Coolier - 新生・東方創想話

咲夜×運命

2009/05/26 00:03:35
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貴方にとって、“運命”とはどんなものだろうか?


避けようが無い、既に起こることが決定している絶望?


それとも、努力によって変える事ができる希望?


ともあれ、人によって様々な運命観があるだろう。


ではこの少女にとっては?


これは、ちょっと昔。

十六夜 咲夜がまだメイド長では無く、瀟洒でも無かった、子供の頃の物語。









村を追い出されてから、もう何日経っただろう。
足はクタクタ、頭の方も上手くものを考えられなくなってきた。

そして何よりも空腹だ。

食べるものが無かったわけじゃない。
キノコに木の実、この辺りは自然に溢れている。

だが駄目なのだ。アレを食べていない、血が滴るようなアレを…。



そう、私は今、猛烈に



「肉が、食べ、たぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!」




「うう~、叫んだってお腹は減るばかりね…。どっかにお肉落ちてないかなぁ…。」

勿論、落ちているはずは無い。が、こんな台詞を本気で言わせる程に、咲夜は追い詰められていた。
たかが肉抜きと侮ることなかれ、肉が無ければ子供は死んでしまうのだ。

「なけなしの体力で作った罠には何も引っかからないし…私、死んだかなぁ…。」

「うう…こんなことなら“時止めでカンニング!!難問など無駄無駄ァ!!”とかしなき
ゃよかった…。まさか友人経由でバレるとは…。」

「でも、私負けない!!だって咲夜は強い娘だもの!!」

十六夜 咲夜 余り頭はよろしくなかった模様である。


ぐぎゅるるるるる~~
「…とりあえず、負けない為にもお肉が必要ね。」

咲夜は再び歩き始める、まだ見ぬ肉を喰らう為に。

…“運命”を変える為に。








「駄目ね…戦果ゼロだわ…」

新たに罠を作ったり、自作の石器で狩りに挑んだりしてみたものの、肉は得られなかった。
それもそのはず、前者は作りが荒く、獣を閉じ込められる強度をもっていなかったし、
後者は、足がフラフラの人間に狩られてやる間抜けなどいなかったからだ。


「お腹が空いてちゃ、時も止められないし…私に狩りなんて無理だったのかしら…。ん?」


その時、咲夜に電流走るッ…!!


「そう…“狩り”は無理なのよ。つまり…」


「狩れないのなら、奪い取ればいいじゃない!!」


「問題は誰から奪い取るかだけど…やっぱりいっぱいある所から持っていくのが、瀟洒なオンナのたしなみよね!!」
「…そういえば、昔聞いた“紅魔館”の話…悪魔が住んでるらしいけど、お肉はいっぱいありそうね。」

「幸い、場所もここから近いし…よし!!目標変更!!“おにくをころしてでもうばいとる”に決定!!進路、紅魔館へ!!」






「…やっと着いたわ、ここに来るまで何度気絶しかけたことか…。」

言葉とは裏腹に、咲夜は元気だった。

人の足を止めるのは絶望ではなく諦め、という言葉がある。
つまり、諦めず肉という名の意志を持った咲夜は“運命”を捻じ曲げ、半永久的に活動を続けるということだ。

「しかし、そんな日々も今日までよ。この館から肉という肉を略奪し、全て私の栄養源に変えてやる!!」


(さて、どこから進入しようかしら…)

館の周りは高い塀に囲まれており、横、裏手からの侵入は不可能。となると、正門から入るしか無いわけだが…

(これだけ大きい屋敷なら、門番ぐらいいるよね…。)


とりあえず見に行くと、やはり門番らしき中華風の妖怪がいた。

(うわ、仁王立ちしてる。こりゃ、突破は無理かな…ん?なんか声が…)


「むにゃむにゃ…もう食べられませんよ~…zzz」


(ナイス国宝級寝言!!)
流石は幻想郷である。






そんなこんなで進入成功。目指すは厨房、である。

(あの門番、起きる気配も無かったな~。そんな適当な仕事で良いんだろうか?)

