Coolier - 新生・東方創想話

さくらいろの地底に

2009/03/03 21:44:10
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 しんしんしんと雪の降る。
 長屋の軒に掲げられた提灯の明かりに彩られ、旧都は今日も美しい薄暗さを保っていた。
 そんな中、薄く積もった雪をさくさくと踏み、一人の少女が歩いていた。
 相変わらず右手に杯を持ち、相変わって左手に手紙を持ち、星熊勇儀は歩いていた。
「ふむ、聞けばもう地上では春が来ていると言う。間欠泉の一件があったとはいえ、さすがに地底に春は遅いか」
 別にそれを妬ましく思う気持ちはない。花見酒だろうが雪見酒だろうが、それは楽しいものなのだから。
 目の前に楽しいものがあれば、それでいい。
「ふむ、妬ましい、か」
 くいっと右手の杯をあおる。
 思考の中で、自然と今の目的を再確認してしまう。
「そうそう、橋姫のところに向かっているんだったな」
 そう、彼女の目的は、旧都と地上とを結ぶ縦穴の守護する嫉妬の妖怪、水橋パルスィの元へと手紙を届けることだった。


 ことの起こりはふらりと地上に遊びに行って、ふらりといつの間にか帰ってきた四天王仲間、伊吹萃香から聞いた奇妙な話だった。
「白玉楼の奴らが旧都でやるなかなか面白い宴会を企画してるみたいでねー。私も一口乗らせてもらうことになったのさ。ついては私はしばらくここにいなかったから、ちょっと勇儀たちにセッティングをお願いしたいんだけど」
 宴会は好きだし、伊吹萃香も親しい友人だ。勇儀もこの話に乗ることに否はなかった。が。
「なぜ白玉楼が? あれは冥界の管理を任された西行寺の家だろう? 旧地獄である旧都に来ていいものなのか?」
「んー、まぁ大丈夫なんじゃない? あくまで旧地獄であって地獄ではないんだから。って紫が言ってた。まぁ彼女は幽々子の古い友人だし、問題はあるにせよ起こらないでしょ。地霊殿のほうにも話をつけるみたいだしね。妖夢も大変だ。まぁ、あの子には裏表もあんまり無いから、適任かもしれないけど」
「ふむ、ずいぶんと大掛かりなんだな」
 顎に手を当ててうなると、萃香は首肯した。
「まぁ、宴会と言うよりは、むしろ人間のやる祭りに近いものかもしれないね」
「ほう、祭りか」
「そうだね。言葉に出すとそっちの方がしっくり来るよ。そうそうお祭りだお祭り。んじゃあ、そういうことで出店とかも募集しといてね!」
 いきなり話が膨らんで勇儀もいささか驚いたが、ゆっくりと落ち着いて意味を飲み込んでいく。
「む――、ふむ、まぁ、そういうのもなかなか面白そうだ」
 そうして、星熊勇儀は首肯した。
「いいだろう、久々に友人が帰ってきた祝いと言うことで、引き受けようじゃないか」
 もちろん面白そうということが第一義ではあるが、どこかでそろそろこういうことが起こるんだろうと予期はしていたし、起こる必要はあった。
 ――が。
「……しかし、あの亡霊たちはいったいどんなことをやらかすつもりなんだ?」
 勇儀がなおも頭をひねると、萃香はにやっと笑いながら、指を立てた。
「なんでも、『春』を持ってくるらしい」


 そういうわけで、白玉楼主宰の祭りのセッティングを手伝うことになったのである。
 やることは場所の確保と、地底住人への案内である。あと出店の募集とか。
 確かにこれは地底を支配する鬼に依頼するほかにはあるまい。
 勇儀は他の鬼たちに声をかけ、地底の住人たちへと連絡する体制を作った。
 旧都に住んでいる者たちには広く告知したのみだったが、旧都から離れて住んでいる妖怪たちには案内状を送ることになった。
 そんな中、勇儀は仮運営本部の机に置かれた案内状を見つけた。――いや、発送の手はずはとうに整っていたはず。むしろ放置というのが正しいか。
「ふむ、橋姫、水橋パルスィ、か」
 それを取ってしげしげと眺めていると、一人の鬼が駆け込んできた。
「あ、勇儀さんすいません! え、えーと、すぐに行くつもりだったんですがぁーぁー」
 その鬼は勇儀が案内状を持っているのを見ると、あさっての方向を見ながら言葉を濁した。
 鬼にしてはどうにも軟弱な印象を受ける奴だったが、まぁ、咄嗟に嘘をつかなかったのは及第点。
 勇儀はその様子を見て取ると、皆まで言うなと息を吐き出した。
「ふむ、まぁいい。ちょっと気が向いたから、これは私が渡してこよう」
「え、そ、そんな、悪いですよ」
 うれしい反面、勇儀に用事を押し付けるわけにはいかないといった感じで戸惑った様子の鬼だったが、勇儀はそんな彼女にひらひらと手を振った。
「何、気にするな。単なる私の気まぐれだ」
「は、はぁ、そうですか。なら申し訳ないですがお願いいたします」
「ん」


 そうして、勇儀は案内状を届けに、水橋パルスィの元へと向かうことになり、今に至る。
 大方、あの鬼はあまり彼女のところに近寄りたくなかったと言うことなのだろう。
 鬼は昔から地上で忌み嫌われた存在を受け入れてきたが、まぁ、その中でも苦手意識を持たれている者もいる。
 あの鬼が特別に軟弱だというのもあるが、毎日を騒いで楽しむ鬼の身としては、嫉妬を司る橋姫は確かに多少付き合いにくい存在ではあった。
「ふむ、まぁ本当に気まぐれだねえ」
 杯に酒を注ぎ足しながら、勇儀はにかっと笑った。
 水橋パルスィという存在を意識したのはつい最近のことだ。地上の巫女が地下の酒を呑みに来た時、愚痴まがいの会話で名前が出た。
 意識したと言うよりも、思い出したと言うほうが適切であるのかもしれない。
 ともかく、つい最近にそういうことがあった矢先に、再び彼女の名前を見ることになった。
「ま、袖振り合うも他生の縁てことかね」
 旧地獄たる旧都で他生と言うのもアレかもしれないが、まぁ、そんなことはどうでもいい。要はニュアンスを的確にあらわせるかどうかだ。字が他生だったか多生だったかという問題も頭に浮かんだが、ここで論じても意味もない。
 せん無きことを考えながら勇儀がまた杯をあおると――
 まるで滑り込みセーフのようにずざざざと、曲がり角から一人の少女が滑り出でた。
「……」
「あうう……」
 勇儀は一瞬どうリアクションを取ればいいのかわからず、口の端から酒を垂らしたまま固まっていた。が、別にウケを狙っているわけじゃないんだとすぐに気を取り直し、その少女に手を差し出した。
「大丈夫か?」
「あ、ど、どうも……」
 少女は勇儀の手を取って立ち上がり、そして勇儀の顔を見て、
「星熊……勇儀」
 わずかながら、確かに顔をしかめた。
「……ふむ」
 勇儀はその様子を見ながらぽりぽりと頬をかき、縁というのはやっぱり存在するんだなぁ、と感心していた。
 無論、その滑り込み少女が、橋姫、水橋パルスィその者だったからなのだが。


