Coolier - 新生・東方創想話

ミセス早苗に任せなさいっ!

2009/01/06 00:25:37
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外一面がまるでメレンゲのように真っ白な雪景色の頃。私こと、東風谷早苗は神社への参拝道の除雪にせっせと精を出しています。
まあ、参拝道といえど神社前の階段だけなんですけども。
正月を終えたから多少は雑にやってもいいとはいえ流石に階段下の道までやるとなると私が5人に分裂しても終わらないと思うので、妥協して階段だけでいっかということになりました。
さくり、と階段の上に乗った雪をポリエチレンで出来た除雪用スコップで一掘り。いやあ、いいですねこれ! 神奈子様と幻想郷に向かう前に無理を言って持ってきさせてもらって正解でした! 少ない力で階段の雪をくまなく掘れる。これぞ、科学の発展の恩恵ってやつですね!

…時が流れるのは早いもので、私が幻想郷に来てからもう一年と少しが経とうとしています。
現世にいる友達のことや、お母さんのことを思い出すと少し辛くなるけど、私は今もここで生活をしています。
いつか、神奈子様の信仰が昔以上に高まったとき。神奈子様は『現世に戻る』といってくれました。その時がいつになるかはわかりませんが、その時まで精一杯守矢の巫女として業務をまっとうするまでです。…私は、もう一度生まれ育った故郷に帰りたい。
でも、だからといって幻想郷の生活が嫌だから帰りたいと言ったわけではありません。そんなこと言っていたら、例え現世に帰れたとしても馴染めないに決まっています。
幻想郷での暮らしは窮屈ではありませんし、…ひょっとしたら前に住んでいた現世よりも何倍も気楽で楽しいところです。
気兼ねなくやりたいことが出来るし、周りの人は一癖も二癖もある人ばっかだけど、頼れるいい人です。…あ、人じゃなくて妖怪か。
それでも、私は今一度だけ現世に戻りたいと考えています。私がいたとき以上に寂れていても、居場所が無くてもいい。
戻ることが、私の目標です。
…無いものねだりしても仕方が無いですね。私に今やるべきことは、私が今できることを最大限やることです!
さあ、雪かき頑張らなくちゃ!

「早苗~! お雑煮できたから食べよ! 神奈子が作ってくれたんだ、神奈子はおかゆとかそういったものだけに関してはとびきりの上手さなんだけどなあ、普段の食事となると。あ~あ、おばさんにもなってみっともない!」

「じゃあ諏訪子の分は無しでいいな。よし、早苗! 階段の除雪ばかりやっても大変だろう。どうだ! 一旦くぎりをつけて、休憩でもしないか!」

「ごめんなさい」

「素直でよろしい」

「…ふふ。お気遣いありがとうございます。でも、もう少しやってから神社に向かおうと思います」

「えー、早苗! 神奈子ったらけちんぼでおばさんだから、皆が揃わないとお雑煮食べないとかいいだすんだよ! 私は早く食べたいのに、もう! 一緒に食べようよ! それに、何事も根詰めすぎるのは良くないよ! 早苗の、悪い癖だ」

「諏訪子の分の餅は私と早苗で分け合いっこしよっか」

「すみません」

「素直でよろしい」

「…そうですね。はい、わかりました。今除雪をしている段が終わり次第神社に向かいます」

いざ再開しようとしたときに休憩の知らせが来たのでもう少しだけ作業して向かおうと思いましたが、私の指がしもやけて大分動きにくくなっているのも事実です。何より、諏訪子様を待たせてはすねてしまいますしね。
私は、ぱっぱと雪を掬い横にずらし、神社へと向かいました。





「は~、ぬくぬく~…」

「ちょっと、諏訪子! なにぬくぬくとか言いながらこたつの中で足を限界まで伸ばしてるのさ! 早苗と私が窮屈だろう!」

「あ、早苗窮屈だった? ごめんね、今足をどけるよ!」

「あーッ! 私の膝にに足を乗せるな冷やっこい!」

現在、私たちは神社の居間で神奈子様が持ってきてくれたお雑煮を食べながら、最近出したこたつに足を入れて暖を取っています。
ああ、ぬくぬく。これはいいぬくぬくです! こたつはいいですね、人類の作ったよき文化ですよ!

「…早苗、お願いがあるんだけど。ね?」

「駄目です。これは私の分のお餅です。これ以上は諏訪子様にあげられません」

「えーっ! そんな、殺生な!」

「それはこっちの台詞だこの諏訪子! お前は早苗から何枚餅を貰ったと思ってるんだ! もう2枚だぞ! そんなに餅が食いたきゃ自分で焼いて持って来い!」

「なんだよ! この諏訪子ってなんだよ! 私の名前自体が軽称だっていうのか!」

「違うの?」

「びええええええ早苗えええ~! 神奈子がいじめるよ~!」

「知りません。本当は一枚だけだったのに、諏訪子様が『あ、あんなところに時代劇の撮影やってる黒澤明が!』なんて指差して私が見入ってるうちに勝手に私のお餅をもう1つどんぶりからぶん取る人が悪いです」

「そんな、ここは四面楚歌か!」

「呉越同舟といって欲しいね」

とは言いつつ、涙ぐみながら私を見てくる諏訪子様がどうしても可愛く、仕方なくお餅をあげる私も大概ですが。
諏訪子様は『わぁ、早苗! ありがとう!』と挨拶もそこそこにお餅を一飲みして、喉に詰まったのか苦しそうに胸をトントン叩いています。もう、お馬鹿ですね!

「ほら。背中さすってあげますから」

「んぐ、んぐ、んぐぐっ! …ぱっは! いやー、助かったね」

「なーにが助かったじゃこのお諏訪が! それに、早苗も早苗だよ! そうやって最後には諏訪子を甘やかすから、諏訪子は付け上がるんだよ!」

「はい、すみません…」

「…全く! 早苗は、日頃きちんとしてるから許してあげるけど、この諏訪圏! お前は何度繰り返しているんだ!」

「お諏訪っていうのはともかく、諏訪圏ってなんだい! もはや地名じゃないか! どうせだったら諏訪圏ちびっ子わんぱく相撲とかつけろよ!」

「いいや、諏訪乃山には勿体無いね」

「相撲取りっぽくいうな!」

このやりとりも1年の間殆ど見てきたようなものなので、もはや微笑ましくも思えます。
私は、さりげなく諏訪子様が最後にととって置いたお雑煮のお餅を横取りし、自分のどんぶりへ入れ、一口ぱくりと齧ります。
ああ、このお餅独特のモチモチした感触が特製の汁と絡み合って堪らない…!

「…!! あ、あーっ! 早苗! 何私のお餅食べてるのさ!」

「諏訪子様が『あ、あんなところに時代劇の撮影やってる黒澤明が!』なんて言いだすからいけないんですよーだ!」

「ぐ、ぐぬぬ! うぬらには思いやりといった心が存在しないのか! 戦じゃ、全面戦争じゃあ~!」

諏訪子様がそう叫んだあと、どこから取り出したのか座布団を私の顔面に投げつけてきました。ばふり、とやわらかい様な硬い様な感触が顔全体をつたいます。
…よかろう。この全国枕投げだよ選手権予選敗退の私の実力、とくと思い知らせてやる!!!

「ぬうおおおおおおおお!!!! 私の左腕をくらええええええええい!!!」

キュピーンとけたましく音を立てながら腕が光っているのは気のせいです。ずっと投球モーションのまままで10秒くらい投げないのも気のせいです。
打順が8番のはずなのに4番になっているのも気のせい! 全部血の迷いです、もう!

「おおおおおおおおおりゃあああああああああああ!!!!!」

「投球モーションの時に安全圏に移動するこれ安定!」

「どうも今年もやってきました清く正しい射命丸でう具ボアああああああああああ!!!??」

…気がついたときには手から座布団が離れていて、どこかなく居間にメンソ臭が漂っていました。
空を見上げると雲一つ無い快晴で、太陽が庭に積もった雪を照らしています。一層、銀世界を強調されています。
空のむこうずっと遠くから『くさくないです』とやまびこが帰ってきたような気もしますが、これから諏訪子様との全面戦争があるためスルーすることにしました。

「なんで、私だけこんなとばっちり受けるんだろう。もう守矢神社行きたくない…」

そもそもどっから神社に入ったんですか? …縁側からか。

射命丸さんが星になった事を確認したところで、渡り廊下に一つ手紙が落ちていることに気がつきました。差出人は、咲夜さんとなっています。…ついでに、表側に天狗運送ともかかれていました。まあ、たまたま風で手紙が舞い込んだのでしょう、納得!
…ごめんなさい射命丸さん。今度来た時、あんみつでも食べにいきましょう。

「ん、なんか着てたの? どれどれ…、ふん。なんだ、また家の可愛い愛娘についている悪い虫か。そんなもの読まずに送り返しちまえ」

「なーに嫉妬してるんだよ神奈子ー。どーせ神奈子にはない若さについて嫉妬してるんだろ? わかってるんだよ! 
…あ、痛い! コブラツイストは痛い! すみません、ごめんなさい! タップ、タップ! 胸もタプタプ!」

「素直でよろしい。…ともかく、用件はどんなのだった?」

「あ、はい。もう年を越して落ち着いてきたから、紅魔館で会わないかとのことです」

「なにい、自分から来ればいいじゃないか。…まあ、あいつも普段は主側近のメイドだもんな。いってやんなよ」

「…いいのですか?」

「なーに、決めるのは私じゃないさ。もちろん私個人としては行って欲しくないが、友達をないがしろにすると言うのも悲しいしね。好きにしなさい。雪かきも、私がやりたいからやっておくよ」

「…ありがとうございます!」

「おーおー神奈子ったら大人の渋い思いやりですねえ~。伊達におばさんやってるってわけじゃないてててててちょっと神奈子喋ってる最中に技をかけるのは、っじゅ、! 十字固め!? 
ちょっともうそれはやばいよ神奈子! おばさんとか抜きに体格いいから今の私の小さいこの体系じゃ洒落になんないたたたたたったったったああああああああああ!!! 死ぬ! もげる! 腕がもげる!」

「知らない。諏訪子が悪い」

「あーだだだだだだやばいってまじやば神奈子総合格闘技でれるんじゃねーの!? あ、なんか腕が痛すぎてだんだん気持ちよくなってきたかも。ああ、ある意味いいわこの体勢」

「…お二方、いってきます」

「行ってらっしゃい」

「どうか助けてはくれないかな?」

「自業自得です」

「そんなあああああああ後生ですからああああああああああ!」

私は騒がしいお二人方を後に玄関に向かい、靴を履きました。
ガラリと、戸を開けて紅魔館まで向かいます。先ほどまで建物の中にいたため、冬の厳しい寒さが頬をつたいます。
きっと、今日もいい日です!




