Coolier - 新生・東方創想話

科学世紀の幻想風景

2009/06/10 06:46:02
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それはまだ、二人が出会う前の話。


■宇佐見蓮子の場合

 子供の頃、私はよく遠くを眺めている子だと言われていた。
 普段の見慣れている街、その向こうにはきっと素晴らしい「何か」があるに違いない。そう信じてやまなかった。

 それは子供なら誰しもが抱く憧憬だったように思う。
 でも、私はそれを頑なに信じていた。

 あれはいつのことだったか。
 私の住んでいた街からは焼却場の煙突が見えた。当時はそれが焼却場だなんて知らなかったけど。
 その煙突は焼却場の無機質なシルエットも相まって非現実なものとして私の目に映った。お伽噺に出てくる塔のようだとでも思ったのだろう。
 そこにたどり着けば何か素敵なものがある。
 そう思えたのだ。

 地元の路線で二駅ほど。一人で電車を使うことなんて滅多にない当時の私にとって、それはちょっとした冒険だった。
 煙突は街の高台に位置する。土地勘も何もあったものではなかったが、ただひたすらに煙突を目指して歩いた。

 そうして煙突が間近に見える地点まで来て、そして―

 あの時の感情は、何だったのだろう。
 世界全てに対して「そんなものか」という落胆のような、投げやりさと諦めと悲しさと、それとほんの少しの苛立ちが混じったような気持ちがふつふつと湧いてきた。

 そこにはただの無機質な煙突が聳えるのみで、見たこともないような素晴らしいものなんて何処にもなかった。
 私は急に怖くなった。
 世界中から「そんなものはどこまで行っても存在しない」と馬鹿にされてるようで、それを認めるのが嫌で嫌で仕方なかったのだ。

 私は今でも、心のどこかで信じている。
 いつかきっと、素晴らしい何かと出会えることを。 

 それはまだ、私がマエリベリー・ハーンと出会う前の話。



■マエリベリー・ハーンの場合

 子供の頃、私はよく遠くを眺めている子だと言われていた。
 別に遠くを眺めていたわけではないのだけれど、周りにはそう見えたのだろう。

 それはふとした拍子に表れる。

 何の変哲もない日常で、不意に、自分がとても遠い所から来てしまったような錯覚に陥る時がある。自分は異国者で見知らぬ国に迷い込んでしまった迷子なのではないか、と。

 そんな時、私は空に目を向ける。
 いつからだろう。それが見えるようになったのは。


 無数の罅が―――空に―――

 
 何故そんなものが見えるのか、私には判らない。
 いつか、それが意味を持つ時が来るのかもしれない。
 そう思いながら、今日も私は空を見るのだ。

 それはまだ、私が宇佐見蓮子と出会う前の話。



(了)
はじめまして。
創想話への初投稿となります、サークル・星空亭の紡と申します。

とりあえず作品について。
作品内での二人の年齢はおおよそ9~10歳を想定して書いています。

今作の蓮子とメリーの話にはそれぞれ元ネタがありまして、蓮子は雑誌「新現実」で新海誠氏が描いた「塔のむこう」という漫画が根底にあります。
メリーは雑誌「ファウスト」で上遠野浩平氏が書いたピンクフロイドのレビュー記事より。

ここまで読んで頂きありがとうございました。
今後も秘封中心に投稿していこうと思います。

http://hosizoratei.blog.shinobi.jp/
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コメント



0.110簡易評価
1.40名前が無い程度の能力削除
物語の起としては素晴らしいと思います。
5.80名前が無い程度の能力削除
今後ともよろしくお願いします
6.80名無し程度の能力削除
蓮子の気持ちはよくわかります。
でも物足りないかな、続きが読みたかった。