Coolier - 新生・東方創想話

星熊勇儀の鬼退治・零之参~地の底の雨宿り~

2009/03/14 16:55:41
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このお話は作品集68「星熊勇儀の鬼退治・零之弐~ちのそこで~」の流れを引き継いでおります。



















 花を摘む。

 美しい花だ。

 手に取りたい、手に入れたいと願うのは自然なこと。

 花を見つめ自然頬が緩む――が。

 すぐに顔は歪められる。

 手折った花は萎れ枯れてしまう。

 花を手に入れた充実感は一瞬で喪失感、後悔へとすり替わっていた。

 なんてことをしてしまったのかと嘆く私を……冷やかな目で見る私が居る。

 わかっていたことだ。わからないふりをしていただけだ。

 いずれ訪れる終わりを見ないように誤魔化していただけ。

 知らなければ終わりさえ来ないと演じていただけ。

 それでも……現実は叩きつけられる。

 花とは――枯れるものだから。
















「――む。夢、か……久しいな」

 体を起こし関節を伸ばす。

 欠伸をして周りを見回し、ここがどこかを確認する。

 涙で視界が多少ぼやけているが……どうやら自分の家らしい。それこそ久しい。

 どうも宴会で酔い潰れることなく家まで帰ってきてたようだ。

 ……否、あたりに散らばる酒瓶からして一人で呑んでたらしい。

 記憶が飛ぶほどに呑んだということは――楽しい酒ではなかったのだろう。

「……なにがあったんだかな」

 自問するが答えは返らず。前日の己は望みを達したようでまったく思い出せない。

 はて、もしや夢の内容に関わりがあるかと思い返すが――時既に遅し。

 夢の輪郭は今涙でぼやける視界と同じく判然とせず、どんどん形を崩していく。

 起きれば忘れるのが夢だ。

「ん……いや」

 花――そうだ。花の、夢。

 そんな夢だったと思う。

 花ならば。

 現実ではあり得ない。

 この地底世界に咲く花などありはしない。

 ありは、しないのに――

「……何故、おまえの顔が出る。水橋」

 浮かぶのはあの小憎らしい、憎らしい橋姫の姿。

 あれが花? 巫山戯ている。あんな奴が花であるものか。

 ただ私の心を掻き乱すだけの奴が花であってたまるものか。

 見て安らぐでもない。見て和むでもない。見て心落ち着くでもない。

 全てが反対だ。真逆だ。

 あいつの顔を思い出すだけで心が騒ぐ。暴れる。苛つく。

 頬を伝う涙すら、熱くなる。

 欠伸で出た涙なのか、夢に当てられて出た涙なのか。判然としない、が。

 疎ましい。

 この涙が、泣いてしまったという事実が、疎ましくてたまらない。

 最早疑うまでもなく、起きてからずっと纏わりつく不快感の原因はあの小娘にあると理解した。

 …………

 息を吐く。

 何を――馬鹿な。

 この私が。鬼の四天王、力の勇儀があんな小娘に心動かされるものか。

 ――寝てしまおう。

 眠って、忘れてしまおう。

 益体の無い夢想に浸るようなものだ。

 こんな、意味もわからぬ怒りなど捨ててしまえ――



























 ぬるりとした、脂が手の甲を走る。

 掌は温かく、握りしめたものが僅かに動く感触を味わっている。

 それもやがて止まり温かさは失せ、燃え上がっていた心は氷の冷たさを取り戻す。

「――あ?」

 腕に抱くのは緑眼の橋姫。

 だがその緑は、赤に犯されていた。

「……あ、ぅ……」

 薄い胸を穿たれている。

 その穴から血が止まらず零れ出している。

「う、あ、あ」

 目は見開かれたまま何も映さず。

 口は半開きのまま言葉を出すことは無い。

「あ、あ、ああああああああああ」

 私が――殺していた。

 私の腕が彼女の胸を穿っていた。

 慌てて引き抜けば握りしめているのは彼女の心臓。

「あああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 違う、嘘だ。こんな、違う!

 殺したいなんて思ってない!

 こんなことは望んでいない!

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 嘘よ、と誰かが囁いた。

 本当だ! 私は水橋を殺したいなんて欠片ほども……!

 じゃあ何故、と誰かが問うた。

 わからない。でも本当に殺したいとは思っていなかった!

