Coolier - 新生・東方創想話

この“好き”の名前

2009/03/04 15:19:49
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 痩身の体躯にメイド服を纏った銀髪の少女が、紅魔館の廊下を規則正しいリズムで歩いていた。
 スレンダーな体の輪郭はメイド服の上からでも美しいと分かり、背筋をピンと伸ばし淀みなく歩く姿は凛々しく堂々。それは年齢に似つかわしくないといっても過言ではない程度の貫禄を持っていた。
 メイド達を統括する長である少女はふと立ち止まると、何気なく窓へと目をやる。
 蒼い瞳に、凩(こがらし)に揺れる紅が映る。それは冬の太陽の光を反射して、艶やかに輝く紅い髪。門に寄りかかっている人物は、この寒空の下で微動だにしなかった。
 『瀟洒』との二つ名を持つ少女は、美麗な眉を潜めて嘆息した。そうして唐突に窓を開け、徐に、しかし華麗にナイフを投擲する。
 研ぎ澄まされた銀色の投げナイフは、目標に真っ直ぐ飛んで行く。刃が陽光を鋭利に反射し、投擲物……紅い髪を持った妖怪の頭へと『さくっ』っと気持ちよく刺さった。
 だがそこは耐久力、持久力、そしてサボり癖が売りの門番。痛みか、それともナイフが頭蓋骨に突き刺さった衝撃か。多分両方だろうと思うが、それでも門番は飛び起きやしない。微かにピクリと身動ぎして、結局それだけだった。

 「………何故起きないのかしら?」 

 呟き、メイド長―― 十六夜咲夜は更に嘆息する。
 あの妖怪がこのくらいで起きるわけがない。そうとは解っているが、ナイフを投げずにはいられないのはどうしてだろう。
 小憎たらしいとは思う。条件反射、といえばそういう気がする。けれどなんだか最近、それだけの感情じゃないような気がしていた。

 「はぁ。起こしに行かないといけないわね……」

 こっちだってそんなに暇じゃない。
 暇じゃないが、紅魔館の門を守護する者があんな体たらくではいけない。

 (だいたい貴女がそんな風だから、バカ妖精にも白黒魔法使いにも舐められるのに……)

 立ったまま寝てるなんていつもの事。割と誰も気にしちゃいないが、やっぱりダメだと思う。
 ナイフの回収。という名目で、その軽そうな頭から乱暴に引っこ抜いてあげればさすがに起きるだろう。

 (わざわざ回収しなくとも、後で届けてくれるんだけれど……)

 別に返してくれなくても、主から予備の投げナイフはたくさん頂いている。
 確かにあの門番に投げ付けているナイフの累計数は、多分とんでもない数になっているだろうが、それでも余りある程に、投げナイフのストックは充分にある。
 だからわざわざ……しかも綺麗に洗浄して、挙句の果てには研ぎ直したりなどして返却してこなくてもいいのに。投げナイフの在庫なんて幾らでも有るって事を、あの門番だって知っている筈なのに。
 それでもなんでか、直接返しに来る。
 「痛かったですよぉ」とか「もっと優しく起こして下さいよー」とか「投擲技術、また上がりましたねぇ」とか。そんな戯言や世間話と一緒に。

 (ナイフの一本や二本、どうでもいいのに……どうしてかしら?)

 咲夜は小首を傾げながら、なんとなく腰に携えた大きめのサバイバルナイフに触れた。

 (このナイフは、さすがに困るけれど……)

 直接攻撃する為に用いる獲物。
 短刀とまではいかないが、ナイフにしては大きい規格の物で。幼い頃から、此処に来る前からずっと持っている物。
 お守りなんていう感情はないが、この刃物との間には何か腐れ縁でもあるのか、ずっとずっと持ち続けている。お蔭で手に馴染み過ぎて、今では体の一部のように扱えるようになっているくらいだ。