「いやぁ、まさか歩いていたら尋ね人の方からやってくるだなんてな。つくづく私は運がいい」
「だからって何でウチまでついてくるのよ」
 勇儀は、縦穴の近くにぽつんと立っている水橋家の居間にどっかりと座っていた。
 茶など出されなかったが、そんなの関係ねぇとばかりに杯をあおっている。
「コレを渡すのが目的なのなら、渡すだけでいいじゃないの」
 パルスィが憮然としながら、案内状をひらひらさせる。
 勇儀はその様を見て、にやっと笑った。
「まぁ、渡すのが目的なのなら、ね」
 勇儀の態度に、パルスィはいぶかしげに眉をひそめる。
「何よ」
「何、私の目的はそんな紙切れを渡すことじゃあなく、君を案内することだからね」
 また杯をあおると、視線を戻す。
「だって、それ渡しただけじゃ絶対に来ないじゃないか。君」
 パルスィの眉がぴくりと動く。
 図星だけに、何も言い返せなかった。
「だろう? それじゃあ意味がないしね」
「じゃあ何? 私の家で酒呑んでれば私が来ると?」
「まさか」
 言いながら、また星熊勇儀は杯をあおる。
「それを今考えているんだ」
 水橋パルスィはかっくんと肩を落とした。
「うーむ、私のお願いと言うことで、来てくれないかな、パルスィ」
「残念ながらあまりこういうのは趣味に合わないの。企画自体取りやめて欲しいくらいよ。縦穴に要らぬ行き来が増えるんだもの」
 自分だけに茶を入れつつ、パルスィは渋い返事を返す。
 ずぅっと閑古鳥の鳴く縦穴を守護してきたパルスィだが、いきなり客が増えすぎるのは困りものらしい。
「いいじゃないか。行ってみれば楽しいものだぞ。いや、私たちが楽しくさせる」
「それはあなたたちの趣味での話でしょう? 私はどんちゃん騒ぎは性に合わないと言っているのよ」
「はっきり断るねぇ」
「ペルシャ人ですから」
 NOと言えない日本人。では日本人以外はNOと言えるのかというと、そうでもないとは思うのだが。
 まぁ、苗字とかスペカとかもろもろが明らかに日本なのはつっこまないであげるべきか。
「ではこうしよう。来てくれなければ君を殺す」
 あまりに勇儀がさらりと言ったので、パルスィは一拍置いてからがばっと反応した。
 何せ、鬼は嘘をつかない。
 無論勇儀も殺す目的で言ったわけではない。だが、それでなおも拒む場合は、本当に殺すつもりではいた。
 その程度の勘定も出来ない奴など、失っても惜しくはない。
 パルスィも勇儀の意図はわかっているらしく、その顔に出ているのは怯えではなく呆れだった。
「なんというか……大人気ないというか……」
「来るのか? 来ないのか?」
 勇儀のダメ押しに、パルスィは負けたといったように両手を広げた。
「あーもーわかりましたありがたく行かせていただきますよ! でもその日はその企画のせいで私も忙しくなる。だから遅れることくらいは許して頂戴」
「む、まぁ、そこはこちらにも責任があるしな。まぁ、でも地上ではそこまで宣伝しないみたいだから、上から来るのはそんなに多くはないと思うぞ」
「あら、それは吉報。不幸中の幸いね」
 少しほころんだパルスィの表情は、勇儀の次の言葉によってまた濁る。
「だから、なるべく早くな」
「……あー、はいはい」


 ――そして、時は地底祭当日。
 その日は、朝早くから地底へ降ってくる者が多く見受けられた。
 水橋パルスィはイライラしながらその人妖たちを見守っていた。
 それはそこそこ人数が多かったことにも起因し、彼女らがこれから起こることを想像しながら『楽しそうに』移動していたことにも起因する。
 が、最も彼女をイライラしたらしめているものは。
「ふむ、今のは夜雀か。そういえば珍しい魚を焼く夜雀がいると萃香が言っていたなー。彼女がそうなのかもしれん。おっ、今度はなかなか仰々しい一団が。紅魔館とやらのお嬢様かな? ふむ、一度戦ってみたいねぇ」
 なぜか隣で通行人を物色している一角鬼の存在であって。
「なんであんたがここにいるのよ、星熊勇儀」
 額に青筋マーク、顔に精一杯の笑顔を浮かべながらパルスィが聞くと、
「なぁに、ちょっと君が心配になってな。あぁ、会場の指揮なら問題は要らない。ちゃんと私がいなくても動くようにしてあるからね」
 といった返答が勇儀から返ってきた。それを聞き、パルスィははぁ、と深いため息をつく。
「とんだ怠慢責任者ね」
「何を言う。トップに求められているのは自ら物事を処理することではなく、いかに効率よく部下に仕事を振るかだ。私がいなくても回るほどに機構を整えるのも楽じゃないんだ」
「ああそうですか」
 パルスィはまたため息をついた。
 いかに言うことがもっともらしくても、それで浮いた時間で自分のところに来ているんだったら、誰も浮かばれないのではないか。
「それにしたってなんであんた、こうも私にかまうわけ?」
「む」
 言われて、星熊勇儀は顎に手を当てる。
「ふむ、袖振り合うも他生の縁ともいい、乗りかかった船とも言う」
「はぁ?」
「まぁ、そういうことだ。誰かを動かしめるものは、理由ではなく実感なんだよ」
 おかまいなしににかっと笑いかけると、パルスィはよくわからないといった風に首をかしげた。
「まったく、あなたたちの考えていることは全然わからないわ」
 やれやれといったようにポーズをとり、パルスィは言う。
 その様子に、勇儀はそれはお互い様じゃないのかねぇ、と内心微笑んだ。
 しかし、橋姫は続ける。
「それも強者の考え方って奴なのかしら。こういう風にわざわざ厄介事を呼ぶくらいですもの。あー、妬ましい妬ましい」
「ほう?」
 厄介事とは、きっと今回の地底祭。ひいては地上の者を呼び込んでくる行為を言うのであろう。
 勇儀は笑って反論する。
「巫女と魔女が地底に来て以来、下と上の世界はもう繋がってしまった。何もしなくても降りてくるものもいるし、上がっていくものもいる。今更何を厄介と思うんだい」
「地上と地下はいずれまた決裂するわ。上と仲良くなりすぎない方がいい」
「なぜそう思う?」
「なぜそう思わない? ……そう思わないのが、強者の考え方よ」
 パルスィはウェーブのかかった黄色い髪に指を通し、さらりとはらう。
「結局、あなたたちは何かを忌んでここに来た。でも、私たちは何かに忌まれてここに来た。上の者は地下に封じた過去を忘れている。物珍しさから私たちのことを知ろうとする。そして知り、思い出す。私たちがこの過去に封印された理由を」
 暗くくすんだ緑色の眼が、勇儀を捉える。
「あなたたちには強さがある。その気になれば地上に打って出、かの妖怪の大賢者さえも震え上がらせることができる。でも私たちには何もない。あなたはこういうことをして楽しいと思えるのかもしれないけど、私は不安ではち切れそうなのよ。せっかく地下で平和に暮らしているのに、またそれがどこかに行ってしまうんじゃないかと」
 その言葉を、そしてその裏に見える情念を勇儀はしっかと受け止め、そして、受け止めた上でまだにやにやと笑っていた。
 その表情を目の当たりにして、パルスィは慌てて視線をそらす。
 通じていないと思い憤ったのか、馬鹿にされていると思ったのか、普通に恥ずかしくなったのか――
 勇儀は何も言わない。今何かを言ったとしても、それはきっと意味のないこと。誰かを動かすために必要なのは、いつだって『実感』なのだ。
 いずれにせよ、勇儀はこの船に乗りかかってよかったと思っていた。
 彼女もパルスィから視線を離し、また縦穴の道を眺めながらぐいっと杯をあおる。
 なかなか面白いことになりそうだと期待を込めて。


