Coolier - 新生・東方創想話

華胥の亡霊は遥けき昔日を夢見るか? E

2004/10/12 04:47:15
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***



―Ancient きりふかし―


とある年の、とある夏の日。
私は冥府の扉に腰掛けて、下界が赤い月の吐く霧に包まれる様を見た。
雲の上に霧が届かないせいで、余り冥界に影響が無い。
折角の異常にちょっかいを出す口実も作れなくて、
私は遠くから、夏にしては涼しくて幸せそうだ、なんて思って退屈にしていたのだった。

霧は一夏どころか一週間も持たずに引いてしまった。
私は涼しさがすぐに消えて、里の人間はきっと不便にしているだろうと思った。


―Blossom はるきたる―


とある年の、とある永い冬の日。
私は巨きな木を眺めて、そこに庭師の少女が集めてきた春が吸い寄せられる様を見た。
もうとっくに春の時節なのに、山奥を吹雪が舞っていたのは私の仕業。
書斎で見た本が興味深かったので、
一つこの桜を咲かして見せてくれようと、退屈を紛らわせていたのだった。

満開になるより先に、春は元の形に戻されてしまった。
気に喰わない人間が三人も来て、私の頭をこれでもかと殴っていった。
あんまり痛かったので、私は彼女たちが気に入ってしまった。


―Carnage ながきよる―


とある年の、とある夏と秋の間の日。
私は屋敷の長い縁側に寝そべって、久々の真実の月華を欠伸交じりに見た。
月を隠した主犯で、庭師の少女の主治医でもある人と杯を交わして。
鈴虫や松虫の亡霊がりりと鳴き、
天地の星が健気に瞬く姿を眺め、退屈を退屈とも思わずに居たのだった。

終わらない夜は、一夜で終わらされてしまった。
一人芝居に気が付いた彼女らを、これでもかと小突いてみた。
どうやら上手くいったようで、私は彼女らに気に入られたようだった。



***



―Disturb まつりにふる―



***



とある年の、とある春の、とある日。
白玉楼二百由旬の庭園は常世らしい普段の静けさをぽいっと投げ捨て、
幻想郷において実に珍しいほどの騒音の坩堝となっていた。
これから始まる宴を心待ちにした魔物や鬼や亡霊たちが、
わいわいがやがやと久々に顔を合わせた知己の相手と旧交を温める。
旅の支度こそしていないけれど、そこは正に世にも不思議な百鬼夜行そのものだった。

そんな中にただ一人だけ、半分のみではあるけれども人間がいた。
半分幻の庭師魂魄妖夢は、主人である西行寺幽々子の隣席に、
その顔に少々の疲労の色を見せながらも、やはり他の妖怪たちと同じように楽しげな表情で座っている。

庭の一角にはこの度の祭の為に設営された会食用テーブルが整然と並べられ、
彼ら妖怪の多くは割り振られた番号の指定席に大人しく座っている。
しかし、やはりというかこんな人類未到の地であっても荒くれ外れの者たちというのはいて、
この庭園の世話を主より仰せ付かっている魂魄妖夢は、
好き勝手に花見団子を食べたり弾幕ごっこをおっぱじめたりする彼らを、
今さっきまで楼観剣のみねでぶっ叩いたり白楼剣で斬って迷いを消したりしていたのである。
彼女はその仕事が粗方片付き、退場したものを除いて招待客の全員が席に着いたのを確認し、
ようやく自分の席に座る事が出来たというわけなので、彼女の顔が疲れ気味なのも無理も無い話だった。


「ふぃー、それにしても疲れましたよ、幽々子様。
 今年はまた、やけに人、じゃなくて妖の皆さんが多くないですか?」

「妖夢はいちいち人数を数えているの。律儀ね」

「いや、私が聞いてるんですけれど。まぁいいですね、そんなことは。
 とりあえず、みんな席に着いたみたいですけれど、どうされます?」

「もういいわよ。そろそろ始めてちょうだい。音頭は任せるわ」

「ありがとうございます!」


少女は主へ一礼してすっくと席を立ち、
その勢いで宙に飛び上がって構えるや、腰の小刀で虚空を薙いだ。
パフォーマンスにも見える美麗な動作、しかし決してこれは無意味な行動ではない。
単位空間に満ちる音波の中、特定の音域を断つ事で間断を作って、
そこに己の声を通らせる事で、どれだけ騒々しい宴会の中でも彼女の声だけは誰の耳にも届くようにする。
俗にカクテルパーティ効果と呼ばれる現象を強引に応用したれっきとした剣技なのだった。


「お集まりのみなさま!
 ご案内も寄越さないのに毎春のご足労、
 感謝半分迷惑半分といった気持ちの上で御礼申し上げたく存じます!」


一切騒音が止まないまま、何故か目立って聴こえてきた少女の声に、
妖怪たちはめいめいに「もう待ちくたびれたぞー!」と野次を飛ばしたり、
「いつもご苦労さーん!」と彼女を労ったりする。
この『勝鬨』という剣技は一方通行であるため、
妖怪たちの声はやんややんやというただの音になって彼女には届かないのだけど、
彼らの目を(目の無いのもいるが)見ればその意思は自ずと知れた。


「それでは不肖、白玉楼庭師、魂魄妖夢が音頭を執らさせていただきます!

