Coolier - 新生・東方創想話

銀の彼女

2009/04/07 04:53:04
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注意
ここには初投稿です。
咲夜×アリスというか、咲夜←←アリス みたいな。後半は一応咲夜×アリスのつもり。
ほかのカップリングだけが俺のジャスティスだって方はプラウザバックお願いします。
ご要望があれば、続く。かもしれない。





覚えているのは、その光景を作り上げたのは人間だったこと。
覚えているのは、その光景があまりに美しかったこと。
その二つ程度のこと。あと、茉莉花の香り……。


 『銀の彼女』


目を開けたのは、代り映えしない自室。
風景の変わらない魔法の森と、時たま騒がしい魔法使いが訪れるだけの私の家。
時間は……夕暮れ? どうでもいいか。ただ私はまどろみの中で、あの光景を夢幻に見続けていた。

辺りを覆う白い雪。それでもなお足りぬというのか、止まない雪。
月明かりを受けて銀の化粧を施した景色の中に溶け込むようにして、彼女はそこにいた。
一瞬、人かどうかもわからなかった。まるで女神か……。はたまた雪の精霊か。もしかしたら人形かも知れなかったが。
彼女は確かに。生物だけが持つ生命の焔を瞳に宿していた。それは、私が何時か、手放したもので。

「………」

起き上がろうとして…止めた。瞼を下ろし、深く息を吸い込む。あの光景を思い出すために。
確かに、雪の衣装と月明かりの化粧を塗した景色は、感慨深く美しい。けれど、彼女には到底及ばなかった。泥と金ほどの差がある。
朧な月明かりよりも確かな。自我を持っているかのように煌めく銀の髪。さざ波…いや、泡沫の波紋すら浮かばない、澄んだブルーの瞳。雪化粧など遠く及ばない白く美しい肌。
見惚れていたと、言っていい。今でも、彼女の姿は克明に思い出せるほど、私の内に焼き付いている。

極めつけは、彼女の弾幕だ。
銀月など歯牙にもかけず、そんなもの掻き消してしまえと言わんばかりの白銀のナイフ。一瞬で私の視界を埋め尽くしたかと思えば、一本のみが確実に私の命を抉ろうとする。
その弾幕も、あまりに芸術的だった。知り合いの魔法使いが使うスペルほどの火力はない。火力だけでいえば、おそらく幻想郷中を探しても彼女の弾幕は種火程度だ。
思えば、私の知り合いは弾幕に芸術性を求めるものはいない。けれど、彼女の弾幕は違う。美しかった。銀の煌めきも、時節柘榴石のように色を変える瞳も。知り合いの魔法使いのような、余計な破壊などない。
だからこそ、かも。確実に急所を狙う、研ぎ澄まされた一本が、あまりにも芸術的な一撃だ。きっと、私がまだ人間だったなら、あの一撃で痛みを感じることなく死ねるのだろう。

結果からいえば、私は彼女に負けた。完敗だ。
磨いてきた人形たちを操る腕も。計算し尽くしたはずのスペルカードも。彼女のナイフには到底及ばなかった。
一本のナイフに、彼女は何重もの役割を重ねる。あるナイフは別のナイフを反射させ、視界を塞ぎ、避けた方向の死角に回り込む。彼女自身を捕らえることさえ、私には難しかった。正直にいえば、一瞬で勝負は決まったはずだ。
だってあのとき。私は彼女の姿に見惚れ、飲み込まれていたんだから。

人形のほとんどを撃ち落とされ、私は敗北した。
全力で戦えば後はなくなる。ゆえに、全力で誰かと戦ったことなんてなかったが、あのときばかりはきっと全力だった。
気を失う様にして空中から落ちる私。雪は積もってたから、大きな怪我にはならないだろうって。まぁ多少の痛みは覚悟した。けど、私は落ちなかった。
彼女は、十メートルはあったはずの距離を一瞬で詰めて、私を抱きかかえていた。おぼろげな視界に映る彼女は、本当にキレイで。
もっとその、雪の中にありながら。雪よりも白く輝いているのに温かい身体に触れていたかったけど、私の意識は途切れ。目を覚ましたのは、近くの洞窟で。彼女の姿はなく、申し訳程度に首にマフラーが巻かれていて。
わずかな茉莉花の香り。きっと彼女自身の……。なんだか、すごく落ち着いたのを覚えてる。

「……私らしく、ない」

彼女と出会ったのは……もう二か月も前だ。幻想郷はもう春を迎え、花たちは元気に芽吹いている。
そんな長期間、名前さえ知らない相手のことを気にかけて。実験にも人形作りにも身が入らない。私らしくない。私は、どちらかといえば他人には無関心なはずだ。
けど、彼女が気になる。銀の少女だ。そう。まるで、銀色の月が、地上に降りてきたかのような。

名前は? どこに住んでるの? 会いに行けるかな? 私のこと、覚えていてくれてるかな?

名前は知らない。どこに住んでるかなんてもってのほか。つまり会いに行けない。覚えてる、はずもない。
だって名前すら言ってない。彼女の用事の途中で、たまたま私が立ち塞がっただけだ。その理由も、今は覚えてない。
もしかしたら彼女が欲しかったのかもしれない。人形として、傍に置きたかったのかも。あれだけ美しさは、造形美としか思えないが、創ることはできなかった。
あまりに未熟。あまりに醜悪。あまりに稚拙。あまりに暗愚。あんなものは彼女ではない。どこか戦いの途中も薄い笑みを浮かべ、銀色に輝いていた彼女には遠く及ばない。むしろ、記憶の中の彼女を汚すようで、途中で壊した。
話をもどそう。その程度の出会いだったのだ。普通だったら、二日もすれば忘れるだろう。なのに、何故私だけこんなに……。