私が咲夜さんや紅魔館の方々たちと付き合いを始めたのは、今から大体二月くらい前のことでした。
全然接点を持っていないような私と紅魔館の方々ですが、前に私が『真の秘宝は紅魔館にありいいいィィィ!』なんて寝ぼけたことをいいながら突っ込んだことがありまして、その…。
…正直にいうと黒歴史です。ああ、忘れたい記憶! なんてこったい! パンナ・ゴッタ! …ともかく!
一回紅魔館にアポ無しでお邪魔したことがあって、その時に咲夜さんと出会いました。噂での咲夜さんは夜な夜な生き血をすする残虐ハートフルボッコガールということで、それはもういざ会った時は人生終わったと素直に思いました。
仕方ないでしょ! そんな噂流れてれば多少誇大されているというのはわかっていても警戒しちゃいますよ! …でも、実際の咲夜さんは全くの別人でした。
なんというかな、ハートフルボッコのボッコの文字が消えてるような人? 純真な人といった印象を持っています。無駄にいい人です。
で、成り行きで一緒にお茶会して、私のお願いでお風呂を共にすることになって、咲夜さんは実はおっぱい結構大きいことが判明したわけになります。
…コラ、そこ! だからどうしたなんてあきれ顔で見ないでください! これ、すっごく重要な事だったんですよ!?
これを知るためだけに私は何回死線を漂ったことか! …まあ、そんな大げさなものでもありませんでしたが。私に関する噂で視線が辛い弱ヒキコモリな人と勘違いされた程度でしょうか。け、決してそんなことはまさかありません! ガチ! 本当だもん!
ちなみに、その後の展開は着替えてる途中に神奈子様がいきなり現れてお風呂に入れずじまいだっと言うところです。目的は違うものの、残念に感じている時に咲夜さんから『今度里の銭湯に行きませんか?』と手紙でお誘いがありまして。
…それから、私と咲夜さんの関係は始まりました。一緒に甘味屋に言って様々な甘味を食べたり、峠を歩いたり。時によって手をつないで歩いたり、抱っこして貰った事もありました。
咲夜さんから恋人として見られているかどうかは、正直私にはわかりません。でも、出来れば今の関係のままずっと付き合って行きたいなと思っています。恋人になっても、友達のままでも。
変な理論になりますが、私はそういった恋人の関係になったからといって、お互いを拘束しあうのはおかしいと考えています。もちろん、拘束したい気持ちは凄くわかります。しかし、だからこそお互いに束縛しないで共に過ごすことが大切なのではないでしょうか。
例え拘束しなかったから相手に浮気されて、浮気相手が本命になってしまったからといって。…もちろん、凄く悲しく感じると思いますが、仕方の無いこと。相手が選んだのだから、受け入れるべきことなのではないでしょうか。
あ、いや、そういえば前に咲夜さんと歌舞伎見に行って題材が浮気だったことを思い出したから単純にこういったことを頭で整理しただけなんですけど。何を考えているのだろう、私。

…お、ここの道を右に曲がって。このまま天狗の山を降りて真っ直ぐいけば湖につくよなあ? …よっしゃ、今回は迷わずにいけました!
恥ずかしい話、最初の頃は何回も迷って送り迎えして貰ったこともありましたが、何回も行っているものですから流石に今では慣れたもんですよ! 完全に、道のりを覚えちゃいました!
まあ、本当に時々遠回りしちゃうときがありますけど。2回に1回くらい。
くだらないことを考えてるうちに、いよいよ湖が見えてきました。やはりというべきか、湖も一面雪景色になっていて、秋の頃に初めて来たときに感じた芝生を懐かしく感じます。そして、懐かしく感じるのは芝生だけではありません。
前に紅魔館に行く途中で出会った、妖精ちゃんたちのことです。

「…。大妖精ちゃん、いないかな~」

湖の目の前に着いたので、一通り周りを見回してみました。しかし、人影らしきものは見当たりませんでした。
湖の周りには障害物になるようなものが無く、平面が広がっているので大妖精ちゃんがいるならば人影が見えるはずなのですが。時間も存分にありますので、少し探してみることにしました。

「おーい、大妖精ちゃん。いないの~?」

「ねーねーいるんだったら出てきてくれると嬉しいなあ」

「…知ってる? 人のぬくもりにふれたうさぎって寂しいと死んじゃうんだよ」

「いいのか、それで! 大妖精ちゃんは、一匹のうさぎもいたわれないような人なのか!」

「もっとうさぎのこともいたわってやれよ!」

歩きながら大声で独り言をあげているのですが、からっきし反応がありません。
心なしか背中に風を感じます。さっきまでずっと変なことを考えていたので寒さに気づきませんでしたが、冷静に考えれば冬に風を遮る物が無い場所で長時間いるのは無謀というものでした。腋の辺りから体温を感じなくなってきています。

「…あー、冬の間だけでも巫女服着ないで生活していいかなあ」

冬でも私の着ている巫女服の腋があいている理由ですが、どこぞのご先祖様が『人生いつでも修行! 寒くても我慢する!』とのことでわざと巫女服のデザインを腋の開いたものにしたそうです。
しかし、最近ではこれが萌え一部化しているくらいですし、ご先祖様が今の世界に現れたとしたらさぞかし驚かれると思います。…いい意味でも、悪い意味でも。多分悪い意味のほうが強いかな?

私も昔は『自分で自分を甘やかしてどうする!』なんて喜んで巫女服を着ながら外で遊んでいたっけなあ…。そのたびに腋のことを言われるのはお約束だったけど、それも修行のうちだって思っていましたし。あーあ、昔の私! そんな、無理に根詰めて生活しなくてもいいんですよ。
少しくらい、楽したって誰も困らないです! そりゃあ、一日中家にいるとかは迷惑に思う人がいるかもしれませんが。
息抜きは大切! …これも、どちらかといえば幻想郷に来てから学んだ気がします。ただ、神奈子様曰く『ある意味早苗は幻想郷に来るべきではなかったのかも知れない』とのことで大分ショックを受けましたが。
そういえば霊夢の巫女服はなんで腋があいているんだろう。自分を戒めるため? うーん、それは無いか。
正月にもなったし、今度分社の様子を見に行かないとなあなんて考えていたとき、ようやく大妖精ちゃんを見つけました。ほとりに、一人たたずんでいました。
ただし、その姿は落ち込んでいて、見ているこっちも悲しくなってくるほどです。私は、意を決して話しかけることにしました。

「…や。結構久しぶりだね。1週間くらいかな。…大丈夫?」

「…お気遣い、ありがとうございます。そうですね、チルノちゃんがいなくなった頃に比べれば、元気になりました」

大妖精ちゃんが落ち込んでいる理由。それは、秋の頃に一緒に遊んでいたチルノちゃんがいないからです。
冬になるとレティさんという妖怪が戻ってきて、チルノちゃんはレティさんが戻ってくるや否やすぐにレティさんのところに向かい、二人してどこかに消えるのが冬の常らしいです。
私はこの話を何回か大妖精ちゃんから聞いたのですが、聞くたびに酷く悲しくなります。…何か、出来ないものかなあ。

「…そっか、それは良かった。でも、悪いけど私が見る分には変わったように見えないなあ。どうかな、冬の間だけでも一緒に暮らしてみる気にはなった?」

「…いえ。気を遣って貰って本当に嬉しいですが、遠慮しておきます。やはり、チルノちゃんがいつ帰ってくるかわからないもので」

「…そんなに、チルノちゃんは不定期に戻ってくるの?」

「それも、わかりません。ただ、時々遊び場所に湖を選んでレティさんと一緒に来ることがあるので、その時に混ざるくらいですかね。…それでも、満足です」

「レティさん、ねえ…」

大妖精ちゃんの話を聞くと聞くほど一緒に生活したほうがいいんじゃないかなあという気がしますが、これも大妖精ちゃんの決断なのであれこれ言うのは無粋というものです。
こんなときに思う言葉ではないですが、愛って凄いな、と感じます。
それにしても、レティさんかあ。

「冬の間、そのレティさんと、チルノちゃんは一緒にいるんだよね? 混ざって一緒に生活することは出来ないのかな?」

「多分、難しいです。事実、何回か試しました。チルノちゃんはともかくレティさんは冬の妖怪だから、近づこうとしただけで凍えてしまうのです。
妖精には、死という概念はありません。知識としては知っていますが、実際に経験することがありません」

「…?」

「じゃあ、実際に死を体験するような状況になったらどうなるのか? それは、自分が初めて目が覚めた場所に戻るのです」

「…!」

「何回かレティさんたちと共に生活をしたことがあるのですが、レティさんが行動をするたび、どうしてもぐっと周りの温度も下がってしまうらしいですので。それで気がついたら全く別の場所にいて、そのまま会えずじまいの繰り返しでした。
…だったら、私は最初から湖で待っていれば二人にも気を遣わせないで済むんじゃないかと考えたました」

「…大妖精ちゃんは、それでいいの?」

「…? まあ、不満に思いますが、仕方がないです」

「…不満に思ってるんだったら、行動しなきゃ! 今からでもチルノちゃんたちを探し出して、チルノちゃんに冬の間はなるべく湖の近くで遊ぶようにいいなよ! 別に少しあったくらいなら別の場所に飛ばずに済むし、レティさんや大妖精ちゃんが互いににらみ合ってるってわけでもないでしょ? なら、これでいいじゃない!」

「…言うとしても、本人たちがどこにいるかわかるんですか!?」

「だからこその私じゃない! いいこと?」





「ミセス早苗に任せなさいっ!」












「あら、いらっしゃい早苗。咲夜が手紙に指定してあった時間から、随分時間が経つけど。確か、咲夜の休憩時間はもうそう残って無いはずよ?
あの子ったら、早苗がいつまで経っても来ないから『見捨てられた~!』とか『ま、まさか遭難したんじゃ…!?』だなんていちいち私に言いにくるのよ? まあ、それだけ想われてるってことじゃない、羨ましいわ。あの子も、昔はずっとツンケンしてたんだから」

「あ、は、はい、こんにちは…」

今紅魔館に入って渡り廊下で挨拶をされ、一気に話をまくし立てている饒舌なこの方の名前はレミリアさん。何でもこの館の館長なんだとか。
咲夜さんや他のメイドさんたちが仕事をやっているときはよく『お嬢様』と呼ばれているのを耳にしますが、こんな風に出会い頭に一気に話をするさまを見てはお嬢様というよりかはお館様のほうが似合う気がしますがね。…睨まれたので、これ以上詮索するのはやめにしましょう。
ピンクのドレス(ネグリジェのようにも見えますが、恐らくドレスでしょう。私には違いがわかりませんよーだ!)を身にまとわれていて、背中にはコウモリ状の羽がついています。髪の毛はウェーブのかかった紫色で、目の色は赤というより緋色に近い感じがします。
頭にドレスの色と同じくピンク色の帽子をかぶっていて、顔立ちは幼い印象を受けます。これで喋らなければ諏訪子様といい勝負をすると思うんですが、無駄に饒舌なのが玉に傷ですね…。

