだった。 
 誰も何も憶えちゃいねえ、なんの資料もねえ、と来たら、それすら特定は出来るわけがない。
 俺は、はちゃめちゃに晴れた日に、息が出来なくなるくらい空高くまで飛んで、幻想郷なんつー名前になった俺の故郷全体に向かって言ってやった。「よおトシちゃん」あいつの墓標があるとするなら、ここそのものだろう。あいつの後を追っかけて、やっと追いついたと思ったのに、手が届くと思った寸前で消えちまった。
「よおトシちゃん、散々探させやがって、俺は九百年お前を捜してた。勝手に帰って来てたと思ったらなんだ。勝手にくたばってんじゃねえか。上等だな。上等すぎて笑えて仕方ねえぞ。どうにかしろ」
 そんなとりとめの無い事を何時間も、声が枯れるまで喚いた。声が枯れても喚いた。

 俺の旅は終わった。

 ただ一つだけ、希望と言って良いのかはわからないが。
 もし(^_^;)が生きているとしたら、居るかも知れない場所を角先生さんが後から教えてくれた。
 地底だ。
 大結界騒動の混乱の最中に、なんらかの形で地底に行った可能性もゼロじゃない。と。
 地底では山から去った鬼が主導して、地上とは別の社会を作っているらしい。
 そこには地上で爪弾きにされるような妖怪ばかりが受け入れられる、とかなんとかいうから、どんだけけったいな場所かは知らんが、妙な名前を付けて回る天狗が行く先としちゃ、んなもんかも知れないとも思う。
 そう思いたかった。
 だったら俺も地底に探しに行ってみりゃいい。とはいかないのが、また運命の意地悪ってなもんで、地上と地下には不干渉の盟約が存在していた。妖怪は地底へは行けない。
 やれやれだが、おかげでと言って良いのか。
 今もあいつは、俺の足の下、ずっとずっと足の下、地面の下で、馬鹿みたいな名前を刻んで回ってる。
 そんな事を考える余裕は出来た。ただの俺の幻想、妄想かもしんないな。なんて考えながらも。
 ぶっつり途切れた再開への期待と、永遠にでも続きそうなささやかな希望。
 その丁度中間地点で、俺の幻想郷ライフってもんが始まった。  
 



 自称探偵。けったいな響きだ。探偵というだけで胡散臭いが、自称が付くとさらに胡散臭い。
 こんな仕事を始めたのは、自警隊に入らずに幻想郷で暮らすための、消去法の成り行きみたいなもんだ。
 白狼天狗なら自警隊員になる。不文律の慣習がある妖怪の山だが、俺はちょいとダメだ。オヤジやお袋や兄弟の事もあるけど、んなナイーブな理由じゃない。戦うための職業ってのは、俺としちゃ勘弁してもらいたい。 
 一言で言えば俺はへたれって奴だ。
 そりゃ放浪生活中は他の妖怪や人間に襲われる事だって当然あった。
 応戦もしたことも無くはない。喧嘩とは違う、命の取り合いだ。
 初めて殺した相手が悪かったんだと思う。人間だった。兄弟二人で妖怪退治をやってる奴らだった。俺は罠に填められて殺されそうになったから、そいつらの姉の方を殺した。それだけなんだが。絶対に思い出したい記憶じゃない。
 それ以来ダメだ。天狗が戦う相手を殺すのを躊躇うなんて、笑い者にしかならなかったろうが、言葉を喋って物を考える相手を、言葉を喋れなくして、物も考えなくさせちまうような事をするってのは、俺はどうしてもダメだった。
 一度そういう感覚になって、何百年も続けていると、それも世界観になっちまう。
 どんな形であれ、どつきあいは一切ゴメンしたい。許されるなら。という馬鹿みたいにふぬけた世界観。
 幻想郷に戻って来たばかりの頃に(^_^;)を探している間、湖でチルノに絡まれた事があるが、あいつにも五秒くらいでさっさと降参したのが俺だ。子分になる約束までさせられた。
 誰彼なしに喧嘩してた昔が嘘みてえだが、妖精にいちゃもん付けられれば、両手を上げる天狗ってのが今の俺って奴だ。 
 けれども幻想郷で天狗が暮らすには、自警隊みたいな公務員でなければ、山に税金を納めにゃならない。
 銭を稼げる仕事が必要だ。放浪生活が身に付いた身としちゃ、社会制度、なんつーのはとんでもなく面倒だったが、郷に入れば郷に従え、大結界のおかげで幻想郷から出ることすら出来ないんだから仕方ない。
 幸いというべきか、俺には得意な事があった。情報を集める事。何しろ一匹の妖怪を九百年間探し回ってたようなライフスタイルだ。嫌でも得意になる。天狗の社会じゃ、これがちょっとしたビジネスの武器になる。
 なんてったって山の娯楽といったら、一にも二にも三にもゴシップ、ゴシップ、ゴシップだ。   
 噂になりそうなネタを探して、報道関係者に売る。他人の秘密を切り売りするような下卑た商売だが、元々が俺や(^_^;)を散々嫌な目に遭わせてきた世の中だ。せいぜい食い物にしてやればいい。復讐と言やあ、みみっちいが、どうせ需要があるところに供給も生まれる。俺がやらないでも誰かがやる。
 そんなわけで自称探偵だ。たれ込み屋よりも、探偵の方が格好がつく。くだらねえ言い方の問題だが。そう。例えばだ。男性向け専用の雑誌がだ、胸がちょっとでかいだけの女を巨乳巨乳と、さも有り難い物のように持て囃すようなもんだ。胸囲が大きい女、ではいけなくて、ぼいんちゃんでもダメで、巨乳でなければならない。
 語感こそが他人から金を効率良く巻き上げる第一歩であり、どんな商売にもイメージ戦略は重要って事だ。ちなみに俺も巨乳は好きだ。
 
 そして今日も今日とて、お仕事ってもんに励んでいた。
 人間の里の劇団に居る花形役者の浮気相手の特定だ。まだ表沙汰になってないから、良い銭になるはずだった。
 くっだらねえ仕事だが、どうせ俺の仕事の99.999%はくだらない。あとの0.001%は、くだらなくない仕事もあったような、無かったような気もするな、という自分自身の人生に対する最低限のエクスキューズであって、現実的に言えば恐らく100%くだらないのが俺の仕事だ。
 俺は里の外れにある高い杉の木の枝に座って、役者の愛人らしい相手の家を、煙管を吹かしながら見張ってた。
 雪雲が空を覆っていた。寒かったが、まだまだ心地よさを感じる程度。煙管の中にちらちらと細かい雪が舞い込んでは、音もたてず溶けていっていた。
 三口目の煙を吐き出した時だ。不意に里の上空を人影が飛び去った。視界の左から右へと、低空飛行で、目に映ったのはほんとに一瞬。音速のうん倍以上。射命丸だった。また号外をばらまいているようだった。投下された新聞の束が、いわゆる天狗のつむじ風で四方八方に拡散しだしたのが見えた直後に、俺が座ってた杉の木にも衝撃波が届いて来た。爆風みたいなもんだ。  
 散々吹っ飛ばされた。耳鳴りが酷いったらありゃしない。あんな低空で里の上を音速の五倍だか六倍で飛んだら、下手したら地上の人間がみんな粉々になっちまうが、そこは射命丸も風を操る事で工夫しているらしい。自身の巻き起こす衝撃波が地上に届かないよう、真後ろと真横だけ偏向しているとかなんとか聞いたことがある。
 俺は吹っ飛ばされた先の原っぱで、ひらひら飛んできてた一枚の号外を手に取ってみた。
 文々。新聞なんざ大抵は、巫女がどうしたやらメイドがどうした兎がどうしただの、99.999%くっだらねえ事しか載ってないが、99.999%くっだらねえ仕事をしてるのはお互い様だ。俺もそれなりにチェックはしてる。
 何より今日の紙面には、『怪奇三歩足地獄鴉あらわる』やら『博麗神社の巫女 妖怪猫にじゃれつかれる』なんつう見出しに合わせて、『地底』という単語が散りばめられて見えたんだから、読んでみないわけにいかない。
 この冬に入ってからの地底から怨霊が沸き出してくる異変についての記事だ。 
 今回の異変は俺も個人的に情報を集めていた。地底で何かが起こってるなら、(^_^;)の消息についての手がかりが有るかも知れないと思ってだ。小鬼なんかからも話を聞いたりもした。
 射命丸も異変の真相を追ってたんだろうが。号外を読んでみりゃ。なんて奴だ。巫女を嗾けて地底へ突撃取材に行かせたらしい。巫女としちゃ異変の解決に行ったつもりなんだろうが、上手いこと利用されたもんだなと、少なくとも読んでみた限りでは、そんな印象だ。
 毎度の異変の事ながら巫女は、出会った妖怪やらを片っ端からのしてったらしく、撃破された異変関係者のリストだけじゃなく、被害者リストも掲載されていた。 
 リストからカトリーヌ・ボンソワール・種子島・トシ子の名前を捜した。無かった。(^_^;)も無かった。 
 地底たって元は地獄の一部だって言うくらいだから狭い訳じゃないだろう。偶然に異変解決の現場に(^_^;)が居合わせるなんて事の方が、むしろ奇跡にゃ違いないんだし、巫女が(^_^;)と出会った事を期待するほうが間違ってる。
 そんな事はわかっちゃ居るが、ダメ元で巫女に話を聞きに行くくらいはしたってバチはあたらない。
   


