Coolier - 新生・東方創想話

もしも彼女が二人なら(2)

2004/10/09 12:35:11
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「そういえば早起きは三文の徳って諺があったな」
魔理沙はそう呟いた。彼女は箒に跨り、勢い良く空を駆け抜けていく。
「もう、早起きって時間帯でもないけどな」
既に太陽は南中に近く、その日差しは滑空している魔理沙にも容赦なく降り注ぐ。箒の下
には魔理沙の自宅が建っているだろうと思われる森が見える。魔法の森と呼ばれるその森
は深く、日中でもあまり日が差さない。よって夏場でも比較的涼しくすごせる場所ではあ
る。また魔理沙の魔法研究に使う材料の格好の採取地であった。いいこと尽くめのこの森
だが、ただ一つ気に食わないことがある。蒐集癖を持つ魔法使いなる種族が一人、同じ森
に住んでいることだ。
 その蒐集癖のひどい魔法使いは、とにかく自分の気に入ったものなら集めようとする。
魔理沙が前々から目をつけていた毒キノコや、貴重な鉱石を先取りされたことなど数え切
れない程だ。しかも会えば会うなり、何かしら因縁をつけてきては弾幕沙汰になる。よく
も私の人形を壊してくれたわね、あの薬草は私も目をつけてたのよ、などが専らの理由で
ある。大体壊されたくなければ争わなければいいし、薬草も分けてと言ってくれれば分け
ないこともない。そんな過去の出来事があったからという訳でもないけれど、魔理沙とア
リスは仲があまりよろしくなかった。
 それでも魔理沙にとって、アリスはちょっかいの出しやすい人物であることには変わり
無かった。種族と職業という違いはあるけれども、魔法使いという同じステータスがそう
させているのかもしれなかった。
「お、早速何かやってるぜ」
目下に広がる森の片隅から赤い光が点滅しているのが見える。多分あそこがアリスの家な
のだろう、そう思って魔理沙は箒をそちら側に向けた。魔理沙も近づいていくにつれ分か
ったことだが、光は一定周期で明滅を繰り返している。
「新手の実験か?」
そう呟いて、箒の進行速度を速める。進行方向には既に庭と家らしき物体が見えている。
どうやらあれがアリスの家らしく、庭らしき平地に人影が確認できる。どうやら二人居る
みたいだ、そう思った瞬間、魔理沙は本能的に危機感を感じた。
 そして魔理沙が帽子と箒を掴んで高度をすごい勢いで下げたのと、頭上を赤い光の束が
貫通し帽子を少し焦がしたのはほぼ同時だった。しかし急に高度を下げてしまったため、
結果として魔理沙は森に突っ込むはめになってしまった。視界を大量の枝が遮り、大小
様々な木が障害物となった。スピードが出すぎており、体勢を立て直す前に何処かの木に
ぶつかる予感がしてならなかった。
 しかし、とりあえず退屈はしなくて済みそうだった。


「いい、魔法はこうやって使うのよ」
芝に覆われた家の広い庭先で魔法を放った後、アリスは楽しそうに言った。言われた先の
クレアは、レーザーを寸前で交わしたように見えた黒い物体が森に墜落していくのを、心
配そうな顔で眺めていた。
「魔法を使うプロセスはたくさんあるわ。それはもう使う人の数ほどね」
とりあえずアリスの言う事に耳は傾けているけれども、クレアは正直森に落ちた人影の方
が気になっている様子だった。
「まあ、あなたは初めてだから、まずは魔法陣を展開してやった方がいいかしらね」
指で空中に円を描き出すのに合わせて、クレアも急いで真似をしている。指先から光の粒
子が流れて出て、目の前になぞった通りに光の輪が現れる。
「その調子よ。魔法を使ってる感覚があるでしょ。それを大事にするのよ」
アリスはそのまま複雑な文字や記号を円にそって書き連ねていく。クレアも頑張って真似
はしているようだが、書いたものは字とも記号とも判別つかないものだった。
「いいのよ、最初は出来なくても。まあゆっくりやりましょう」
そう言ってアリスは空中の展開途中の魔法陣を取り消した。目の前で光っていた円と文字
が霧散する。クレアは下を向いて申し訳なさそうな顔をしている。
「だ、大丈夫よ、上海人形だって2ヶ月はかかったもの。そんな気を落とすことは無いし、