「やー、なんだかんだで間に合ったじゃないか」
「あなたが急かすからでしょ。できればもうちょっとゆっくりしておきたかったわよ」
 星熊勇儀が供した会場は、旧都のはずれにある、木がぽつぽつと生えている台地だった。生えた木は照明をくくりつけたりと設営に役立ち、台地の下には小さな森が広がっている。
 もちろん、この季節には雪花しか咲いていないが。
 上からの客に配慮し、縦穴に近いこの場所を選んだ。すなわち、パルスィの家からも近いわけで、それが早くに来れた理由にもなっているのだが。
 会場の様子は、つつがなく正面舞台や出店の設営、そして座り込める場所の確保が行われているようだった。
 なんだかんだ言って、これは宴会の延長線上にある。座り込んで楽しくやれなきゃしょうがないのだ。
 出店などの指揮に関しては、先んじて地下にやってきた守矢の巫女がアドバイザーとして頑張ってくれている。先の間欠泉異変のお詫びのようなものらしい。
 まぁ、あの件は結果的に面白いことになったので、勇儀たちとしてはどうでもよかったのだが。
「うん、今のとこは上手くいってるようだねぇ」
 満足げにうなずく勇儀だったが、ふと足を止める。見回した後に視線を戻した正面に、銀髪を短く切りそろえた少女がしっかと視線を飛ばしてきていた。
 一見すると人間のようだが、その傍らには大きな幽霊が浮遊している。それは旧地獄でよく見かける怨霊ではない。
 半人半霊か。
 勇儀は思い当たり、軽く観察する。
 剣を持っているが、敵意はない。包む気には鋭いものを感じるが、極める域には達していないか。その立ち居姿に誇りを感じるが、それは誰かの上に立つもののそれではない。
「西行寺家の付き人かい?」
 それらを踏まえて、勇儀は問いかけた。
 すると、その銀髪の少女は頷く。
「はい。白玉楼にて主のお世話をしております、魂魄妖夢と申します。……星熊勇儀様とお見受けしますが」
「あぁ、そうだよ。しかしあまり堅苦しい言葉遣いはやめてくれないかい? 祭りの席だというのに気分が落ちてしまうよ」
 勇儀が答えると、妖夢は笑みをこぼした。
「そうですか。では精一杯に。……主――幽々子様があなたを探していましたが、見当たらないので代わりに挨拶をしておくように言付けられました」
「あぁ、そうかそうか。すまないねぇ。ちょっと席をはずさないといけない用事があって」
 どこが、というパルスィの視線が突き刺さったが、空気を読んで何も言わなかったので問題はなかった。
「しかし何だってそっちのご主人様は旧都で祭りなんぞブチ上げようと思ったんだい」
「さぁ……。そこまでは」
「知らないのかよ」
 神妙な顔でほける妖夢に、勇儀は少し素に戻って驚いた。
「読めないお方ですからね。始まりは、そう、あの日起き抜けに言われた、『そうだ旧都に行こう』という言葉からでした」
「何ソレ!?」
 沈黙を守っていたパルスィがついに吹き出す。
 まぁそれもそうだろう。そんな思いつきでこんなややこしいことをしでかしてくれたのかと思えば、突っ込みの一つも入れたくなる。
「本当に読めないな」
「まぁ、博麗の巫女が旧都の話をしたときには興味深そうにしていましたし、そのあたりからのことではないかと考えているんですが」
「ほう、ここでも巫女の名を聞くか」
 自分がパルスィのところにたどり着く以前の話から、博麗の巫女の影は見えていたのだ。
 それを知り、勇儀は微笑む。
 当の本人はここに来ているのだろうか?
「まさかそんな思いつきから、萃香さんに話をつけたり、紫様や博麗の巫女に春度を少し借りる算段をつける行動力を発揮するとは……なんにせよ、迷惑を押し付ける格好になってしまってすみませんでした」
 すまさなそうにする妖夢に、勇儀は笑って手を振る。
「何、楽しそうなことになりそうだからそれはいいよ。萃香もわかってて伝えてきたんだろうし」
 言いながらちらりと、さっき一言口を挟んだきり再び自重しているパルスィの様子をうかがう。
 彼女は少し戸惑っているように見えた。珍しい半人半霊の妖夢の存在にではなく、自分に視線を向けていると言うことは。
(成程、理解できないか)
 恐らくはこの祭り自体が西行寺幽々子の不思議な思いつきから生じたものと知ったのに、それを普通に流してしまった行為についてだろう。
 確かに、彼女ならば愚痴の七つもこぼすであろう。
(ふむ、まぁ仕方がない。パルスィと私はそもそもが違う存在だからな)
 その考えには諦めは含まれているようで含まれてはいない。
 それは勇儀にとってさしたる問題ではなかったからだ。同じ時に生き、言葉を交わすことの出来る存在なら、何の問題もない。ただ、仕方がないだけだ。
 そもそも、祭りすら始まっていないと言うのに何を語ることでもない。
「あぁ、開始の挨拶が始まるようですよ。舞台に上がらなくていいのですか? 勇儀さん」
 妖夢のその言葉には運営の責任者となっていた勇儀が上がらなくてもいいのかという問いも含まれていたが、勇儀は首を振った。
「私は私がいなくても回るように必死に算段をつけてきたんだ。この祭りを客として楽しむためにね。挨拶は西行寺のお嬢さんと萃香に任せてある」
 立派な胸を張って勇儀が言うと、隣でパルスィの呆れたようなため息が聞こえた。
「よくやるわよ」
「はっは、照れるな」
 『褒めてない』というお約束なツッコミを予期していたが、お約束にはまるのはシャクなのか、パルスィはそれ以上言わずにぷいと顔を背けてしまった。
「……ふむ」
 若干寂しそうに首をかしげる勇儀だったが、そのタイミングで妖夢が舞台を指差した。
「あ、幽々子様たちが上がってきましたよ」