 よろしいですかー!? では、いっっせーぇのぉー!!」

『かんぱーーーーーーーーーーいっ!!』


そこに集った、百を軽く越える冥界の住人が、皆一斉に音声を上げる。

それからはもう、大変なお祭騒ぎである。
はしゃいで高く空に舞う妖魔、突然調子っ外れに詠い始める妖精、
ぴかぴか光って喜びをあらわにする魔獣、酷く馴染んだ様子でBGMを垂れ流す騒霊。
誰も彼も手前勝手に暴れまわり、隣にいるのが誰だかもわからなくなるような酒乱の体。
そうなると、庭師も主人もいちいち咎め立てはしない。というよりもできない。
特にその主人は、誰よりも自分がその席の狂乱の中にあって一番に目立とうとするような人物だ。
普段は主の暴走に歯止めをかけようとする庭師も、
この時だけは一緒になってはしゃぎ散らす。

春季恒例、白玉楼主催、冥界花見まつり。
宴の狂態は、ある意味ではまさに地獄絵図であると断言できるほどだった。

ところが。
宴もたけなわとなった頃、主人である西行寺幽々子が、
今一つ精彩に欠く自分の舞いをより典雅に魅せんと、
お気に入りの屏風の如き巨大扇を広げ、周囲をわっ、と沸かせた丁度その時。

庭師、魂魄妖夢は「たはー・・・」と主の行いに苦笑しながら顔を覆って天を仰ぎ、

ヒゥゥゥゥーーーーー・・・・・・ン


「ふぇ?」


ヒィィィィーーーーーーーン ヒュゥゥゥゥーーーーン

遥かな高みから隕石のように何かが高速で、
それも数え切れないほど沢山落下してくるのをその指の隙間から見てしまった。


「へ・・・」


ヒゥン!


その内の一つが、先行して飛来する。


ドバキャァッ!!


妖夢の隣の席、ひっくり返っていた椅子が爆音と共に木端微塵に砕けた。
それは音だけで聴けば大した事が無く、騒音が支配する庭園には響かない。
彼女はそんな自分の周囲の人々の反応を瞬時に窺って、
誰もまだこの異常事態に気付いていないことを知り、
そぉっ、と。庭師の少女は降下してきた物体へ目を向ける。

それは、一本の酒瓶。椅子を壊して地面を抉ったというのに、その表面には傷一つ付いていない。

少女は、その物体の様子に束の間絶句し、


「って!!」


ヒュン、ヒュン、ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!!


次々と落ちてくる恐らくは同様に酒瓶であろうと思しき物体をしっかと見てから、


(あんな物が当たったら、きっと物凄く痛い。
 妖怪は痛いで済むけど、私は・・・半分死んじゃうかもっ!?)


と酒気のせいかどこかずれた風に思いつつ、


「み、みなさんッ!! 出来るだけ伏せて下さいーッ!!」


持ち前の生真面目さで呑気に騒ぐ妖怪たちへ警告を発して転瞬、


「うどわひゃあああああああああああ!!!!」


自分目掛けた軌道で降る物体を酒気交じりの剣気で弾き飛ばしながら、
意味不明の叫び声を上げて走り回った。


その後。
雨のように降った酒瓶にお気に入りの扇を穴だらけにされた西行寺幽々子は、
庭師妖夢に原因の究明を投げ遣りに依頼して不貞寝してしまった。
命ぜられた妖夢はいまだにスチャラカと騒いでいる妖怪たちを邪魔しないよう、
事態の収拾に疲れきった身体を奮い立たせ、手がかりとして飛来した酒瓶を全て接収する。
それらを調べて少女が把握したのは、
酒瓶自体は物凄く頑丈である事を他にすれば真っ当な硝子瓶であるということと、
冥界よりも遥かな高みから落ちてきたということ。
そして何より重要な一点として、
この酒、どれもかなり上質なものであり、宴の潤いにうってつけであるということ。

そうして、既に夜も更けていたがまだ庭園に残っていた妖怪たちへ、
正体不明だがとにかく旨い酒が大々的に振舞われる事になった。
これは庭師の少女の独断で、彼女にしてみれば処分が面倒なだけだったのだが、
このような行動に出る彼女も滅多に見れるものでは無かった為、
妖怪たちは彼女のそういった剛毅さに印象を大きく傾けて惚れ込み、
終いには巫山戯て『庭師の姉サン』なんて呼ぶ軟派な怪物も現れたりして、夜更けの宴も大いに盛り上がった。

