Coolier - 新生・東方創想話

巨大ルーミア、幻想郷に現る

2009/02/20 01:16:11
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 そこはまるで、更地のようだった。
 むき出しの地面が露出し、周囲は断崖絶壁に覆われていた。
 更地の中心には、真っ暗な球体が一つ、その周りには人妖取り交ぜ多くの人影が見える。
「あー、疲れた疲れた。私は帰るわよ」
 人影の一つは博麗神社の巫女、博麗霊夢だった。
 彼女は、そう一言呟くと、空へと舞い上がり飛んで行ってしまった。
 他の人影は、真っ黒な球体を取り囲み、他の人影は各々雑談を始める。
「気持ち良さそうに寝てるみたいだなぁ……」
 呆れたように魔理沙が呟く。
「しゃあないでしょ、スピリタスを生で飲んだんだろ?」
 だるそうに頭を振りながら、にとりが答えた。
「いい気なものよね。こっちがどれだけ苦労したか……」
「お前が言うな」
 なにやら文句を言うパチュリーに魔理沙が突っ込むと、彼女は少し不満げにする。
「しかし、随分と気持ち良さそうな寝息ねー」
 半分壊れたパラソルで日を遮りながらレミリアが言って、周囲を見る。
 その途中でパチュリーと目が合った。
 慌てたパチュリーは顔を赤らめてそらす、それを見てレミリアは苦笑いをする。
「お怪我はありませんか?」
 微妙に破けたり焦げたりしているメイド服を着た咲夜がレミリアを気遣う。
「問題は無いわ、咲夜も足止め御苦労様」
「ああ! 咲夜さんだけ労ってもらってずるいですよー」
 かろうじて衣服としての原形を保っている『何か』を着た美鈴が頬を頬を膨らませて抗議すると、
「そうね、美鈴も咲夜の盾役、御苦労様」
 と、労われた。
「わーい、ありがとうございます」
「……いいの、それで?」
 もろ手を上げて喜ぶ美鈴に、咲夜は疑念を投げかけるのだった。

「……んじゃ、私たちは帰ろうか?」
「そだね、私はこれから仕事だしねー」
 リグルとミスティが疲れ切った顔を見合わせている。
「ルーミアー 約束通り里に買い物に行こうよー」
 チルノがルーミアに向かって叫ぶ。
 しかし、更地の中心で闇に包まれながら寝ているルーミアは、すかーすかーと寝息で返すだけ。
 
 そんな真っ黒な球体の傍に、光輝くマグライトが突き刺さっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ※
 
 
 息が白くなる冬の早朝、寒さがこたえる川辺に人影が一つあった。
 人影の色は白黒、その正体は霧雨魔理沙、魔法の森に住む普通の魔法使いである。
「あー、しばれるぜ……」
 彼女の目的は、魚釣りであった。
 冬の釣りは楽しい。
 まあ、夏も秋も春も、すべての釣りは楽しいが、冬の釣りは他の季節の釣りに比べて特色があって良い。
 しかし、この霧雨魔理沙、釣り具の類は腰に付けた竹籠を除き、一切持っていない。
 彼女はキョロキョロと辺りを見回すと、適当な大きさの岩に目を付けて、それをできるだけ静かに頭上に持ち上げた。
「レッスン1 まだ、魚の動きが鈍い早朝のうちに川に向かう。レッスン2 静かに、音を立てずにでかい岩を持ち上げる……」
 小さな声で、魔理沙は自分に言い聞かせる。
「そして、レッスン3 適当な、魚が潜んでいそうな川面から顔を出している岩に狙いを定めて……」
 大きめの、下に魚が潜んでいそうな岩を睨みつけると、魔理沙は岩を思いっきり持ち上げ、力を溜めこむ。
「……叩きつける!」
 気勢の声を上げながら、魔理沙は渾身の一撃を岩へと叩きこむ。岩は重く鈍い音を立てて、見事に川面に浮かぶ岩の真芯に当たった。
 実に的確な、文句なしの投擲だった。
 岩は、音を立ててと川に落ちるが、もう静かにする必要は無い。
 ややあって、岩の下などに隠れていた魚達が激突した時の衝撃で気絶して、ぷかぷかと腹を晒して浮かんでくる。
「おっしゃ、大量大量!」
 本当は川に魔法を撃ち込んだ方がたくさんの魚が獲れるのだが、食べるのは一人なのでそこまでやる必要はない。第一、魚釣りに魔法を使っては風情が無い。
 この漁法を釣りと呼ぶかは、意見が分かれるだろうが。
 浮かんだ川魚はイワナやヤマネ、それに河童などだった。これなら良い朝ごはんになるだろう。
「さて、火は…………って、ちょっと待てい!」
 河に沈めた竹籠に浮かんだ魚を放り込もうとしていた魔理沙は、河童の頭を竹籠に突っ込んでようやく気が付いた。
 
 浮かんできた河童は河城にとり。
 
 最近、つるむ機会の多い好奇心旺盛な河童である。とりあえず、魔理沙はにとりを川から引き上げたが、彼女は完全に気絶しているようだった。
「……まあ、いいか」
 どうしたものかと0.002秒ほど魔理沙は悩んだが、気にしてもしょうがないと河童は川辺に放置して、取れた魚の調理に取りかかった。
 
 さあ、火の準備だ。
 
 乾燥した枯れ木を組むと、懐から八卦炉を取り出して火をつける。普通なら種火が必要だが、八卦炉にかかれば一瞬で着火できるのだ。
「これでよし」
 火の準備ができた事を確認すると、魔理沙は腰に差していた大振りのナイフを抜き出し、竹籠に入れた魚を一匹取り出し、腹を裂いてハラワタを掻き出す。
 