「みんなーっ! 今日はわたしたちのために集まってくれて、ありがとー!」
「地味に間違いでもないからツッコみづらいね……だがツッコむ。なんでやねん!」
 広場の前面に設営された舞台の上に蒼い着物を纏った亡霊姫、西行寺幽々子が無邪気な笑顔で手を振りながら現れ、次いで現れた小さな鬼の四天王、伊吹萃香にはたかれた。
 何が起こるかと思われていた舞台で始まったやり取りのアホらしさが楽しい事好きの鬼たちに受けたのか、会場が笑いに包まれる。
 つかみはOKといったところなのだろうか。
「ごめんごめん、真面目にやるわ。といっても心情的にはさっきの台詞は大真面目なのだけれど」
「そーなん?」
 萃香が首をかしげ、そのかしげた物理運動から生み出されるツノの大振りを軽やかなターンでかわしつつ、西行寺幽々子は扇を開く。
「ええ勿論。地上よりもさらに遠い冥界の亡霊である私の思いつきに、あなたが動き、そして皆が集まってくれたのだから、こんなにうれしいことはないわ」
「そりゃ面白そうだったからね。面白いは正義だよ」
「ふふふ……ではそろそろ恩返しをいたしませんと、ね。皆様が望んでいるのは、長々とした口上ではなく、私の手土産なのでしょうから。この春の亡霊の、ね」
 開いた扇を高々と差し上げる。
 その扇はほのかに桜色の輝きを持ち始めた。
 それは幽々子の持ってきた春度によるもの。一晩の宴会に使うくらいの春なら、借りていってもいいでしょう? と巫女に許可を取って持ってきたものだ。
 事前に説明さえすれば、巫女は割と寛容なのだ。割と。
「それでは乾杯の音頭に代えて、この春の開花を――、宣言する」
 扇を勢い良く打ち下ろし、西行寺幽々子は結句する。
 扇より出でたさくらいろの風が舞い、辺り一面を『春』が席巻した。


「うわぁ……」
 瞬く間に、広場に生えていた枯れ木がさくらいろの衣を纏う。
 それは、地底では見たこともないほどに鮮やかだった。その彩りに、水橋パルスィは思わず感嘆の声を漏らした。
「ふむ、やはり花の美しさに垣根はないらしいな。パルスィもいたく気に入ったようだし」
「な、なによ! いちいち茶化さないで!」
 にこりと笑って言った勇儀の言葉に、パルスィはムッとしてすぐに振り返ってくる。
 嫉妬アピールはやたらするくせに、こういう感情は見せたくないのだろうか。その方がかわいらしいのに。
 と勇儀は思ったが、そういえば妖怪がかわいらしさを振りまいてもしょうがないよな、とすぐに思いなおした。
「茶化したつもりはないんだがなぁ。しかしこの桜を見ると山にいた頃を思い出すよ。懐かしいきらめきだ」
「気に入っていただけたようで何よりです」
 勇儀の反応に、妖夢が安心したような笑顔を見せていると、舞台の方から飲み騒ぎ始めた地底の面々を掻き分けて幽々子と萃香が歩いてきた。
「やっほー妖夢ー。どう? 私かっこよかった?」
「ええ、無駄に」
「無駄なの!?」
 ショックを受ける幽々子の腰に、萃香がぽんと手を置く。本当は肩に置きたかったのだろうが、残念ながら身長が足りない。
「まぁまぁ、無駄と思うこといっぱいしてるひとは輝いてるって言うじゃない」
「そ、そうかしら~?」
「まぁ、あんたはひとじゃないけどな」
 まさに外道!
「もう、みんなしていじわるだわ~! ぷんぷん!」
 頬を膨らませる幽々子に、勇儀が笑いをこらえながら話しかけた。
「っはっは、なかなか愉快な方だな。あんたが白玉楼のお嬢様かい?」
「はい、いかにも。そういう貴方は星熊勇儀さんね。この度はご助力感謝感激雨アラレちゃんですわ」
 すぐに頬から空気を抜いて、たたずまいを正して相対する。
 成程、奇妙な亡霊であった。
「何、いいってことさ。それよりも気になったことがあってなぁ。なんであんた旧都になんぞ興味をもったんだい? こことは根本的に離れた、冥界をあずかるあんたが」
「……根本的に違う、それはそれは不思議なことですわ」
 その問いをぶつけた瞬間、西行寺幽々子はフイと雰囲気を違える。まるで弁士のように朗々と、語り始めた。
「そもそも死者は冥界、天界、地獄にそれぞれ振り分けられ、それぞれそこに行く由縁が異なるからこそ、違くて遠い場所となる。でも、死者が運ばれると言うその事実が、『違う』という事実が、冥界と地獄を密接に結び付けている」
 パッと扇で口元を隠し、幽々子は勇儀へと歩み寄る。
「地獄とは、私にとって近くて遠い場所。歩いていけない隣でした。まかり間違えば私は『ここ』にいたかもしれないというのに。――だから、冥界と顕界が一度開通した後に、さらに顕界が旧地獄と繋がったと聞いて、ちょっといても立ってもいられなくなったわけですよ。奥さん」
「誰が奥さんか」
「あでっ」
 ゆるゆると近づいてくる幽々子にデコピンをかまして、勇儀はふぅ、と一息つく。
 なるほど、そういう考え方をするのか、この亡霊嬢は。そう思って勇儀は口の端を上げる。なかなか話していて面白そうな者だった。
「まったくもう、痛いわ~。冗談通じないんだから」
「何を言う。通じているからこそツッコんだんじゃあないか」
「あら、それもそうねぇ。ま、ともかくありがとうございましたわ。私はちょっと地底の珍味めぐりにでも行ってきます」
「地底の食料を食べつくさないでくださいね、幽々子様」
「もう妖夢。あなた私を一体なんだと思っているの?」
「え、えーと……ピンクの悪魔?」
「予想以上に悪い受け答えされちゃったわー! ねぇ萃香。私はこんなときにどんな顔をしたらいいと思う?」
「笑えば、いいと思うよ」
「真面目に答えなさいよー!」
「はっはっは、じゃあね勇儀。私らはここで一旦失礼するよ」
「それでは失礼します。勇儀さん」
「もう! 早く行くわよ! 萃香、妖夢!」
 がやがやと騒ぎながら、幽々子たちは喧騒に紛れて消えていった。
 勇儀が苦笑しながら手を振っていると、隣から不思議そうな声がした。
「あの亡霊は、何であんなに楽しそうにしていられるのかしら」
 水橋パルスィが首をかしげ、緑色の眼を輝かせて幽々子たちの消えていった方向を見つめている。
 私の気も知らずに、という言葉も、言外ににじみ出ていた。
「さてねぇ」
「あら、あなたにもわからないの? いつも楽しそうに騒いでいるくせに」
「君は私とあいつがおんなじにでも見えるのかい」
 そう勇儀が言うと、パルスィは押し黙った。さすがに同じには見えなかったらしい。
「あいつが愉快な理由なんか私が知るもんか。知りたくもないし知る必要もないね」
 そう言って勇儀が笑うと、パルスィはやれやれといったポーズをとった。
「理解できないってのによく話なんて出来るわねぇ」
「それとはまた別問題だと思うけどね」
「そう?」
 聞き返したパルスィに、勇儀は胸を張って言う。
「そうとも。そもそも全てを理解することなんて誰にも出来んし、する必要もないのさ。見聞きするもの全てを理解しようとしていたら、頭がいくつあっても足りないよ」
 桜の花びらがひらりと舞い落ちてきたのを、勇儀はひょいと摘み取る。
「例えば君はこの桜がなぜ美しいのか、説明することができるのかい?」
「……いいえ」
「まぁそういうことだ。世の中にゃあわからない方が魅力があるっていうことが往々にある。……そういうところから妖怪や神が生まれたのだろうに」
 はっとパルスィが顔を上げる。勇儀はその表情に満足すると、にっと笑い返した。
「ふむ、喋ってばかりいたら口寂しくなってきたねぇ。酒を貰いに行こうか。パルスィ、今日は私のおごりだぞ」
「ええ!? そ、そんなことしてもらわなくても結構だわ」
「借りを作るだとかそんなことは気負わないでくれ。それは私の望むところじゃないからねぇ」
「……まったく。結局そうやって有無を言わせないのね」
 パルスィが口を尖らせると、勇儀はまたからからと笑った。
「はっは、君もなんだかんだ言って私のこと結構わかってきたじゃないか」
「むぅ」
「ははっ、じゃあ行こうか。結構酒売りはいるはずなんでな」


