Coolier - 新生・東方創想話

魔理沙、恋をする

2009/06/02 15:19:53
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「恋なんだぜ」
 神社に来るや否や、魔理沙はほんのり頬を紅くしつつ、溜め息混じりにそう呟いた。
「……いちいち言わなくても分かってるわよ。あんたが故意に私の饅頭を盗み食いしたってことくらい」
 とりあえずボケてみた。
「その故意じゃなくて、恋なんだぜ」
 魔理沙は再び、溜め息混じりに呟いた。
「鯉なら甘露煮が好きね。私は」
 もう一度ボケてみた。
「その鯉じゃなくて、恋なんだぜ」
 魔理沙は三度……はあ。
 一体何なんだ? 今日のこいつは。
 私がさして多くもない語彙を振り絞って懸命にボケてやっているというのに、ツッコミの一つも入れられないとは。
 ツッコミ魔女の名が泣くというものだ。
 って、元々そんな二つ名じゃなかったか。
 ……そういえば、『恋』と『語彙』も似てなくはないわね。
 よし、じゃあ今度はこれを使って……。
 私が三度目の正直に挑み始めたのと同時、
「……あれは今から、三十分ほど前なんだぜ」
 魔理沙はおもむろに語り出した。
 てか、三十分前て。
 つい今じゃん。
 ……とかなんとかツッコもうと思ったのだが、しおらしく俯いて、両手の人差し指同士をもじもじとつっつき合わせているこいつを見ていると、なぜだか何も言えなくなってしまった。
 ていうかあれ? こいつ魔理沙だよね?
 
 それはともかく。
 訊いてもいないのに半強制的に聞かされた魔理沙の回想を簡潔にまとめると、以下のようになる。

 
 ――遡ること三十分前。

 魔理沙は何か掘り出し物はないかと思い、香霖堂へと赴いた。
 その扉を開くべくドアノブに手を掛けようとした瞬間、扉が内向きに開き、魔理沙の右手は空を切った。
 バランスを崩し、前のめりに倒れそうになる魔理沙。
 しかし、魔理沙が転倒することはなかった。
 魔理沙の前には一人の人物が立っており、その人物が両手で魔理沙の肩を支えていたのだ。
 なるほど、その人物とは香霖堂を珍しくも訪れていた客であり、その人物が店を出る際、魔理沙より一瞬早くドアノブを引いたということだ。
 そして、その人物は魔理沙の肩を支えつつ、こう言った。

 「大丈夫?」


 以上。回想終了。
 って、それだけ!?

「それだけだぜ」
 ケロッと言う魔理沙。
「いや、それだけってあんた」
「本当にそれだけなんだから仕方ないんだぜ」
「……まあ、それならそれでいいけど。それが、さっきのあんたの台詞にどうつながっていくのよ?」
「だから、恋なんだぜ」
「だから、それはさっき……」
 ん?
 ……恋?
「あ、あんた、まさか……」
「…………」
「その人のこと、好きになったっていうの?」
「……うん」
 そしてなぜ乙女。

