Coolier - 新生・東方創想話

異郷の花 (2)

2004/10/27 00:08:47
最終更新
サイズ
9.15KB
ページ数
1
閲覧数
772
評価数
4/57
POINT
2480
Rate
8.64

  -3-

 静寂に抱かれて眠りに就こうとしていた夜の森を、突然の爆音と光の奔流が駆け抜ける。
 続け様に衝撃波が荒れ狂い、木々の幹を傾ぐほど激しく揺らしながら木霊のように辺りに広がって行った。

 ややあって、舞い上がった葉と枝と砂塵の中から白い巨大な獣が姿を表すと、そこから少し離れた木の枝の上で、小さく舌打ちをする黒い影がひとつ。
 ちょうど、白い獣を挟んで反対側、ほぼ同じくらいの高さにある枝の上には白い影。
 刹那、そこに光が眩いばかりに煌くと、一条の閃光が獣の身体へと真っ直ぐに突き刺さった。

 黒い影──霧雨魔理沙は、そのタイミングを見計らうように枝を蹴って獣の真上へと身体を躍らせる。そしてそのまま、愛用の箒に乗りながら斜め四十五度に身体を傾けつつ、獣の巨体の上を飛び越え様に、右手を真下に向けて青い魔法弾を撃ちまくった。
 立て続けの衝撃音。
 逸れた弾を、今度はレーザーが横から薙ぎ払うように動いて獣の身体へと叩き付け、白く爆ぜる。
 魔理沙はそのまま、綺麗な放物線を描くと、黒のドレスの裾を翻して反対側の枝の上に鮮やかに着地する。
「いい線行ってるんだけどな、全然効いている感じじゃないぜ。」
 振り向いて、白い影──アリス・マーガトロイドにそう語りかけると、アリスは魔理沙とまったく同じように小さく舌打ちし、突き出していた腕を下ろした。
 それと同時に陽光のように輝くレーザーも細くなり、やがて止む。
 そして、白く巨大な獣は、煩そうに首を何度か振ると、そのまま森の奥へと向かって緩慢な動作で歩み始めた。

「なんなのよ、あいつは!いきなり現れたと思ったら大事な花をみんな食べちゃって!」
「そんなの知るもんか。大方、神社の裏の洞窟あたりから来たとかじゃないか。──それよりやばいぜ、あいつ、沢のほうに行くつもりだぞ。こっちだけじゃ食べ足りないのかな。」
「冗談でしょ!沢の花畑まで食べられたら、魔法薬作りの貴重な材料が台無しじゃない!たまったもんじゃないわ!」
 いつもの可憐な立ち居振舞いはどこへやら。
 激昂してギリギリと歯を鳴らしながら地団太を踏むアリスを尻目に、魔理沙は悠々と歩み去っていく白い獣の後姿を見やる。
 腕組みをしてふう、とため息をひとつついてみるが、さてどうしたものか。
 放っておくわけに行かないのは当然だ。沢の花畑がどうなろうと知ったことではないが、上流の松枯れの痩せ地に行かないとも限らない。
 あそこは魔法薬の材料に欠かせない茸がよく獲れる場所なのだが、それも食べられると非常に困る。
 それにしても、この白い巨大な犬みたいなやつは一体どこからやってきたのか。妖怪のようには見えないが、となるとやっぱり魔界あたりから這い出てきたのか、最近にしては珍しい話だ。
 どうやら魔法薬の材料になりそうな植物が餌らしく、異変を知って駆けつけた時にはもう花畑がひとつ消滅してしまっていた。
 そういう植物は天然の魔力が溢れているので、もしあの白い獣が魔力を摂取する魔法生物だとしたら、さぞ栄養価の高いご馳走に映っていることだろう。
 アリスがむきになるのも致し方ない。
 魔法の森には貴重な植物が自生しているが、とりわけ魔法薬の材料となる花が群生している場所は、その大半をアリスが管理しているのだ。
 管理と言っても、別に手入れをしているわけではなく、単に自分の所有物のように言っているだけなのだが。
 中には魔理沙の知らない秘密の場所もあるように思えるが、逆に魔理沙はアリスの知らない場所を知っていることもある。茸が獲れる痩せ地のさらに奥に行くと温泉があり、その近くの崖では青く輝く極上の岩塩が取れるのだが、それはアリスは知らないはずだ。
 早い話が、縄張り争いのようなものである。
 取り敢えず、マジックミサイルはもちろん、ナパームも効いている風には見えない。アリスのレーザーも同様だ。
 それならばと、アリスと連携しての波状攻撃を敢行。
 別に練習したわけでもなく、馬の合わない筈の二人ながら、夏の終わりに偶さか共闘戦線を張る羽目になったせいなのか、タイミングも息もぴったりだった。
 そして結果は、さっき見た通り。