「アリスー!! 邪魔するぜー!!」
「……邪魔だと思うなら今すぐ帰ってよ」
「つれないこと言うなよ。私とアリスの仲だろ?」

玄関を突き破るくらいの勢いで開け、私の部屋のドアをぶち抜かんばかりの勢いで少女は飛び込んできた。
騒がしい普通の魔法使い。この家をよく訪れる、数少ない知り合いだ。間違っても、行き過ぎた仲になった記憶なんてない。
客が来ていつまでもベッドにいることはできないので、私は渋々起き上がった。

「……紅茶でいい?」
「いつも悪いなー。お茶請けなんてあってくれると嬉しいぜ!」

ドアノブを握ったときに何かが軋むような音がしたのは、魔理沙が突っ込んできたからだと思いたい。
キッチンで数体の人形に茶器とお湯の用意をさせ、私はお茶請けを探す。ちょうど、昨日の昼食で余ったワッフルがあった。これでいいか。
魔理沙も人間だ。思考の中で『生命の焔』と称したそれは、勿論ある。なのに、特別な感情は湧かない。銀の少女と魔理沙は、決定的に何かが違う。

「アリスー、今日は砂糖とミルクはいらないぜー!」
「……? 珍しいわね」

彼女は、紅茶を味わう趣向を持ってない。いつもミルクと砂糖たっぷりで、ぬるいミルクを飲んでいるようなものだ。
何かあったのか、まぁどうでもいいことでもある。今の私の思考は、人形の操作と、お茶。大半は彼女のことだから。
身体的、精神的な距離は明らかに魔理沙のほうが近いのに。なぜ、あの銀の少女なんだろう。
魔理沙は小柄でやや癖のある髪質をしてるものの、少女としては可愛い部類だろう。
反対に銀の少女は。高いほうだと思っていた私よりもやや背が高く、少し外にはねた銀髪。やはり美しい造形。

「魅了の魔法にでもかけられたのなら、とっくに自我なんてないでしょうしね……」

片手間にお茶を淹れ、ワッフルと一緒に自室へ戻る。
魔理沙は待ってましたと言わんばかりに、まず紅茶を飲んで一瞬眉根を寄せ。ワッフルを食べた。
私も、自分用に淹れた紅茶を飲むが、いつもどおり。惰性に味わってきた、いつもの紅茶だ。味は…素人目には美味いだろう。

「渋い顔してるけど、やっぱりミルクと砂糖、いる?」

からかう様に聞いた。どうせ、彼女への手掛かりはない。
だったら、できるだけ忘れよう。毎日夢幻……それこそ無限に夢で見るが、いつか忘れる。記憶なんてそんなもの。
だから、私はあまり人とは関わらない。忘れるまで覚えてるのも億劫だ。マフラーも、捨ててしまおう。そもそも、あんなものを枕元に置いておくから、忘れられないんだ。ひどく落ち着く茉莉花の香り。どこかで嗅ぐたびに、思い出すかもしれないけど。きっと忘れる。
ニヤニヤ笑っていた私だが、魔理沙はふふーんと無い胸をそらし、自慢げにいった。

「なんだかんだ言っても、アリスも咲夜には敵わないなー」
「……なら飲まなくてもいいんだけど? というか、どういう意味よ?」

以前から、魔理沙の口から『咲夜』の名前は出ていた。
まぁ、彼女は私と違って交友関係が広いから、その中の一人だろうって思ってたけど、最近誰よりも口から出る頻度が高い。
昔は霊夢、霊夢とあの巫女のことばかりだったのに。自分が入れる紅茶には、魔理沙程度なら納得させる自信もあったからか、ちょっと癇に障った。

「いやー、今日も紅魔館に行って来て、本を借りてきたんだけどな。そこに咲夜って変わった人間がいて、そいつがそのまま飲んでみろっていうから飲んだら、そいつの紅茶がすっごく美味かったから、ついな?」
「……それで?」
「アリスも偉そうなこと言ってるけど、咲夜の紅茶の腕には負けてるなっ、て。そ・れ・だ・け・だ・ぜ?」

魔理沙だって変った人間よ、とでもいえばよかったのだろうか。この人の神経を逆なでする生娘が……!
だが、紅魔館……。行ったことはないが、吸血鬼の根城だと知っている。そこに、人間がいるだって? それは変わり者を通り越して、奇人だ。変人の類かもしれない。
とりあえず、平静を装ってるが、内心は怒髪天もの。
私は仮にも魔女。人間より長く生き、その分紅茶だって何年も淹れたし、魔理沙にも何度も振る舞った。プライドだってある。この私が、人間に負けるなんて……。
いっつもミルクと砂糖を入れすぎる魔理沙に、紅茶の味わい方を説いたこともあるから、魔理沙はそのことの当て付けをしてるんだろう。

「その咲夜っていうのは誰なのよ?」
「紅魔館でメイドやってる人間だぜ? 吸血鬼のレミリアと違って、話もわかる奴だし、何だかんだいって何時も私のこともてなしてくれるし……」

パチリ、と。何かがはまった気がした。
メイド? そういえば、銀色の彼女も紺を基調としたメイド服を着ていなかっただろうか。
人間で、メイド服で……。それで?

