Coolier - 新生・東方創想話

美味しい食べ物

2009/02/05 02:28:37
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「幽々子様は紫様との食事の時、とても美味しそうに食べられますね」

私が以前、妖忌から言われた言葉だ。
妖忌ですらそう思っているという事は私の演技は上手くいってるのだろう。

私は紫と一緒の食事を美味しいと思った事は無い。

紫と出会ったのは随分と昔の事だ。
大きな桜、西行妖の根元にぼんやりと座っていたのが私の記憶の始まり。
自分に関する事が何も分からなかった。自分の名前もここが何処なのかも。何故ここに居るのかすら。
数日後も同じ場所で座っていると何人かの僧侶姿の人間が現れた。
私の姿を見た時の彼らの顔は今でも覚えている。驚愕、恐怖、憎悪、全てがない交ぜになった形相。
有無を言わさず彼らは駆け出し私に襲い掛かってきた。怖くなった私は両腕で顔を隠そうと腕を振る。
次の瞬間、彼らは崩れ落ちた。動く気配も無い。最初は死んだ真似でもしているのかと思ったが、近付いても反応が無い。皆脈が消えていた。
自分でも何が起きたのか分からない。私が腕を振っただけで人が死んだのだ。
そう考えると襲われた時よりも怖くなりその場から逃げ出した。

その日から私は色んな人妖に襲われる事になる。
最初に襲い掛かってきたような僧侶姿の者たちも居れば鎧を纏った山賊も居た。様々な妖怪や悪鬼の類までもが襲い掛かってきた。
だけど皆あっけなく死んだ。
腕の一振りで僧が、二振りで山賊が、三振りで妖怪が。
襲われては殺める日々が続き、徐々に私は彼らを殺す事に何の躊躇も無くなってきた。
最初はあれだけ自分の力に恐怖しながらも簡単に順応する。
これが私自身の「力」だからなのだろうか。
どうせ皆私が腕を振るだけで死ぬ。記憶も無く話し相手も居ない私にとってこれだけが唯一の暗い楽しみだった。
ある日ふらふら歩いていると人間の集落に近付いている事に気付いた。
木立の向こうから煙が立ち昇っている。
少し今までと違う事をやりたい。ふと、そんな気持ちが鎌首をもたげてきた。
これまでは襲われてから反撃として人妖を殺めてきたけど、自分から力を振るうのはどんな感じだろう。
そんな事を考えながら足を踏み出した。

「やっと見つけたわ、幽々子」

突然背後から声を掛けられた。
ゆゆこ、というのが私の名前らしいのは既に知っていた。
襲い掛かってきた人妖がそんな名前を私に投げかけている。
もっとも私の事を聞きだす前に死んだけれど。
ゆっくり振り返ると黄金色に輝く豊かな髪の女が居た。
一目で人間ではないと気付く。こんな美貌の持ち主が人間であるはずが無い。

「貴女。私、昔の私を知ってるの?」

興味を持ったので簡単な問いを投げかける。
私の事を知っているのなら色々詳しく聞きたい。
失われた過去を手に入れる、それは集落を襲うよりもずっと面白そうだ。
女が俯く。そして搾り出すような声で呟く。

「いいえ…知らないわ」

途端に興味が失せる。
この女も今までの人妖と同様に私を襲いに来ただけか。

「あらそう。じゃあね」

そのまま首を戻し集落へ足を向ける。

「待って。貴女何処に向かうつもりなの」

「あそこに集落があるみたいだから襲うの。沢山人間が居るだろうからきっと楽しいわ」

大勢の人間がバタバタ倒れて逝く様は、こんな妖怪一匹に構うよりずっと楽しそうだ。この妖怪を殺さないでいるのも単に目の前にもっと楽しそうな事が待ってるからだ。

「行かせない」

妖怪が集落の方角へ立ちはだかる。
さっきまで私の背後に居たのにどうやって移動したのだろう?
まぁどうでも良いか。すぐに死ぬんだし。
無言で腕を振る。妖怪の体が大きく揺らぐ。

「え?」

おかしい。倒れない。
何かの間違いかと思い立て続けに腕を振る。
その度に妖怪の体が揺らぐが倒れない。
私の力が効かない?初めての事態に対応出来ず呆然としているといつの間にか妖怪が目の前にいた。
次の瞬間、横面を思い切り平手打ちされていた。