「う~ん……」
「なんだよ霊夢。変な顔して」
「いや、なんかピンとこないっていうか」
「なんだよ、私が恋しちゃ悪いっていうのか?」
「そうじゃないけどさ」
「じゃあなんだよ」
「いや……だってさ、たったそれだけで好きになるっていうのがどうも……」
「何言ってるんだ。倒れそうになったところを抱き止めてもらったんだから、十分過ぎるくらいだぜ」
 魔理沙の中では、いつのまにか抱き止められたことになっているらしい。
「じゃあまあそれはそれでいいけど、それで、その後はどうしたのよ」
「その後?」
「だから、抱き止められた後」
「あー……」
 魔理沙は右斜め上を仰ぎながらぽりぽりと頬をかいた。
 こいつは都合が悪くなると大抵この仕草をする。
「それが……」
「それが?」
「……逃げちゃった」
「え?」
「だって、恥ずかしかったんだぜ……」
 魔理沙は両手で帽子のつばを下げると、それをぎゅっと握り締めながら呟いた。
 ……聞けばこの乙女、倒れそうになったところを助けられた上に声まで掛けてもらったのに、「あっががっがあっががっが」と声にならない奇音を発し、そのまま礼も言わずにダッシュで逃げ去ったらしい。
「そしてその勢いのままこの神社に駆け込んで今に至る、と」
「……うん」
 今度はなぜか、少し拗ねたような口調で言う魔理沙。
 頬を少し膨らませ、それでも両の人差し指はつんつんとつっつき合わせたまま。
 ああ、なんか背中がカユくなってきた。
「まあ、いわゆる一目惚れってやつね。そんなにかっこいい人だったの?」
「うーん……よくわかんないぜ」
「え?」
「いや、一瞬しか見てないし……」
「…………」
 一瞬しか見てない相手に、一目惚れなんてするのだろうか?
 いや、一瞬しか見てないからこそ一目惚れなのか?
 ああ、なんかようわからんくなってきた。
「あ、ちょうどあんな感じのやつだった……ぜ……」
「うん?」
 そう言って魔理沙が指差した先には、一人の参拝客の姿があった。
 賽銭を入れたところなのだろう、パン、パンと拍手をしている。
「ああ、あの人。最近よく参拝に来てるわね」
「…………」
 年齢は二十代後半といった頃合だろうか。
 背はそこそこ高く、体型は細身だけど引き締まった感じ。
 顔もまあ、悪くはない。
 いや、どちらかというと男前と言っていいように思えた。
 私も、境内を掃除している時に挨拶ぐらいは交わしたことがあるので、よく覚えている。
 もっとも、この神社の数少ない参拝客の一人ということで、若干贔屓目の評価になっているかもしれないが。
「ふーん。ああいう感じの人なのね……って魔理沙!?」
 見れば、隣の魔理沙に明らかな異変が生じていた。
 顔は茹蛸のように真っ赤になり、全身が小刻みに痙攣している。
「ちょっ、ど、どうしたのよ?」
「あ……あ……」
「あ?」
「あいつだ……」
「え?」
「だから! あいつなんだ! 私が、さっき、その……」
「えっ!」
 反射的に、私は先ほどの参拝客の方を見た。
 彼はもう参拝を終え、鳥居をくぐって帰って行くところだった。
 慌てて魔理沙の方に向き直る。
「ちょっと魔理沙!」
「ふぇ?」
「何腑抜けた声出してんのよ! あの人帰っちゃうわよ?」
「え? え?」
「だから! 追いかけなくていいの!? って聞いてんの!」
「お、追いかけ……」
 そこでまた、かああと顔を赤くする魔理沙。
「む、無理だぜぞんなの! 恥ずかしすぎて死ぬぜ!」
 魔理沙は帽子のつばを両手で持ち、思いっきり深く被ると、そのまま縮こまってしまった。
「…………」
 やれやれ。
 さっきまで得意気に「恋なんだぜ」とか言ってたくせに、いざ本人を前にするとこの体たらくか。
 まったく、仕方のない乙女だ。

「……なあ、霊夢」
「ん?」
 ようやく心臓の鼓動が収まったのか、普段の顔色を取り戻した魔理沙が声を掛けてきた。
「……あいつ、よく来てるって言ったよな」
「うん」
「どれくらいの頻度で来てるんだ?」
「週一ってとこね」
「週一か。多いな」
「うん。もうここ一年……いや、そんなにではないかな? とにかく結構前から来てるから、覚えちゃった。毎週日曜の午後に、ほぼ必ず来てる」
「ふーん……」
「…………」
「…………」
「…………」
「な、名前とか……分かんないよな?」
「分かるわけないでしょ」
「だよな……」
「…………」
「…………」
「まあ、あの人なら多分来週も来るから、その時までにどうするか決めておけばいいんじゃないの?」
「……どうするか、って?」
「だから、告白するのか、やめるのか」
「こっ……KOKUHAKU!?」
 なぜ英語。いや英語ちゃうけど。
「お、おま……そんなとてつもないことをさらっと言うなよ! 死ぬかと思ったじゃないか!」
「いや、そんなとてつもないか? つかあんたさっきから死にすぎ」
「恋する乙女は、いつだって命懸けなんだぜ」
 うわ、ついに自分でも乙女とか言い出しやがった。
 しかし妙にうまくまとめられた気がしてちょっと悔しい。
「ま、好きにすればいいわよ。どのみち私には関係ないし」
「うー……霊夢、冷たいぜ」
「そんなこと言われても」
 私にどうしろと。
「…………」
「…………」
 沈黙すること暫し。
「……まあでも、うん、そうだよな」
 不意に、魔理沙はがばっと立ち上がった。
「やる前から諦めるなんて、私らしくない」
 その瞳には、確かなパワーが溢れていた。
「一週間、考えに考えて、最高の告白文を作ってみせるぜ!」
 とびっきりの笑顔で言うと、次の瞬間にはもう夕暮れ空に向かって飛び去っていた。
 うーん。
 この切り替えの早さも、恋の為せる業なのだろうか。