 今日の朝餉は、イワナなどの川魚の焼き魚。
 
 新鮮な食材を即興で捌いて串で刺して焚火で焼く霧雨シェフ自慢の一品である。
「まあ、一品しかないとも言うけどな」
 そんな事を呟きながら、手際よく魔理沙は魚をすべて捌き、適当な枝を削って串を作るとイワナなどを串刺しにしていく。
「おっし、後は塩をふって……」
 そこで魔理沙は、調味料などを入れたポーチに手を突っ込んで固まる。
「しまった……塩が無い」
 胡椒や砂糖、シナモンにおやつの乾燥させたクコの実などはあるのに、塩だけは無かった。
「そっか、実験用の塩が切れていたから、そんとき使って、で、ポーチに戻すのを忘れていたのか……」
 痛恨のミスであった。
 
 魚なんてものは塩さえふっていればそれで良いと、昔の偉い人は言いました。
 
「その塩を忘れるとは……霧雨魔理沙、一生の不覚」
 絶望に打ちひしがれ、魔理沙は崩れ落ちて膝をつき、恥ずかしさの余り両手で顔を覆った。
「塩を忘れるなんて、料理人にとってあってはならないこと……なんてこったッ!」
 そうして魔理沙が絶望の淵で果てしなく苦悩していると、
「お前さん、料理人だとは知らなかったよ」
 背後から声がした。
 魔理沙が振り向くと、そこに完全に気絶していた河童、河城にとりが目を覚ましていた。
「……まあ、料理人じゃないけどな」
 そんな目を覚ましたにとりに魔理沙は適当に答える。
 そして、にとりは周囲を見回すと、
「……って、そう言えば、なんで私は川辺で寝てるんだ?」
 と、不思議そうに首をかしげていた。
「お前、寝相が悪そうだからなー」
 一方、魔理沙は岩の衝撃でにとりを気絶させたことなどおくびも出さずに、しれっとした顔で言う。
「むー、まあ寝相は良いとは言えないけどね……で、なんか人生に絶望していたみたいだけど、どうしんたん?」
 人好きのする笑顔でにとりが寄ってくる。
「うむ、この魚を見ろ」
 串刺しにした魚を魔理沙はにとりに見せて塩がないから、このままだとえらく淡白な朝餉を取るはめになることを説明した。
「塩か、これでいいかな?」
 するとにとりはリュックから塩とラベルの貼ってある木製の小瓶を取り出す。
「おお!」
 魔理沙は声を上げ、小瓶に手を伸ばす。
 しかし、にとりは小瓶を魔理沙の手が届かないように高く上げると、
「三尾でいいよ」
 と、提案した。
 魔理沙が、捌いた魚は全部で五尾だった。
「一尾にまけてくれ」
 半分以上持って行かれてたまるか、そう思った魔理沙は思いっきり値切りにかかる。
「じゃあ、二尾でOK?」
 結果、微妙な大きさのイワナを二尾で手打ちとなった。
 
「相変わらずイワナは旨いね」
「……考えてみれば、お前ら河童は魚なんて食い飽きているんじゃないのか?」
 焚火を囲み、イワナなどを食いながら、魔理沙とにとりは、だらだらとだべっていた。
 また、『魚三尾じゃ足りない』という魔理沙の要望から、二人の前には焼き魚の他ににとりが出したCレーションの胡瓜料理が広がっている(河童のCレーションのCはCucumberのCらしい)。
「うちらは文明的だからね、こういう感じの野趣溢れる食事なんて久々だよ」
 そう言ってにとりは胸を張る。
 それは河童の文化への自負心の表れだろうか。
「……文明的って、いつもはどんなものを食ってるんだよ」
「きゅうりのソテー、きゅうりパン、きゅうりご飯にきゅうりうどんに、きゅうりピザだろー あとは……」
「お前にとっての文明は、すべてきゅうりか」
 指を折って数えるにとり、それをげんなりとした顔で魔理沙が突っ込んだ。
「お前なー、きゅうりって素晴らしいんだぞ。世界で一番栄養の無い野菜だからこそ、調理を考えなければならない……いいか、栄養が無いきゅうりをメインの食材に使うからこそ河童の料理は文明的なんだ。だいたいきゅうりはビタミンCを阻害するアスコルビナーゼが含有されてるから、食べても栄養にならないどころか……」
「いや、知らないから」
 魔理沙はきゅうりを熱く語るにとりを切って捨てた。
「人間はきゅうりを食べないのか?」
「食うが、そんな話に興味が無い」
 そんな話をしながら、魔理沙とにとりは、川のせせらぎを聞きながら、焼き魚ときゅうりを平らげた。
 
「今度は、アジメドジョウの唐揚げが食いたい」
「無駄に舌が肥えてるな、お前は」
 そんな無駄話をしながら、二人が片付けをしていると、
「……ん?」
 唐突に魔理沙が動きを止めた。
「どうしたんだ?」
「いや、何か聞こえないか」
 魔理沙に促されてにとりが耳を澄ます。
「んー、なんか聞こえるね……誰かを呼ぶ声かな?」
 にとりの耳にもその声が届き、魔理沙に同意する。
「ちょっと、行ってみようぜ」
 二人は、声の聞こえる方を見た。
 

 それにチルノが気付いたのは、ちょうど夜が明けた時だった。
 一昨日の昼に大きな檜の木の下で待ち合わせをし、一緒に人間の里へ買い物に行こうという約束だった。
 しかし、日が暮れても夜が明けてもルーミアが待ち合わせに来る事は無かった。
 二日経ってチルノはようやく気が付いた。
 
「あれ! もしかしてあたい待ちぼうけしてる!?」

 
 そんな訳で、こうして探しに出ているのである。
「ルーミアー どこー?」
 しかし、二日経っても来ないルーミアを、すぐに見つけられる道理は無い。
 ルーミアを探すチルノは途方に暮れていた。

