Coolier - 新生・東方創想話

蓬莱の薬は口に苦いのか、甘いのか?

2009/03/01 11:29:12
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「煎餅、あられ、大福にお団子……ずいぶん貰ったねえ」
「ホワイトデーという奴さ。弁当以外の食べ物は持って来ないよう言い聞かせてあるんだがなあ」
 ずらり並べられた菓子を前に、妹紅はただ感嘆の声を上げた。
 全て、慧音が寺子屋で貰った物なのだという。何日か前の読み書きの授業の際、余談に文献と伝聞で知った外の世界の話をしてやったらそれが子どもたちに案外受け、本日の授業の際には子どもたちに囲まれて菓子の山、という寸法だ。そのあまりの量には流石の慧音も何事かと驚いたという。
「なけなしの小遣いで贈り物を調達し、規則を破ってでも想いを伝える子どもたち……くぅっ、モテるねえ慧音先生」
「いやはや、女の子からも結構貰ってるよ」
 そう言って頬を掻く慧音。
「だが『ホワイト=白』と補足を入れてやった結果がこの米菓子祭りさ。私一人じゃ手に負えん、妹紅殿も手伝ってくれるか?」
「あいよー」
 だが既に妹紅の手は煎餅に伸び、最初の一枚の半分以上が口に放り込まれている。
 乾いた音が小気味よく響き、慧音も大福に手を伸ばした。
「……うん、美味い」
 菓子の合間に茶を啜ればほのかな渋みで甘みが引き立ち、えもいわれぬ多幸感が口から全身に広がっていく。いかにも欧米じみた名前の記念日に和菓子を頬張るのは傍目にはいささか滑稽に映るかも知れないが、贈られる物が全てでないという事くらいは二人とも心得ている。
「そういえば慧音、一月ばかり前にもお菓子を貰ってたよね?」
「ああ、その時はバレンタインデーの話だ。チョコレートを『豆から作る甘いお菓子』なんて説明したら羊羹やら甘納豆やらたくさん貰ったっけなあ……あの時は私から何か贈るつもりだったのに」
「気にする事ないんじゃない? あんたは進んで子どもたちに勉強を教えて、人里もしっかり護ってる。誰よりも人間の事を想ってるあんたの存在そのものがあいつらには何よりの贈り物だよ、慧音」
「……そうかな」
「そうだって。いよっ、慧音大先生! 最高! 惚れちゃいそう!」
「や、やめないかっ」
 面と向かって褒められるのが慧音は案外苦手である。
 だが褒められて悪い気はしないから、とりあえずはにかんでみる。
 彼女の飾らない気質を映したその微笑は、妹紅にとっては何物にも代えがたい贈り物である。
 蓬莱人も白沢もなく、今この瞬間は二人の少女として穏やかな時間の中をたゆたっていた。

 ズ……ン

 二人のささやかな幸せを引き裂くように重い音が突如響き渡った。
 そう遠くない所で何やら爆発が起こったようで、大気が部屋を揺らす。己の耳と経験を信じるなら爆発は人里で起こった物ではないように思え、ならば里に大した被害は出ていないだろう。それに、爆発の主は里への攻撃は毛ほども考えていないはずなのだ。少なくとも千年間はその状態が続いている。
 里の安全をおおよそ確信した所で二人の表情がきりりと引き締まる。
「……お客さんか」
「お客さんだね。やれやれ、こういう時に品のない」
 茶を飲み干し、先に腰を上げたのは妹紅だった。
 爆発の正体はうんざりするほど察しがついているし、こういう時に動くのは妹紅の仕事……いや宿命と決まっている。これについてはお節介焼きの慧音もしゃしゃり出ようとはせず、ただ座して妹紅の一挙手一投足に目を配る。
「じゃ、サクッとたたんで来るよ」
「あまり無理しないでくれよ。お互いに面倒だ」
「へいへい。いざって時はこの辺で死ぬ事にするからその時はよろしく」
「……ああ」

