Coolier - 新生・東方創想話

スリーピング・ビューティーズ

2009/05/26 00:20:18
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 陽の光も暖かな、麗らか過ぎるお昼時。



 蛇と蛙のアップリケが散りばめられた手提げを片手に、鼻歌を口ずさみつつ飛ぶ。
 用事――里の分社の手入れ――を終え、神社へと向かっているのだ。
 そう、向かっている。帰っている、じゃない。

 故に、横ぎった木の上、巣でうとうとしていた雀を驚かせてしまったのは不可抗力と言える。

「ごめんなさい!」

 錯覚だろうか。
 視界の隅に、首をきょろきょろ動かしている彼、或いは彼女が入った。
 余計に驚かしてしまったかな、と苦笑する。

 速度を上げる。
 風が、より強く向かってきた。
 髪がなびく程度でどうと言う事もなし。

 更に速度を増した。





 瞳に赤い鳥居が映る。
 其処から眺めれば、この世界を一望できる箇所。
 この幻想郷で、最も桜が美しく花咲く場所――「もう、散っちゃってるけど」。





 そう、博麗神社へとやってきた――。





 速度を落とし、境内へと舞い降りる。
 靴に返ってくる石畳の表面が比較的ごつごつしているように感じられた。
 此処に来るヒトのほとんどが、境内に降り立つことなく本殿へと向うからだろうか。

 本殿、じゃないか。あの人は縁側に居ることが多い。

 もう掃除は終わったのだろう、石畳の道には落ち葉も余り見当たらなかった。
 小さな階段を上り、簡素な賽銭箱に向き合う。でも、ぴかぴかだ。
 袴から蝦蟇口を取り出し硬貨を放り込むと、乾いた音が響いた。
 目を閉じ、手を二三度打ち鳴らす。

 想いを思い、祈りを唱えた。

 ――の後に、ひょいと賽銭箱を覗き込む。先程投げ入れた硬貨が我が物顔で広い空間を満喫していた。さもあら……ん?

「あれ、意外……って言うのも失礼か。誰か来てたのかな」

 独り言に応える者はいない。
 それもそうかと苦笑し、縁側へと足を向ける。
 結局、自身、用があるのは此処の神様ではなく、祀る者なのだ。

 他の方と違うのは――。

 柔らかい風を感じながら、歩く。
 境内を進んでいると、一つ新しい発見があった。
 桜だけじゃなく、代わりとばかりに萌ゆる新緑も、此処は美しい。
 ……贔屓目じゃないですってば。
 秋の景観ならば負けないぞ、と心の中で呟いた。だから、贔屓目じゃない。

 歩く。
 弾むように歩く。
 走りださないよう気をつけながら、歩く。

 予想通り、願い通り、祈り通り、彼女は其処に居た。



「こんにちは、霊夢さん」



 守矢の風祝、東風谷早苗は、博麗の巫女、霊夢さんの元へとやってきた。



 が。
 返事はない。
 彼女は舟を漕いでいた。

「……お昼寝中ですか」

 微苦笑と共に距離を詰め、……思い出した。
 『寝ている彼女へと近づくのは危険』。
 誰が言っていたんだっけ。

 足を止め、記憶を探る。

 証言A。『寝ていると思って傍に置かれた饅頭に手を出したら吠えられた。マジで怖かった』
 証言B。『何時も通り挨拶したのに、正確にお札を投げられた。ほんとは鳥目じゃないのかなぁ』
 証言C。『針を避けたらスペルカードを使われたわ! あたいったらサイキョーね!』
 証言D。『お勤めをせず居眠りされていましたよ。いい御身分ですねぇ。私も見習い……あれ、ナイフが周囲に?』

 ……Dは何か違う気がする。

『……貴女がそれを言う?』
『じゃあ、昼寝も一緒にしましょ』
『ば……! 客人の前で変な事言わない! ま、まぁ偶に』

 うん、違った。

 このままではずるずる色々な方面からの証言を思い出しそうで、私は頭を振ってそれらを追い出した。

 彼女の弾幕、及びスペルカードは強烈だ。
 また、実感として妙に避けにくく、弾きにくい。
 とは言え、最近のごっこ遊びの戦績はほぼ五分五分なのだが。

 むんっ、と両拳を握り小さく気合を入れ、近づく。

 5メートル。傍の緑茶からは、もう湯気も立っていない。
 4メートル。おやつのチョコは少し溶けているようだ。
 3メートル。……チョコ、まだあったのか。
 2メートル。美味しそうだなぁ。
 1メートル。

 ……あれ?