 で。神社に行ってみて驚いた。
 化け猫が居た。社務所のコタツで丸くなってた。巫女が蜜柑食ってた。むしゃむしゃ食ってた。
 何も幻想郷じゃ化け猫だろうが、化け犬だろうが、化け狸だろうが、化け狐だろうが珍しかない。化け兎だって居るし、化け鳥だって居るし、化けばばあも、宇宙人も居るし、普通のお化けだって居る。
 巫女だって蜜柑は食う。猫ならコタツで丸くなる。何もおかしかない。女医や女教師や女中が空を飛び回る幻想郷の中じゃ、かなり平凡な風景だ。女の子がコタツで蜜柑を食いながら猫を撫でてる。詰まらないくらい平凡だ。もしあえて目に付く所をあげれば、腋が少し寒そうで思わず温めてやりたくなる、というくらいなんだが。
 霊夢が言うには化け猫は地底から来たらしい。
 それが地上の神社に居るなら話は平凡じゃない。腋が寒いどころじゃない。そこそこ異常事態だ。
 何しろ地上と地底との間には、互いへの干渉をよしとしない取り決めがあったはずで、妖怪同士の行き来も、今までの事例は鬼だけに限られていた。
 まずその辺の事情を霊夢に訊ねた。もしかしたら、俺が地底に行く手があるかも知れないと思ってだ。コタツに入れて貰って、蜜柑をむしゃむしゃ食いながら話を聞いた。
 霊夢と個人的な面識があったわけじゃないが、奴は妖怪と付き合い慣れてる。天狗の一匹が来たところで、驚きもしなければ感動もしない。せいぜい、めんどくさそうな顔をされる程度だが、俺が干し芋と、干し柿と、たくわんを手土産に持ってってやったら、上機嫌で酒まで勧めてくれた。
「不干渉の決まり事? あー、そんな決まり事もあったわねえ。忘れてたわ。うん。そういやあったわ。そういうの」
 霊夢は恐ろしく暢気に言った。今の代の博麗巫女も、例によっていい加減な奴だとは知っていたが、直接話してみればこれだ、呆れちまった。
「なんだよそりゃ霊夢。あらそういえばお醤油切れてる買い忘れちゃったわ、みたいな感じ言うことじゃねえだろ?」
「お燐は紫が勝手に連れてきたんだし、私は知らないわよ。そういうのってどうでも良くなったんじゃない?」
「おいおい。結構重要な決まり事だろ。それをだな、幻想郷の一翼を担う博麗の巫女がだぞ。どうでも良いなんて言うのはだな。言ってみれば、上着をだな、乳首の部分だけくりぬいて着てるようなもんだろ。服を着てる意味がない。だろ? お前は乳首をピンポイントでさらして往来を歩いてるようなもんって事だ。良いのかそれで? 良くねえだろ。恥ずかしいよな。ちょっと見てみたい気がするがよ。とにかくな、いい加減すぎるぞ。じゃあ今まではなんだったんだって話になんじゃねえか。だろ?」
 なんで俺が人間の巫女相手に、説教しなきゃならないんだと思わなくもないが、んな適当な決まり事だったなら、今までも(^_^;)を探しに行けてたかも知れないんじゃねえのか、と思うと腹も立つ。
「知るわけないでしょ。あんたら妖怪の事なんか。いつも好き勝手やってんじゃないの。偉そうな事言わないでよ。私だってめんどいもんはめいどいのよ」
 めんどいものはめんどいのよ。と来たもんだ。
「そりゃお前、そうかも知れねえけどな。重大な事だろうがよ、なんだこう、巫女的にもよ。それだけはダメよ! みたいなよ。もっとしっかりしたらどうだ。由々しき事態だわね。猫を勝手に置いてった紫をとっちめてどうにかしなきゃ! とかおもむろに立ち上がったらどうだ。コタツで蜜柑なんざ食ってないでよ」
「とにかく、どうでも良くなった物はどうでも良くなったのよ。たぶん」
「世の中そういうもんじゃねえだろ?」
「人生そういう物じゃないの?」
 人生なめてんのかとも思うが。何もこの腋が寒そうな小娘が悪い訳じゃない。腋が寒そうなだけであって、こいつが妖怪同士の決まり事を取り仕切ってるわけじゃないし、腋の寒さと俺の苛立ちは関係がないし、猫を連れてきたのだって霊夢ではなく八雲だし、以前にもこんな事が無かった訳じゃない。
 冥界だ。行き来できちゃ不味いだろうに、今でもそこそこ行き来できるままになってる。
 あれにも八雲が絡んでるらしいが、霊夢からしてみれば妖怪の元締めみたいな奴が、今回も好き勝手やってるようにしか見えないだろうだけに、投げやりになる気持ちも、まあ理解はできる。
「そういうもんなのかねえ」と俺はおちょこをぐいっと飲み干し。
「そういう物なんじゃないの」と霊夢は化け猫の背中を撫でた。お燐という化け猫は幸せそうな顔で喉を鳴らした。ごろごろとだ。「こうして猫撫でてるとね、なんだかさ。なんでもかんでも、どうでもいい気がしてくるのよねえ」
「いや、そういうもんじゃねえだろ」
 と言いつつ俺も撫でてみた。お燐はごろごろ言った。俺の蜜柑の皮臭い手を、お燐のピンクの鼻がふんふん嗅いだ。
「しかしだなあ」
 とぼやきつつ、もう一回撫でてみた。お燐はごろごろ言って、気持ちよさそうに寝返りを打った。
 ほんとに、なんとなくだが、色んな事がどうでも良さそうな気がしてきた。
 こういうコタツ+猫+蜜柑的生活をあと三分ほど続けていれば、俺も霊夢と同じような思考になる気がする。
 博麗脳とでもいうのか、まあいいか的な、何物にも縛られない空を飛ぶ程度の思考だ。
 俺はお燐の頭を掻いてやった。霊夢の手が同時に喉を掻いた。お燐は二倍ごろごろいった。
 そうして百八十秒が過ぎた。
「そうだな」と俺は言った。「そういうもんかも知れないな」
 地底へ行ってみるか。と思った。俺も博麗式の思考になっていた。とりあえず思うまま直感的にGOだ。
「喧嘩しないもんなのねえ」霊夢が独り言のように言った。脈絡がない。
 脈絡がないが、博麗脳になりかけている俺には、まあいいかと思えた。
「何がだ」俺は三個目の蜜柑を剥いて、三杯目の酒を飲み干してから聞き返した。
「猫と犬が」
「犬は俺か」
「狼なんだっけ?」
「俺は猫は嫌いじゃない。猫の方はどうか知らないが、寝てるなら大人しいもんだな。んな事より頼みがあるんだが」
「あんたも文みたいに、私に地底に行けとかって言うんじゃないでしょうね。天狗なだけに」
「近いがちょいと違う。俺は地底に行く。だから案内を頼もうと思ってな。勝手を知ってる奴と一緒のほうが探し物をするにしても、効率がいい」
「あんたが自分で行くの? 地底に? 天狗のくせに? 鬼居るわよ鬼?」
 霊夢は少々驚いたようだ。まあそうだろう。俺と同世代の天狗なら誰しも、鬼が地上から去る前から山で社会生活ってもんをしてたわけで、皆一様に鬼と顔を会わせるのをめっぽう嫌がる。
 俺はガキの頃に山を出ちまったから、鬼を嫌がる感覚はわからんが、想像は出来る。鬼の清廉潔癖な価値観に根ざした山の一極支配が、妖怪の中でも特に清濁の濁の部分を多く含んだ天狗にとっては、窮屈極まりない物だったに違いない。
「ああ、自分で行くさ。じゃないと意味がない。探してる奴が居るんだ。そいつに言ってやらなきゃならない事がある」 
 霊夢はお燐の二又尻尾の一方を握って持ち上げた。
「猫の尻尾ってぬくいわよね」
 脈絡が無い。
 俺も片一方を持ち上げてみた。ぬくかった。
「ああ、ぬくいな」
「せっかく異変も終わって、のんびりしてたのに、面倒事は嫌よ。猫撫でてコタツで蜜柑食べてお酒飲んでたい」
「なら、この化け猫をちょっとの間だけ、貸してくれ、地底から来たなら、さぞ詳しいだろう」
「ダメ。猫を布団に入れて寝るとすごい暖かいんだから。冬でも快眠できるの」
「犬も布団に入れると暖かいぞ。かなりな。試してみるか?」
 麗夢は四つ目の蜜柑を剥きだした。甘皮も丁寧に取っている。
 俺も四つ目を剥いてみた。俺は甘皮は気にせず食べる。
「冗談だ」と俺は言った。
 霊夢はうんざりした顔で俺を見つつ、干し芋を手で細かく裂きはじめた。
 しゃぶらずに細かくしてから食べるタイプらしい。
「もちろん。霊夢が案内してくれるってなら。もしくは猫を貸してくれるってなら。礼はする。現金でも酒でも食い物でも、なんでもいい。俺が出来る範囲でなら」
 食い物、現金、酒、という単語で霊夢の表情が三段階にわかりやすく変わった。
 一番大きく変化したのは、食い物だ。
 奴が大好きな、酒じゃなかったのが意外だが、酒がどこからともなく勝手に沸いてくるなら、そうもなるだろう。なんでも奴が普段飲んでる酒は、いつのまにか神前に置かれているものらしい。つまりは無料だ。
「ほんとに、なんでもいいの?」
「ああ、なんなら春になるまで毎晩一緒に布団に入ってやってもいい。俺は暖かいぞ。かなりな」
 霊夢は口を三角形に歪めて、不機嫌そうに干し芋をさらに細かくむしりだした。
 心底うんざりしたようだ。
「冗談だ」と俺は言って、霊夢のおちょこに勺をしてやった。霊夢からの勺は期待せずに、自分のおちょこにも自分で注いだ。俺の楽しい楽しい冗談は、霊夢にはまだまだ早すぎたらしい。二度とも普通に嫌な顔でスルーされると、さすがにめげそうだ。
「かき氷のシロップがいい」と霊夢が干し芋をもぐもぐしながら言った。
「シロップ?」
 一生遊んで暮らせるくらい貢げ、とか、次の異変解決はお前が代わりに行け、なんて無茶言われるかと思ったが。
「シロップがあれば冬の間中、食べ物に困らないじゃない。勝手に降ってくるし」
 霊夢の顔が語りながらほころんだ。さっきまでのうんざり顔が一転だ。
 シロップで食べ物に困らないという意味がいまいちわからなかったが、冬の間中、勝手に降ってくる、というキーワードで考えてみてたら、思いついた。
 今、外で降ってるものは雪。こいつは雪を食うつもりだ。「わかった。何味が良いんだ?」
「コタツで猫撫でながら外の雪を見つつ、ハワイアン味を毎日一リットル食べたい。ハワイアン味とメロン味とレモン味とイチゴ味をそれぞれ五パックずつ欲しい」
 霊夢は自分で語った空想に満足したのか、うっとりしてる。
「なるほど。雪見かき氷か。そりゃあ贅沢かも知れないな。ならそれぞれ十パックプレゼントしてやる。おまけでオレンジ味もつけてだ」
 霊夢がとっくりを手に取った。笑顔を作ってそれを差し出してきた。
 勺をしてくれるらしい。案外話のわかる奴だ。
 なみなみと注がれた。俺も勺をしかえしてやって、霊夢になみなみと注いでやった。
 そして乾杯。契約成立だ。
「じゃ、お燐起こすから、この子に案内頼みなさいな。私も一緒に頼んであげるから」
 ペットに案内やらせて、お前は上前はねるだけか、とも思うが霊夢よりお燐の方が当てになるだろうし、俺にとっちゃ願ったりだ。化け猫さんにも、なんか礼を考えなきゃならんだろう。
「おりんり~ん」
 霊夢は文字通りの猫撫で声で言ってお燐の耳を裏返えした。猫の耳は裏返すと捲れたままになる。ちなみに犬の耳は捲れたままにはならないが、裏返すともの凄くスースーして気持ちが悪い。
 お燐もスースーして気持ち悪いんだろう。コタツ布団の上でもぞもぞと前足を使って自分で直した。
 霊夢は容赦せずにもう一度めくった。お燐は今度は頭をブルブル振って直した。
 次ぎに霊夢は前足を掴んで、万歳のポーズをさせた。後ろ足も伸ばして仰向けにのびのびになった。
 のびのびになった腹に霊夢は頬ずりした。にゃーんとか言いながら、だらしないにやけ顔で。
「なあ霊夢。遊んでないで早く起こしてくれないか」
「起こそうとしてるじゃない」
「起きて無いだろ。気持ちよさそうに寝てるぞ」
「あんただって急いでる訳じゃないんでしょ」
「なら俺はあれか、お前が間の抜けた顔で猫にじゃれついてるのを、蜜柑食いながら見物してればいいのか?」
「一緒に起こせば良いじゃない。間の抜けた顔で」
 というわけで、寝ている化け猫を使って出来るあらゆる遊びを、霊夢と実行した気がする。俺も間が抜けた顔だったかどうかは知らない。けどまあ、多少は緩んだ顔だった可能性はある。
 とりあえず。化け猫特有の二本の尻尾を口にくわえさせる、とか、爪を強制的にのばさせて鼻をつついてみる、とか、毛並みに逆らって撫でて全身の毛を逆立ててみる、とか、髭を左右両方から引っ張ってみる、とか、指と指の間に綿棒を挟んでみる、とか、まあそんなもんだ。他愛もない。気づけば十五分ほどが経っていた。
 さすがに馬鹿らしくなってそれ以上は付き合わなかったが、霊夢はそれからさらに十五分ほど、化け猫を楽しそうに弄ってた。幻想郷を牛耳る博麗の巫女だなんつっても、十代も良いとこの人間の女の子だ。普段飼っていない猫が家に居たら、時間を忘れて遊ぶ位のことはする。
 結局、酒飲みながら蜜柑食いながら、んなコタツ+猫的価値観に彩られた景色を、俺は眺める事になったわけで、お燐が目を覚ますまでに、とっくりが三つ空になり、五つ分の蜜柑の皮と、干し柿の種三個分がコタツの上に積み重なっていた。

