Coolier - 新生・東方創想話

おしゃべり魔女

2008/12/31 18:53:02
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 魔理沙が魔女になってしばらく後、博麗が代替わりした。
霊夢とは打って変わって生真面目そうな巫女だった。
 現金なことで、妖怪達は博麗神社に寄りつかなくなった。
 新たな巫女と酒好きの鬼が中心になって時々小規模な宴会をやっていたようだったが、魔理沙が行かなかったので私も行かなくなった。

 魔理沙達は代わりに、霊夢の隠居先へ殺到した。
私も一度魔理沙に連れられて行ってみたが、霊夢は顔なじみの妖怪達に囲まれてすっかり角の取れた様子で柔和に笑っていた。
 私はそれきり霊夢の所へは行かなかった。
 魔理沙は相変わらず飛び回っていた。
時折、私の家に寄って土産話しをしてくれた。

 博霊の巫女はまたしても代替わりし、霊夢から数えて三代目となった。
 本当は三代目どころではないらしかったが、私は霊夢が何代目か知らないので三代目と呼んでいた。
三代目の巫女は柔和で気さくな人間だった。
「たまには、妖怪さんとお酒を飲みたいです」などと言っていた。
 そして、間もなく霊夢が死んだ。
 葬式は博麗神社で行われた。
 私は行かなかった。

 出席した魔理沙に聞いたところ、「妖怪達が一杯いたよ。ただそれだけだった」ということだった。
 私は行かなくてよかった、と思った。
 葬式が終わって間もなく魔理沙は私から奪った本を返しに来た。
紅魔館にも返しに行く、と言っていた。
 実に意外極まる出来事だった。

 それから、魔理沙は引きこもりがちになった。
以前は「お前は日光に当たれ」などと私をからかったものだが、皮肉なこととなった。
 他の妖怪達はどうだか知らないが、風の便りによればみんな似たようなものだったらしい。
 最近は昔の妖怪達が少しずつ神社に戻ってきた、などという話しも聞くが、魔理沙は家の中から出ようとしなかった。
 私はというと、昔とほとんど変わっていなかったと思う。
 出歩くのは、里に買い物に行く時と魔理沙の家に行く時。
 私の話し相手はもっぱら魔理沙くらいしかいなかったが、それはあちらにとっても同様だった。
 魔理沙はしきりに「つまらない」と繰り返していた。
 私もつまらなかった。





 天狗の新聞屋は律儀なものだ。
何の縁かは知らないが、頼みもしないのに、このような魔法の森の奥まで飛んできて新聞を置いていく。
 私は新聞受けの中に放り込まれた新聞を乱暴に抜き取った。
 新聞は大分湿っていて、私は顔をしかめた。
日付を見ると四日前だった。
 天狗の新聞は不定期発行で私が出不精なため、このような事態に陥る。

「八雲紫・爆睡中
あの有名人・八雲紫が長期睡眠を開始した。彼女は睡眠に入るにあたって職務の一切を式に任せた後、寝室の周りに強力な結界を張り巡らせ、この結界は別名「爆睡大結界」と呼ばれている。
式の証言によると、数ヶ月で起きて来るということだ。
また、この結界は他に類を見ないほど強力で、過去の作品は手抜きだったのではないかと」

 世の中は馬鹿らしいことに満ちあふれている。
私は確信を強めた。
 霊夢が死んでから、一年が経とうとしていた。




 午後、私は魔理沙の家を訪問した。
魔理沙の家までは徒歩で10分とかからない。
 魔理沙の家は朝早くから雨戸が閉じられていて、実に陰気な様子を醸し出している。
私はもう馴れた。
 こちらの方が魔女らしい。
扉を開けると、埃が舞った。
 一週間前、掃除をしてやったばかりだというのによくここまで小汚くできるものだ。
パチュリーがよく口にしていた「ネズミ」の言葉はもっともであった。
 私も心得た物で、高く積まれた本を避けつつ薄暗い階段を上った。
更に薄汚い2階の廊下を歩いて、突き当たりの部屋を開けると魔理沙の後ろ姿が見えた。
 いつも通り黒いエプロンを着て、何やら本を読んでいる。
 あぐらをかいて丸まった背筋がはっきりと見えた。

