Coolier - 新生・東方創想話

人生楽しく生きるもの勝ち

2009/03/14 22:51:12
最終更新
サイズ
18.47KB
ページ数
1
閲覧数
1045
評価数
8/47
POINT
2580
Rate
10.85

分類タグ


掘り炬燵に足をつっこんで、積んであるみかんを一つ手に取る。
思ったよりも甘くて美味しいそれに思わず「あ、美味しい」と声に出すと、正面に座っていた彼女が思い出したように顔をあげた。
数秒視線が合ったのち、お互い何も言わずにそらす。違和感も緊張感も無い、自然な動作だった。
ふむ、と無意味な唸りを胸中で零し、更にみかんを口に運ぶ。
きちんと薄皮まで剥いたみかんを丁寧に一房ずつ。焦って手を汚すようなはしたない事も、口一杯に頬張るような卑しい真似もしない。
これは物心つく前から刷り込まれた洗脳でもあったし、貴族育ちの意地でもあったような気がする。

と、みかんの食べ方一つにぼんやりそんな事を考えているうちに、初めて私の頭に違和感の様なものが浮かんだ。
なんだろうと首を傾げて、目の前に座る彼女を見る。
同じように薄皮を剥いている白い指。長い睫。艶やかな黒髪。
見慣れたものだ。此処数百年程で。見慣れすぎてもはや見飽きたに到達する顔。
(……違和感を感じない事が、違和感だらけだよね。本来は……)
口に出さない代わりに、私はまたみかんを一房口に放り込んだ。









   * * *









幻想郷で輝夜と再会してから100年ぐらいは、憎しみのままに殺しあった。
当時はあいつも定住していたわけじゃなかったし、今みたいに妖怪兎を大量に連れていた訳でもない。
適当に歩き回って偶然出会って始まる殺し合いもあれば、あいつが寄こしてきた刺客を頼りに辿り着いての殺し合いもあったっけ。
あいつが今の場所に屋敷を構えたのが、再会して150年程経った頃だった。
その頃には私も少しずつ幻想郷という不思議な世界をよく見る様になり、人間の里近くにいる事が多くなっていたと思う。
里の中で暮らす訳にもいかないからと適当な位置に腰を下ろしたその場所が、迷いの竹林。
人間が簡単に寄り付かないその場所は私にとって最適の場所だった。何よりも、あいつが定住を決めた場所が同じ竹林内という都合の良さ。
これ以上にいい場所は無いに違いないと今でもそう思う。
当時のあいつが私の居場所を知っていたのかどうかは定かでは無い。偶然同じ場所になっただけかもしれないし、厄介事をまとめてしまいたかったのかもしれない。
どんな理由があろうと私にとってはいい事でしか無かったので、それだけはあいつに感謝したいと思った。思ってる。


お互いの居場所というものが決まってからは、今まで以上に派手な殺し合いをした。
当時はスペルカードなんてものも無かったから、お互い殴る切る蹴る刺すなんでもありの血みどろな戦いばかりを繰り返していた私たち。
この頃からだろうか。私とあいつの殺し合いに理由が無くなり、手段だった殺しあう事こそが目的となったのは。
馬鹿馬鹿しいという人は多いだろう。実際、これから更に100年以上経ってから出会う友人に散々言われた。
自分でもふとした瞬間に、戦う理由を忘れている事に気づき恐怖を感じていた。
父上や家名に意味をなくしてしまう程の時を、私は生きてしまっていることを思い知るようだったから。