「何やってんだお前は?」
 そんなチルノの前に箒に乗った魔法使いが現れた。
「ふわぁ!」
 あまりに唐突に現れたせいで、チルノは思わず妙な声を上げてしまう。
「人探しか?」
「え……って、な、なんでそんな事分かるのよ!」
 いきなり現れた魔理沙に状況を言い当てられ、チルノはつい反論する。
 人間だろうが妖精だろうが、突然、核心を突かれると反発したくなるのは変わらない。
「いや、呼んでたよ。『ルーミアー』って」
 魔法使いの次は河童も姿を現した。
「となると、お前はこう言いたいわけなんだな……『ルーミアはどこだ!?』って」
「まあ、医者を探してたわけじゃなさそうだね……ちなみに私らはルーミアは見ていないよ」
 魔法使いと河童は、氷精が問う前に聞きたい事を先回りして答えた。
「で、ルーミアがどうしたんだ?」
 魔理沙が聞く。
「待ち合わせに来ないのよ」
 チルノが答える。
「どれくらい待っていたんだ?」
「二日」
 その氷精の答えに魔法使いと河童は、軽く顔を合わせると、
「そっか……んじゃ、それを秒換算すると?」
 とチルノに聞いた。
「え、えっと……」
「答えは172800秒だね、お前さんはそんだけ待っていたわけだ」
 答えに詰まるチルノを見て、にとりが正解を言う。
「じゃあ、その172800秒に敬意を表して、一緒に探してやるよ」
 そう言って、氷の妖精と河童と魔法使いは、一緒に闇の妖怪を探すことにした。
 
 
 
 
 
「ルーミア……見てないなぁ」
 リグル・ナイトバグは、ルーミアを見ていなかった。
「え、ルーミアかぁ。見てないよ」
 ミスティア・ローレライも同じく見ていない。
 他にも、ルーミアが懇意にしている妖怪たちにも話を聞いたが、誰もこの二日の間、ルーミアを見ていなかった。
「ルーミア、どこ行ったんだろ?」
 チルノが唸る。
 考え込んで知恵熱でも出てるのか、微妙に溶けているようだった。
「んー、ルーミアが行きそうな場所はだいたい調べたんだけどねぇ」
 と、リグル。
「人間の里の知り合いに聞いてきたけど、誰もルーミア見てないってさ」
 こちらは里で聞き込みをしていたミスティ、彼女ら二人もルーミアを探すのに協力してくれているのであった。
 
 妖精一に人間一、妖怪三の合計五人で、ルーミアが立ち寄りそうな場所を探したがルーミアは、痕跡すら残さずに消えていた。
 
「ううむ、これだけ探してもいないとなると……」
 魔理沙が顎に手を当てて思索する。
 あまり、的中してほしくない事に思い当ったからだ。
「……かもしれないね」
 にとりが、やや暗い顔で魔理沙の呟きを肯定する。
 どうやら、にとりも同じ考えに至ってしまったようだった。
「ど、どうしたの。二人とも怖い顔して……」
 そんな二人に気が付いたチルノが魔理沙とにとりに聞くが、
「みんな、とりあえず博麗神社に向かうぜ」
 魔理沙はチルノの質問に答えずに、箒を博麗神社へと向けた。
「あー、待ってよー!」
 慌てて後を追うチルノ、他の者もそれに続く。
「ま、そうじゃないと良いけどね」
 最後に続いたにとりが、暗い顔で呟いた。
 
 
 
 
 ※
 
 
 
 
「よお、霊夢」
 妖怪妖精を引きつれた魔法使いは、神社の境内で掃除をしている博麗霊夢を見つけると、気安く挨拶をした。
「……また、ゾロゾロと来たわね。何しに来たの?」
 霊夢は、少し……いや、あからさまに嫌そうにしていた。
 しかし、魔理沙は気にせず、適当に拝殿の階段に腰掛けると、真剣な顔で霊夢を見た。
「なぁ、霊夢……一つ聞きたいことがあるんだが」
「なに?」
「お前、ルーミアの事を知らないか?」
「ルーミア? ここんとこ会った記憶は無いけど?」
 箒を掃く手を止め、霊夢は答える。
「本当に? 嘘とか付いてないよな?」
 そう言って魔理沙は霊夢の目を、じぃっ、と見つめる
「いや、嘘をついてどうする」
 何かを疑われている様子に、霊夢は不機嫌そうに言い放つ。
 しかし、そんな霊夢の肩をにとりが叩いた。
「でも、霊夢さん。つい間違ってしまう事はあると思うんですよ」
 刑事ドラマ調ににとりは言うと『分かってるんですよ』と、悟ったような顔をして首を振った。
 そのにとりの言葉に魔理沙が続ける。
「たとえば、弾幕ごっこの最中に事故が起こり、手元が滑って闇妖を……ッ! しまったどうしよう! そう思ってつい衝動的に動かなくなった幼い闇妖を神社の裏に埋めてし……」
 
 博麗霊夢は、持っていた箒で魔理沙の頭をどついた、全力で。
 
「ふぇぶッ」!
 意味不明な叫びと共に霧雨魔理沙は昏倒する。
「ちょ、ちょっといくら犯行がばれたからって、力に訴えるの……ふぁぶらッ!」
 返す箒でにとりも博麗の怒りを受けて、見事に沈んだのだった。
 
「で、ルーミアが居なくなったわけね?」
 箒に付いた血を払う仕草をすると、霊夢はチルノ達に聞いた。
「うん、待ち合わせにも来ないし、この何日か誰も見てないんだって!」
「なるほど、じゃあ、私も手伝うわ」
 霊夢は箒を賽銭箱に立て掛けると、妖精妖怪たちに提案する。
「え、良いの?」
 リグルが驚いたような声を出す。
「二日も見ないんじゃ、あんたたちも心配でしょ? まあ、暇していたしね」
 神社の境内に横たわる魔法使いと河童を尻目に、ルーミア捜索隊に博麗霊夢という心強い味方が加わったのだった。
 