「けどあなた、たまに私に愚痴るじゃない。咲夜の奴がどうのって」

私は無理やり記憶から引っ張り出して話をつなぐ。
もう少し。もう少しで何かわかりそうな気がするというか、確信が持てる気がする。
聞き流していた会話を、無理やり思い出す。

「御馳走してくれるとことかは優しいくせに、怒ると怖いんだよ。弾幕勝負も私ほどじゃないけど強い。人間でメイドのくせに吸血鬼の主にまで説教できるくらいだからな。ま、どっちかっていうと子供叱ってる親みたいだけど」

それはきっと、魔理沙も同じだろうとも思ったが、今は隅に追いやる。
そんな情報じゃだめだ。もっと、核心に迫るための……。

「あなたのスペルカードに勝てる人間なんて珍しいわね」
「負けてねえ! ただあいつの投げナイフの調子がちょーっと良くて、私の調子がちょ~~っっっっと悪かっただけだぜ!?」

投げナイフ……ナイフ。メイド服、人間、ナイフ。
もう一手だ。もう一手ほしい。

「名前からして女性みたいだけど、あなたが御執心なくらい綺麗なのかしら?」

わざと魔理沙の羞恥を煽ってやる。
意地っ張りな彼女のことだ。きっと、自分からぼろを出す。
案の定、テーブルに両手をついて身を乗り出し、真っ赤な顔で首を横に振った。

「たたた! 確かにあいつは銀色の髪とかすげえ綺麗だぜ!? けど、私は執着なんてしてない!!」

すべてのピースがはまった気がする。
銀の髪。メイド服とナイフ。そして人間。手がかりとしては少ないが、なぜか私は確信のようなものを得ていた。
彼女に間違いない。雪降りしきる中、さらに白く。白銀に揺らぐ彼女。会える。会えるかもしれない。
会って、また言葉を交わせるかもしれない。そうすれば、この気持にもいくらか整理がつくかもしれない。

「……紅茶、もう一杯淹れてあげるわ」

私の血は、今までにないくらい速く駆け巡っている。
けど、何を口実に会いに行けばいいんだろう。仲がいい友人が、紅魔館にいるわけじゃない。
強いて言えば、その銀の少女に一度出会った程度。

「……あっ」

そうだ。マフラーがあるじゃないか。
返せなんて言われてないけど、建前くらいにはなる。
さっきまで捨てようなんて考えてたものに縋るのは情けないが、そんなことどうでもいい。
今は、少しでもあの美に近付き、この逸る気持ちをどうにかしたかった。

「これならどうかしら?」
「……ふふん、やっぱり咲夜のほうが美味いぜ」
「なんで貴女が自慢げなのか、ほとほと謎なんだけど」

名前すらまともに知らない、知られてない彼女に会える。
はやく、時間が過ぎればいい。いまからでは、さすがに失礼だろう。早く、速く。時間よ過ぎて。


     ◆


大きい……。溜息をつきたくなるほど、紅魔館は大きかった。
やたら大きな門と、開いた鉄格子の前に、一人の妖怪を見つける。緑を基調としたスリットドレス。豊満な体。高い身長。朱色の豊かな髪。中々にキレイだが、口の端からこぼれる涎が、すべてを台無しにしていた。
それはもう。そのまま立ってればそれなりに絵になっただろうが、マスタースパークを打ち込まれた小石のように跡形もない。
とりあえず、門番だろうから。彼女に取り次いでもらおうか……。

「ちょっといいかしら?」
「……ぐ~」
「……」

ここは本当に吸血鬼の根城なのか? こんなのが門番では、主の格もタカが知れるというものだろう。
肩を叩いても起きないもだから、ちょっと大声で。耳元で叫んでみた。

「いい加減に起きなさい!!」
「きゃん!! ごめんなさい!寝てないですよ?!ちょっと無我の境地を目指してたというか昨日ちょっと寝不足だったというか春の陽気がいい具合にお昼寝日和だったというかごめんなさい!最近流行りのゴゥトゥヘブンというかゴゥトゥヘルっていうかあああぁぁぁぁ!!!ナイフは許してくださいフランドールお嬢様の相手はもっと許してくださいお仕置き部屋はもっともっとご慈悲を恵んで許してくださいぃぃぃ!!!咲夜さ~~~ん!!!!」
「えっ、ちょっと……!」

ものすごい勢いで捲し立てるその妖怪に、私のほうが戸惑いを隠せない。
土下座までして、やがて恐る恐る顔をあげた門番と目が合った。
数瞬の間。門番は、人違いに気付いてか慌てて取り繕った。

「え、ええっと。どういった御用向きで……?」
「あの、説明しにくいけど。ここに、銀色の髪で、ナイフの扱いがとても巧くて、人間のメイドっているかしら?」
「まるで誂えたかのようなキーワードですけど。きっと咲夜さんですね。……それで、咲夜さんにはどういった要件でしょうか?」

言葉づかいは丁寧だが、変なことやウソを口走ったら地平線の彼方でゴゥトゥヘブンだぜという気迫が彼女から伝わってくる。
ていうかゴゥトゥヘブンって何よ。変なものうつさないで。だから人と関わりたくないのよ。
とりあえず、私は建前程度にはなるかもしれないマフラーを見せた。

「ふた月くらい前、ちょっと世話になったの。今日はそのお礼を言いに来たんだけど」
「……確かに、そのマフラーは咲夜さんが巻いて行ったものですね、覚えてます。咲夜さんに取り次いできますから、ここで待っててくれますか?」
「ええ。よろしく」

彼女は数匹のメイド服を着た妖精を残して館に入って行った。
が、すぐに戻ってきた。

「えっと、お名前は?」
「たぶん向こうは知らないけど、アリス・マーガトロイドよ」
「アリスさんですか。私は紅 美鈴っていいます。では、ちょっと待っててくださいね」

ほん めいりん、というのかあの門番は。
昼寝をしていたことを除けば、殺気は中々のものだったし、それなりに強いのだろうか。
門番の代わりか、見張りのために付けられただろう妖精たちはなぜか私を物珍しそうに見て、散々首を傾げた挙句、一匹が切り出した。

「あの、メイド長とはどういった関係で?」

メイド長? 吸血鬼の館で人間がメイド長……。これだけ広い館だから、こういった妖精も大勢いるだろう。
妖精や妖怪は、どちらかといえば人間を見下す傾向にある。その中でメイド長を務めているというだけで、彼女の凄さの片鱗が伺えた。
まぁ、どういう関係かと聞かれても。私が一方的に彼女を気にとどめてただけだ。