「じゃあ何故笑っているの?」

 鏡を見せられる。

 笑って、いる。

 返り血に汚れた私の顔は、笑みの形に歪んでいる。

 悪鬼の姿がそこにあった。

 目を疑う。だって、違うんだ。

 私は本当にこんなことは望んでいなかった。

 だってほら。

 こんなに悲しいんだ。

「ぅぁ……ああああああぁぁぁぁ……」

 涙があふれる。

 顔に付いた血と混じり血涙となる。

「あぁぁ……あああああああああああ……」

 胸の穴に心臓を押し込む。

 片手で彼女を抱いたまま零れてしまった血を掻き集める。

 手で掬おうとしてもほとんど零れてしまうけど、胸の穴に注いでいく。

「うああああああああああぁぁぁ……」

 私が笑っていても。

 私が悪鬼でも。

 本当に生き返って欲しいんだ。

 こんな結末なんて望んでいないんだ。

「でもこれは当然の結果」

 びくりと体が震える。

 血を掬う手が止まる。

「強いあなたが脆い彼女に触れればこうなることはわかっていた」

 顔を上げる。

 鏡を持った彼女が居る。

 ずっとずっと昔に死んでしまった恋人がいる。

「ひ……」

 望んでいた。

 再び逢いたいと願っていた。

 だけど。

 怖くて、恐ろしい。

「な、なん、で」

 彼女の声は、水橋のそれだ。

 似ても似つかない声。

 鈴の転がるような声ではなく、あの棘のある、愛らしい声。



「あぁ。やっぱり私を殺したのね。勇儀」



 ぐいと襟首を掴まれる。

 腕の中の亡骸が私を掴まえていた。

「殺してでも私が欲しかったの? 勇儀」

 棘のある愛らしい声で水橋が囁く。

「とても痛いわ勇儀。とても苦しいわ勇儀」

 見たことのない、水橋の笑顔。

「あ……あ、ぅ……わた、しは……」

 妖艶に歪む水橋の唇。

「こんなことをしたいほど私を想ったのね。勇儀」

 喜悦に綻ぶ水橋の緑眼。

「私は、私は……」

 拒絶の言葉が出せない。

 亡骸の言葉を否定できない。

 だからか、拒絶の言葉は亡骸の口から出た。

「でも私にはあなたの想いがわからない」

 呻き声すら上げられない。

 喉笛は凍りつきその役目を果たさない。

 拒絶されるなんて考えもしなかった。

 彼女は私の想いに応えるのが当然だから。

 私のことを理解して当然だから。

 だってずっと昔にさらった時もそうだったじゃないか。

 人と鬼だったけど笑いあって抱き合ったじゃないか。

 私の心はおまえのものでおまえの心は私のものだったじゃないか。

「あなたがそうしたのよ勇儀」

 なのに、水橋は微笑む。

 寂しげに。悲しげに。

 私を慰めるように。

「……私が……?」

 理解できないのに理解する。

 水橋に非は無い。

 私がやってしまったんだと理解する。

「だってほら」

 血で汚れた水橋の亡骸が起き上がる。

 くちづけるのかと見まがうほどに顔を近づけ

「私の心はガランドウ」

 ぼとりと

 穴から心臓が落ちた 




























 半鐘染みた鼓動。

 乱れに乱れる呼吸。

 汗はぬるくこびりつく脂汗。

「……っ」

 吐き気が止まらない。

 諸手で口を覆うも喉を灼く胃酸が溢れる。

「が、は」

 起きたのに。夢から醒めたのに。

 両の目にあの光景が焼き付いている。

 鮮明と云うには程遠いなんのことはない支離滅裂な悪夢。

 そう。鮮明とは云い難い。

 輪郭は既にぼやけていて、それこそ夢の光景。

 なのに。

 血を流す水橋の姿だけは――

「――っ!」

 酒しか入ってない胃袋は胃酸だけを逆流させた。

 まだ震える体を引きずり手水場に向かう。

 手を濯ぎ顔を洗う。

 大分……落ち着いては、きた。

 この吐き気のおかげで眠気は完全に飛んでいる。

 胃はまだむかむかするがもう吐くものも無いのか出てきそうにはない。

「……げほ」

 何の気なしに水桶を覗き込む。

 水鏡には――病人の目をした私が映っている。

「ふ、はは……悪夢に魘されて飛び起きるなんて……どこのお嬢様だ私は」

 脱力して、その場に座り込んだ。

「水、橋――」

 悪夢の原因の名を呼ぶ。

 寝ても覚めても――とはこの事か。

 疎ましさが憎しみに変わるのもそう遠くない気すらしてくる。

 既に嫌っているのに……さらに憎むか。

 ……いかん、な。こう一人で居ると、考えがどんどん酷くなっていく。

 町に……行こう。酒を呑む気分ではないけれど、一人で居るよりはましだ。

「水橋……」

 あいつのことをひたすらに考え続け嫌い続けるよりましだ。