 
「とりあえず、適当に飛んでみましょう」
 霊夢の心強い提案の元、一行は恐るべき勘を持つ巫女を先頭に、あても無く飛んでいた。
「ああー、まだ頭がクラクラする」
 魔理沙が帽子の上から頭をさすり、
「まったくだ。おかげで凄いこぶができたよ……」
 にとりも、同じく帽子の上から頭を押さえていた。
「まあ、人をいきなり犯人扱いしたんだから仕方ないんじゃない?」
 魔理沙たちの後ろを飛ぶリグルが、呆れたように呟く。
「でも、どこに行くのよ?」
 チルノが霊夢に尋ねた。
 そろそろ日が上がり、良い感じにお昼が近くなってきた。
「さあ?」
「……適当ねぇ」
 霊夢の答えに、ミスティが軽く溜息を吐いた。
 しかし、これで問題は無い。
 適当に飛んでいれば、必ず何か問題が解決するものにぶち当たる。
 それが博麗霊夢という存在だ。
「曲がるわよー」
 突然、まっすぐ飛んでいた霊夢が曲がった。
「って、何かあったのか?」
「いや、なんとなくこっちかなと思って」
 魔理沙が霊夢に聞くが、霊夢は呑気に返すだけだった。
 突然曲がった霊夢、その先は、
「……でも、ここって」
 霧雨魔理沙をはじめとする魔法使いたちが住む森、魔法の森だった。
 
「まさか、魔理沙が犯人だとは思わなかった……」
 にとりが、暗い色を浮かべて魔理沙を見る。
「……まあ、ばれちゃしょうがないな。そうルーミアをさらったのはこの私、霧雨魔理沙様よ! って、んなわけあるか―い!」
「長いノリ突っ込みだなぁ」
 にとりのボケに乗った魔理沙のノリ突っ込みを見て、ミスティが呆れたように呟く。魔法の森に入った一行は、霊夢の先導のままに森の中心部らしき方向へ向けて飛んでいる。
「この先にはなにがある?」
 リグルが少し緊張した面持ちで魔理沙に尋ねる。
「キノコがあるぜ!」
「キノコか……なんかあたいワクワクしてきたよ!」
 キノコのどこに興奮したのかはチルノにしか分からないが、なにはともあれ一行は、魔法の森を突き進んでいった。
 深い菌類の森、胞子が漂う危険な森……しかし、リグルやミスティを除いて一行に緊張感はまるで無い。
「……ルーミアが心配だから付いてきたけど、あまり意味は無かったかなぁ」
 リグルが寂しそうに呟き。
「でも、突っ込み役は必要でしょ?」
 ミスティが諦めたように笑った。
 
「そこで止まれ!」

 そんな緊張感の無い会話をしている所に、森の奥から人影が現れた。
 それは赤い髪と緑の帽子の長身の女性、彼女こそ紅魔館の門番にして、華人小娘の二つ名を持つ気を使う程度の能力を持った妖怪、紅美……

「夢想封印!」
「マスタースパーク!」
 
 霊夢と魔理沙は全力で攻撃する。
 
「きぁあああああ!!!」

 現れた紅美鈴は悲鳴を上げた。、
 夢想封印とマスタースパークの閃光が収まった時、紅美鈴の姿は跡形もない。
 完全に息の合った、まことに鬼畜なコンビネーションアタックだった。
「ひ、酷い……」
 リグルが呻き、そして痛感する。
 ああ、こいつらが味方で良かった、と。
「ふむ。美鈴が居るって事は、黒幕はあいつかしらね」
「まあ、私には最初から分かってたけどな」
 霊夢と魔理沙の二人は、そんな軽口を叩きあう。
 だが、
「二人とも、避けろ!」
 周囲を警戒していたにとりは警告の声を上げる。
 その警告に二人がその場を離れると、彼女らが居た場所をナイフの弾幕が通り過ぎた。
「まったく、私がいなかったらどうするつもりだったの?」
「うう、面目ないです……」
 霊夢達が、ナイフの飛んできた方向を見れば、そこには同時攻撃で蹴散らしたはずの美鈴と、紅魔館のメイド長である十六夜咲夜が居た。
「もっと、早く助けてくださいよー」
 半泣きで叫ぶ美鈴、その髪の端や服はぶすぶすと焦げて煙を上げている。
 一方、文句を言われた咲夜は、銀のナイフを弄びながら、
「確かにすぐにやられる訳だから、早めにサポートに入った方が良かったわね」
 と、何気に酷いことを言う。
 その言葉を受けて美鈴は寂しそうな顔で「ふみぃ……」と鳴いた。
「で、お前らは今度は何を企んでいるんだ?」
 咲夜を魔理沙は睨みつける。
 その手には八卦炉が握られていた。
「まあ、どうせお嬢様の我が儘なんでしょうけどね……で、そこから先には何があるのかしら?」
 霊夢は、袖から滑らせた護符を指に挟み、咲夜に聞く。
 美鈴が出てきたとき、彼女は『ここから先は進ませない』という趣旨の事を言っていた。
 それは、つまり……
「この先は立ち入り禁止ですよ?」
 
 十六夜咲夜はにっこり笑う。
 
「……咲夜! ルーミアを知らない!?」
 通せんぼをする咲夜に、チルノが聞いた。
「それは……トップシークレットです」
 美鈴が指を口に付けて、シーッと言った。
「……それって、知ってますと言ってるようなものじゃない」
 そんな美鈴の答えに、咲夜は深いため息を漏す。
 まあ、すでにネタは上がってるようなものだが、これではルーミアが向こうに居ると言っているようなものだ。
「みんな、ルーミアはこの奥だ!」
 にとりが叫び、チルノ、リグル、ミスティが森に向って飛翔する。
 森の奥に向かう三人に咲夜と美鈴が立ち塞がろうとするが、
「悪いが、あいつらの邪魔はさせないぜ?」
 霧雨魔理沙と、
「何を企んでるか知らないけど、とりあえず懲らしめるわよ」
 博麗霊夢が、立ちはだかった。
「良いわ。貴方達を足止めできれば問題は無い」
 対して、ナイフを構えた咲夜は余裕をもって答え、
「そ、それじゃ門番としての存在理由が……」
 悲しそうな顔の美鈴が、渋々頷いた。
 