「別に。私が以前、彼女にお世話になっただけよ」
「そうですか……」

またヒソヒソばなしに戻る妖精たちを横目に、私は館を一瞥した。
これなら、普通に入っていけるんじゃないだろうか。この妖精たちは妖精の例にもれず、大きな力を持っているとは思えない。
だが、待ってろと言われたし。郷に入っては郷に従えともいう。変なことで彼女との柵を生むのは得策ではないと思えた。
十分ほど経って、なぜかボロボロの門番とともに彼女は歩いてきた。

「……っ」

雪景色も。月の化粧もなくても、やはり彼女はずば抜けて綺麗だ。
明るいおかげであの時よりよく見える顔。細い体。切れ長な目と整った眉。眉目秀麗とはこのことだろう。
私と目が合うと、彼女は柔らかい微笑みを浮かべてくれた。ドキリと、何かが跳ね上がる。一度戦った相手だ。警戒してもおかしくはないのに。あの、微笑。

「ようこそ、アリス・マーガトロイド。私が、ここでメイド長を務めている十六夜 咲夜だけど……。人違いだったりしたかしら?」
「い、いいえ。あなたで間違いないわ」

ちょっと戸惑った私をよそに、彼女は軽く頭を下げる。
なぜ、いきなり頭を下げられるのかわからなかったから、私のほうが恐縮してしまった。

「ごめんなさい。私に礼を言いに来たのに、この門番が立ったまま待たせたみたいね。部屋まで案内するから、付いて来て」
「え、ええ。でも、本当に礼を言いに来ただけで……」

嘘。虚実。真逆。
そんなはずない。本当は彼女ともっと話もしたい。見ていたい。彼女についても知りたい。
本当に、一目会っただけだというのに。私はどうかしてる。彼女は、至って普通だというのに。

「あぁ、それと。アリス、でいいかしら? 綺麗な人形使いさん?」
「ききれ……!?こほん、構わないわ」
「じゃあアリス。私のことも咲夜でいいわ。部屋までは、少し歩くけど我慢してね」

広い屋敷だ。なんとなくわかる。
彼女の後を歩くと、ほのかに茉莉花の香りが漂っている。背筋を伸ばし、歩く姿も。一瞬のブレさえない。
しばらく気は逸れていたが、やがて気付いた。この屋敷、外見より明らかに広い。彼女の部屋まで、また十分ほど歩いたのではないだろうか。
時々声をかけてくれる咲夜の声が嬉しくて、もう少し続いても良かったけれど。

「さて、二か月ぶりくらいかしら? 今日は何でまた?」
「これ…。貴女のマフラーよね? これを返すのと、気を失った私を安全なところまで運んでくれたお礼に。ありがとう……咲夜」
「どういたしまして。仕事中だからあまり長くはお相手できないけど、紅茶くらいなら振る舞えるわよ?」

ふと、魔理沙の言葉を思い出す。
魔理沙だけ飲んでるのも、ずるい。私だって、彼女の紅茶だったら飲みたいと思う。
けど、私がお礼を言いに来たのに持て成しを受けるのは些か……。

「ふふ、魔理沙からあなたの名前を聞いてたけど、貴女も魔理沙と同じで妙に意地っ張りなのね。この館のメイド長としては、お客様にお茶の一杯も出せないのは沽券に関わるのだけど?」
「意地っ張り!? あ、う……咲夜がそこまでいうのなら、いただくわ…」
「ふふ。わかったわ。じゃ、アリス。少し待っていてね」

魔理沙と同じ、という一言はショックだった。
反論しようとしたが、彼女の言い分も尤ものため、止めた。
それより、彼女の微笑みや、私の名前を呼んでくれることが、私を惹きつけて止まない。初めて、自分の名前に感謝したいくらい。
ただ、ここでまた十分以上待たされるのかと考えた。しかし、彼女に出会えたことや、覚えていてくれたこと。話ができたことが無性に嬉しく、細いため息がもれ……。

「はい、どうぞ」
「えっ!?」

早い。あまりにも早すぎる。
お湯を沸かす時間も、経ってない。いや、お湯が沸いていたとしても、紅茶を抽出する時間も、蒸らす時間も、すべてが経ってない。
そんなものを紅茶と呼べるのか。それとも、仕事中で邪魔だから帰れということ? ……涙が出そうになった。

「あ、あの……咲夜?」
「なにかしら?」
「私……邪魔、だった?」

恐る恐る、といった具合だろう私の言葉に、咲夜は首を傾げる。
そして、何かに気づいたように苦笑した。

「そんなはずないわ。たかがマフラーのために、名前すら知らないはずの私を訪ねてくれたんですもの。この紅茶は、私の得意な手品よ。タネはないけどね」
「そ、そう。なら、よかった…」

タネがないものがはたして手品と言えるのかとも思ったが、どうでもよかった。
お茶請けとして一緒に出されたクッキーも、いつの間にかテーブルに。まさか彼女は魔法が使えるのだろうか。
とりあえず、ソーサーとカップを持ち上げ、香りを嗅いでみる。いい香り…。こんな薫り高い紅茶は、きっと初めてだ。
一口飲む。渋味はない。紅茶独特の甘さと微かな苦味。鼻に抜ける心地いい香りは、かすかに薔薇のような香りがした。

久しぶりだ。紅茶を飲んで、こんなに美味しいなんて思うのは。

「美味しいわ……。魔理沙が言うだけのことはあるわね」
「気に入っていただけたのなら何よりね」

咲夜も私の反対側に座って、カップを傾ける。
彼女には会えた。会話もできた。けど、益々。どんどん私の中では何かが加速していく。
距離は門での再会よりも近い。長いまつ毛。艶のある薄い唇。スッと通った鼻筋。本当に作り物のようで、贋物には決して達することのできない美。