「きゃっ」

地面に倒れこむ。かすり傷一つ負ってないがそれよりも平手打ちは精神的にきた。まるで私自身を否定されたかのようだ。
思わず妖怪を睨みつける。平手打ちしたはずの妖怪が泣いていた。

「お願いだから誰かを殺めるのは止めて。貴女が望むなら何だってするから」

全く展開に付いていけず唖然となる。
何なんだろうか、この女は。私の力が効かないし、妖怪なのに人を殺すなと言う。
私を襲うつもりも無いようだ。そのつもりなら平手打ちなんてしないだろう。

「何処か行きたい場所はある?」

女が聞いてくる。
行きたい場所…さっきまでは集落に行きたかったが、この女が居る限り駄目だろう。
それよりも再びこの女に興味が出てきた。私の力で死なないなんて只者じゃない。
今まで殺めてきた者の中には相当に名のありそうな者も大勢居た。
私の事は知らないと言っていたけどこの態度から見ると恐らく嘘だろう。少し試してみる事にする。

「私が目覚めた時、大きな桜の下に居たの。あそこに戻りたい」

女の顔が一瞬強張る。やはり何か知っていると思って良さそうだ。

「良いわ。何処にあるか探すから少し待ってね」

嘘がばれている事には気付いてないようだ。まだ演技を続けている。
私を知っているならあの場所について知っていてもおかしくないのに。
女が手を上から下に降ろすと空間が切れた。切れた先に何か蠢いているようだがよく見えない。女がその中に入ると空間が閉じた。

「私が今のうちに集落に行くとは考えてないみたいね」

確信した。あの女は私の事を知っている。私を一人残したのも集落を襲わないと信じているからだろう。
でも何故だろう?何で私の事を知らないような演技を?
記憶を失った私を探していたのだとしたら行動に不審な点が多い。

「お待たせ。その桜の場所に連れて行くわね」

再び空間が開き女が顔を出す。
私の腕を掴んで中に引き入れる。
気付いた時にはもう最初の記憶が始まった場所に居た。少し違う点を挙げるなら丸っこい妙な物が桜の周りに浮いている点だろうか。

「ねぇ…あの丸い物は何?私が目覚めた時には無かったはずだけど」

女が口ごもる。

「あれは…貴女が殺めた人妖の魂。貴女の力で死ぬと暫くして忠実な下僕になるの」

初めて知った。私の知らない力の効果まで知ってるなんて。
この女、何処まで私の事を知ってるんだろう?

「…」

そう言えば、まだこの桜の周辺を調べていなかった。
私の記憶に関する物が何か見付かるかもしれない。
そのまま歩き出す。

「幽々子!そっちには何も無いわよ!」

女の声がするけど無視だ。あの感じだと何かあるはず。
そのまま走って向こうに見える開けた場所に向かう。

女の言うとおりそこには何も無かった。
大きな屋敷が建っていたのだろうか。土台の部分や柱の後だけが残っている。
あの女が隠したのか、それとも別の人間が解体したのかは分からない。
私の記憶はあの女を頼るしか無いようだ。

「ね?何も無いでしょ?今から私の家に来ない?力を上手く使えないんでしょ?」

追いついた女が矢継ぎ早に話しかけてくる。
ここから去らせたいのか、かなり焦って誘ってくる。
多くの人妖を殺めた私を簡単に家に迎えようとする辺り不自然過ぎだ。
何で私の過去を隠そうとするのか解せないけど。

「ねぇ貴女」

「何?幽々子」

「さっき何でもするって言ったわよね?」

「えぇ…」

「なら私、ここに住むわ。屋敷とかも用意できるの?」

「…分かったわ。明日には出来るから今日は私の家に来て」

案外すんなり了承してくれた。明日には出来るという点が気にかかるけど。
でも私はこの女にとって一体何だったんだろうか?
姉妹など血縁関係があるようにも見えない。髪の色も背格好もあまり共通点が無い。
友人?妖怪と私は友人だったのだろうか。
ふとその時私は気付いた。私は人間?目覚めてから全く食事を摂った記憶が無い。眠った記憶も無い。目覚めてから何日も休み無しで歩き回っていた。
普通の人間ならばあり得ない。私は…人間じゃない?