 縁起でもない事を言うんじゃない。

 ……と言いかけて慧音は言葉を飲み込んだ。誰が何を言ったところで思い留まる妹紅ではなく、ならばいっそ快く送り出してやった方が少しは彼女の為になるというものだ。言いたい事は山ほどあるが、いつもそう思って堪えてきたのだ。
 土煙と熱気を巻き上げ飛び立つ不死鳥の姿を見送り、慧音はふぅと溜息をついた。

* * * * *

「遅かったわね妹紅。呼び鈴は鳴らしておいたはずだけど?」
「ええ、ええ、よく聞こえましたとも。今度は私の方から出向いてやろうかってほど」
「その時は盛大に歓迎してあげるわ。何度でも来たくなるほどにね」
「悪いけどご招待は丁重にお断りさせていただくわ。全て私の好きなようにやらせてもらう」
「つれないわねえ。私とあなたの仲だっていうのに」
 何気ない会話や不敵な笑顔の中にも殺意の棘が埋まっている。
 千年もの永きに渡り繰り返されてきた関係は、今やルーチンワークと化していた。互いの間での決まり事として口上をのたまい、弾幕を張り合い、時には取っ組み合いさえする。ルーチンワークと呼ぶには互いにムキになりすぎる帰来があるのだが、二人とも望んでやっている事だから止めようがないし迂闊に止めに入れば両者から狙われる事は必定である。
 そんな日常だから痛みと傷が絶える事はなく、傍から見れば狂っているようにしか見えないであろう。だがその狂気こそが二人の正気を繋ぎ止めてくれているというのだから皮肉な物だ。
 妹紅と相対する輝夜が『呼び鈴』と言ってのけたクレーターが足元で大口を開けている。だが、それも二人にとっては唯の普通の変哲もない日常に過ぎなかった。
「まあいいわ、それじゃあ早速始めましょうか。刺激的に、感動的に、徹底的にね」
「……あ、その前にあんたに一つ聞いてみたい事があるかも」
 既に臨戦態勢にあった輝夜を妹紅の掌が止めた。
 構わず妹紅の制止を振り切って先制打を浴びせてやる事もできたのだが、律儀に止まってやるあたりは輝夜も心得たものである。互いに腕を伸ばせば取っ組み合いができそうなほどの間合いまで近づいてきたところで踏み止まり、妹紅の言葉に耳を傾ける。
「あんたってさ、あんたンとこの奴からプレゼントって貰った事ある?」
「貢ぎ物? 一つ屋根の下でそんな事をするまでもないでしょうに」
「そっか……じゃあ、余所者からプレゼントを貰った事は?」
「どうしたのよ妹紅、変な物拾い食いでもしたの?」
「するわけないでしょ、ちょっとした好奇心って奴よ……で、どうなのよ」
「そういうのなら数え切れないほどあったわねえ……あなたのお父上からも」
「あ、そう……で、あんたはどんなお返しをした?」
「私が? ……私が下々の者に返礼なんてする必要があるとでも思うの?」
「……なるほど、二つだけ分かったわ」
 挑発気味に笑みを浮かべる輝夜を、妹紅は呆れた顔で受け流した。
 これではいけない。今宵の輝夜は自分を満たすには全く足らない。もちろん、疑問の回答者という意味でだ。
 輝夜が自分を満たさぬ者であると理解した瞬間、妹紅の中の炎はふっとかき消えてしまった。眉を顰めてまでして輝夜に向けていた視線からは力が抜け落ち、静かに力みの入っていた声も気のない感じにトーンダウン。やる気のなさが露骨な程に見えて取れる。
「あんたとこれ以上話しても埒が明かない。でも、あんたの従者なら何か知ってるかも知れない。こんなところ」
「永琳に? ふふっ、なら私の相手はどうなるの? ここをタダで通してもらえるとでも思ってるの?」
「うっさいなあ……今夜はやる気が失せたって言ってるのよ」
 二人の温度差は明確だった。
 いかにも二流悪党が発しそうな台詞で立ちはだかる輝夜は、今の妹紅にはまるで眼中になく、輝夜の向こう側しか見えていない。
 辟易した顔で右の拳を固く握り締め、後ろに大きく溜めを作る。
「ス……」

 スーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルエキサイティングシュープリームアンビリーバブルバーニングデストロイルナティックエクスハビタントゴージャスマキシマムプライマルエクストリームハイパーギャラクティカアストラルロマンティックワールドワイドファナティックネバーエンディングジャスティスフェイタルドラスティックファイナルオーバードーズメガトンホーリーハイグレードカタストロフィックトライアンファルマーヴェラスマジカルエクスターミネートメタボリックシンドロームアーティフィシャルサプライズアンフォーギブンクリティカルギガンティックパラマウントエターナルカオティックマッドネスショッキングアトミックスーサイダルファンタジックイリュージョナリィジェネラルドラマティックパーフェクトデンジャラスローリングインペリシャブルハリケーンライジングトルネードバスター

「……ター」

 一瞬の余韻の間に、妹紅は心の中で長い長いスペルカード宣言を行なっていた。
 今の彼女には一秒の間も惜しかったし、これほど長い名前を叫んでいる最中にうっかり舌を噛んで痛い目を見てしまうかも知れない。
 永い刻を生きてきた妹紅だがこの時ばかりは『時は金なり』という言葉を誰よりも強く噛みしめ、スペルカード名の頭と末尾だけを小さく呟き右腕を渾身の力で振り上げた。そこへ上半身のひねりを加える事で威力は一段と増し、相手の突進に合わせれば威力はさらに倍加する。ついでに弾幕を放つ際の霊気を拳に込めれば威力はさらに倍、無策で殴った時の、実に八倍の威力というわけだ。

 そして、輝夜は、月旅行ロケットになった。

「無敵アイテムぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
 意味不明な断末魔を遺し、噴煙でも吐きそうな勢いで夜空の闇に吸い込まれていく。
 妹紅の制止を我慢し続けられずに突っ込んで来た輝夜と、それに合わせて繰り出した右の拳。顎に必殺の一撃が入るタイミングは完璧だった。果たして鉛直に吹っ飛んで行った輝夜は空中で姿勢制御もできぬほど意識を奪われてしまったのか、ややあって錐揉み回転をしつつ顔面から地面に落着する。地面に突き刺さってなお直立を保った体、土煙りの少ない完璧な落着角度、そして輝夜を一撃でノックアウトしてみせた妹紅の黄金の右アッパーカット。その全てがこの時まさに三位一体の美しさを作り上げていた。
 この間、わずか二秒!
「……さぁて」
 しかし妹紅に安息の時はない。地面に刺さった輝夜を引っこ抜き、完全にノビている事を確認した上でその身を肩に担ぐ。妹紅の小さな肩には少女一人載せる事すら一苦労であったが、輝夜を人柱にしたままにしておくわけにもいかないので仕方ない。歯を食いしばりながら立ち上がり、宙に浮き上がる。目指す先は竹林の奥深く、永遠亭。二人分の重さだから移動速度は大幅に落ちるが、場所を知っているから迷う事はない。夜が明けるまでには辿り着くだろう。

 空を飛んでも重い物は重いんだなと、飛びながら妹紅は独りごちた。

* * * * *

「姫をブッ飛ばして律儀に連れて帰って来て下さって、いったい何の御用かしら?」

 笑いながら怒る器用な奴――妹紅が永琳に対してしばしば抱く印象である。
 永遠亭まで輝夜を連れてきた後、迎えに出てきた永琳はまさに印象通りの顔をしていた。一見すれば深夜の訪問にもかかわらずにこやかな顔で応対しているように見えるが、よく見ればこめかみにうっすらと筋が浮いている。その理由は言うまでもなく、妹紅が肩に担いでいる輝夜。だが殺していない分、永琳の怒りはまだまだ穏やかなのかも知れない。
 それでも下手に挑発的な態度を取れば矢でも鉄砲でも弾幕でも飛んでくるであろう事を予感し、つとめて冷静に、しかし卑屈にならず、妹紅は問いに答える。
「あんたに用があってきたのよ。こいつはオマケ。どうせ探しに行くつもりだったんでしょ?」
「ええ、確かに出向く手間が省けましたわ。ところであなたの御用件は?」
「輝夜に聞いても何も知らない風だったからねえ……あんたなら知ってると思って」
 輝夜を下ろして布団に寝かせ、凝り固まった肩を解しながら妹紅は輝夜に投げかけた質問とその時の問答をそのまま永琳にも向けた。