 もう、考えたくもないのだから。

 町の雑踏に埋めてしまおう。

 ただ一人を嫌い憎み心を凍てつかせるなんて馬鹿げたことはもうやめよう。

 私は暖かさを求めているんだ。

 あいつのことなんかで凍えてたまるか……

「――パルスィ」

 なら、何故――あいつの名を呼ぶ声にだけは……熱が籠るのか。










 ほとんど病人の足取りで町を歩く。

 千鳥足で無いのは明白で、自然向けられる目は多くなる一方だ。

 ……気遣われるのは嫌ではないが、今は放っておいて欲しい。

 それが顔に出ているのか……幸いにも誰も声をかけてこない。

 助かる。今は気遣われても……

「やぁやぁ星熊の姉御」

「……ん」

 やたらとちまい少女に声をかけられる。見覚えのある顔だ。

 しょうけら、だったか。性分を活かしてか天狗の真似事をして瓦版なぞを売っている。

 それにしても小さい。――水橋といい勝負だ。

「……なんだ。生憎金なら家に置いてきたから買えないよ」

 僅かに苛立つ。

 こんな時に……水橋を思い出させるような姿で現れるな。

 だが私の様子に目をやることもなく勝手にべらべら喋り出す。

「姉御から金を取るなんて滅相もない。欲しいってんならいくらでも差し上げますよ。

 ……と言いたいんですけど、それこそ生憎。今日はなんにも刷ってません」

 よくよく見れば手ぶらだ。商売中ではないらしい。

「最近は愉快な事件も起こらず平穏そのものでしてねぇ。記事に事欠いてまして。

 ……どうです姉御。壱発どかんと花火を打ち上げてくれちゃもらえませんかねぇ?」

「おまえの都合で事件など起こせるか。というか、なんだ。それは八百長みたいなもんじゃないか」

「こいつぁ耳が痛い」

 けらけら笑う。

 ……ふん。ここまで自分勝手だといっそ気持ちがいい。皮肉ではなくそう思う。

 今は、気遣われるよりもありがたい。

「なんだ? 愉快な事件以外ならネタもありそうな口ぶりじゃないかい」

「ええまぁ……立ち話もなんですし、そこの茶屋でどうです? あたし喉乾いて乾いて」

 茶か。普段なら私の方から呑み屋に連れてくところだが、酒の気分じゃない。

 まぁ、悪くない。

「あ、姉御の分はちゃんとあたしが払いますよう」

「はっはっは。ツケといておくれよ」

「がってんっ」

 空元気でも笑えたことに安心して茶屋に腰を落ち着ける。

 団子を進められたが辞退して茶だけをもらう。

「あ~。やっぱりお茶だなぁ」

「そういやおまえが呑んでるのは見たことないね?」

「あたし下戸でして。他人が呑んでるのを眺めるのは好きなんですけどねぇ」

 ふぅん。それはしょうけらの性分だろうか。

「ほんと楽しそうに呑んでるのを眺めるのは楽しいですよ。楽しさがこっちにまで伝わってきます。

 伊吹の姉御の呑みっぷりとかほんと惚れ惚れして……っと、愉快じゃない事件の話」

 本音を言えば今は腹を抱えて笑える話の方が好ましいのだが……気にならないと言えば嘘になる。

「……で?」

「聞きましたかい? 地上の話」

「いや……興味が無いんでね」

「木端妖怪どもはその話で持ち切りですよっ。なにせ幻想郷が結界で覆われちまったんですからっ」

「結界?」

「妖怪の賢者のや、や、八坂? 何某ってのが人間といっしょにでっかい結界を敷いちまったんです」

 やさ――? ああ、八雲か。あのいけ好かないスキマ妖怪。

 あいつならそんなとんでもないことも出来るだろうな。

「そんなわけで地上の方も閉め切られちゃったんで、もう地底に降りてくる妖怪も居ないだろう、と」

「なるほどね……」

 大事件と言えば大事件だ。おまけに愉快じゃないときてる。

 こいつが記事にせんのも頷ける。

 しかし――幻想郷を閉じるね。

 元々隠れ里の色が強い幻想郷だ。わからん話じゃないが……八雲め。何を考えている。

 妖怪のための里を作ろうと目論んでた奴が……これでは負けを認めたようなものではないか。

 戦をしろとは言わんが刺激の無い生活になってしまえば妖怪は弱る一方だ。

 ゆるやかな滅びの道を歩んでるようなものだ。

 逆を言えばそれさえどうにかすれば理想的ではあるが……

「姉御、姉御?」

「ん、あぁ。悪いね。考え込んでた」

「いやいいんですけどね。なんか恐い顔なさってたから」

「ん。で?」

「あぁはいはい。それでこの間降りてきた奴が最後だろうって話なんですけど。

 そいつがねぇ……また厄介そうで」

「厄介?」

 なんだ、そんな強い妖怪が降りてきてたのか?

「いや厄介と言うより……怖い、かな」

 珍しく言い渋る。――怖い?