「…なあに? 今、失礼なこと考えていたでしょう」

「え? あ、いや! 決してそんなことはないですよ! ほんと!」

「…全く、そういうことにしておいてあげる。吸血鬼は人間と比べて時間の流れが著しく遅いから、いつまで経ってもこの体系のままなのよ。
お陰で、影からは威厳がないとか言いたい放題よ。あ、でもね、悪いことばかりでもないのよ? 前に人里の遊園地にいったときなんか子供だからって無料で入れたの! 羨ましいと思わない? チケットの代金分、昼食は豪華になったわ。あのフライドチキンがおいしかったなあ、また行きたいと思うわね。
そうそう、人里の遊園地といえばもちろんお化け屋敷よね! もちろん早苗も行ったことあるでしょう? あれ、何をどうやったらあんな目の前にこんにゃくを垂らす事が出来るのだろうと素直に関心するわ! 走っていても、止まっていても5分経つと絶対にこんにゃくが目の前にずいっと垂れてくるのよね! いやあ、あれは怖かったな~。流石の吸血鬼の私といえども、そういった恐怖に慣れているというわけじゃないからね。新鮮だわ」

「あ、いや、その。ただでさえ時間が押してるんで、咲夜さんに会いたいのですけども…」

「あ、そういえばそうだったわね! 早苗は聞き上手だからね、ついつい話してしまうのよ。聞いて? みんなひどいのよ、私が話し出そうとすると…。そうだった、咲夜を呼ぶんだったわね。私の悪い癖ね、他の話をしてしまう。任せて、すぐに呼ぶわ」

「え、あ、その! わざわざ呼んで頂かなくても私が会いに行きますので!」

「咲夜ぁ~、早苗が来たわよ~」

レミリアさんは声を上げながら両手でパンパンと音を立てています。普段咲夜さんを呼ぶときの合図でしょうか。
しかし、その成果もむなしく何も起こりませんでした。

「…おかしいわね、咲夜が呼んでもこないなんて。…! さてや、あの子ったらすねてるのね?」

「え、なんですねてるんですか?」

「多分、早苗が時間に大幅に遅れて紅魔館に来たことを確認したからだと思うわ。今頃ベットの上に張り付いてるんじゃあないかしら」

「そんなあ。それは悪いことをしちゃったなあ…。どうすれば機嫌直してくれますかね?」

「それはあなた自身が考えて行動することよ。それに、別に心配する必要はないわよ、あの子がすねるなんて日常茶飯事なんだから。
最初の頃なんて、早苗が帰ったらすぐにすねてたくらいなんだもの。大丈夫、ここには呼んで見せるわ。…ふむふむ、そうなの…」

「あれ、なにがふむふむなんですか?」

「咲夜。早苗さんから、お別れの話ですって」

「ちょ、え、はいい!? 何いってるんですかレミリアさん! そんなはずは!」

「う、嘘でしょ早苗ちゃんっ!? そんな、あ、あんまりだよっ!」

ぬわっ!? 出た!
レミリアさんがお別れの話と言ってから数秒、いつの間にか私たちの間を縫うようにすっと咲夜さんがやって来ました。
しかし、レミリアさんは気にすることなく、取り付く島も無しに咲夜さんに喋ります。

「嘘よ。しいて言うなら、小学校の頃にやったお別れ会の話よ。
…ほら、ね?」

「…嘘ですか。お嬢様。冬休みの宿題が溜まったままだと存じますが、やらなくてもよろしいのですか」

「そんな紙の塊もあったわね。でも、いいこと? 大切なのは今を生きることよ」

「早く部屋にお戻りください」

「んもう、咲夜ったらけちねえ。まあ、いいわ。お邪魔虫は退散することにしましょう。
…頑張ってね」

そうレミリアさんが私に告げると、変に背中をそりながら得意気にテクテクと渡り廊下を歩いていきました。それにしても、私にも聞こえるか微妙な声だったのに、咲夜さんはここに駆けつけるなんて、実はどこかで会話を聞いていたのでしょうか?
それはなんだかストーカーみたいで怖いなあ、なんて思いつつ嬉しくも思っています。

「…なんですか、今更。もう、私休憩時間終わってこれから仕事なんですけど」

「え、あ、そ、そうなの? …ごめんね、遅れちゃって」

「…ごめんで済めば閻魔様はいらないです」

「ごめん。でも、会いたかったから」

「…なーに臭い台詞いってるのよ! 私も悪かったわよ、たかだが20分くらい待てなくてさ。
…あけまして、おめでとう! 今年もよろしくね、早苗」

「うん。あけまして、おめでとう! …もう元旦は過ぎちゃったけどね」

「仕方ないさ。お互いに、忙しかったんでしょう?」

「まあ、ね。私の方の神社は人間の方がいっぱい来るからおみくじやらお守りやらの接客で大変で。2回は死ぬかと思いましたよ。少しくらい霊夢さんの神社にいけばいいのに! 分社あるのに!」

「あはははは、きっと早苗の日頃の行いが悪いんじゃない? まあ、言い方は悪いけど、神社での一番の稼ぎ時だしね。無理は無いんじゃないかな」

「日頃から見る目も疑うほど完璧美少女ですのでー! 行いとかもそれはもう目を見張るくらい良い手本になってます! 
…うーん、そうはいってもなあ。元々神社とかって、里の人の寄付によって成り立ってるから、あんまり稼ぐとかそういった概念は無いんだよね」

「へえ、そうなの? なんだか意外だな。私、神社だとか巫女っていうとどうしても霊夢のこと思いだしちゃうから、守銭奴なのかなって」

「霊夢は特別です! だから分社置いたんじゃないですか! もう、次いったらコチョコチョの刑ですよ!」

「早苗ちゃんにやられるならどんなことでも本望だわ」

「…」

「あ、やめて! 無言で脇腹をくすぐるのはやめて! わかった! 私が悪かったから!」

「わかればよろしいです」

「…っひー、なんだか日に日に早苗ちゃんの圧力が強くなってる気がする」

「気のせいです。…仕事、大丈夫? 折角誘ってくれたのに、遅れてきて、本当」

「ストップ。 必要以上に謝るのは、早苗ちゃんの悪い癖だよ! …大丈夫だから。別に、お嬢様の側近といっても毎時間が休み時間のようなものだもの。どちらかといえば、ただのメイドちゃんのほうが働いてると思うわ。
…仕事効率だとかは抜きにしてね」

「あ、あはは。そんな毎日がゴールデンウィークみたいに言わなくても」

「ごーるでんうぃーく?」

「あ、咲夜さんは知らないか。ええとね、まとまった休日のある週のこと。そのゴールデンウィークって呼ばれる週は5日くらい休みがあるんだ」

「…へえ、それはいいね! ぜひとも幻想郷入りしてくれないかな」

「人気あるから無理だね」

「あー、やっぱり? ですよねー」

こうやってたわいも無い話をすることがまず紅魔館であった時の私と咲夜さんです。実際に話に熱中しすぎでいつの間にか夕飯時になっていたなんていう事も度々ありました。
紅魔館には特定の場所にしか窓がないので時間の経過がわからないのがネックですね。まあ、大抵紅魔館で夕飯を頂いてから帰ることが多いのであまり気にしたことはありません。
最初に夕飯を召し上がってくださいと言われた時は悪いと思ったから遠慮をしたのですが、レミリアさんから『こういうときに遠慮をされるほうが気を遣うから存分に召し上がっていってくれ。都合の悪いときにはちゃんと言うから』と言われてしまいました。それから、こういったときは遠慮をせず頂けるならと好意に甘えることにしています。

「…んんっ! それにしても、さっきのお嬢様の言葉にはびっくりしたよ。別れ話なんて、まさか! なんて思いながらもすっとんできたよ」

「確かに、あれは人間にあるまじき速さでしたね。…盗み聞き、してたんですか?」

「…!? し、してないよそんな人聞きの悪い! 私がそんな風に見える!?」

「…してたんですね」

「…はい、すみません。空間いじってすぐ近くに隠れながら話聞いていました」

「…ふふ。隠れてないで、すぐ出てくればよかったのに」

「だって、早苗ちゃんが遅いんですもの。私悪くないもーん」

「はいはい、私が悪うございました」

「本当よ! …そういえば早苗ちゃん、どうして遅れたの?」

「…そうだった。実はね、結構重大な出来事があったのよ」

「重大な出来事?」

「うん、実はね。…湖、紅魔館前にでっかいのあるじゃん」

「うん」

「そこに妖精がいるの、知ってる?」

「…あー、なんだっけ。⑨?」

「マルキューじゃなくて、チルノちゃんっていうんだよ! んもう、咲夜さんったら! …今回の妖精は、もう一人の方なんだけどもね」

「あれ、そうだったけ? いやあ、時々門番の美鈴、あ、門番なんだけどね」

「門番ってさっきいってますよ。それに、何回も美鈴さんの話は聞きましたし、実際に知っていますよ?」

「あら、あ、そうだったっけ? いいのよ! 私なりの会話術です! …まあ、美鈴から時々妖精の話が出てきてね。その時に、そんな名前の子がいるんだなあって。あとは、緑髪の子だっけ?」

「そう、その子についてなんです! その子の名前は大妖精ちゃんっていうんですけど」

「…? ケンカでもしたとか?」

「うーん、ケンカとはまた違うんですけども、なんとなくニュアンスは似ていますね。…その子とチルノちゃんって子が普段から仲が良いのですが、冬になると現れる妖怪がいまして。その妖怪とチルノちゃんが毎年冬になると一緒にどこかへ行ってしまって、その緑色の髪の子、大妖精ちゃんが一人ぼっちになってしまうんです」

「そうなの…。んー、その妖怪たちと一緒に遊びに混じればいいんじゃない?」

「どこにいるのかがわからないし、例えつきとめて一緒に行動してもはぐれるか寒さに耐えられないかのどっちかみたいです。だから、私はその妖怪たちが近くの湖で遊ぶようにすればいいんじゃないかなって考えたんです。
そうすれば、その子は一人ぼっちにならずに済むし、凍える必要も無いと思うから。実際、その子は時々その子たちが湖にやってきて遊ぶ日を心待ちにしてるみたいですしね」

「…なるほど、話が読めたわ。つまり、その妖怪と妖精ちゃんの居場所を突き止めて湖で遊ぶように呼びかけるってことね」

「おお、ピンポンピンポーン! まあ、呼びかけるのは本人なんですけどね。私たちが言っても、ねえ? そもそもいい迷惑だろうし」

「真顔でピンポンピンポーンなんて言わないで、恐い…。まあ、そうねえ。でも、その妖怪って冬になると現れるってことは冬にしかいないってことよね? その妖怪さんが妖精ちゃんと2人でいたいと思っていたり、逆に妖精ちゃんが妖怪さんと2人でいたいと思っていた場合はどうするの?」

「前者はともかく、後者は無いんじゃあないかな? だって、春夏秋の間ずっと遊んでいたみたいだし、そんな考えを持ってたとしたら、悲しすぎますよ」

「まあ、そうねえ。可能性としてだけ、ね。でも、この分だと前者はあるわよねえ…」

「そうだね。でも、そこは妥協して貰うしか無いんじゃないかな? そこに居るのに、仲間はずれにされるのは寂しいです。いないんだったらともかく、ね」




かくして、私と咲夜さんは噂の妖怪レティさんとチルノちゃんを探すために外へでました。
やはり建物から外に出たときに感じる針のような寒気はどうも苦手で困ります。寒さを紛らわすため、両手を口にあて はーっと息を吹きかけます。私の様子を見て咲夜さんは寒いのだろうと感じたのか、自分が巻いていた白いマフラーと羽織っていた紺色の肌触りの良さそうなコートをとって私に差し出してきました。

