Coolier - 新生・東方創想話

みすちー繁盛記

2009/05/20 09:09:53
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しんと静まり返っている。

じめじめとした空気が辺りをつつみ、木々から零れる雫が、地面に水溜まりを作り出す。

季節は梅雨だった。


*******


琥珀色の液体が、グラスの中でゆらゆらと揺れている。
くすんだグラスに並々と注がれたブランディは、提灯の明かりにキラキラと輝いていた。

「お客さん」

何とも言い難い歌が終わり、この焼き八目鰻の屋台の女将であるミスティア・ローレライは、机に突っ伏している猫耳の少女に、静かに声を掛けた。

「ねぇ、お客さんってば。ちょっと飲み過ぎよ?」

そう言って肩を揺するが、安らかな寝息を立てて微動だにしない少女。
むにゃむにゃと呟く彼女の様子に、ミスティアは我慢が出来なくなったのか、再び歌を歌い始めた。

「五月蝿いなぁ」

不機嫌そうな声と共に、猫耳の少女は顔を起こしてぺろりとグラスの淵に舌を這わせた。

「身体壊すって。もう止めておきなさいよ、橙」

ミスティアの忠告に耳を傾ける様子もなく、橙と呼ばれた少女はグラスを煽り、うぅと呻く。
カランと氷が鳴った。

「私にだって、酔いたいときはあるのよー」
「もう十分酔ってるじゃない」

いいからお代わりとグラスを突き出す橙に、ミスティアは呆れたように肩を竦め、グラスにブランディを注いだ。


*******


「なんで懐かないのかなぁ?」

ぐでっと二本の尻尾を垂らしながら、彼女はぼやいた。

「懐かないって……まだあの猫軍団を諦めてなかったわけ?」
「諦める訳無いじゃない、折角私の手から餌を貰うくらいにはなってるんだから。進歩はしてるのよ……」
「ふぅん、とてもそうは思えないけれど……」

よく見れば、橙の手や頬の至る所に無数の傷が見られる。
大層な傷ではないが、みみず腫れが痛々しい。

「それだけ引っ掻き傷貰っといてよく諦めないわねぇ」

呆れた、と、ミスティアは笑う。
それに対し、橙も笑いながら切り返す。

「猫のスキンシップだよ」
「嫌なスキンシップよね」

何故か誇らしげに胸を張る彼女に、わかんないわと肩を竦めるミスティア。
橙は更に胸を反らせた。

「この間なんて、二十匹近い雄猫にだきつかれて、死ぬような思いをしたんだよ?」
「へぇ、凄いじゃない……ところで、猫の発情期って、一月から六月くらいらしいのよねぇ」
「へぇ、じゃあちょうどこの時期なのね?」

あそこの猫達は全然発情しないみたいだけどなぁ。
そんなことを呟き、橙は大きく欠伸をする。

「案外その雄猫達、橙に発情してたんじゃないの?」
「は?」
「橙とえっちぃことしたくて押し倒したんじゃないかっつってんの」
「あっはは、馬鹿なこと言わないでよ、みすちー」
「はは、そうよねー。あんたみたいな発育不足に発情する奴なんていないわよね」

二人はあははと笑いあう。
若干橙の頬が引き攣っているような気もしたが、ミスティアが気付くことはなかった。
グラスに再びブランディを注ぎつつ、橙はミスティアへ手を差し出す。
どうやら八目鰻の催促のつもりらしい。
ミスティアが苦笑いをしながら焼きたての鰻を渡すと、橙は冷ます事なく、直ぐさま噛り付いた。

「ほ、ふぅぉぁぁぁぁぁぁあああっ!」

悲鳴にも似た奇声をあげ……というより奇声をあげて、橙は鰻を放り出してグラスを煽った。
いち早く舌を冷ますため、ブランディで口を満たす。
グラスいっぱいのブランディを飲み干した彼女は、けほけほと咳込んだ。

「あ、あひゅいわよみすちー!」
「当たり前でしょう、焼きたてなんだから!」
「私は猫舌なのよ!」
「知るか!」

怒鳴り付ける橙に、ミスティアは冷たい視線を返す。
橙はうぅと呻き声をあげると、首を振りつつ席を立った。

「うー、今日はもう帰ろうかな」
「おぅおぅ、帰れ帰れ」

赤く爛れた舌先を出しつつ、涙目で話す橙。
そんな彼女の様子に、ミスティアはしっしと手を振った。

「みすちーが奢ってくれるなら帰るかもー」
「しっかりきっちりツケにしたげるから、さっさと帰りなさいな」
「ちぇー」
「むくれてないでさっさと帰れ。引くわよ風邪、馬鹿なのに」
「うん、ありがと、みすちー」