「魔理沙は、よくここにくるのかしら?」

声も聞きたい。

「ええ。ここの図書館に。本を持ち出そうとするのだけど、最近は減ったわね。おかげで、彼女を叱る回数も減ったけど。もう一杯、いかが?」
「……いただくわ」

長く、細い指。丸く、磨かれた爪。動くと揺れる、銀髪と三つ編み。
クッキーも一枚食べる。微かに甘く、バターの香りが強い。けどくどくない。これも、咲夜の手作りだろうか。

「美味しい。人間なのに、メイド長なんて役職についてるのも、納得ね」
「ありがとう。あの時は何体も壊しちゃったけど、貴女の人形もよく出来てたわよ」
「そ、そうかしら?」

そんな微笑みで褒められたら。私は微かに、頬が熱をもったのを感じた。
だけど、きっと今日だけ。次からは、訪れる口実がなくなる。ただ、ほんのわずかな。いつまで続くかもわからない蜜月。
だから、できればもっと笑って。私の名前を呼んで。今日限りだから。お願い。

「アリス?」
「―――!?!」

気づけば、咲夜の顔が近く。心配するように覗き込んでいる。
どうして。まだ、言葉を交わして、名前を交えてから一時間と経ってないのに。そんなに他人―私―を心配してくれるの。
私がわずかに顔を動かせば、彼女の唇にも触れられる。きっと、柔らかい。抱きかかえられた時のように、温かい。どうせ、今日限りなんだ。彼女と会えるのも言葉を交わせるのも美しさに近づけるのも。
嫌われるかも。次の瞬間に追い出されるかも。ナイフで串刺し。でもどうせ……最後なんだから。

そんな時だ。咲夜の部屋に、ノックの音が響いたのは。
一瞬で、咲夜の表情が変わる。また、私の知らなかった彼女。いや、戦った時の咲夜は、こんな感じだったか。

「メイド長。レミリアお嬢様がお呼びになってます」
「純銀の呼び鈴を渡しておいたはずなんだけど……?」
「もう好き嫌いで我儘は言わないから、許してくれと仰っていました」
「そう。下がっていいわ。すぐに行くから」

すぐに行くから。
そうだ。彼女はメイド。従者だ。ただの一客人である私よりも、主のほうが重要に決まってる。
離れる咲夜の顔。まってと呼び止めることさえできない私。だってそうだ。私と彼女の距離はそこまで近くない。知り合ったばかり。友人と呼べるかも怪しいもの。
けど、夢にまで見た蜜月は終わった。幻想郷の中での幻想は潰える。後はまた、惰性の暮らしに戻り、惰性の紅茶飲むだけ。……咲夜に会うことなんてない。

「……っく」
「アリス?」

そうだ。彼女とは知り合ったばかり。
なのにどうして、こんなに別れが悲しくなる。他人に不干渉を貫いてきた私が、なんでこんなに咲夜に近付きたがる。
丁度いいから、帰ると言えばいいのだ。お茶美味しかった、ありがとうで済ませればいいのに。どうして。

涙がこぼれる。どうして。

肩がふるえる。どうして。

こんな顔見せたくないのに。どうして。

次の瞬間に感じたのは、あの時と同じ柔らかさと温かさ。そして、やっぱり茉莉花の香り。どうして……。

「アリス。私はどうして、貴女が泣くのかはわからないわ。何か理由があって、私で力になれるなら、相談には乗ってあげられる。だから、泣かないで。友人に泣かれるのは、悲しいわ」
「……誰にでも、こんなこと…するのかしら」

バカ。自分で自分を殴ってやりたい気分。
咲夜は、優しくしてくれてるのに。彼女のぬくもりに触れたかったはずなのに。意地はって。バカ。
素直になればいいのに。どうして。

「泣く子を落ち着かせるには、こうするのが一番だって言うのは経験からだけど。少なくとも、貴女に泣いてほしくないっていう気持ちだけは、当然だけど貴女にだけのものよ」
「さく、や……。さくやぁ……!!」

縋りつくように彼女の背中に手を回すと、抱きあげられて。ベッドの上に降ろされる。
優しい。私に衝撃が来ないように完璧に力加減されて。眦の涙を彼女の指が拭ってくれる。あったかい…。

「けど、ごめんなさい。今は、仕事。後で必ず、相談でも愚痴でも聞いてあげる。だから、今はここで……眠っているといいわ、アリス…」

ベッドからも茉莉花の香り。咲夜の香り。咲夜……。


  ◆

「……………………………………………………………」

なんてことだ。咲夜の前であんな醜態をさらすことになるなんて……。

『貴女に泣いてほしくないっていう気持ちだけは、当然だけど貴女にだけのものよ』
『さく、や……。さくやぁ……!!』

「~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!!!!!!」

バンバンっとベッドを叩く。
恥ずかしくて目も当てられないわよ!再開した当日に彼女に泣きつくなんて!
逃げ出そうか…。けど、そんなことしたら本当に終わってしまう。涙を拭ってくれた指。抱きしめてくれた腕と胸の柔らかさ。匂い。全部覚えてる。
あれが全部夢で、目が覚めたのが自室のベッドの上だったらきっと私は発狂した。

「どうして泣いたのか、自分でもわからないのに相談なんて……」

いや、理由ははっきりしてる。
咲夜と離れたくないから。咲夜と話していたいから。もう、会えなくなると思ったから。
けど、それでどうして悲しくなるのかがわからない。考えたように、まだ友人といえるかも微妙で……。けど、咲夜は私のこと…ちゃんと友人だって……。