それから更に100年程経った時、つまり再会から250年程の時間が過ぎた頃。
私たちは出会えば即殺し合いという日常から、ほんの少しずれた位置に立っていた。
とは言っても顔を合わせて殺し合いをしない日等無かったし、相変わらず様々な刺客が送られていた事に変わりは無い。
ただ殺し合いをする前後に、私と輝夜は他愛無い会話をするようになっていた。
「これから雨が降りそうね」と輝夜が言えば、私は「洗濯物とりこんでないや」とどうでもいい事を話す。
輝夜は少し笑って「貴方に洗濯物なんてあったのね、いつも同じ服を着てるんだもの」と挑発交じりの言葉を言って、私は「洗濯も出来ないお姫様」と笑う。
時にはお互いムキになって言い合ったり、時には言葉遊びを楽しんだり、時には挑戦的に笑い合ったり。
ほとんど本能で動く殺し合いとは違い、考えながらの口論はそれなりに楽しいものだった。
憎しみを胸に月を睨みつけ、復讐を目的にただ生きてきた日々とは違う、充実感のようなものが胸を締め付ける。
私を苦しめ続けた不老不死という呪いが、呪いで無くなった様な気がした。そんな年月。


それから数十年、もはや戦う事が楽しすぎて年月を数え忘れる様な時期に出会ったのが慧音だった。
当時は今よりも若く、子供か大人かで言えば辛うじて大人だろうと分類される程度の彼女は、その外見に似合わず無遠慮で押しが強い。
輝夜と殺し合いをした後どこからとも無く現れ傷の手当をすると言い張り、家に帰る頃には治ると必死に説明しても最後には私を引きずって家まで連れて行った。
迷惑じゃなかったと言う事は、あまり出来ないかもしれない。お節介が服を着て歩いているような彼女が私はあまり得意じゃなかった。
長い永い過去にも似たような人に出会った事があり、根負けして付き合うと結局相手も自分も不幸になる。そんな事が何度かあったからだ。
慧音を見ていると、どうしても不幸にしてしまった彼等を思い出して仕方が無かった。
また私に取って、彼女は弱弱しすぎるとも思っていた。
輝夜との殺し合いになれてしまった身としては、どこからどこまでが常識の範囲内なのか忘れてしまっていたから。
うっかり殺してしまっては洒落にならない。私達と違って慧音は死ぬ人間だ。半獣と言っても妖怪程頑丈でもない。
長年妖怪退治をしていた私にとっては妖怪すら頑丈とは言えないのだから尚更だった。
輝夜との再会とそれから経た年月で少しは荒んだ心もマシにはなっていたけれど、それでも私には人より少し長めの歴史がある。
わざわざ自分から不幸の種を飼う様な真似だけはしたくなかった。

けれど慧音は、しつこかった。そりゃもうお前それは人としてどうよってぐらいしつこかった。
不老不死の私が恐怖を感じる程のしつこさに、とうとう根負けしたのが慧音と出会って数年後。私の生きた歴史の中でも、妙に濃い気がする数年だ。
優しくて厳しい教師の顔と、少々間抜けでおっちょこちょいな子供の顔を併せ持つ彼女。
姉の様に妹の様に、または母の様に子の様に。慧音は友人と言う枠を超えて、私に寄り添ってくれた。
輝夜と再会して、300年程の年月が経った頃の話だ。


人間の護衛。竹林で筍掘り。慧音の家で夕飯。弱弱しい人間の、更に弱弱しい子供達の遊び役。
慧音との仲が深まる頃、私には殺し合い以外にもやる事がたくさん出来ていた。
生憎輝夜との殺し合いは無くなりはしなかったけど、数年もすれば慧音も何も言わなくなった。ただ怪我をするなよと言って送り出してくれる。
輝夜とは相変わらず殺し合いの前後に少し会話をして、派手に殺しあって、の繰り返し。その頃には憎悪というより、憎たらしいって気持ちの方が大きかったと思う。
会話も皮肉や挑発が少なくなり、代わりに輝夜の所にいる兎の話や里の人の話をする事が増えていて。
縁側で茶でも啜りながら、ってのが似合いそうな会話に、今更ながら年を実感したりもした。
博麗の巫女がスペルカードルールとやらを作ったのもこの時期だ。輝夜との少々マンネリ気味だった殺し合いに、また新たな華が咲いた。