 「……何か、あった気がするんだけれど………」

 この刃に纏わる話。このナイフを手放さない経緯。
 何かあった気がする。それは解るけれど、思い出そうとするとぼんやりと滲んでしまう。
 まるで深い深い水溜まりに溶けかけた絵具を垂らしたみたいに、ぼんやりと。
 思い出せないのに、不可解なのに。でもその感覚は何故だか不快じゃない。だから余計に不思議だった。

 「まぁ、どうでも良い事だったんでしょうね……」

 思い出せないのなら、その程度の出来事という事。そしてそんな話、今は重要じゃない。
 咲夜は思考をあっさりと切り替えて、門前で眠りこける妖怪へと視線を戻した。
 暇ではない。暇というわけじゃないけれど。でも、やっぱり門番は館の顔なわけで。顔ということは、館の主や働いている者達、みんなあんな風だと思われてしまうわけで。そうなるとただでさえカリスマブレイクだとかなんとか言われて舐められまくっているお嬢様の評価を更に悪化させてしまうことに繋がるわけで。
 それは困る。阻止しなければならない。お嬢様の為に。
 そうやって、胸中であーだこーだと様々な理由を付け足し、加え、幾重にも重ねていくと、下らない言い訳は見てくれだけは『立派な大義名分』になった。

 (……いいわけ?)

 何の為に?

 (……だいぎめいぶん?)

 一体、誰に?

 (……何の為って、それはお嬢様……よね? 誰にって……私?)

 いつからこんな風にまどろっこしい理由を付けたがるようになったんだろう。
 いつからこんな風に自問自答するようになったんだろう。

 頭の隅にちょこんと現れる疑問。
 ささやかでちっちゃな問いが、胸の隅で蟠(わだかま)る。
 ただ、「なんで?」という純粋な疑問が、そっと浮かび上がる。

 意味も理由も分からない。でも、知りたいとも分かりたいとも別に思わなくて。
 だからきっと、その程度のこと。ささやかで下らない疑問。

 ささやかで、ちっちゃなモヤモヤ。
 正体不明のソレを、いつも持て余している。


 (まぁ、いいわ。さっさと起こしに行きましょう……)


 とりあえずは、あの幸せそうな寝顔を蹴り飛ばしてやろう。
 きっと涙目になって「なにするんですかぁ~?」と情けない声でそう言うだろうから。

 不意に、頬が緩んで。


 「咲夜」
 「!」

 背後から唐突に声がかかった。
 振り返れば、黒い翼を持った小さな女の子……に見える吸血鬼、この館の主がいた。

 「お嬢様……」
 「なに驚いているの? 別に気配は消していないわよ」

 レミリアには小首を傾げて言う。
 主の呆れた様子から嘘などではないとは充分に解ったから、咲夜は歯切れ悪く言葉を濁した。

 「注意力散漫みたいね」
 「そのようです。申し訳ありません」

 頭を下げる咲夜に、レミリアは「最近は平和だから仕方ないわ」と軽く笑った。

 「でも、何か嬉しそうにしていたわ」

 しかし、次にはその笑みを意地の悪いものに変えて、「何があったの?」とレミリアは視線で問う。
 無邪気な紅い瞳。だが眼差しはまさにに悪魔といった感じの視線。
 子供と悪魔が混同した双眸に、咲夜は「え?」と首を傾げた。

 「何のことでしょう?」
 「……分かっていないの?」

 咲夜の反応を見て、レミリアは悪魔顔を引っ込めて、何か思案するように顎に手を当て、「ふむ」と唸った。
 小さな子供の容姿で、そういう仕草そするととてもチグハグに見える。失礼かもしれないが、探偵ゴッコをして遊んでいる子供のようので微笑ましいとさえ思ってしまった。
 レミリアは咲夜を一瞥し、「まぁ、いいわ」と微笑むと、

 「お茶にして頂戴」

 そう告げて背を向けた。
 咲夜が今の質疑の意味を尋ねる前に、その笑みの意味を尋ねる前に。
 悪魔は気紛れだ。
 「質問は後で」なのか、それとも「この話はもうおしまい」なのか。判別が付かず、咲夜は「畏まりました」と、そう言って頭を下げるしかなかった。


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