その中でただ一人、昼間の宴会において椅子に座ったままテーブルに突っ伏し、
夜更けになるまで眠ってしまっていた妖怪は違った。
他の誰もがそんなことはどうでも良くなるくらいに酔い潰れてしまっていた中で、
紫色のねぼすけだけがその事態の深刻さを知ることとなった。

彼女は帳の下りた後でようやく目覚めた。
そこに友人の従者ということで割合親しくしている少女が、
手に流麗かつ大胆なつくりの酒瓶を両手に一つずつ持ってにこやかに歩いてきて、

「八雲さん、さっきお空から差し入れがあったんです。
 眠気覚ましに一瓶如何ですか?」

と言ってテーブルに片方の酒瓶をどんと置くと、
仄かに朱に染まった頬を膨らませて昼間起きたことを愚痴り始めた。

(あら、この子ってば絡み癖があったのねぇ)

なんて思いながら、はじめは呑気にそれを聞いていた八雲紫であったけれど、
その内容が核心に移るにつれてその表情が硬くなっていく。
思い出したかのように目の前の一升瓶を開けると、
一息に喇叭飲みしてしまった。唐突な行動だったのに、
目聡く見ていたミーハーなどこかの天魔や妖魅たちは、

「いよっ!さすがに八つ雲の紫、貫禄が違いますな!」

なんて如何にも楽しげに囃し立て、大妖怪の登場に気付いた酒席はより一層沸き立つ。
話題の中心人物に祭り上げられ、「どーも、お粗末さまで」と気品たっぷりに妖気を振り撒く所の彼女は、

(この味・・・もしかすると、面倒なことになるかも)

実際にはこのような事を心中に思うばかりで、それはどこか余所余所しい振る舞いに見えた。



***








―Epilogue すみかすむ―







意地悪。
いや、仮名でいじわる、と書くとよりニュアンスが伝わるだろうか。

事の済んだ庭を捜し歩き、ようやっとその姿を見て取った。
彼女はまた木に凭れているのか横になっており、
悪戯心からほんの少し駆け足に近寄ってみると、
そこには、妖夢に膝枕をしてやっている紫がいて、
私に気付いて、ニッコリと笑ってみせた。
その上で、

「遅かったわね、幽々子」

なんて言われたら、このいじわるばーさんめ、と少なからず思ってしまう。
しかし、もしそれを口に出そうものなら、明日の夜明けまで更なる波瀾が待ち受けるであろう。
さすがに少し疲れを感じていた私は、その言葉を隠して一言だけ言う。

「紫。そこ、私の席」

頬を膨らませて、助詞をなるたけ省き、不満をあらわにしてみた。
それが伝わったのだろう、紫はふふふ、と笑んでから、
私に向って手招きをするように、片手の扇をはたはたと煽いだ。

「怒らない、怒らない。ほら、早くおいでなさい」

ところが。
紫が場所を譲ろうと、妖夢の両頬に手を添えた所で、
妖夢はぱっちりと目を開いてしまった。

「・・・う? え、あ、あああ、あれれ?」

一瞬、訳が判らないといった風に目をぱちくりさせた後、
妖夢はばっと跳ね起きて、二つの剣の鯉口を切って身構え、
立ち上がると素早く周囲を見渡し、
彼女のそんな動きを見ていた紫と目が合ったか、