しばらくしてその巫女のお陰で輝夜が隠れ住む必要が無くなったと知ったり、巫女の手でボコボコにされたり。
また何故か関係ない私までボコボコにされたりと小さな事件を起こしながら私達は楽しい日々を送っていた。
原因の輝夜を慧音と二人で殴り込みに行った事は更に小さな事件だ。語るほどのことでもない。


更に数年が経って、輝夜との仲もいつしか顔をあわせれば殺し合いから、まぁとりあえず一杯飲むのも悪く無いかという様な関係にまで至っていた。
殺し合いをやめた訳じゃないけど、たまには月を見ながら飲んでもいいんじゃないかなと思う、そんな感じの仲だ。
思い出話をするような私達じゃないから、語るのは明日の天気とか永遠亭の兎がした面白話とか永琳の作った薬とか、簡単に言えば馬鹿らしい話ばかり。
そんな私たちを見て慧音は嬉しそうに目を細めていた。輝夜と飲んだと言うだけで、泣きそうなほど優しい顔になる。
もし輝夜と遊びに行ってくるなんて言えば、初めて孫に友達が出来た祖母の様に喜ぶんじゃないだろうか。いや、私は一般的な祖母と孫がどういう関係かなんて知らないんだけど。
更に言えば私と慧音の年齢差を考えると、祖母に相応しいのは私の方な気がするけど――それは流石に気に食わないのでやめておく。老いない私はいつまでも若い。
と、この話を輝夜に話したところ「ババアと言われて気に食わないと思ってる時点で貴方の心がババアなのよ、ババア妹紅」と言われたので思わず蒸発させた。
リザレクション対策にとわざわざ灰を瓶詰めし土に埋めたり、とまぁこれも小さな事件だ。やはり私達仲は良くない。というか相性が悪い。


鈴仙と呼ばれる月の兎が刺客として来る数が10000回に達した頃、というのは分かりづらいので輝夜と再会して350年程度の時。
もはや数ヶ月に一度の月見酒が基本となっていた私と輝夜の間に、珍しく慧音と永琳、それに兎達が割り込んできた。
それは慧音の年齢も60を超え、半獣故の若さを保っても尚私が横に並ぶと親子に見えるという、寂しい差が生まれて始めている夜だ。
ぽつりぽつりとしか会話をしない私と輝夜に、溶け込むように二人は穏やかに笑いながら酒を飲み進めていた。
何か言いたい事があるの?と輝夜が聞いても、慧音は笑うばかり。
月の兎に酒を注がせ、永琳が「楽しいわね」と一言だけ漏らしたのが印象的だった。





輝夜と再会して400年。慧音が息を引き取った。
あまりに穏やかな彼女の最期は、悲しむ人も微笑む程優しい死に顔だった。
最期まで教師であり続け、最期まで私を友と呼んでくれ、最期までありがとうの言葉を忘れずに、微笑みながら逝った慧音はきっと幸せだったんだろう。
そんな慧音の死に、私は泣けばいいのか笑えばいいのかよく分からなくて、ずっと困ったような顔をしていたらしい。これは後で里の人から聞いた話だ。
幸せな最期ならそれを嬉しく思うし、それでも胸にぽっかりと開いた空間が寂しくも思う。
そしてほんの少しだけ、幸せに逝く事の出来る慧音に対して嫉妬に似た羨ましさも感じていた。
多くの人に愛され多くの人に必要とされ、亡くなると多くの人が涙する。美しすぎる死に様を見て、やっぱり私は泣く事も笑うことも出来なかった。


慧音が埋葬されたその晩、喪失感にたった一人で酒を飲んでいた私の元に輝夜がやってきた。
吹き飛んだ小屋と共に言葉も交わさず始まった殺し合いは、此処200年で最も激しいものだ。
特にこの100年はスペルカード戦が多かったので余計に、その気持ちは大きかったんだろう。
沸騰するような血のざわめきに、三日三晩戦い続けた。体力が無くなって死んでいるのか寝ているのかも分からなくなっても、また体が起きる様になれば殺しあう。
殺して殺され殺して殺して殺されて殺されて殺して殺されて。
三日なんて、私たちからすれば刹那のことなのに。何故かその殺し合いは永遠の様に感じられた。ううん、殺し合いの中に永遠を見た。
お互い血みどろで痛みを感じる事も出来ないほどに倒れきって、ただ自分の心臓の音と荒い呼吸の音だけを聞いて。生きていると実感して。
そして、輝夜は言った。