「誰このお兄さん」
 人型に変化したお燐の第一声はそれだった。盛大に伸びをした。四つんばいで背中を反らし、尻尾をぴんと張って、くぅ~、なんて口を大きく開けて唸ってだ。
 黒猫なだけに変化すれば黒髪になるのかと思ってたが、見事な赤毛だった。まあ、そんな事はどうでもいい。
「俺の名前は××○○○ ――」なんて具合に手早く自己紹介を済ませて、さっそく事情を話そうかとしたが。
「なら、お兄さんをユウイチって呼んでも良いかい?」とお燐が蜜柑を剥きながら訊いてきた。
 脈絡が無いようにも思えるが、要するに○○○に好きな名前を挿入して呼べばいいのだと、お燐は解釈したのだろう。
 ガキの頃の俺なら速攻で張り手でもしてやったところだろうが、さすがにもう自分の名前との付き合い方も、それなりに心得ている。
 お燐は悪意を持って俺の名前を茶化してる訳じゃない。
 ○○○なら、誰しもそこに好きな名前を挿入したくなる。好きな名前の方が感情移入もしやすい。ただそれだけの事だ。
「当たり障りの無さそうな悪くない名前だな」と俺はお燐のおちょこに勺をしてやって、当たり障り無く適当に答えた。
「それよりもさお燐」と霊夢、「ヤザキ・ケンスケがいい気がしない?」
 巫女さんからすると俺の名字まで改変したいらしい。まあ、名字も××だからそうしたくなる気持ちはわかる。
 ばつばつまるまるまる。あまりにも呼び辛い。あだ名の一つくらい、好きに決めさせてやってもいい。
「お姉さんお姉さん、それよりあたいは、どうせならトモヤがいいと思うんだけど」
「私はやっぱアーサー・ムルソーが良いと思う。洋風も良いわよね」
「バタ臭いのはあたいはちょっと苦手かな。ユキトみたいな和風で今風で呼びやすいのがいいな」
「ならミソヤマ・キクオはどうかしら?」
「そんな演歌歌手みたいなのはやだよお姉さん。それよりも――」  
俺は二人に勺をしてやりながら、ひたすら俺のあだ名について熱い議論を交わす二人を眺めてた。
 そんな風にして六十分が経過し、六十一分目が到来してすぐに過ぎ去り、六十二分目がやってきたけれど、あっという間に六十三分目に突入した。
 コタツの上に空になったとっくりが十五本と一升瓶が二本ほど並んでた。
 俺が持ってきた干し芋も干し柿も全て無くなった。たくわんをバリボリ摘みながら、議論は続いた。
 いい加減収拾を付けようと、俺も積極的に議論に加わったが、「なら間を取ってハーフっぽい名前はどうだ。俺もちょっと憧れるしな。いやむしろハーフっぽいのがいい」と言ったのが失敗だった。
 火に油で、洋風派VS和風派VSハーフ派の熾烈なせめぎ合いが激化し、居間はたくわんの匂いが充満していき、霊夢の顔も、お燐の顔も酔いで真っ赤になっていった。

 いつの間に俺たちが潰れていたかは定かじゃない。
 目が覚めた時は周りは真っ暗で、俺はコタツに足を突っ込んだまま畳の上に大の字になってた。
ここは確か神社で、何しに来たんだっけかな、俺は。だとか見慣れない天井を見上げて、三分ほど考えてやっと、地底へ行くための案内を頼みに来たんだと思い出した。
 だが酒飲んで、くだらねえ議論を延々してただけだ。
 挙げ句に寝てた。上等すぎる。
 霊夢も寝てやがった。猫に戻ったお燐をコタツで抱いてスヤスヤと、随分気持ちよさそうな寝顔だ。
 結局、話はどうなったんだ、とため息も出た。ため息は恐ろしく酒臭くたくわん臭かった。自分でうんざりした。
立ち上がろうとしても、おかしな姿勢で寝てたせいか脚が痺れて、上手く歩けなかった。
 布団を探して霊夢にかけてやってから、もう一度スヤスヤ寝顔を見下ろして、もう一度ため息をついて、明日こそは化け猫を地底に引っ張っていってやろう。そう考えながら社務所を出た。
 雪が激しくなってて、風も強くなってて、気温もべらぼうに下がってて、家に帰って、ビールを飲み直してるうちにまた寝てた。

 (^_^;)が地底の河原で、木や、石ころや、犬や、猫や、かいつぶりの一つ一つに名前を付けて歩いていた。
 もちろん夢だ。(^_^;)の後ろ姿の夢を見た。
 地底に河原なんかあるのかどうか知らない。かいつぶりがいるのかどうかも知らない。
 でも犬や猫くらいは居るはずだ。少なくとも猫は居る。犬は明日になれば確実に居る。
 6500羽目のかいつぶりは(゚ω^*)ノ⌒☆という名前だった。
 6501羽目は( ^(││)-)=☆ 、6502羽目は0(`◇´)0。 
 河には水面を埋め尽くすほどのかいつぶりが居て、水の中に顔を突っ込んで魚を捕っていた。あんなに一斉に魚とってたら、すぐに全滅しちまうだろうな、などと俺は考えながら(^_^;)の後ろを声を掛けるでもなく、ついていった。
 (ρ°∩°)。それが最後のかいつぶりの名前で、名前を付ける物がなくなったあいつは、俺に振り向いた。
 生き別れてから九百年以上が経った。いっちょまえの女になってるはずだが、夢で見る(^_^;)はいつも、あの夏の姿のまま、少女のままだ。表情は穏やかで俺を憎んでは居ない。都合の良い願望かも知れない、と俺は思う。あいつは俺を指さす。俺に新しい名前を付ける。そして俺は目が覚める。
 ソファーで信じられない姿勢で寝ていた自分に気づく。テーブルのコップはビールが半分注がれたままで、完全に気が抜けてる。開けっ放しのカーテンから朝日だ。やけに眩しい。新雪が積もってる。山の麓に真っ白い幻想郷が見える。髭を剃って顔を洗って、それから風呂入るか、と思うが、そりゃ逆だ。でも逆でも良い。今日は俺の記念的な日になる可能性だってある。地底に行き、(^_^;)を探す。(^_^;)が居て、その真ん前に俺が居る。そういう日になるかも知れない。ならば逆かどうかなんて些細な問題だ。
「些細だ」
 純白の幻想郷に目を細めて独り言を言って、にやけてみる。心は躍っている。


 俺は社務所の戸を叩いていた。三三七拍子でだ。夢の中で(^_^;)から新しい名前を付けられてから、凡そ二時間後、現実の朝の、現実な博麗神社の社務所の戸を、俺は三三七拍子で叩いていた。
 左手には山で買ってきたシロップ、それと右手には鮎の干物をでかい籠にどっさりとだ。
 お燐が好きな物を聞き忘れてたから、安易に猫なら魚だろうと持ってきた。安易な発想であればあるほど、ギフトというのは、相手の好みを外しても悪く取られることがない。
 霊夢とお燐は揃って玄関に出てきた。顔色は良くない。霊夢は土気色の二日酔いだ。眩しそうに目を細めた。
 何しろ境内は一面の銀世界って奴で、深く積もった雪の他には俺の足跡くらいしか見える物は無い。
 おまけに晴天、日光の妖精でも眩しがるくらいに、ピーカンバッチシにギラギラだ。
「よお、今日こそ地底を案内して貰うぞ」
 声を出すと、まだ胃の中からアルコールとたくわんの混じった臭いがした。
「おはよう、ニック・キャラウェイさん」と霊夢はだるそうに挨拶した。やっぱりたくわん臭かった。
「おはようさん、リキ」とお燐も眩しそうに顔をしかめて挨拶した。やっぱりたくわん臭い。
 未だに俺のあだ名に関する議論の決着はついていない。 
「もうどっちでも良いが、どちらかにはしてくれないか、二種類はさすがに混乱する」
 二人にシロップと干物を渡しながら、一応抗議してみた。
 二人は顔を見合わせ、頷き合って。それからまた、二人で俺に顔を向けてきた。
「リキ・キャラウェイ」声を揃えて言った。
 実に無難な妥協点だった。