「おい」

「ああ」

 魔理沙は振り返って、白い歯を見せた。
机の上は本で溢れ返っていて、私の頭上には人工の星がいくつも輝いている。
 この星があれば灯りはいらない。
部屋に灯りの類は無かった。

「また来たのか。そんな大荷物で」

 私は新品のエプロンを突きだした。
魔理沙はおどけた動作でエプロンを奪い取った。

「いつも悪いな。この部屋はどうも駄目だ。埃っぽくて」

「何の研究をしてた」

「いや。本なんか読んじゃいなかった。ここ最近はあんまり読まなくなった。ただ眺めているだけ」

 魔理沙が広げていた本を見ると哲学書であった。
元々持っていたらしいのだが、最近までお蔵入りになっていたのだと聞く。

「魔術書、哲学書、歴史書、エトセトラ」

 私は魔理沙の周囲に散らばった本を指さした。

「これだけの蔵書を持っていながら、私の本はよく盗まれた」

 私はわざと下品な動作で、近くの木椅子の上に腰掛けた。
魔理沙は首を傾げる。

「ちゃんと読んださ。ちゃんと返した」

 埃っぽい部屋の中にいるせいか、喉が渇く。
私は何か飲みたく思った。

「瞑想」

「そんなものじゃない。ただの思案だ」

「瞑想でしょう」

 魔理沙は哲学書を勢いよく閉じて笑った。

「うん。まあ、それでいいや」

「何が分かった」

「うん。やはり、魔女にならずに死んでおくべきだったと思うんだよな」

 私はうんざりした。
何回もこの類の話しはしたが、その度に非常に面倒な事になる。
 声を荒げて食ってかかってくる訳ではないのだが、持論を撒き散らすのでこの上なくうっとうしい。