「私、あの人の事結構好きだったのよ」

ひどい声だ。
血が溢れてもはや体に水分なんて残ってないはずなのに、それでも涙に濡れた弱弱しい声。
動かない体では輝夜を確認出来なかったけど、確認するまでも無い程に輝夜は泣いていた。

「あんたが泣かないなんてずるい。あの人はあんたが大好きだったのに、泣いてやりなさいよ、ねえ」

輝夜の必死すぎる言葉に、私は思わず笑った。
なんだこいつ、宇宙人の癖に人間臭いところあるじゃないかって。
多分慧音に話したら、いつかの嬉しそうな顔で笑うことを思いながら。





笑いながら、泣いた。









   * * *








「ねえ妹紅」
「痛いな、蹴らなくても聞こえてるよ馬鹿」

炬燵の中で踏まれた足を蹴り返して、答える。
答えながら最後の一房を口に入れてふと彼女の手を見ると、案外不器用なのか同じ食べ方の癖にやけにべとべとしているのが目に見えた。
本当にお姫様なのと言いかけたけど、よく考えれば姫様だからこそみかんなんて剥いたことが無いのかもしれない。
そう思うと、無駄な程綺麗に食べた自分はまるで貧乏人の知恵袋を披露している気がして、妙に悔しく思った。
もちろん輝夜がそんな事を一々考えているわけも無いのだけれど。

「いつまで此処にいるの?」
「あんたが壊した家を直してくれるならいつでも戻るって言い続けてるでしょ」
「じゃあ永遠に無理じゃない」
「少しは反省しろ馬鹿」

馬鹿馬鹿言わないでよ、と言いながら輝夜がみかんを頬張る。一気に半分。剥いたみかんを並べていると思えばこいつ。
なんだか見たくないものを見た気がして目を逸らすと、再びごんっと足を踏まれた。
思い切り蹴り返したい気分にかられて、実際足を振り上げたりもした。が、ギリギリの所でどうにか踏ん張る。
炬燵の中での蹴り合いが弾幕勝負へと発展し部屋を半壊させた為に、永琳謎のお薬実験台~耐久24時間~を食らわされたのはまだまだ記憶に新しい。
死ねない苦痛をたっぷり味わった私は学習した。炬燵の中で喧嘩しないと。これが恐怖政治というやつだろうか。よく分からないけど。

「ねえ妹紅」
「……今度は何よ」

残りの半分を、再び一気に頬張った輝夜を横目にティッシュを投げ渡し、大きく溜息をつく。
みかんを食べる仕草とはやけに対照的に、指を一本一本丁寧に拭いていく様は不思議と姫様っぽい感じがした。
と言っても手をぬらしているのは所詮みかんの汁だし、足を入れているのは掘り炬燵だしとやっぱりどことなく残念な感じはする。
そして残念な所が、輝夜らしいと言えばらしい様な気がした。
(……同じように考えると貧乏臭い所が私らしいのか。いや、そこはあまり考えないようにしよう)
輝夜は更に次のみかんに手を伸ばしながら口を開く。

「明日はどうするの?」
「いつも通りよ。竹林に迷ってる人がいないかちらっと見回ってから里行って、子供の面倒見ながら寺子屋に顔出して、皆に挨拶しつつ先生を尋ねる」
「ふうん。あの子、そろそろ頼りになるの?」
「うーんまだまだ若いしねぇ、それなりって所よ。どの道里の守護者なんて、里の人にどれだけ好かれてるかでしょ?」
「違いないわね」