 それから一週間、魔理沙は神社に来なかった。
 今までは週に二、三日は来ていたことを考えると、魔理沙の本気度が感じ取れた。


 ――そして、再び巡ってきた日曜日。

 その正午に、再び恋する乙女はやってきた。
「できたぜ!」
 弾けるような笑顔と、何やら文字がびっしり書き込まれた便箋を携えて。
「なになに、『拝啓 お元気ですか? 私は元気です』……」
「ってうおお! 何普通に読んでんだこら!」
 幻想郷最速の挙動で私から便箋を奪い返す魔理沙。
「あら。てっきり私に添削してほしいのかと」
「んなわけあるか! どこの世界にラブレターの添削を頼む馬鹿がいるんだ!」
「そうかしら? ってか魔理沙」
「あん?」
「あんた、手紙渡すつもりなの?」
 そういや「告白文を作ってみせる」とかなんとか言っていたっけ。
「そ、そうだけど」
「…………」
「な、なんだよ? 駄目なのか?」
「いや、別に駄目ってんじゃないけど」
「じゃあ、なんだよ?」
「いや、どうせなら……やっぱり直接、口で伝えた方がいいんじゃないかなって」
「く、くちで!?」
「だってほら、その方が気持ちが伝わりそうな気がしない?」
「え、で、でも……」
 みるみるうちに魔理沙の顔は紅潮していく。
「む、無理だ無理だ無理だ! 面と向かって告白なんて……」
 魔理沙は帽子のつばを両手で持つと、ぶんぶんと大きく頭を振った。
「お前分かるか? この手紙書くだけでも一週間かかったんだぜ!? なのにお前、口で言うなんて……」
 そんなのできるわけがない、と小さく呟くと、魔理沙はぎゅっと唇を噛み締め、俯いてしまった。
「……まあ、そこまで言うなら無理にとは言わないけどさ。前にも言ったけど、私には関係ないし」
「うぅ……」
「確かに、テンパッて何も言えなくなるよりは、手紙の方が確実性は高いかもね」
「…………」
 一応フォローをしてみたつもりだが、あまり効果はなかったらしい。
 魔理沙は俯いたまま、黙りこくっている。
「……それにしても」
 私は賽銭箱のある、神社の本殿の方へ目をやった。
「今日は、遅いわね……」
 時刻はもう二時。
 いつもなら、とっくに参拝に訪れている頃合なのだが。

 
 ……その日、結局“彼”は来なかった。

 
 魔理沙は、がっかり半分、安心半分といった表情で、
「まあ、仕方ないな」
 と、自分に言い聞かせるようにして帰って行った。
 少し無理をしているようなその笑顔が、ちょっぴり胸に痛かった。


 そしてまた、魔理沙の来ない一週間が過ぎ――日曜日。

 昼頃、魔理沙は神社に現れた。
 先週までとは違い、確かな決意の色を、その瞳の中に宿していた。
 そして、先週との相違点がもう一つ。
 この日の魔理沙は、身一つで来ていた。
 つまり、魔理沙が手に持っているのは、いつもの箒だけ。
 この時点でほとんど予想はついていたが、私は一応聞いてみた。
「あんた、手紙は?」
「捨てたぜ」
 即答した。
「そう」
 後は何も聞かなかった。
 それだけで、魔理沙が何をするつもりなのか分かったから。
「今日は、来るといいわね」
「……ああ」

 ……待つこと暫し。

「きた!」
「え」
 魔理沙の声につられて、本殿の方向に目をやる。
 二週間ぶりの、“彼”の姿がそこにあった。

 ……が。

「…………」

 魔理沙が絶句した。
 
 “彼”のすぐ隣には、“彼”と同じ年頃の女性が居た。
 そして、その女性の腕の中には、すやすやと眠る赤ちゃんが抱かれている。

「……こ、これって……」

 私はどうしていいのかわからず、とりあえず魔理沙の方を向いた。
 魔理沙は黙ったまま、真剣な眼差しで、三人を見据えていた。
 仕方なく、私もそれにならった。
 やがて、ぽつりぽつりと会話が聞こえてきた。

「……でも知らなかったわ。あなたがずっと、ここでお祈りしてくれてたなんて」
「いやあ、俺に出来ることなんて、このくらいしかなかったからな」
「でもそのお陰で、ほら」
「ああ、こんなに元気な子が産まれてくれた」
「しっかりお礼を言わないとね。神様に」
「ああ。そしてこれからも、この子を見守ってくださるように、またお祈りもな」
 二人は同時に賽銭を入れると、息ぴったりの呼吸で二礼、二拍手、一礼を行った。
 そして、一分ほど無言でお祈りをした後、
「……じゃあ、行こうか」
「ええ」
 手と手をつなぎ、来た道をゆっくりと戻っていった。