「って、あれ、八雲さん?」

とだけ、まだ事態が良く掴めていないように呟いた。
うふふ、と笑う紫と、疑問符が目に見える程不思議そうな顔をしている妖夢を見て、

「妖夢。私も居るわよ」

と、私は自分だけ置いてけぼりにされてるような気がして声をかけた。
すると妖夢は私のほうを見て、「あ、幽々子様」とぽつり。

「あ。じゃないわ。何時まで寝惚けてるの」

妖夢の側に向けて近寄りながら、少しムスッとして言う。
妖夢はそんな私を見て、

「あ、ああ。すみません。でも」

と言うと、からん、と二つの剣を鞘ごと取り落として、
ぽすりとその場に膝を突いたかと思えば、

「ああ、ご無事で・・・本当に私は・・・」

私の目を真っ直ぐに見詰めているその瞳に、
じわ、と涙が浮かんだ。
両の腕を前に力なく垂らし、
正座に近い形で座った妖夢は、

「よかったぁ・・・!」

目を瞑ったまま、ぽろぽろとその閉じた瞼から涙を零し、
そのまま暫く、小さな子供のように、天を仰いで泣き続けた。

慟哭ではない。それは、歓喜なのだ。

私はそんな妖夢を、少しの驚きと共に見つめて。
クスリ、と笑う紫に気付きながらも、

心の中で、ほんの少しだけ泣いた。




* * *



妖夢と紫に会う少し前。
私は、膝を抱えて地べたに座り込んでいる純白の少女を見つけた。

「何見てんのよ」

と純白は相も変わらず毒を吐いてみせたけれど、
その声には最早力が篭っていない。
表情も生気に欠け、双眸は虚ろに凝っていた。

「爺さんは?」

私がそう問うと、少女は片方の袖をごそごそと探り、
億劫そうにその掌に桜模様の酒蓋を載せて出した。

老人の幻視は、もう見えない。

「ああ、そう」

枯れた花が咲いていた。咲いていた花が枯れた。
つまり、そういうことなのだ。

「あなたは、あとどれくらい?」

純白は頭を振って、それでも憎らしげな声で、

「知らないよ、そんなこと」

と吐き捨てるように言う。
どうでもいい、と言外にその意を伝えている。

「ふうん」

沈黙。庭園はどこまでも静かに澄み渡る。
純白の豹変ぶりに些か拍子を外された私は、
少しばかりの情けを出してみる気になった。

「死に水ぐらいは取ってあげるわ」

「死なない。ただ消えるだけ」

それでも、投げ遣りに少女は吐く。

「ふうん」

再び、沈黙。

そうして、私がこの純白を見捨て、
とっとと妖夢探しの続きをしようと歩を進めかけた時。

そいつは現れた。


「あー、あー、あー!」


音も無く。影も無く。
凄まじい極光と共に、間の抜けた声が聞こえ、
気付いた時には、もうそいつがいた。


「・・・!?」


現れたのは、少女だった。
長い白髪がぼさぼさな、上下を黒い作務衣風の服で揃えた、
いかにも脳の足りなそうな少女。

「解かれてるー!わー!大変ー!変態ー!大編隊ー!」

そいつは、取り乱しているようだった。
騒がしく、騒ぎ立てる。
両手を駄々っこのように振り回し、足もぱたぱたと落ち着き無く上下させ、
ひたすらにわーわーと繰り返している。

私はその意味不明の存在を、ただ、絶句して見ていた。

そいつの足元で唖然とした表情でいる純白は、
私と同じく唖然とそれを見つめた後、

「あ、ああ、あああ」

とうわ言のように呟く。

その声が聞こえたのか、
ぴた、とそいつの動きが止まった。
かと思うと、突如ぐいと顔を純白に寄せ、片手を腰に当て、

「こらー!だめっしょー!人様にめーわくかけちゃー!」

純白へ向けて、人差し指を立てて言い聞かせるように怒鳴った。
いや、言い聞かせるつもりで言ったのだろう。
怒った顔が赤い。が、やはり何処か抜けている印象が拭えない。

純白は、それを聴いて何故か急に神妙な顔をし、

「は、はい。ごめんなさい」

と気持ち悪いほど素直な答えを返した。

純白の答えに満足したのか、

「ん~。よしよし。さ、おうちに帰ろうねー、帰る、帰れ、帰りたい」

ふにゃりとその相好を崩し、妙な拍子を付けて言って。

す、と。
立てた人差し指を純白に向けて倒し。

次の瞬間には、純白が消えていた。

純白の居た場所に、その代わりとばかりにごとり、と酒瓶が落ちる。
その蓋は、桜模様。

「―――」

私はその一部始終を、初句も言えないまま見ていた。

「ふー、落し物回収完了」

何が起きたのか判らなかった?
そいつが何者なのか判らなかった?

「―――」

いいや。

「・・・ねえ、貴女」

こいつは、いや、彼女は。

「はい、って、人がいる!いれば!いないいないばあ!?」

彼女は指差しした格好のまま、首だけを私に向けて驚く。

「貴女、名前は?」

私は彼女のおかしな言質を無視して訊く。
私の目に間違いは無い、彼女は。

「う? あなたは、どなたで、こなたに、ソナタ?」

彼女は空惚ける。いや、或いは呆けているのか。
構う事無く、私は重ねて問う。

「私のことはいいから。貴女の名前を聞かせて欲しいの」

彼女は、死んだ筈だ。
私が殺した筈。遠い昔。まだ私が私でなかった頃。

「私ー? わーたーしーはー」

彼女は人差し指でくるくると宙に弧を描き、

「すーみーか。みきもと、すみかです」

ぴたりと、己の顔に向けて止め、事も無げにそう言った。

「―――」

「旧ーい旧ーい、神さまのお酒ー、って書いて神酒旧。
 木炭とか石炭とかの炭と、甘味処の処でー、炭処、なんですよー」

彼女はひらひらと指で宙に字を書いて説く。

「―――そう」

「お仕事はー、無職透明純米酒ー、は冗談で、お酒の密売ー。
 以後、よろしくー・・・って、私もうすぐここを離れるんで。
 あんまりよろしくないかも知れません」




* * *




泣き疲れた妖夢は、ほっとしたのかその場で眠り始めてしまった。
そのまま庭に寝かせておくわけにもいかず、
私は紫に彼女の式神を呼ぶように頼んだのだけれど、

「いいじゃない。たまには保護者らしいこともなさいな」

と至極尤もらしく言われてしまったので、
結局私が妖夢をおぶって、ゆったり二人で屋敷まで歩くことになった。

その道すがら、私は紫に“彼女”の事を話した。

曰く。自分は神酒旧炭処という名で、酒造りとその密売をしている。
曰く。出先から、落し物を探しに帰ってきたところである。
曰く。門に座って開くのを待っていたけど、開かなくて困った。
曰く。困り果てていたら突風が吹いて、門の内側に落ちた。
曰く。桜が綺麗だった。