「だいたい姫の答えで合ってるわよ。姫への贈り物ならね」
「こいつへの? ……じゃあ、あんたが貰った事は? その時は何を返してた?」
「あなたとは何かと違くてよ。きっと参考になりはしない」
 やはり、笑顔で逃げられる。笑顔の裏にある感情が見えないからうすら寒くもある。
 死すら恐れぬ妹紅であるがこの永琳はどうにも話しにくい。威圧的でないのがかえって妹紅の気勢を削いでしまうのか、腹の内を見透かされている感じがして居心地が悪いのか、あるいは内に秘めた強い力を妹紅の本能が感じ取ってしまうのか。とにかく他の者と話している時とは違い言葉続いていかないのだ。こんな奴の下で働いている兎たちはさぞかしストレスが絶えないのだろうと、おもわず敬意か同情に似た感情をすら抱いてしまう。
 しかし是非とも聞いてみたい事がある。息の詰まるような思いで、おずおずと言葉を続ける。
「あ、アレよ。この時期によく男女で贈り合うアレ……」
「……ああ、アレの事ね」
「そうそう、アレ」
「アレね……」
「うん、アレ……」

 ………………

「……ねぇ」
「う、うん?」
「姫に何か贈るつもりだったの?」
「はぁ!?」
 悲鳴にも近い妹紅の叫びが静寂を斬り裂く。
 だが、次の瞬間には妹紅の顔は真っ赤に染まり驚きの表情は焦りに早変わりしていた。
「じょじょ、冗談じゃないわよ。なんで日頃から殺し合ってる奴なんかにっ……!」
「私としては強くお勧めするけど」
「はぃぃ!?」
 間を置かず本日二度目の金切り声が上がった。気絶している輝夜も目を醒ましてしまうのではないかという程の大声を張り上げ、妹紅の息は早くも荒い。そんな妹紅の反応を眺めつつ、永琳は相変わらずクスクスと微笑んでいた。
「バレンタインデーに贈るチョコレートってね、千代古齢糖と書くの。知ってた?」
「……何をいきなり」
「字の充て方の通り、古くは長寿の秘薬として珍重されていたの。カロリーが高いから栄養食のような存在だったのでしょうね」
「何が言いたいんだか。凡人にも分かるように説明してよ」
 待ってました、と言わんばかりに永琳の目が妹紅を向いて大きく開く。
「想い人に贈っていたのは長寿の秘薬だった、と考えてごらんなさい。あなたが蓬莱の薬を舐めたように」
「……ちょっ、待っ」
 今度は妹紅の目が大きく見開いた。流石にこれで永琳の言わんとしている所が理解できたらしい。
 だが、したり顔の永琳と違い妹紅はしどろもどろ。もはや奇声を上げるほどの余裕もなかったらしく、頬を赤らめて短く呻くのみ。反応がいちいち分かりやすい。
「アレは私が勝手に奪ったの! それも人間から! こいつは関係ないわよ」
「でも、姫が地上の人間に贈った物をあなたが口にした事実に変わりはない。そしてあなたはどれだけ憎んでも憎み尽くせぬ姫と日々殺し合って満たされている。あなたがあの時蓬莱の薬を口にしなければ、あなたは姫への憎しみを晴らせぬまま死んでいたでしょう。老いか病か、あるいは返り討ちか……いずれにせよ今この場にいない事は確実よね。そういう意味ではあなたは姫に救われてるんだから、改めて何かお返しをしてあげないといけないんじゃなくて?」
「簡単に言ってくれる……でもさ」

