「どのような生物も――」
博麗神社の居間で、唐突に彼女は切り出した。
「――自ずから、変わっていくものだと私は思うのですよ」
目を瞑り、巫女から出された緑茶を堪能しながら言う。
紫色の髪に、紅色の瞳。
物腰は落ち着いていて優雅。
「博麗霊夢、貴女もそうは思いませんか?」
彼女、永江衣玖は両目を開くとそう言った。
相手の行動にあまり興味を示さず、無闇やたらに自己主張はしないと思えば、
決して中心に立とうともしない。
年長者が醸し出す事の出来る冷静さを、彼女は体駆しながら言った。
「そんなものなの?」
巫女からの返事はそれだった。
衣玖は、やれやれと言いそうな表情を作った。
「予想通りの返事ですね」
「生憎、私はそうとしか思えないわ」
衣玖から視線を外して、テーブルの上に置いてある蜜柑に手を伸ばした。
香霖堂経由で入手した炬燵は、非常に暖かかった。
最近開発された核融合炉発電により、無尽蔵に熱を稼働出来るようになっている。
「それに、あまり興味無いわ」
慣れた手つきで皮を剥ぎ、もくもくと中身を食べていく。
「興味無い。ははは、成程、それは私みたいですね」
テーブルの上で両手を組みながら衣玖は言った。
その表情は、とても穏やかである。
「何よ、結局あんたもそうじゃないの」
他人を疑うような目付きをして霊夢は言った。
「私は元来、そのような事は別にどうでもいいのですよ」
傍から見れば慇懃無礼のようだが、それが衣玖の性格だった。
感情的にもならず、例え事件の黒幕と勘違いされようがなんだろうが、
さらりと受け流す器量の良さを持つ。
あえて言えば、落ち着きすぎていて、相手の神経を逆撫でしてしまう部分が欠点だった。
「それ、頂いて宜しいですか?」
衣玖は蜜柑の事を言った。
「御自由に」
「では、遠慮無く」
嬉々とした表情で、衣玖は蜜柑に手を伸ばした。
霊夢より早く皮を剥いでいく。
その場の特性をすぐに把握する事に長ける彼女は、
どのようにすれば蜜柑の皮を素早く剥ぐ事が出来るのか、
という割とどうでも良い事を瞬時に理解した。
「個人的な見解ですが――」
蜜柑を一粒口に放り込み、衣玖は語り出す。
「――私から見て、一番お変わりになられたのは、総領娘様でしょうね」
総領娘様。一応目上の存在に当たる、比那名居天子の事だ。
衣玖の種族は「竜宮使」で、普段は遥か上空の雷雲を住処としている。
災害を予知し、それを下界の民に知らせる役目を担う。それが竜宮使であった。
天子と衣玖は、直接的な主従関係にはない。
ただ、形式的に天人は竜宮使より格上となるので、
衣玖は空気を読んで敬っているのに過ぎない話だった。
「ああ、あの天人様ね」
霊夢はある意味で皮肉を込めて言った。
無理もない。博麗神社を倒壊させられたため、天子は霊夢にとって禍根である。
もっとも、その都度叩き潰してやればいいだけの話であるが。
そして、あえてこの表現を使ったのは、別の理由がある。
敬称を付けて言わなければ、眼前の女性からどんな文句が言ってくるかわからないからだ。
この物腰が落ち着きすぎている竜宮使の説教は、やたら長い事で有名だった。
「私から見れば、全く世話の焼ける……」
そこまで言って、衣玖はため息を付いた。
「お察しするわ」
そう言って、霊夢は緑茶をすすった。
「巫女にお察しされるとは」
「悪かったわね」
霊夢は2つ目の蜜柑に手を伸ばした。
衣玖も同時に手を伸ばす。
「まあ、良い暇潰しにはなりますけれどね」
霊夢より早く皮を剥いで一粒口に入れる。
一方の霊夢は、どうやったらそんなに早く器用に取り除く事が出来るんだ、
とでも言いたそうな顔を作っていた。
「結局、あんたも満足しているんじゃないの」
ようやく取り終えた霊夢は、蜜柑を分解して口に放り込んだ。
「退屈しのぎにはなるでしょう」
さらりと衣玖は言ってのけた。
「あんた、案外毒舌?」
「どうでしょう。まあ、自分を客観的に判断出来れば認める事が出来るのでしょうけれど」
「くっ……!」
「ここまでよ。大人しく負けを認めなさい」
少女は顎先に切っ先を向けられていた。
一体、自分の修行は何のためにやっていたのかと思うほど、段違いの強さ。