 地底にも河はあった。
 地底と言うくらいだから、狭苦しい洞窟みたいな所かと思っていただけに、驚きだ。
 それどころか雪さえ降っていた。地熱のせいで積もってこそいないが。頭の上の分厚い雪雲のさらに上には、空に該当するものがあるって事だ。 
 でも、河にかいつぶりは居なかった。代わりにカルガモくらい居るかとも思ったけれど、それすら居なかった。
 硫黄の臭いがする湯が上流から下流へとゆったり流れて行ってるだけだったが、今現在は犬と猫が河原に居る。
 俺がリキ・キャラウェイという名前にされてから、凡そ一時間後、俺とお燐は湯気が立ち込める河原を歩いてた。
 お燐は足下の石を一つ一つ拾ってじっくりと観察している。名前が小さく書いてある事を、さっき俺が教えたからだ。
 河原に来て俺は最初に、石を拾って名前が付いているかどうか確認した。
 名前があった。(:.;゚;Д;゚;)と刻まれていた。何故だかはわからないが、地上で見かけたものよりもずっと小さく刻まれていた。よっぽど注意して見なければ気づかないくらい。
 ともかく、名前があった。
 あいつは地底で生きていた、って事だ。思わず声を出して笑いだしちまった。
 嬉しかった。尻尾を激しくわさわさ振って笑った。お燐が俺の激しくわさわさする尻尾にじゃれた。
 (:.;゚;Д;゚;)を、お燐にも見せてやったら、気味悪がって河に投げて捨てた。ブツブツが気持ち悪かったらしい。次の一個を拾ってみたら(o゚-゚o)ノ と刻まれていた。これはお燐は気に入ったようで、かわいいと言ってポケットに入れていた。それからずっとお燐は、気に入る名前を探して石ころを拾って歩いてる。
 そうしてしばらく河原を歩き回ってみて判明したのは、名前は外の世界でそうであったように一定方向へ続いて居るのではなく、完全なランダムに四方八方へ続いているということだ。
 たぶん、地底という閉ざされた世界を何往復もして名前を付けている内に、自然にそうなっちまったんだろう。
 幼児が紙に気まぐれで線を引いていくようなもんだ。一本一本は連続性のある線でも、何本も重なっていく内に線がこんがらがって連続性と関連性と指向性が失われ、完全なランダム、混沌、やがては真っ黒に塗り潰される。
 つまりは名前を追って(^_^;)を見つけようとする事は不可能という事だ。先が思いやられそうな気もしたが、閉ざされた世界で(^_^;)が歩き回っているなら、(^_^;)を知っている妖怪も多いだろう。
 名前を辿るのではなく、聞き込みで(^_^;)に関する情報を収集していけば、すぐにでも見つかる可能性もある。
 あとはその情報をどこで集めるかだが。情報は水みたいなもんだ。流れる方向が決まっていて、貯まる場所も決まっている。当然、貯まる場所で集めた方が効率がいい。例えば地域の妖怪の元締めやら、カシラやら、ヌシやらなんかに面会出来れば話は早い。地底でそういう地位にあるのは、やはり鬼か? 
 お燐に訊いてみればいい。そのために連れてきた地底出身の案内役だ。 
「ねえねえお兄さん、そういやさ」お燐が先に背中から声をかけてきた。「なんでここの石ころに、変な顔とか記号が書いてあるの知ってたんだい。地底は初めてなんだよね? あたいも知らなかったよこんなの」
 もっともな疑問だ。まだ俺が地底に来た事情を話してなかった。神社でぐずぐず話したりすると、また昨日みたいに、なし崩し的な飲み会になっちまう気がして、有無を言わさず引っ張ってきて河原に案内させた。
 それでもお燐が不機嫌でなく、むしろ親切に案内してくれているのは、鮎の干物が大層気に入ったからだろう。お燐は社務所の玄関で干物を試しに一枚囓って顔を輝かせていた。地底にまで籠を提げて持ってきてる。たまにむしゃむしゃ囓ってる。
 河童の職人が手間暇かけて全て手作業で仕込んだ最高級品で、本来二十枚セットだが今ならなんと一ヶ月分六十枚セットでお値段据え置きでお得な通販の奴だ。お得だが安物ではない。猫ならまっしぐらだ。上機嫌にならないわけがない。
「知ってたわけじゃない」
 俺は飛び切り上機嫌なスマイルでお燐に振り向いた。ニヤけたくてニヤけてるんじゃない。やっと(^_^;)の確かな消息を掴んだ。表情を抑えられるわけがない。「その名前を刻んでる天狗を捜してんだ。俺はずっとな」
「名前?」
「変な顔とか記号みたいな奴だ。信じられないかも知れないが、そりゃ落書きじゃなくて名前なんだ。全部」
「へー名前だったんだねえこれ。絵だと思ってたよ。それでその天狗は、ここの河原に居るって事なのかい?」
 夢に見たから最初に河原に案内してもらった、と正直に言おうかと思ったが止めた。笑われるのがオチだ。今なら誰から笑われたって、世界中から笑われたって、俺も笑っていられそうだが。 
「さあな。どこに居るかは見当も付かないが。生きてるならどこに居たっていい。すぐ探し出してやる。俺は気が遠くなるくらいずっとずっと、あいつを追っかけてたんだ。世界中を旅してだ。でも幻想郷でぱったりあいつの行方が途絶えちまった。もう死んでるかも知れないと思ってた。だがあいつは生きてたんだ。こんなに嬉しいことはない。なあ、叫んでもいいか。やっほーとかよ」
 言い終わる間も無く俺はやっほージャンプをした。厳密に言えばやっほーというよりも、「やっほーぅい」に近い。十回くらいジャンプした。
 そんな俺を、お燐は石ころ片手にしゃがんだまま見上げてたが、再びわさわさしだした俺の尻尾を目で追いだしていた。猫だからか、わさわさ動いてる物を見ると、そうなっちまうんだろうが、興奮してるらしい。うずうずして辛抱たまらないといった感じだ。目つきが狩る者のそれになっている。
「そっか、よかったじゃないのさそりゃ。でも地底たって広いよ。妖怪もいっぱいいるよ。どこに居るかわからなきゃ、見つけるのはすごく大変だよ」
「そりゃあ、手間は掛かるだろうな。でも見つける自信はあるぞ。それにな。もし見つからなくても、あいつがまだ生きてた。どっかで生きてる。それがわかっただけでも、十分だ。俺は嬉しいね。ちょっと転げ回って、ウオー、とか叫でも良いか?」
 俺は河原をごろごろ転がりながら、ウオーと叫びまくった。五十六回転ほどしてから止まって、平らな石の上に座ると、お燐が俺の尻尾に飛びかかってきた。眉を釣り上げてだ。もの凄くわさわさしてたから、猫的には飛びつかずには居られなかったんだと思う。目にも留まらぬ速さでぱしっと押さえられた。俺の尻尾は先っぽを捕まえられて、根本だけがわさわさ動いた。
「あ、ごめんよ」お燐が謝った。「ついね。ちょこまか動いてるもの見ると、どうもダメなんだよ。出来れば尻尾動かさないでくれないかい?」と手を離したが、すぐにまた動き出した尻尾を捕まえた。ばしっと。えらく楽しそうだ。
「俺だってわざと動かしてる訳じゃない。嬉しくなると、つい、わさわさしちまうんだ」
「ふうん、そんなに嬉しいんだね。お兄さんは」
「そりゃな。あいつを九百年探してた」
「へえ」とお燐は目を丸くして驚いて、「じゃ、嬉しさもひとしおだね。こんなにわさわさしてるし」と俺の尻尾を猫パンチでばしばし叩きながら言った。ついつい叩いちまうんだろう。
「ああ。それでお前は、カトリーヌ・ボンソワール・種子島・トシ子という名前に心当たりは無いか、俺が探してる奴の名前だ」
 お燐が(^_^;)の居場所を知ってるなんて偶然は無いにしても、そこら中にへんてこな名前を付けて回ってる妖怪を、見かけた事や名前を聞いた事くらいはあってもおかしくはない。
 なんてことない。なんも期待せずにただ訊いただけだ。
 だが。お燐のパンチのリズムが乱れた。それから耳をぴくんと一度だけ震わせ、二本の尻尾を緊張させた。
 もちろんだ。それだってなんてことない。パンチのリズムが乱れたって、耳を動かしたのだって、尻尾だって本当になんてことないものだったが。
 お燐の猫パンチが止まった。
 猫パンチされなくなった俺の尻尾が、しばらくわさわさ揺れていた。
「知らないよ」とお燐は答えた。俺をまっすぐ見上げていた顔を逸らし、また片手だけで猫パンチしだした。
 だが俺の尻尾はもう揺れてはいない。お燐がそれに気づいていない。
 憂鬱そうな猫パンチだった。
 憂鬱そうな猫パンチ、改めて意識して見るとおかしなもんだが、お燐の何かを哀れむような表情と、緩い勢いの猫パンチという様子を一言でいうなら、憂鬱そうな猫パンチというのが最も適切なのは間違いない。
 そんな様子で、知らないよ、と言われちまえば、俺もちょっくら困っちまう。
 だとしてお燐にも、知らないよ、と答えるだけの理由があるんだろうが。
「なあお燐、見たこととか聞いた事くらいはないか。俺と同じ白狼天狗だ。姉貴だから顔も似てると思う。ここにある石ころみたいに、誰かに名前を付けたりしてる。変った奴だろ。もし見かけたりしたら、覚えてると思うんだがな」
「お兄さんには悪いけどさ。もし会ってても覚えてないだろうね。地底にゃ変な奴ばっかりいるんだ。名前を付けるくらいじゃ印象に残りゃしないよ。だって、なんでも羨ましがる妖怪とか、ずっと桶に入ってる妖怪とか、とにかく変な奴がいっぱい居るんだよ。ここにはさ」
 やっと俺の尻尾が動いてないことに気づいたらしい。お燐はパンチするのを止めて、自分の不自然な行動を取り繕うように、えへへとバツの悪そうに小さく笑い、また石ころを検分しはじめたと思えば、早速一つ河に投げた。
 それには( ´゚,_ゝ゚`) と書いてあった。お燐のお気に召さなかった哀れな( ´゚,_ゝ゚`) は川面に小さな波紋を起こしたが、波紋もすぐ水流に流されて消えた。
 お燐が何かを知っているのは間違いない。だが下手に食い下がって聞き出そうとしても、情報を引き出せる物じゃない。せっかく偶然にも探り当てた水脈。焦らずじっくり、まずはこの水脈を辿って周囲の関係者にも接触してみるべきだ。
「そうか、かなりインパクトのある奴だと思ってたけどな」
 軽く笑って肩を竦めてみせた。出来るだけイノセントに。
 お燐にどんな事情があるのかは知らないが、余計な警戒心は持たれない方が良い。
「地底には謝り妖怪とかスルメ妖怪とかもいるんだからさ、お兄さんが考えるほどインパクトはないのさ」
「ほお。謝り妖怪ってのはあれだろ、きっとそこら中に向けて謝ったりするのか」
「もし蟻を踏んだら三十日間謝るよ。謝り妖怪は本人だけじゃなくて家族にまで謝りに行くんだ。踏んづけた蟻の出身巣に行って、一匹一匹に謝るんだよ、三十日間」
「んじゃあ、そこらの通りで肩なんかぶつけちまったら、大変な事になりそうだな」
「三十日間謝られるよ、二十四時間ぶっ通しで。これがさ、便所の中にまで付いてくるんだよ。だから旧都を歩くときはお兄さんも気をつけな。ちなみにスルメ妖怪は目が合った相手にスルメを食わせようとする妖怪だよ。食べないと泣くんだ大声でね。便所だろうが風呂場だろうが付いてきて泣くんだ」
「三十日間か?」
「六十日間だよ」
「大変だなそりゃ。そんな奴らばっかりなのかここは」
「地底だからね。かわいい娘が居たからって下手に目を合わせたりしちゃダメだよ」
「スルメ妖怪はかわいいのか?」
「かわいいよ」
「ならスルメを食わせて貰うのも悪かないな」
「だから人気者だったんだけど、今はもうみんな食べ飽きて避けてるんだ」
「だろうな」
「でも、あたいはお腹痛くなっちゃうけど、ついつい食べちゃうんだ」
「猫だからか」
「猫だからだよ」
 またお燐が石を投げた。かれこれ百個くらいは捨ててる気がする。このままもし、あと何年かお燐が同じ作業を繰り返せば、お燐のポケットには何トンもの愛される名前たちが詰め込まれ、川底には気味悪がられた名前が敷き詰められることになり、河原には愛されることも無ければ、気味悪がられる事もない、当たり障りのない無難な名前たちが残ることになる。
 ちょっとした好奇心。俺は足下の石ころを拾って(^_^;)と刻んでみようとした。
 お燐が(^_^;)の事を知っているなら、とカマをかけると言えば大げさなくらいの、なんてことない思いつきだ。
 指先に風を細く強く巻かせると高速で回転する錐のようになる。これで石を削るわけだが、風が巻く力が分散しないようにするのはえらく神経を使う。小さく綺麗に掘ろうとしたが、これまた難しい。少々歪な(^_^;)が出来上がった。
「なあ、お燐、こいつはどうだ。かわいいか?」
 せっせと石を検分していたお燐に見せてみた。
 投げ捨てるか、それともポケットに入れるか、あるいは河原に置き去りにされるのか。
 それとも四種類目の行動があるだろうか?
 だが、お燐はあまり興味は惹かれなかったようで、表情は動かない。
 さっきトシ子という名前を聞かせたときのような、わかりやすい反応は一切無かった。
「笑ってるけど、どこか哀しそうな顔だね」それだけ言った。
 確かに本人はよくそうして笑ってた。
 哀しいが、笑うしかない。虚しい笑い顔。
「俺には、あちゃーって感じで冷や汗を垂らしてるように見えるんだがな」
「哀しいけど、他にどうしていいかわからない時の顔だよ。だから笑ってあちゃーって冷や汗を垂らすしかないんだ」
「なるほど、解釈としちゃありだなそりゃ」
 お燐は五つ呼吸する間、(^_^;)をじっと見詰めて、それからポケットに入れた。
「気に入ったのか?」あんま気に入ったような顔はしてなかったが。
「なんとなくほっとけなかったんだよ。さとり様もたまにああいう顔するんだ」 
 さとり。そういや文々。新聞の被害者リストと記事にそんな名前があった。
 地霊殿とかいう館に住んでる、心を読むとかいう妖怪で、地底の一部を管理している。お燐はそいつのペットだ。
 てことはだ。お燐が知っている事をそいつが知っている可能性も高い。接触してみる価値がある。
 さとりとかいう奴がもし協力的なら上等な情報源になるし、非協力的ならば、あるいは敵対的ならば、それはそれで、(^_^;)がお燐たちと何らかのトラブルを抱えていた可能性があるという、新たな情報収集の方向性を示してくれる。極限まで極端に言えば、さとりたちに(^_^;)が囚われていたり、殺されている、なんて可能性だってゼロじゃあないわけだ。
 何はともあれ、直接会ってみて相手の出方を見るだけでも、お燐が知っているらしい(^_^;)の情報に一歩近づくことが出来る。
「お前の主人は、哀しいときにあちゃーって冷や汗垂らす奴なのか」
「そういう時もあるよ。心が読めるっていうのは、大変な事なんだってさ」
「便利そうだけどな。色んな事を知ってそうだし、知れそうだしな」
「あたいもそう思う事あるけどね」
「でもあれか、俺がそいつに会って、例えば、すげえおっぱいだな、とか思ったりすると、それも読まれちまうわけか、チョモランマみてえだ、とか思ってたらよ。ちょっと恥ずかしいかも知れないな、お互いそれは」
 俺は、チョモランマ、に合わせて手振りで素敵なおっぱいを表現してみた。ぼよーんという感じでだ。
「さとり様は、あんまりおっぱいはすごくないよ。どちらかと言えば小振りだよ」
 お燐は、小振りだよ、に合わせて極控えめな手振りで、極控えめな胸を表現した。ぺたんだ。
「そうか、ならもしそいつに会っても安心だな。でも格好いいケツしてたら、格好いいケツだな、とか思っちまうかもしれないな」
「さとり様はお尻も小振りだよ。たぶんお尻は恰好良くはないよ」
「そうか、おっぱいもあんま凄くなくて、ケツも格好よくはないんだな。なら安心だ」
「でもそういう事思ってると、それも読まれちゃうよ」
「なるほど、こいつはおっぱい小さいしケツも普通だな、とか読まれちまうのか、それはそれで、気まずいな。確かにそういうのを読んじまったら、哀しい気持ちになって、あちゃーって冷や汗流すしかないかもな」
「そういう事なんだよ。けどさ。エッチなひとだったんだねお兄さん」
「ああ、俺はエッチなひとだぞ。じゃあ、そうだな。エッチな事を考えないように気を付けて行くか」
「どこへだい?」
「さとりちゃんの所へだ。案内してくれ」
「なんでだい?」
「決まってんだろ、トシ子の事を聞きに行くんだ。控えめなおっぱいと普通なケツを眺めに行ったってしょうがねえだろ?」
 お燐は百七個目の石を高い軌道で放り投げた。わずかに自転しながら上昇していったそいつは、河の真ん中あたりで重力に引かれ始め、水の中へと吸い込まれていった。ボチャン。
「さとり様は知らないと思うよ」
 しらばっくれてるような様子はない。少なくともわかりやすいリアクションは、無かった。
「なら、誰なら知っていると、お燐は思うんだ」
「さあねえ」お燐は石を検分するのを止めている。難しそうな顔をして河の流れを見てる。まるで59306725+906723914÷853517858649を暗算で解こうとしてるような顔だ。
「なら尚更、誰なら知ってそうかを、さとりちゃんに訊きに行かないとな」
 お燐が河を眺めて何を考えてるのか、なんて想像してみた所で、俺にわかるわけがない。
 それこそ、さとり妖怪なら別なんだろうが、生憎と俺は風を操る程度の能力しかない極平均的な天狗。
 それもどちらかと言えば、ぶきっちょに風を操る程度の能力しかない。
「お兄さんの気が済むなら、それでいいよ」とお燐が言った。気が済むなら。と言った。「さとり様のとこに行こか」
 