「歩き飲みってのはどーなのよ」
「出店の様子を見て回りたいしなぁ」
「私は腰を落ち着けたいわ」
 出店の数はそこまで多いわけではない。普通に楽しみたい者が多かった上に、こういうことをやった経験がないので、そこまで数が集まらなかったのだ。
 一番需要があるであろう酒を供する店はそれなりに手配しておいたが、やはり混雑は否めないらしい。
「こういう祭りに裏方ってのも大変よねぇ」
「そういうのが好きなやつもいるのさ。物量に任せて交代制にもしてやってるけどね」
 まぁ、地底では募れる数は少なかったが、その代わりに幽々子が地上の妖怪を引っ張ってきてくれたので、ボチボチといった感じだ。
「あら、あそこの串焼き屋はかなり客がたかってるわね」
「おぉ、そうだな。そういえば酒は用意したが、つまみにまで気を回せていなかったからなぁ」
 ヤツメウナギの串焼きと書かれたその店は、本当に目の回るような忙しさなようだ。


 店主らしい夜雀と、手伝っている蛍の妖怪のテンパッた声が響く。
「あーもう! とてもじゃないけど焼くスピードが追いつかないわ!」
「そうだねぇ」
 焦りながらも慎重に焼き加減を見ているミスティアの後ろで、リグルがせっせとヤツメウナギの切り身を串に刺しながら相槌を打つ。
「こりゃーチルノの手も借りたい忙しさだわ!」
「よんだ?」
 後方から蒼き衣装を身に纏いし氷精、チルノ現る。
「いや呼んでない! 呼んでないから!」
「まぁ、あたいはこんな火の傍にいると溶けちゃうんだけどね」
「溶けてる! もうなんかスライムみたいになりかけてるから!」
「チルノはなかまをよんだ」
「呼ぶな!」
「おーい、チルノ、無事かーい」
「うわ、本当に何か来た」
 リグルが新たなる来訪者に驚いた。それは黒い服に赤い三つ編みの髪を持った猫娘で、彼女らの見たことがない妖怪であった。
「あ、おりん」
「やー、探したよ。いきなり消えるもんだから、あたい心配しちゃったじゃないか」
「ごめん。にわかに『誰かが私を呼んでいるっ! とぅっ!』みたいな衝動に駆られて」
「はっはっは、ほどほどにしときなよ。おっと、あたいは火焔猫の燐ってもんさ」
「さっき意気投合した」
「あ、あたいだ……」
「あたいつながりだ……」
 気さくに手を振って挨拶するお燐に、リグルとミスティアは戦慄した。
 そんな二人に、チルノはうにょうにょと首をかしげながら、網を指差した。
「おーい、串焼き焼けてる」
「うわーっ、しまった! こんな寸劇やってる場合じゃなかったんだってヴぁ!」
「やってしまったねえ」
「がんばってねー、後であたいらも買いに来るよ」
「材料が持ってればね!」
「うめえ」
「言ってるそばから食うなチルノー!」


「いやはや、大変そうだ」
 大変そうに騒ぐ妖怪たちを肴に、勇儀はくいっと杯を傾けた。
 横でパルスィが眉をひそめている。
「よくあんなもん肴にする気になるわね」
「酒に酔うと面白さを求めるようになるもんさ。どれ、君にも一杯」
「いいってば、あんたと違ってなかなかバランスを取るのがってこぼれるこぼれる!」
 パルスィに酒を注ぎながら歩いていると、何やら奇妙な二人組が勇儀の視界に入った。
 人間の従者を従えた、萃香のように小柄な妖怪。先に縦穴で見た紅魔館のお嬢様であろうか。