『今はここで……眠っているといいわ、アリス……』

「ぅう~~~~~~~~~!!!!」

バンバンバン!!
ベッドが軋む。叩くと漂う茉莉花の香り。やっぱり、落ち着く。咲夜の香り……。
思えば、これって結構変態チックじゃないかしら? 咲夜に知られたら軽蔑されたりとか……。

「―――!!」

慌ててベッドから離れる。けど、シーツと足がもつれて、後ろ向きに倒れそうに……。

「おっと。大丈夫かしら、アリス?」
「さ、咲夜!?」

あの時とはまた違った体勢で抱きとめられる。
ドアが開いた音も、誰かが近寄ってきた気配もしないのに。もしかして、幽霊だったりしないわよね。

「瀟洒なメイド、ですからね。それより、夕飯の準備ができたから、一緒に食べましょう」
「え、えぇ……。ご馳走になるわ」

心まで読まれたのか?
咲夜がテーブルクロスをテーブルにかけると、あるはずがなかった料理が並ぶ。
ビーフシチューと切り分けられたバケット。魚のマリネと、小さめのグラタン。大皿にはサラダが盛られてる。
また、タネなしの手品とでも言うのか。

「口に合うとよいのだけれど。食べられないものとか、大丈夫かしら?」
「え、ええ。それに、香りだけで、美味しいことくらいわかるわよ」
「あら。それは作った側としては嬉しい言葉ね」

まだ落ち着かない私に比べ、咲夜は至って平然としていた。
それはそうだ。彼女は頼られる側であり、私は頼る側。感情が濁流のように流れ込むのは私だ。
けど、一口食べて、そんな思考も吹き飛ぶ。美味しい。一応食事や睡眠は続けていたが、これほど食に感動したのは何時ぶりだろう。
ビーフシチューは前日くらいから仕込んでいたのではと疑ったが、さっき作ったと咲夜はいう。マリネも、臭みがなく素材自体が美味で。グラタンの中にはパスタが隠れていて、一口が楽しみになる。

「アリス、ワインはいるかしら?」
「……咲夜は?」
「私は、まだ一応仕事中だから」
「なら、いいわ。それより、本当に美味しいわ」
「ふふ、ありがとう」

見惚れそうになる微笑み。
メイド長としての顔。戦いに赴く顔。こうして、友人として接してくれる顔。全部が全部、別物の美しさ。だが、どれも本当に。
私を惹きつけて、止まないのは、どうして。

軽蔑、されるかも知れない。
変に、思われるかも。けど、もうそんなことよかった。
咲夜に、話してしまいたいという思いのほうが強かったから。咲夜なら、こんな私でも……きっと。


  ◆


全部、話した。
初めて会った時から、咲夜に見惚れていたこと。
二か月、あなたとの出会いを夢に見続けたこと。
マフラーの礼なんて半ば嘘で、本当は咲夜に会いたかっただけってこと。
咲夜との会話が終わることが。会えなくなることが。堪らなく悲しくなったこと。
抱きしめられた感触が忘れられなくて。香りを嗅ぐ度、温もりに触れる度、柔らかさを感じる度。微笑みを向けられる度。名前を呼ばれる度。なぜかドキドキすること。
隠さなかった。咲夜はびっくりしたような顔で私を見た後、慈しむ様に、笑った。

「大丈夫よ、アリス。それはきっと、なにもおかしなことじゃない。いつか、そう遠くないうちに、その理由には気がつくと思う。これは、私が安易に答えを出しちゃいけないわ」
「どうして? 私は、答えが知りたい…。ねぇ、咲夜!」

詰め寄る。
けど、咲夜は私を抑えることもなく、そっと、頬に触れた。
また、かすかに涙が伝っていたんだ。

「きっと私が答えを言ったら、アリスはそう信じてしまう。それでは駄目よ。これはあなたが気付かないと、きっと一生後悔させるもの。私の人生より、貴女の生のほうが遙かに長いのに、そんな後悔、させたくないわ」
「……本当に、わかるの?」
「ええ。アリスが落ち着けば。もう少しそれを受け入れるのに時間がかかるかもしれないけど。大丈夫よ」

頬を撫でてくれる咲夜の手。
温かくて柔らかい。好き。この手が好き。咲夜の声が好き微笑みが好き。香りが好き。
ああ、きっとそういうこと。でも、もう少し。考えよう。本当に、それでいいのか。彼女は人間で、生は短い。ゆえに美しく存在できる。
その姿が好き。あり方が好き。きっと私は咲夜が……。

「今日はもう遅いから、泊っていくといいわ。なんなら部屋も用意できるし」

部屋を出ようとする咲夜の小指に、私の指が数本絡む。
咲夜が振り向く。泡沫の波紋さえ浮かばない水面を映したような瞳に。場違いなくらい真っ赤になった私が映っている。

「……     」
「聞こえないわ、アリス」

耳を寄せてくれる咲夜。
けど、きっと聞こえてたのだろう。ちょっと困ったような、嬉しいような。そんな顔をしてた。
ずるい。意地悪。咲夜のバカ。そんなことをいう選択肢もあったけど、要らない。そんな無意味なプライド、今はいい。今は、境界線も殻も、どうだっていい。

「……い…っしょがいい…」
「ふふ。お嬢様には内緒よ、アリス」

隣で眠ってくれた咲夜はやはり、茉莉花の香りで。
ひどく、心は落ち着いた。その日、今まで夢幻の中で無限に見てきた夢は、見なかった。


   ◆


そして、それから一週間ほど過ぎた。
私は、紅魔館に来ている。名目上はそこの図書館。その蔵書。
魔法使いとして、あの蔵書にはやはり興味を惹かれる。それに何より……咲夜に会えるから。