「……さて、じゃあ、私は影からサポート、サポートと」
 そして弾幕合戦を繰り広げた四人から遠く離れたところで、にとりは姿をかき消したのであった。
 
 
 ※
 
「ルーミアはどこに居るのかな?」
 胞子が深い魔法の森を飛ぶ三人、その先頭を行くチルノが声を上げる。
 もう、異変をなんとなく解決する霊夢はいない。
 適当に森の奥に飛んでいるが、それが正しいのか、誰にもわからない。
「ちょっと上に出てみようか?」
 リグルが提案する。
 現在は魔法の森の中を縫って飛んでいるが、視界が悪いので外から見てみようという提案だった。
「森の中にルーミアが居る場合は、分からないけど……確認の意味も含めて上に出てみるのは悪くないね」
 ミスティがリグルの提案に同意する。
「んじゃ、上昇!」
 話がまとまると、チルノは即座に上に向かって飛翔した。
 胞子だらけの視界の悪い魔法の森を抜けると、眼下には怪しげな森が広がっている。
「んー、何か怪しいものは無いかな?」
 ミスティがキョロキョロと辺りを見回す。
 後方には、やたらカラフルな閃光が散発的に広がる……霊夢達の弾幕勝負の光だろう。
 遠くには森の端と、入口にある香霖堂が見える。
「特に変わったものは見えないけど……」
 リグルがそこまで言ったとき、
「うえぇ!!!!」
 チルノが大声を上げた。
「うわッ! びっくりした!」
 そんなチルノの声にリグルがびっくりした。
「ほんと、びっくりした!」
 ミスティも、氷の妖精の素っ頓狂な声にびっくりしていた。
「み、み、みんな、あ、あれ見てみてよ!」
 しかし、二人を吃驚させたチルノが一番びっくりしていた。
 目を大きく見開いて、チルノはワナワナと震えながら、『それ』のいる方を指差した。
 二人は、チルノが指した方を見て、
「うわああああああああああああぁッ!!」
「ひゃあああああああああああああッ!!」」
 耳をつんざくような悲鳴を上げた。
 
 三人の目に飛び込んできたもの、それは巨大なルーミアだった。
 
 森の奥の方の特に深いところ、その深い場所からルーミアの頭がにょっきりと突き出ていたのであった。
「な、な、なに、い、ど、どう!!」
 リグルが声を上げる。
 それは『なにがどうなっているんだ。一体どういう事だ、どうしよう』の意だろう。
「わ、わから、と取りあえず行こう!」
 ミスティは、まだ落ち付いているのか言語の崩壊は軽かった。

「うじきんとき!!」

 チルノは、なんかもうだめだった。
 あえて意訳を試みれば『分かんないけど、とりあえず行こう!』だろうか。
 三人は、魔法の森から頭を突き出したルーミアの元へと急いだ。
 
 ルーミアはどんどん大きくなっていた。
 最初は、せいぜい森から顔を出すくらいだったのに、今では腰が見えるほど大きくなっている。
 
 近づけば、近づくほどに、それはでっかいルーミアだった。
 黒い服に赤いリボン、金色の髪が幻想郷の底抜けに青い空によく映えている。
 
 ルーミアはでかかった。
 どれくらい大きいかと言えば、現在は東京都白○にある○金タワー並みの高さであった。
 
 つまりその大きさは、現在140メートル。
 普段のおよそ百倍の大きさと、シロガ○ーゼ達も大喜びする大きさと言えよう。
「ルーミア!」
 リグルも、チルノも、ミスティア・ローレライも、なにかと気が合いルーミアとよく遊んでいた。
 そんな彼女たち三人は、変わり果てた友の姿に驚き、必死に呼びかけた。

「ルーミア!」

 しかし、そんな三人にルーミアは気が付かない。
 
 ルーミアに比べて、三人が小さいからか?
 
 確かにそれもある。
 だが、それ以上に重要なことがルーミアの身に起きていた。
 
「うーい、ヒック」

 目に見えた赤ら顔。
 ルーミアは酔っていた。
 明らかなアルコールの過剰摂取で泥酔していた。
 
 でっかいルーミアはでっかい大トラだった。
 
「ルーミア、目を覚まして!」
 ミスティが叫ぶ。
 しかし、どちらかと言えば覚ますのは目では無く酔いの方ではないだろうか。
 
 ドスン
 
 ルーミアが一歩踏み出すと地響きがした。
「ルーミア!」
 チルノが叫ぶ。
 しかし、泥酔した巨大ルーミアは大きな口を開けると、
 
「そーなのかー」
 
 と、吠えた。
 
 そうあれかしというキリスト教徒の決まり文句に似たその言葉、なにに対する理解かはルーミア本人にしか分からないが、身長140メートルのルーミアの理解の一声は、幻想郷のいたるところに響いたのだった。
 
 
「……ルーミア」
 意思疎通のできないルーミアにチルノが力なく呟く。
 だが、行動を起こさねば何も始まらない、チルノはよりルーミアに近づこうと氷の羽根を輝かせる。
「それ以上近づくと危ないわよ?」
 そんなチルノをルーミアから……否、ルーミアの肩から聞こえた声が止めた。
「だ、だれ?」
 チルノと共に接近を試みようとしていたリグルが声を上げる。
「……だれとは、ご挨拶ね」
 
 パラソルとお洒落なテーブルとチェア二脚が、ルーミアの肩の上に置かれていた。
 それはちょっとしたカフェテラス、そしてそこに居るのは、
「余の顔、見忘れたか……なんちゃって」
 紅魔館の主、レミリア・スカーレットと、
「暴れん坊の部分は合ってるわね」
 その友人の魔法使いパチュリー・ノーレッジだった。

「こ、紅魔館の吸血鬼!」

 ミスティが声を上げる。
 幻想郷でも、最も恐れられる存在の一人であるレミリア・スカーレット。彼女の姿を見ただけで、大抵の妖怪は身がすくむ。
「とりあえず、この子に近づかない方が身のためよ。貴方達の事も何もかも分からなくなってるからね」
 パチュリーが、チルノ達を制する。
 その言葉を証明するかのように、巨大ルーミアは『そーなのかー』と叫ぶと一歩足を踏み出し、その一歩で辺りの茸を薙ぎ倒される。
「い、いったいルーミアに何をしたんだ!」
 リグルも、少し及び腰にレミリアに聞いた。
 レミリアは、つまらなそうに三人を一瞥すると、
「ちょっと秘蔵のスピリタスを生のままで御馳走しただけよ」