「ねぇ…私は誰なの。私は何者?」

女に聞く声が思わず震える。

「貴女の名前は幽々子、死を操る力を持った亡霊。私に分かるのはそれだけよ」

亡霊…私は単に記憶を失ったのではなく死んでいる人間。
でも貴女は少し嘘を付いている。貴女はもっと私の事を知っているはず。思わず飛び出しかけた言葉を飲み込む。
この女が喋ろうとしないのは何らかの理由があるはず。
もし聞いてしまえばこの女は私の前から消えるかも知れない。
私の過去を知っているだろう彼女を逃がすわけにはいかない。
私が既に死んでいるという事実と何か関係があるのは確実のようだけど。

「私は亡霊なのね。それじゃあ貴女の家に行きましょうか。えっと貴女の名前は…」

「紫、八雲紫よ」

紫が慎重に言葉を選びながら名乗る。もしかしてこれも偽名なのだろうか。
それとも私の記憶が刺激され戻る事を恐れているのだろうか。
そしてこの日から私と紫の関係は始まった。





紫は本当に私に優しい。
次の日にはまるで初めからそこにあった様に大きな屋敷が跡地に建っていた。彼女の能力に不可能は無いらしい。
私の力で死んだ者の魂を集め家事全般や雑用が出来るように仕込んでくれた。
私が欲しいと言えばどんな珍しい物も持ってきてくれる。
屋敷中の家具や什器も全て紫が持ってきてくれた物だ。
私に唄や舞いも教えてくれた。紫は何でも知ってるし何でも出来る。
まだ時々私を狙う輩が居ると相談すると護衛に凄腕の剣士も連れてきてくれた。
彼は大昔、この土地に建っていた屋敷に仕えていたそうだ。
でも、この剣士も何かを隠しているのはすぐに分かった。
私の顔を見た時、彼も紫と同じように一瞬動揺が顔に現れた。
記憶が戻らない私の様子から、連れて来ても大丈夫だと紫が判断したのだろう。
そしてやはり彼も私の過去については「知らない」の一点張りで頑として話そうとしない。

「ねぇ紫」

「何かしら?」

「何で貴女はそんなに私に優しいの?私は何も貴女に出来ていないのに…」

「そんな事気にしなくて良いわよ」

「でも私も紫の役に立ちたい」

「そうね…じゃあ幽々子の仕事探してみるわね」

役に立つつもりで私はまた紫の世話になってしまった。
それから屋敷一帯は冥界という狭間の世界に移動する事になる。
私の能力を幽霊たちの管理者に相応しいと紫が閻魔様に売り込んだのだ。
かなり無理をして売り込んだらしく、紫は是非曲直庁の十王に口添えをしてくれた四季という名の閻魔様に頭が上がらなくなってしまった。
そして私は冥界の管理者となる。
もうその頃には記憶や過去の事なんてどうでも良くなっていた。
紫が私に優しくしてくれるなら何でも構わない。
この仕事は紫が閻魔様に借りを作ってまで私に与えてくれた仕事。だから紫の期待に応えられるように精一杯努力する。
そうしなければ私はあの優しい紫の側に居られる資格なんて無い。





「幽々子、これ食べてみない?」

管理者の仕事が一段落した午後、いつものように紫が遊びに来てくれた。今日は珍しい事に食べ物のお土産付きだ。
亡霊である私は食事を摂る必要が無いから、食べ物を紫にねだった事は無い。一応食べる事自体は出来るのだけれど。
紫が持ってきてくれたものを見るとどうやら普通のお饅頭のようだ。

「ありがとう。早速一緒に食べましょうか」

家事手伝いの幽霊にお茶の準備をさせる。運ばれてきたところで口の中にお饅頭を入れる。
…甘い。甘すぎる。少し私の口には合わないようだ。紫がこんな甘党だった覚えは無いのだけれど。