「地底の祭りで店を出す者はいないか、と言われたので美鈴を差し出したのは正解でしたね。日本酒に合わせた中華料理の評判は上々でした」
「ま、中国のお酒なんてここじゃ滅多に手に入らないしねぇ。……西洋のもだけど。でもそんなことより美鈴の店の隣で粛々ともやし炒めを売り続けるパチェの方が気になったわ……」
「いつの間に店を出す運びにしてたんでしょうねえ。いつになくアグレッシブな」
 紅魔館の主、レミリア・スカーレットと、その従者十六夜咲夜はそんなことを話しながら並んで歩いていた。
 彼女らが地底までやってきたのは美鈴たちの様子を見るという意図もあったが、それよりも地底に行ってみたかったというのが本音だった。
「太陽がないっていいわね」
「ははは……」
 妙に実感のこもったレミリアの言葉。それが生み出すいつもの格好をつけた姿とのギャップに、咲夜はほほえましい感情にとらわれた
「ま、居心地はいいけどちょっと物足りないかもね。地上くらいの刺激があるほうが丁度いいわ。地下には巫女もいないし」
「そうですか。避暑地のように別荘を作ってみるのも面白いかもしれませんけど」
「あ、それいいかも」
 レミリアは晴れやかな顔で言った。太陽はないのに。
 地底に別荘を構えるのもなかなか優雅であるかもしれない。実際には色々と問題もあるのだろうが、それらはとりあえず二の次であった。
 そんな最中、レミリアの肩が何者かにぶつかる。
「痛いわね。この私に肩をぶつけて挨拶もなしに通り過ぎようとするあなたは一体何様?」
 何者かが振り返って答えた。
「地獄の人工太陽、霊烏路空様だけど」

 ――全世界が、停止したかと思われた。

「う、うわああああああああああ」
「お、おぜうさまー!?」
 レミリア・スカーレットは矢のごとく駆け出し、十六夜咲夜もそのあとを追っていずこかへと姿を消してしまった。
「何だったのかしら」
「空、地獄の人工太陽はあなたのスペカであって、あなたの二つ名ではありませんよ」
「あれ、そうでしたっけ」
「まったくもう、鳥頭なんだから」
 紫髪の少女に手招かれ、空はてこてこと主人、古明地さとりのもとへと戻った。
 こいしは一人でふらふらとどこかへ行ってしまったし、燐もどこぞの氷精とつるんでどこかに姿を消してしまった。
 結局、地霊殿の面子で残ったこの二名が一緒に行動している。
「それにしても、今日はみんなさとり様を見てもあまりリアクション起こしませんね」
「それが数の力というものよ。面と向かうならともかく、これだけの数がいれば自分に気を払われる心配がないもの。払われたとしても、所詮群衆の一人だしね。そもそも数が多いと思考も読みにくいの」
「へぇー」
 空は、子供のようにさとりの話に耳を傾けている。
「集団である優位性、匿名である優位性。それがかね備わると、誰でもどこまでも強くなるものよ」
「そーなのかー」
「……意味わかってる?」
「全然」
「そう、いい子ね」
 さとりは空の頭をぽんぽんと撫ぜる。
「うにゅ?」
「ううん、別に」
 そうしてさとりと空は親子のようにゆったりと、雑踏の中に消えていった。


「……ふむ、吸血鬼はあんな太陽でも怖がるものなのか?」
「反射で逃げただけな気がするけどね」
 なんか紫の人から買ったもやし炒めを食べながら、勇儀とパルスィは一部始終を見守っていた。
「しかし集団でつるんで強くなるか。群れなきゃ何も出来ない、っていう蔑みの言葉はあるがなぁ」
「多くの生物を敵に回すわよ。主に人間とか」
 パルスィのその言葉にうけたのか、勇儀ははっはと豪快に笑った。
「なるほどな。だが強い人間はいつだって有名なやつだったぞ」
「でも個の強さを得た者は、群の強さを失うわ。……妬ましいもの」
 ふむ、と勇儀は一拍置いて、もやし炒めの箱をゴミ箱に捨てると、更に酒を口にする。
「なるほどな、そーやってバランスが取られるわけか。だがあの巫女は……いやまぁ、それなりに嫌われているか」
「そおね。それなりにね」
 顔が広いと思っていたが、思い返せばその多くは妖怪。個の強さを誇る者たちだった。
 それもそうかといった話ではある。『博麗の巫女様』が、普通の人間の中に混じれるわけもない。
「英雄は怪物を滅ぼし、怪物は人間を滅ぼし、そして人間は英雄を滅ぼす。人間を駆るは恐れと嫉妬。……緑眼の怪物は、怖いわよ」
「ふむ、確かに怖い。怖いがな――」
「あ、勇儀さん、お疲れ様でーす。あ、橋姫さんも」
 不意に勇儀とパルスィを呼ぶ声がした。振り返ってみれば、一軒の出店から手を振る鬼が。
「おや、あいつは……」
 水橋パルスィへ案内状を届けるはずだったあの鬼だ。出店の担当になっていたらしい。
 だが……。
「……ヨーヨーつり?」
「えぇ、なんか緑色の巫女が『祭りと言ったらこれがないと!』って言ってたもので、つい」
「ついかよ。ったく、ほとんど宴会みたいな祭りなのにねぇ。……まぁ、それなりに客もいるようだけどさ」
「やっぱり珍しいですしね。ちょっとしたおもちゃにって、そこそこウケはいいですよ。橋姫さんもやってかない?」
「え? 私?」
 いきなり話を振られて、パルスィは戸惑った。
「遠慮しないでー、初回はサービスしとくからさ」
「ま、まぁ、そうまで言うなら……」
 勇儀は驚いた。あっさり流されたパルスィにもそうだが、この鬼は橋姫に苦手意識を持っていたはずだのに。
「ふむ」
 まぁ、根は悪いやつじゃなかった、ということなのだろう。
 受け入れようとはしたが勇気が出せなかった感じの。
 鬼にしては優しくて軟弱なやつではあるが、まぁ、数ある鬼の中、こういうのがいてもいい。自由とはそういうことだ。
 勇儀は酒を口に運びながらゆっくりと、あの鬼がパルスィにヨーヨーつりをレクチャーしているさまを眺めていたのであった。


