Coolier - 新生・東方創想話

愉快な二択のその人形

2009/03/22 19:38:01
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日もとっぷりと沈んだ頃。
アリス・マーガトロイドは椅子にもたれかかって、くたりと息をついた。
「さて、ひと段落ね」

ここはアリスの自宅。
今、彼女は自作の人形を一つ完成させたところである。
一日中作業をしていたものだから、流石に少し疲れた。
人形の一体をさらりと操って作業机を片付け、ちょっと伸びをし、それからアリスは立ち上がった。
お風呂でも入るとしますか。

備え付けの風呂場の外に回って、人形を操って火を熾し、湯を沸かす。
アリスは多少の温度変化など殆ど感じないので、身体を洗うだけならただの水でもかまわない。
なのだが、沸かした湯に浸かるのが日本の風呂の流儀らしいので、それに従うようにしている。
湯気の匂いとか、暖気で香る石鹸の匂いなんかは素敵だし。

「ふむ」
そろそろ風呂場から湯気が漂いだしてきた。ひょい、と人形を手元に戻し、歩き出す。
脱衣場に入ってヘアバンドを外し、腰に巻いたリボンをほどき、ぽんぽんと服を脱いでいく。何となく人形を使うのは相応しくないので、自分で脱いでいく。
素っ裸になり、さあ風呂に入ろうか、というところで、
「あら?」
バスタオルを用意するのを忘れていた。
脱衣所からちょろっと顔を出し、アリスは人形を操る。寝室のタンスからタオルを持って来させるつもりである。

そのとき、突然音がした。
がたん。
「?」
がらら。
「よっ、と」
音のした方を眺めていると、ちょうど脱衣所の正面の窓が開いていく。
そこから不審な白黒が侵入してきた。
霧雨魔理沙だ。

「邪魔するぜー…っと。アリスの奴、何処にいるかな?」
独り言を言いながらすとん、と床に着地する魔理沙。彼女が顔を上げると、
「ここよ」
憮然とした表情の、素っ裸のアリスが目の前にいた。


しばらく後。
「いや、眼福ってのはああいうのを言うのかね」
出されたコーヒーを啜り、魔理沙がにやにやしながら言う。
「馬鹿なこと言ってないで」
どうでも良さそうにアリスが答える。別に見られて恥ずかしいほど大した身体ではない、と彼女自身は思っているので、特に嫌がる様子も見せていない。同性だし。
ちなみに今は服を着ている。露出狂というわけでもないから。

「んで、何しに来たのよ。泥棒ならお断りだけど」
「裸を覗きに来た。嘘だが」
「いいから答えなさいって」
アリスが急かす。のらりくらりとした魔理沙の話し方に付き合っていては埒があかない。

「うん、まあ、あれだ。今夜一晩、泊めてくれないか」
「…は?」
「いや、ついさっきのことなんだが…寝る前にだな、紅茶を飲もうと思ったんだ。んで、思いつきで紅茶に魔法薬を混ぜてみたんだがな?適当に配合したら」
「したら?」
「私の布団が吹っ飛んだ。運悪く」

アリスはちょっと考えた。
頼み事があるのなら玄関から入って来い、とか、どういう配合したら布団が吹っ飛ぶんだ、とか、泊まりに行くなら別に神社でもよくない?でもあそこは人間には寒いかもね、暖房とか建物の造りとかの関係で、とか、言いたい事は色々思いついたが、
「飲まずに済んで良かったわね」
コーヒーと共に言葉を飲みこみ、そう言った。

続けてアリスは言う。
「マットレスはそっちの部屋。ベッドは私が使うから、あんたのは床に敷いてね」
「これだから私は好きだぜ、アリス」
魔理沙は拝む仕草をした。

ちょっと後。

「私はお風呂に入ってくるわ、さっきは誰かさんに邪魔されたから。あ、部屋の物はあんまり触らないでよね。泥棒なんかしたら家から叩き出すから」
そう言って、アリスは部屋を出て行った。
「へいへい」
コーヒーカップを傾けつつ返事をする魔理沙。苦いぜ。

「さてと」
バスルームから水音が聞こえ出してから、魔理沙は立ち上がった。
「ちょっと物色させてもらうとするかな」
別に泥棒する気はない。見るだけだ、見るだけ。

がさりがさり
アリスの部屋を漁る魔理沙。

「む、この魔道書はアリスの自作か。オリジナルの文字が混ぜてあるな。読めん」
「こりゃ何だ…液体火薬?こんなもん人形に仕込んでんのかな、あいつ」
「うげ、市松人形。やはり夜中に髪が伸びるのかね…」
独り言を言いつつ、あれこれ観察する。やはり彼女は素養があるようだ。泥棒の。
そうこうしているうちにアリスは風呂から戻ってきた。魔理沙はアリスと入れ替わりに風呂に入った。


さて、かねてから準備をしておいた魔術がある。
風呂上り、ネグリジェに着替えたアリスは作業机に紙をひろげた。
「なんだ、それ?」
風呂から出てきた魔理沙も、それに気付いて声を掛ける。
「ちょっとした術をね。成功するかは分からないけど」
魔理沙が覗き込むと、紙には魔方陣が描かれていた。赤黒いインクで。
「血で描いた魔術式か…何の血だ?」
「紅魔館で分けてもらったの」
「ああ」
人間の魔理沙は若干嫌そうな顔である。