「う……う~ん……」
「あ」
「お目覚めね」
 会話を遮るように聞こえた呻き声に二人とも反応した。気絶していた輝夜が身をよじらせ、今にも覚醒しようとしているのだ。
 所詮は気絶、ダメージからの復旧はそれなりに速い。蓬莱人なら尚更だ。
「あいたたたぁ……あ、妹紅」
 妹紅と目が合うや否や、輝夜の動きはとたんに俊敏になった。
 開きつつあった目がいきなり全開になり、目だけ動かして周囲の様子を確認する。永琳をはじめ見慣れた物がいくつか目についたのだろう、咄嗟の防御行動は取らずゆっくり上体を起こす。
「永琳がここまで? それとも妹紅……なわけないわよね、あなたの事だもの」
(私なんだけどな……)
「ところでなんで妹紅がここにいるのよ。永琳に捕まったの?」
「捕まっちゃいないし、私がどこにいようと関係ないでしょ。今夜はこれ以上やり合う気なんてないんだし」
 まあいいわと言わんばかりに輝夜が大きな欠伸をする。
 ひょっとしたら、気絶していたのも彼女にとってはただの仮眠だったのかも知れない。
「それにしてもさっきは油断した……とはいえ、最高の一撃だったわ、妹紅。私が反応さえできなかったなんて」
「……」
「でもまだ私はこの通り、五体満足よ。それに夜はまだ長い……さあ第二ラウンd」

「眠れッ!」
「どいる!?」
 容赦のない右拳が降り注ぐ。
 殺し合いの続き……というより輝夜の口を塞ぐように顔面にス(略)ターを叩き込む妹紅。秒間五十発は叩き込んでいそうな勢いだ。輝夜の口からはまたしても意味不明な断末魔がこぼれ、目を回して再びノックアウト。一晩に二度も勝負が決した事は二人の千年にわたる殺し合いの中ではそう珍しくもない事だが、ここまで圧倒的大差で勝敗が決した事は数えるほどにもない。輝夜の無念と驚きは余りある事だろう。
 そして億単位で年月を重ねてきた永琳も、倒れた相手に容赦のない下段突きを見舞う所を見たのは初めてである。どうにか目覚めてすぐ気絶した輝夜と顔が赤いままの妹紅を、少々驚いた様子で交互に見やっている。
「……今更こいつに何を贈れって言うのよ。弾幕張って殴り合う程度しか能がないのに」
 だが、行動の割に妹紅の言葉は落ち着いていた。輝夜を殴り倒して心の昂りが幾分鎮まったと言ったところであろうか。妹紅の冷静さを見て永琳は内心再度驚くが、そこは年の巧。妹紅以上の冷静さで切り返す。
「モノより心よ。ホワイトデーには、その拳と弾幕以外でね」
「心って……んー……『ありがとう』の一言でもいいって事?」
「ここから先はあなたにお任せするわ。いつまでも待つから、納得のいく答えを出して頂戴ね」
「……やっぱり簡単に言ってくれる」
 小さく愚痴を漏らすも、妹紅の口元には確かに笑みが灯っていた。

* * * * *

「この前は世話になったわね、妹紅。よもやこの私が一晩に二度も不覚を、しかもあれほどの圧倒的敗北を……」
「あー、ありゃ私の不意打ちみたいなもんだし真っ向からやる気がなかったから気にしなくてもいいわよ」
「でもそんな屈辱の日々も今日で終わりよ! 今夜からはずっと私のターン!」
「元気いいわねえ、輝夜」
「そりゃそうよ、あの時私はほとんど何もできずにやられてしまったんだもの。だから二日分たっぷりと殺すわよ」
「やれるものならやってみな。二度ある事は三度あるってね」
「三度目の正直とも言うのよ?」
 夜は廻り、輝夜と妹紅は再び竹林で相見えた。
 今度は妹紅の先制打はなく、一定の間合いを置いて対峙している。距離を置いて互いが同時に仕掛け合えばいつぞやのようなワンサイドゲームはまず起こりえない。軽口を飛ばし合いつつも互いに眼光は鋭く、相手の隙を探っている。いつも通りの殺し合いだ。