私が上司だったら絶対お仕置きしてるな、と思いながら探索を進めていると、
前方から話し声が聞こえてきた。

(誰かいる…何話してるんだろ…?)


「…でさ~アタシ、言ってやったのよ、“働きたくないでござる!!仕事めんどいでござる!!”って。」
「アンタ…何でここのメイドやってんのよ…。」
「決まってるじゃない、出てくるご飯が美味しいからよ!!」
「食事目当てってアンタ…」
「じゃあ何よ、そういうアンタは真面目に働いてるっていうの?」
「働きたくないでござる!!(即答)」


(うわ~駄目人間(?)の溜まり場だぁ…。)

それから暫らく雑談を交わした駄メイド達は、何処かへと歩いていった。


「ふぅ、逆方向に行ったか…いくら駄メイドとはいえ、見つかったら不味いわね…。」

これだけ大きな館ともなると、メイドも沢山いるのだろう。
しかし、咲夜はそれを逆手に取る作戦に出たのだ。

「そうだ!木を隠すには森の中。メイドに変装すればいいのよ!」

この指揮系統の適当さから見て、メイドが一人増えたところで、気付く者はいないだろう。

「メイド服も、探せば一着ぐらい余りがあるだろうし…色々と、パーフ
ェクトな作戦だわ。ほんと、私ったら天才ね!!」

早速、某勇者よろしく、人の部屋に侵入しクローゼットを物色していると…あった。
妖精サイズらしく、小さめに作られているが、子供である咲夜には丁度良いサイズだった。

ヘッドドレスを着け、ニーソックスを履けば、そこには立派な少女メイドがいた。

「…完璧ね。後はお肉を頂戴するだけだわ。」


果たして、変装は完璧であった。数人のメイドとすれ違ったが、ばれるどころか、怪しまれすらしなかった。
げに恐ろしきは、紅魔館の適当さである。

「安心して館内をうろつき回れるようになったのはいいけど、厨房
が見つからない…この館広すぎでしょ、常識的に考えて…。」

略奪者の辞書にも、常識という言葉はあったらしい。

「むぅ…こうなったら新人メイドを装って、厨房の場所を聞くかな…。」

しかし、誰に聞こうか?メイドに聞くのは危険だ。メイド同士、新人で無い事がバレるかもしれない。
逆の思考で、館の主というのも勿論論外だ。流石に、雇用した者の顔ぐらいは覚えているだろう。

(となると、狙うは中間…メイドではなく、主でもない者…。)

実は既に、メイド達の会話から目星をつけていた。ここ、紅魔館に居候しているという魔女。動かない大図書館、
パチュリー・ノーレッジ…の使い魔、小悪魔である。

(引きこもりが厨房の場所知ってるわけ、無いよね。)

しかし、パチュリーの身の回りの世話をしているという小悪魔なら、厨房の場所ぐらい知ってそうだ。

(大図書館ならさっき通ったし…決まりね。)





ギギギギィィィィ~~~~~………

扉を開けると、そこには広大な空間、そして大量の本棚があった。


(…っていうか埃っぽ!!あの駄メイドども、職務怠慢ってレベルじゃねーぞ!!)

文句を言っていても埒が明かないので、奥へと進んで行く。
話によると小悪魔は、一日の大半をこの図書館で過ごすらしい。

(…肺を悪くしそうね。というか喘息持ちをこんな環境に置いたら駄目でしょう…。)

あまり大きく息を吸わないようにしながら、図書館の中心部を目指す。するとそこには…


「ゲホッ!!ゲホッ!!グヘッ!!ゲホゴホガハッ!!…むきゅ~」

(めっさ苦しんでいらっしゃるー!!)