「そいつ、貴女のこと覚えてなかったの?」

彼女と話したことを一通り語り終えた私に、紫はさして驚いた様子も無くそう訊いてきた。
妖夢の安らかな寝息を耳元で感じながら、私はこくんと頷く。
・・・よく眠っている。深い息遣いからそれを見て取った私は、
悪戯は寝起きまでお預けにしてあげよう、と思った。

「ふーん・・・で、その炭処は?」

私よりやや前を軽快にとつとつと歩く紫が、
顔をこちらに向けて言う。

「ああ。目的も果たしたから、引越し先に帰るって」

「目的・・・は、その酒の回収、か。
 で、引越し先?」

「うーん。それがねぇ。
 何処へって訊いたら、ここからは見えないです、って言って、こう」

私は背中の妖夢と頭を衝突させないように気を付けて、
くい、と顎を上向きにして天を見た。

「空、ってこと?」

「さあ。よくわからないけれど。
 冥界より上なんて、仙人もいないわ」

「・・・あるいは、ね。
 幽々子、こんな話を知っているかしら」

「どんな話」

紫はそこで体ごとこちらに向き直り、
後ろ歩きをしながら話し始める。

「大結界の外が、今どうなっているのか」

「大結界どころか、幻想郷の事も知らないわ。
 随分と昔に出かけて以来、ずぅっと音沙汰無し」

「そうだったわね。でも、私は一応お仕事があるから」

「お勤めご苦労」

「うん、そうなのよ。
 今、私が何の仕事をしているか、知らないでしょう?」

「知らないわ。紫が言わないから」

「これ、まだ私の他に知っている人が殆どいないの。
 手伝わせている藍と、藍から聞いて橙、
 残りは当代の博麗ぐらい」

「ああ、代替わりしたの、紅白?」

「貴女ねぇ、毎日食っちゃ寝ばっかりしているから時間の感覚が無くなるのよ?」

「まぁ、無くしてもあんまり困らないけど。
 それと紫。私、それだけはあなたに言われたくないわ」

「うん、まぁそれはいいんだけれど。
 ―――私はね、幽々子。大結界の範囲を少しずつ広げているの」

と。
紫は、とんでもない事を何気なく告げた。
大結界を広げる。
相手が紫でなければ大法螺と笑い飛ばすまでだが、
紫ときたら目が大マジである。
彼女ならやりかねないし、法螺であってもまたおかしくない。

「大変ね。でも、何でまた?」

「結界の外に、地上人がもう殆どいないからよ」

「―――」

へー、とだけ答えるには、余りにも巨大な事実の告白。
それは紫の仕事の内容以上に予想を越えていた。
私は軽く絶句して、

「ふーん、大変ね」

とだけ答え、眉一つ動かさずに歩みを続ける。

「迷惑な話よね。人間食べないとストレス溜まる妖怪だって沢山いるのに。
 私もそのせいで最近は暇で暇で、夜中も寝てたりしたのよ」

紫はぷんすかと怒ったように言う。

「なんで、そんな話をしたの?」

突然の発言に驚きもしたけど、
それが紫にしては不自然な会話の流れだったので、私はまた何気なく問う。

「人間が何処に行ったのか、という話よ、幽々子」

「何処へ行ったの?」

「あっち」

紫はそう言いながら、先程私がしたのと同じように頤を上げる。

「空?」

「もっと高いわ」

「真空しかないわよ」

「その真空の先、宇宙の彼方。
 ほんの一握りの人間が、この星に残って細々暮らしている。
 これは、幻想郷と何ら変わり無いわ」

「だから広げるの?別に今のままでも手狭には感じないけど」

「そうね。私もそう思う。
 深い意味は無いのよ。出来るからやってみているだけ。
 本当の目的は、別にあるの」

「まだ何かあるの?」

「これは、この大結界を外せるかどうか、というテスト」

「別に外さなくてもいいんじゃないの?」

「いつまでも使いつづけるものをオブラートとは言わないんでしょう?」

意地悪そうに紫が言って、
私は暫し言葉に詰まってしまう。
的を射ているかどうかは別として、
自分の発言がこんなところで利用されるとは思わなかったから。

「・・・まあ、なんでもいいけど」

「つまり、そいつもそうなんだ、ってことかしらね。
 最果ての無い向こうを見るとき、本当の最果ては自分の足の裏にある。
 線引きはいつでも誰でも出来る。
 私のはそれがちょっとばかり具体的なだけだわ」