改めて、世界の広さを見せ付けられる事となった。
とはいっても、二百由旬あるこの白玉楼も、十分広いわけであったが。
「……お見事です、比那名居殿」
「この私に敗北などありえない。当然よ!」
白玉楼の庭師を務める二刀流剣士を、実力を持って退けた事で、彼女は満足げな表情を浮かべた。
非想非非想天の娘、比那名居天子は緋想の剣を収める。
そんな彼女に敗れた魂魄妖夢は、珍しく息が上がっている事に気付かされた。
「ほら、立てる?」
「え……ええ、かたじけない」
手を差しのべられたわけだから、余程自分はどうかしている。
まだまだ迷いがあったわけだ。
「しかし、貴殿の太刀筋――」
妖夢はまことに武士らしい堂々とした口調で言った。
「――あれは如何なる流派なのですか?」
「特に流派なんてないけど。うーん、言うならば非想非非想天流かしら?」
「……い、言いにくい」
「あ、別に無理に言わなくていいけど」
本当は流派もへったくれもないんだけどね。天子は思った。
緋想の剣。それは、天人のみ操る事の出来る名剣である。
剣そのものに気質を見極める能力があり、相手の気質を霧に変え、
その気質の弱点である性質を纏う事で、相手の弱点を突く事の出来る性能を持っている。
天子と妖夢による一騎打ち。
試合前から緋想の剣で相手の全てを見切っていた天子は、着地時に出来る一瞬の隙すら見逃さず、
確実に妖夢をじわじわと追い詰め、最後のチャンスを狙っていたのであった。
「いい匂いがするわね」
特別嗅覚が鋭いというわけではないが、鼻を鳴らしながら天子が言った。
「お茶の準備が出来たようですね。行きましょう」
「はいな」
妖夢に案内され、天子は歩き出した。
「それにしても、妖夢に勝っちゃうなんて、凄いわね」
湯呑みに緑茶を入れながら、白玉楼の主、西行寺幽々子は言った。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
その溢れ出るカリスマは、天の道を往き、総てを司る。
天真爛漫清楚可憐を体現する人物で、まさに幽雅を象徴する人物である。
「ふふん、この私に敗北などありえないわ」
「……その割には、紫様にけちょんけちょんにされたらしいですけれど」
妖夢が口を挟んだ。
「幻想郷最強と謳われる博麗の巫女に、賢者と呼ばれる妖怪を一度に相手したのよ!
そんなの私でも勝てるわけないじゃない!」
団子を串から引き千切るように食べ、天子は叫んだ。
せっかくのお茶会が台無しである。
「まあまあ、落ち着いて。そんなに怒ると禿げるわよ」
「うげげ!」
一応、伊達に天人というわけではなく、ある程度の知識と知性を持つ天子は、
茶の間の席ではちゃんと脱帽はしていた。
無論、彼女の蒼い髪はしっかりと伸びているが。
「天子、貴女はここが気に入ったかしら?」
幽々子は言った。
「大体はね。歌って、呑んで、食べて、踊って……。
自堕落な生活をするより、よっぽどこっちにいる方がマシよ」
「退屈だったというわけね」
感情的になる天子に対して、幽々子は優しく語りかけた。
邪魔しちゃ悪いな。そう思った妖夢は、晴れ渡った青空を眺めていた。
「毎日遊んで怠けているだけ。
莫迦を通り越して愚か者だわ。両親も、親族も、何もかもみーんな」
「そう……。でもね、天子」
幽々子はお茶を飲んで、一息置いてから言った。
「私達も、貴女みたいな存在なのよ」
「へっ……? どういう意味よ、それ」
「何も毎日宴会しているわけじゃないけどね。
たまに騒動があって、何か刺激になる事があるだけ。
幻想郷は、そんな世界なのよ」
そう言うと、幽々子は笑顔を作った。
「何よ、結局天人と同じじゃない」
「言ってしまえばそうかもしれないわね。ただ、決して退屈じゃないわ」
「どうしてよ。何で退屈じゃないっていうのよ」
「貴女の心構えの問題。そうとしか言えないわね」
妖夢は一連のやりとりを見ながら、私の主はこんなに格好良いものだっただろうか、と思っていた。
「な、何よそれ!」
「天子、お迎えに来る死神を返り討ちにしてまで生き永らえようとするならね――」
