Coolier - 新生・東方創想話

よもやまえんまさま

2009/05/06 23:55:19
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「小町、今日も相変わらず仕事さぼってますね」

 バスケットを抱えてうっすらと微笑みを浮かべる映姫サマを見てあたいは死を覚悟した。


◇ ◇ ◇


 川の畔、あたいのお気に入りの木陰。川原を吹く風がさわさわと枝葉を揺らし、時折覗かせる日差しがあたいの瞼を優しく照らす。いつものように仕事の一部となっているシエスタに励んでいたときのことだった。突然現れた直属の上司。戦慄するあたい。

「え、えーきサマ……? どうしてこんなトコロに?」
「私だって時々は貴女の仕事ぶりを見に来ます。概ね予想の範囲を超えてないことに少しがっかりしましたが。そんなことよりも……」

 寝起きでぽややんとしていたあたいの胸元に突きつけられたバスケット。言わずもがな、コレが本題だろう。

「アップルパイを作ってみたのですよ。貴女の口にあうと良いのですが」

 頬を僅かに桃色に染めて、はにかんだ顔の映姫サマがゆっくりとバスケットにかけられた布を剥ぎ取った。こんがり焦げ目のついたパイが現れる。甘い果実の香りは嘘偽りなく、間違いなく正真正銘のアップルパイだ。まだ作りたてのようで、香ばしい匂いがふわりと鼻をくすぐる。

「へ、あたいに?」

 あたいは自分で自分を指さす。映姫サマはコク、と首を縦に振る。

「映姫サマが差し入れ?」

 あたいはバスケットを指さした。映姫サマはコクコク、と首を縦に振る。

「……いらないのですか?」

 ちょうどおやつ時。映姫サマ手作りのアップルパイなんてこの上なく贅沢なおやつだ。

「い、いえ! いただきます! 頂戴致します!」

 あたいはバスケットから一切れのアップルパイをつまみ、口へ運ぶ。シャクっと軽い歯ごたえと共に、焦げたバターの香りが鼻を突き抜ける。熱々の焼きリンゴがパイ生地の中から現れ、ほんのり甘酸っぱく舌を包み込んだ。しっとりとした下生地をモグモグと味わいながら嚥下する。いやもう、なんて言うか……。

「サクサクでしっとりしてて、甘酸っぱいし。バカ旨ですよ!」
「そう、良かった。作ってきた甲斐がありました」
「これを、わざわざあたいの為に?」
「え、そうですけれど?」

 ちょっと待て待て。アップルパイをあたいの為に焼いてくれる映姫サマ、だって!? パイ生地を麺棒で伸ばしながらるんらら。温まったオーブンに素手で触っちゃって思わず耳たぶを摘む映姫サマ。熊のミトンを両手に装着しながら今度は大丈夫だとるんらら。鼻歌混じりに手作り料理に興じる映姫サマなんて想像も……ついちゃったよ! 微妙に鼻歌のトーンが外れててなんだか可愛いなもう。

「……」

 二切れ目を摘もうと手を伸ばした時、ふと映姫サマと眼が合ってしまった。そういえば、なんで今日、この人はココに居るんだろう?

「あのぅ。映姫サマ。今日は何でココに? お勤めの日だったのでは……?」

 思ったことをすぐに口に出してしまうあたいはちょいと思慮ってヤツが足りないのかもしれない。

「今日は、お仕事代わってもらったんです。だから非番、なのですよ」
「な~る」

 よくよく見てみればいつもの帽子も被ってないし、あたいを叩く為の根性注入棒も持っていない。フリフリのワンピースなんか着ちゃって。所謂、私服ってヤツだ。

「それで、ですね。私は今日、非番なのですけれど、小町はお仕事みたいですし……」

 大事なことなので二回言ったのだろう。深い翠の髪を指でくるくる巻きながら視線を泳がせている。

「あー、うん。仕事ですねぇ」
「そ、そうですよね。お仕事ですよね……」

 これでも一応勤務中。あたいは真面目に仕事をしているのだ。魂がこちらにやってこないということは相も変わらずこの世界は平和だと言うこと。良いことじゃあ、ないか。死神暇で平和が良い。