 
 さとりは俺と面と向かわせた瞬間にはもう、冷や汗を流しながら笑顔を激しく引きつらせていた。
 洋風の広間にはステンドグラスからの光が床に模様を作っていて、ティーセットが置かれたテーブルにも、赤と青の色が落ちてきていた。俺の顔には赤色が、隣のお燐には青色がそれぞれ掛かっている。向かい側の椅子に座ったさとりの引きつる笑顔には赤と青が半分ずつで、「バストが小さくてお尻が格好良く無いと、考えないようにしようと、考えさせてしまってすみません」と開口一番謝ってきた。
 俺の思考の下品さを責めてるようにも取れるが、奴の表情は単純に、俺のこそばゆげな思考を読んでしまったことを、申し訳なさそうにしているように見えた。
 謝るくらい後ろめたいなら、わざわざ読んだことを相手に教えなきゃいい気がするが、後ろめたいからこそ、わざわざ言うのか? だとしたら、えらくナイーブで潔癖な奴だ。読んでしまった内容をすべてひけらかすことで、相手と同じ土俵に立とうとしているのかも知れない。言われた方からしてみれば、面食らうどころじゃねえわけだが。 
 そんな事を考えてたら、やっぱりだ。
「自分の能力については、あまりちゃんとは考えたことはありません。考えても答えの出ない事だってあるんです」
 なんて言われちまった。少なくとも、答えが出ない、というところまでは、ちゃんと考えたことはあるようだ。
「ごめんねさとり様」何故かお燐が謝った。「お兄さんにはね、さとり様のおっぱいとお尻の事は、考えないようにしなよって、あたいが言っておいたんです。お兄さんは人一倍エッチなひとだから……」
 自分が誰かに紹介される最初に、人一倍エッチなひと、と紹介されるのはなかなか画期的だ。今まで経験がない。
「俺は人一倍エッチな××○○○だ。よろしくなさとり」
 画期的手法を使わない手はない。男が女相手にする自己紹介としてはかなり画期的だ。私はエッチです、よろしくね。どこにも虚飾が無くて、ある意味最高に紳士的だ。
「はい、よろしくおねがいします人一倍エッチな○○○さん。私は胸が極控えめでお尻も恰好良くない古明地さとりです」
 これまた女が男にする自己紹介としては画期的だ。どこにも虚飾がなさすぎて、自虐的すぎる。なんなら胸と尻だけが人生じゃないと、こいつに一晩かけた触れ合いによって優しく説いてやりたい気がするが、それはまた別の機会だ。今は(^_^;)の事を訊かなきゃならない。
 俺とさとりは、ぺこり、とテーブル越しに会釈しあった。
「けれども」とさとりはお燐に恨めしげな目を向けた。「お燐あなたはねえ、わざわざ私が小振りだと宣伝する必要はないのよ?」
 お燐が俺に言った事がさとりには全部ばれてるらしい。確かにこりゃおっかない能力ではあるな。
「はい……ごめんねさとり様。次ぎはチョモランマみたいだって宣伝しておきます」
 さとりが小さくため息を吐いた。
「後で私の部屋に来なさいね、お燐。言わなきゃならない事がいっぱいあるようだわ」
 お燐は、「あう……」とかちっちゃく唸ってしょんぼり項垂れちまった。それをじっとり睨み付けてたさとりは、もう一度ため息を吐きつつ、目を閉じてティーカップを鼻に近づけた。二口ほど茶を口に含ませ、飲み込む間、さとりの胸についてる目玉のアクセサリーが、俺の顔をじっと見ているようだった。気味の悪い趣味だ。
「それでだな。本題は」と俺が言うまでも無かったらしい。
 さとりは瞼を開いた。「仰らなくてもわかります。あなたのお姉様の事ならば、私には今のところはわかりません。ただ見かけただけの可能性はもちろんありますが、記憶には残っていません。それと気味の悪い趣味をしていて、すみません」
 まさに俺の訊こうとしていたことを、答えやがった。
 なんて便利な奴だ。話す手間が省ける。余計なもんまで読まれたようだが。てことは、少なからず俺が、お燐やさとりを、(^_^;)と敵対していたかも知れないと疑っている事も、把握されているのか?
「便利ですみません。最初にこのような事を言ってはなんですが、誤解無きよう願います。一番お気になさってる事のようですので。私たちがそのような妖怪と敵対したこともありません。もし敵対していたとして、あなたに隠す理由はありません。ここでの法は私です。私のすることを、したことをあなたに隠す必要がない事を、おわかり頂けると思いますが」
 さとりが笑みを作って俺を真っ直ぐに見据えて言う様は、幼い容姿にしても、なかなかどうして貫禄がある。
 地底の社会を作ったのが鬼ならば、こいつとて伊達で地底の一部を任されてる訳じゃあない。
 相応の裁量が求められたはずで、鬼にも一目置かれる以上には腕っ節も認められているという事だ。
「そいつは、もっともだな」
 もし仮にお燐やさとりが俺に言えないほどの(^_^;)との重大なトラブルを抱えて居たとして、最悪のケースは(^_^;)がさとりたちに殺されたという事だが、それだったとしても俺に黙っている理由はせいぜい復讐を恐れて、くらいのもんだ。
 だがここはさとりたちのテリトリー。もし俺が暴れたって三秒で返り討ちにされるのがオチだろう。
 地底に妖怪の山の影響力も届かない。天狗を恐れる理由が一切ない。
 それが、『あなたに隠す必要がありません』の意味だ。
「私に出来ることがありましたら、ご協力いたします。もしこちらで何かわかったら、追って連絡を差し上げます。とりあえずは、しばらく旧都で探して見てはいかがでしょうか、あそこは地底の各地から妖怪変化が集まります。それと地域の有力者への面会も希望されているのですね。鬼たちはあまり他の妖怪たちの細かな事情には、興味が無いので、果たして彼らが、あなたのお姉様を知っているかはわかりませんが、私からの紹介状を書いて差し上げます。まだお宿も決まっていないようですが、よろしければ一室お貸し致しますが。一週間でも二週間でも、なんならずっとでも。ここなら旧都も近いですし。いえいえそうご遠慮しないでください。どうしてそんなに親切にしてくれるかですって? うちのペットの知り合いの方なら当然です、ワンちゃんも好きですし私、お燐もじゃれたり仲良くしていただいたみたいですし、鮎の干物がとても気に入ったようですよ。是非お燐の良いお友達になってやってください」
 俺が一言も喋る必要がなかった。とんでもなく便利な奴だ。にしても初対面の妖怪相手に、不気味なくらいフレンドリーだが。ワンちゃん、と奴が口にした瞬間から緩みだした口元を見ていて思った。
 あれか、自分のペットが外でほっつき歩いてる間、他の動物とじゃれあってた相手みたいな感覚なのかも知れない。
 何しろワンちゃんときたもんだ。
 こいつに白狼天狗と化け犬の違いを教えてやったほうがいい気がするが、まあいいか。誰も困りゃしない。
「あ、ワンちゃんじゃなくて天狗の方だったんですね。失礼いたしました」
「別に構わねえぞ、なんでもな。呼び方が変わっても俺は俺だ」
「天狗は飼ったことが無いので、お会いできて嬉しいです。私のペットになりませんか、犬小屋もちゃんと造りますし。番犬がほしいなあ、って思ってたところだったんですよ」
 ジョークではないらしい。ここでの法は私です、とか言ってた時と同じ顔で訊いてきた。ちょっくら普通に怖い。
「せっかくの申し出で悪いんだがな。とりあえずそいつは遠慮しとくぞ」
「さとり様、お兄さんはきっと、おっぱいがチョモランマみたいで、お尻が格好いいひとに飼われたいんだよ。人一倍エッチだから」とお燐。
「まあ」と、さとりは大きく感嘆。「おっぱいがチョモランマみたいで、ケツが格好いい女に飼われたいのですか? 人一倍エッチなだけに」
「俺は確かに人一倍エッチだがな。んなこた一言も言ってねえぞ。余計な事いうなお燐」
「でも○○○さん。心では、もし仮に飼われるとしたら、そっちのが良いな、と思ってらっしゃいますよね」
「んな余計なもんまで読む必要はねえぞ」
 こりゃさとり妖怪ってのは、思ったよりもろくでもねえもんだな。ってか、ろくでもねえ、とか思うとこれも読まれちまうのか。けどまあ、この分じゃ、ろくでもねえ、と思われるのは奴だって慣れっこだろう。
「さとり様、お兄さんの尻尾はわさわさ動くんだよ。楽しいんだ。飼ったら楽しいよ絶対」
 おいお燐。お前はいったい俺をどうしたいんだ? なんも考えてなさそうだが。
「わさわさするんですか?」
 さとりの表情が変わった。ときめき、とでも言えばいいのか、夢見る乙女的に瞳の中で星が瞬いている。
「わさわさするぞ」素直に答えた。わさわさするのは事実だ。
「わさわさするのを、見せて頂けませんか?」
 わくわくしてやがる。さとりはペットを大量に飼っているという話だ。動物的なもんが好きなんだろう。変わった娘だが、おかしな奴らばかりの地底の一部をしめてるんだ。このくらいの個性がなきゃ、やってられないのかも知れん。
「構わねえぞ」世話になんだから、ちょっとくらいサービスしてやってもバチは当たらない。
 俺は立ち上がって尻尾をわさわさしてみせた。
「わあ」とさとりが嘆息を漏らし、お燐がついつい猫パンチした。パンチに釣られてか、さとりが尻尾の先っぽを掴んできた。先っぽを捕まれた俺の尻尾は、根本だけがわさわさした。そして根本をお燐が猫パンチだ。
「ちょっとだけ触ってもいいですか?」とかさとりは訊いてくるが。もうしっかり掴んでんじゃねえかお前。「素晴らしいわさわさ加減ですね。是非飼いたくなりました。もしあなたのお姉様が見つかれば、これが二倍になるわけですね。両手でわさわさをギュッと出来ると言うことですよね」
 尻尾に頬ずりまでして、キラキラおめめで見上げてきやがった。
「まあ、もし見つかったら、礼も兼ねて姉ちゃんと二人でここに遊びに来くるさ。そん時ダブルでわさわさするのを見物すりゃいい。ペットにはならねえだろうが」
「では、善は急げ、さっそく紹介状を書いて来ます。少々お待ちくださいね」
 駆け足で廊下へと引っ込んでいったさとりを、俺とお燐は紅茶をずるずる啜りながら見送ろうとした。けれど、さとりは廊下の角まで行って戻ってきて、お燐の首根っこをひっつかんで引きずってった。おっぱい宣伝の事で説教でもされんだろう。
「あう……」なんてお燐のしょんぼり引きずられていく様を見ていて。そういや、と思った。
 さとりは俺の心を散々読んだわけだ、ならばお燐が(^_^;)について何か知っていると、俺が勘づいている事もわかったはずだが。それについては殆ど言及しなかった。
 もし、さとりがお燐の知っている情報を、今まで知らなかったにしても、奴の事だ。さっきの時点でお燐から読むくらいの事はするだろう。
 さとりは全てを知った上で、俺に黙っている。と言うことになる。
 さとりたちにとって、俺に話して不味い事などあるわけがないのは、さっき奴自身が言ったとおりなのに、だ。
 何故だ?
 お燐が知っているのは、俺とさとりたちとの関係が危険になる類の情報? というのも考え辛い。現にさとりは協力的だ。紹介状まで書いて俺が(^_^;)を探すのを手伝ってくれようとしている。
 お燐も肝心の(^_^;)の事は話してくれないでも、何も警戒せずに主人のもとへ俺を案内してくれたわけだ。友人のようにすら接してくれている。
 まったく訳がわからない。