「ごめんなさい。これ随分と甘いのね。紫は大丈夫なの?」

「そうね…ちょっと甘すぎたかしら」

一瞬、紫の様子がおかしくなった事に気付いた。
まるで私が予想と違う反応をしたような…まるで別人を見るような…
以前にも紫がこんな表情をしたような気がする。紫と出会ってからの記憶を辿る。
そうだ。私が紫の冗談に笑った時もこんな表情を一瞬だけ見た。
その時は私の笑い方が静かだったので、紫が不満に感じたのかと思っていたけど。
私の癖、扇を口元に当てる癖を初めて見た時もそうだ。この時も紫は一瞬だけ私を別人を見るような目で見た。
何で紫はこんな表情を見せたのだろうか。お土産にケチを付ける私のわがままに怒りや失望の表情を見せるなら分かる。でも何で他人を見るような目で私を?
しばらく考えてある可能性に思い当たった。


『紫は私の中に別の誰かを見ている』


そう考えた瞬間に背筋が凍った。
でもそう考えると紫の今までの行動に納得がいく。
知らない振りをして、決して私の過去を喋ろうとしない点。
私は勝手に生前から私と紫は友人だったのだろうと思っていたが、私と紫が生前は友人でもなんでもないとしたら?
誰かを重ねているのを知られたくないだけだとしたら?
常に優しくしてくれる事。
紫が私を代替物としている事に罪悪感を覚えているだけだとしたら?それを紛らわせる為に優しくしてくれているのだとしたら?
そして時々見せる別人を見るような目。
私が誰かと極端に違う行動を取った時に興醒めしているとしたら?

その誰かが何者なのかは分からない。
私と容姿がそっくりなのか、それとも同じような力を持っていたのか。
正直、今の私は心身共に紫に依存しきっている。
もし、もしもの話だがその誰かと違い過ぎるから、と紫に捨てられたら私はどうすれば良いのだろう。
考えただけで絶望を感じる。紫の存在がここまで自分の中で大きくなっていたのも我ながら驚くが、それよりも紫から捨てられないようにするのが先決だ。

「でも慣れると癖になるわね、この甘さ」

「そう?良かった。幽々子が好きかと思って持ってきたの」

間違いない。紫が私の中に見ている誰かはかなりの甘党だったのだろう。
紫の嬉しそうな表情を見ると安堵と同時に激しい嫉妬を覚えた。
未だに紫の心を縛る誰かが許せない。私はこんなに紫を想っているのに。

そして、その日から紫はよく食べ物をお土産に持ってくるようになった。
幻想郷では珍しい海産物なども持ってきてくれる。
正直、私は磯臭い食べ物や小骨の多い食べ物は苦手だ。
でも紫から捨てられる事を恐れた私は必死に美味しそうに食べる振りをするようになった。
時々は紫が私の好きな物を持って来てくれる事もある。
でも食べ物によって態度を変えれば紫が違和感に気付くかもしれない。
だから好きな物も苦手な物を食べる時と同じように見えるよう演技を続けた。
苦手な物を美味しそうに、好きな物は感情を抑えながら食べる。それが私の紫との食事。
そんな状態で心の底から美味しいと思えるはずが無い。
演技に関しては問題は無かったと思う。あの妖忌すら気付かなかったのだから。





そんな膠着状態が何十年も続いたある日、紫に変化が現れた。

「でね、その新しい博麗の子があの吸血鬼を倒しちゃったのよ」

私との会話に博麗の巫女の話題が出てくるようになった。
紫が昔から代々の博麗の巫女を影から支えているのは知っている。
でも今まで一度も紫はこんな表情で彼女たちの事を話す事は無かった。
こんな嬉しそうな表情で…今までは事務的にしか博麗の巫女の事は話さなかったのに。
その新しい巫女とやらは紫にとってそんなに特別なのだろうか。
紫が冬眠前の挨拶をして帰った後、私は考えた。
私が紫の側に居るために続けた事は無駄だったのだろうか。紫は私よりも巫女を選ぶのだろうか。
そんなの絶対に許せない。何とかして紫の目を私に向けさせたい。
その時良い事を思いついた。私も異変を起こせば良いのだ。
上手く行けば事故を装い巫女を始末出来るかもしれない。
巫女なんて死んでも新しいのを紫がすぐに外界から連れてくるだろう。結界には何の問題も無いはず。私が始末したいのは博麗の巫女という機構ではなく、今代の巫女だけなのだから。
巫女が死んだら紫が私に多少、懐疑の目を向けるかもしれないが大丈夫だろう。
巫女はまだ紫の存在を知らされていない。つまり向こうから紫に親愛の情などは出ていないはず。なら悪い芽は早めに摘むべきだ。
何十年かすれば親交の深まっていない死んだ巫女の事など忘れるはず。
そう考えた私は紫の家に向かう事に決めた。