「ほほう。じゃあ、魔女にならなければよかったのでは」

「いや、だってさあ」

 魔理沙は勢いよく頭を掻いた。

「霊夢が死ぬなんて思わなかったからさあ、何度も言ってるじゃん。恥ずかしいからあんまり言わせないで」

 私は笑いをこらえながら、魔理沙の肩を勢いよく叩いた。

「馬鹿ね。本当に。そんなこと言う前に掃除しろって」

 私は、机の横に置かれたとんがり帽子の上に積もった埃を魔理沙に吹きかけた。
魔理沙はまんざらでもなさそうな様子でけむたがった。

「面倒くさいな。お前、やっといてくれよ」

「やだ。代わりに人形連れてきたから」

 私はトランクケースを開いて、中の上海を見せた。

「おお。そいつら便利だよなあ」

 私の声に反応した上海は勢いよく立ち上がり、部屋のドアを開けた。
廊下と部屋の埃が混じって舞い上がった。

「欲しいなあ。一体くらいさあ」

「駄目。あんたの元には置けない。人形が可哀想」

「ああ。また言い出したよ。人形理論」

 何やら馬鹿にされそうな予感がしたので、私はあわてて話題を変えることにした。

「新聞読んだ?」

「いつの」

「今朝の」

 魔理沙は首を振った。

「読んだ、読んだ。いつも天狗が届けに来るんだよな。迷惑だから今度つっぱねてやろうと思うんだが、話しかけんのも面倒くさい」

「分かる。天狗はうるさい。それより、八雲紫の件だけど」

 私が神妙めいた言い方をすると、魔理沙が噴き出した。

「爆睡大結界のことか? あいつ、頭おかしくなったんだよ」

「何でも、今までで一番の強度だってよ」

「止めろ。死ぬ」

 魔理沙は腹を押さえて転げ回った。

「しかし、お前、新聞の話しが好きだな」

 それくらいしか話題がないのだ。
私は帰り際、机の上の魔道書をこっそり持ち出した。






 風呂を出て、上海の手入れを始めた。

「気持ちいい」

 自分で仕込んだ言葉のくせに、私は苦笑した。
誰だ。こんな言葉を教えたのは。
 最近の関心事はもっぱら人形の作成と手入れで、自律人形の件はほっぽらかしだった。
誰にとは言わないが、申し訳ない気持ちがする。
 私は上海を膝の上に乗せて魔理沙の読んでいた魔術書を開いた。
 が、1ページも読み進めない内に頭が痛くなった。
 何と言うことだ。理解出来ない。
私が手を出している魔術書とは全く別の方向性のものだったが、それにしてもわけがわからない。
 古典派の私は、相当新しい魔術書なのかと思って製造年を確認したが、そこはぼろぼろに剥げていた。
 表紙も中身も色あせた一品だった。
私が「嘘だろ」と呟くと、上海が真似をした。






 翌日は庭に椅子を出して紅茶を飲んだ。
上海は向かいの椅子に座って、私の教えた歌を歌っていた。
 舌足らずで実によろしい。
 3杯目の紅茶を淹れる頃、魔理沙が現れた。
 彼女は不機嫌そうにポケットに手を突っ込みながら、私の目の前の空中を歩いて来た。
箒に跨っていれば、数十年前と見紛ってしまう。
 これで、今日の話題作りには困らない。

「やあ、アリス」

「あら、珍しいのね。異変?」

 私は魔理沙から拝借した本を広げ、読んでいるふりをした。

「泥棒」

「失礼な言い方をしないで。ちょっと興味があったから、拝借したの」

 魔理沙は空中から直接、隣の椅子に腰掛けた。

「大分、難しい本を読んでるのね」

「何も分かっちゃいないさ」

 私はおどけた仕草をした。
魔理沙は苦笑いして、私から本を取り上げた。

「あの、箒に跨ったチビがこんなに難しい本を読むようになって」

「本なんかつまらないってことが、よく分かったよ。久しぶりに今日はワクワクしている」

 私は首を傾げた。

「日光の下もいいものでしょう」

「ああ。たまには悪くない。何だか考え事がはかどる思いだ」

「考え事?」

「自殺について」

 私は「うわっ」と声を上げた。
魔理沙はここ最近気持ち悪くなったが、ここまで気持ち悪くはなかった。

「気持ち悪っ。不健康ね。ああ、いやだいやだ」

「魔女になってから、ずっと考えてたんだぜ」

「霊夢が死んでからじゃなくて?」

 魔理沙は「あ、いた」と頭を抱えた。
虐めというのは、痛い所を突くから面白い。

「うん。どっちでもいいよ。いや、その通りだ」

「正直なところ、気持ち悪くてしょうがないから結論を言って」

 魔理沙は本の表紙をなぞった。
告白前の乙女がやる動作だ。

「恥ずかしい」

「言えよ」

「やっぱり死ぬの恐いかもしれない。痛いのはもっと恐いし。でも、死にたいセンチメンタルな自分もいる」

「うわあっ、気持ち悪いなあっ。何なんだよ、一体さあ」

 私は今度こそ、魔理沙を突き飛ばした。
何なんだ、こいつは。一体、どうして気持ち悪いことばかり口にする。

「ポエム野郎」

 とにかく、自分が言いたいことを言おうとしたが、言いたいことが多すぎてままならなくなった。

「死んだら、お前どうするよ。今、ここで」

「いいか。賭けてもいい。あなたは死なない。あんたみたいな臆病者は死なない。うわあ、気持ち悪いな。本当に。やるならやりなさい。いや、むしろ私が至近距離で魔法弾ぶち込んでやるから」