「映姫サマ」
「は、はいっ。何でしょう、小町」
「今日はお客サンも少ないし、もしよかったら一緒に遊――」

 途端に、華が咲くようにぱぁっと映姫サマの顔が晴れわたった。しかし、そんな微笑ましい笑顔も一瞬。キッ、といつもの仕事の表情を取り戻してあたいに宣言する。

「ダメですっ!」

 いやいや、ダメですって……じゃあ何で映姫サマはあたいの前に私服で現れたのだろう。

「仕事をサボって遊ぶ、などとは言語道断。私は小町をそんな部下に教育した覚えはありませんっ!!」

 涙目になってあたいを叱る映姫サマ。いやはや、頭の固いお方だ。そんなところも嫌いじゃあないのだけれど。長い付き合いをしていると言わなくても、映姫サマが何を望んでいるのか手に取るようにわかるのだ。あたいは頭をポリポリとかいて言い直す。

「ああ、すいません。非番で在らせられる映姫サマにこんなこと頼むのは非常に心苦しいのですが……。できれば仕事を手伝って欲しいんですよ。何せ忙しくて忙しくて……」
「サボって昼寝していた子が良く言いますね。……しかし、それも一理ありますね。小町がそんなに忙しいのも、ひいては直属の上司である私にも責任があります。いいでしょう。手伝ってあげますよ」
「ありがとうございます!」

 あたいの横に腰を下ろす映姫サマ。にこやかな笑顔は絶えることがない。バスケットの中から水筒を取り出してコポコポと紅茶をそそぎ、カップを両手で持ちながらふーふーしている。

「あの……映姫サマ」
「……なんです小町?」
「なんであたいの横で三角座りしてるんですか?」
「小町の仕事を手伝う、と言ったでしょう。だからこうして、休憩の時間を手伝っているのです。二人で休憩すれば作業時間は半分で済みますしね」
「ええ!?」

 いくらなんでもそれは酷すぎる。あたいは自分の仕事量を見極め、効果的に休息を取り入れているのだ。午後もひと頑張りしようっていうための、言わば英気を養うってヤツだ。映姫サマを養うのが休憩時間なワケないじゃないか。

「それはあんまりですよ!」
「だったら早く仕事に戻りましょう。二人で取り掛かれば早く終わります」
「そのことなんですけど、映姫サマ。実を言うとですね……最近こちらにお客さん来なくて暇してるんですよ」
「だから、自分がここでサボっているのも止む無し、というわけですか?」
「う……は、はい。このままじゃあ、あたい、お飯の食いあげどころか、無職になってしまいます」

 最近この界隈では顧客の取り合いが激しいのだ。迫り来る競争化社会の為、同僚はクルージングの資格を取得したとか言ってたし。あたいは別にそんなことで張り合うつもりなんざ毛頭ないので日がな一日、ぶらりと訪れるお客と雑談を交わしながら向こう岸に渡している。おかげで一日に来るお客の数は片手で足りる程度。木陰でシエスタする機会も多くなると言うもの。

「ふむ」

 顎に手を当ててなにやら思案中の映姫サマ。忙しいから仕事を手伝ってくれ、とあたいが頼んだことは華麗にグレイズされていた。あたいが仕方なく、ココで休んでいる理由に納得がいったのだろう。だからできれば邪魔しないでほしいです。

「ならば」

 ああ、神様。クソ真面目な映姫サマは嫌いじゃない、嫌いじゃないのだけれど。あたいの為に一生懸命考えてくれる姿は愛くるしくもあるのだけれど。

「他の職場で仕事してみませんか? 他の役職を知ることはひいては自らの仕事の重要さを噛みしめる為。小町のために特別に用意しましょう」

 面倒ごとだけはゴメンです、はい。けれど、あたいに選択肢なんて無いんだろうな。こっそり溜息をつきながら映姫サマの優しさに感謝します。嗚呼、真っ直ぐ過ぎる視線が痛い。

「一応、念のために聞いておきますけど、どんな仕事ですか?」
「ちょっと人里へ行って大量虐殺してきなさい」
「いきなり無理難題だなぁ!!!」
「ふふ、嘘ですよ」
「閻魔サマが嘘ついて良いんです?」
「今日は非番ですからね。嘘もつきますし焼きもちも焼きます」
「まったくもう……怖いこと言わないでくださいよ」