「…………」
「…………」 

 どれくらいの時間が経ったのだろう。
 意を決して私が口を開こうとした、その時だった。

「いやあ、まいった、まいった!」
 バカにでかい声で、魔理沙が言った。
「まさか奥さんがいて、子供までいたとはなー。これじゃあ流石にどうしようもないぜ」
「…………」
「まあでも、奥さんの安産を願ってずっとお祈りしてたなんて、すっごくいい奴だよな! やっぱり私の目に狂いはなかったってことだ! な、霊夢!」
「…………」
「は~。なんかどっと疲れちゃったぜ」
「…………」
「さ、今日はもう帰って寝……」
「…………」
「……霊夢?」
 それはまさに反射的行動だった。
 気付くと、私は魔理沙を抱きしめていた。
「な、なんだよ」
「…………」
「わ、私を心配してくれてるのか? でも別に、私は……」
「……魔理沙」
「…………」
「泣け」
「!……」
「あんたの恋がどうなろうと、私には関係ない。でも、あんたが元気かそうじゃないかは、私に大いに関係がある」
「…………」
「だから、泣け」
「…………うっ」
 魔理沙の肩が震えた。
「ふっ、ぐっ……う、うわあああああああん!」

 魔理沙は泣いた。
 さんざっぱら、泣いた。
 こいつがこんなに泣いたのなんて、いつぶりだろう。
 
 私は魔理沙の髪を撫でた。
 まるで子どもをあやすように。
 
 でも、私はちゃんと知っている。
 もう魔理沙は、子どもじゃないってことを。
 
 恋の痛みは、必要な痛み。
 いずれは誰もが味わうことになる、ほろ苦い痛み。

 だから私は、たった一言。

「お疲れ様、魔理沙」

 そう、呟いた。



 ――翌日。

 何事もなかったかのような顔で、今日も魔理沙は神社に来た。
 日曜日以外に来たのは久しぶりだ。

 私と魔理沙は、いつものように他愛のない話をして、笑って過ごした。
 今までと、全く同じように。

 楽しい時間ほど、過ぎるのは早い。
 気付けばもう、夕暮れ時となっていた。
 
 帰り際、魔理沙は私に背を向けたまま、言った。

「なあ、霊夢」
「ん?」
「……私は……」
「…………」
「…………」
「…………」
「私は……次はもっと、素敵で無敵な、恋をするぜ」
「……素敵な恋、はまだ分かるけど……無敵?」
「無敵だぜ」

 魔理沙はくるっと振り返った。
 夕陽に照らされた金髪が、紅く輝いていた。

「恋をするとな、無敵になれるんだ。向かうところ敵なしってな具合に。その気になりゃ、空だって飛べるんだぜ」
「……空は元から飛べるでしょ」
「あ、そうか」
 ぺろっと舌を出す魔理沙。
「ま、とにかくそんな感じなんだ。だから私は、また恋をする、いや、してやるぜ!」
 
 箒に跨り、宙に浮く。

「なぜなら私は……」

 空中で反転し、顔だけ振り返る。

「恋色の魔法使いだからなっ!」

 それはまさに、無敵の笑顔だった。





染まる恋色の夢
こわれないでマイハート
もっとそばにいさせてほしいけど
すぐサヨナラが来るから

         ~ コイイロノユメ by SOUND HOLIC ~

この曲を聴きながら書いた作品です。
大変素晴らしい楽曲ですので、皆様も是非聴いてみて下さい。
それでは、最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。
まりまりさ
簡易評価

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コメント



0.2210簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
魔理沙が健気で可愛すぎる……。・゚・(ノ∀`)・゚・。
8.80名前が無い程度の能力削除
コイイロノユメ支援~♪
10.90名前が無い程度の能力削除
霊夢の魔理沙抱きしめながら言ったセリフと最後のセリフにぐっときた…!
せ、せつねえ…!
よし魔理沙次は俺に(ピチューン
11.80名前が無い程度の能力削除
危なく俺の嫁をもっていかれるとこr(ry
魔理沙可愛いよ魔理沙
14.90名前が無い程度の能力削除
恋する乙女は無敵であるという話
オチも含めて定番だが、それがいい
20.100名前が無い程度の能力削除
霊夢かっこいいな。女の子のしつこくない友情とか憧れます。
28.90名前が無い程度の能力削除
なぜなら私は~の所でパワードスーツに身を包んだ某米国大統領思い出して吹いたw
29.100名前が無い程度の能力削除
もぉお前ら結婚しちゃえよ・・・ってこれは百合ではないですな。
けなげな乙女魔理沙と男前霊夢。良い組み合わせだ。
38.100名前が無い程度の能力削除
「あんたの恋がどうなろうと、私には関係ない。でも、あんたが元気かそうじゃないかは、私に大いに関係がある」
この台詞大好きだ。霊夢と魔理沙の絆の強さを感じたぜ!
41.100名前が無い程度の能力削除
霊夢さんぱねぇっす