「真空ねぇ・・・あ」

ふと、思いつく。
冥界よりも高空。
それは、今年の出来事だ。
花見まつりを余計に慌しくさせた落下物。

「じゃ、あれも炭処の仕業」

「仕業ってのとは、ちょっと違うかもね。
 わざわざ回収しに来たんだから。
 大方、一度行った時に持っていて、
 出掛けに落っことしたとかでしょう」

「ああ、きっとそうだわ」

あの子、そそっかしそうだし。


* * *


「と、とと・・・。よい、しょっ・・・と」

手が少し滑ってずり落ちかけた妖夢を支え直しながら、
私は先を歩く紫に、

「でも、変ね」

と疑問を投げる。

「あなたの疑問はわかるわ。でも、そういうこともあるでしょう」

「ううん」

「貴女自身、昔の貴女からは想像もできない。
 だから、変化しないものなんて無いというのよ」

「まあ、そうねぇ」

疑問。
すみか、神酒旧炭処が、あれから数百年を経た今、
どうして冥界に現れたのか。
そして今、真空を越えて彼方へと旅立とうというのか。

私の知っているあの子は、人間だったのに。

「だから、昔の私にも簡単に殺せたのに」

ぼそり、と呟く。
桜咲く丘からごろごろと転がって、小さくなったのに。

「他、何か言ってた?」

「んー。後は、そうねぇ」

上を、空を見ながら思い出し、

「明日の、ああ、もう今日かしら。
 とにかく今夜、出発するって。
 だから、夜空を見上げて、見送ってほしいな、って」

「見えるの?」

「逆流れ星、とか」

「とにかく、変なのが見えたらそれ、ってことね」

こくん、と頷いても、私の目はまだ空を見ている。

明けの空、薄く翳ったグラデーション。
その色が、私にはあの喧しい純白に見えてしょうがなかった。


* * *


明けて。
昼餉のとき。

「逆、流れ星、ですか?」

紫に話したように、妖夢が知らなくてもいいことは省いて、
私は昨晩の出来事を語って聞かせた。
私の話だから、あっちに行ったりこっちに行ったりで、
話を聞くばかりで手持ち無沙汰になった妖夢はポリポリと漬物を齧っている。

そうして、奇人の頂点みたいな奴に話が及んだ所で、
それまでじっと聴いていた妖夢が口を出してきたのだった。

「そうらしいわ。
 まぁ流れ星に違いは無いでしょう。
 降るとわかってるんだから願いも叶え放題よね」

「それは、何か違うかと・・・」

「だから妖夢、今宵はそれを肴にお酒ね」

「はい、わかりました。
 ・・・あ、ああ!」

いきなり、妖夢が叫んだ。
私は、叫んでから『やばい・・・』というような顔をしながらも、
律儀に器の上に箸を並べて置いたりしている妖夢の様子を見て、
驚くよりも微笑ましく思って、

「どうしたの、藪から棒に。
 あ、私におんぶさせた礼を思い出したのね?」

と、叫んだきり俯き、押し黙ってしまった彼女に話し掛ける。
すると妖夢は顔をばっと上げて、

「え、ええ!? 幽々子様が私を!?
 あう、そ、それは・・・申し訳ありませんでした」

その気色を真っ赤に染めながら言った。
これである。この顕著な反応をこそ、私は手放しで評価したい。

「あら、大した事無いわ。
 妖夢はいつまでもちっちゃいから、非力な私でも軽いもんよ」

「うう・・・あ、ですから、ええっと。
 ゴホン。それについては本当にありがとうございます。
 けど、そうではなくてですね」

「?」

「その、大変申し上げにくい事なのですが・・・」

その言葉どおり、本当に言いづらそうに見えた。
であれば、是が非でも言わせるのが筋だろう、多分。

「何かしら。もったいぶらないで頂戴。
 あ、十秒以内に言わないとペナルティね。じゅうきゅう」

両手を開いて指折り数え始めた私に、

「わーっ!すみません!でも、ちょっと」

謝りつつもまだ抵抗する妖夢。
我が家の平和な日々、ここに極まれり、である。

妖夢の表情は葛藤に満ち満ちていたけど、
言わないことで怒られるのと言うことで怒られるなんて二択、
考えていたってしょうがないと思う。

「はちななろくごお」

だから、さっさと指折り数える。

すると。妖夢は諦めたように、

「お酒が尽きたんですっ!
 それだけですってばっ!!」

何故か力強く、そう言い放った。

酒が、尽きた?