咲夜は当初の目的も忘れ、紫髪の少女の背を撫でる。

「ああもう大丈夫!?サルタノール!!誰かサルタノールを!!!」
「ゲホッ!!ゲホッ!!…カハァ!!」
「馬鹿なッ、吐血だと!?」

「あわわわ…大丈夫ですかパチュリーさま~!!!」



騒ぎを聞きつけた小悪魔により、パチュリーは一命を取り留めた。一安心である。

「ていうか、なんで本人が薬を持ってないのよ。」
「発作中の私を見たでしょ…自分で使う余裕が無いのよ。貴方こそ、ここに何の用かしら?」

「おっとっと、忘れるところだった。厨房の場所を知りたいんです。私、ここに勤めた
ばかりで、まだ館内を把握しきってないんですよ。」
「厨房の場所、ね…小悪魔は知ってる?」
「勿論、知ってますよ。宜しければ、ご案内しましょうか?」
「ええ、是非お願いします。(案内付きとは、いい“運命”ね。)」


「それではご案内しますね。」
「あ、待って…貴方、名前は?」
「あ、えっと…咲夜、です。夜に咲くと書いて咲夜。」

一瞬、偽名を使おうか迷ったが、メイドの名前まで把握はしてないだろうと思い、本名を名乗ることにする。

「そう…咲夜、その……ありがとう…正直、不安だったの…そばに小悪魔はいないし、どうしようかって。(///)」
「い、いえ、結局何も出来ませんでしたし…大したことは…」
「私からもお礼を言わせてもらいますね。有難うございます。」
「むぅ…ど、どういたしまして…。」


後の十六夜 咲夜は語る。「今思えば、とても貴重な瞬間でした。パチュリー様のデレが見れるとは…。」






「着きました、ここが厨房です。」
「うわ、大きいなぁ…」

厨房は大きかった。
一軒家二つ分程度の広さはあるだろうか。奥には、食料庫らしき扉が見える。

「では、私はここで…お仕事、頑張ってくださいね。」

そう言って、小悪魔は図書館に帰っていった。

「さて…随分遠回りしたけど、当初の目的を果たす時が来た様ね…。」

目指すは食料庫、扉は直ぐそこだ。

(ハローエブリバディ私のお肉!!)

扉を開けると、中からひんやりとした空気、そして馬鹿っぽい声が聞こえてきた。

(馬鹿っぽい声!?)

奥に進むと、二人の妖精が何やら言い合っていた。

「肉はやっぱり、冷凍ものに限るわね!!(ガリガリ)」
「チルノちゃん、食べすぎだよ!家の人にばれちゃうよ!」
「ダイジョーブよ大ちゃん!!なんたってあたいはさいきょーなんだから!!」
「さいきょーでもばれるものはばれるよぉ!!」