皮を剥き終え、再び薄皮を剥く作業に到達した輝夜の手は何故かもう汁でどろどろだった。不器用にも程がある。
これで絵を描かせたり竹細工を作らせると中々の物が出来るのだから、世の中は不思議だと思う。
みかんに飽きた私は幸運兎が用意したお菓子――には手をつけず兎の持ってきたお煎餅を一つ手に取った。一応匂いは確かめる。うん大丈夫。
この屋敷に住む基本ルールとして、いつでも食べられるお菓子には何か怪しいものがかかっていないか確かめろ、というものがある。
それは時にシアワセウサギの悪戯だったり、詐欺兎の悪戯だったり、はたまた健康マニアの悪戯だったりが無い事を確かめる為だ。
ちなみに私は58回引っかかった。あの野郎。

「貴方も人里に住めば良かったのに」
「それは流石に……ん?何?出てけって事?」
「そうは言ってないわ。まぁ、さっきから何当たり前の様に人のおやつ食べてんだ糞野郎とは思ってるけど」
「待て待て。このみかんも煎餅も、後その横のよく分からない物体も、二人で食べなさいって永琳が言ってたでしょうが」
「何言ってるのよ、貴方昨日私より大きい羊羹食べたくせに。その分を差し引いてこれは全部私の物でしょう?」
「その理屈はおかしい」
「うるさいわね!てりゃっ!」
「んぎゃ!!!」

ピュと微かな音の割に尋常じゃない攻撃力を誇る、輝夜の攻撃。みかんの皮で目潰し攻撃を見事に食らった私は、そのまま後ろへ倒れる。
勝った!と言葉と共にガッツポーズをとっているであろう輝夜はわざとらしい高笑いをあげていた。死ねばいいのに。
悔し紛れに目を押さえながら、炬燵の中で強めのキック。ダイレクトにスネへ直撃したそれは、想像以上の成果をあげる。

「くっそう…!やったわね!」
「初めにやったのはどっちだっつの!」
「もう許さないわ!その真っ赤な目、潰してあげる!」
「フン、やれるもんならやってみな。代わりにあんたの綺麗な髪を全部引っこ抜いてやるよ!」

私たちは同時に炬燵から立ち上がり。

「行くわよ妹紅!『神宝「ブリリアントドラゴンバレッタ」』!」
「そんな使い古された弾幕当たるもんか!『不死「火の鳥 ‐鳳翼天翔‐」 』!!」
「そのパターンはもうお見通しよ!受けなさい『蓬莱の樹海』!」
「骨まで燃え尽きろ!『フェニックス再誕』!!」

視界の端で逃げ惑う兎達。慣れた様に足を組んで見物するピンクのワンピースを着た妖怪兎。そして青筋を立てた、薬師。
私と輝夜が我に返ったときにはもう、屋敷内だというのに大きなお月様が見事に輝いていた。






「お腹減ったわ」
「さっきあれ程みかん食べてた癖に」
「みかんでお腹が膨れるわけ無いでしょう」
「知らないよそんなの。っていうかいい加減離れてくれない?動きにくいんだけど」
「じゃあ炎出しなさいよ、寒いわ」

反省しなさいと言って追い出された屋敷近くの竹林。月明かりの下で私たちはボロボロになった服をどうにか取り繕っていた。
炎を操る要領で体温を上げられる私とは違い、輝夜はひどく寒そうに腕を擦り合わせる。片袖が破けてしまっているので余計に寒いのだろう。いい気味だ。
あえて焚き火は作ってやらず、私は白い息を吐きながら月を見上げる。
今日は満月だった。

「酒でも持って来ればよかった」
「飲むなら温まるのがいいわ」
「熱燗?いいねそれも」

くすっと笑う私に対し、輝夜は懐かしそうに目を細め月を見上げる。
物語のかぐや姫はこんな目をしていたんだろうか。私は竹取でも何でもないけど、ひどく悲しい気持ちになった。
誤魔化すように腰を下ろして、もう一度息を吐く。
その時ふと、闇の中に揺れる異質な白を見た気がした。
あれは見慣れたふにゃりと垂れ下がる、耳。