「ぜろ」

「やっぱりーっ!!?」

「冗談、冗談。そんな泣きそうな顔しないの」

「ああ・・・もう、どうしてそう・・・」

私の言動に合わせて妖夢は一喜一憂する。
その様は面白いの一言に尽きる。
本当に、最近は割と落ち着いてきたけれど、
そう易々と人は変わらないのだ。

「あれ。怒られないのですか?」

「大丈夫、お酒ならあるわ」

妖夢の当然の疑問に答える形で、
私は懐から一本の酒瓶を取り出す。

「・・・幽々子様のお服には、何でも入るのですね」

「まあ、失礼ね。精々私くらいしか入らないわよ」

「はあ・・・一体いつから隠し持ってらしたんです?」

「昨晩というか、今朝から」

「? お屋敷にあった物では、ないのですね」

「ええ。その変人が、餞別だって言って寄越したの。
 銘無しだけど、貰える物は貰っとかなきゃ」

私は酒を片手でぶんぶんと振って、
儲けものをした、とばかりに見せびらかす。

「ちょ、そんなあっさり。
 何か変な物とか入ってたらどうするんですか。
 検めますから、ちょっと貸して下さいますか?」

「あげないわよーぅ。これは私の分だもの」

「そういう意味では・・・はぁ、わかりました。
 じゃあ私、自分の分を買って参りますね」

「あ、妖夢。私にもお願い」

「はい、はい。わかってますって」

そう言うと、妖夢はすっくと立ち上がって、

「他に、何か御用はございますか?」

と聞いてきた。
特に用は無かったけれど、

「待って。これ空けたら私も行くわ」

私はそう言って、手に持った酒瓶の蓋に手をかける。
追加分を買いに行くのなら、
この一本を夜中まで取っておく必要は無いなと思ったのである。

「って、幽々子様!
 不用心ですよ、昨日の今日だっていうのに!」

酷く慌てた様子で私を止めようとする妖夢。
それを見て、私は昨晩の出来事の発端を思い返した。
成る程、この酒蓋も桜模様である。

「うーん、そうねぇ」

確かに、何の仕掛けも無いと言うには昨晩の出来事は濃密だ。
危険かどうかは別として、何が起こるか判ったものではない。


判ったものではないけれど。


「えい」

ぐいっと指に力をこめると、
ぽん、と気の抜けた音がして、蓋が飛ぶ。

「あー!!」

妖夢はそれを見て悲鳴をあげ、咄嗟に身構えた。



* * *



「そしたら、酒瓶から酒瓶が沢山出てきた、と」

紫は、酒瓶を一つ手に取り、
しげしげと眺めてからそう言った。

宵の口。
私たちは縁側に並んで座って、
昨晩と同じように小さな酒宴を開いている。
今日はちょっと早起きの紫も加えて。

「そうなんです。何がどうなったのか、まるで判らないんですけど、
 気付いたらお座敷のそこら中に酒瓶が転がってて・・・」

「私の持ってた、元のやつだけ消えてたわ。
 何だったのかしら」

妖夢の言葉を継いで問う私に、

「ん。それは多分、酒の中に酒が入っていたのよ」

紫は何気ない素振りで、
手に持った酒の蓋を開けながら言う。

「それがそいつの専売特許。
 神号を神酒旧炭処、本名を御木元純嘩。
 能力は・・・手っ取り早く言うと、酒を司る、かしらね」

「司る・・・?って、どういうことでしょう」

妖夢が、さも不思議そうにちょこん、と小首を傾げて訊ねる。
それが、酒気でやや火照ったような表情と相まって、
何とも言えず可愛らしい様子だったので、

「さー、どういうことでしょう?」

私も負けじと同じ仕草をしてみせた。
一瞬、紫に向けて目配せをしてから。

「おおよそ、酒と名の付く事柄に関して、絶対と万能を誇る。
 神、というのは、そういうものなの。
 事象の因果をわやくちゃにしてしまう」

私の意を汲んで、紫がいつものように語りだす。
あまり昔の事など話すものではない。
殊に、妖夢の知らない私を教えることになるような話は。

「要するに、何でも出来てしまうのね。
 分かりやすく例えを上げると、ずうっと遠い所にたった今存在しているお酒のことを知ったり、
 それをすぐに手元に取り寄せたり、逆にそれのある場所に跳んで行ったり、
 全く同じお酒を自分の手で作り出したり、ってとこ」

「はあ。便利です」

「そうねぇ妖夢。お酒が無くなっても困らないものね」

私は視線を転じてにやりと笑い、流し目で妖夢を見た。
申し訳無さそうな顔をしながら、妖夢は上目遣いで私に言う。

「もう。沢山あったから、まだあると思っただけですって。
 急な事もあったんだし、そんなに苛めないで下さい」

「無理な相談だわ」

目を閉じて私は深く頭を振る。
心底、それだけは無理だと思ったからだ。

「はぅ」

妖夢の溜息である。



* * *



夜も更けて。

昨日の疲れがまだ取れていないのか、
少々を召したところで妖夢はうとうととし始め、
座敷に寝転がって、座布団を枕に寝入ってしまった。
私はそんな彼女に布団を掛け、
縁側に腰掛けて夜空を眺めている。

紫も、暫くは静かに飲んでいたのだけれど、
用を思い出したからまた明日、と言って急に立ち去ってしまった。
さして珍しいことでもない。
気紛れな彼女が、一つの所に長く留まっている事こそ特異なのだ。