幽々子はお茶を飲み干した。
「――もっと大人になりなさい。あの竜宮使みたいにね」
天子は一気に顔が赤くなった。
相手を反論の余地を与えない程の袋小路に追い詰め、論破する。
幽々子様、お見事でございます。流石は、我が主。
妖夢はそんな、至極どうでも良い事を思っていた。
「もう頭に来た! 私と勝負なさい、西行寺幽々子!」
「あらあら。小娘が相手だなんて……。
死蝶霊の餌になって貰って、今度は本当に死んで頂こうかしら?」
「お止め下さい。庭を本気で破壊するお心算――」
妖夢が言い終わる前に、すさまじい爆裂音と破壊音が響いた。
ああ、穴があったら入りたい。
そう思わざるを得なかった妖夢であった。
「ん、そろそろお暇させて頂く」
災害が発生した事を感知したため、永江衣玖は博麗霊夢にそう告げた。
やれやれ、本気で世話の焼ける。
今度は死を操る亡霊と殴り合いか。
「あら、そう?」
当の巫女は、来客中である事を感じさせないような雰囲気を醸し出していた。
これで巫女が務まっているのだから、面白い世の中である。
「総領娘様が笑っておられる。こんな機会、滅多にありませんから」
ああ、直接眺めるというわけか。
霊夢は衣玖の計画をすぐに理解した。
「まるで母親ね」
「いつまでも保護者気分が抜けなくて、自分でも困っていますよ。
それが一方的なものだったとしても、ですけれどね」
そう言って、衣玖は「お邪魔になりました」と霊夢に一礼した。
見送るため、霊夢も立ち上がる。
「今度は天子も連れてきなさいな。
良い酒を用意するわよ」
「わかりました。それなら、次の宴を期待するとします。御免蒙る」
衣玖が霊夢に言うと、彼女は空高く飛び立っていった。
その姿は、リュウグウノツカイのように、とても美しいものであった。
博麗神社の居間で、唐突に彼女は切り出した。
「――自ずから、変わっていくものだと私は思うのですよ」
目を瞑り、巫女から出された緑茶を堪能しながら言う。
紫色の髪に、紅色の瞳。
物腰は落ち着いていて優雅。
「博麗霊夢、貴女もそうは思いませんか?」
彼女、永江衣玖は両目を開くとそう言った。
相手の行動にあまり興味を示さず、無闇やたらに自己主張はしないと思えば、
決して中心に立とうともしない。
年長者が醸し出す事の出来る冷静さを、彼女は体駆しながら言った。
「そんなものなの?」
巫女からの返事はそれだった。
衣玖は、やれやれと言いそうな表情を作った。
「予想通りの返事ですね」
「生憎、私はそうとしか思えないわ」
衣玖から視線を外して、テーブルの上に置いてある蜜柑に手を伸ばした。
香霖堂経由で入手した炬燵は、非常に暖かかった。
最近開発された核融合炉発電により、無尽蔵に熱を稼働出来るようになっている。
「それに、あまり興味無いわ」
慣れた手つきで皮を剥ぎ、もくもくと中身を食べていく。
「興味無い。ははは、成程、それは私みたいですね」
テーブルの上で両手を組みながら衣玖は言った。
その表情は、とても穏やかである。
「何よ、結局あんたもそうじゃないの」
他人を疑うような目付きをして霊夢は言った。
「私は元来、そのような事は別にどうでもいいのですよ」
傍から見れば慇懃無礼のようだが、それが衣玖の性格だった。
感情的にもならず、例え事件の黒幕と勘違いされようがなんだろうが、
さらりと受け流す器量の良さを持つ。
あえて言えば、落ち着きすぎていて、相手の神経を逆撫でしてしまう部分が欠点だった。
「それ、頂いて宜しいですか?」
衣玖は蜜柑の事を言った。
「御自由に」
「では、遠慮無く」
嬉々とした表情で、衣玖は蜜柑に手を伸ばした。
霊夢より早く皮を剥いでいく。
その場の特性をすぐに把握する事に長ける彼女は、
どのようにすれば蜜柑の皮を素早く剥ぐ事が出来るのか、
という割とどうでも良い事を瞬時に理解した。
「個人的な見解ですが――」
蜜柑を一粒口に放り込み、衣玖は語り出す。
「――私から見て、一番お変わりになられたのは、総領娘様でしょうね」
総領娘様。一応目上の存在に当たる、比那名居天子の事だ。
衣玖の種族は「竜宮使」で、普段は遥か上空の雷雲を住処としている。