 魔理沙は私の飲みかけの紅茶を飲んだ。

「うわっ、止めろ。感染する」

「やだよ。お前のは特別痛そうだし、それに、お前じゃ多分、私は殺せないよ」

「ほら出た。やっぱり死にたくないんじゃん。ああ。気持ち悪かった」

 妙な空気が流れた。
私も魔理沙も冷や汗を拭った。

「いや、殺せるかも」

「無理だろ」

 魔理沙は悲しそうに呟いた。

「酒でもいかが?」

「遠慮しておく」

 私はその晩、久しぶりに魔道書を引っ張り出した。
そして、ようやく気付いた。
何のことはない。私が馬鹿になっていたのだ。





 私が里へ出かけるのはいつも閉店間際だった。
ただし、食料品を買いにいくことは少ない。
 その手のものは買いだめするし、多少食わなくても死にはしない。
それよりも手芸店だった。
糸と針とボタンと布と諸々の宝物に囲まれていると、私は時間を忘れた。

「本当に好きですね」

 店主の中年女が微笑みかけてきた。
彼女とは数十年来の付き合いで、彼女が5つか6つで手伝いをしていた頃から私はこの店に通っていた。
話し相手ほどは親しくない間柄だった。

「また、お人形さんのお洋服作るんですか?」

 痩せた彼女は上品に微笑み続けた。
私は小さく頷いて、品定めを続けた。





 結局、布とボタンを大量に買い込んでしまった。
 私は人の少なくなった通りを歩いていたが、ふと知っている顔を見かけた。
 黒いドレスを着て帽子を被り、女児を一人連れていた。
確証はないし何より面倒なので、そのまま目を反らしてしまおうかとも思ったが、あちらが気付いたようで近寄ってきた。
 やはり、思い通りの人物であった。元より、あのような奇抜な帽子は見間違えるはずがなかったのだ。

「アリスか」

「慧音先生?」

 私の頭の中で彼女はいつになっても「慧音先生」であった。先生の印象が強すぎるのだ。
しかし、あながち間違ってもいなかったようで、彼女は大きく頷いた。

「久しぶりだなあ」

 慧音先生は大分、大人びていた。
人間で言うと三十路手前くらいの外見である。
 しかし、大分頑張っていたようだった。
 握手をすると、手からは確実に中高年女の感触がした。
そう思ってみるせいか、仕草も前より落ち着いていてどことなくそれらしい。

「霧雨は一緒じゃないのか」

 思わず、私は笑いをこらえた。

「この間、会ったわ」

「ああ。ちゃんと生きてるんだ」

 慧音先生の言葉がたまらなくおかしかった。
 私は「だけど、自殺にご執心ですよ」などと言うわけにもいかず、「元気です」と答えた。
これまた嘘ではなかった。
 引きこもりの魔理沙は元気だった。