咲夜は立ち尽くしていた。チルノとかいう妖精の、あまりの⑨さにショックを受けたのでは無い。

肉だ、食料庫内の肉が殆ど食い荒らされているのだ。

暫くの放心の後、咲夜はユラリと動き出し、チルノと大妖精の前に立った。

「ん、あんた誰?あたいに喧嘩でも売ろうっての?」

咲夜を再び動かしたもの、それは肉という名の意志では無い。それは



「憤怒だ…かの暴虐邪知の妖精に裁きの鉄槌を与えねばならぬのだ…!!」



言い終わるか終わらないかの瞬間、咲夜の姿が消えた。
いや、違う。目にも留まらぬ速さで踏み込んだのだ。

「無駄ァ!!」

正確無比な突きがチルノの顎を打ち抜き、脳を揺らす。
哀れな獲物は地に伏し、永い眠りについた。

「フ、口ほどにも無いわね……む…こ、これは!?」

そう、本当に哀れな獲物だったのだ。
なぜなら、気絶しているのはチルノではなく大妖精だったのだから。

「ハッハッハッ…(大ちゃんの命と)すり替えておいたのさ!!」
「きゅう~」

とんだとばっちりである。

「小癪な真似を…けど、もう身代わりはいないわよ。次が貴方の最後だわ。」

「…ふっふっふっ、氷砂糖のように甘いわね。かわせないなら、打たせなきゃいいのよ!!」


「氷符“アイシクルフォール―easyー”!!」


「ぬう、あれぞ世に聞くスペルカード!!…まさか実在していたとは…。」



スペルカード…
幻想郷にのみ伝わる魔術の簡易化方法である
本来 弾幕と呼ばれる多量の魔力弾を打ち出す為には 膨大な魔力と詠唱が必要である
しかし目まぐるしく状況が変化する戦闘中において これらを行うことは容易ではない
その問題を解決したのがこの技術である
あらかじめ各々が持つ魔力媒体に 自身の魔力と魔術式を刻み込むことにより
使い捨てではあるものの 随時 僅かな魔力だけで弾幕を発生させることが出来る。

後にこの技術に目をつけた博霊 霊夢がスペルカードルールという独自の決闘法を作り出すことになるが
それはまだ、未来の話である

                                           稗田書房刊
                                         『弾幕は芸術だ』より



「汚物は冷凍だ~!!!」

魔力の光と共に、無数の氷弾が咲夜に降り注ぐ。

「うわっ!!とっ、とっ」

次から次へと来る氷弾に、咲夜は防戦一方。

(この部屋じゃ押し潰される!!少しでも広い場所に移動しないと…)

そう判断した咲夜は踵を反し、食料庫から脱出、厨房から抜け出す。

「逃げるのか、このおくびょうもの~!!」
「戦略的撤退よ!!」
「難しい言葉を使うな~!!」

(でも、逃げてばかりじゃジリ貧で意味が無い…何か反撃の手段は…)

チルノも逃げる咲夜を追い、廊下を飛ぶ。
動きながらでは狙いを付けにくいのだろうか、氷弾はでたらめな方向に飛んで行き
脇でお喋りしていた妖精メイド達を吹っ飛ばす。

(…そうだ!あれを応用すればもしかしたら…そのためにも広い場所に出ないと…)

「あんたが逃げるから関係ないやつらに当たっちゃうじゃない!止まりなさいよ!」
「止まれと言われて止まるバカがいるか、このバカ!!」
「むっき~!!バカって言ったほうがバカなんだぞ、このバカ!!」

バカばっかである。

そんな掛け合いをしている内に、二人は広い空間に出た。

(エントランスホール…ここなら申し分ないわ。)

「足を止めるってことは、とうとう観念したってことね!」
「そのセリフ、そっくりそのままお返しするわ。」
「あたいをバカにするなぁ~~!!!!」

怒りの言葉と共に、チルノは弾幕を打ち出す。
だが当たらない。部屋の広さを利用し、弾幕の外側へと脱出しているのだ。

「くそ~、ちょこまかしやがって~!!」
「バーカ、カバー出来てない空間がある弾幕は、弾幕とは呼ばないんだよ。」
「バカはアンタよ!!だったら出来るようにするだけさ!!」

氷弾の弾道が変化する。射角が大きくなり、より広範囲に展開。
弾幕の外側には行けそうも無い。が、咲夜の表情には些かの焦りも無い。


(狙い通り…!!範囲はより広くなった…そして、“一度に出せる氷弾の数”は変わらない!!)


氷弾の絶対数を変えずに広範囲をカバーする為には、弾を散らすしか無い。
それは同時に、弾幕密度の低下を意味する。

「うぎぎ…なんでよ!!なんであたってくれないのよ!!」
「こんな薄い弾幕なんて当たらないわ。某艦長に怒られるよ?」


チルノは咲夜の言動により、“範囲の広い弾幕であれば咲夜を仕留められる”と誤認させられた。
言動や行動により、相手に状況を誤認させる技法。
これは村にいたころ咲夜が得意とした手品の一つ、ミスディレクションをヒントとした作戦である。


「さらに、その弾幕にはもう一つの、致命的な欠点がある。」
「なによ!!」

チルノの弾幕、アイシクルフォールは手から氷弾を発生させる。そう、手からなのだ。
より広範囲に弾幕を展開したいのならば、両手も大きく広げる必要がある。するとどうなるのか?