「え、そんな。悪いですよ」

「いいのよ。私には手袋があれば十分だわ。もともとこのメイド服自体が冬服で暖かいからね。早苗ちゃんなんて、夏に着るような巫女服を着て、よくここまで来る気になれたわね! 一面雪景色よ? どこかしこみても、緑なんて無いんだから」

「いやあ、咲夜さんと会いたかったから」

「…フン! とにかく、このコートを着てマフラーを巻きなさい! あなたがそんな寒そうにしてたら、私まで寒くなっちゃうわ!」

「その割には、顔が真っ赤ですね」

「!? い、いらんことを言わないでいいのよ! わざわざ顔を覗いてきて、もう! さっさと行きましょ!」

「あ、ちょっと、まだ着てないですよ咲夜さん~!」

一面真っ白のメレンゲに咲夜さんの青が一箇所混ざり、それを太陽が照らして咲夜さんが強調されているような気がします。
後ろからみた咲夜さんの背中はどこか恥ずかしげで、私が後ろから追ってこないことを振り返って確認すると『早苗~! 早く、早く!』なんて囃し立てて来ました。
私は、はい、はいと二つ返事にコートを着て首にマフラーを巻き、咲夜さんの元へ向かいます。

「全く、早苗ちゃんはどんくさいわね! 行動が遅いよ!」

「そんなあ、咲夜さんが早いだけですよ。まるで行動力のあるおばさんです」

「なんだって~!? …ふう。とりあえず湖の前に来たわね。で、噂の大妖精ちゃんとやらは、あそこに湖のほとりに佇んでいる子で良いのかしら」

咲夜さんが手のひらで指しているところに目を向けると、そこには先ほどとは比べ物にならないくらいに落ち込んでいる大妖精ちゃんの姿がありました。
心なしか大妖精ちゃんの周りだけ薄紫色のオーラがにじみ出てるような気がします。ざっくばらんにいうと、近寄りがたいです。恐い!

「…ああ、そうですね。雲一つ無い快晴のはずなのに大妖精ちゃんの辺りだけなんだか吹雪が降っていますね」

「雨の土砂降りが降っているようにも見えるわ。…そうね、私は早苗ちゃんから事情を軽く聞いただけだし、あの妖精ちゃんに詳しく聞いてみることにするわ。一旦別れて、別行動しましょう」

「え、も、もうですか?」

「何よ~。もしかして早苗は私とデートも兼ねて二人で探し回る気だったの? 私はそっちのほうがいいけど、ふふ? じゃあ、頼んだわよ! コートとマフラーは、着てていいから!」

「あ、ちょっと! 咲夜さん!」

咲夜さんは私にそう告げてからものの数秒でそこそこ遠くに見える大妖精ちゃんの所へ移動していました。
ちくしょう、時を止めて移動しやがったな! その割にはあたかも歩いて近づいてきましたよといった表情だし! ちゃんと雪に上に歩いた跡も残ってるし、ちくしょう!
…何に悔しがっているんだろ。私は、もう一度なにげなく咲夜さんに顔を向け、たまたま目があいました。咲夜さんは、私にウィンクをしています。様になっているところがまた悔しいです。
アテ、かあ。無いんだよなあ。とりあえずしらみつぶしに探し回ってみっか。恐らく誰も聞いていない独り言を一人ごちて、空を飛び湖の上を越えて行きます。
さっきまで空を飛ぶと感じていたこれでもかと言う位に冷たかった風が、今では屁のつっぱりほども感じません。ああ、コートいいわ! この肌触りもつるつるしてるようなさらさらしているようなで、私の肌にぴったりとマッチしていますし!
ああ、あったかいなあ、ぬくいなあ。神奈子様に今度せめてコートだけでも買ってってお願いしてみることにしましょう。出来ればマフラーと手袋も。そうですよ、冬の間は間で完全武装があったじゃないですか! 別にこの巫女服を着ていてもコートとか着て暖をとればいい話だったんですね!
風祝、敗れたりいいい! …こういった変な妄想をしだすあたり、私も寒さにやられましたかね。いや、それを言うなら暑さか。

「ふう」

無事、湖の上を飛び越え、どこに行くのか考えるのを兼ねて休憩をとります。疲れてはいませんが、一気にいろんな所にいってもあまり意味が無いと思いますので、ゆっくり堅実に行動します。
チルノちゃんたちの遊び場って湖以外にどこだろう? いや、チルノちゃんたちはどんなもので遊ぶのだろう? 恐らく、冬でしか出来ないこと。雪合戦? いや、単純に弾幕勝負かな? 弾幕合戦がやりやすいところってどこだろう。
そもそも私が把握している幻想郷の地理が、私の神社と天狗の山と霊夢の神社と紅魔館くらいしかわからないことに気づきました。なんてこったい! これじゃあ、探す以前に私が迷うだけじゃないですか!
だからってこのまま咲夜さんの所に帰っても、下手に恥をかくだけだし、ぐももも…! …いいですよ! 女早苗、どんなところへも行ってやろうじゃありませんか!
さっき一気にいろんなところに行っても意味が無いって考えたじゃないか? ノンノン、世の中には時と場合という言葉があるのですよ!
私は小さいころからやれば出来るって言われてきたんです! きっといける! 見つかるさ!
目指すはあの忘却の大地! 私の冒険は、これから始まる!

「おーい、早苗ちゃん! 妖精ちゃんとの話終わったから、一緒に行きましょ! …行っちゃった」




「…迷った」

これは迷った。まこうごとなき迷った。…非常に、迷った。
完全に冬になった季節の風は、例え防寒具を身に纏っていても普段外に出ず引き篭っている私の体力を蝕むのに十分な寒さを持っていました。
…仕方ないじゃん! 大雪や吹雪が日常茶飯事で、今日みたいな晴れの日のほうがめずらしいんだから、家に引きこもるのも仕方ないじゃん!
まあその吹雪の日の大半が咲夜さんが私の神社に遊びに来た日で『あー何でもいいから咲夜が家に泊まるシチュエーションなんか起これー』って祈っていたのは内緒ですけど。

「…どうしましょうか」

目の前には大きなお屋敷がずっしりとそびえ、なにやら威圧されているような気がします。
お屋敷の外見は立派というよりはわびさび溢れた、どこかなく認知されていないような雰囲気を感じます。私自身も、どうやってここまできたのかさっぱりわかりません。
空の模様も快晴からだんだんと曇天に変わってきていますし、早めにレティさんたちを探さないとまずいことになりそうです。
…案ずるより産むが易し! わからないことは人に聞く! 私は、その家の戸の前に立ち、コンコン、と2回ノックを叩きました。

「はーい、お待ちください」

中から人の声が聞こえます。よかった、住んでたんだ! …失礼なこととは思いますが、雪が降り積もりつららすら出来ているこのお屋敷に果たして住居人が居るのか不安になってしまったもので、ついそんな感想を持ってしまいました。

「はいはい。ここに人が来るなんてめずらしい。それに、こんな季節に来るなんて。何か様かな?」

中から出てきたのは人ではなく狐耳をした人型の妖怪でした。
…いいんだよね? まさか、コスプレしてるとかそんなわけじゃないんだよね?

「ん、今失礼なことを考えたね。失敬な、これはれっきとした私の耳だよ。私は元々は九尾の狐で、今は人型に化けているだけさ」

私、サトラレなのかな。考えることやめようかな。

「あっはっはっは! 何もそこまで落ち込むことはないよ! 何、そこそこ立派な屋敷だから、人間が住んでいるもんだと思って呆気にとられていたのだろう! 大丈夫、ここにくる人間の大半はみんなそんな風に呆気にとられているから、心配することはない!
…まあ、今は除雪もせずこんな有様だがね」

狐の妖怪さんはそう言いながら戸の近くに大きく出来たつららに目を向ける。

「橙がよく遊びに行くから、このままつららを残していては危ないと思うんだがねえ、橙自身がつららを残しといてと言っちゃあ私は何も出来ないもんでね。危なっかしくて申し訳ないが、我慢してくれ。そして、帰るときには気をつけてくれ」

「え、いや、聞きたいことがあって尋ねたのですが」

「何、聞きたいことか。まあ話は中でゆっくり聞くさ、さあお入り」

「あ、いや! え、その、…お邪魔します」

「うん、お入り。外は寒かっただろう、よくもまあここまで迷い込んだものだ。少し暖を取ってから泊まるなり外に向かうなり考えるがいい。ここに迷い込む人間の殆どが遭難だからね、変に遠慮することはない。むしろ、遠慮をして外に出たはいいが、そのままのたれ死なれるほうが私としては悲しいかな」

私がお邪魔しますと言った瞬間に、ガラリと大きく戸が開かれて、中に手招きされました。中の建築も昔ながらの木製で、やはり豪勢というよりかは薄暗く、わびさびを重んじてる雰囲気を感じます。玄関には紫とかかれた壷がこじんまりと座布団に乗って飾られていました。
渡り廊下の左右には沢山の障子がありましたが、私は歩いてすぐの部屋に招待されてそこで少し待つように言われました。
招待された部屋は畳部屋で、居間なのか暖をとるための囲炉裏と丸いちゃぶ台があります。真正面には壷と掛け軸がかかっていて、掛け軸には『ボーダー商事』と書かれていました。商事と障子の駄洒落でしょうか。
ちなみに、壷にはやはり紫とかかれていて座布団の上に飾られていました。しかし、こちらの壷のほうがどことなく歪で、愛着を感じます。私も壷焼きやってみようかな?

「お待たせ。寒い中へ来たから暖かい飲み物がいいだろう。どれ、そこに座りなさい。今、囲炉裏をつけるから少ししたら暖かくなるよ」

狐の妖怪さんは私にそう言ったので、お言葉に甘えて近くの座布団に座ることにします。すると、狐の妖怪さんはお盆に乗っけてあった出来立てだろうと思うお茶を私に差し出してくれました。
私は、お茶の湯のみを右手でつかみ左手で下を支えながら持ち、ズズ、と一口含みました。案の定熱くて、すぐ湯飲みを口から放してしまいました。猫舌って損!

「あっはっは! そんな、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしなくても! …お茶は、苦手だったかい?」

「いや、そんなことはありません! ただ、熱かったから思わず…。その、確かに迷ったことは事実なんですが、尋ね人をしているものでして。お言葉に甘えて暖をとったあとはすぐに探しに行こうと考えています」

「ふむ。尋ね人ねえ。聞きたいこととは、そのことかな?」

「あ、はい! 2つあります! 1つは、レティさんという妖怪の居場所を知っていますか?」

「レティ、か。聞いたことはあるよ。しかし、実際に会ったことは無い。それに、彼女は神出鬼没なのだろう? もしもお嬢さんがしている尋ね人が彼女なら、残念ながら力になれることはないな」

「あ、あうう…」

2つ質問をする所か、1つしてみただけで撃沈してしまいました。どうしよう…。

「…ふふ。下手に純真なところや、その可愛らしい蛇と蛙のブローチ。さては、お嬢さんは守矢のところの愛娘だね?」

「あ、はい。そうですが、どうかしましたか?」

「いや、特に何も無いよ。ただ、当初守矢が幻想郷に来た頃の噂を思い出したものでね。何でも守矢の風祝は『元々あった神社さえ征服してしまえば幻想郷は自分たちのもの』と思ってしまうほどのおめでたい頭の持ち主だってね」

「!!!!!!!!!???? どど、どこ、どこれしょれを!!!?? ああ、でも風祝ってきちんと言ってくれるのはうれしい! 巫女じゃないよ、風祝だよ!」

「ふふ、しいていえば、霊夢からかな」

「あンの紅白ぶっつぶす!!!!!!!!」

今度会ったとき私の新スペルでぼっこんぼっこんにしてやる! くそう!