 スピリタスとは世界最強のアルコール度数を誇る酒である。
 そのアルコール度数は96度、呑んでる最中は火気厳禁のもはや酒と言うよりもアルコールそのものと言った方が良い代物だ。
 
 通常は、水で割ったり、果実酒にしたり、カクテルのベースにしたりして飲むもので、生で飲めばへべれけは確実……というか普通は飲めないので、良い子は絶対に真似をしちゃいけない。
「まあ、それはルーミアを前後不覚にするだけで、あとは私の魔法で大きくしたんだけどね」
 パチュリーが補足する。
「なんてひどいことするんだ!」
 いまいち状況を理解していなさそうな顔でチルノがとりあえず声を上げる。
「で、いったい何が目的でそんなことしたの?」
 頭を抱えながらミスティがレミリアに聞いた。
 さすがに、ルーミアを酒に酔わせて巨大化させる事でどのような利益を得るのか、誰が得するのか見当もつかなかったからだ。
 そんなミスティの姿を見て、レミリアが楽しげに笑う。
「まあ、常人には分からないでしょうけどね。この子を巨大化させることには大きな意味があるのよ」
 そう言って、レミリアはテーブルの上に淹れられていた紅茶を取ると、それで喉を湿らせてから続ける。
 
「なぜなら私たちは、ルーミアを大きくして、幻想郷を闇に包むのよ!」
 
 そう言ってレミリアは赤ら顔の巨大なルーミアの顔を撫でた。
「レミィの説明じゃ、要領を得ないだろうから私が補足するわね。通常の大きさのルーミアが闇を張った時、その闇の領域の大きさは、最大は直径300メートル程度よ。
 つまり生み出せる闇の半径150メートルであり、恐らく身長×100メートル程度の範囲で、ルーミアは闇の領域を作れると思われる。
 ならばルーミアを巨大化すれば……? 
 
 おそらくそれだけ生み出せる闇の領域を広くなる。現在のルーミアはおよそ140メートルと、いつもの100倍の大きさになっているから、生み出せる闇も直径30キロにまで拡大している。さらにルーミアは私の儀式魔法によって現在進行形で大きくなっているので、最終的には幻想郷の全てを闇に包めるだけの闇を生み出せるはずよ。
 この巨大化の儀式魔法のポイントは、周囲の魔力を吸収させる儀式魔法に、魔力供給形式の巨大化の魔法を……」
「幻想郷全土を闇に包むだって……」
 リグルがパチュリーの説明を聞き、その後の魔法の説明は分からないので聞き流し、立ちつくす。
 
 かつて、レミリアは紅霧異変という紅の霧で幻想郷を包むという異変を起こした。
 この紅の霧は日光を遮り、幻想郷の人々をたいそう困らせたが、いまレミリア達が起こそうとしている異変は、かつての紅霧異変の比ではないかもしれない。
 ルーミアは闇を操る妖怪であり、その闇はあらゆる光を拒絶する。
 それは『日を遮る』などというレベルでは無く、幻想郷は完全な闇の世界へと変わってしまうだろう。
「なかなか面白いこと言ってるじゃない」
「あら、霊夢じゃない。ボロボロだけど大丈夫?」
 森の中から現れた霊夢に、レミリアはにこやかに聞いた。
「おかげ様でね……あんたんとこの番犬の所為で、えらく手こずったわ」
 その言葉通り、霊夢の巫女服の端々は、切れていたり焦げていたりする。
「ったく、本当に勘弁してほしいものだぜ」
 霊夢にやや遅れて魔理沙が姿を現す。
 彼女も、満身創痍な状態だった。
「……一体、どういう状態なのか、全然見当もつかないけど、とりあえず懲らしめさせてもらうわよ」
「ま、どうやって、ルーミアをでかくしたのかは興味があるところだけどな」
 しかし、二人とも戦意はまるで失っていない。
 そんな二人を見て、レミリア・スカーレットは優雅に笑った。
「なるほど、いいでしょう」
 傲慢不遜にして、高貴なる笑みを浮かべたままレミリアは霊夢達を眺めて、続ける。
「と言っても、日傘を差したまま弾幕ごっこは難しいからね……すべてを闇に包ませてもらう」

 レミリアは立つ。
 
 そして、日傘を差してルーミアの耳元に移動すると、
「さあ、ルーミア。全部真っ暗にしてしまいなさい!」
 と、口に手を添えて大声で叫ぶ。
「暗くするのかー」
 赤ら顔のままルーミアが呟いた。
 大きいだけにその声もでかい。
「ルーミア駄目だよ!」
「やめてルーミア!」
 チルノ達が叫ぶが、その声はまるでルーミアに伝わる様子は無い。
「無駄よ。貴方達の声はルーミアに届かない」
 パチュリーが冷たい目で、チルノ達を見下す。
「何か、妙な魔法でも使ったのか?」
「いいえ、違うわ。今のルーミアは大きい……そのサイズ比は100対1、つまり私たちの声は、100分の1程度の大きさにしか聞こえないわ……ルーミアからすれば、さっきのレミィの大声だって、囁き声程度にしか聞こえないんじゃない?」
「単純に声量の問題かよ!」
 そんな魔理沙とパチュリーのやりとりとは裏腹に、ルーミアは妖気を集め始める。
「なんて…力なの!」
 巨大化したルーミアは、その力も大きさに正比例するように強大になっている。
「あはははは、すべては闇に包まれ、幻想郷は我ら闇に生きるものの掟によって支配される! さあ、広がれ、闇よ!」
 レミリアの哄笑が辺りに響く時、