「……ぐ~」
「…………………」

門番は相変わらず眠っていた。
普段、私は咲夜にからかわれたばっかりだから、腹いせに……。

「こら美鈴!!」
「ひゃううう!!違います違います寝てたんじゃないんです酔拳ならぬ睡拳の開発に取り組んでたというか相変わらずのポカポカ陽気がだからちがくて風もいい具合に吹いてたというかごめんなさいすいません!!もうナイフは嫌です妹様の遊び相手はもっと嫌ですお仕置き部屋は二度とやですぅぅぅ~~~!!!許してください咲夜さ~~~ん!!!!」

憂さ晴らし終了。
それにしても、咲夜はお仕置き部屋とやらで彼女に何をしてるんだろうか。
もしかして……もしかしたりするのかしら。あの咲夜の、指が? こう…私の体を這って……舌とか……。

「あら、いらっしゃい。アリス」
「ひゃああ!!」
「だ、大丈夫かしら?」
「え、ええ……。お邪魔してるわ、咲夜」

門番のような声をあげてしまった。
顔、赤くなってたりしないだろうか。変な動きとか息遣いとかしてなかったわよね。
ああ咲夜、会えるのは嬉しいけどタイミングが悪かったわよ……。

「図書館?」
「ええ。それと、あなたがヒントをくれた謎の答えを探しに。でも、もうほとんどわかってるんだけど……」
「そう。いつか聞けるのを、楽しみにしてるわね。紅茶、ご馳走してあげるわ」

一瞬で、咲夜は消えた。
図書館の主であるパチュリーは、私を見るとわずかに時計を見た。
いつも、私が来る時間は決まっている。咲夜がここにお茶を運んでくる時間だからだ。さらに言えば、咲夜と数少ない、会話できる時間でもある。
彼女のことだから、お願いすれば夜とか暇なときに、話をしてくれるとは思うけど。できるだけ、私のために無茶はさせたくなかったから。

ところで。
後で知ったが、彼女は人間でありながら時を操り、空間さえ操れるのだという。その能力によってこの館は外観より広くなっているそうだ。
並行世界か、数秒後の未来、過去をつないでいるのか。原理はわからないが大魔術に匹敵するほどの能力であることは間違いない。流石咲夜ね。

それにしても、いつか聞けるのを楽しみにしてるって……。
つまり、咲夜は待っててくれてるって、こと……。

「おーーっす! ようパチュリー、今日も来てやったぜ! なんだアリスもいたのか!」

心なしか、パチュリーがため息をついた気がする。
まぁ、確かに。毎度こんな騒がしい登場をされれば……ねぇ。
と、今度は扉をノックする音。魔理沙のせいで開いてるけどね。

「パチュリー様、お茶をお持ちしました」
「いつも悪いわね、咲夜。小悪魔がもう少し器用だったら良いのだけど」
「うぅ~…パチュリー様酷いですょ…」

ちなみに、小悪魔というのはパチュリーの使い魔で、美鈴より明るめの朱色の髪と、蝙蝠のような羽を生やした少女だ。
この少女の紅茶も一度ご馳走になったが、正直あれは紅茶への冒涜だ。咲夜の紅茶を味わっていたせいもあってか、まぁ不味かった。

「ありがとうございます~、咲夜さん!」
「相変わらず、美味しいわ。けど、この錠剤は……」
「褒めていただけるのはありがたいですが、錠剤はちゃんと呑んでください。でないと、パチュリー様の食事はレバーを入れさせていただきます」
「むきゅう…。過剰摂取も頭痛や嘔吐の原因に……」
「そのあたりはご心配なく。月の薬師によって作られたものですから。それも好意で」

小悪魔にも、咲夜は紅茶を振る舞う。なんでも、小悪魔は司書としてちゃんと仕事をこなしてるから、労ってやるのもメイドの務めということらしい。
ちなみに、錠剤、レバーなどはビタミンAの話。パチュリーは若干、夜盲症で、皮膚や粘膜の乾燥も見られる。
私の前にも、良い香りが流れてきた。

「どうぞ、アリス」
「ありがとう咲夜。いつも、良い香り」
「おいおい咲夜、もちろん私のもあるんだよな?」
「まったく、いきなり来るから用意できないのよ。少し待ってなさい。アリス、ゆっくりしていくといいわ」
「ええ……咲夜」

紅茶とは違う、茉莉花の残り香。
私のことをジト目で見つめる魔理沙を、私は見返してやった。

「なによ?」
「なんか……妙に仲良くないか。ついこの間まで名前すら知らなかったのに、だぜ?」
「き、気のせいよ!」
「けほっ、苦い……。でも、アリスは何時も咲夜が来る時間に、ここに来るわ」
「それに何だ今の『ゆっくりしていくといいわ』。『ええ……咲夜』って!めちゃくちゃうれしそうな顔だったぜ!! 言っとくけど、咲夜のあれは社交辞令だから……痛っ!」

いつの間にか戻ってきていた咲夜が、銀のトレイで魔理沙の頭を叩いていた。
魔理沙はうっすら涙眼で、咲夜は軽く溜息。それと一緒に振舞われる紅茶と、おかわりとして注がれる臙脂色。

「ここで喧嘩しない。あんまり騒がしくすると、お茶もお菓子も出さないわよ?」
「うっぅ……でも咲夜!アリスに妙に優しくないか?私にはあんなこと言わないだろ!」
「魔理沙がパチュリー様の本を返して、ちゃんと門から入ってくるなら、もう少し歓迎してあげるわ」

咲夜がいつの間にか一冊の本を持っていた。
魔理沙が慌てて帽子をひっくり返す。そんなところに隠してたのね。
魔理沙はおとなしく、紅茶を飲むことにしたようだった。まぁ、魔理沙では咲夜を言い負かすことはできないでしょ。