 さて、魔法というのは、自然に存在する魔力の素のようなものを、純粋な魔力に変換して行使する技である。
 体内で精製され、純粋なエネルギーへと変換された魔力は、時に天地の法則を捻じ曲げ、因果の流れに逆らうほどの強大な力を生み出す。
 だが、魔法使い達が己の内に持つ、魔力を生み出す回路には処理能力と許容量とが厳然と存在している。例えば、魔理沙がマジックミサイルの一発一発の威力を高めようとしても、自ずと限界があるのだ。
 集められる魔力の量と、扱える魔力の量。それが魔法使いとしての力量と呼ばれるものである。
 だが、太古の昔より、賢人たちが編み上げて体系化してきた魔法の技は、許容限界を超える魔力を一気に集積して放出することも可能にしている。
 そしてそれが、本当に『魔法』と呼ばれているものに他ならない。

 理外の事象を引き起こすキー・ディバイス──それこそが、魔法使い達の技と叡智の結晶、スペルカードである。

  -4-

「こうなったら、やるしかないわね。」
 おもむろに、アリスはポケットから一枚の青いカードを取り出す。通常の魔法攻撃が効かないとなれば、あとはもうスペルカードで蹴りをつける以外にはない。
「待て待て、スペルカードは最後の切り札だろ。まだひとつだけあるじゃないか。」
 魔理沙は悪戯っぽく笑いながら、ふわりと浮かび上がると素早くアリスの背後に回り込む。
 そして、その細い肩に自分の両腕を回すと、ぎゅっと抱きすくめた。
「ちょ、ちょっと!!」
 突然の出来事にあたふたと慌てるアリス。
 魔理沙はアリスの肩に顎を乗せるようにして顔を覗かせると、目を細めて耳元に囁くように言った。
「アレだよ、ア・レ。先にアレやってみようぜ。」
「ちょっ…だ、駄目よ!アレはもうやらないってば!!」
 なぜか顔を赤らめて猛然と抗議するアリス。振り解こうとするが、位置関係が悪くてうまくいかない。
 大事な花畑を滅茶苦茶にされて、珍しく感情的になっているせいか、今日のアリスはなぜか物事を短絡的に考えがちだ。
 魔理沙はアリスの首根っこを腕で押さえつけながら、その金色の美しい髪をぽんぽんと軽く叩く。
「お前だって、スペルカードは日にそう何枚も使えるわけじゃないだろ。」
 どこか子供に言い含めるような口調。
 唇を噛んで顔を紅潮させ、じたばたと暴れるアリス。やけに楽しげな笑みを浮かべながら、それを強引に押さえようとする魔理沙。
 さながらアンティークドールのような可愛らしい二人の少女が抱き合う様は、当の本人たちの思惑とは裏腹に、仲の良い二匹の猫がじゃれ合っているように見えてならない。
 と、その眼前をふわふわと漂う赤い影が二人の目に止まった。
 赤い民族衣装の小さな人形。
 誰かに似せて作ったという噂の、アリスいちばんのお気に入りの人形だ。
 不意に、人形は手をぱたぱたと動かして、何かを訴えかけるような仕草をした。
「ほら、上海人形もそうしろって言ってるぜ。」
 魔理沙がここぞとばかりに意地悪く笑いながら言うと、上海人形もこくこくと首を縦に振る。
「ええ~っ?!」
 唯一の──と思っていた──味方である上海人形に裏切られたような心境に陥り、思わず情けない声を上げるアリス。
 何が嫌かって、精神衛生上まことによろしくないのだ。
 魔理沙のマジックミサイルは、射出と同時に一直線に飛ぶ威力重視の強襲型魔法弾である。対して、アリスが得意とするのもやはり一直線に飛ぶ魔法弾だが、こちらは貫通力に優れたレーザー状のものだ。
 どちらも威力が拡散しないよう射界が狭く取られ、しかも撃ったら軌道を変えるといった芸当ができない点では共通している。
 似つかわしくないという見方もできるだろう。
 どらちかというと、霊夢の御札のように目標を自動追尾可能な誘導弾のほうが、螺旋階段の如く捻くれた性格の魔理沙に似合っているように思えるのだが。
 アリスのほうは、スペルカードは使い魔である人形たちと連携した魔法弾の一斉砲撃が主体で、敷き詰めるように隙なく無駄なく容赦なく弾を降らせるあたりは、彼女らしいといえば彼女らしいものが多い。
 ところが、一番の得意はというと、割と融通の効かないレーザー状の魔法弾なのである。
 仲の悪い筈の二人ながら、持って生まれた本当の性格が良く似ているばかりか、共通している部分も結構多いのは不思議な話だ。