「てゐ?何してんのそんな所で」

ぴょこぴょこと動くそれに私が声をかけると、耳がぴくっと跳ね上がる。
輝夜も木にもたれたまま不思議そうに首を傾げており、近づいてくる兎は満足そうににやっと笑っていた。

「冬に追い出されるなんて、相変わらずねぇあんた達」
「あんたに言われたくないよ」
「あら?イナバ後ろに持ってるの、お酒?」
「姫様達が寒がってると思ってね」
「気持ち悪いね。あんたの優しさなんて、雨でも降りそう」

警戒しながらも風呂敷の中身に期待をしている私と、嬉しそうに笑いながら適度に温まった徳利を抱きしめる輝夜。
てゐはテキパキと風呂敷を広げ、猪口を手渡すが早いか早速溢れるほどに注ぎ始める。
三人分がきっちり注がれると何故か顔を見合わせ、私たちは笑った。

「あーうまい!」
「嫌ねぇ妹紅、下品なんだから。あーうまい!」
「あんたらねぇ……あーうまい!」

人間の体温よりも15度程高い熱を持った酒は、寒空の中で飲むのに丁度良い温かだ。
また生い茂った竹のお陰で風もほとんど感じられず、数回に分けて猪口を飲み干すと一気に体が熱くなってきた。
元々私はそこまで酒に強くないので、それ程の量も飲めない。
なんて言えばきっと目の前の二人は「まだまだ子供だねぇ~」なんて言いながらにやにやするに違いないので言葉には出さずゆっくりと酒を味わった。
のんびりとした時間が私達の間に流れる。

そんな三人の元に突然現れたのは、ぴんっと立ったウサミミが特徴的な月の兎だった。

「あー!こんな所で何やってるんですか!」
「ウサ?鈴仙じゃん、どしたのこんな所で」
「てゐが見当たらないっていうから探しに来たのよ!っていうかあんた、お酒まで持ち出して…!」
「まーまー、イナバも座りなさいよ。苦しゅうない苦しゅうない」
「姫様?酔っ払ってるんですか?ちょ、痛い尻尾ひっぱらないでぇ!」

可哀想な程無理やり座らされ、輝夜とてゐの二人がかりで酒を注がれる鈴仙の姿をつまみに私は苦笑しつつ手を傾けた。
喉が熱くなる感じがなんとも言えない。
ゆっくりゆっくり味わいながらの一杯を飲みきった時にはもう、鈴仙は流石に心配になる様な真っ赤な顔をしてどこか宙を見ているばかりだった。
彼女はとことん酒に弱い、らしい。

「ふぇ~、ひめしゃまもうらめえ~」
「大丈夫よまだいけるわ。ほら、飲みなさい」
「はいはいぐぐーっとね~~」
「うきゅ……」

かなりのハイペースで飲まされ続け、とうとう目を回した鈴仙がぱったりと後ろに倒れる。
頭を打たないように直前でてゐが庇いはしたものの、もはや彼女の目に映るのはぐにゃりと歪んだ世界だろう。
分かるよその気持ち…こいつらは化け物なんだ…!同情したい気持ちで目を逸らし、私は絶対に自分のペースを貫こうとこっそり決意。
あんたの死を無駄にはしないよ。死んでないけど。



鈴仙の気持ち良さそうな寝息を聞きながらぼんやりと酒を傾けていた私達三人の下へ永琳が訪れたのは、てゐの持ってきた徳利が残り一本となった頃だ。
苦笑しながら優雅な足取りで現れた彼女は、呆れたように私達を見下ろしていた。

「全然反省になってないじゃないですか、全くもう……」
「いやいや師匠。今日は満月ですよ、飲まなきゃいけませんって」
「そうよ永琳、貴方も飲みなさい。ほら妹紅永琳に注いであげて」
「よしきた」