「…ふっふっふあっはっはっは! 何、そこまで動揺する必要は無い! ここに来た者大半が必ずしも経験することだよ!
私も紫様の式になり始めた頃には…、いや、関係ない話だな。やめておこう」

「えー! 喋りかけたんですから最後まできちんと行って下さいよ!」

「そんなことを言われてもな、恥ずかしいものは恥ずかしいものでな」

「うへえー。…紫?」

「ああ、紫様だ。私の主人さ」

「…ここって、迷い家!!???」

「正式な発音はマヨヒガだがな。そうだ、ここはマヨヒガだ。流石に守矢の風祝と言ったところか、知っていたか」

「ああん風祝ってもっと言って! …なにやらせてるんですか!」

「その典型的で理不尽なノリツッコミもやはりおめでたい頭と言われるようになった要因だろうな」

「うぐうううう…! …ここがマヨヒガってことは、貴方はもしかしてスッパ妖怪八雲藍さん!?」

「…なんだ、スッパ妖怪というのは。私にはそんな露出癖があるというのか」

「ほら、わかってるじゃないですか」

「…ぬうう。全く、橙がいつも遊んでいる氷精たちに変なことを吹き込まなければこんな噂も広がりはしなかっただろうに」

「…! 藍さん、チルノちゃんのことを知っているのですか!?」

「まあ、知っているが。どうかしたか?」

「チルノちゃんが今の季節どこにいるか知っていますか!?」

「…教えない。お嬢さんがスッパなんていいだすから私すねちゃった。ついでに、風祝とも呼んであげない」

「ぬ、うぐうううううう…! 地味に後者が心に響く…!」

「…ふっふふふ。すまない。この季節の冬の妖怪と氷精の居場所は本当にわからないんだ。まさに神出鬼没で、いつ頃どこに現れるのかさえわからない。力にはなれないな」

「…そうですか、わざわざすみません」

「いや、謝る事は無い。長年生きているのに、知識として知っていない私の方こそ恥じるべきだ。…ひどい吹雪になるな。今のうちに、外へ出るかここに泊まるか決めたほうが良いだろう」

「へ?」

私が間抜けな声をあげた瞬間、障子ががたがたと振れ始めました。この部屋には窓といったものが無く、出入り口は障子だけですので部屋はこの屋敷の内側にあるのだとだと思うのですが、それでも揺れだすとは、大きな規模の吹雪なわけです。長年生きていると外を見なくても天候がわかるのでしょうか。…テンコーだけに。…なんだか外に出るのが恐くなってきました。
でも、どことなく咲夜さんに会いたいと思っているのも事実ですし、あまり居ませんでしたが長居したのも事実。何より、大妖精ちゃんとの約束もあります。…決心は、屋敷にお邪魔する前からしています。

「…行きます。早く行かないと、この吹雪だと人間の体では到底進めなくなってしまうでしょうから。わざわざ囲炉裏もつけてもらって、有難うございました」

「…ん、いや。気にすることは無い。何より守矢のお嬢さんは噂よりも面白い人物だって知れただけでも収穫さ」

「あ、あうう…」

「あっはっは! 私みたいに、意地悪になりたくなければ長生きをしないことだ。どうしてもこうなってしまうからね。
…お気をつけて。また、遊びにおいで。マヨヒガに行きたいと念じながらあるけば、いつの間にかここへ着いているから。
帰り道は、真っ直ぐ進むんだよ」

「はい。ありがとうございました!」

私は、藍さんに挨拶をつげ、居間を出てすぐ近くの玄関に向かいます。
玄関の戸をガラリと開けると、目の前には想像よりもずっと強い吹雪が吹きあられていました。頬を切り裂くような寒さに、思わず戸を閉じそうになりました。
しかし、大妖精ちゃんの寂しい気持ちを少しでも早く取り除いてあげるためにも、ここで立ち止まっている時間はありません!
私は意を決して、外へと飛び込みました。




マヨヒガを出たときよりも吹雪がひどくなって、今では前が見えません。ただ、がむしゃらに目を瞑りながら前だと思っている方向へ足を進めているだけです。
…どのくらい、私は歩いたのでしょうか。少なくとも、マヨイガを出たときは外は明るかったのですが、今となっては一面真っ暗で目を凝らさないと障害物もわからないくらいです。
最初の頃はまだ空を飛んでいける余裕があったものの、今空を飛ぼうとすると恐らく吹き飛ばされてしまうでしょう。どんどん吹雪が強くなってきます。ヒュオオオォ、といった風を切る音が私の足を止めそうにさせます。
神奈子様が寒いだろうと私にくださった冬用の足袋も、吹雪にまみれて今ではびしょ濡れになってしまいました。コートもマフラーもびしょ濡れで殆ど効力を失っています。濡れた衣類は着ない方がいいとわかりつつも、この吹雪の中では衣類を脱ぐ余裕がありません。体も、じんじんと限界を訴えているのか麻痺してきたように思えます。
しかし、ここで止まる訳には行きません。ただでさえ歩けないほど酷い吹雪なのに、一度立ち止まって休憩したらもう歩けなくなるに決まっています。自分を助ける意味合いでも、歩を続けているのです。
チラ、と薄くまぶたを開き景色を見渡してみましたが、辺りはすっかり暗くなってしまってここがどこなのか確認できませんでした。もう、本来なら夕飯時でしょうか。
…流石に、疲れてきました。誰かに、会いたい。

…会いたい!








「早苗ちゃんっ!」

ポフン、と誰かに頭を抱きかかえられた感触がありました。無理に抱きかかえられたからでしょうか、体が前のめりになってしまいました。
今聞こえた声は、聞き覚えのある声です。そして、今顔全体に感じているぬくもりはきっと幻想ではないでしょう。…遅いですよ。ジェントルマンは、レディのピンチにもっと早く助けに来るものなんです。
顔をあげ、一応誰かを確認してみるとそこには涙目になっている咲夜さんがいました。…予想通りです。

「早苗ちゃんの、馬鹿、ばか、ばかっ!」

咲夜さんは私にそう叫びながらぎゅっと頭を抱きしめて来ます。抱きしめられるたび、冷え切った頬や首筋に温もりを感じて、気持ちがいいです。

「私の気も知らないでぐんぐんとどこかへ行っちゃって! このまま私が見つけないで倒れちゃってたら、どうする気だったの!?
早苗ちゃんにとって大妖精ちゃんは大切なのかもしれないけど、私にとって早苗ちゃんはそれ以上に大切なのよ!」

「…ごめん。理解していたつもりだったけど、無理しちゃった」

「本当よ! そもそも道がわからないなら変なプライド持たないで私と一緒に行けばよかったじゃない! 確かに、それをわかってて別行動って言った私も私だけど…!
別に今無理に探そうとしないで、吹雪がやんでから、せめて弱まってから探せばよかったじゃない! 早苗ちゃんのことだから迷子になっていたんだろうけど、それでも吹雪が降っているときにも家の一つや二つは見かけたんでしょう? 入れてもらえばよかったのに、早苗ちゃんったら…!
私だって、お嬢様にここで待ってれば早苗ちゃんに会えるなんて言われなければ、わからなかったよ!」

咲夜さんの腕の力が、どんどん強くなっていきます。流石に苦しくなってきたので、咲夜さんにそれを告げると、体制を直して今度は体に抱きつかれました。私も、咲夜さんの腰に手を回し、力いっぱいギュッとやったつもりでしたが、『力がないよ、早苗ちゃん』と言われてしまいました。

「…一旦、紅魔館へ戻ろう。そして、早苗ちゃんが元気になってから、一回神社に戻るなり探すのを再開しよう。早苗ちゃんは、いっぺんに全てやろうとするから駄目なんだよ。抱え込まないで。私が、いるじゃない?」

咲夜さんが私に抱き付いていた腕を一旦外して距離を置いたかと思うと、今度は両手をそれぞれの肩に乗せてきました。
そのまま、肩に乗せられた手が私の首周りに移動します。…咲夜さんの顔が私の頬に近づいてるなと思った瞬間、パシリ、と閃光が起こりました。

「…あやややや! そこに二人して危ない橋を渡ろうとしてるのは、ひょっとして早苗さんと咲夜さんじゃないですか! いや、どうしましたかこんな吹雪が降っている中にわざわざ外へ出てきて! …ハッ、もしかして、二人して抜け駆けですか!? あやや、これは一大スクープです! さっそく記事にしなければ!!」

「…ブ、ブブ、ブブブブブブン屋~!!!!!!!???」

「…私たち本当にそういうのではないですし」

「あやや、暴走しちゃって思い切り早苗さんに抱きついている咲夜さんとは打って変わって冷たいですねえ早苗さん! まーたまたそんなこといって誤魔化そうとしちゃって! あ、折角こんな吹雪の中会った縁ですし、取材させて貰っても宜しいですか? まるで接点のない二人がどんな風に出会ったのか!」

「そんなことばっかやってるからくさいっていわれるんですよ」

「くさくない」

「早苗ちゃん、この人ってくさいの?」

「くさくない!」

「うん、とってもくさいよ。メンソくさい」

「くさくないです!」

「そういえばブン屋が来てからなんか異様な臭いがすると思ったわ。なんでだろうと思ってたけど、通りで」

「…ぐすん。えっぐ」

「あ、ご、ごめんなさい射命丸さん! やりすぎました!」

「わ、私も謝るわブン屋! あなたがそんなメソメソしてたらこっちも調子狂うじゃない!」

「…すん。ふんだ。いくら謝っても許さないもんね。折角有益な情報持ってきてあげたのに教えないんだもんね」

「え、有益な情報って?」

「ふん。冬の妖怪と氷精の居場所なんて教えてあげないもーんだ」

「…! ど、どこでそれを!?」

「たまたま取材に行ったときに聞いたんですよーだ。早苗さんが困ってると思ってそこそこ必死に探したのに、この仕打ちはあんまりです。そんな、北側の山の峠近くにいるなんて絶っ対に教えないですよー!」

「…射命丸さん、ありがとうございます! 今度、あんみつ食べにいきましょう!」

「…さ、早苗ちゃん!? どこへ行くの!?」

私はなんだかんだで優しい射命丸に感謝の言葉を告げ、疲れている体に鞭を打ち大急ぎで北側の山の峠へ走り飛びます。咲夜さんも、鳩が豆鉄砲を打たれたような表情をしていますが、私の後についてきています。
吹雪もさきほどよりは飛べるくらいに弱まってきているし、体力的にもこれが限界でしょう。どうか、二人がそこを移動しないでそこに留まっている事を祈ります!