 驚いた。まさか映姫サマの口から冗談が飛び出るなんて。

「そうですね。初心に帰る、ということで地上からこちらへ魂を運ぶ役目をお願いしましょうか」

 さっきに比べれば大分マシだ。映姫サマを満足させるにはこの仕事を引き受けるしかなさそうだった。

「わかりましたよ。それで……誰の魂を運ぶんです?」
「この人です」

 ピラ、と一枚の写真をあたいに向けた映姫サマ。びっくりするほどエターナル。

「あたいゃ何回あっちとこっちを往復するんです!? 日に二桁は死んでる人間でしょうが」

 永遠亭のお姫様だった。お姫様は川を渡る前に必ずお迎えが来る。その度に現世へと魂を運んでやらないといけない。だからあのお姫様ともう一人の蓬莱人、妹紅とが本気で殺しあうと死神は大変なのだ。あたいは外の世界に存在するという掘った穴をすぐ埋める刑罰のことを思い出した。

「運動になれば良かれと思ったのですが……。まったく、わがままですね、小町は。そこが貴女の良い所なんですけれどね。わかりました。じゃあコッチです」

 と言ってもう一枚の写真をあたいに向ける。こちらに向けて思いっきりあかんべぇをしている少女。はて、何処かで見たことがあるような……って博麗霊夢!

「ちょ、ちょっとえーき様!? アンタ幻想郷転覆でも企んでるんですか!?」
「じゃあどんな仕事が良いんです!?」

 なんか逆ギレされた。
 映姫サマは凄く真面目なお方だ。だからこうして、あたいが少しでもやる気を出せるように色々提案してくれている。心遣いは痛いほどによくわかる。それが斜め上にぶっ飛んでいるのは別にして。けれども今のあたいをつき動かすのは、あのお方の目に浮かぶ涙はあたいだけのものだという優越感と、もう少しだけ苛めてみたいというささやかな欲望だけ。

「そうですねぃ。外の世界には寝ているだけで仕事になる職業があるとか……」
「寝ているだけ、ですか」

 速やかに眠りの世界に遊ぶ、と言うのも立派な特技だ。この特技に関しちゃ、ちょっとしたもので、あたいは大体5~6分もあれば深い眠りにつくことができる。居眠り選手権なんてあったら紅魔館の門番と王座を争うのは必至だ。

「そうです。寝ているだけの仕事なんか、ありませんかねぇ」
「ふむ……。小町向けのお仕事というわけですね。寝ているだけ……無いコトも、無いんですが」
「ええ! あるんですか!?」 
「ええ、依頼主が永遠亭の八――」
「お断りします。断固拒否。ダメ。絶対」

 不気味な表情でニタリと哂う八意永琳の幻覚を振り払い、全力で断った。映姫サマは再び三角座りになってあたいの横に腰を下ろす。すっかり落ち込んでしまったようで顔を伏せてなにやらブツブツと呟いていた。

「今日……今日は――」

 映姫サマの言葉にあたいは耳を疑った。だってそうじゃないか。わざわざ映姫サマが、あたいですら忘れていた大切な日を覚えていてくれていたんだもの。

「あたいの、大事な……日?」

 小野塚小町の、おそらくは生まれて最初の、一番大切な日。

「ええ、今日は小町、貴女の大切な大切な……命日だもの」

 ……アレ?

「え、なんかちょっとソレ、違う」
「あれっ……? 死神界の間では生まれた日のことを命日って……」

 言いません言いません。普通に誕生日です、誕生日。訂正しながらもあたいは映姫サマに感謝する。だからこのお方は最高なんだ。多少叱られようが、あたいはこのお方のために一生懸命働くんだ。