あなただったらすぐに出来るようになるわ。今さっきだって練習は上手くいってたじゃな
い」
落ち込んでいる様子のクレアを必死にフォローすると、彼女は少しだけ安心した表情を見
せた。それを見てアリスも少しほっとする。
「とりあえずお茶の用意をして頂戴。来客のようだわ」
「分かりました」
クレアは花壇やら備えられた傍を走って、家の方に戻って言った。アリスは彼女が家のド
アを開けて入るのを確認してから、森の方を振り返った。目を向けた先には昼なのに薄暗
い森があった。
 その中から、折れた箒を片手に所々破れた服を着た魔理沙が歩いてくるのが見えた。服
装や様子からして何か色々あったらしい。今にも彼女お得意の魔砲を撃ってきそうな不穏
な空気を漂わせている。顔も何処と無く怖い。森から出て歩いたところで、レーザーの犯
人を見つけたのか音を立てて走ってくる。
「・・・アリス、お前、よくもやってくれたな」
魔理沙は叫びながらこちらに向かってきたが、家の前にティーセットを運んできたクレア
の姿を見つけると歩みを止めた。そのままきょとんとした顔でクレアの顔を見つめている。
次にアリスの顔をじっと見た。そしてこめかみを手で押さえて考えること数分、妙に納得
した顔で言った。
「なんだ。二回魔砲を撃てば良いってことか」
この後、弾幕沙汰になったことは言うまでも無い。


 それから程なくしてアリスの家のテラスに紅茶を飲んでいる二人の姿があった。二人の
着ている服はどちらも破れた部分が目立ち、顔や腕や足には少なくとも十は絆創膏を貼っ
ている。テラスから庭を覗くと、先ほどまで繰り広げられていた戦闘のひどさを物語るか
ごとく、地面の青い芝は到るところに穴が開き、花壇の縁が欠けていたりするのが分かる。
庭の惨状に気づいてクレアが二人を止めなかったら、今頃はアリスの自宅にまで被害が及
んでいるかもしれなかった。
「お前が本を借りたのはこいつを作るためか」
右手でティーカップを口に持っていきながら、魔理沙はテーブルの側に立っているクレア
をまじまじと見る。見れば見るほど向かいに座って紅茶を飲んでいるアリスそっくりであ
る。
「新しい使い魔よ。クレアという名前をつけたわ」
そう言ってアリスはティーカップの紅茶を飲み終わる。それに気づいてすぐにクレアが新
しく紅茶を注ぎ足す。
「クレアか、それにしても質感まで人間そっくりじゃないか」
ティーカップを置いて、興味深そうに魔理沙はクレアを観察している。確かに赤みが指し
た頬や健康そうな腕は人形のそれとは思えない。感触を確かめたいのか何やら右手と左手
が微かに動いている。
「・・・なあ、学術的興味でこいつに触ってもいいか」
「駄目よ。触ったりしたら殺すわよ」
「そ、そんな怖い顔するなよ、冗談だぜ、冗談」
魔理沙は少し焦って再び紅茶を飲み始める。アリスは訝しげな顔で魔理沙の挙動を見つめ
ている。多分冗談じゃなくて本気だったに違いない。確かにクレアが触られても何の損害
も生じないであろうが、目の前で魔理沙にあちこち触られている自分を見るのは、アリス
にとって正視できるものではなかった。
「でもなんで作ったんだ?もう十分人形なら居るだろう」
「別に、性能のいい人形がどんな使い魔になるか知りたかっただけ」
「それで、どんな使い魔になったんだ」
「今教育中よ」
「どうりで。昼間から無駄に魔法使っているわけだ」
魔理沙は飲み終わったティーカップを置いた。クレアが注ごうとするのを手で制止する。
「で、どんな魔法教えてるんだ?人形操術か?」
「今日はレーザーの撃ち方。順に色々教えていくつもり」
アリスも自分のティーカップを飲み終わったところで、クレアに片付けるよう指示する。
彼女がティーセットを片付けている間、魔理沙はずっとそちらを見ていた。クレアは扉を
開けて家の中にはいったようだ。程なくして水でカップを洗うような音が聞こえた。
「私も便利な使い魔が欲しいぜ」
魔理沙は両手を頭の後ろに回して椅子にもたれる。目は空の方を向き、何か面白くない顔
をしている。対面に座るアリスは腕を組んでその様子を見ていた。
 水の流れる音が止むと、クレアはすぐに戻ってきた。小走りで近寄ってきては、テーブ