 アレを見つけたのは、意図してやったわけではなく、ほんの些細な偶然の産物なのである。
 夏の終わり頃、天空に輝く月まで行った時──本当に月まで行ったのではなく、比喩的表現だが──、成り行きで魔理沙と一緒だったのだが、その時にたまたま見つけてしまったのだ。
 ほんのちょっとだけ油断していて、それを魔理沙が助けてくれたというか、回避運動の邪魔をするように割り込んだというか、とにかく本当に偶然に起こった出来事なのである。
 大体、そんな事はどの魔道書を開いても書いていなかったわけだし。
 その後、不健康な子供っぽい魔女が管理している図書館にある神話や伝承とか、妙に能天気な幽霊の実家が代々集めてきた古い文献とかを調べに出かけたけれども、結局何一つ分からずじまいに終わっている。
 原理的にはなんとなく分かる。自分も魔理沙も、直線状の魔法攻撃が得意なのだから、思いつきそうなものだ。
 しかし、研究とか称して魔理沙に付き合わされたにも関わらず、分かった事は存外に少ない。というか、なんにも分からなかったというほうが正しい。
 いや、実のところ、そんな原理とか理屈とかはどうでもいいのである。
「今更そんなに恥ずかしがらなくても、女同士だし、何度もやったじゃないか。」
「そ、そんなこと言ってるんじゃないわよっ!!」
 アリスは顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
 わざと語弊のある表現を使ったことからも、からかっていることは明白なのだが、半ば混乱気味のアリスにはそれに気が付く余裕が無い。
「見ろ、あいつ沢のほうに下りていくぜ。やるなら今しかないぞ。覚悟を決めろよ、ほら、手を出して。」
「~~~っっっ!!」
 アリスは文句と不平の言葉を飲み下すと、悔しそうに下唇を噛む。
 そして、やっともがくのを止め、両腕を身体の前に突き出した。
 後ろから魔理沙の腕がアリスの腕に沿うように伸び、その先でアリスの手の甲に手のひらを重ね、可憐な指同士を絡め合う。
 へへっ、と不敵な笑い。
 ふん、と不機嫌そうな声。
 アリスを抱きかかえるような体勢で、すぐ後ろに魔理沙の身体。そしてアリスの胸元のあたりに、上海人形が陣取る。
 重力が消失し、二人の少女の身体が宙に浮かび上がった。

 原理的にはなんとなく分かるのだ。
 でも、意図してやったわけではなく、本当に些細な偶然がこれを見つけるきっかけになっただけの話。
 スペルカード抜きで連携を取った攻撃をかけるとして、最も効率的かつ効果的なものはといえば?

 二人とも直線攻撃が得意の魔法使い同士。
 当然、射線を重ねてしまえばいいのである。

 これがまた、精神衛生上まことによろしくないのだ。

(つづく)
すいませんでした(いつもこれだ…)。

当初から、この物語では2つの導入部を考えており、第1話に対してもう1つの導入部がこの第2話で、第3話でつなげる予定だったのですが…。
すいませんすいません、予定通り書けませんでした…。
おかげで別な話のように思えてしまうのですが、全体の構成上の都合ですのでご容赦下さい。なお、決して違う物語ではありません。
第2話部分(が伸びて、第3話も…)は、私の創想話初投稿作である「夜の扉」を書いた時に既に考えていたもので、いつか後日談として書こうと思っていたものです。ゲームを文章に仕立て上げる関係で、ちょっと解釈が勝手すぎるきらいがありますが…こちらはいつも通りのことですけど(笑)。

ところで、コメントや掲示板で貴重なご意見、ご指摘、本当にありがとうございました。
演出の一環として名前を一度も書かなかったのですが、そのせいで視点が錯綜してかなり読み辛くなってしまったようです。これは、指摘されたように明らかに私の文章力が足りなかったせいで、今後の課題とするつもりでいます。

とりあえず、まだまだ続きますので、最後までお付き合い下されば幸いです。
MUI
[email protected]
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2230簡易評価
18.70とっきー削除
1話と2話に関連があると言われても、まったく物語の全体像が見えてこないあたりが凄い。この時点で導入部とのことですが、これは先が非常に楽しみです。
しかし、魔理沙もアリスも抜群のコンビネーションですねぇ(笑)。

話の全容が分からないので、私も内容については書くまいと思ったのですが、もうひとつだけ。
「アレ」ってまさか、詠唱組のあのショットですか!!(笑)
24.無評価名前がない程度の能力削除
1話とがらりと変わったお話、思わず1話を見返してしまいました。
なんだかんだ言いつつ魔理沙の言いなりなアリスがらぶり。

>青く輝く極上の岩塩
……チェレンコフ光? 魔理沙巨大化してお口から放射能火炎?
25.50MSC削除
アリスの態度可愛いなぁ~。
やっぱこの二人共通点多いのか~。
この二人のショットはアレしか私も思いつかない。
1話とどう繋いでくるのか非常に楽しみです。
33.60RIM削除
一話とは違う導入部である二話、面白いやり口と思いながらこの先どう話が展開されて行くのか非常に楽しみですな。
魔理沙とアリスの性格は確かに近い感があります。それを見止めたくないがために意地を張り合う二人。
彼女らがこの後、どうなるのか次回に期待。
35.70はね~~削除

 素直に凄く面白かったです。本当に。
 今回は台詞の比率も上がり、その上でMUIさんらしさも失わず面白さも向上と、良い事づくめで嬉しい限りです。
 そして良い意味で期待を裏切ってくれました。どう発展してどのようにストーリーが進んでいくのか……かなりわくわくです。あとアリス可愛いですねっ(笑)そして魔理沙はいつも通りいじわる。魔理沙とアリスのこういう関係は見ていて楽しいです。大変面白いお話を読ませて頂きました。

※ちなみに私は、アレのおかげでもこちゃん倒せましたっw