「―――」


妖夢が手酌で少しずつ減らしていた瓶を手に取り、
その胴を掴んでぐい、と飲み干す。

「ふ―――う」

吐息が、夜気に色も無く混ざる。
枯れた花が咲いても、肌寒い春は過ぎているのだ。

その瓶を卓の上に置いて考える。
変わらないものなどない、という紫の言葉。
私は、つい昨晩までは己と無縁の事と思っていた。
私は変わらない。紫も変わらない。
取り巻く環境、静かな冥界。死の世界は俗世での不平等を洗い流す。
私が誘った者たちも、そうなってからは変わらない。

だが、私は。
確かに昨晩、あの純白の少女の手を受け入れ、
失われた過去の扉と、その合鍵を手にした。
変化だ。昨日までの私と、今日の私は完全な別人。

それが、私にとって喜ばしいことなのか、
そうでないのかは、なに、数百年もすればわかるだろう。
今はただ、懐かしき昔への想いに耽る。興味本位。
浜の真砂は、と大泥棒は言ったけれど、その唄と同じである。
この世に、興味の対象は尽きない。
けれど、それへ向って焦る必要も、また無い。
どうせいつまでもいつまでも続くのだ。
ゆっくりと、のんびりと、求めるともなく知っていけば良い。
その日々を楽しめればいい。また一興、である。

事実、ここには永遠しかない―――

「妖夢。あなたを除いては、ね」

そう言って、私は膝元で静かに眠る妖夢に微笑みかけ、

また、夜空を見上げる。
流れ星が昇りゆくという、不思議な光景を目撃する為。
いや、古き友の出立を見送る為、か。

―――彼女は。

「何処へ行くのかしら」

口にしてから、私は、もう一つの貰い物の事を思い出した。
ごそ、と懐から取り出したそれも、やはり酒瓶である。

桜模様の蓋を開けてから、貼られた紙を読む。
銘は、「妖酒 墨花」とある。

これは、あの純白だ。
昨晩が明けてその妖気が失われ、ただの酒となった。
もう、ああして騒ぎ立てる人の形をとる事は無い。
それが判っていたから、私はあの時、
餞別にと先程の酒瓶を封じた瓶を渡す彼女に、
そっちのも頂戴、と図々しくもねだったのだ。
彼女は不思議そうな顔をしていたけれど、
特に疑問も差し挟まずに両方をくれた。

―――彼女は。

「どうして、あの純白を作ったのかしら」

私を憎んだのか。
己を、その伴侶を、その人生を殺した、この私を。
でも彼女は死んでいなかったのだ。結果的に見れば。
純白は私を知っていて、彼女は私を忘れていた。
或いは、忘れている風を装った。それは何故なのか。

何かが、あったのだろう。
わからない。
でも、それは。

「違う、ものね」

私の語る、“私”の物語。
路傍の石の来歴は、路傍の石が騙ればいい。
私だって、私だけを語ってきた。
他の誰かを語るつもりは無いのだ。
私は、その誰かの語りを聴くことを望む。


く、と。
瓶を傾けて、白く濁ったその酒を喉に通す。
私を恨んだ憾み酒が、私の中を流れていく。

せめて、この一時だけでも。
その憾みを晴らさせようと、私は瓶を傾ける。
注ぎ込まれた嘗ての純白が、濁り濁って私を支配する。
染み渡った液体が、やがて私と同化する。
瓶の傾きが垂直になり、その全てが私に親和していく。

そうして最後の一滴が舌を打ったとき。
私は幻視した。

純白が、庭先から私に向けて、
小憎らしくあかんべをしている姿を。

『―――』

「―――」

幻視は前触れも無く、
ふっ、と煙のように溶け消え、
後には何も残さない。
その様はまるで、お前が何もかもを覚えていろ、と言っているかのようで。

私は瞳を伏せ、自らの爪先を見ながら、

「嫌だわ、私、祟られちゃった」

そう呟いて、怖がるでもなくただ微笑を浮かべた。

その声が聞こえてか。
背後で妖夢が身を起こす気配を感じつつ。

私は、彼女たちの為の歌を思案し、
そっと夜の静謐に投げかけた。

「生き死にと」

涼しくも生暖かい夜気が、私の声を迎えて騒ぐ。

「咲きて散るとは、異なれば」

がさがさと、吹く風に障子が揺れる。

「いかで桜の、かの世に満つる」

私は、しんみりと短き歌を告げて。











「幽々子」

その歌を、私の名前で。
この語りを、私の名前で。



そっと、閉じた。



***

shinsokkuです。

本文未読既読に関わらず、ここまでお読みいただいた皆様。
本当に、ありがとうございました。

そして、もし宜しければそのまま。
幕の裏、「F」。ご鑑賞下さい。
shinsokku
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コメント



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15.90ひとの世夢なし削除
敢えて幕の表に。
脱帽でございました。