ルの近くに立って待機する。するとだらしない姿勢のまま空中を見つめていた魔理沙は、
何か閃いたように体を起こして彼女に話しかけた。
「どうだ、私の下で働いてみないか。報酬は、そうだな、魔砲ってやつを教えてやる」
「クレア、無視よ。無視しなさい」
アリスは怖い顔をしてクレアにそう指示する。魔理沙はどうなんだ、といわんばかりにク
レアの顔を見つめている。
「・・・私は使い魔ですので、マスターの下を離れるわけにはいきません」
と少し困った顔で笑い、クレアは言った。アリスは当然と言った顔で腕を組んですまして
いる。
「なら仕方が無いな。今日の夕食でも作ってもらおうかと思ったのに」
そう言って魔理沙は立ち上がった。壁に立てかけてある、応急処置の施された箒を手に取
る。
「あら、お帰りかしら」
「帰るぜ。多分また来るが」
「そのときは予備の箒も持ってきなさいよ」
アリスは椅子にすわったまま魔理沙を見送る。魔理沙は背を向けて、少しむっとした表情
を浮かべ帽子を指で少し下げた。そして箒に跨るとそのまま勢い良く空中に飛び出して、
一定高度を飛行しながら森を越えて帰って行った。
 魔理沙の姿が見えなくなると、二人は家に入った。そろそろ夕食の準備に取り掛かる時
間だというのに、太陽はまだ高いところにある。クレアが風通しのために窓を開くと、森
から湿気を含んだ風が入り込んできた。
 どうやら夏は、まだまだ終わりそうに無かった。



 あれから毎日のように本当に魔理沙は遊びに来た。朝早くから来ては夕方ごろにまた帰
っていく。どうやら見たところクレアに興味があるらしかった。というよりも新しい遊び
相手を見つけたような、そんな感じを受ける。当のクレアも最初は困惑気味な顔でこちら
の顔色を伺っていたのだが、私がついに何も言わなくなると嬉しそうに昼食を振舞ったり
するのだった。
 魔理沙は気を使うことを知らないから好き勝手に食べて騒いで帰っていく。こちらとし
てはいい迷惑である。でもその分クレアのいい練習相手になってくれるし、魔理沙の得意
としている魔砲などの技術を盗むいい機会でもある。クレアはいい素質を持っているから、
何時かはマスタースパークでもなんでも習得してくれるに違いない。こう思うのは、やは
り自分が苦労して作ったからなのだろうか。
 また、毎日魔理沙と遊ぶようになってから、クレアの雰囲気も日に日に変わりつつあっ
た。前にもまして積極性が育ってきているようだ。魔理沙が来る前は会話もどこか形式的、
いわゆる使い魔とその主人の会話と思われるものだったのだが、最近では師匠とその弟子
のような感じを受ける。でも悪い方向性ではなかった。むしろ良い方向に向かって育って
いる気がする。このままでいくと、紅魔館や白玉楼の二人のようになってしまうかもしれ
ない。一見どちらも従者の方が賢そうに見えるあの二人のように・・・。 どちらにしろ、
現状からして自分がとても満足しているのは確かだった。将来のことなどを考えるとさら
に胸が膨らむ。
 それにクレアも充実した生活を送っているように見える。毎日朝から夕方近くまで魔理
沙と遊び、時には一緒に森の探索などをしている。そういう日は魔理沙が帰った後など、
嬉しげに収集品を見せてくれたり、森であった小さな妖怪退治の話などをしてくれる。そ
の顔は実に楽しそうに生き生きしている。クレアのこんな顔が見られるのなら、魔理沙に
食べさせる食料を少し増やしてやってもいいかとすら思う。使い魔の幸せそうな表情を見
るのは、やはりアリスにとっても喜ばしいことに違いなかった。



 今日も空に上った太陽は高く、広がる空は青く、夏真っ盛りと言うに相応しい日だった。
気温もかなり高いはずだが、庭で遊ぶ二人には関係ないように思われた。それほどに楽し
そうに遊んでいた。テラスの椅子に座って涼んでいるアリスには少なくともそう見えた。
「じゃあ今から空を飛ぶから、しっかり狙って撃つんだぜ」
「分かりました。本気でやります」
クレアの返答を聞いた魔理沙はちょっとうろたえた様子を見せる。さすがに本気でこられ
ると遊びどころではなくなってしまうかもしれない。
「あー、やっぱり適度に頼む」
「そう言われるのなら、出来る限りはそうします」