「…全く、次という次にくさいって言ったら容赦しないんだから。あーあ、吹雪の中来たから由緒正しきネタ帖がびしょ濡れです。これくらいの気候移動することには事足りますが、どうしてくれるんですか!
…世話がかかりますね。藍さんも、この私をこき使うなんて酷いものです。まあ、このことを種に、神奈子殿でもおちょくってくることにしますかね」




がんがんと頭に響く頭痛が吹雪の中を進むたびにどんどん強くなってきています。時々、右のこめかみの辺りが急激に痛くなって、くううと痛みをこらえます。コートとマフラーは、濡れ切っていて来ている意味が無いので脱ぎました。今、手に持ったまま移動しています。…咲夜さんの表情をうかがうと、そんな私の様態を心配しているように見えます。

「…早苗ちゃん、そんな、無理をしなくても。また、元気になったときにブン屋に聞けばいいじゃない。せめて、コートとマフラーだけでも持つわよ。どうして、そんなに無理をするの?」

「お気遣いありがとうございます。でも、このコートとマフラーは手に持っておきたい。…今出来ない人に、明日できるもんですか」

北側の山の峠はすぐそこなんです。私たちは、入り組んだ道を少しずつ前へと進んでいきます。

「…あ、見えた! いた! 早苗ちゃん、多分あれが冬の妖怪! …いたわ!」

咲夜さんが手のひらを返して叫びます。その手のひらを視線で辿っていくと、そこには確かに秋に見たチルノちゃんと、紫色の髪をした女性がいました。チルノちゃんたちも私たちに気がついたのか、私たちの目の前に来ました。

「あ、久しぶりだね早苗! 今日は新聞屋さんといい、いろんな人に会うね、レティ!」

「ええ、そうね。…あなたたちが私を探している人ね? 初めまして。私の名前はレティ。冬の妖怪よ」

「…私は早苗。早速で悪いけど、要件があるの」

「…用件、ねえ。普段だったら面倒だし追い返すだろうけど、びしょびしょの薄着の巫女服で、ただでさえ満身創痍だろうにここまで来たあなたの姿をみると、追い返すのはちょっとねえ。で、用件って?」

私は、大妖精ちゃんとの『約束』を思い浮かべながら、私の意見を述べます。

「…こういったことは、他人が口出しすることでは無いとは思いますが。冬の間、レティさんはチルノちゃんとずっと共にいると聞きました。大妖精ちゃんは、冬の間二人を心待ちにしてずっと湖のほとりで待っています。どうか、湖の近くで遊ぶことにしてくれませんか?」

「え、だって、そんな! 大ちゃんは、冬の間は皆と遊んでいるから寂しく無いよって」

「…あの子ったら、そんなことまで。それは、強がりだと思う。本当の大妖精ちゃんは、冬の間は誰とも遊ばず、ずっと湖のほとりでしょんぼりしているよ」

「…そんな、」

「うーん、そのことか。悪いけども、私はその提案には簡単に賛成はできないな。確かに冬の間独占している私も私だが、大に関しては4季節中の3季節一緒に居られるじゃないか。私は、そもそも1つの季節しかいられない。いられないこともないが、時によっては喋れなくなるくらいに衰退することもあるからね。ともかく、それは大のエゴなんじゃないか?」

「いえ、この意見に関して大妖精ちゃんは直接的に関係ありません。私は、冬の大妖精ちゃんの姿をみかねて、自分の意思で提案しているまでです」

「…うーん、そうか。大は、そこまで落ち込んでいるというのか。でも、やっぱり悪いけれど賛成できない。冬の間、なんで他の仲間と遊ばないんだ? 仲間たちも、大の冬の事に関してはみかねているんじゃないかな。結局、大はわがままなんだ。大は環境的に恵まれているのに、贅沢だと私は思うよ」

「そのことに関しては私も言いました。確かに、贅沢でわがままだと思います。しかし、それでも。どちらかが変わろうとしなければ、変化は起こらないと考えています。勝手で申し訳ありませんが、お願いします。せめて、今日。大妖精ちゃんに会ってあげてください」

「…うーむ、弱ったなあ。大は、この吹雪の中も待ちつづけているのかい?」

恐らくは、と私は答えます。レティさんは、心底迷っているのか、右手をあごに当て考える動作をしています。
ふとチルノちゃんに目を向けると、今まで大妖精ちゃんの気持ちに気付いてあげられなかった事を後悔しているのかすまなさそうに顔を下げています。すると、チルノちゃんはいきなり顔を上げ、私に向かって喋りました。

「…大ちゃんは、私のこと、許してくれるかな?」

「許すも何も、チルノちゃんは何一つ悪いことしてないよ。今回のことだって、どちらかというと大妖精ちゃんのわがままだからね。でも、大妖精ちゃんの落ち込み様が酷かったから、何とかできないかなあって。で、私が勝手に行動したまでだよ」

「それでも、私は大ちゃんに悪いことをしたよ。冬の間、なんで大ちゃんが他の皆と遊ばないかはわからないけど、一人ぼっちにさせちゃった。何回か湖で遊んだことはあったけど、それに気付いてあげられなかった。皆の中の誰かとケンカしてて、気まずくて遊べないのかな。ともかく、謝らなくちゃ。レティが行かないっていっても、あたいはいくよ」

相変わらずよく出来た子だな、と場違いながら感心します。きっと、それだけ周りから愛されてきたのでしょう、少し羨ましいです。

「…あー、チルノが行くっつってんなら仕方ないね。私も行こう。なに、いつかは解決させないといけない問題だとも思ってたしね、いい機会さ。
でも、私たちが冬の間湖の近くで活動するようになるかは別だよ? それは本人と話し合ってみないとわからない。まあ、不本意ながらに皆と遊ぶ日が格段に多くなるのだろうとは思うけど」

「…ありがとうございます。日も降りてしまっているので、急ぎましょいう。咲夜さん、待っていてくれてありがと。急ごっか」

早く、湖のほとりにいって大妖精ちゃんに会わせないと! 急ぐ必要はないですが、早いに越したことはないですしね。
私の体力的にも、急いで行きたいです。あと、もう少しで大妖精ちゃんとの約束が果せます!

「ちょ、ちょっと! 早苗ちゃん! あなた、足がふらふらしているじゃない!」

咲夜さんは、飛ぼうとする私の肩をつかみ、待ったをかけました。
…大方、私の体調のことでしょう。少し煩しく思いましたが、吹雪の中自分も辛いでしょうに咲夜さんがわざわざ気にかけてくれているのです。素直に応えます。

「…確かに、大分辛いかも。でも、今ここで踏ん張れば、あとが楽だから」

「早苗ちゃんっ!」

パシン、と吹雪が降っている中乾いた音が響き渡りました。
どこからそんな音が出たんだ? と疑問に思い辺りを見回してみましたが、特に変化はありません。
咲夜さんの右手が私の顔の左側にあるのを認識し、右頬にじんわりとした痛みを感じてから、ああ、私の頬が叩かれたんだとわかりました。

「…無理を、しないでっ!」

咲夜さんは、涙をボロボロとこぼしながら私に抱きつきます。いつもは可愛いと思う顔立ちも、吹雪の影響もあってかくしゃくしゃになっています。

「なんでそこまで自分でやりたがるの!? 私じゃあ、頼りない!?」

「…そんな、ことは」

「じゃあ、なんでふらつくくらい体力消耗してるのよ! 今だって、抱きついているのにふらふらしてるじゃない!
もっと私を頼ってよ! 自分の体に気付いて! そんなびしょ濡れの格好で吹雪の中ずっと歩いてたんでしょ!? 体調崩さないほうがおかしいわ!」

「…、約束」

「…知ってるわよ、約束の内容! 大妖精ちゃんから聞いたから! だからといって、自分の身を無理に削ってまで、あなたは…!
…私は! あなたがいない生活なんて考えられないわ! …考えたくもない!
あなたが好き! ずっと傍にいて欲しい! これから、ずっと! そのためにやらなければいけないことは何でもするわ! だから、私に任せられることは、なんでも私に任せてよ…! 
…何だっていい、その手に持っているコートとマフラーくらいは、私にだって持てるでしょう? それくらいのことでもいい! それに、今回の出来事だって! あなたは紅魔館で休んで、私一人で向かうなんてことも出来たでしょうに…!
あなたは馬鹿よ! 大ばか者! たった一人の女性の気持ちを汲み取れないで、おせっかいに全力を尽くす大ばか者よ! …言い方を変えるわ。どうか、私の為に無理をしないで。
私だけの為に、早苗は早苗でいて…! いなくならないで、傍に、…」

咲夜さんは、とうとう完全に泣き出してしまい、抱きつく形からするりと腕が抜け、私の足にうずくまってしまいました。
…やはり、私は大馬鹿者だ。さっき射命丸さんと会う前に気付いていたなんてほざいていたけど、
…結局私は何もわかっていなかったんじゃないか!
あまりにふがいない! …こんな私にも咲夜さんは愛想を尽かさずに、今も傍にいて欲しいと言ってくれる。…なんだ、私も要するに迷惑をかける側だったのか。
普段から迷惑をかける側だっていうのはわかっていましたが、まさか今回の出来事でそっち側に回るなんて、…私も、まだまだです。
ごめん、咲夜さん。私、今からでも気をつけます。でも、何を気を付ければいいんだろ、それを考えるとわからなくなって、…私は、大声をあげて泣いてしまいました。
わんわんと、私は何をしにここへ来たのかを思い返しながら、咲夜さんの前にうずくまってすがるように抱きつきます。咲夜さんも、こんな私を受け入れてくれるのか、抱きついてくれました。
また吹雪が強くなったのでしょうか、前がぼやけてよく見えません。私は、体全体に感じるぬくもりに身を委ねて、少し眠ることにしました。









『え、…探してくれるって、本当ですか!?』

『うん。でも、私は探して大妖精ちゃんと会わせるだけ。大まかなことは言っておくけど、用件は大妖精ちゃんがきちんと言わないと駄目だよ』

『…え、それは、でも…』

『大丈夫、言うときは傍にいてあげるから。それに、それが出来ないんだったら、いつまで経っても冬の間はチルノちゃんを独占されたままなんじゃないかな。レティさんも、きっと大妖精ちゃんみたいに、独占までとは言わないけど同じ位チルノちゃんと遊びたいって思ってるはずだよ? 大妖精ちゃんはずっといれるからいいけど、ただでさえレティさんは冬の間しか会えないんでしょう? だったら、尚更だよ』

『…ううん、』

『…私ね、何回か見かけたんだ。大妖精ちゃんの友達が、大妖精ちゃんのことを励ましてるところ』

『それが、どうしたんですか?』

『…だめね、大妖精ちゃん。友達を一人一人大切に出来ないようじゃあ、あなたもレティさんと一緒よ。その友達も、冬になると大妖精ちゃんは落ち込んで遊べなくなるって思ってるんじゃあないかしら』

『…でも!』

『気持ちは、わかるわ。でも、だからこそ大切にしないと。周りには心配かけておいて、自分の願いが叶えばいいと思ってる? そんなの、大甘だよ』

『…うう』

『だから、私との約束。今回の結果がどうであれ、冬の間に落ち込むことは禁止。例え今までどおりチルノちゃんと会えなくても、仲間と一緒に元気よく遊ぶこと! だから、私にも約束。今日の天候が一気に変わって、例え嵐が来たとしても!
今日中にレティさんを見つけて会わせるから! 大妖精ちゃんも、そこで待ってて! 私、一回紅魔館へ行って、頼りになる友達を連れてくるから!』