「水橋パルスィって妖怪なんですけどね。あ、橋姫です」

 苦虫を噛み潰した思いだ。

「あ、あれ? ご存知で?」

「あぁいや……進めてくれるかい」

「? じゃあまぁその橋姫がですね」

 ……なんでこうも縁があるのか。その内本人に出くわすんじゃないのか。

「――嫉妬心を操る能力を持ってるとか」

「嫉妬心?」

「妬み嫉みですよ。他人のそれを自由に操れると吹聴してるようで」

「吹聴――ねぇ。どこまでほんとなんだか」

「ところがどっこい、実際にやって見せたそうで。今じゃ誰も近づきませんよ」

 ふん。嫉妬心を操る、ね。

 なるほど、誰も近づかなくなるか。確かに好き好んで近づく輩は居なかろうよ。

 よりにもよって嫉妬心なんて醜い感情を操られるなんてたまったものじゃない。

「おまけに能力に食われてるのか本人がやたらと妬んで絡んでくるとかで……」

 ……そういや私も妬ましいとか言われたっけな。

 やたらと「強い妖怪」だって強調されたし。

 当然のことだから気にもしなかったが。

「そんなのが地上への穴の下に住み着くなんて困ったもんだ。

 ――まぁ地上に行く気なんざありゃしませんが」

「おまえみたいのが居るから監視しようとあそこに住み着いたんだろうよ」

「あいや、本音ですよう」

 どうだか。好奇心だけは天狗にも勝るとも劣らぬような奴だ。

「心を操るなんて恐ろしい。地霊殿の主といい勝負だ」

 それこそ……どうだかな。

 地霊殿の連中は己のことをよくわかってる。

 分を弁えていると云うか――己の能力をちゃんと理解して閉じ籠ってる。

 だが水橋は逆だ。どう見ても己の力量に見合わない行動ばかりが目立つ。

 心を操る能力は確かに脅威だが、あいつ自身は……私の見立てでは最弱の部類だ。

 それを能力と口八丁で誤魔化しているだけだ。

 鎧を――纏っているだけだ。

 弱いくせに、必死に己すら騙して、足掻いてるだけだ。

「そんじゃ、あたしはネタ探しにでも行きますか。姉御、このツケはトイチですよ?」

 けらけら笑いながら少女は去っていく。

 手を振ることで応じて、ただ茫然とその背を見送った。

 残った茶を啜る。

 冷めてはいたが……味も香りも飲めない程でもない。

 なんとも中途半端。

「……象徴的って云うのかね」

 今の私を表すのにこれほど最適な言葉もあるまい。

 水橋を嫌って考えまいとすればするほど泥沼に嵌まっていく。

 あいつのことばかり考える。

 寝ても覚めても――だ。

 花の棘を、思い出す。

 目に見えないほど小さくて、然程痛くもないのに……気になってしょうがない。

 それが指でなく、胸のど真ん中に刺さっていれば――こうもなろう。

「はん。堂々巡りか」

 起きてまず考えたことは水橋を花に喩えたことだった。

 否定して否定して。

 結局はまたそこに戻る。

 こうなればもう思い出せない今日最初の夢も、水橋に関わりがあったのだろうよ。

「ん……」

 鼻先に冷たい物が落ちる。

「こいつまで……あいつを連想させるか」

 水が降ってくる。

 雨、だ。

 水――橋。

 考え過ぎのような気もしたが、今日は否定しては失敗している。

 より悪化している。

 ならもう……付き合ってやろうじゃないか。

 どこまで私を追い込むのか見物だよ、運命とやらよ。

 俄かに町を行き交う人々が騒ぎ出す。千鳥足もそこそこに足早に去っていく。

 誰も雨に濡れたいとは思わんだろう。

 茶屋の主に声をかけ私も歩き出す。

 さて――どうしたもんかな。

 そろそろ酒も呑みたくなってきたが……この雨じゃ呑み屋も客は少なかろう。

 またしょうけらでも見かけたら無理矢理連れ込んで呑ませてやろうか。

 などと益体の無いことを考えながら当て所もなく歩く。

 もう秋か――冷たい雨は湯だった頭に良い塩梅だ。

 ん――雨に濡れるのも、悪くない。

 ふふん。童心に帰って雨に打たれるのを楽しむのもまた一興か。

 座り込む。どうせこの程度で死にはしない。

 行く所もないならこうして道端で酒ではなく雨に酔うのもいいかもしれない。

「……~♪」

 鼻歌なんぞを歌ってみるが雨に掻き消されてよく聞こえん。

 まぁいいさ。音を外してようがどうせ誰も聞いてなど――

「――ねぇ、大丈夫?」

 さんざ夢で刻みつけられた声に顔を跳ね上げる。

「具合が悪いのだったら――っ」

「――やぁ、水橋」

「……鬼」

 やっぱりな。遭ってしまうと思っていたよ。

 ここまで予想通りでは笑うしかない。が。笑みを浮かべられたか自信が無い。

 ……もうなんにも自信が持てんよ、水橋。

「私を心配してくれたのかい? ありがとうね」

「――その必要は無かったようね。さようなら」

 大方雨で私とわからなかったのだろう。妙に人間臭い奴。

 にしても、どう見ても異国人なのに……顔立ちから何から欠片も日本のモノじゃないのに。

 いやに蛇の目傘が似合う奴だな。

 異国の妖怪には何度か会ったことがあるが、記憶の中で持たせてみてもこいつほどには似合わない。

「まぁお待ちよ。心配してもらった礼だ。酒でも……ああ、宴会は嫌いだったか?

