Coolier - 新生・東方創想話

幻想幸福論

2009/04/16 12:18:10
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 稗田阿求として生まれた事が果たして幸福であったのかなかったのか。そんなことをぼんやりと考え、その度に益体がないにもほどがあると簡単に切り捨ててきた。――いや、結局こうしてまた考えているのだから『捨ててきた』わけではないのだろう。その度に、ただ、面倒になっていただけなのだ。
 紅白の後ろ姿を脳裏に描きながら、ぽつりと、置かれた縁起の表紙をさする。



 幸せとは何ぞや。
 今、汝は幸せであるのか、否か。



 明らかに重要な事柄だと思われるのに、結局は考えない。そんなことになるのは、たぶん――。




 幻想幸福論




 春色の香りが強くなってきた縁側に、もう随分と見慣れた紅白の姿があった。彼女、博麗霊夢は里に出てくる度にここ稗田邸を訪ねてくる。来る度の理由は適当なものだが、今回は『何だか暖かかったから散歩ついでに里まで買い出しにやって来た、そのついで』ということらしい。
 妖怪退治が生業ということを除いても、変わり者といえば、変わり者だ。稗田という名は確かに強いものがあるが、日がな一日硯に向かうか、時たまに子供へ歴史を教える講師として招かれふらふらと学舎へ向かう、そんなことばかり繰り返している阿呆がいるだけだというのに。
 しかしながら、彼女がいなければ幻想郷縁起の進みはまた違ったものになってしまっていただろうから、阿求からその変わり者ぶりを感謝することはあれど、批難することはまず有り得ない。
 阿求はしっかりと姿勢良く座り、霊夢は足をぶらぶらとさせながら、縁側には同じ調子のお茶をすする音が響いていた。遠くから聞こえる子供の声、無駄に騒々しい小鳥たち、見上げれば、雲は流れることを忘れたように停滞している。
「それにしても、私はかなり陽気で暢気な人みたいねえ」
 弛緩した空気の中で何の前触れもなく、お茶のおかわりをしながら霊夢が言った。しばらく考え、おそらくは縁起のことだろうなと当たりをつけて応えてみる。
「幻想郷縁起のことでしょうか?」
「そうそ」ずず、と新しいお茶を一口すする。
「あれじゃ、私が英雄なのかただの阿呆なのか、意味わかんないじゃない」
 実際に会話しての感想と考察があれなのだから、どちらも当てはまるんじゃないか――とは思っても、阿求は口に出すことはない。ほんの少し困った風に眉を集めてみせる。
「おまけに、『幻想郷を牛耳っているのは博麗の巫女』でしょう?」
「ええ。何らの忌憚なく、記述することができたと思いますけれど」
「忌憚なさ過ぎるわ。まるで私が妖怪を倒して回っていれば楽しくて幸せでしょうがないやつみたいよ」
 苦笑して、一瞬の無表情。完全に機微を消した表情を覗かせながら霊夢は続ける。
「――牛耳っているモノが、一々と敵を退治して回ると思う?」
 殆ど凪いでいた風が駄々をこねるように暴れて、二人の前髪を散らかして通り過ぎる。視線は交わしたままに動きもしない。
「その行為をおかしくなくするための、スペルカードルールなのでしょう?」
「いや、まあ、そうなんだけどね」
 阿求は首をかしげてから、自分も新しく淹れ直したお茶へと口を付けた。
 幻想郷に根ざした、博麗としての彼女の根幹。幻想が幻想であるために、博麗大結界の守り手として。幻想郷の存在には結界の存在が必要で、幻想は幻想であるが故に脆く移ろい、それ故に彼女は守り手として結界を守り、妖怪も幻想の園にいる限りは結界には手が出せず、彼女を打ち破ることもまたできない。
 気がつけば悪役よ――、といつか宴会の席で彼女は零した。
 スペルカードルールは、だから、彼女自身が求めたものだったのかもしれない。妖怪の鬱憤晴らし以上に、彼女自身の胸の鬱屈を晴らすものとして。
 いつも通りの霊夢が訪れてきた時のまったり加減のようでいて、今日の霊夢の言いたいところは何だか入り組んでいてよくわからない。普段から霊夢の話は的を得ない――と言うよりは、本人の視点、観点と他人のそれらがかなり離れたものであるせいなのだとは思うが、色々と焦点がぼんやりぼけぼけしていて掴めないことが多い。けれどそれは、例えるなら同じ雲の形が人によって見え方が違うのと同じなのであって、今日のように喉に何かがつっかえているような言い方ではないのだ。
 霊夢にもそこら辺の自覚があるのだろう。幻想郷縁起には載せていないが、右手人差し指でぽりぽりと後ろ頭を掻くのは彼女が物思いする時の癖だ。
「ねえ、阿求。あなた、昔は幻想郷が嫌いとか言っていなかった?」
「さて、どうだったでしょうか」
 やんわりと流して応えると、うむぅ、と妙な唸り声を上げてまた後ろ頭をぽりぽり。普段あまり見ない表情のせいか、妙な愛嬌と可愛らしさがあって困る。
「幸せだとか、そういう歯の浮いたことを言うつもりはないのよ。『稗田』の名を被るあなたなら、言いたいことわからないかしらね?」