『…絶対に、今日中ですか』

『ええ、今日中に! 物事は早いほうがいいでしょ? だから、安心して! ミセス早苗に任せなさいっ!』

『…っぷ、あはは。なんですかそれ。凄く恥ずかしいですよ』

『…い、いいじゃないっ! 言ってみたかっただけです! 露語がいいじゃない、露語が!』

『露語を気にしても、ねえ。どうなんでしょう。ネーミングセンス、ないですね』

『っな! それ以上いうと、流石の早苗さんも怒りますよ!』

『うわあ、センスのない巫女さんが追いかけてきた! 逃げろ~!』

『あっははははははは…』













「…約束って言ったのに。吹雪も、もう止んだのに」

私は、早苗さんとの約束を信じて今も湖のほとりで早苗さんたちの帰りを待っていますが、一向に姿を現せる気配はありません。
普段なら既に森の中へ帰って休んでいる頃ですが、踏ん切りがつかなくもう少しあともう少しとずっと待っていた結果、早苗さんはとうとう現れずじまいでした。

「…おーい、大ちゃん! 大ちゃーん!」

ふと、声が聞こえました。その声色はどこかわんぱくな小僧を彷彿させる、チルノちゃんのものです。
もしかして、吹雪の間どこかで休んでいたのかな? …淡い希望も持ちましたが、すぐに湖の周りは静寂に包まれてしまいました。元々、湖周りには明かりになるものがないので、誰かいたとしても光るものがあるかよほど近くに行かなければ見えませんが。
…なんだ、と私は軽く舌打ちをします。結局、あの人も私をぬか喜びさせるだけだったか。まあ、律儀そうな人だし、明日以降ひょっとしたらチルノちゃんと会わせてくれるのかもしれない。
そもそも、今日中というのが無茶だったんだ。今日適当に探して会えるのなら、私だってそうしている! それで、また明日会えばいい話だからだ。でも、会えない。だから私はこうして湖で待っているんだった。
…今日は、諦めて帰ろう。約束は破れたけど、早苗さんの言うことはもっともだ。明日、もしリグルたちと出会えたら謝って遊びに混ぜて貰おう。そして、チルノちゃんを待てばいい話なんだ。私は、なんて馬鹿だったんだろう。…意地っ張りだった点も、すぐに信じて期待してしまう点も。

「…早苗の、嘘づき!」

「…いた! 大ちゃんの声がした! あそこだ! レティ、どこにいるの!?」

「あーあー夜の湖はやだねえ。暗くて何も見えはしないよ。だが、大丈夫! 私はあのメイドからライトなるものを貸して貰ったからね、ほら!」

「うわ、光った! …レティ、最初からそれ使えばよかったんじゃないの?」

「しまった、想定の範囲外だった! ごめん、チルノ」

「謝るんだったら大ちゃんに謝って! …見つけた、大ちゃん! こんな暗い中、待っててくれてありがと! こんばんわ!」

「…こんばんわ」

私は、逆光で見えるレティさんの持つ何か光るものに照らされ、姿一面をあらわにされてしまいました。
光るものの漏れる光で、チルノちゃんの物と思われる氷の羽が少し見えます。…ということは、間違いなく目の前にいるのはレティさんとチルノちゃんという事になります。しかし、肝心の早苗さんの姿が見えません。
…メイドという言葉が引っかかりますが、二人の、気まぐれでしょうか。

「それにしても大ちゃん、いるんだったら返事くらいしてよ! あうやく帰る所だったじゃない! …私、大ちゃんに謝ることがある」

「…チルノちゃんが、謝ること?」

「うん。大ちゃんが寂しい思いをしていたことに気付いてあげられなくて、ごめん。早苗に言われて気がついたんだ」

「…早苗さんですか。でも、早苗さんは嘘つきだ。今この場にいないじゃない」

「…! 何で、そんなことを言うのさ! 早苗は嘘つきじゃない! さっきだって、早苗は大ちゃんのためにどんな無茶をしたのか!」

「…あー、チルノ。そこらへんも、私が説明するよ。…早苗ちゃんっていうんだっけ、あの巫女の子。あの子ね、私たちのところへ来たはいいけど、軽く気絶しちゃったみたい。
メイドの子が言うにはびしょ濡れのままずっと私たちのことを探していたんだってさ。私は妖怪だから正直よくわからないけど、メイドの子曰く命に影響があるくらい体力を消耗してるんだって。今、その子が大急ぎで紅魔館まで運んでいったよ。
…知らなかったとは言え、早苗ちゃんはそこまでしてくれたのに嘘つき呼ばわりはちょっと酷いんじゃないかな?」

「…、でも」

「でも、ねえ。まあ、ちゃっちゃと話を終わらせよう。私たちがここに来たってことは、大自身何をするべきか早苗から言われてるんでしょ?」

「…うん。でも、改めて思うと、もういいやって思うんだ」

私は、そこまでして見つけてくれた早苗さんに心の中で感謝と謝罪をして、思ったことを素直にレティさんに言います。

「私、春を待つよ。
…今までの私はわがままだった。心配してくれる皆のことを考えずに、いつもいつもチルノちゃんのことばかり。これでもしも湖の近くで遊ぶことになっても、皆が納得いかないと思うし、まずは皆に謝らないと。それで、皆と遊んで春を待つ。
レティだって、冬にしかここにいれないから、一緒にいたい人と共にしてたいでしょう? 私には、3つの季節がある上、冬でも友達がいる。だから、待つのは辛くないよ。…そもそも、待つだとか、そういったこともリグル達に失礼だと思うしね。
最後の最後まで、だだこねてごめん」

「…、大」

「いいの。これは、ちゃんと私が決めたこと。レティだって、そっちのほうがいいでしょ?」

「…、…」

「レ、レティ…」

「…悪いね。私は、あまのじゃくなもんでね。確かに本音を言えば、私たちは今までどおりってのほうが嬉しい。が、裏を返せば冬になれば好きなだけチルノを独占できるってことだからね。…それに、大がそこまでしっかりした考えを持ってるとは思わなかった。
…私たちは、これから湖の近くで遊ぶことにするよ!」

「…へ?」

「だからあ、これからは湖の近くで遊ぶっていってるのー。私がいるからにはトップの座は譲らないんだからね!」

「…でも、」

「でも、だっては禁止! 大の悪いところだ、それとも何? 私がいたら駄目だっていうの?」

「…いいでしょう! 世の中には年功序列では通らないものもあると思い知らしめてあげますよ!」

「何を、この小童があ!」

「…二人とも、素直じゃないんだから」

「ん、どうしたのチルノちゃん。この頭固い年増のせいで聞こえなかったや」

「年増っていうな!」

「いや、あまのじゃくってどういう意味かなって! あははは、レティ顔がひどーい!」

「酷くないやい! 私は日頃から美人だけど、今日はこの乳臭い子のためにわざと化粧してこなかったんだい!」

「なんのために?」

「んなっ、なんというか、その。これくらいしなくてもあなたに勝てるという余裕を知らしめるためかな」

「何に対して勝負してるの?」

「いやあ、それはその、あっははははははは…」










ふと、目を覚ますと蛍光灯の光が目に差してきました。体の上には布団が敷いてありますが、底が高いような気がします。どうやらベットで寝かされているらしく、頭の上には氷嚢とタオルが置いてありました。
左右を見渡すと、見慣れない壁やらテディベアが置いてあります。さっきまで着ていたはずの巫女服も、いつの間にか可愛らしいピンクの犬柄のパジャマに変わっています。
…私は、眠っていたみたいです。どこからが夢で、どこまでが現実なのかさっぱりわかりませんが。ひょっとしたら、私が幻想郷に来たということも、夢なのでしょうか「早苗ええええええええええええええ!!!」

どすん、と私のお腹に衝撃が走ります。同時に、いつもの見慣れたあどけない笑顔の神様がひょっこり私の目の前に現れました。

「早苗、早苗、早苗! いつまで寝てるのさ、もう夕方だよ! んもう、心配かけて!」

「そ、それは申し訳ありません」

「おいおい、諏訪子。早苗も病み上がりで本調子じゃあないんだからそのくらいにしておきな。…心配したよ、早苗。電報で早苗が気絶したなんて来たときには思わず神社ごと何もかもぶっ壊しそうになってしまったよ」

「そうなんだよ、神奈子ったらまああああギブギブギブギブ! 恐い! 神奈子が間合いとろうとするだけで恐い!
全く、なんだよ! ただ単純に神奈子ったらとことん早苗にべったりとかその辺言おうとしただけだもん! ふんだ!」

「っふ、あっはっはっはっは!」

そう簡単に世界が変わるはずが無い。当然のこととはいえ、大分安心している私がいます。よかった、とりあえず幻想郷に来たことは夢じゃなかったんだ。…じゃあ、ここはどこでしょう?
視界がぼやけていることに気がついたので、両手で目をこすり辺りを見渡します。神奈子様は行儀が悪いと言っていましたが、きっと許容範囲内です。一気に起き上がったので、頭に乗せてあった氷嚢のタオルがベットの上にバサリと落ちました。
左の壁の真正面には、カーテンが閉まっているもののそのカーテンのサイズを見るからに大きいであろう窓。その窓手前には、小さなテーブルとシック調の椅子が2つ並べられています。窓のある壁の右隅にあるはずの予備の椅子は、既にお二人がベットの近くに移動させて座っています。
ついでに、ベットのすぐ左近くにはチェストがあり、チェストの上にはぬいぐるみがいっぱい並べられています。
…間違いありません。この洋風でちょっとしたお嬢様が住んでいそうなお部屋は!

「…氷嚢の代え、持って来ました。早苗さんの様子は…! …早苗ちゃんっ!」

…私は、入り口のところから助走をつけた咲夜さんに思い切り抱きつかれました。咲夜さんが持っていた氷嚢は入り口のドアのところに落ちています。あまりに急に咲夜さんが抱きついてきたものですから、私は思わず咲夜さんに押し倒されるような形になってしまいました。

「良かった、本当に良かった、無事で良かった…」

「さ、咲夜さん! お二人が見てますよ!」

諏訪子様と神奈子様は抱きつく私たち二人を祝福しているようなはたまた嫉妬しているような、複雑な目で見つめています。うう、起きてからすぐにこんな羞恥プレイするなんて思いもよりませんでした…。

「ううう~、早苗ちゃん~」

「…大丈夫ですよ。私は、ここにいます」

咲夜さんの心配してくれる態度から、昨日あった出来事は実際にあったことなんだと認識しました。
二人に睨まれているからといって、今の状態の咲夜さんを突き放すのはどうかと思いますしね。私は、私の胸で泣きくじゃる咲夜さんの頭を抱え、よしよしと髪の毛を撫でて上げます。咲夜さんはそれに安心しているのか気持ちいいのか、撫でるたびに顔を少し動かします。
…2分くらい続けたのでしょうか。咲夜さんは落ち着きを取り戻したみたいで、メイド服から取り出したハンカチで自分の涙や鼻水をふき取ります。そして、ふうっと一息つき、ビシッと顔をあげました。
完全に、立ち直ったみたいです。

「…咲夜さん、お二人とも、見てましたよ」

「…早苗ちゃんは、やなの?」

「…いや、べ、別にそんなことは!」

そんな、潤んだ目で見上げられたら嫌だって言えないじゃないですか! ちくしょう、どこでそんな技能覚えたんですか!
…実際他の人に見られるのもいいなあと、満更ではなかったのですが。

「なら、見せ付けてやろうよっ!」

…咲夜さんはそう喋ると、ずいっと私の頬に顔を近づけ、なんだか一瞬生暖かくてその後に冷たくなる、…キス!!!!!!!???