「でも……困りましたね。小町、貴女にプレゼントするものがありません」

 しゅん、としょげる映姫サマ。や、あのアップルパイで十分なのだけども。言いかけたあたいの脳裏に素晴らしい閃きが生まれた。あたいは恐る恐る映姫サマに話しかける。

「そのぅ、どうしても……と言うなら、あたいは映姫サマのお仕事をやってみたいです。あたいにそうしてくれたように、あたいも映姫サマのお仕事の手伝いをしたいです!」

 そうして仕事を片付けて、そして二人でお休みをとって何処かに出かけましょう。ピクニックなんかも最高です。

「小町……」

 こうしてあたいは、誕生日プレゼントの代わりに映姫サマのお仕事を手伝うことになった。


◇ ◇ ◇


「静粛に静粛に」

 ピコピコ。裁きの法廷に凛とした声が響き渡る。緊張と不安で張り詰めた空気があたいの心を昂ぶらせる。あたいの横、書記官をしている映姫サマが裁かれる魂の罪状を読みはじめる。

「彼の者、齢八十に至る迄、飲酒、喫煙、姦淫、窃盗を繰り返し――」

 おお、なんと酷いヤツ。ってか八十になるまで姦淫って、よっぽど好きモノな爺さんなんだなぁ。積み上げられる罪状に、あたいの正義感がビシビシと刺激された。

「判決を申し渡す!!」

 正義の赤い槌をピコピコと打ち鳴らし、映姫サマの声を遮る。

「え、小町。まだ全部終わってませんよ!?」
「もう十分です、映姫サマ。お天道様が見逃しても、このあたいの目は見逃せません!!」
「ちょ、ちょっと小町!」
「ええい、この胸元の桜吹雪が目に入らないかい!? って彫ってねぇや。まぁいいか! その方、打ち首、獄門の刑に処す!!」

 廷内に静寂と静謐が漂う。あたいの越前仕込の名裁きに驚いて声もでないんだろう。あたいは横目で映姫サマを見やる。顔を伏せてプルプルと肩を震わせていた。

「閻魔サマ、あっし、死んでますけど」
「ぇ……」

 このままじゃあ、胸元のはだけ損だ。再び映姫サマに視線を移すといつもの棒で素振りをしている。どう見てもアップ中です。こいつはヤバイ。

「じゃ、じゃあアレだ。800年の金魚鉢底眺刑!!」

 金魚鉢の底を眺めるだけの仕事だ。コレには流石のあたいも恐れおののく。自分だったら発狂してしまうに違いない。我ながら冷酷な刑を思いつくものだ。

 途端、カキン、と小気味の良い音がしてあたいは斜め45度と言う絶好の角度で打ち上げられた。赤いピコピコハンマーが手から滑り落ち、ピコ、と鳴った。これぞ映姫サマの隠し玉。噂に名高い蒟蒻打法。近づく天井を見て、やっぱり今日は命日だなぁ、なんて思う。

――ゴーン。

 今日も幻想郷は平和だ。
死神 林檎 丸齧。
沙月
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コメント



0.1510簡易評価
1.90煉獄削除
なんだかなぁ…w
映姫様がアップルパイを焼く姿を想像する小町もそうですが、
私も普通に想像できました。
フリルの付いたエプロンをつけてパイを作る可愛い映姫様を想像しましたよ。
ほのぼのというかちょっと弾けてて面白かったです。
あと永琳の仕事のお手伝いは遠慮したいですよね…。
6.100名前が無い程度の能力削除
映姫様が可愛くてシュールw
11.90名前が無い程度の能力削除
>二人で休憩すれば作業時間は半分で済みますしね
えっ!ナニその斬新なシステム!!
12.100名前が無い程度の能力削除
>彫ってねぇや。まぁいいか!
この勢いが好き。
18.100名前が無い程度の能力削除
こまえーときいて
小町はいい子だよ多分
22.100名前が無い程度の能力削除
えーきさまにニヤニヤががw
ああツボにはいりましたニヤニヤ
25.80名前が無い程度の能力削除
ふぬん、これはいいさんずリバー。
28.100名前が無い程度の能力削除
アップルパイを作る映姫様に萌えたぜ!
29.100名前が無い程度の能力削除
大好物を見逃していたとは 。
33.100名前が無い程度の能力削除
>死神 林檎 丸齧

該当する死神は一人しか存じ上げませんw

やはり蓬莱人の寿命は見えないんだろうか