「ったく、どこに居んだよ。姉ちゃん」
 広間の天井を見上げて呟いた。声は少しも響かない。一人には広すぎる部屋だ。茶とクッキーと俺しか居ない。
 やる事もない。茶かクッキーに向かって独り言を言うか、天井に向かって独り言を言うくらいしか、やる事が思いつかない。独り言は割かし得意な方だ。
 長年一人で旅をすると色々な物が得意になる。独り言は特にだ。寂しい気もするが悪いもんじゃない。
 誰とも議論が起こらないから時間が節約できるし、言いたいことを言っても誰とも喧嘩にならない。
 仕方がないから、人一倍エッチな俺はさとりの控えめなおっぱいと、ケツについて考える事にした。
 独り言を呟きながらだ。
「小振りなのもけして悪くはない」とか。
「でかけりゃいいってもんじゃねえ」とか。
「重要なのは形だろう?」とか。
「いや最重要は、実用性だ。触ったときの程良い弾力、心地よさ、忘れちゃなんねえ、これが最重要なんだ」とかだ。
 最終的に化け猫とさとり妖怪の、スタイルの差異についての考察まで及んだが、また奴と面と向かったときに、おかしな事を読まれちゃ敵わないという流れから、さとりは男と顔を合わせる時は、どんな心構えで挑むのだろうか、というやや重いテーマに思考が移行してしまい、結局、ステンドグラスに使われているガラスの枚数を数えてみることにしたが、三百三十くらいまでいって、どこまで数えたのか判らなくなって止めた。
 ふと気づけば広間に羽音が近づいて来てた。廊下からだ。俺は顔を向けた。
 そいつはテーブルに向かって飛んできながら、「うにゅ?」と首を傾げた。茶を啜ってる俺を見つけてだ。鴉天狗のように見える。
 真っ黒い翼を背負ってて、長い黒髪に、華奢な体つき、鴉天狗の女の特徴そのものだが。たぶん地獄鴉って奴らの一羽だろう。でももし頭襟なりを頭に乗っけさせて、団扇とカメラと手帖でも持たせ、モノトーンファッション全盛の山のイマドキを考えスカートを緑から黒に履き替えさせた上で、裾を股下十センチくらいにすれば、山に侵入したって哨戒天狗の誰にも怪しまれない。
 少々右手が個性的にすぎるが、今や天狗社会も個性の時代。あのお堅い自警隊だって、女性隊員の履き物が袴ではなくスカートでもオーケーになっちまうご時世だ。最新鋭の六角柱型ブレスレットだと言い張れば何も問題ない。
「うにゅ?」そいつはもう一度、うにゅ、と言って首を反対側に傾げた。
 館の中に居るって事は、飼われてるペットなんだろう。自分の家に知らない妖怪が居て不思議がっているように見える。
「よお」とりあえず声をかけてみた。
「うにゅ」さらに、うにゅ、とそいつは言った。
 喋れないのか、もしかしたら、俺の知らない言語の可能性もある。挨拶なのかもしれない。
「うにゅ」俺もうにゅっと言ってみた。
「うにゅ!」そいつは少し焦った様子で返してきた。
「うにゅにゅ」俺は少しアレンジを加えてみた。
「うにゅにゅにゅにゅにゅにゅにゅ!」そいつはもっと焦った様子で言い返してきた。ムキになってるみたいだ。
 俺は試しに三三七拍子で言ってみる。「う・にゅにゅん、う・にゅにゅん、う・にゅにゅにゅにゅにゅ・にゅん」
 ある種の妖怪変化は、単調な発声器官によるコミュニケーション能力不足を補うため、メロディーやリズムで意志を伝え合う。両生類や魚類から変化した妖怪にそういった特徴が多いが、化け鳥でも珍しくはない。
 すると奴はなんと、16ビートで対抗してきた。
「うにゅにゅん・う~、にゅんにゅにゅん・にゅん! うにゅにゅん・う~、にゅんにゅにゅん・にゅん!」
 さながらヴォイスパーカッションだ。
「上手いもんだな」拍手しといた。
「うにゅ」とそいつは勝ち誇ったような顔で頷いた。
 良くわからんが、満足はしたようだ。緊張していた表情を緩めてる。単純な奴なのかも知れない。
「そんなとこに突っ立ってないで、茶でも飲まねえか」
 うにゅうにゅ言うのも飽きた。普通に誘ってみた。とにかく、さとりたちが戻ってくるまで暇だ。化け鴉だろうがうにゅうにゅ妖怪だろうが、幸いにして及第点以上に魅力的な妖怪娘だ。空虚な何分か、何十分かを華やがせてくれるなら、有り難いことこの上ない。
「うにゅ」そいつはもう一度頷いて、向かいの椅子に腰掛け、六角形じゃない左手でクッキーをばりばり食いだした。
 上品とは言い難いが、動物から変化した妖怪にはありがちな事だ。茶をカップを注いでやると、それも一息で飲み干した。かなり熱い物だったはずだ。火傷をしないもんらしい。
「俺は××○○○。天狗の女を捜しに来たんだ」
「うにゅ? あたしはれうーじうっぽ。おやつを食べに来たの」
 喋れるらしいこいつは。でもクッキーをばりばりやりながら言うもんだから、名前がいまいち聞き取れなかった。
「うっぽか?」 
「うっほ」
「ウッポ?」
「うつほ」
「ウッポでいいんじゃないかもう。鳥っぽいしな」
「うつほだよ!」
「ウッポのほうがかわいいぞ」
「ならウッポでいいよ」
「ああ、ウッポがいいぞ。それよりな、カトリーヌ・ボンソワール・種子島・トシ子って天狗を知らないか。なんでもかんでも名前を付けるファンキーな奴なんだ。地底のどこかに居るはずだ」
「知らないよ。知ってても私はすぐ忘れるもの」
「いやファンキーじゃなくて、パンクな奴かも知れない。パンクな天狗は知らないか?」
「知らないよ」
「なら、キッチュかも知れない。キッチュな天狗は知らないか?」
「キッチュってなーに?」
「俺もよくわからん」
「私はもっとわからない」
「そいつは参ったな」
「私は参らないよ」
「だろうな。ならそうだな、お燐が何か知ってるような感じなんだが、何か言ってるのを聞いたことは無いか?」
 紅茶をもう一杯注いでやった。ウッポはそれをまた一息で飲み干した。やっぱ熱くないらしい。
 そこで、やっと思い出した。
 このウツホとかいう地獄鴉も新聞の記事になってた奴だ。神を飲み込んだとかいう、この前の異変の主犯格。新エネルギーを操り灼熱地獄跡で活動するこいつにとって茶の温度なんざ、それこそ臍で沸かせられる程度だ。地獄鴉にも臍があるかどうかは知らないが、今すぐ好奇心に駆られて目の前の実物で強引に確認しようとたりなんかすれば、俺はたぶん溶けて蒸発することになる、くらい恐ろしい奴だと思っていたのだが。
 まさかこんな、うにゅうにゅ言ってる呆けた奴だとは思わなかった。
 臍があるかどうかちょっと服巻くって見せてくれねえか? と頼んでみれば普通に見せてくれそうだ。
「お燐は色んなひとを知ってるからね。私よりいっぱい知ってるのよ」
「なるほど、顔が広いって事か?」
「いっぱい死体を集めるのが仕事だからね。私は燃やすだけだから、あんまり知らないけど、お燐は喋れるの死体と、だから色んなひとを知ってるの」
「色んなひとを知っている、か」
「死体を知ってるの、お燐はいっぱい。私は燃やすだけ」
「色んな死体を知っているか」
「そう」
「そうか」
「うにゅ」ウツホは頷いた。こいつが頷くのを見るのは三回目だ。こくん、と実に鳥らしく頷く。
 証言その一、と心の中で唱えてみた。
 証言その一。お燐は色んな死体を知っている、らしい。
 らしい。
 らしい。
「うにゅ」俺もなんとなく言ってみた。
 でも頷きはしない。頷く要素が俺には無い。
 何の頷く要素だ?
 ぐるぐると思考が回り出した。博麗式の何ものにも縛られない空を飛ぶ程度の自由な思考。
 お燐は死体を知っている。それが河原でお燐のパンチのリズムを乱した物の正体?
 例えば、(^_^;)の死体。
 お燐は、誰かを、何かを、哀れむような顔で、俺の動かない尻尾をパンチしていた。
 憂鬱そうな猫パンチ。
 俺を哀れんでいた? 九百年探していた家族が死んでいたからか? 俺に同情してそれを打ち明けにくかったのか? 確かに俺はあんだけ河原ではしゃいじまってたからな、やっほーとかウオーとかやっちまってた。同情の一つや二つくらいされてもおかしくない。だからお燐は俺に(^_^;)が死んでる事を知らせずに、探すのを手伝う振りをしている?
 まさかな。
 馬鹿らしい。この思考は飛躍しすぎている。何の脈絡も無い。博麗式の思考に過ぎる。
 そうだぜ。せっかくここまで来て、なんで(^_^;)が死んでるなんて事を考えにゃあ、ならねえんだ。
 んな事があってたまるか。馬鹿か俺は。
 そりゃな。もちろん(^_^;)が妖怪である以上、死ぬことだってあるだろうな。死ねば地底に居る以上、お燐に死体を運ばれる事だってあるんだろう。それが昨日の事だった可能性もあるし、一昨日だった可能性もあるし、一週間前、あるいは一年前、可能性は無限にある。無限にある可能性なんざ、妄想とかわらん。
 馬鹿らしい妄想は止めだ。
 俺が追い求めるべきは妄想じゃない。俺とお燐の知っている情報の中間地点にあるもの、お燐が俺に言わない理由、それこそがほぼ唯一にして確かな(^_^;)に至る道しるべだ。
「なあウツホ」
「お空だよ、『お』、と、『空』でお空だよ」
「そうか、お空か。ならお空。もしだな、お燐が何か大事な事だけど、誰かに本当の事を言わずに、隠し事をするとしたら、理由はどうしてだと思う?」
「うにゅ……なぞなぞ?」
「みてえなもんだな」
「うにゅにゅ……」お空は首が折れちまうんじゃないかってくらいに、急角度に傾げて考え出した。文々。新聞によれば、こいつはお燐の友人だ。昨日お燐と知り合ったばかりの俺よりは、性格なりをずっと詳しく知ってるだろう。
「この前ね。私が神様から力貰ったときだけど」
「ああ」
「お燐は大事な事だと思ったけど、さとり様には言わなかったんだってさ」
「何をだ」
「私が地上征服する野望」
 地上征服。
 地上征服?
 地上を征服する。
 地上征服って言ったな確かにこいつは今。
 新聞じゃ確か、神様連中が温泉を地上に沸かせるために、こいつを嗾けたってだけしか書かれてなかったが。
 地上征服? もしかしてそれが異変の真相だったりするのか?
「ほんとにやろうとしてたのか、お前はそれを、うにゅうにゅ言いながらか?」
「うにゅうにゅはたぶん、言わないよ」
「いや、言うと思うぞお前なら、さあ地上のゴミクズどもよ、私の力の前にひれ伏せうにゅ~、とか言うんじゃないのか」
「言わないよ」
「明日からお前たち下賎の民は私の16ビートうにゅうにゅで踊り狂うがいいうにゅ~、とか言うだろ」
「言わないよ!」ちょっくら怒ったみたいだ。
「悪かった。怒らないでくれ。うにゅうにゅ怒られても困る。でもそれならなんで、地上征服なんかしようと思ったんだうにゅ?」
 お空はまた首を傾げて考え出した。折れちまうんじゃないかってくらい、ぐぐいっとだ。
 そんな仕草に、心の中でうにゅ~、と効果音を付けてみたら、案の定よく似合った。
「良く覚えてないよ」「うにゅ」と俺はお空の語尾にうにゅを付けてみた。
「へんなの付けないで!」「うにゅ」と俺はまたうにゅを付けてみた。
「溶かすよ!」うにゅ、と付けようかと思ったが止めた。お空が左手で持っていたティーカップがほんとに溶けてたからだ。液体になったティーカップはドロドロの飴のようにテーブルクロスへ垂れて焦がし、床にまで流れてる。
「俺が悪かった。お前がうにゅうにゅ言うのがかわいいから、ついついやっちまったんだ。許してくれ」
「かわいいの?」
「ああ」
「だったらいいよ。許してあげる」
 単純な奴だ。
「まあ、あれか、とにかく、どうして地上征服しようとしたかは良く覚えてないけど、地上征服しようと思ったわけだな、うにゅ子ちゃんは。そいつぁ、なんつーか、ご機嫌だな」
「うん。でもねお燐は私がさとり様に始末されちゃうんじゃないかって心配してたの。私のために黙ってたのよね」
「野望をか?」
「うん」
「うにゅうにゅの野望をか?」
「ううん」
「普通の野望をか」
「うん」
「なるほどな」
 さとりに黙ってるつっても、よくぞ心を読まれなかったものだとも思うが、たぶん異変の期間中、お燐はさとりと顔を合わせてなかったのだろう。
「だからね、たぶんね、お燐が本当の事を言わないなら、誰かのために言わないんじゃないのかなあ」
「誰かのためにか」
 だとして今回は誰のために、なんだかな。お燐本人のため、さとりのため、あるいはお空、はたまた俺の知らない誰か、それか(^_^;)、もしくは俺。
「眠くなった」お空が突然言った。
「あ?」
「お腹いっぱいになったら眠くなったから寝る」クッキーが盛られていた皿は見事に空っぽになっていた。「じゃあね」
「ああ。うにゅ子またな」
「お空だよ」
「またな、お空」
「うん」
「ああ、そうだ。もう一つ教えてくれないか」
「なーに?」
「お前、臍あるか?」
「あるよ」
「そうか、今度見せてくれ」
「うん」
 お空はパタパタと飛んで薄暗い廊下の奥へと消えていった。