 じゃあ茶の湯でも」

 持ち合わせは無いがツケは利く。水橋に、借りを作るなどまっぴら御免、だし。

「御遠慮するわ。助けるつもりじゃなかったから」

 嘘つけ。

 あれが演技だとしたら私は何も信じられん。

 それほどに情の籠った声だった。優しい……声だった。

 相手が私だと知らなかったからだとしても――あれは。

「離してよ」

 気づけば、私は水橋を捕まえていた。

 ……言ってはなんだが、上の空で捕まえられるとは……とろい奴。

「礼くらいさせてくれてもいいだろう?」

「嫌だと言っているの。離して」

 細い――腕だ。

「私が礼をしたいんだよ」

 これなら。こんなにも脆そうなのなら。

「私が嫌だと言って……?」

 今。すぐに。でも。



 ■ せ る



「――大丈夫?」

 吐き気に、蹲っていた。

 脳裏に焼き付いた夢の光景が何度も目に浮き出てくる。

 見たことのない、水橋の笑顔。

 赤。

 亡骸。

 水橋の、

「げ、ぐ」

「ねぇ、ちょっと。誰か、呼ぶ?」

 手で断る。

 幸い胃には茶しか入っていない。出すものは無い。

 ……みっともない。よりにもよって水橋にこんな醜態を晒すとは。

 まぁ――存外に水橋の内面を知ることができた、が。

「……優しいなぁ水橋は」

 自ら他人を遠ざけようと必死なくせに、傷ついた誰かを放っておけない。

 あぁ、ようやく理解できたよおまえを。

 傷つきたくないから突き放すだけじゃなくて、傷つけたくないから突き放すんだ。

 傷つける前に、自ら距離を取る。

 そうやって誰かを守っている。

 ――胸糞が悪い。

「冗談言わないで。顔真っ青よ」

 ようやく水橋の顔を真正面から見ることができた。

 ただ一度出会っただけ。擦れ違ったに等しいのに。

 記憶の中の顔と現実の顔は寸分も変わらない。

 はん。よくよく見れば、険があってもどこかに優しさがにじみ出る面構えだ。

 見たことなんてないのに、笑顔も想像できるってもんだよ。

 だがな水橋。

 そんな優しさは向けられる方もただ辛いだけなんだよ。

「気遣ってくれるなら、茶にでも付き合っておくれ」

「……なら茶屋にまで送っていくわ」

「違う。あんたと腰を据えて話をしたいんだ」

「家まで送る。それまでよ」

 打てども響かぬか。初めて会った時を思い出すよ。

「家、ね。私はあんたの方が心配だよ。あんな何にも無いとこに住むとか言ってるんだ」

「鬼に――あなた以外の鬼に、頼んであるのよ。あと五日もすれば出来上がるわ」

 優しさなのか、疎ましさなのか。素直に答えられる。

 ああ、それで旧都に居たのか。あんなに恐れていた町に何故来たのかと不思議に思っていたら。

「五日? そいつの腕は知らんが随分時間をかけるな。私なら三日もあれば家の一軒くらい」

「御免こうむるわ。そんな病人みたいな顔で言われても説得力が無い」

 半ば私を無視して担ごうとする。

 出来る筈がない。私は大柄だし、水橋は見るからに非力だ。

 起き上がるつもりは無かったが話も進まないのでほんの少し足に力を込める。

 担がれるというより寄りかかる形で私は歩き出す。

「……で、あと五日。どうするんだい。旧都に宿はなかったと思うが」

 水橋はいつの間にか蛇の目を畳んで腰に差している。

 ……水橋も、雨に濡れている。

「見当たらなかったわね。でもいいわ。野宿すればことは足りる」

 あまりと云えばあまりの言葉に閉口する。

 妖怪に女らしさを求める気なんてさらさら無いが不用心にも程がある。

「野宿って……なんなら私の家に来るかい? 部屋は余ってるから遠慮はいらないよ」

「そんな嫌そうな顔されて誘われてもね。それでも見過ごせないっていうのは義侠心?」

「さて、ね」

 おまえに言われたくはない。

「人助けが趣味なのかしら。強いのね。妬ましい」

 本当に、おまえにだけは言われたくない。

 見ず知らずの他人すら守ろうとするおまえにそんなことを妬む資格はなかろうよ。

 ……我ながら大人気ない。

 軽い憎まれ口だとわかっているのに。

「――あぁ、こっちだ」

 ほんの少しだけ支えて貰いながら家路を歩く。

「…………」

 さっき言ったとおりに、辛くなってきた。

 でかくて頑丈な私はともかく――見るからにひ弱な水橋にこの冷たい雨は毒だろう。

 身を以て知ったよ水橋。やはり、おまえの優しさは、辛い。

「もういいよ。……ありがとう水橋」

 言って、体を離し勝手に腰の蛇の目を開く。

「そう」

 蛇の目をひったくるように受け取り水橋は背を向ける。