「妖夢、少し出かけるわ」

「幽々子様が自らですか?用事なら私が行きますが」

「個人的な用なのよ」

「ではお供いたします」

「貴女は白玉楼に残りなさい。これは命令よ」

「はい…」

道中、どんな異変を起こそうか思案する。
60年に一度の幽霊大量発生を擬似的に真似するのも面白いかもしれない。
放っておいても解決できない事態に巫女は焦る事だろう。
そんな事を考えているともう紫の家に着いた。
玄関の前にはこちらの妖気に気付いたのか、式の藍が出ている。

「幽々子様、どうなさったのです?紫様はお休みですが…」

「気にしないで藍ちゃん。別に紫に用があるわけじゃないの。白玉楼の書架は読み尽くしちゃって。良かったらここの書庫を見せてもらいたいんだけど」

「書庫…ですか?大した物はありませんよ?物置同然ですし」

「外界の本も読んで見たいしね。案内してくれるかしら」

「ではご案内致します。こちらへ」

紫の書庫には白玉楼には無い本があるはず。
私が起こしても不思議ではないような異変、その糸口になる本が見付かるかもしれない。
幽霊の大量発生もなかなか面白そうではあるけど。
藍から案内された書庫は酷い有様だった。
あちこちに乱雑に本が埃まみれに山積みされている。この分だと虫干ししているかどうかも怪しい。
藍に礼を言い下がってもらう。ざっと見渡したところ本当に大した物は無いようだ。
外の世界の雑誌とかいう本が積まれているだけだ。この辺りは参考にならないだろうと奥の方へ足を進める。
その時、かび臭さと埃の臭いの中から懐かしい臭いを感じた。
この臭いは間違いなく死臭だ。ネズミの死骸のような腐敗臭とは違う、もっと濃密で咽返るような死の臭い。
私が戯れに人妖を殺めていた時に嗅いだ私自身の力の臭いと同じだ。
藍は私と紫が出会った後に紫の式となった。彼女は私の力を見た事が無いので私とこの臭いの関連に気付かなかったのだろう。これは同じ力を持つ私にしか分からない。
そしてこの事実は、紫が藍にすら私の中に見ている誰かの事を話していないと言う事だ。
もし話していたなら藍は私を止めただろう。
一体何があるのか。無性に興味を掻きたてられ本を分けながら奥に進む。床に無造作に転がされたボロボロに朽ちた箱、あの中から死臭が漂ってくる。
箱を開けるとさらに濃密な死臭と共に虫食いだらけで変色した巻物が出て来た。
極端に古いものだ。異変の糸口になりそうな本を探してまさか私と同種の臭いのする本にめぐり合うとは。
もしかするとこの本に紫が私の中に見ている誰かの記述があるかも知れない。
そして私は巻物を開いた。


『富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ。その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする。願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ・・・』


殆どが欠損、もしくは文字が読めない状態でこれ以上の事は分からなかった。
でも十分だ。思わず笑いがこぼれる。

「そう、この女だったのね。紫が私の中に見ている誰かってのは。調度良いわ。要するに西行妖を満開にすれば封印は解けこの女は目覚める。そして満開にする為には大量の春が必要、つまり大規模な異変も起こせる。異変を嗅ぎ付け巫女も必ず現れる」

何という僥倖だろう。私から紫を奪う二人を同時に始末出来そうな機会が巡ってくるなんて。
早速、白玉楼に帰り妖夢に春を集めさせる事にしよう。
そして西行妖満開の暁には目覚めた女も巫女もまとめて殺してやる。