災害を予知し、それを下界の民に知らせる役目を担う。それが竜宮使であった。
天子と衣玖は、直接的な主従関係にはない。
ただ、形式的に天人は竜宮使より格上となるので、
衣玖は空気を読んで敬っているのに過ぎない話だった。
「ああ、あの天人様ね」
霊夢はある意味で皮肉を込めて言った。
無理もない。博麗神社を倒壊させられたため、天子は霊夢にとって禍根である。
もっとも、その都度叩き潰してやればいいだけの話であるが。
そして、あえてこの表現を使ったのは、別の理由がある。
敬称を付けて言わなければ、眼前の女性からどんな文句が言ってくるかわからないからだ。
この物腰が落ち着きすぎている竜宮使の説教は、やたら長い事で有名だった。
「私から見れば、全く世話の焼ける……」
そこまで言って、衣玖はため息を付いた。
「お察しするわ」
そう言って、霊夢は緑茶をすすった。
「巫女にお察しされるとは」
「悪かったわね」
霊夢は2つ目の蜜柑に手を伸ばした。
衣玖も同時に手を伸ばす。
「まあ、良い暇潰しにはなりますけれどね」
霊夢より早く皮を剥いで一粒口に入れる。
一方の霊夢は、どうやったらそんなに早く器用に取り除く事が出来るんだ、
とでも言いたそうな顔を作っていた。
「結局、あんたも満足しているんじゃないの」
ようやく取り終えた霊夢は、蜜柑を分解して口に放り込んだ。
「退屈しのぎにはなるでしょう」
さらりと衣玖は言ってのけた。
「あんた、案外毒舌?」
「どうでしょう。まあ、自分を客観的に判断出来れば認める事が出来るのでしょうけれど」
「くっ……!」
「ここまでよ。大人しく負けを認めなさい」
少女は顎先に切っ先を向けられていた。
一体、自分の修行は何のためにやっていたのかと思うほど、段違いの強さ。
改めて、世界の広さを見せ付けられる事となった。
とはいっても、二百由旬あるこの白玉楼も、十分広いわけであったが。
「……お見事です、比那名居殿」
「この私に敗北などありえない。当然よ!」
白玉楼の庭師を務める二刀流剣士を、実力を持って退けた事で、彼女は満足げな表情を浮かべた。
非想非非想天の娘、比那名居天子は緋想の剣を収める。
そんな彼女に敗れた魂魄妖夢は、珍しく息が上がっている事に気付かされた。
「ほら、立てる?」
「え……ええ、かたじけない」
手を差しのべられたわけだから、余程自分はどうかしている。
まだまだ迷いがあったわけだ。
「しかし、貴殿の太刀筋――」
妖夢はまことに武士らしい堂々とした口調で言った。
「――あれは如何なる流派なのですか?」
「特に流派なんてないけど。うーん、言うならば非想非非想天流かしら?」
「……い、言いにくい」
「あ、別に無理に言わなくていいけど」
本当は流派もへったくれもないんだけどね。天子は思った。
緋想の剣。それは、天人のみ操る事の出来る名剣である。
剣そのものに気質を見極める能力があり、相手の気質を霧に変え、
その気質の弱点である性質を纏う事で、相手の弱点を突く事の出来る性能を持っている。
天子と妖夢による一騎打ち。
試合前から緋想の剣で相手の全てを見切っていた天子は、着地時に出来る一瞬の隙すら見逃さず、
確実に妖夢をじわじわと追い詰め、最後のチャンスを狙っていたのであった。
「いい匂いがするわね」
特別嗅覚が鋭いというわけではないが、鼻を鳴らしながら天子が言った。
「お茶の準備が出来たようですね。行きましょう」
「はいな」
妖夢に案内され、天子は歩き出した。
「それにしても、妖夢に勝っちゃうなんて、凄いわね」
湯呑みに緑茶を入れながら、白玉楼の主、西行寺幽々子は言った。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
その溢れ出るカリスマは、天の道を往き、総てを司る。
天真爛漫清楚可憐を体現する人物で、まさに幽雅を象徴する人物である。
「ふふん、この私に敗北などありえないわ」
「……その割には、紫様にけちょんけちょんにされたらしいですけれど」
妖夢が口を挟んだ。
「幻想郷最強と謳われる博麗の巫女に、賢者と呼ばれる妖怪を一度に相手したのよ!