「うふふ、早苗ちゃんのほっぺもーらった♪ やわらかいね、早苗ちゃんのほっぺ」

「~~~~!!!!!!!!!??」

あまりの展開の早さに私自身ついていけません。ベットの上で棒になっています。…咲夜さんって、こんな積極的な人でしたっけ!?
不意打ちのさらに不意打ちをくらい、物凄く動揺しています。 胸がバクバクして痛いくらいです!

「…」

「…そこのメイド、面貸しな」

あああもうお二人はお二人で物騒な空気だしてるし! 恐い! まじで恐い! もっと穏便に済ませることを知らないんですか!

「ふふふ、ごめんね。早苗ちゃんが起きたことを知って、どうも感情を抑えられなかったよ。早苗ちゃん、自分がどのくらい寝ていたか知ってる? …1日中ずっとだよ。もう、外は夕方。夕焼けが沈んですぐくらいかな」

咲夜さんはそう言いながら窓のカーテンを開けます。そこに飛び込んできた風景は、一面雪化粧のメレンゲに紫がかった空が色づけしている、なんとも言いがたい風景でした。
しかし、それもつかの間。ものの20秒くらいで、外は完全に真っ暗になってしまいました。

「…冬だからね、日が沈むのが早いんだ。…本当に、よかった。早苗ちゃんには悪いけど、ひょっとしたらこのまま目が覚めないのかななんてこともチラと考えちゃったんだ。そのくらい、早苗ちゃんは無茶をしていたんだよ! …反省してね。 本当に、私は早苗ちゃんがいないと駄目なんだから」

カーテンを閉め、ベットの上に座る咲夜さんの表情はどこか嬉しげで、安堵しているのでしょう。咲夜さんに手を握られたので、私も咲夜さんの手を握り返します。

「…あの時、ごめんね。もっと他に言い方があったのに、思い切りはたいちゃって」

「え? …ああ、いや。私もこんなに想われているんだって知ることが出来たし、自分の体を大切にすることを再確認できたからいいよ」

「それももちろんだけど、…お嬢様に、言われたんだ。『咲夜。早苗が一人で何でもやりたがるのはきっと咲夜に負担をかけたくないから。早苗も、咲夜と一緒にいたいと願うから自分から行動してるんだと思うわ。咲夜の意見ももっともだけど、早苗の立場も尊重してあげて』って。だから、その意味でごめん。…もしそう思ってないんなら私の勝手な早とちりだし、聞き逃していいよ! でも、そうなら。私も、一緒にいたい」

「…咲夜、さん」

「ギロン」

「ゲロッ」

…二人から禍々しい空気がにじみ出ているので、これ以上私たちの桃色空間を展開するのは止めにしましょう。命は惜しいですからね。

「…あれ、もう終わりかい? どうぞどうぞ、好きなだけ二人でいちゃついててよ」

「諏訪子、嫉妬はみっともないよ。まあ、私も大概だけど。…お邪魔虫はこの辺で退散するとしますかね。多分、今の早苗じゃあ満足に歩けないだろうし、迷惑になるだろうけどもう一晩あずけますんで、よろしくお願いします。…いこっか、諏訪子。親は、いつかは子供の巣立ちを見送らないといけないもんなのさ」

「…あーうー! 早苗、変なことをされたらすぐに呼んで! 例え神奈子のプロレス技にかかっていたとしても抜け出して駆けつけるんだから!」

「…あはは、万が一のときは頼みましたよ。じゃあ、お二人とも気をつけて」

「うい、お大事に」

「…ケロケロ!」

お二人は挨拶もそこそこにドアから出て行き、部屋には静寂が訪れました。今、部屋にいるのは私と咲夜さんだけです。
お二人がいたらいたで気まずいですが、いなくてもなんだかこっ恥ずかしくて会話が出来ません。…あああ、何をやっているんだ私! 折角咲夜さんと二人きりになれたのに!

「…、早苗ちゃん」

「あ、何? 咲夜さん」

「…明日、もし歩けるくらいに元気になったら。ピクニックにいかないかな?」

「ピクニック?」

「うん、ピクニック」

「冬なのに?」

「冬なのに。あの妖精さんたちの結末を見に行く意味合いでも、ね」

「…そうだった! 大妖精ちゃんとの」

「ストップ! …全くもう、あれだけ体力消耗していたのに、まだ懲りないの? んもう、無理は厳禁です! ただでさえ早苗ちゃんは病み上がりなんだから、そもそも明日遊びに行くなんてご法度なんだよ? まあ、でもそこは早苗ちゃんだから。なんとかは風邪引かないって言いますしね」

「…それ、遠まわしに私のこと馬鹿だって言ってません?」

「あり、ばれた?」

「ばれたも何も酷いですよ咲夜さん! …すみません、安心したら眠くなってきちゃいました。少し、眠りますね」

「ん、そう? お大事に。疲れているときは寝るのが一番! 一応、お腹すいて目が覚めたときの為に軽い食べ物をテーブルをベットの近くに持ってきて置いておくからね。明かり、消すよ?
…お休みなさい」

咲夜さんは部屋の明かりを消すと、すぐにドアからどこかへ行ってしまいました。咲夜さんがいなくなり部屋には完全に誰もいなくなってしまい、少し寂しく感じます。
しかし、とても眠気を感じているのもまた事実。私は、そういえば運んでくれたのも恐らく咲夜さんなんだよなあ、と咲夜さんに感謝して眠りにつこうとしました。…その時でした。

「…、眠ったかな」

咲夜さんが時を止めて夜食を持ってきてくれたのでしょう、美味しそうなコロッケの匂いがここまで漂ってきます。

「…んもう、早苗ちゃんったら気がついたら無茶ばっかりで、こっちの気が潰れちゃうわよ。まあ、今回のは規模がでかかったし、懲りたことだと思うけどね」

咲夜さんは、私の顔にに少しかかった布団をずらし、近くでささやきます。

「ふう。…あの時言ったみたいに、私は早苗ちゃんのことが好きよ。…早苗ちゃんが眠ったときや、さっきみたいに感情が高まったときにしか前に出せないチキンだけどね。今も、実は早苗ちゃんが起きてる! なんてことを期待してる。…無い、か。あれだけ頑張ったのですもの。当然か。
…昨日は、いろいろあったね。本当、何回も言うようだけど、無茶だけはやめてね。私は、あなたと一緒に時間を共に過ごして行きたい。あなたしかいないって、心に決めたんだからっ」

私の唇に、チュ、と冷たい感触がありました。ほのかにレモンの味が漂います。

「…変なの。別に、一緒に遊んでる程度なのに、なんで私はこんなにもあなたに夢中なんだろ。
…今、風邪引いてるから口でキスすると移っちゃう? 馬鹿ね。風邪くらい移しなさいよ、恋人なんだから」

咲夜さんはそういい終えると、フッと気配を消しました。恐らく、時間を止めて業務に戻ったのでしょう。むしろ今時間を止めていたつもりだったけど、そうではなかったとか? どんだけ天然なんですか咲夜さん!
…とうとう部屋には静寂が戻って来て、一層寂しさと恥ずかしさが混じった、なんともいえない気持ちがこみ上げてきました。
…!! や、やめてくださいよ! 人が寝ようとしているときに、あんなこと…! 興奮してそのまんま寝れるはずが無いじゃないですか!
あまりにくやしいので咲夜さんが置いて言ってくれたコロッケをつまみます。はぐはぐ。ちくしょう、美味い。
…私も、咲夜さんが好きですよ。起きている間も、遠まわしながら何回もそういってるのに。それに、あなたの気持ちにも既に気付いてますよ。咲夜さん。
でも、寝ているときに夜這いするのは本当やめてください。心臓バックバクで、今思い返しても心がキュッっとします。多分、今夜は寝らん無いなあ…。
ああ、ガッデム! パンナ・ゴッタ!
…どうやって暇をつぶそう、いや、寝ることに集中するか。あああ、素直に無理して起きてなくて、眠ってればよかったあ~!





























「あーあ、でも大妖精が戻って来てよかったよ」

「そーなのかー?」

「そーなのかーって、ルーミア! 良かったに決まってるじゃないか! もう冬の間ほとりで落ち込む大妖精を見なくてすむんだぞ! それに、大妖精も軍団に再入団だし、いいことづくめじゃないか!」

「わはー」

「うーん、こんなにも空が晴れ渡っていると、歌の一つでも歌いたくなるわね」

「んもう、みすちーったら! ちゃんとボールおに参加してよね!」

「ふっふっふ。そんなことを言っている余裕があるのかな、チルノ? 喰らえぃ、これが冬の間にしか現れない私の最大の奥義だああああ!!!」

「うわああ、ちょっと、弾幕で色づけするのは反則、反則!」

「ぬはははは、やられるほうが悪いのだー!」

「…大妖精、どうだい? 今はチルノとレティがいるけど、僕たちだけってのも楽しいだろう?」

「うん、楽しい! …あ、みすちー! ちょっとそれは卑怯じゃない!?」

「みんなー! お昼ご飯作ってきてあげたから、お昼にしましょ!」






ミセス早苗に任せなさいっ!
よろしくお願いします。
ばらしー
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コメント



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2.80名前が無い程度の能力削除
おお、この咲夜さんは新鮮だ。
こんな咲夜さんも素敵です。
7.100謳魚削除
さくぽっぽとさにゃえすゎんが中々楽しくなってて面白かったです。
ケロちゃんと神奈子様が良いコンビ!
8.90名前が無い程度の能力削除
うっかりさくやさんかわいいです。
ついでに誤字報告です。
>軽称
蔑称だと思います、話の流れ的に。
それとタグは半角スペースでないと繋がりますよっと。
10.40名前が無い程度の能力削除
毎回やってるみたいですが文がくさいって何かのネタなんですか?さっぱりわかりません。
あと誤字多すぎです。報告見合わせるくらいありました。
12.70名前が無い程度の能力削除
嫉妬する神様二人が良かったです。
>まこうごと←まごうこと
>二人して抜け駆けですか←逢瀬とか逢引とか駆け落ちとかのがいいかも
覚えてるのはこんくらいかな?あとミセスって結婚した女性を指して使うんじゃ?
15.100名前が無い程度の能力削除
早く続きを書く作業に戻るんだ
19.90名前が無い程度の能力削除
さくさな おいしいです
20.100名前が無い程度の能力削除
俺もオンバシラに腕ひしぎ逆十字極められたいぜ
23.20名前が無い程度の能力削除
咲夜さんがだれてめぇ