結局私の企ては完全に失敗に終わった。
巫女はあまりに強過ぎた。妖忌にはまだ及ばない半人前とは言え、あの妖夢すら歯が立たなかった。
紫と出会った頃より遥かに強くなった私の力すら無効にし、亡霊の私が手酷い損傷を被るような攻撃をしてきた。
妖夢の集めた春も全て奪われた。結局全ては無駄だった。
ただ私は全ての花の散った西行妖を見上げている。
だけど気分は妙に清清しい。女も巫女もどうでも良い。
私は紫の側に居る資格なんて無かった。
そう悟ったせいか私の心はまるで憑き物が落ちたようだ。
諦めと似ているがまた違うような感覚。今なら紫と巫女の関係も祝福出来そうだ。

「幽々子、もう屋敷に戻りましょう?」

「紫…」

顕界に春が戻った後、しばらくして紫が目覚めた。
異変を起こし巫女を殺そうとした私を責めるでもなく、いつもの調子で。

「幽々子の好きな料理用意したわ。一緒に食べましょ。ご飯食べれば元気も出るわよ」

「もう良いのよ紫」

「うん?」

「もう良いの。私に優しくしてくれるのは。私は紫の好きな人にはなれない。だからもう良いの」

「何の事よ?」

「貴女は私の中に誰かを見てるでしょ?私はその人の演技をするのも疲れたの。巫女の所へ行ってあげて」

「幽々子…」

紫が近付き両手を私の顔に添えた。別れの口付けでもしてくれるのだろうか。

「ごっ!?」

次の瞬間、目の前に星が飛んだ。何が起きたか分からなかったが、どうやら紫から頭突きを受けたらしい。

「あんたは一人でうじうじ思い悩んで…!何を勘違いしてんのよ!」

「だ、だって紫、私を時々他人を見るような目で見てたじゃない!」

「幽々子を生前から知ってるからよ!あぁ生きてた時と少し違うんだなぁって、それぐらいは思ったわよ!」

「え?私の事生きてた時から知ってたの?」

「でなきゃ会ってすぐに親切にしないわよ」

「で、でもでも、それなら私の過去の事話してくれないのは何で?」

「あー。それは御免なさい。謝るわ。生前の幽々子の環境って思い出すだけで虫唾が走るぐらい不愉快な連中ばっかりだったから話したくなかったのよ。思い出して欲しくも無かったし。あと巫女。昨日懲らしめにいったばかりよ」

「何で?」

「だって私の幽々子と藍を傷つけたんだし…」

「じゃあ全部私の勘違い?」

「冷静に考えたら話さなかった私にも落ち度あるわね。頭突きしたのは悪かったわ」
「と言うか私が幽々子を見てないって言い草は何か腹立つわね。白玉桜に戻るわよ。今日は私が料理したんだから」

紫がぐいぐいと私の手を引っ張って歩き出す。それに引き摺られながら私も白玉桜に向かう。
いつも紫と私が食事を行う広間に着く。

「妖夢は?」

「妖夢は藍の所よ。貴女を守れなかった事を気にしてるみたい」

私のせいで巫女から酷い目に会ったのにあの子は…

「あの子心配してたわよ。最近お嬢様の様子がおかしいって。幽々子はここ最近、西行妖の影響を強く受けてたみたいね」

「私が…」

「まぁその話と西行妖の狂気への対策は食後にでもしましょう。今日は幽々子の好きな物ばかりよ?」

好きな物と聞いて一瞬身体が強張る。今まで紫を騙すような形で食事を続けてきたのだ。
今の状態で嫌いな物を美味しそうに食べる自信は無い。

「さ、料理が来たわよ」

予め話しておいたのか見計らった様に幽霊たちが現れ次々と料理を並べていく。

「さ、一緒に食べましょ」

そして二人でいつものように一緒に食べ始める。

「この筑前煮の人参、大きさがバラバラで火が通って無いわね。こっちの味噌汁は煮詰まってるし…」

私の言葉に紫が少し落ち込む。

「確かに。藍に任せっぱなしで腕落ちたわ…そんなに涙ぐむほど美味しくない?」

「違うわ…何で私の好きな料理、ばかりなの?どうして分かった、の?」

「え?何となく?幽々子が好きそうな物を作ったの。いつも何でも美味しそうに食べるから何作るか迷ったけど。特に赤味噌か白味噌使うかは迷ったわね」

「本、当に美味しい。ありが、とう。本当に、ありがとう」

これ以上は言葉が続かない。紫はちゃんと私を見ていてくれたのだ。私の中の誰かじゃなく。

「そんなに急いで食べたら身体に障るわよって、泣いてるの?幽々子…」

「美味、しい。ご飯ってこんなに美味しかった、のね」

紫がきょとんとした顔をする。
本当にありがとう。紫は私の事なんて見てないって思ってたけどちゃんと見てくれていた。ずっとずっと私の事を見てくれていた。
西行妖に誰が埋められてるかなんて、もう如何でも良い。
私の過去なんて如何でも良い。
紫が私を見てくれるなら。