隣に腰を下ろした永琳に無理やり猪口を押し付け、溢れるほどに注ぐ。
やっぱり私もそれなりに酔いが回ってきたのか、零れた酒は永琳の白い指にきらきら光る筋を作った。

「地べたに座って飲むっていうのもねぇ……」
「それは私も思う」
「ちょっと妹紅まで何言ってるのよ、そういうのが楽しいんじゃない?」

輝夜の言葉に、永琳は苦笑交じりで空を見上げる。
つられて見上げた三人の目に入るのは、今も昔も変わらない金色の光。
私たちの長い過去を、そしてこれからの未来を刻み続ける懐かしい月。
四人がほとんど同時に視線を戻し、その際かち合った視線によく分からない笑顔を浮かべた。
誰とは無しに、それぞれ猪口を持ち上げる。
こんっと音がして、それらはぶつかりあった。ついでとばかりにてゐが鈴仙の耳にもこつんと猪口をぶつける。それはどうなんだ。

くすりと笑う輝夜に、悪戯っぽい笑みを浮かべるてゐ。優しく見守る永琳。寝言を言いながら真っ赤な顔で眠る鈴仙。
そんな光景を無意識に微笑みながら眺めて、私は一気に最後の一口を煽った。



「そうね、凄く……楽しいわ」










 FIN
ここまでお読み頂き有難う御座いました。

妹紅と輝夜のgdgdな話を書こうと思っていたのに、気づけばなんか違う話になっておりなんともはや。難しいものですね。
永遠を生きる3人は、例え今後鈴仙やてゐが亡くなった後もこんな感じで楽しく酒を飲んで欲しいと思っています。
ところでこの2人の寿命はどれぐらいなんでしょう。1万年ぐらい経っても元気にしてたら嬉しいんですが。そしたら3人も寂しくないですしねぇ。

ちなみに、妹紅は永遠亭に居候です。輝夜がぶち壊した小屋を永遠亭の誰かが直すまで住み着くつもり。
まぁふらっとどこかに行く事はありそうですよね。妹紅はなんとなく一人でぼーっとしてるのが似合うイメージです。孤独じゃなくて。
家が直ったら本当にあっさり出て行くんじゃないかなーと。輝夜はそれが嫌で直さない。まぁ100年後も一緒に暮らしてるかどうかは微妙な所ですが。
そしてこの話、慧音の死後何年経ってるのか作者自身考えないようにしました。100年かもしれないし1000年かもしれない。
例え何年経っても変わらない腐れ縁という間柄だったらいいなぁと勝手に思ってます。


初めてこちらに投稿するに当たって、出来るだけキャラと触れ合おうと永夜抄を引っ張り出してプレイしてみました。
そしたらリグルの可愛さに改めて目覚めたような気がします。次の機会があればリグルが書きたいですね。あとルーミアも。



勝手に誤字見つけたので修正……。すみません。あと分類忘れてました。
紅黒
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1840簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
今まで見た妹紅と輝夜の物語で、一番いい味だしてると思いました。
脇役のように、余り表面に出てこない方々も隠し味のように出て、
見ごたえばっちりでした。感謝です。

リグル可愛いですよね!
4.100煉獄削除
妹紅と輝夜が中心の話でしたが、面白かったです。
他の人物たちも出てきてたけど、そこまで表に出ることも無く
坦々と語られているようで良かったと思います。
なんだか静かに語られていて、スルスルと読めた感じです。
面白かったですよ。
16.100名前が無い程度の能力削除
時系列は別として、もこてるの関係はこんな感じだと同意します。
あとやっぱり、てゐは姫と対等ってのがいいですよね(オイww
22.100奇声を発する程度の能力削除
最高ー!!!!!!!
この感じの話は大好きです。
24.60名前が無い程度の能力削除
これはいいてるもこ
彼女達らしいふいんき(←何故か(ryでした


次は是非リグルを書いて!
34.100名前が無い程度の能力削除
凄くよかった。月見酒がしたくなりました
38.100名前が無い程度の能力削除
自分の思っている妹紅と輝夜の関係とほぼ一緒で良かった。話も読みやすかったです。
妹紅の口調もこんな感じが好きです。
40.80名前が無い程度の能力削除
うむ