 また広間に俺と茶と空になった皿が取り残された。ついでに(^_^;)の消息について、少々絞り込まれた可能性も取り残された。いくつかのキーワードと一緒にだ。
『トシ子という名前で乱れたリズム』
『誰かのためにする沈黙』
『何かを哀れむ表情』
『さとりたちは俺に友好的』
『死体』
 まるで完成図を無くしたジグソーパズルのピースだ。手元にあるピースにどんな絵が描かれているかはわかっていても、ピースをどこにどうはめ込めばいいのかは、想像力を働かせるしかない。
 想像。パズルの完成図を想像する。強引にピースを組み合わせ、仮説を考えてみる。何しろ暇だ。
 まず、さとりたちが友好的だと言うことは、少なくともお燐の知っている情報が、俺と敵対するような物ではないということ。
 そして俺がトシ子の事をお燐に聞いたときに、お燐は動揺してパンチのリズムを乱した。誰かを哀れんでいた。
 誰を?
 決まってる。俺が(^_^;)の事を聞いたタイミングなのだから、俺か、(^_^;)か、どちらかだ。
 さらに、直接的に今の状況に繋がるかどうかはわからないが、お燐は多くの死体を知っている、というキーワード。
 哀れむべき俺か(^_^;)のためにする沈黙。
 さっきの博麗式思考に引きずられている気もするが、仕方がない。手元のピースからはあまりポジティブな完成図は思いつかない。どちらかと言えば悲劇的な予感ばかりする。
 仮説その① 
「お燐はトシ子を知っているが既に死んでいる。お燐は俺に同情し哀れんでそれを打ち明けにくい。という可能性」
 仮説その② 
「トシ子は生きているが俺を憎み続けていて再会を望まない。お燐は俺に同情して以下同文。という可能性」
 仮説その③ 
「トシ子は死体であり、なおかつ俺を憎んでいる。つまり怨霊になって地底に留まっている。以下同文。という可能性」
 一つ一つ声に出して言ってみた。いまいちぱっとしなかった。
 ぱっとはしない上に、この上なくろくでもない。
「だが」と独り言を言ってみる。「つじつまだけは合っている」
 この三つの仮説が今俺が置かれた状況を、恐らく最も合理的に説明できる。三つとも反証が出来ない。どれも現実にあり得る。それがちょっとした問題だ。
「だが」ともう一度言ってみる。
 仮にどれかが正解だとして、全て覚悟はしてた事だ。あいつが死んでたとしても、俺を殺したいほど憎んでたとしも。
 そうだろ?
 俺は、覚悟は、出来てる。
 ああ。出来てるさ。
 三つの仮説をお燐に確認するべきだ。俺の仮説が的中している確率が10%か5%か1%かはともかく、お燐が口を閉ざす理由が、もし俺への同情ならば、俺がお燐に覚悟を示せばいい。お燐は話してくれるはずだ。