「お前、宴会に顔出さないのか?」

 私はそれよりも、慧音先生の足下で退屈そうにしている子供が気になって仕方なかった。

「うーん。あんまりねえ」

「是非、来て欲しいんだが。巫女にお前らの話しをしたら会いたいって言ってたぞ。ほら、あの巫女はお前らのことをほとんど知らないからさ。霧雨も連れて来てくれよ」

 慧音先生というのは、意外に鈍感な人だ。
前から思っていた。

「最近は西行寺のお嬢様や、永遠亭のお姫様も来てるよ。紅魔館の連中は全然だけど」

「ええ。考えましょう」

「今日は人形と一緒じゃないのか?」

 そう言えば、飲み会に顔を出すときはいつも人形が一緒だった。

「ああ。今日は家に」

 子供は会話に入りたそうにしていたが、黙っていた。

「年、いくつ」

 私が話しかけると、「5歳」と答えた。
余りにも気の利かない質問だったと後悔している。

「この子は慧音先生の子供?」

「違うよ」

 慧音先生は至極迷惑そうな顔をした。

「妹紅と二人で育ててるんだ。他にも何人も。私の家で。寺子屋と両立してね」

 慧音先生の目は「察しろ」と言っていた。
私は察した。この子供は恐らく孤児なのだ。

「アリス、今度良ければ人形劇を見せてくれないか? 前、私に見せてくれたような奴をさ。みんな退屈してるんだよ」

 人形劇というのはあれだろうか。あの、酔いに任せてやった寸劇。アリスは必死に数十年前の記憶を掘り起こすが、他にそれらしい記憶は見つからなかった。

「ああ。うん」

 子供の手前でいやだ、とも言えないだろう。
アリスが言うか早いか、慧音は嬉しそうな顔で子供の前に身をかがめた。

「今度、このお姉ちゃんが人形劇やってくれるって」

「うん」

 子供は無表情に言った。
中々に正常な反応だ。
 実際に見せればそれなりに楽しんでくれるだろう。

「慧音先生、帰ろうよ。妹紅姉ちゃんがご飯作れないよ」

 慧音先生は「おお」と声を上げた。

「あ、ああ。早いとこ野菜を貰って帰らないとな。アリス、気が向いたらでもいいからさ、私の家に来てくれ。私の家は知ってるよな。魔理沙も連れて宴会にも顔を出してさ。きっと楽しいぞ。とりあえず、また会おう」

 慧音先生はドレスを翻して慌ただしく走っていってしまった。
丁度、夕日が沈みかけていた。
私はどっと、疲れを感じた。




 自分で言うのも何だが、私はサービス精神旺盛だ。人形劇を頼まれればやってやりたくも思うし、魔理沙が「殺して欲しい」と言えば遠慮おきなく殺してやるつもりだ。
久々に人形劇を披露してやりたく思った。
人形劇などここ数十年していなかったが、普段人形を動かしているためそれなりに自信はあった。





「行かないよ」

 魔理沙は苦虫を噛み潰したような顔をした。
魔理沙の机の周辺だけは埃が薄く、行動範囲が見て取れるので実に面白い。

「言うと思った」

 魔理沙は表情を変えなかった。

「私もパスかな」

「微妙な言い方だな」

 魔理沙は意外そうな表情をした。

「うん。人形劇はやる予定だけどね」

 魔理沙は「ふうん」と息を漏らした。
とぼけた振りして勉強家なのが癪に触る。

「慧音か、懐かしい名前を聞いたな。老けてた?」

「やっぱ、そこ気になる? 何か美人になってた。外見は大分細工したらしいけど、隠せないわ。人間でいうと結構な年だと思う」

「細工ってのは? 時間いじくってる系?」

「時間かな。よく分からない」

 魔理沙は感慨深そうに唸った。
何か馬鹿にされている気持ちだった。

「時間いじくるとなあ」

「あんたは変わってない。中身も外見もきっちりとセーブされてる」

「中身ってのは内臓のことだろう」

 魔理沙は至極当たり前のことを口にした。

「うん。内臓」

「何か、考え事がまとまらなくてさあ」

 また、自殺節が始まるかと思いきや始まらなかったので安心した。






 指先はともかく案外に口先は馬鹿になっているものだ。
ずっと昔に自分が書いた台本片手に、私は悪戦苦闘していた。
 内臓はやはり退化するらしい。
 上海をお客に見立ててベッドに腰掛けさせ、他の人形達を動かしながら人形劇をするのだが、一続きの台詞を言い終わる前に息が切れてしまう。
 かと言って台本を書き直すのも癪なので、肺を鍛え上げることにした。
魔道書も並行して読み続けた。
 この時、私の頭に恐ろしい考えが起きた。
 魔理沙の部屋に転がっていた書物の数々。魔理沙はここ最近読書がはかどっていない様子だったが、既に読み終えてしまったのではないのだろうか。