きっちりと引き攣った笑みで返し、屋台の赤提灯から離れた。


******


じっとりとした空気が、肌に纏わり付く。
ぽつりぽつりと空から雫が零れ出した。

「うあ、まずい、式が剥がれちゃうわ」

慌てた様子で彼女は走り出す。
都合のいいことに、雨宿りの出来そうな大きな木を見つけた。
危うい足取りで幹に駆け寄り、彼女は腰を下ろした。


途端に雨脚が強まった。


「困ったなぁ」

彼女はため息を零した。
雨脚は強まるばかり、とてもじゃないが、すぐに止むとは思えない。
彼女は再びため息を零した。
ざあざあという音が耳に心地いい。
一定のリズムが眠気を誘う。

酒のせいもあってか、すぐにうとうととし始めた。


*******


「橙」
「うに?」

いつの間にかに眠りについていた橙は、自らの名前を呼ぶ声で目を覚ました。
ぼやける目を擦り、顔をあげると、そこには見知った顔があった。

「あ、あれ?あれれ?藍様?」
「ああ、藍様だ。探したよ、橙」

金色の尻尾を揺らしながら、藍は微笑んだ。

雨音は、未だ強い。
彼女は傘を手に雨の中に立っていた。

「さぁ、家に帰ろう」

そう言って、手を差し出す。
橙はその手を取り―――

「はい、藍様」

笑った。


******


なかよしこよし

ねこときつねがてぇつなぐ

あめがざあざあふってても

きんぴかたいようほほえんだ

きんぴかきつねはほほえんだ

ねこはそのばでねころんだ♪


*******


その杯を潤すのは、甘い蜜。
その唇を潤すのは、甘い蜜。
その心を潤すのは、甘い蜜。
満たすのは、甘い、甘い、恋。


*******


橙を追い返してから数刻が過ぎたころ、屋台には見慣れない客が訪れていた。
どうやら初めてのお客らしい。
額からにょっきりと生えた角が特徴的な、ないすばでぇなねーちゃんが、飲みに飲み続けて、これでもかと言わんばかりに飲み続けている。
正直、見ているこっちが吐きそうだと言いたいミスティアだったが、客商売をしている身からしてみれば、そんなことを言えるわけもない。
なおも、朱に染まった杯に、彼女は蜜を注ぐ。
使い古されたその杯を満たす透明な液体は、月の明かりを受けてキラキラと輝く。
ぐいっと杯を飲み干した女は、ことりとそれを置くと、その場に突っ伏した。

……遂に潰れたか?

「お客さん」

既視感を感じつつ、この焼き八目鰻屋の女将であるミスティア・ローレライは、少し躊躇いつつも、そっと女に声を掛けた。

「お客さん、ちょっと。大丈夫?」

そう言って、肩を揺すろうとしたのだが、ミスティアはぴたりと動きを止めた。
女の肩が小刻みに震えていた。

「ぅ……ぅく……っ……」
「えっと……」

どうやら、女は泣いているらしい……
どうしたものかとミスティアが頭を掻いていると、女はふっと顔をあげた。
その頬にはやはり涙が流れており、提灯の明かりにキラキラと輝いた。

「お代わりを貰えるかい、可愛い女将さん?」
「ま、まだ飲むの!?そんなに泥酔してるのに!?」
「私はまだ酔ってないし、飲む為に店はあるのだろう?」

その白い手で涙を払いながら、女はミスティアにそう言った。
ミスティアは、まぁそうだけどとで足元を漁ると、女の前に一升瓶をドンと置いた。

「どうぞ、ウチの隠しメニュー『鬼殺し』です」
「隠しメニュー?」

訝しげに眉をひそめる女。
ミスティアは、瓶の栓を抜くと、杯へと釈をする。

「普段は常連さんにも滅多に出さないんだけどね」
「私は常連どころか、ここに来るのは初めてなんだけれど……」
「酔えるから」

お姉さんには必要なんじゃないかと思ってね。
ミスティアがそう言うと、女はきょとんとした表情をした後、ありがとうと微笑む。

「いい店だね、此処は」
「御褒めに預かり、光栄ですわ」
「しかし、鬼の私に『鬼殺し』とは……」

私、死ぬのかしらなどとぼそぼそと呟いた女の声は、ミスティアの耳には届かなかった。


*******


「うくっ……うぅ……」

さらに半刻程過ぎただろうか。
静かに、静かに酒を飲み続けた女は、再び肩を震わせ、涙を流し始めた。
ミスティアも、そこそこ長く屋台をやってはいるが、このような経験は初めてだ。
酒は飲んでも飲まれるな、とはよく言ったものだが、幻想郷の住人達はそうそう飲まれることはない。
基本的にはザルな者達ばかりだ。
その中でも、鬼という種族は特に酒に強い部類に入ると、何時だかに誰からか聞いた覚えがあるのだが……