 会話はそれきりだった。
 霊夢はそう言ってお茶を飲み干すと、静かに、そしてやはり暢気な調子で稗田邸を後にした。後に残された阿求は机に戻る気が何だか起きず、またぼんやりと縁側に腰掛けた。
 ふらふらした春の調子が風に乗って阿求の周りを駆け抜ける。庭先のほとんど緑となった桜から、足下へ一弁の花が届く。
 幸せなんて――と口に出す気は流石に馬鹿らしくて起きなくて、桜を拾い上げながら阿求は心の中で呟いた。幸せなんて。稗田、としての幸せなんて、知ったことではない。そもそもの話であるけれど、何だかこっ恥ずかしくなってしまうのだ。幸せなどと、益体もないことを真剣に考えていると。
 幻想郷縁起をまとめるためだけに生まれたと、何だかそう考えていた頃もあった気がする。実際つい最近までそうだったのだろうし、稗田と同じように、博麗の名を冠する彼女もまた、似たような疑問はあったはずだ。妖怪を倒している時点で普通の人間ではないし、妖怪を倒して回っている時点で妖怪側の存在でないことも明らか。それならいっそ博麗の為だけの存在に――といった具合に。
 ただ、今はもう縁起の為だけの存在だとか、そんなことは滅多に考えはしない。そんなふうに思い始めたのが、縁起を書き始めてからなのだから不思議なものだと思う。書き始めてようやく気づくというのも問題だけれど、何だかんだでこの幻想郷とは「阿求」として付き合ってきた。過去のことも知識として混ざっても、あの幻想郷縁起は「阿求」である私にしか見えない姿をしているはずなのだ。そうでなければ何が幻想郷か。幻想なんて人の数だけ、それでいて幻想のとらえ方も人それぞれ。
 霊夢が言っていた「意味わからない」というのももっともなことだ。意図してやったと言えば意図してやったことなのだから。
 幻想郷縁起は人にとっての安全を確保できるようにと書かれたものだから「危険度」とか「危険区案内」だとか、そういったことが書いてあることには書いてある。けれど、読めばわかるが、最終的に危険なんだか何なのかよくわからない形で締めていることが多い。形式上は「危険」を示さなければならないけれど、内心はそんなことまるで思っていない。――「稗田」として形式張っているけど「阿求」としてはそんなことどうでもいいのだ。
 危ない妖怪もいる、人間を食べたくてしょうがない妖怪もいるだろう。けれど、聞く限り、そうではない妖怪もかなり多い。しかもエキスパートである霊夢の言葉の限りでは、とんでもなく「危険」と示した妖怪さえ陽気であることがある。
 幻想郷縁起があのようになったのも、だから、仕方がないことなのだ。だって、自分自身が好いているものを、本気で批難ばかりできる人はそういないだろう。
 幻想郷は好きではないです――と、幻想の守り手に伝えたのはいつのことだったか。返された含んだ笑みの意味があの時はわからなかった。嫌いだと伝えたのに、さらに続けて自分の知っている幻想郷をどんどんと話し出すことも。
「楽しそうですね」
 と言えば。
「いい迷惑よ」
 と、いつも彼女は言っていたけれど、本当に迷惑だと感じていればあんな柔らかな調子で語るはずがないのだ。
 ついさっきまで、彼女の触れていた縁起をめくる。確かに、「牛耳る」は言葉の選択を「正しい」のだけれど「誤った」のかもしれない。「稗田」ではなく「阿求」としては、あんな素直でない抗議をされたら応えないわけにはいかない。
 彼女が語っていたように、幸せだとかそういう論議なんてどうでもいい。ただ、幸せなことを話したり、経験していれば、勝手に声やら表情は柔らかくなるものだろうと――それぐらいのことは、わかっている。丁度、私は綴り、彼女は守る、この郷のことを話している時のように。
 硯と筆に向かい、書き足さねばならぬこと全てを思案する。やはり、口元が何だかゆるゆるとしている気がする。
 考える必要なんてない。
 幸せなんか、こんなものでいいはずだ。
 
 初投稿になります。ぽこぽこと投稿していくつもりですので、よろしくお願いします。











 ※誤字の修正を行いました。指摘有り難うございますっ。
えび
[email protected]
http://casuca.yaekumo.com/indexmenu.html
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コメント



0.760簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
いちおう誤字でも
最後のほうの
>飛んでもなく~ → とんでもなく

では?
7.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。

阿求の幻想郷への愛が感じられた。
8.90煉獄削除
静かでゆったりとした感じがしました。
二人の会話や阿求の語りがのんびりとした感じに
してくれていたと思います。
面白かったですよ。

一部の文章に若干違和感があったので報告
>「牛耳る」は言葉の選択を「正しい」のだけれど「誤った」かもしれない。
『言葉の選択としては』か『「牛耳る」とう言葉の選択は「正しい」~』もしくは
『「牛耳る」は、言葉の選択は』はなど、個人の意見ですが氏の考えで変えてみてください。
16.無評価えび削除
>煉獄さん
 ご意見有り難うございます。推敲前までは文章の『流れ』ではなく『正しさ』を考えて「言葉の選択としては~」にしていた気がするのですけれど……定かではないですね(笑)最終的には流れ(流れ、なんてもの自体が完全に作者の自己満足ですが)重視にして、ギリギリ判読可能と判断した上で現状にしましたので変える気はありません。
 しかしながら、ここまで削るとやはり違和感が残るということがわかっただけでも収穫です。有り難うございましたっ。