「……つれちゃった」
「よかったな」
 パルスィはぽよぽよと、風船のヨーヨーを弾ませている。
 こうやって遊ぶ姿など普段は見せないのだろうが、ヨーヨーと言う珍しいものの初回特典といったところだろう。
 勇儀はそのさまを微笑んで見ながら、口を開いた。
「あの子、あんたのことを怖がっていたんだよ」
 ぴくっとパルスィは振り向いた。怪訝そうな顔だった。
「え? ……気味が悪いと思ってたんじゃなくて?」
「……ま、それも怖がることに繋がるけどね。いや、実際彼女は怖がっていたよ」
「鬼が私の何を恐れると言うのよ」
 パルスィは彼女をもって鬼全体、と受け取っているが、まぁ問題はない。彼女は特別な例ではあるが、他の多くの鬼も恐れのような何かを抱いているには間違いないから。
「何をもってそう思うんだ?」
 ぴしゃりと聞いた勇儀に、パルスィは戸惑いながら答える。
「だって、鬼は強いのに」
 予想していた答えが、そこにあった。
 だから勇儀はゆっくりと返す。
「ま、そう思ってもらえるのはうれしいんだが、そりゃ偏見だよ、パルスィ」
 パルスィの瞳が大きく開かれる。鬼が、それも山の四天王クラスが自らそういうことを言うのに、驚きが隠せなかった。
「そりゃあ、力には自信がある。誰にも負けないくらいはね。だが、この力は、時に人間の英知を示すための道具となることだってあるんだよ。……忌々しいがな」
 勇儀は努めて無表情で話す。あまり語りたい話でもない――が、それは踏まえなければならないこと。
「持ってる強さなんて誰も彼もが違うもんだ。そして、その自分の力がまったく意味を持たぬ分野を、人間だろうが妖怪だろうが、鬼だろうが怖がっているんだよ。――まぁ、同時に魅力を見たりもするんだが」
 いつの間にか、出店の雑踏を抜け、木が多く、その下で座り込んで呑む者がたむろする空間へと踏み入る。
 その間を縫いながら、台地の端へと向かって、二人は歩を進める。
「例えば人は、その知恵と知識の及ばぬところに、魔を見、神を見、」
 不意に、勇儀はパルスィの前に拳を突き出した。
「そして、鬼の拳を見た」
「っ……!?」
 山の四天王、力の勇儀のその拳に、水橋パルスィはわけのわからぬ威圧感を感じ、殴られたわけでもないのに、よろめいた。
 『怪力乱神』。
 自分の理解の及ばぬところにある何かを、彼女は見たのだ。
「そうだろう? 嫉妬の鬼よ。世界がわかりやすいもので出来ていないことなど、お前が一番知っているだろうに」
 誰かを動かすのはいつだって実感だ。
 一番怖いのは正体のない実感。明確な根拠もないのに、その実感だけが先に立ってしまうもの。
 橋姫が司っているものとは、そういうものだろうに。
「……私が、あなたたちのことを知ろうとしないままに嫉妬していたと、そう言いたいの?」
「別に、それがお前だというのなら、責めることでもないがな」
 怪力乱神の気配を消して、拳を引き、笑う。
 その拳に引き寄せられるように、パルスィは疑問を口にしていた。
「じゃあなんで、あの鬼は私に話しかけたの?」
「恐怖とは勇気によって乗り越えられるものだよ、パルスィ。彼女は、君の中にそれを発揮するだけの光を見たんだろう」
 先も言ったが、恐れは同時に魅力も孕む。
「……だったら」
 光を掴もうとする時、不安に駆られる。
 自分はこの光を掴めるのかと。この光を掴んで良いのかと。
 闇の地底の中、光などないと思っていた少女は、そう思ってしまうのだ。
「この祭りの先に、勇気を見せるだけの光はあるというの? あの地上の妖怪たちに、それを見出すことができるの?」
 水橋パルスィは怖がっていたのだ。この地下の世界に、突如差し込んできた光の住人たちを。
「地上と地下は、もう離れているんだ。その二つがまた一つになろうというなら、また君は光を失うだろう。……だけど、あいつらは一つになろうとしてここに来たんじゃあないよ」
「え?」
「大きな一つになったのなら、その中で光と影ができる。でも、それはもう真っ二つに割れて、『違う』ものになってしまった。……あいつらは、私たちが『違う』から、ちょっと触りに来ているだけなんだ。ほら、あの亡霊嬢が言っていただろう」

 ――『違う』という事実が、冥界と地獄を密接に結び付けている。

「『違う』から、私は君を見ることができる。『違う』から、私は君と話すことができる。『違う』から、私は君に触ることができる。それはとても楽しいことじゃないか」
 勇儀は戸惑うパルスィの手を取って、更に歩を進めていく。
「だからあいつらは、こうして楽しいことをやりに来ているんだよ」
 そして、その言葉を勇儀が言い終えた瞬間、彼女らは台地の端へと到達した。
 眼下には、かつて雪花だけが咲いていた森がある。
 今はそれが、満面のさくらいろの世界だった。
 だが。
「……話を逸らすなよ、星熊勇儀」
 そのさくらいろの世界の中で、水橋パルスィは静かに言う。
「うん?」
「それが問題なんじゃない。そんな気持ちで触りに来れば、あいつらはきっと火傷するわ。そして……おんなじことの繰り返しよ」
 吐き捨てるように、パルスィは言う。
「物事をなんでも斜に構えて見るのは感心しないな」
「ならばどう見ろとあんたは言う! 何を持って希望を見ろと言うのよ!」
 パルスィの言い分ももっともだ。旧都の過去がそれを裏打ちしているのだから。
 だが、それで終わっては、それこそ同じことの繰り返しだ。
「君の言うことももっともだ。だが、あいつらは触りに来なければならないんだよ。なぜなら、お前たちも私たちも、上のやつらにとって必要なものなんだから」
「……どういうこと?」
「傷病、嫉妬に怪力乱神。奴らも、ただ封じて目を逸らしていたそれと、向き合わなけりゃならない時期に来たということだ」
 勇儀はどっかと腰を下ろして、眼下に桜を見渡す。
「そして、私らもな。上の奴らも下の奴らも、致命的なまでに『違う』けれども、お互いいらない存在じゃあ決してないのさ。『違う』からこそ、隣り合って生きていかなけりゃあならない」
 パルスィは隣に座らず、立ち尽くしていた。まだ座れないのだ。勇儀の言葉が、全然噛み砕けていないのに。
「必要……なの? 私も? あいつらにとって?」
「ああ、必要さ」
「……そんなことは信じられないわ」
「そりゃあ、これからわかることだからね。それは向こうだってそうさ。……だからこその『祭り』なんだろうな。これは引越し蕎麦みたいなちょっとしたご挨拶だ。これから、『付き合っていかなければならない』んだから、ね」
「でも、私は」
「心配するな。上の奴らだって、深入りする気はさらさら無い。ここはもう上とは『違う』、隣の世界なんだ。いわばお隣さんだ。ご近所づきあいみたいなテキトーな感じで落ち着くだろう。それまでに色々あるかもしれないけれど」
「そんな、適当な……」
 水橋パルスィは額に手を当てた。わかっているように話すが、それは楽観的なのではないかと。
 だが、そう思っている矢先に、勇儀はきらりと鋭い視線をパルスィへと向けた。
「さて、君の言い分を色々と聞いているに、君は君の身に降りかかる問題を、君一人だけの規模で考えていると推測するんだが、どうかな」
「え!?」
 いきなりそう言われて、パルスィは狼狽した。
 言われてみれば、そのとおりであったのだから。
「私は寂しいんだ。君は私たちが強いからと緑色の眼を向けるけれども、私たちが何のために強いのかを考えてくれないから」
 話し始めた勇儀の語調の変化に、パルスィは驚いた。
 そこには実感があったのだ。あの吸血鬼が『太陽がないのはいいわね』と素直にいったくらいの素朴な実感。
 そんな寂しさを、鬼が、星熊勇儀がたたえたことに、驚いた。
「今はあえて胸を張って言うよ。私たちは強い。そう、私たちは、本気になれば地上の妖怪の大賢者を震え上がらせられるくらいに強いんだ」
 それはまるで、子供に力を認めてもらおうと頑張る親のようで。
 そう思ったときに、水橋パルスィは理解した。
「だからさ、不安なことがあったら――私を頼ってはくれないだろうか」
 強いものもまた、強いものなりに、繋がりを求めているのだと。
 そうか、これが『違う』ということなんだ、と――。
「……ありがとう、星熊勇儀」
 言って、パルスィは勇儀の隣へと腰を下ろす。
「……パルスィ?」
「おかげで、なんだか、気分が軽くなった」
 そうして、ついに彼女は微笑みを漏らしたのであった。
「パルスィ……」
 眼下の、地底のものとは違うさくらいろの海を、同じ目線で二人は見る。
「このさくらいろの『違う』ことを、今なら素直に楽しめそうな気がするわ」
「……じゃ、腰を落ち着けて、飲むかい」
 と、勇儀が言ったところで、
「おーい、勇儀ー、いい場所見つけたじゃあないかー」
「お肴いっぱい持ってきたわよー。おなかの中に入れて」
「……ピンクの悪魔」
「あ、勇儀さーん、橋姫さーん、やっと店番交代できましてねー」
 能天気な声が響き、幽々子たちとさっきの鬼がどやどやとやってきた。
 勇儀が苦笑しながら幽々子に言う。
「お前が食ってたんじゃ意味がないだろう」
「うーん、もやし炒めなら残ってるけど」
「もうそれ食ったよ!」
 勇儀に呆れられてもにゃははと笑う亡霊嬢は、はたとパルスィの姿を見とめると、ふよふよと飛んできた。
「わっ?」
「ふふ~ん? なんだかさっきに比べてずいぶん話しやすそうなカオになってるじゃない?」
「え? え?」
「おー、よかったなパルスィ。話しやすいってよ」
「ペルシャ人は食べてもいい人類?」
「ダメだろ」
 幽々子に絡まれているパルスィをぐいっと引き戻すと、勇儀は改めて酒瓶を突き出した。
「ま、せっかく色々と集まってきたんだ。ちょっと今更だが、乾杯と行こうじゃあないかい」
「あ、橋姫さんお酒注ぐよ」
「え? あ、ありがと」
「さー、呑むぞー! 乾杯だー!」