「そーなのかー!」

 その一言と共に、ルーミアを中心とした半径15キロ圏内は完全なる闇に包まれた。

 
 真なる闇に塗りつぶされ、黒に染まった世界の中で、突然の闇に驚いた人々は恐怖する。
「うわぁッ! な、何も見えないぞ!」
「ええい、うろたえるな!」
「と、棟梁!」
「だから、貴様はアホなのだぁッ! 目に頼るなッ! 心の目で見ろッ! そんな事で家が建てられるかあァッ! この馬鹿弟子がァッ!」
「と棟梁――――ッ!」
 

「せんせー、こう何も見えないと授業にならないと思いまーす」
「大丈夫だ。先生は基本的な歴史なら完全に暗記しているからな。教科書が無くても授業くらいできる」
「ぶーぶー」
「ばか、慧音先生に話をさせて、寝ときゃいいんだよ。どうせ真っ暗で見えないし」
「うは! お前、頭いいな!」
「……何か言ったか?」
「いえいえ、全然!」
「……………………しかし、確かにみんなの言う事には一理あるな。では、今日は授業はやめて……」
「やったぁ!」
「……洒落にならないほど怖い話でも話そうか」
 生徒たちは悲痛な悲鳴を上げた。

 
 そして、すべての事態の中心では、
「うわー、何も見えないー」
「くぅっ、これじゃうかつに飛べないよ!」
「よ、夜雀が視界を奪われるなんて……く、くやしい!」
 チルノ、リグル、ルーミアの三人が見えない視界に苦しみ。

「流石に、どうにも見えないわね……」
「うーむ、せめて周囲くらい見えればなぁ……」
 霊夢、魔理沙の二人もなすすべがなかった。
 
 そして、
「ねぇ、パチェ?」
「なにかしら?」
「あんた分かってて止めなかったの?」
「普通は気が付くと思うけど」
「……何も見えないじゃないの!」
 レミリア・スカーレットは声を上げる。
 完全な、すべてを包む闇は、夜の主たる吸血鬼の暗視を持ってしても見通すことができなかったのだ。
「意味無いじゃん!」
「そうねー」
「ぜっっっんぜん、意味無いじゃん!!」
「まったくねー」
 問い詰めようとするレミリアにパチュリーはどうでもよさそうに答えた。
「なんで止めてくれなかったのよ!」
 締め上げようにも、完全なる闇によってパチュリーの居場所は分からない。
 それが、分かっているからか、パチュリーは呑気に説明をしていた。
「私としては、巨大化の儀式魔法の実験ができれば良かったし、それに闇の眷属の盟主たる吸血鬼のレミィだったらルーミアの闇を見通せるかも、と思ったわけよ」
 パチュリーは、適当なことを言ってレミリアを持ち上げる。
「な、なるほど……それなら仕方ないわね」
 その適当なフォローでレミリアの機嫌は直った。
 レミリアとパチュリー、二人が友人関係を結んで以来、ずっと繰り返されてきた定例行事である。
「じゃあ、ルーミアに闇を消すように言わないと……」
 そう呟き、レミリアはルーミアの耳に向かって叫ぶ。
 しかし、ルーミアからの反応は無かった。
「うーむ、聞こえないのかしら?」
「だいぶ酒も回ったみたいだから、完全に前後不覚になったのかも」
 他人事のようにパチュリーは呟いた。
「もうッ! 何とかしなさいよ!」
 レミリアが叫ぶと、パチュリーは、
「そうね。それじゃ、実験も終わったわけだし、ルーミアを小さくしないと……」
 そこまで言って、パチュリーは言葉に詰まる。
「まったく、とんだ茶番だわ……さ、早くして頂戴」
 疲れたような声でレミリアが呟く。
 しかし、そんなレミリアの言葉にパチュリーは答えない。
「どうしたの?」
「解呪の呪文が書かれたスクロール読めない……」
 震えた声で、パチュリーは言った。
「な、なんですってー!!」
 レミリアが声を上げる。
 スクロールとは、あらかじめ魔法を巻物に封じ込めた使いきりの魔法の道具だ。
 そこに書かれている呪文を読めば、まるで魔力が無いものでも巻物に封じ込められた魔法が使えるという便利なもので、特に魔法使いでないものが、魔法を使いたい時などに重用されている(具体的な例では、戦士などが戦闘系のスクロールを使うなど)。
 それ以外に、詠唱や儀式などに時間のかかる魔法をスクロールにあらかじめ封じて置いて、いざという時に使用する、という使用例もある。
 今回、パチュリー・ノーレッジの使用法も後者であり、強力な巨大化の儀式魔法を打ち消すため、やたらと時間がかかる解呪の魔法をあらかじめスクロールに封じていたのであった。
「こんなに暗くちゃスクロールに書かれた文字が読めなくて、解呪できないわよ!」
「書かれた呪文を暗記してないの!?」
 レミリアが焦ってパチュリーに聞く。
「そういう問題じゃないの、スクロールはちゃんと『読む』事で発動する。別に特定の音声に反応してるわけじゃない! 文字が見えなきゃ解除できない!」
 さっきまでパチュリーにあった余裕は、完全に消えていた。
「私の出番だな!」
 その時、どこからともなく声がした。
「だ、だれ?」
「幻想郷の超妖怪弾頭、河城にとり推参! さあ、このマグライトでスクロールを見るんだ!」
 マグライトとは、外の企業が作製してる懐中電灯で、適度な長さと高い頑丈性から、警棒にもなるナイスなライトだ。
「……見えないわよ」
「え、マジで?」

 しかし、偉大なるマグライトとはいえ、ルーミアの闇を見通すことはできなかった。

「ああ、もう使えないわね!」
「ひどい、ずっと姿を消してチャンスを待ってた河童にかける言葉がそれかよ!」
「ちょっと、とりあえず解呪を試みるから静かにしてよね!」
 ルーミアの肩の上は、大変騒がしくなっていた。
 
 
「……ところで、霊夢達は?」
 パチュリーが解呪を進め始めたので暇になったレミリアがにとりに話しかけた。
「んー、私はあんたらを見つけてすぐに、ここでチャンスをうかがってたからなぁ……闇が広がってからは分からんよ」
 すっかりくつろいでいるにとりが返す。
「んんー?」
 何かに気が付いたのか、レミリアは怪訝な声を出す。
 