「――私の家に逗留してくれんかね。礼をしても、し切れない」

 無視されそのまま去られると思ったが、意外にも彼女は振り返る。

 ならば言葉を紡ぐ前に塞いでしまおう。

 どうせあいつに喋らせれば否定の言葉しか出てきやしない。

「あれが私の家だよ」

「…………」

 お、初めて見る顔。

 付き合いが浅いどころか無いのだから当然だが――私の知る水橋の表情は少ない。

 しかめっ面か泣きそうな顔しか見たことがない。

 驚いた顔は予想外に幼く、可愛らしく感じられる。

「あっちが、確か『伊吹屋敷』、だったわね」

「ん? ああ、伊吹屋敷な。よく知ってるね」

 ずっと遠く。私の家から旧都をずっと横切った先にある屋敷を指さす。

 萃香の屋敷だ。どうせ今日もどこぞで呑んでて空だろうが。

「小耳に挟んでね。ここの住人は声が大きいから」

 まぁ宴会続きで酔っ払ってりゃ声もでかく――

 雨越しでもわかる、冷たい目。

「――旧都の四方を守るように聳える四つの屋敷。四天王屋敷」

 妬むでもなく――ただ冷たい目で射抜かれる。

 ……綺麗な目玉だとは思うが、そうも感情の失せた視線を向けられてはガラス玉のように見えてしまう。

「……平屋でいいって言ったんだがね。仲間たちがそれじゃあ締まらんと言い出してあの様さ」

 住むのは私一人だってのにね。とこぼすと即座に否定される。

「それだけ四天王を、あなたを信頼してるんでしょ。あれは信頼と感謝の表れよ」

 ……ん、そういう見方もできるか。

「あなた、鬼の四天王の一人だったのね」

「ん、まぁ。そうだ」

「なんで隠してたの?」

「いや、隠してたってわけじゃ、ない、が――」

 言い淀む。

 本音を言えば名乗る機会を逸していた、名乗ることを忘れていただけなのだが。

「……私が、必要以上に怯えないための配慮?」

「違う」

 反射的な否定。だが、これでは……肯定と同意ではないだろうか。

 しかし――問われれば、確かにおかしい。

 誇りはある。その名を背負う覚悟もある。

 なのに、何故私は……『鬼の四天王、力の勇儀』と名乗らなかったのだろう。

 何故ただ『星熊勇儀』と名乗ったのだろう。

「礼など欲しくなかったけれど、気が変わった」

「……ほう?」

 私を四天王と知って欲を見せるか? そいつはいい。欲深い馬鹿は嫌いじゃない。

 しかし水橋は視線を震わせることすらなく口にする。

「今日のことは忘れて。もう私と関わらないと約束して」

 欲どころの話じゃなかった。

「……なんだって?」

「そうね――初めて会った時のこと憶えてる? 『私に同情するな』。それでもいいわ」

 己の弱さすら直視して、私から遠ざかる。

 それがお得意の相手を思っての拒絶と察する。

「私に生き方を変えろと云うのかい」

「そうなってしまうのは心苦しいわ」

「心にもないことを」

 割り切っているだろうに。

 むしろ私に徹底的に嫌われて構われなくなることを望んでいるだろうに。

 そんな約束はできない。……が、まいった。

 私は話術は得意ではない。

 力技でどうにかできるなら今すぐにでも叩きのめしてるのだが……

 その程度で折れるような奴ならこんなこと考えすらしない。

「なにを考え込んでいるのかしら?」

 ……問われるまでもなく己で疑問に思っているよ。

 おまえのことなんざ嫌い抜いているのに、今日の私は矛盾だらけだ。

 そもそも何故水橋を殺す夢を見てあんなに気分が悪くなる。

 むしろ、望んだ結果じゃないのか、私は……

「……怖い目ね。私はなにをされてしまうのかしら」

「礼をしたいだけなんだがね。……どうにも野山育ちなもんでお姫様の扱いがわからんのさ」

「お姫様ね。お気になさらず、下賤な妖怪ですわ」

 話せば話すほどに険悪になっていく。

 これなら私が脱力していた時の方がまだましだ。

「なら力ずくでどうにかしてしまおうか」

 こんな、挑発めいたことを言ってしまうことは――……?

 水橋の様子がおかしい。

 蛇の目の柄を両手で握り締めて、体を強張らせている。

 ……長話し過ぎて体を冷やしてしまったか?

「どうしたんだい」

 一歩近寄ると、二歩下がられる。

 ……怖がられている? 今更?

 鬼の四天王の名を聞いても竦むどころか挑発してくるような奴が?

 よもや。

「よし決めた。体で礼をしてやるよ。存分に可愛がってやる」

 ちょっと手を伸ばすふりをしたら、五歩は下がった。

 ……はん、可愛いところもあるじゃないか。

 さしずめ穢れを知らぬ百合の花、ってところか?

