Coolier - 新生・東方創想話

午後のひと時。ゆるりとした時間

2009/03/05 19:03:23
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 静かな昼下がり。
 彼女はずっとそうしてた。
 どれだけの間か分からない。
 けれどそれは、
 きっと死ぬまで。




 ――――穏やかな昼下がりのことだった。  






     ◆     ◆     ◆







 巨大な桜。
決して咲かない桜。
妖怪桜、西行妖。
幽々子はそれを見ていた。何をするでもなく、桜の正面に立っていた。
 表情はない。
 いや、ないように見える。
 涙を堪えているようにも見える。
 彼女はその感情が何なのか知らない。自分が何故、そんな感情をこの大木に抱いているのか知らない。



「――――……」



 ふらりと一歩。
 彼女は桜に近づいた。
 ゆったりとした動作で、もう一歩。
 根本まで近づいて、その節くれた幹に指を這わす。硬質な、けれど柔らかい、樹の感触だ。
 ふと見上げると、咲くことを拒むように蕾の付いた裸の枝が瞳に映る。大きな、大きな枝だ。その向こうに
 空が見える。青い空、白い雲。きっとそこだけ生きている。
 蜘蛛の巣みたいに、無数に分かれた枝が、冥界を覆い、空を隠す。




 ざぁ――と風が吹いた。




 風が駆ける。
 幽々子の薄桃色の髪の毛が風に踊る。
 西行妖も、周りの桜も、皆々が踊る。
 幽々子は髪を右手で帽子ごと押さえる。
 着物の裾が風に靡く。
 揺れる。
 揺れる。
 無数の桜が揺れる。
 妖怪桜が軋みをあげる。
 ざぁざぁと冥界中が音をたてる。
 桜の花びらが舞う。赤、白、桃、まだまだ沢山の色がある。
 そうして消えていく。
 風は冥界中を駆け抜けて、また何処かへ行ってしまった
 余韻のように、風を惜しむように、桜が小さく揺れた。
 静かな冥界が一瞬だけ、とても騒がしかった。
 幽々子は、ふっ、と微笑んだ。此処は冥界。死者の居場所。自分は既に死んでいて、この桜達だってもちろん死んでいる。いや、妖夢は半分くらい生きてたかしら。
 ならば先ほどの風は、何処から来て、何処へ行くのだろうか?
 答えの出ない、愚にもならない疑問。
 どうでもいいような疑。
 疑うことが、すでに愚のようなこと。
 考える自体が既に無粋なのだろうが、そんなことが、少しだけ気になった。
 だからこそ、幽々子は問いかけたのだ。




「――――ねぇ」




 はっきりした声で幽々子は尋ねる。
 消え入りそうな声で幽々子は尋ねる。
 桜の下には、何が眠るのだろうか?
 桜の下に封印されているのは、いったい誰なのか?
 西行妖は黙りだ。
 当然、話すことなどない。ありはしない。それでも知りたかった。
 この桜は、何故此処にあるのだろうか?
 この桜の下には、誰が夢見ているのか。
 視線は西行妖の幹に固定されたまま。置かれた左手を離しもせず。じっとしている。

 


「――――ねぇ」




 静かな問い。
 透明な、透き通った声が響く。その声は届かない。西行妖は答えない。
 声は消えていった。
 何処にも届かない声はいったい何処に消えるのだろうか。
 そんなことが一瞬、頭を過ぎった。




「ねぇ――――」





 ―――――あなたは、誰?




 西行妖は、答えない。
 その身は永久に変わらない。桜の木は散れども、散ることはない。西行妖は永久に変わらない。
 例え幾ら物事を尋ねようと応えは返ってこない。静かに佇むのみだ。
 つ、っと静かに瞳から水が垂れた。
 空は晴れていたというのに。







     ◆     ◆     ◆







 どれだけの間、そうしていただろう。もう夕方だ。茜色の空が瞳に映る。
 す、っと彼女は手を幹から離した。
 一息を吐く。
 そのまま西行妖を見上げた。
 昼間と変わらないそれは、紅色の夕陽を受けて、紅色に染まっていた。
 幽々子は呆けたようにそれを眺めた。
 表情はない。




「幽々子様」



 
 と声がした。
 振り向くと、妖夢がそこにいた。
 白銀の髪を夕陽に照らして、佇んでいた。
 妖夢は、ゆったりとした動作で近づいてきた。
 そして問う。


「何をしていたのですか?」

「ううん。何でもないの」


 幽々子は、ペろりと舌を出して誤魔化した。
 妖夢は、はぁ、と息を吐いた。


「どうしたの?」

「何でもないです」


 そして妖夢は思い出したかのように言った。


「そろそろ夕飯の時間ですよ」

「わぁ! 本当!?」


 幽々子の顔が明るくなった。
 花を散らしたような表情に、妖夢は苦笑する。


「えぇ。それと、このような寒い時に長い間外にいたら、風邪を引きますよ?」

「大丈夫よ」


 幽々子は振り向いて桜に目を移した。
 巨大な西行妖も。
 冥界を瞳に映した。
 特に何も思わない。
 思わなかったけれど。


「幽々子様」

「なぁに? 妖夢」

「何故、そんなに哀しそうなのですか?」

「――――」


 幽々子の目に、涙をなかった。
 顔は、何かを堪えるような表情だった。
 幽々子は、ゆっくりと首を振った。


「何でもないわ」

「そうですか。では帰りましょう。何時までもそうしていると、お体に触りますよ?」

「えぇ。それと、そんなに心配しなくても大丈夫よ」


 憂いを帯びた表情。
 幽々子は言った。


「だって私は――――」


 西行妖を振り向いた。
 相も変わらず、咲かない桜。
 桜の下の誰かは、生きているの?
 それとも死んでいるの?
 答えは、一匹の妖怪の中。
 幽々子は答えを知らない。


「――もう、死んでいるのだもの」


 ざぁ、と風が吹いた。
 桜が一枚、二枚、無数。
 吹雪となって、散っていく。
 妖夢は、静かに微笑んだ。


「――――知っていますよ」


 二人は歩き出す。
 何処へ?
 何処かへ。
 白玉楼へ。





[終]
千年前の桜の色。
その色は、きっと幽々子の髪の色。


約半年振りの投稿になります。
短いな……。
月空
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コメント



0.630簡易評価
3.100煉獄削除
短いながらも何か幻想的な光景に思えました。
言葉は少ないけど、幽々子が西行妖に語りかけたりとか
とても魅力的な場面だったと感じました。
面白かったですよ。
6.100名前が無い程度の能力削除
少女
17.50名前が無い程度の能力削除
うーん……?
なんかもやっとする。