 闇に包まれて少しの間は、霊夢達の声はしていた。
 しかし、その後はまるで声が聞こえてこない。
 そういえば、少し耳が痛い。
 
「……ッ! パチュリー! 早く解呪しなさい!」
 レミリアが突然、声を上げた。
「な、どうしたんだ?」
 解呪で答えることができないパチュリーの代わりににとりがレミリアに聞く。
「こんな単純なことに気が付かなかったなんてね……ルーミアはどんどん大きくなっている。そして、途方も無く大きくなったら、どうなる?」
「え……それは」
 そこまで言って、にとりは息を呑む。

 気が付いたのだ。
 
 なぜいま耳が痛いのか。
 それは、空気の圧力の問題、気圧が低くなっているからだ。
 そして、なぜレミリア達の周囲は気圧が低いのか?
 
 空気の薄い場所に移動しているからだ。
 
 彼女たちは、少しずつ確実に高所に移動している。
 なぜなら、ルーミアは少しずつ大きくなっているから、どんどんと大きくなっているから、そのルーミアの肩に乗っているレミリア達も、どんどん高い場所へと移動しているのだ。
 
 そして、
「このままじゃ、空気が無い場所まで行ってしまうわよ!」
「そいつは大変だ!」
 レミリアの言葉を聞き、にとりも声を上げた。
 パチュリー達の詠唱の速度が僅かに加速する。
「……すでに、空気は薄い!」
 時間は限られていた。
 
 
「そ、そーなのかー……」


 泰山が鳴動するかの如き声が遥か上空から聞こえてくる。
「……ルーミア!」
 すでにルーミアの頭がある場所では空気が無いのだろうか。
「パチュリー、まだなの!?」
 レミリアが急かすが、急かしてどうにかなる問題ではない。
「……ぐ、こっちも随分薄くなってるぞ」
 そして空気は薄くなってくる。
 どんどん薄くなる空気は、喘息持ちであるパチュリーにとっては致命的だった。
 息も絶え絶えの詠唱は聞いていて痛々しい。
「パチェ……あなただけが頼りなの、頑張って!」
 しかし、限界と言うものはある。
 空気はどんどん薄くなり、詠唱はもう途切れ途切れにしか進んでいない。
 このままでは、パチュリーは解呪の完成を待たずに意識を失ってしまうだろう。

「……ッく!」

 その時、レミリアは覚悟を決めた。
 
 はぁ、と息を吐き。
 一気に深呼吸をして酸素を目いっぱい肺に取り込んだ。吸血鬼の鋭敏な感覚を駆使して、そろそろと漆黒の闇の中を這うように、慎重にパチュリーの処へ行く。
 そして、彼女の口の中に溜めこんだ酸素を直接吹き込んだ。
「んっ、むぅ……ッ」
 パチュリー・ノーレッジが突然口に触れた柔らかな感触に驚き、口内に酸素を送り込まれて切なげな吐息を漏らす。
「さあ、パチェ……後は貴方に、まかせたわよ」
 そして、すべての酸素をパチュリーに託したレミリアは、意識を失う。
「……ええと、私もやらないと駄目、かな?」
 なんとなく状況を察したにとりが、ためらいがちに尋ねる。
 パチュリーは詠唱を続けながら、ブルブルと首を振った。
 
 レミリアのくれた酸素は効率が良かったのか、にとりが意識を失う中でパチュリーは、速やかに解呪を完成させた。
 
「……ど、どうやって明日からレミリアの顔を見れば良いのよ」
 幻想郷の遥か上空50キロの地点で、パチュリー・ノーレッジはため息をついた。
 パチュリーの両腕の中には、意識を失ったレミリア・スカーレットが抱きかかえられている。日の光を浴びないよう、闇から出る前に急いで保護したのだ。
 
「はぁ……」

 唇に残った感触を思い出し、赤面しため息を一つする。
 そんなパチュリーの視界の端には、真っ逆さまに落ちるにとりと光輝くマグライト、その遠くには真っ黒な球体があった。

 少しずつ眼下に広がる幻想郷が大きくなっていく。
 
 それを見て、パチュリーは噴いた。
 眼下に広がる魔法の森に付いた巨大な足跡二つ。
「これは、良い名所が完成したわね」
 お化けキノコだらけの魔法の森のこと、すぐに元に戻るのだろうけど。
 
「そーなのかー」

 そんなパチュリーの独り言に黒い球体から楽しげな声が応えたのだった。
 
 
 
 
 
ある程度書いてから、「そういや、儚月抄に幻想郷における宇宙の記述あるじゃん」と見直して『宇宙に空気が無いのは都市伝説ね』の下りを読んで頭を抱えたワナ。

とりあえず、幻想郷も山に登れば酸素が薄いのか変わらないと思うので、宇宙と幻想郷の間には酸素が極度に薄い層があると、いいな……
七々原白夜
http://derumonndo.blog50.fc2.com/
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コメント



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8.100名前が無い程度の能力削除
そーなのかー
9.70名前が無い程度の能力削除
名探偵コ○ンの劇場版を連想したのは自分だけではないはず
18.80名前が無い程度の能力削除
なんだこの頭の悪いレミリア・・・

しかし紅魔館チームの話なのにレミリアとパチュリーくらいしか目立ってないw
咲夜と美鈴は完ぺきに咬ませ犬ですね
19.60GUNモドキ削除
考えてみれば、緋想天のラストで成層圏近くまで逝きますよねぇ?
つまり、彼女達は酸素濃度が極薄な場所でも活動できる程の高い心肺機能を備えてるんですね!?
まあ、お嬢様は脳無いんで、宇宙空間も余裕だと思いますけど。
21.70名前が無い程度の能力削除
誤字
>>浮かんだ川魚はイワナやヤマネ、それに河童などだった。

ヤマネは哺乳類だ!!
22.80名前が無い程度の能力削除
いい感じだ