「ぐすっ……なぁ、みすちー、私は可哀相な奴だとは思わないかい?」
「そ、そうですねぇ」

とてもではないが、目の前の星熊勇儀と名乗った鬼の様子からは、とても酒に強いとは思えなかった。

絡み酒。
隙あらば彼女はミスティアに酒を飲ませようとして来た。

「あ、あの、勇儀さん?」


「なにさ、みすちー」
「なにか、嫌なことでもあったの?」


―――


―――――


ぴしりと、空気が固まった。


「う、うぁぁああん!」
「おぉう」

子供の様に泣き出す勇儀の姿に、ミスティアは呆然とした。

泣き上戸。
とてもじゃないが、歌なんて歌える状況ではない。

「お、落ち着いて。話し聞くから、ね?ね?」

そんな調子で、夜の屋台では一介の妖怪風情である夜雀が、泣きじゃくる鬼をあやすという珍妙な光景が広がっていた。


*******


「好きな男がいたんだ」

彼女は言った。

「へぇ、どんな男?」
「人間」
「……冗談でしょう?」
「いや、本当さね」

鬼は嘘を吐かないのさ。
彼女はそう言った。

「偶然……本当に偶然出会ったんだ。これがまた妙な人間でねぇ、なんというか、博麗の巫女に雰囲気は似ていてね」
「それ、絶対嫌な奴よ」
「残念、これが恐ろしいほどいい奴でね。私が鬼だと言ったら何て言ったと思う?」

無言でミスティアは首を振った。

「わからないわよ」
「彼はこう言った『へぇ、凄いな。ところで僕は脆弱で貧弱な人間なんだけどどうかしたかい?』だと」
「嫌な奴だわ」
「『酒を飲むにはそんなことは関係ない』とも言っていたな」
「嫌な奴よ」

ミスティアがそう吐き捨てると、勇儀は苦笑いを返した。

「でも、私は彼に恋をしていた」

そう言って、彼女は杯を傾ける。
ミスティアは、黙ってその様子に視線を向けていた。

「地底にいて、荒い岩肌を眺めながらも、頭に浮かぶのは彼のことばかりさ」

どうしようもないだろう?
勇儀はそう言って、自嘲気味に笑う。

「どうしようもなくて、どうしようもなくなって、ついに今日、私は彼に想いを伝えたのさ……」
「……」
「そして断られた」

黙り込んだ。
静寂が辺りを包み込む。

「まぁ、曖昧模糊に受け流されたってのが本当のところかね。力の勇儀が呆れたものだよ。叶わぬ恋だとはわかっていたはずなのにねぇ……」

そして、彼女は再び杯を傾けた。

「その、何て言えばいいのかわからないけど、元気出してよ」
「ありがとう、みすちー……」

空になった杯に、ミスティアは酒を注ぐ。

「だがなぁ……いったい私は何を間違えてしまったのだろう?」
「そう言えば、断られたってことは、告白したのよね?」
「んん?あぁ、そうだが?」
「何て言ったの?」

瞳を輝かせて問うミスティアに、勇儀は苦笑しつつ答える。
堂々と、声高らかに――


「そうだな……


『私と子供を作らないか』


と言った」


「……」

静寂が支配する。
彼女は地底に暮らすと言っていた。
地底に暮らすということは、余り人間との交流はないというより、そもそも他人との交流自体が少ないのかもしれない。

しかし、例えそうだとしても、ミスティアは思った。


それは、引くよ。


******


おにがないた

わんわんないた

こいにやぶれてわんわんないた

つわものたちがゆめのあと

ゆめさえかたれぬおきゃくなら

おさけにおぼれてできししろー♪
やぁ、初めての方はこんにちは。
それ以外の方はだれだっけ?
漆野志乃だよ。
そう、またなんだ、申し訳ないね。

とりあえず、星熊の姐御は気分で酔えるんじゃないかとMousouしてみたり。
鬼はその程度じゃ酔わねぇっすよって方、まさにその通りだと思う。

まぁシリーズ物になるかもしれない、かなぁ?
漆野志乃
[email protected]
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コメント



0.1290簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
できししろー♪ってあーた
シリーズ化は希望
4.80名前が無い程度の能力削除
ちょっと幻想郷のぬこになって橙を押し倒してくる
7.100名前が無い程度の能力削除
>>4
俺も付き合うぜ
9.80名前が無い程度の能力削除
ミスチーの屋台ものは好物です(・∀・)

じゃあ勇義さんと子作り



…え?角を尻にいれるの?
11.100名前が無い程度の能力削除
女将やってる時のミスチーはまずバカじゃないですよねww

猫ども自重しろww
14.100名前が無い程度の能力削除
猫・・・俺も混ぜろッッ!!
16.100名前が無い程度の能力削除
そりゃあ「力の勇儀」とまで言われてる豪傑に
いきなり「子作りしないか」って言われたら引くって言うか怖いですわ!
あと橙頑張れ、超頑張れ
26.90名前が無い程度の能力削除
顔のニヤニヤが止まらんw
27.80名前が無い程度の能力削除
勇儀姐さんのストレートな告白を受け止められずに何が男かッ!!
……橙藍は本当に可愛いなあ。
藍さまの尻尾は、幽香のヒマワリよりぽかぽかお日様だと思うんだ。
28.100名前が無い程度の能力削除
そりゃあツノぶち込まれて孕ませられるんだから、男として怖いのなんの。
31.100名前が無い程度の能力削除
姐さんストレートすぎや