そんなの私でも勝てるわけないじゃない!」
団子を串から引き千切るように食べ、天子は叫んだ。
せっかくのお茶会が台無しである。
「まあまあ、落ち着いて。そんなに怒ると禿げるわよ」
「うげげ!」
一応、伊達に天人というわけではなく、ある程度の知識と知性を持つ天子は、
茶の間の席ではちゃんと脱帽はしていた。
無論、彼女の蒼い髪はしっかりと伸びているが。
「天子、貴女はここが気に入ったかしら?」
幽々子は言った。
「大体はね。歌って、呑んで、食べて、踊って……。
自堕落な生活をするより、よっぽどこっちにいる方がマシよ」
「退屈だったというわけね」
感情的になる天子に対して、幽々子は優しく語りかけた。
邪魔しちゃ悪いな。そう思った妖夢は、晴れ渡った青空を眺めていた。
「毎日遊んで怠けているだけ。
莫迦を通り越して愚か者だわ。両親も、親族も、何もかもみーんな」
「そう……。でもね、天子」
幽々子はお茶を飲んで、一息置いてから言った。
「私達も、貴女みたいな存在なのよ」
「へっ……? どういう意味よ、それ」
「何も毎日宴会しているわけじゃないけどね。
たまに騒動があって、何か刺激になる事があるだけ。
幻想郷は、そんな世界なのよ」
そう言うと、幽々子は笑顔を作った。
「何よ、結局天人と同じじゃない」
「言ってしまえばそうかもしれないわね。ただ、決して退屈じゃないわ」
「どうしてよ。何で退屈じゃないっていうのよ」
「貴女の心構えの問題。そうとしか言えないわね」
妖夢は一連のやりとりを見ながら、私の主はこんなに格好良いものだっただろうか、と思っていた。
「な、何よそれ!」
「天子、お迎えに来る死神を返り討ちにしてまで生き永らえようとするならね――」
幽々子はお茶を飲み干した。
「――もっと大人になりなさい。あの竜宮使みたいにね」
天子は一気に顔が赤くなった。
相手を反論の余地を与えない程の袋小路に追い詰め、論破する。
幽々子様、お見事でございます。流石は、我が主。
妖夢はそんな、至極どうでも良い事を思っていた。
「もう頭に来た! 私と勝負なさい、西行寺幽々子!」
「あらあら。小娘が相手だなんて……。
死蝶霊の餌になって貰って、今度は本当に死んで頂こうかしら?」
「お止め下さい。庭を本気で破壊するお心算――」
妖夢が言い終わる前に、すさまじい爆裂音と破壊音が響いた。
ああ、穴があったら入りたい。
そう思わざるを得なかった妖夢であった。
「ん、そろそろお暇させて頂く」
災害が発生した事を感知したため、永江衣玖は博麗霊夢にそう告げた。
やれやれ、本気で世話の焼ける。
今度は死を操る亡霊と殴り合いか。
「あら、そう?」
当の巫女は、来客中である事を感じさせないような雰囲気を醸し出していた。
これで巫女が務まっているのだから、面白い世の中である。
「総領娘様が笑っておられる。こんな機会、滅多にありませんから」
ああ、直接眺めるというわけか。
霊夢は衣玖の計画をすぐに理解した。
「まるで母親ね」
「いつまでも保護者気分が抜けなくて、自分でも困っていますよ。
それが一方的なものだったとしても、ですけれどね」
そう言って、衣玖は「お邪魔になりました」と霊夢に一礼した。
見送るため、霊夢も立ち上がる。
「今度は天子も連れてきなさいな。
良い酒を用意するわよ」
「わかりました。それなら、次の宴を期待するとします。御免蒙る」
衣玖が霊夢に言うと、彼女は空高く飛び立っていった。
その姿は、リュウグウノツカイのように、とても美しいものであった。