「霊夢さん……?」

 身を屈め、寝息を立てる彼女の顔を覗き込む。
 可愛らしい寝顔で、ご馳走様。いやいや。
 美味しそうだなぁ。いやいやいや。

 息がかかりそうな距離。だと言うのに、目覚めない。

 柔らかい風が吹く。
 緑の髪と黒の髪が、触れた。
 それでも、彼女は起きない。



 ――溜息一つを零し、私は盆のない左隣に腰をおろした。



 ちらりと彼女を見る。

 何時も通りの巫女服は、今ならばそう寒くもなく暑くもなく適しているだろう。
 実際、似たような服装の私は快適に過ごしている。
 冬場は少しスースーしたが。

 視線を下ろすと、右の袖口に解れを発見。
 何度も直しているのだろう、目を凝らせば小さな針穴が幾つも見えた。
 綺麗な個所と、そうでない箇所。練習後と前。だと思う。
 だとすれば、この解れは偶々忘れていたのか。
 生憎と、裁縫道具は手提げに入れていない。

 ……いや。針ならあるか。糸も、まぁあると言えばある。

 そっと彼女の袖を探る。針は、予想通りあった。
 霊力が込められていないため、ただの針。
 次に、自身の袖の糸を解く。

 するする、するする。

 針穴に糸を通し、……ふと、思う。この針、裁縫用のだったんだ。

 ふるふる、ふるふる。

 頭を小さく振り、余計な事を彼方へ飛ばす。
 意識を尖らせ、袖口に針を通す。
 生地の厚みの為か、微かな抵抗があった。

 ちくちく、ちくちく。

 解れは解れであり、つまり、差ほど時間はかからず縫い終わる。



 やはり、彼女は起きなかった。



 うつらうつらと舟を漕ぐ彼女を見つめる。

 長い髪は綺麗で、少し癖っ毛な私は純粋に羨ましく思える。
 上から指を通せば、恐らく、抵抗なく下へと落ちていくだろう。
 『巻いてみたい』などと言う発言を耳にした事もあるが、その時は全身全霊全奇跡を動員してお止しよう。

 私は本気だ。

 『射干玉の髪』。
 頭に、そんなフレーズが浮かぶ。
 或いは漆黒。見つめ続けていると、そのまま飲み込まれそうな、あ、枝毛が。

 しかも、三股に分かれている。

 陽の光は当たっているが、浴び過ぎていると言う程でもない。
 シャンプーやコンディショナー……は、そもそもないかな。
 栄養が足りていないのか、偏っているのか。

 後者かな――彼女を挟んで左側にあるお菓子を思いだし、苦笑した。

 ――耳に、また微かな寝息が届く。

 彼女の寝顔は、幼いとさえ思える。
 何処にでもいそうな、ある意味普通の少女の面影。
 普段の弾幕を張る彼女との比較ではない。

 そう。普通なのだ。この博麗霊夢と言う少女は。

 目鼻立ちならば、それこそ白黒魔法使い――魔理沙さんの方に分がある。
 彼女はよく自身の事を『普通だぜ』と片づけるが、私から言わせればとんでもない。
 一緒にいる事が多い七色人形遣い――アリスさんと同じく、美人だ。

 よくよく思えば、この幻想郷には女の私から見ても魅力的な方が多い。

 私の周りだけでも神奈子様、諏訪子様――と、挙げるときりがないので止めておこう。

 そんな中にあって、彼女は『普通』だ。
 客観的に見れば、目を惹くのは先程も羨ましく思った髪だけだろう。
 或いは、それさえも私の贔屓目で、他の人から見れば『普通』なのかもしれない。