咲夜は姿勢を低くし、弾を掻い潜りながらチルノに接近する。

「簡単なこと。あなたの目の前が安全地帯であるってことよ!!」

チルノの表情が驚愕に変わる。だが、それも一瞬のこと。

「だったら、前にも撃ちだすだけよ!!」
「させるか!」

いつの間に盗ってきたのか、咲夜は調理用のナイフを投げつける。
それは頬を掠め、チルノの動きを一瞬止める。その一瞬で十分だった。

「時よ止まれッ!!」

気合と根性で、最後の力を振り絞る。
一気に踏み込み、直ぐに時は動き出す。

「!!いつの間に!?」


二人の距離はゼロ。キスが可能な恋人の距離。


「貴方の敗因は3つ。」

「1つ、自分に有利な地形を選択出来なかった。」
こめかみに一本拳。平衡感覚が失われ、身体のコントロールが利かなくなる。

「2つ、自身の得意手を崩した。」
横隔膜に双掌打。息が詰まり、呼吸が止まる。


「そして3つ…お前は私のお肉を食べたッ!!!!」
顎にアッパーカット。意識は二百由旬の彼方まで吹っ飛び、冥界に辿り着いたことだろう。

…どうっと音をたて、チルノが倒れる。
少女咲夜、生涯初の勝利の瞬間であった。


「…ははっ…本当に…勝っ…ちゃった…。でも…も………ヤバ……………」

咲夜も限界を迎えていた。作戦実行の際に磨り減らした体力と神経。そして、最後の時止めがとどめとなった。
一見、楽勝にも見えるが、一つでも思い通りに行かなければ少女メイドの氷漬けが出来ていただろう。

このバカな氷精は、少女が相手にするには強大過ぎる存在であった。

「…に……肉…………」

だが、肉に対し並々ならぬ執念を持つ少女もまた、バカな氷精が相手にするには強大過ぎる存在だった。
“運命”を分けたのは神の慈悲か、それとも悪魔の気まぐれか。あるいは…


「……咲……ん!……丈夫………で…!!」

誰かの声を聞きながら、咲夜は意識を手放した。








目を覚ますと、そこは見慣れぬ部屋だった。

「ここは…どこ?」

小さい窓からは月が覗いている。寝ている間に夜になったらしい。
ランプが室内を薄く照らしている。

「…そうだ、ここは紅魔館……お肉!肉を奪い取りに来てたんだった!」
「へえ、そんな理由でここに侵入してたんだ。」
「!!!!」

声の方向を向くと、椅子に誰かが座っている。…自分とそう変わらない、むしろ少し小さいシルエットだ。

「まず先に。ここまで貴方を運んだのは小悪魔よ、後でお礼言っときなさいね。」
「は、はい…貴方は?」
「あら、私が誰だか本当に知らないのかしら?」

目を凝らし、もう一度よく見てみる。

ピンク色のフリフリな服。癖っ毛気味の水色の髪。両手を胸の前で構えるカリスマあふれるポーズ。
そして、どう見ても幼女にしか見えない外見。

…この特徴を聞いたことがある。紅魔館の主、スカーレット・デビル、永遠に紅い幼き月。その名も

「…レ…レミリア・スカーレット…。」
「大正解~☆」
「それではさようなら、また会う日まで~!!」

さくや は にげだした!!

「まぁ、待ちなさいよ。貴方に用があるの。」

しかし まわりこまれてしまった!!

「な、ななななな何の用で御座いましょうか!?」

レミリア・スカーレット…彼女に関する噂は非常に恐ろしいものばかりだ。
曰く、悪逆非道の暴れ者。
曰く、三度の紅茶より殺し合いが好き。
曰く、全身を血に染めながらの吸血がお気に入り。
そんな彼女が、肉泥棒である私を生かして帰すはずが無い。
おそらく、チルノも既にかき氷にされてしまった後だろう…。

「貴方…」

(駄目だ、殺られる!!グッバイ現世!!)