「おまたせしました」
 さとりたちが広間に入ってきて、テーブルに歩いてくるまでの十数秒間がやけに長く感じた。
 お燐はやけに神妙な面もちで、さとりは何やら革の輪っかと紐を手にニコニコ笑顔で俺の前まで来た。 
 さあ、ここで訊けばいい。『トシ子は死んでるのか? それとも俺を憎んでるのか? 覚悟は出来てる』と。
 一切の曖昧さがないシンプルな言葉で訊けばいい。
 仮説が合ってれば、これで俺の二度目の旅も終わりだ。一度目の旅は百年単位だったが、今回はまだ半日だ。さっくり終わりが見えるなら、それはそれでいい。
 でもどうしてだ。
 嫌な汗が掌を湿らせてる。
 脚が震えそうだ。
 喉から先に言うべき言葉が出てこない。詰まってしまう。俺だって出来れば(^_^;)が死んでるやら、俺を憎んでるやら考えたくもない。でも言葉を組み立てた。シンプル極まりない質問を、どうにかこうにか組み立てた。
 本当にどうにかこうにかだ。さとりたちが広間に戻ってくるまでの間、お燐にぶつけるための質問を考える間中、俺は歯を食いしばってた。
 だってそうだろ。
 やっと会えると思ってたんだ。河原で名前を見つけたとき、もし一人だったら、俺は遠慮せず絶対嬉し泣きしてたぞ。
 九百年も探してたんだ。ずっとだ。それがやっと報われると思ってた。なのに、俺は訊かなきゃならないのか?
 あいつが死んでるとか、あいつが俺を憎んでるとか。
 だからって、どうしたよ。訊かないわけにゃいかないだろ?
「なあお燐」
 俺はいかつい面でもしてたのか、お燐はちょっくら緊張したみたいに背筋を伸ばした。ゆっくり揺らしてた二本の尻尾も行儀良く揃えられて、まっすぐ床を向いている。
 また不自然なリアクションだ。肝心の場面で俺を緊張させやがるこいつは。
 まるで、俺が何を訊こうとしているのかを、予想していたように見えちまう。
 だがそれだって俺の妄想じゃあないだろう。さとりから、俺がお燐を勘ぐっているのを教えられた可能性は高い。
「な、なんだいお兄さん」
「いやなに。後で温泉でも入り行かねえか。どうも昨日の酒が残ってて、すっきりしなくてな。お前も相当飲んでたろ」 
 俺は何言ってんだ?
 アホか。
 ちゃんと訊きゃあいいじゃねえか。なんで俺は訊かないんだ?
 怖いのか、訊くのが?
 ああ。そうだな。怖い。認める。俺は怖い。どしようもなく怖がってんだ俺は。
 あまりにも時間をかけすぎたんだ。長い時間をかけすぎた。
 今までの俺の人生の九割九分が(^_^;)を探すために使われてた。
 探し始めた最初は違ったはずだ。あいつが死んでても、俺を憎んでても、諦めはついたと思う。
 でもずっと希望は持ってた。またあいつに会えるって思ってた。本当にほんの僅かな希望だ。
 でもずっと、それにだけに縋っているうちに、希望が俺の全てになってたのかも知れない。
 九百年前から覚悟は出来てる? とんだお笑いぐさだ。逆じゃねえか。
 俺は九百年かけて、覚悟を必死に振り切るために、あるかどうかもわからない希望だけを追っかけ続けてきただけだ。
 俺はあいつに会いたい。俺を憎まないで居て欲しい。どうしても。
 どうしても。
「な、お燐、地底つったら温泉なんだろ?」
「う、うん。そうだけど」
「俺は二日酔いに良く利くツボ知ってんだ。湯に浸かりながら按摩してやるぞ。効果倍増だ」 
 両手をワキワキさせながら、んなどうでも良い馬鹿言ってる自分に、割かしうんざりする。
 結局へたれってのが俺って奴らしい。
「そんなの、エッチだよお兄さん。ダメだね」
 お燐はほっぺた膨らませて声をとんがらせ、さとりがそれを笑った。
 ああ、俺はどっちかと言えば、お前らのほっぺた膨らまして笑わせちまうくらい、エッチな奴かも知れないが、今はそれ以上に自分自身にうんざりしてんだ。いやうんざりして良いのかすらわからねえ。お前らから見たらヘラヘラくだらない事言ってるだけに見えるだろうがな。わかるか? わかんねえだろうな。いやわかるのか、さとりには?
「なら猫の姿に戻ってお風呂に入ればいいじゃないのお燐」なんて言うがな、さとりよ、それじゃ面白みも何もあったもんじゃないぞ。「あら、ワンちゃんさんはそれでは面白くないですか?」畜生め、やっぱ、しっかり読まれてやがる。
 ってことはだ。当然、俺がお燐に訊こうとした仮説もさとりは全てわかってるはずだ。
 その上でさとりは俺に何も言わない。もし俺が考えている仮説が、見当違いならば口に出して否定したって良いのにだ。
 なんでお前は俺の仮説を否定しないんだ? 
 なあ、さとり。
 もし違うなら、あなたの考えているような事はありません、くらい言ってくれたっていいじゃねえかよ。 
「まあ、面白くはねえな」
 全部読まれちまってるってのに、答えは与えられない。面白いわけがない。猫のままで温泉入るくらい詰まらねえ。
 だがお燐から答えを得ようとしなかったのも俺だ。本当に答えが欲しいなら、今すぐ口に出して言えばいい。
 しかし、俺は言わない。
 さとりに、この上無いへたれっぷりを現在進行形で読まれちまってる。
 だからさとり、お前も黙ってるのか?
 俺に同情してか? 
 なら、つまりは、俺の仮説は。
 正しいと言うことなのか? 
 おい、さとり。
「そうかも知れませんね。面白くないかも知れないませんね」さとりはため息を混じらせて言った。嫌みなほどの曖昧な微笑みでだ。
 そうか。 
 そうかい。
 俺の仮説を否定はしない。と、捉えて良いんだろうな、これは。
 否定はしない、でもはっきりと肯定もしない。
 さとりからは俺に言うつもりが無い。
 俺が訊く事でのみ、事実が確定する。
 その瞬間に俺が九百年縋ってた希望も、恐らく、完全に、終わる。
「面白くなくていいんだよさとり様~」
 お燐が暢気な声で抗議するのに、妙な腹立たしさを感じるのは、俺の未熟さか。
 全部知ってる癖に黙っていやがって。なんて思っちまうが、もし河原でいきなり三つの仮説のうちどれかを突きつけられていたら、俺はどれだけ落胆し、取り乱していたか、わかったもんじゃない。
 こいつらのやり方に救われてる部分は否定出来そうもない。結果的にでもだ。
 ああ畜生……。
「では、○○○さん早速出発しましょうか」
 さとりが俺の真ん前に近づいてきた。やけに近い。手に持ってる輪っかの金具をかちゃかちゃ弄ってる。
「あ? どこにだよ」
 今更、どこに行くってんだまったく。なんて思ってると、さとりの手で俺の首に輪っかが填められた。
 首に填める輪っか。首輪。まあ、首輪だな。金具がしめられた。
 間違いなく首輪だ。そして紐が付いてる。紐はさとりが握ってるわけだが。
 とりあえず意味がわからない。
 でも極平凡な日常の風景として、人間の里なんかで見かけなくもない。いわゆるワンちゃんが散歩させられるときのゴールデンファッションだ。つまりはそういう事なんだな。どういう事かわからんが。
「おい、こりゃなんの真似だよさとり、ていうかだな、行くってどこにだ」
「○○○さんは旧都の有力者へ訪問するつもりだったのではないですか?」
 そらお前が俺の仮説を半分肯定するまでは、の話だぞ。
 今更どこに探しに行くまでもないだろ。俺が一言、お前らに(^_^;)の事を訊けばいいだけだ。
 そうだろ?
「今日はさとり様が直接、鬼の所に案内してくれる事になったんだよお兄さん」
 そうだな。お燐、お前に一言訊けばそれで終わりなんだよ。
「さあどうしたのですか、お姉様を探しに行くのですよね、○○○さん?」
 さとりはご機嫌な様子。ったく何考えてやがんだこいつは。
 俺が言い出せないのを馬鹿にしてるつもりか?
 けど俺は、「ああ。そりゃな、探す。探すさ」意志を濁すしか出来ない。今日ほど自分に呆れた日はたぶん無い。「でもな、その前に教えてくれよ。この首輪と紐はなんなんだ」
「一度、犬の散歩というものをしてみたかったんです。旧都をご案内するついでにと思いまして」
 犬の散歩、とかあっさり言いやがった。実に楽しそうにだ。上等すぎる。
「おいおい、ちょっと待てよ冗談じゃねえぞ。嬉しすぎて逆立ちしてちびっちまいそうだ」
「はい、安心してちびったり、その他をしてください。ビニール袋とスコップも持っていきますので。マナーですよね」
「似合ってるよお兄さん、さあ行こうよ」
 お燐は無邪気なもんだ。元気いっぱい気味に、俺の手を引きやがる。
 俺はされるがままに椅子から立ち上ってしまっている。情けなくて笑けちまいそうだ。
 (^_^;)の身の上を聞き質し事実を確定させる勇気の無い今の俺には、成り行きに身を任せる他は無いらしい。
 なあ、さとり。お前はこんな俺の心を笑ってんのか?
 いや。まあ。
 それについてだけは、たぶん考え過ぎだ。
 さとりちゃんを見てみれば、まあ。
 俺の首輪に繋いだ紐を握りしめて、とてつもなくワクワク気味に目を輝かせてらっしゃりやがるわけだ。
 心を読めなくたってわかる。奴は犬の散歩をすることしか考えてねえ。
 もし俺がさとりの心を読めたとしたら、『とにかく理由はどうでもいいから犬の散歩をしてみたい犬の散歩をしてみたい犬の散歩をしてみたい何かを口実にして何が何でもどうやってでもこの白狼天狗を首輪に繋いで外に連れ出したい』と連呼している奴の心象を垣間見ることが出来る気がする。俺が言い出せないのを良いことに、これかよこいつは。
「だがな、ちょっと待て、首輪はねえんだよ色々と。こればっかりはマジでやめてくれ、はっ倒すぞ」
「じゃあ行くわよお燐、まずは勇儀の所ね」
「はーい!」
 聞いちゃいなかった。
 興奮して鼻息を荒くしたさとりが走り出し、首輪が実に勢いよくひっぱられた。
 脳震盪だ。見事に失神した。
 俺はそのまま引きずられてたらしい。気づいたら街の大通りに居た。
「らららん♪」と鼻歌まじりにるんるん気分でスキップするさとりに、ずるずる引っ張られていた。
 


後編へ続きます。 
胡椒中豆茶
[email protected]
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1850簡易評価
13.50名前が無い程度の能力削除
だんだん変な名前が気にならなくなって行く…
14.100謳魚削除
「ばつばつまるまるまる」さん、私の兄貴になっt(ry

前半で既に夢中になりました。
20.100名前が無い程度の能力削除
さとりちゃんったら、まあ。
21.100名前が無い程度の能力削除
ギャクセンスが冴えてるなwww
27.100名前が無い程度の能力削除
お空が爆発的可愛さ。
てか会話文のセンスいいなあ
29.100名前が無い程度の能力削除
冷や汗たらーで笑う事が出来ないぜ。
悲しすぎる俺の朝は一杯の乳茶から始まるのか?
次も大学内で捕まった男がリュックに入れていた五年前の物の臭いがしますように。
30.100名前が無い程度の能力削除
これほどニーズに対応できていないと思ったのは初めてだ・・……!!
どう考えても出オチなのに、そこから始まる天狗生とかどういうことなの……?
32.80床間たろひ削除
ふおおおおおおおおお!!?

なんぞこれ!? むっちゃ面白いぞ!?
やべぇ、○○○がかっちょよすぎる……

さて後編後編
37.100名前が無い程度の能力削除
なんだメチャクチャおもしれえ
ソフトじゃないよ、充分ハードよ
さて続き続き
40.100名前が無い程度の能力削除
自由奔放きわまりない文章が心地よかったです。
43.100名前が無い程度の能力削除
とりあえず脳内で(^_^;)を姉と読むように変換するのになれてしまった、後半にも期待します。