アリスは魔方陣の上に人形を置いた。ついさっき完成したばかりの物である。
それから紙に自分の両手を乗せ、
「ふっ」
魔力をこめた。

バチリ

一瞬、電流が走るような音がして…

「何も起こらないが」
魔理沙は呟いた。失敗か?
「いや、効果が出るのは暫く後だと思うわ」
腰に手を当て、アリスは答えた。
「そうなのか」
「ええ。まあ、失敗にしろ成功にしろ、明日の朝には結果が出てる筈」
「ふうん…で、どういう術なんだ、これは?」
「内緒」
「ちぇ」
さあ、明かりを消すわよ、あんたも寝なさい。そう言ってアリスは寝室に向かった。
アリスについていきながら、魔理沙は振り返った。
机の上の人形を見ながら、ちょっとむくれていたのかもしれない。



翌朝である。

『世話になった 今度茸鍋でも御馳走するぜ 私は里で布団を買って帰るとする 魔理沙』

アリスが起き出して来ると、食事用のテーブルの上に置手紙があった。それと白菜の浅漬け、ベーコンエッグ醤油がけ。
アリスの鍋が勝手に使われており、蓋を開けると中身は味噌汁だった。別の鍋にはご丁寧にもご飯が炊いてある。
白菜や卵は買い置きがあったが、味噌汁とかの出汁になるような食材はこの家に置いていなかった筈だ。
あの女、持ち歩いているのだろうか。出汁昆布的な何かを。

まあそれはいい。
「朝ご飯作って行ったのね、魔理沙」
そうまでせずとも良いだろうに。意外に律儀ね魔理沙。
アリスはあまり和食を作らない。ありがたく堪能させてもらおう。
席について食べた。箸がちょっと使いづらかった。でもおいしかった。


食事を終え、アリスは昨日術をかけた人形を見てみることにした。
あの術は、単純に言えば人形を自立させる為のものである。
動物が生きること、それは酸素を取り込み、エネルギーを発生させ、二酸化炭素を放出させる事。それが生命活動の一つである。
つまりそれは燃焼運動にも似ているのではないか。
そこで人形に液体燃料を仕込み、それを血管のようにその全身に行き渡るようにした。
その人形に、人間の血液で描いた魔術式で術をほどこし、擬似的に人間の体と同じ形をとるようにしたのだ。

まあ上手く行くかどうか、それはさっぱり分からないが。
どうかしらね?と、廊下を歩きながらアリスは内心で呟いた。
人形を置いてある部屋の戸を開ける。

「…え?」
アリスは目を見開いた。
「いない…!」
作業机の上に居た筈の人形は、影も形も無くなっていたのだ。

とっさに思ったのは「また魔理沙か」という事であった。以前にも人形とか収集品とかが盗まれていたし。
朝ご飯を作ってくれて、ちょっと見直したかと思えばこれだ。油断も隙も無い。

ただ…別の可能性もあった。

そう、人形の自立である。
もしかしたら、あの術は成功したのかもしれない。人形は自立し、命を得て、そして自我を持った。
そのまま、興味の赴くままに何処かへ旅立っていったのかもしれない。
その可能性だって、ある。なきにしもあらず。

だが、魔理沙が盗んでいった可能性だって、勿論なきにしもあらずである。
だとしたら癪だ。すごく癪だ。
恩を仇で返すにも程がある。

(さて、どうするか)
アリスはしばし考えた。
それから思いついた。
彼女は何事か、呪文をぶつぶつと唱え…ぱん、と手を打った。
それで術はおしまいである。

「さて、さて…」
今使った術は、別に大したものではない。
単に、管理下の人形に対する命令である。内容は【自爆せよ】。
もちろん対象は例の人形。自立したか魔理沙に盗まれたか、どちらかの運命を辿った、その人形である。

人形を、魔理沙が盗んでいったとしよう。
だとしたら恐らく、人形は自立はしていまい。したとしても、魔理沙に持っていかれるぐらいでは、大した自立もしていないだろう。
とすれば、あの人形はアリスの命令を受け入れる。魔理沙の手元にあるだろう人形は、命令に従ってその内臓燃料を起爆させる。
買ったばかりの魔理沙の布団は、またしても吹っ飛ぶ事になるに違いない。愉快である。

だが、そうでないとしたら?
人形が自立し、アリスの管理下を離れていたとしたら?
かの人形には、アリスの命令は届かないだろう。自爆命令は無効となる。
幻想郷のどこかを、自分の開発した自立人形が歩いているとしたら、それは非常に素敵なことである。愉快なことである。

どちらにしても、とアリスは思った。
「私の勝ちね」
さて、もう一度研究に戻るとしますか。
朝の陽の中、嗜虐的、又は満足気に微笑んで、アリスはぎゅっと伸びをした。
初投稿。緊張します。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
ガブー
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コメント



0.1100簡易評価
1.70ゆな削除
魔理沙どうなったんだろうか…
ちょっと最後あやふやな感じでしたけど、最後まですらすら読めましたー
オチがついたらもっと良くなると思います
3.50名前が無い程度の能力削除
これはオチまでやって欲しい
8.60名前が無い程度の能力削除
これはオチまでやるべき
10.100名前が無い程度の能力削除
二択のまま終わるというのは浪漫があってよかったです。タイトルにも納得。
慌てて結果を追求しないのも魔女らしさなんでしょうかねw
12.100名前が無い程度の能力削除
空気感が原作寄りですごく好き
想像の余地を読者に残す絶妙なオチだと思う
次回作も楽しみにしてます
14.100名前が無い程度の能力削除
お見事。
16.90名前が無い程度の能力削除
この会話の空気がらしくて良いですね
結果はどうだったんでしょうか
17.100奇声を発する程度の能力削除
ラストでタイトルの意味が分かりました。
20.90名前が無い程度の能力削除
なるほど、ニ択、とはこのことですか。
オチが不満だなと最初思ったんですが、タイトルを見返して、
そうか、そういうことか、それならこれは立派な好い作品だと思いました。
こういう形式もまた、良いものですね。
次回作も楽しみです。
29.100名前が無い程度の能力削除
オチがないのがオチってことか。
すげー