 甚だ失礼な事を考えながら、寝顔を見つめる。

 弾力のありそうな少し赤みのある頬に、小さな小さなにきび痕。一つ、二つ。

 あぁ。
 だと言うのに。
 私は、こんなにも――。



 手を伸ばす。
 頬に触れる。
 顔を近づける。
 髪と髪が、触れた――。



「ん……」
「……霊夢さん?」
「れいむ、は、わたし……」



 むにゃむにゃとした呟き。



「魔理沙さん」
「まりさは、あく、ゆう」



 小さな呟きは、けれど、こんなにも近いから、届く。



「アリスさん」
「ありすは、むかし、なじ、み」



 近いから、風に微かに揺らされた彼女の額が、私の額に、当たった。



「……さなえ」



 だから、私は――。



「さなえは、ともだち」



 私は、そっと彼女の髪に触れ、そのまま、抱いた。

 ふくの、きじは、あつい、だけれど、しっかりと、かのじょの、こどうは、つたわって、くる。
 おもった、とおり、かみは、ていこうなく、すんなりと、うえからしたに、ゆびを、とおす。
 まぢかでみたかのじょのえがおは、やはり、だれよりも、きれいでかわいいと――想えた。

 もう一度、離した指を髪に流す。

 射干玉の髪は、一筋だけ、更に黒くなった。



「霊夢さん。
 私も、眠たくなってきました。
 だから、このまま、お昼寝させて頂きます。
 ふふ、こんなに近くで話しているのに起きませんね。
 警戒心がなさすぎて、何もする気になれませんよ、全く!」



 眠る彼女に、嘯く私に、また、優しい風。
 風は頬に触れ、通り過ぎる。
 だから、もう――。



「……お休みなさい、霊夢さん。
 貴女はわたしじゃおこせないけど。
 わたしは、あなたがおこしてくださいね」



 ――もう、頬は乾いていた。



「おやすみなさい、わたしの、わたしのじゃない、ねむりひめ……」










 一人が寝続け、もう一人が眠りに落ちた頃。



 二つの影が彼女達を覆う。



 ――霊夢。紫様が珍しく仕事の話があるそうだ。珍しく。
 ――大事な事なのね、藍。……あら、まぁ。
 ――三回言ってもいい位です。……おや、是は。
 ――帰りましょうか。流石に起こしただけで‘夢想封印‘を浴びたくないわ。
 ――この前、それで倒れないからって‘封魔陣‘もぶつけられてましたねぇ。
 ――痛かったわ。貴女はただの弾幕だったのに。ずるい。
 ――危険度でわけているんではないでしょうか。ともかく、可愛らしい絵ですね。
 ――逃げたわね。……まぁ、いいでしょう。帰るわよ、藍。
 ――眠り姫もかくや、と言った所でしょうか。橙ならば起こすのですが。ガチで。
 ――言い方に淀みがないわねぇ。それと、訂正しなさい。
 ――セメントで。
 ――そっちじゃないわよ。『眠り姫』を訂正しなさいと言っているの。
 ――はぁ。姫ではなく巫女だからでしょうか。
 ――違うわ。霊夢は霊夢。早苗は早苗。彼女達は彼女達よ。



 ――『眠り姫』如きと一緒にしないで頂戴な。



 ヒトリが姿を消し、もうヒトリが追った後。



 一つの影を、大きな影を、優しく柔らかい結界が、覆った。






                      <了>
パロディがない、だと……? そもそもタイトルがパロディですね、三十四度目まして。

Q:このお話は何がしたかったの?
A:静かにいちゃつかせたかった。

あと。タイトルで青髪の巫女を思い出した方は、って、あぁ! おキヌちゃんって早苗さんと霊夢の子供だったんだ、ひゃっほーい!

以上
道標
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コメント



0.2340簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
レイサナ分補給完了だ
あとゆかりん優しいな
3.100名前が無い程度の能力削除
切なーい。過去作と世界観が共通ならこの霊夢さんの恋愛観は至って”普通”ですもんね。
せめて夢の中だけでも早苗の願いが叶います様に。

素敵なお話有難うございました。
15.90名前が無い程度の能力削除
レイサナ! レイサナ!
相変わらず素敵な関係ですね。
18.90名前が無い程度の能力削除
おお、綺麗な話だ。
情景が浮かび上がってくるようですた。
19.100名前が無い程度の能力削除
レイサナではない!サナレイだ!!と必死に主張してみる。

……珍しく紫がいいトコ見せてくれました。
21.100名前が無い程度の能力削除
紫が空気を読んだ、だと……?

良いサナレイでした(・∀・)イイ!!
47.90名前が無い程度の能力削除
早苗さん、頑張ってDの証言を詳しく聞き出すんだ!
59.100名前が無い程度の能力削除
いいんじゃない