「御苦労さま、咲夜。私にも、もう一杯もらえるかしら?」
「はい、パチュリー様。小悪魔も、どう?」
「いただきます!」

こうして、紅魔館の住人に囲まれてる咲夜は、本当に。どれだけこの館に必要とされているのだろう。
普段、あまり無表情を崩さないパチュリーでさえ、彼女の紅茶には満足そうだ。

「……ん?」

ソーサーの下に一枚の紙切れ。

『答え、早く聞けると嬉しいわ。貴女がどんな顔で言ってくれるのか、楽しみよ   咲夜』

ばっと、顔をあげて、口を酸欠の魚のようにパクパク動かせば、咲夜はいたずらっぽい笑みを浮かべてて。
連れ出して文句でも言ってやろうとしたタイミングで、妖精メイドが飛んできた。

「メイド長、お嬢様がお茶を淹れてほしいとのことです」
「あら、淹れて差し上げたわよ? 純銀のティーセットで」
「もうピーマンもニンジンも見つからないように捨てたりしないから許して、とのことです」
「そう。下がっていいわ。じゃあ、アリス。またね?」

結局、真っ赤になった私が残される。
けどやっぱり……。私は初めて会った時から咲夜のことが好きなんだと思う。
どうして好きになったのかわからないけど。声が好き。手が好き。髪が好き。香りが好き。咲夜の存在が、私は好き。

だから、できるだけ早く。あの謎に答えよう。彼女の生は、私よりも短いのだから。短い蜜月を、せめて永く楽しむために。
読んでいただいてありがとうございます。いかがでしたか?
きっとアリスは理屈が先行して、好きになることにもガチガチに理由が必要なタイプ。
だから一目ぼれっていう感情は理解できない。で、悩んでる。そんなイメージです。序盤ちょっと鬱っぽいのは、アリスは考えが袋小路になると当たって砕けろよりため息ついてその場に膝をつきそうなイメージがあるから。
そこに救いの手を差し伸べるのは、やはり咲夜さんであってほしい。そんな願望。
レミリアお嬢様が可哀そうなことになってますが、ご了承ください。
るちあ
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コメント



0.2120簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
少し急ぎすぎたようにも感じましたが、とても良い話でした。
ずっと我慢して抑え込んでいた感情がふとした拍子に表れて、その感情の名前を知らないものだから困惑し不安になる。
それを爆発させることで安定に誘導したのは流石咲夜さんですね。
アリスが咲夜さんの弾幕に感じた想いは、咲夜さんも同様に感じていたのでしょうか。
咲夜さんからの視点でもこの話を見てみたいです。
最近咲アリが自分の中で始まりすぎてて困ります。
8.90煉獄削除
アリスの語りと咲夜さんに想いを寄せる様はとても面白いです。
彼女も自分が抱く想いを咲夜さんに打ち明ける日は
そう遠くないのでしょうね。
咲夜さんも期待してますが、どんな表情で打ち明けるか気になったりします。
そしてレミリアに対するお仕置がまた効果的というか……。
『う~~、さくやぁ!』とか涙目で言ってそうですが。
面白いお話でした。
15.90名前が無い程度の能力削除
お嬢様どんだけ子供なんですか
16.100名前が無い程度の能力削除
ぜひ続きを…!!
咲夜さん視点なんかもみたいな!
19.90名前が無い程度の能力削除
咲夜さんがかなり大人びた完璧瀟洒だったせいかアリスが情緒不安定で精神が幼すぎてたのに、
少し違和感を感じました。
アリス視点だったいうのも要因にあるかもしれませんが是非次回は咲夜視点の心理描写が見てみたいです。
21.100名前が無い程度の能力削除
>>この人の神経を逆なでする生娘が……!
小娘?いやこれはこれでありなのかも?う~む

おぜうさまかわいらしすぎです
24.無評価るちあ削除
感想ありがとうございます。まさかの千点越え。感謝しきれません!
>>6 咲夜さん視点も、私のレベルでできる限りやらせていただこうと考えています。始まりすぎてて困ることなんてないので、そのまま突っ切りましょう(笑)

>>8 お嬢様の反応などは、咲夜さん視点のほうで書かせていただこうと思います。面白い話、と言っていただけるだけで幸せです。

>>11 そう思っていただけたなら、書いた甲斐がありますね(笑)

>>14 続きも、読みたいと言っていただけて、私の力が及ぶところまで、時間が許せば、書いていきたいと考えています。

>>17 咲夜さんを完璧で瀟洒にするために、周りには少し退行化してもらいました。カリスマブレイク、とまではいかないと思いますが、なんというかすいません(汗)

>>21 アリスはちょっとくらい子供っぽいほうが絡ませやすかったというか。情緒不安定っぽいのは初めての感情に困惑しているためです。理由も、名前さえつけられない感情は、アリスにはあまりにも大きすぎた、そう思っていただけると嬉しいです。

>>24 仕様です。文章のミスではありません(笑)お嬢様はシリアスにもギャグにも走らせやすい万能キャラだと思ってます。
29.100奇声を発する程度の能力削除
咲×アリ最高!!!!!!
マジでこの組み合わせは超大好物です!!!!!
出来れば続きをお願いします!!!!
33.100名前が無い程度の能力削除
お嬢様w 出番ないのに存在感ありすぎですw
咲アリいいですね。こんな二人もいいものだ。
36.100名前が無い程度の能力削除
文章の流れが非常に好みでした。
そして、このアリスよ!
もう、くあーっ! ってなってしまいましてよ!?
今後の作品も期待していますっ。
41.100名前が無い程度の能力削除
おいしい咲アリをどうもありがとう。
47.100名前が無い程度の能力削除
GJ!
55.100名前が無い程度の能力削除
イイネ
58.100名前が無い程度の能力削除
亀コメントでごめんね、素晴らしい咲アリでした。咲アリもっと流行れー