「うちのメイドになってみない?」
「…………はい?」

「貴方も見たでしょう?万年居眠りの門番と、掃除をしない妖精メイド。」
「…ええ、まったく存在価値がありませんでしたね。」
「そうでしょう。やっぱり妖怪や妖精に仕事なんて無理だったのよ。だから、人間である貴方が必要なの。
貴方にメイド長として、門番とメイド達の教育を任せたいのよ。どう?やってみない?」
「え…え~と…。」

一足跳びでメイド長とは破格の待遇である。しかし、咲夜は迷っていた。
当然だ、起きたら館の主がいて、突然メイド長をやれと言っているのだ。
美味い話には裏がある。きっと部下がヘマをしたら、メイド長責任で即刻犬のエサだとか、そういうオチだろう。
そんな“運命”は御免である。

「申し訳ありませんが、お断りさせて頂き…」
「メイド長になったら、メイド長権限でご飯食べ放題よ。勿論、貴方の大好きなお肉も。」
「不肖この咲夜、微力ながらも全身全霊をもってメイド長をやらせて頂きます!!!!」

即答であった。

「そう、いい返事ね。じゃあこの書類にサインを頂戴。」

そう言うとレミリアは、何も無い空間から一枚の羊紙皮を取り出した。

「それは?」
「御伽話にも出てくるでしょう?悪魔の契約書よ。まぁ、まずは読みなさい。」

契約書には以下のような文が書かれていた。




          ~契約の書~


  私は永遠に紅い幼き月、レミリア・スカーレットに


    魂と血肉の全て そして永劫の忠誠を捧げる


 やがて器が砕け散るその日まで 運命を共にすることを誓う




思わずごくり…と喉を鳴らした。この羊紙皮からは得体の知れない力を感じる。
流石の咲夜も、この契約書にサインをするという行為の重みが理解できた。
したが最後、もうここから離れることは出来ないだろう。
咲夜の心中に、再び迷いが生まれる。

(そうだ、相手は悪魔だった…本当に信じてしまって良いのだろうか…)

なかなかサインをしない咲夜、その胸中を知ってか知らずかレミリアがこんな言葉をかけてきた。

「ところで咲夜、貴方の苗字は?」

咲夜はビクッとし、ややあってどこか悲しげな、自嘲的な笑みを浮かべてこう言った。

「苗字は…村に捨ててきました。今の私は、ただの咲夜です…。」


(この化物!!)


そう、全部捨てた。悲しみの涙も、憎しみの怒りも。
ここにいるのはただの咲夜。幸せになる為、強く生きる一人の少女。


(悪魔の子め!!)


思いは残さない。前に進むには邪魔なものだから。
“運命”は変えられる。それが例え、過去のものであったとしても。



「そう、困ったわね…そのサイン、フルネームじゃないと効力が無いのよ。」
「…何故ですか?」
「名前とは個を表すもの。物にも名前がある。それは個、すなわち用途を表すもの。
でも、物に苗字は無い。苗字とは所属、つまり世界における自分の立ち位置を表す
ものなの。それは人や妖怪、意志有る者のみが持つ特権だわ。妖精が苗字を持っていないのは
あれらが世界そのものだからよ。」
「……」
「名前と苗字。その二つを持つからこその“存在”、でしょ?」


なら苗字を、立ち位置を持たない私は何だと言うのか。
何処にも属さない、何処にいっても邪魔である私は、幸せになどなれない“運命”だと言うのか…


「私なら、貴方に立ち位置を与えられるわ。」
「…え?」

レミリアは窓から空を見上げ、そしてこちらに振り返りこう言った。


「十六夜。…今夜の月は貴方にぴったりね。」


「いざよい…?」
「そう、十六夜。満ちようか、欠けようか迷っている月。
迷うからこそ、両方の可能性を持ち続けられる存在。…人であり、悪魔でもある存在。
そういう“立ち位置”を貴方に与えてあげる。」
「人でも…悪魔でもある…。」
「気に入ったのならサインを書きなさい。…悪魔の気は長くないわよ?」