少し意地悪そうに笑うクレア返答に少し不安の色を隠せない魔理沙だが、仕方が無いと言
った様子で苦笑しながら箒に跨った。魔理沙の乗った箒は徐々に高度を上げ始める。そし
て屋根の高さの2倍はあるところまで上昇したところで魔理沙は親指を立てた。
「いいぜ、いつでもきな」
その言葉が合図となり、クレアは両手を前方に構える。そして次の瞬間に両手から生まれ
た大量の青色の鋭い刃が扇状に魔理沙に向かって拡散していく。なまじレーザーが来ると
思っていただけあって、魔理沙は箒のスピードを落とし、あわてて細かく避け始める。危
うく開始数秒で地面に墜落させられるところだった。
「くそ。アリスだな、仕込んだのは」
魔理沙はアリスの方に恨みがましい視線を送るが、向こうは涼しげに紅茶を飲んでいるだ
けで、こっちを見ようともしなかった。そして青色の刃を避けきる間もなく、追加の大量
の赤いばら撒き弾と魔理沙を狙ってレーザーが撃たれる。さらにクレアの周囲にはいくつ
も魔法陣が浮かんでいる。こいつはとんでもない使い魔になるぜ、魔理沙はそう思って少
し笑い、速度を上げてそれを交わした。
 魔理沙とアリスの繰り広げる弾幕を日常からみていたからか、それとも元々そういう素
質があったのか分からないが、クレアは弾幕に対してはセンスがあった。魔理沙もアリス
も教えていくうちにそれに気づいた。アリスは心底嬉しそうだったが、魔理沙は新しい使
い魔と戦うことを考えると、遊び半分で教えたりするんじゃなかったと後悔した。
 クレアは覚えがとんでもなく早い。家事・炊事一般は勿論のこと、アリスがレーザーに
関して教えた次の日には、なんとかそれを使いこなせるようになっていし、また魔理沙が
遊び半分で教えたマスタースパークに関しても、いつの間にか似たような魔砲が撃てるよ
うになっていた。伊達に製作者に似た容姿をしているわけじゃないな、魔理沙はそう思わ
ずには居られない。まぁ、性格は本人の正反対だったりするわけだが。
「こいつ、なかなか様になってきてるぜ。そろそろデビューなんじゃないのか?」
魔理沙はアリスに聞こえるように大きな声で言った。次いで今日何回目かになる魔理沙狙
いのレーザーを交わす。それを聞いてアリスは口を開いた。
「人形を使えるようになったら、そうしようかしら」
アリスは聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう答えた。
 テラスからは半分必死、半分遊びで弾幕を避ける魔理沙と、楽しげに弾幕を構成してい
るクレアの姿が見える。今でこそそれらしくなっているが、色々覚えたての頃は魔理沙に
いいように遊ばれることもしばしばだった。それもあってか、簡単に避けられるとなんだ
か無性に腹が立つので、毎夜魔理沙に知られないように仕込んでいるのだ。でも仕込んだ
からといって、すぐに使えるとは限らない。教わった技術を次の日には生かせてしまうの
は、やはりクレアならではなのだろう。
「そういえばアリスは参加しないのか?」
弾幕もひと段落したところで、魔理沙が高度を下げて尋ねてきた。
「私が参加すると確実に地面に落ちるわよ」
「実は使い魔の方が強くなってたりしてな」
「言ったわね」
アリスは椅子から立ち上がりテラスから降りた。一歩庭に出ただけで、気温が変わったと
思わせるほど太陽の光は強かった。良くこの中で遊んでいられるものだ、アリスはクレア
の側まで寄って魔理沙を見上げる。空の太陽を背にして不敵な笑みを浮かべている姿が見
えた。
「先にやりなさい。私は後から避けられないように狙って撃つわ」
「分かりましたけど、不可避って反則じゃ」
「構わないわ。死にやしないでしょ」
クレアの返事を遮って言う。そういうアリスも本気で撃つつもりはない。ただ少し気に障
ることを言われたので、ちょっと脅かそうと思っただけである。
 しかし隣には本当に実行しなければいけないのか、悩んでいる様子のクレアの姿があっ
た。こちらを時々見つめては、不安そうな顔をしている。その様子を見て、アリスはクレ
アに少し微笑みかけた。
「冗談よ。私も適当に撃つわ」
それを聞いてクレアは安心した表情を浮かべ、両手を前に出し精神を集中させる。両手の
前方に数個様々な色の魔法陣が浮かぶ。