「好き。大好き」

「そんなにこの料理好き?良かった。苦労した甲斐があったわね。さ、じっとしてて。顔拭くから」

「うぅん。私が大好きなのはね…」
自分の主食はカ○リーメイトです
ナクト
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コメント



0.2520簡易評価
6.80☆月柳☆削除
自分の記憶が正しければ、序盤オリ設定で、残り原作基準でしょうか。
そもそも自分の持っている情報もあやういものなんで、なんともいえませんが……。

お話自体は良く出来てて楽しませてもらいましたが、一箇所気になった部分がありました(この部分が後半に全て響いてるかと)
7.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいゆかゆゆを堪能させていただきました
14.80名前が無い程度の能力削除
ちゃんと見てる紫がいいな…
17.80名前が無い程度の能力削除
とても良いゆかりんとゆゆ様でした。
でも一箇所・・・気になった箇所が、

>「幽々子自らですか?用事なら私が行きますが」

妖夢の台詞ですよね?
「様」が抜けてるような・・・間違ってたらごめんなさいね。
23.100名前が無い程度の能力削除
後半の怒涛のハッピーエンド

だが悪くない。良い。
30.100名前が無い程度の能力削除
やはりゆかゆゆが私の幻想郷です!
すばらしい物語をありがとうございます!!
32.90名前が無い程度の能力削除
白玉楼……

ゆかゆゆは最高だなぁ。ゆかれいむも良いものだが
33.無評価ナクト削除
>>☆月柳☆様
仰るとおり前半オリジナル、後半は公式を基にしています。
どのあたりか大きな矛盾があったみたいですね。すみません、気付きませんでした。
見直してみます。

>>7様
この二人は色っぽい大人のキャラなのに、お互いどこか遠慮している感じがします。
過去が原因でそうなったんではないかと思い書きました。

>>14様
生きている時からずっと好きな人ですから。

>>17様
ご指摘箇所を見た時血の気引きました。本当にありがとうございます。

>>23様
幽々様が生きている時は悲恋で終わったに違いないと思っています。

>>30様
自分は紫と生前の幽々様を描いたある長編同人誌を読んでハマりました。
いつかあの作品のような悲恋を書いてみたいです。

>>32様
ぎゃあ!間違って登録してました!ご指摘ありがとうございます!
この二人は直接えっちな事しなくても雰囲気だけでエロいと思います。
豪奢な着物をはだけて、お酒を呑む紫にしなだれかかる幽々様とか。
41.100名前が無い程度の能力削除
これはいいゆかゆゆ。
45.100Gobou削除
紫ってやっぱりこういう性格なんですかねえ・・・
なんか和みましたありがとう
50.100名前が無い程度の能力削除
総合ポイント低すぎる・・・心温まるオリ設定でした
食事のことや異変を起こした理由なんか胸がキュンキュンします
もう作品集もやがて100に届こうとしているけど、ちゃんと探せば埋もれた良SSも見つかるものですね
51.90名前が無い程度の能力削除
しまった、こんなゆかゆゆSSがあることに気づかなかったなんて……。
幽々子には甘い紫と、紫の愛情を裏切らないために一生懸命な幽々子がとても乙女で可愛らしいです。
食をキーワードに紫と幽々子の関係を描くアイデアも、とても良かったのではないでしょうか。

この二人はなんだかんだ、幻想郷でも一番信頼し合ってる友人関係という気がします。
64.100名前が無い程度の能力削除
ゆかゆゆ良作発見!素晴らしい。
68.100非現実世界に棲む者削除
泣けるゆかゆゆだー!
こんな素晴らしい作品があったとは!
もう最高としか言えないじゃないですか!
作者さんに感謝!