「鬼は好色だと聞いていたけど……恩人を手篭めにするような野蛮人とまでは思わなかったわ」

「蓮っ葉なふりをしてるだけのお嬢ちゃんには刺激が強過ぎたかね?」

 調子を崩されっぱなしだった意趣返しににやりと笑ってやる。

 それを覚ったか水橋はやや尖った犬歯を剥き出しに唸る。

「はしたないよお姫様」

「そんなどうでもいい嘘――」

「鬼は嘘なんてつかないよ。嘘は嫌いなんだ」

「な、な」

「閨を共にしようじゃないか。どうせあの屋敷には誰も居ない」

 ぼっと水橋の顔が朱に染まる。

 私の本気が伝わったらしい。

「さ、さっきまで半死人だったくせに……っ」

「目の前に美姫が居るってのに萎れたままなんてのは無作法だと習ってるもんで」

「こ、の……! 山ザル……っ!」

 よし。調子を取り戻してきた。

 反して水橋は毒舌が鈍っている。

 あの婉曲な搦め手で来られなけりゃ私にだって勝機はある。

 不得手だが今なら口八丁もある程度は通じるだろう。

「とまぁ、野宿なんてしてたらこんな風に狙われちまうよって話さ。不用心だ」

「不用心? ふん。私は妖怪よ。襲えるものなら襲ってみなさいってのよ」

 だが流石は口八丁の達人。崩した調子をすぐに戻してきた。

「なによ、結局嘘なんじゃない」

「いやおまえが嫌がってるようだから控えてみたんだが。お望みなら今ここでおっぱじめるかい」

 しかし私も鬼の四天王。この程度の混ぜ返しなんざお手の物だ。

 おうおう。鬼灯みたいに真っ赤になって。

「女一人で野宿するってのはこういうことさ。今までなんともなかったのは運が良かったんだな。

 で、どうするね。雨も当分上がらんだろうし誰かに見られる心配は少ないよ?」

「そういう問題じゃないっ!」

 茹で上がったな。

「っ!」

 ほら、こんな簡単に捕まえられる。

「は、離しなさい、よ」

「襲えるものなら襲ってみろ。私に、こうしておまえを捕まえてる私に。同じことが言えるかい」

 彼女の台詞をそのまま返す。

 ……確かにこいつは嫌いだ。だが恩がある。

 私の目の届かぬところで酷い目に遭うなんざ寝覚めが悪い。

 ……ここらで折れろ水橋。

 私がおまえを嫌っていようが、この行為は純粋におまえを思ってのことなんだ。

 だというのに水橋は、

「襲えるものなら襲ってみろ、鬼」

 私をまっすぐに睨みつけて言い放つ。

 私が襲わぬと高をくくったわけじゃない。私が言葉通り襲うと確信して……言い切った。

 上等だ。なら今すぐにでも――……

「……ふぅ」

 息を吐いて手を放す。

 そのまま雨に濡れた髪に触れる。

「……なによ」

「柔らかい髪だ」

 私の針金のようなそれとは随分違う手触り。雨に濡れていてもそれは損なわれていない。

 同じ金の髪なのに私とは全然違う。

 だから、心がざわついてしょうがない。

 これが汚されるなんて我慢ならない。

「なぁ水橋。信じちゃもらえんだろうが本当に心配なんだよ。

 どうしても私の家が嫌だと言うのならせめて私の知り合いの家にでも泊まってくれ」

 できるだけ真摯な声を出す。通じやしないだろうとわかっていても、何故か止められない。

「いやに……饒舌ね?」

 だが、水橋は否定せずに聞き返してくる。

 ちゃんと、会話してくる。

「ねぇ鬼。あなたはなんで私を守ろうとするの?」

「そ、れは……恩が、あるから」

 途端、言葉が澱む。

 私から話しかけるのはあんなにすらすらと話せたのに、頭がうまく回らなくて……言葉が出ない。

「嘘よ」

 夢の光景が――蘇る。

 鏡を持って、私を見下ろしていた彼女の顔が、水橋に重なる。

 緑眼に射竦められて……動けない。

 嘘じゃ、ない。

「私は……嘘が嫌いだ」

「なら、あなた自身が気づいてないのね」

 ……っ

 なんの真似だ、水橋……っ

 いつからおまえはさとりの妖怪になった。

「――寂しいの?」

 たった一言で体が冷え切る。

 体を濡らす雨が凍りになったと錯覚した。

 あの眼だ。

 あの緑眼だ。

 心を操る、歪な宝石。

 顔を背ける。眼を逸らす。

 まるで話に聞く閻魔の浄玻璃鏡だ。

 私の罪が。私の弱さが。私の愚かさが。私の醜さが映し出されている。

 見透かされて、いる。

 おまえに何の権利がある。

 私を責める権利も私を罵倒する権利も私を拒む権利もありはしないくせに。

 私を、名で呼びすらしないくせに――

「傘」

 ずい、と腹に蛇の目が押し当てられる。

「え……おい、私の家はもうそこに」

「私よりあなたの方が凍えてるように見える」

 言葉が返せない。

「意味なんてないかもしれないけれど、あなたが雨に打たれ続けるのなんて見てられないから」

 多分、この雨のことじゃない。

 あの緑眼で視たなにかだ。

 それから……守ってくれようとしたのか。

 水橋が背を向ける。

 去っていく。

「あ……」

 一方通行の――優しさ。

 己のことなぞ考えてもいない押し付け。

 後味の悪い――自己犠牲。

「――水橋」

 止まる。

 私が捕まえようとしていないのを察してか素直に止まってくれる。

「……伊吹屋敷にでも行きな。あそこは年中空っぽだ。四天王の屋敷だから不届き者も入らんしな」

「考えておくわ」

 歩きださない。

 雨足は強まる一方で、声を聞きとるのも難しいけれど……

 一言も聞き逃さぬように意識を向ける。その小さな背を見つめ続ける。

「……ありがとう、鬼。嘘でも……守ってくれて」

 守ろうと――しただけだ。

 結局私は、おまえを守れてない。

 嘘を本当に、出来なかった。

 守られたのは――私の方だ。

「それと――あまり私を名で呼ばないで」

 きっとそれすらも私を守ろうとする行為。

 鬼の四天王が嫌われ者と仲良くしてては具合が悪いとでも思ったのだろう。

 否定したい。

 そんなこと知ったことかと言い放ちたい。

 でも彼女の目を見ることもできない私にはそんなことは言えなくて。

 彼女のことさえも否定してしまう私にはなにも言えなくて。

「わかった……もう呼ばないよ。『橋姫』」

 ただ悄然と頷くことしか出来なかった。

「そうしてくれると助かるわ」

 線が、引かれた。

 彼女の傷を暴いた時も引かれなかった線が引かれてしまった。

 なにか、致命的な間違いを犯してしまった気がする。

 これで私も――旧都に住まう他の妖怪と変わらない。

 誰でもない、どこかの誰かに成り果てた。

 水橋は歩き出す。

 小さな背が雨に掻き消される。

 それでも動けない私に――別れの言葉が届いた。

「さようなら、『星熊』」

 初めて呼ばれた名が――耳に残る。

 私の名を呼ぶ、彼女の声が、刻みつけられる。

 もう、彼女の姿はどこにも見えない。

「……天の邪鬼め」

 おまえだって――誰かに縋りたかったんじゃないか。

 誰かと共に在りたかったんじゃないか……

 私をどこかの誰かなんかじゃなく。

 鬼の四天王なんかじゃなく。

 星熊勇儀と認めてくれてたんじゃないか。

 渡された蛇の目を開く。

 ひょいと掲げてみれば、

「……こいつは私にはちょいと小さいよ」

 水橋、らしい。

 瞼を閉じれば小さな体で一生懸命雨を遮ろうとする水橋の姿が見える。

 夢の姿ではない。

 亡骸では――ない。

 ……なぁ水橋。

 私は結局なんでおまえが嫌いなのかもわかっちゃいない。

 おまえのことを、何にも知っちゃいなかった。

 今からでも……間に合うかい?