「……あ、そうだ。あんたが元気なうちに渡しておきたい物があるんだった」
「そうやって私のやる気を削ごうというのね。同じ手には引っ掛からないわ」
「いやいや、もうそんな気はないから。投げるから受け取りなさいよ」
 妹紅の手から白い物体が放たれ、緩やかな放物線を描いて輝夜の手の中に収まる。
「何これ……包帯?」
「どうせ遅かれ早かれ痛い目見るんだから、持ってて損はないでしょ?」
「……毒を染み込ませてあるとか?」
「そんなケチくさい事しないわよ。それに、毒くらいじゃ死なないくせに」
「まあ、それもそうだけど」
 輝夜が訝しむのも無理はなかった。死が決して訪れない蓬莱人にとって、薬や包帯などは治癒を早める効果は望めるかも知れないが市販の物ではせいぜい焼け石に霧雨という程度であろう。しかも自然治癒の速度が尋常ではないので効果そのものが実感できないかも知れない。となればこれは、輝夜にとってはただの挑発に他ならない。
 さらに、永琳の存在を承知の上で医療用品を渡したのなら永琳への侮辱とも取れなくはない。傲慢にして寛容な輝夜ではあるが、身内を貶されて黙っている程出来上がった人物でもない。
「まあ、これは使ってやらない事もないわ。あなたの首を吊るくらいには使えるでしょうよ」
「デカい口は私を殺してからにしてもらいたいもんだわね、輝夜!」
「お望みとあらば今すぐにでも、妹紅!」

 そして二人の弾幕が咆哮を上げる。
 毎度のルーチンワークを続けているうちに輝夜は包帯の使い道などすっかり忘れてしまう事だろう。自分と身内への侮辱に対する怒りなど、妹紅と対峙している事の悦びに比べれば瑣末な物だ。二日分殺すという意気込みも、そのうち妹紅との拮抗した戦いを長く楽しみたいという欲求に変わるはずだ。結局のところ、二人は殺し合うしかないのだ。
(やっぱり私にはこれしかない、か……まあいいや)
 妹紅は永琳に内心詫びていた。
 これが妹紅の精一杯の答えだった。『ホワイト』デーを意識しすぎた結果が片手に収まる程度の包帯だった。だが今更菓子折りなど贈れるような間柄ではなく、殺し合いはもはや日常である。どうせぞんざいに扱われるかも知れないのなら、自分たちの日常を理解しているのなら。
 これ以上の答えを妹紅は持たない。余計なモノや言葉は不要だ。

 結局のところ、二人は殺し合うしかない。積もり積もった想いは拳と弾幕に込めるしかない。永琳もその事は重々承知しているであろうが、それを誰よりも理解しているのは当事者たる輝夜と妹紅に他ならないのだ。
 たとえ、それが万人が見て狂っていると断じたとしても。

(そうだ、慧音にも何かお返ししないと……何がいいんだろう)
「ほらほら妹紅、ボサッとしてるとこの前みたいに私があなたをブッ飛ばすわよ?」
「お、応、やれるものならやってみな! 今度は月までブッ飛ばしてやるわ!」

 永遠の命を得てしまったのなら、それを限界まで燃やし尽くすのが返礼というものであり抱く想いである――
 それが想いを日々成就し合う、二人の少女の答えであった。




















* * * * *

 日は変わり。
「ふむ……ちょっと季節外れだけどなかなか美味しいよ、妹紅殿」
「そ、そう? よかった……」
「しかし、何故お汁粉なんか突然に?」
「へっ!? い、いやまあ……好奇心というか今日は寒いというか……」

 豆とか甘いのとか白いのとか、そういう真意を妹紅は切り出せない。

(終)
チョコレートは実際には貯古齢糖と字を充てていたそうです(挨拶

車田落ちは顔面陥没より頚椎損傷の方が怖い気がするんだ…しかし輝夜の場合は地面にめり込む事が出来たのでむしろ顔面陥没を気にするべきか。
きっと「ホット・ショット2」で漁船から吹っ飛ばされたトッパー並に勢いよく飛んだ事でしょう。
私を地球へ連れてって!

ス(略)ターについてですが、「異様に長いスペカ名」という意匠の使用につきましては
白さんから許諾をいただいております。ありがとうございましたm(_ _)m
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