ああ、やっぱりこの少女は悪魔だ。だって…


(こうも容易く、私の“運命”を変えてしまうのだから…。)


         


          ~契約の書~


   私は永遠に紅い幼き月、レミリア・スカーレットに


    魂と血肉の全て そして永劫の忠誠を捧げる


 やがて器が砕け散るその日まで 運命を共にすることを誓う 



                       十六夜  咲夜



「契約は成された。紅魔館へようこそ、十六夜 咲夜。」

「宜しくお願いします“お嬢様” 器が砕け散るその日まで…。」














ぽかぽかと、暖かい日差しが差し込む昼下がり。
今日も紅魔館の門番、紅 美鈴は居眠りをしていた。

「むにゃむにゃ…もう食べられませんよ~…zzz」

相変わらずの国宝級寝言にこめかみを押さえるメイドが一人。
メイド長、十六夜 咲夜である。

「まるで成長していない……そこで!!貴様が成長する為のお仕置き方を思いついたッ!!」

こちらも相変わらずのハイっぷりである。

「時よ止まれッ!!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!…そして時は動き出す。」

「ミギャァァァァァァァァァ!!!!」

居眠りしている門番に、無数のナイフが襲い掛かる。
もはや風物詩となりつつあるやりとりを、バルコニーから見下ろす人影が二つ。
パチュリーとレミリアである。


「おー、やってるやってる。」
「いい教育係を手に入れたわね、レミィ。」

二人は優雅にティータイム中。もちろん紅茶もクッキーも咲夜が用意したものだ。

「咲夜が来てから妖精メイドは働くようになったし、門番も叩き起こされるし、紅
茶は美味しいしで、いいことづくめね。」
「食料の減りは早くなったけどね。特に肉類。」
「いいじゃない、その分働いてるんだから。パチェも図書館が綺麗になって喘息の
発作も少なくなってきたんじゃない?」
「そうね。咲夜のおかげで、喘息の具合はだいぶ良くなったわ。これなら、日と月の
魔法も詠唱し切れるかも…。」


ケチを付けつつも、パチュリーは上機嫌である。


「ところで…何故、彼女を雇うことにしたの?…少なくともメイドとしての能力を見込んでってわ
けじゃ無いんでしょ?」
「まさか。」

そう言うと、レミリアは立ち上がり咲夜を見下ろす。

「私が咲夜を雇ったのはメイドの素質があったからじゃないし、腕っ節を買ったわけでもない。」
「じゃあ何?」
「世の中には“運命”を打ち破れる奴と、打ち破れない奴がいるわ。あの子には打ち破るだけの
意志の強さがあった。不幸で不平等な“運命”に負けない強さがね。」
「…“運命”が視えなかったのね?」
「ええ。だから興味が沸いた。能力が全く通用しない…本当に面白い人間だわ。」
「自分の天敵になるかもしれない者を、傍に置いておくなんて…貴方、馬鹿?」
「馬鹿とは失礼ね。…昔から言うじゃない?」



「悪魔は気まぐれなものなのよ。」


「こらー!!そこのメイド、さぼってないで仕事しろー!!」









肉より始まった凶行は“運命”によって導かれ、悪魔の気まぐれにて幕を閉じる。


“運命”は捻じ曲げられ、その行く末は神でさえも視る事が出来ない。


だが、一つだけ解る事がある。


如何なる“運命”を迎えたとしても、少女は幸福に向けての歩みを止めないということだ。





貴方にとって、“幸福”とはどんなものだろうか?
運命ってどんなものなんだろうか?

そんなことを考え、自分なりに突き詰めていったらこんな物語が出来ていた。

宇宙の神秘ですね。
赤身
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コメント



0.490簡易評価
8.80名前が無い程度の能力削除
コミカルかつ読みやすく、やる時はずっしり重みがある。
シリアスかギャグか、掴みづらい空気も十六夜のように宙ぶらりんですね。面白かったです。
9.60名前が無い程度の能力削除
十六夜の苗字が序盤でも使用されていたのがちょっと残念かもしれないです。