 私も――おまえに傘を差してやれるかい?































 再会はまたも雨。

「やぁ橋姫」

 地上へと続く縦穴の下。

 旧都を見下ろせる地底の丘。

 そこに彼女は居た。

 傘も差さずに雨に打たれるがまま立っている。

「星熊……」

 よかった。まだ私を名で呼んでくれるか。

 見回せば、少し離れた所に家が見える。

 新居は完成してるようだ。

「……誰も近寄らぬ縦穴に何の用?」

「おまえに用があってさ」

 問われる前に蛇の目を渡す。

「返しに来たよ」

「別に、いいのに」

「よかないだろ。――びしょ濡れだ」

 蛇の目を受け取って、少女は背を向ける。

「用が済んだのなら帰って」

「早とちりだなぁ橋姫。私の用は済んじゃいないよ」

「え……」

 傘を持ち代えて少女の隣に立つ。

 雨を遮ってやる。

「おぉ、久し振りだがやっぱりここは旧都がよく見えるな」

「なんのつもりよ、星熊」

 睨まれる。ここまで変わってないと感動すら覚えるよ。

 ……ああ、わかってる。

 こうして雨を遮ることは、あの日私がしてもらったことと等価にはなり得ない。

 まだ私には少女の心に降る雨さえ視えない。

「なに、宴の誘いさ」

 いかにも閉口した、という顔。

 うん、この顔も見たことなかったな。

「……星熊、私は……」

「ん。それぐらいはわかってる。だからさ」

 ひょいと瓢箪を掲げる。

「私と呑もう」

「わかってない」

 はは、ばっさりかね。

 でもね水橋。

 あれからいくら考えてもおまえを嫌う理由がわからないんだ。

 だからさ。

 私はおまえのことを知りたいんだ。

「まずは一献……とやりたいけど片手が塞がってるねぇ」

「手伝わないわよ。それに宴とやらにも応じない」

 こちらを見てもくれないけど……傘から出て行きもしない。

 私の全てを――否定しないでいてくれる。

 今はそれで十分だ。

「んじゃ勝手に呑んでるよ」

 ゆっくり知っていくさ。

 まだ私たちは出会ったばかりなのだから。



























 雨は降り続いている






【星熊勇儀の鬼退治・零之参~地の底の雨宿り~ 完】


【星熊勇儀の鬼退治・零~地の底に降る雨~ に続く】
勇儀とパルスィが出会った直後のお話

勇儀さんはここからパルスィを誘うようになりました

十三度目まして猫井です

甘くなる前なのでまだ苦いですがちょっとだけ糖分が出てきました

これからどんどん甘くなるといいと思います


※3/27追記
>サファイさん

私の拙いSSをお使いいただきありがとうございます

お好きにお使いください

私の方もサファイさんのマンガを楽しみにしています

猫井でした
猫井はかま
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コメント



0.1420簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
勇パル来た!これでかつる!

強くて弱い姐さんと弱くて強くてでも弱いパルスィというジャストミートごちそうさまですいやマジで。
これからドンドン甘くなってください。是非是非。
3.100名前が無い程度の能力削除
待ってました!もうね、貴方の勇パル大好きです!!
>これからどんどん甘くなるといいと思います
ええ、心の底から同意しますとも。
5.100名前が無い程度の能力削除
よし、勇パルだ!
これで十日は色々と楽しめるぜ!
6.100名前が無い程度の能力削除
このシリーズで勇パル派になりました。
あと個人的には、多少病的に病んだ甘さが好みです。
一心不乱の勇パルを!
9.100名前が無い程度の能力削除
やっぱりあなたの描く勇パルは最高です!
会話に思いがよ~く乗せられてい手伝わってきます!
12.100名前が無い程度の能力削除
猫井さんきた! これでかつる!
これからドンドン甘くなってほしいですね。いやほんと。
14.100奈々樹削除
タイトルで即クリック余裕でした!
猫井さんの勇パルが好きすぎて堪りません。
これからの糖分に期待w
17.100名前が無い程度の能力削除
引き込まれるなぁ。うん。
18.100サファイ削除
猫井さんの勇パルは毎回素晴らしいモノばかりで大好きです!
素直じゃないパルスィ可愛いよ。姉さん格好良いし
あ、と。猫井さんの小説に感化されて漫画みたいなの描き始めたんですが
小説の一文を使っても良いでしょうか…?
「傷つきたくないから突き放すだけじゃなくて、傷つけたくないから突き放すんだ」の部分です
だ、駄目でしたら即刻消すんで言ってください><
続き期待しております!
20.100名前が無い程度の能力削除
悩みの種の解消法は人それぞれですが、嫌いなものと正面きって付き合うなんて
人妖問わず姐御ぐらいのもんですな。