 アリスは隣で腕を組んでそれを見守っている。クレアはいつの間にか魔法使いらしくな
った。もはや使い魔というよりも、弟子かそれ以上の存在である気がする。髪もいつの間
にか肩口近くまで伸びているし、雰囲気も使い魔というより人間のそれに近い。それより
も人造の生命とは言え成長するものなのね、これじゃあ人形とは呼べないじゃない。アリ
スより頭一つ分だけ低い背丈を眺めつつ、緑のランダムな方向に飛ぶ苦無弾と魔理沙狙い
のリング状の弾を放つクレアを、微笑みを湛えて見ていた。
「アリスも撃ってこいよ。使い魔との連携プレーって奴を見せてもらうぜ」
上空から魔理沙の楽しげな声が聞こえる。二人相手にしているからかクレア一人の時より
も高度が高い。しかしアリスの撃つレーザーは光の性質を帯びているから距離などあまり
感家無いのではあるが。
 アリスも適当な魔法陣を発生させようと右手を前方に突き出す。勿論陣など無くても撃
つことは出来る。だが照りつける太陽の下、直に撃とうとする程の元気はなかった。それ
を考えると、陣の方が精神に負担がかかりにくいし、何より楽である。気持ちを落ち着け
て、頭の中に自分の望む鮮明なイメージを作る。それは映像であり、音であり、レーザー
が魔理沙の帽子が焦げた匂いも含む。あとはそれを魔力が魔法陣を通して具現化してくれ
るだけだった。



 だが、何時まで経ってもそのイメージが現実になることはなかった。
 降り注ぐ太陽の日差しの下、アリスにとってそれはまるで、悪い夢を見ているようだっ
た。あるべきはずの魔法陣が手の前に浮かんでこないという事実。手からはレーザーも何
も生まれてこないという現実。ありえなかった。
 アリスは自分が夢を見ているのかと疑った。実はテラスの椅子に座ったまま寝てしまっ
ていたのではないかと。しかし夢の中の出来事にしては、弾幕を中断して心配そうにこち
らを覗き込むクレアの様子や、これほど暑いと言うのに背中の冷たくなる感覚はリアルだ
った。
 魔理沙も弾幕が急に止んだせいもあり、こちらの様子に気づいたようだった。
「なんだ?急に日射病にでもなったか?」
地面に近づいてくる魔理沙に気づいて、アリスは前に出した手をすぐさま引っ込めた。
「・・・な、なんでもないわ」
アリスは少し震えた声で言って、身を翻して家に向かって歩き出した。目に映って流れる
映像からすると歩くというより、小走りに近いのかもしれなかった。きっと後ろの二人は
変な目で見ていることだろう。
「ちょっと体調が優れないから、部屋に戻って休むことにするわ」
動揺の色を隠せないまま、取り繕った言葉をなんとか口から出す。とりあえず落ち着くこ
とが重要なのだ、もしかすると魔法の手順の間違いなどがあったのかもしれない。
「マスター、大丈夫ですか」
主人の身に何か起きたのだろうか、そんな不安そうな声が背中のほうから聞こえた。
「ええ、心配いらないわ。ちょっと横になれば楽になるのよ。あなたは魔理沙と訓練を続
けて頂戴」
今は一刻も早く自分の部屋に戻りたかった。一人になりたかった。
「うーむ、じゃあ今日は弾幕ごっこも飽きたし、一緒に森に探索でも行くか」
魔理沙がクレアに話しかけているのが聞こえる。気を使ってなのか、きまぐれなのか分か
らないが、この時ばかりは魔理沙に少し感謝したい気持ちだった。
 部屋に戻ってアリスはベッドにすぐさま寝転んだ。そしてそのまま天井を向いて右手の
指を立てて、目の前に円をなぞり文字を書き込む。クレアに教えた初歩の初歩であった。
何度も何度も試した。しかし光の粒子が輪を作ることも無ければ、魔力のシンボルである
文字が光って浮かぶこともなかった。
 また、試しに部屋に置いてある適当な人形に向かって念を送ってみた。上海人形、蓬莱
人形、倫敦人形見えるもの全部にそれぞれ動かそうと試みた。だが、人形はその無機質な
表情を崩さぬまま、人形らしく座ったままであった。試みもむなしく、どれも使い魔とし
て機能はしなかった。
 そして、この状況は一つの絶望的な事実を指し示していた。
 アリスは魔法が使えなくなった、ということを。
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