 パルスィは、鬼や幽々子たちを前にしても、ずいぶんと気楽でいられる自分に驚いていた。
 そう、誰しも群れれば強くなる。
 自分が一人でないことに気づけば、誰だってすぐに強くなれるのだ。

 多くの者はこの祭りの中、何も考えずに呑んでいるだけだろう。
 それでも別に支障はないのだ。
 この祭りを楽しめるのなら、それは決して悪いことではない。
 挨拶をきっちりと受けることが、すべての始まりとなるのだから。

 星熊勇儀はそれを知っている。
 嫌なものを自分の中にあるものと思えば、それは単に嫌なことだろう。
 しかし、少しそれを離して考えれば。『違う』ということを意識すれば、それは容易に触れるものとなる。
 それはたとえば、かっとなって人を殺してしまった後、その怒りの対象が死んで、怒りが自分とは『違う』ものになったとき、何で自分はそんなことをしてしまったのかと思ってしまうのに似ているのかもしれない。
 そして当然、殺してしまってからではなにもかもが遅いのだ。

 地上と地下は違う世界。
 『違う』が形になった世界。
 だからこそ、隣り合って歩いてゆける。


 さぁ、乾杯をしよう。

 この――さくらいろの地底に。


 ~fin~
どうも、ナルスフです。
たまには真面目なのを書いてみたくなったので書いてみたら超難産でした。
ギャグが書きたいですね。(和食が食べたいですね的なメカニズムで)

東方のEDのどこか説教くさい雰囲気がなんとなく好きです。

ともあれ、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
ナルスフ
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コメント



0.1800簡易評価
1.80煉獄削除
地底で行った祭りも中々楽しそうでしたねぇ。
でもパチュリーのもやし炒めって……。
勇儀とパルスィの会話も楽しめました。
面白かったですよ。

追記:これは個人的なことですけども、勇儀のセリフに「ふむ」という言葉が
あまりにも多いと思いました。
2.100名前が無い程度の能力削除
地下の妖怪たちには、封じられた理由がある。過去のいきさつもあります。
だから、パルスィが不安に思うのも当然。
でも、地下と地上が出会ってしまったからには、なんとかかんとかやっていかなきゃいけないってのが上手く出ていた気がします。
お祭りも楽しそうだし、単純に楽観的にはいかないかもしれないけれど、このパルスィと勇儀ならなんとかできるんじゃないかって思えました。
ごちそうさま。
4.90名前が無い程度の能力削除
「他者から殻をかぶった嫉妬の橋姫が少しずつ心を開いていく」というストーリーは、王道ながらなんだかんだ素晴らしいものですねぇ。そしておおかたにおいて何故かその王子様役を務める星熊勇儀というキャラクターの面白いこと。
彼女たちをみていると、地獄も案外面白いのかもしれない、と思ってしまいます。

勇儀たちと東方キャラの掛け合いもお祭りのようで、非常に楽しい作品でした。
8.100名前が無い程度の能力削除
シンプルに、良かった
12.100名前が無い程度の能力削除
勇儀とパルのやり取りがいいなぁ
勇儀かっけえ~抱かれてえ~
13.80名前が無い程度の能力削除
こうして地上と地底の繋がりは強くなっていくのですね

しかし幽々子様がピンクの悪魔って…
吸い込んだり飲み込んだやつをコピーしたりするあれですかいwww
18.90三文字削除
みんなちがってみんないい。
そんな言葉がありますが、はてどれだけの人がそれを理解できるのか・・・
忌み嫌われるようなことも、それは違うという事ですものね。
それにしても姐さんはやっぱかっけえぜ!
19.90名前が無い程度の能力削除
勇儀さん男前……!
24.90名前が無い程度の能力削除
もやし炒めで吹きました
そして売れるんですね、もやし炒め…!

勇儀さんがかっこいいのに友達になれる気がしました。