「あんたさ、最近研究してる? 何か、そこら辺埃かぶってるんだけど」

 私は実験用兼作業用の大きな机を指さした。
魔理沙は何のことだ、というような顔をした。

「さあ。続行中かな」

「嘘吐くな。この一年、最初の方はあんなに夢中になってた。それが、ここ最近は何だか物思いにふけっているだけじゃない」

「お前、鋭いな」

 馬鹿が。
気付かない奴なんかいない。

「ご存じの通りさ。最初は研究に没頭してたんだけど、何か飽きた」

「何それ、自慢? もしかして、この部屋の中で得られる知識は全部得たって意味?」

 魔理沙は一瞬、図星だという表情をした。

「知識ってのは、難しい。得たつもりが抜けていく。だから、極めるなんてのはあり得ないし」

 私の疑いが確信に変わった。
こいつは間違いなく、自分なりにやれることを全て終えてしまっているのだ。
 この達観したような態度は間違いない。

「分かった。あんたはもう研究しつくしていたのね。そうなんでしょ」

 私の勢いをものともせず、魔理沙は首を傾げた。

「研究なんて全部終わるわけがないだろ。努力家ってのは空しいんだぜ? お前には難しいか。正直言うと、研究も最初は楽しかったよ。取り憑かれたようにやってた。この家の蔵書も全部、読破した。この部屋だけじゃないぞ。全部だ。下の部屋も上の部屋も全部。だけど、突如、空しさが襲ってきたんだよ。
本当に魔術を極める気なら、とっくに新しい知識を求めて旅立ってるさ。そう思うだろ?」

 私は反論出来ずに歯を食いしばった。

「アリス、お前は最近何か楽しそうだな」

「そう?」

「羨ましいぜ」

 私は呆れて、物も言えなかった。

「退屈だから、そんな考えに行き着くんじゃないの?」

 魔理沙は「そう、その通りだ」と唸った。

「やっぱりな、私は死んでおくべきだったんだよ。生きてることが間違いってわけじゃないけどさ」

 煮え切らない様子だ。
やっぱり死にたいんじゃないか。

「じゃあ、死ねよ。何度も言ってるでしょ? 死ね。ほら死ね。さあ死ね」

 魔理沙は何も言い返さず、黙り込んだ。
何かを考えているようだった。

「これからさ、あんたどうするの? 魔女ぶって、このままここにいるの? 臆病者。やっぱ、あんた魔女に向いてないわ」

「静かに。今、考え中なんだ」

 私は魔理沙に洗濯したエプロンを渡すと、早々に引き上げた。
最近の魔理沙はからかい甲斐があるのだが、その反面でとてつもなくうざい。





「ぼろぼろの王妃様は、王女様の身代わりになって竜を倒しました。国は平和になりました」

 劇が終わると、魔理沙は大袈裟に拍手した。
我ながら、中々上手くいったと思う

「捻りの効いた劇だったな。王様が腰抜けなところが、王妃様を引き立ててるぜ」

 素直な感想だ。

「王様、むかつくでしょ?」

「死ぬほどむかつく」

「食われるシーンでカタルシス」

 魔理沙は笑った。

「子供向けか?」

「慧音先生が喜ばないだろうけど、子供は喜ぶと思う。あと妹紅も」

 魔理沙は膝を叩いて豪快に笑った。

「そりゃそうだ」

 それから、私達は紅茶を片手にテラスへ出た。
私がわざわざ葉を持ってきたのだ。
 魔理沙は日光すら浴びたがらなかったが、今日は自分からテラスに誘った。
何か思う所があったのだろう。

「う。眩しいな」

 外は寒かったが、よく晴れていた。

「寒くない?」

「寒い。今度、セーターを編んできてくれ」

「やだよ。家の中で暖炉でも燃やしなさい」

 魔理沙はさもおかしそうに笑って、私の肩を叩いた。

「いや、違うんだ。大したことじゃないんだが」

 私は知っていた。
こいつは案外、嘘つきであるところを。
特に、こんなことを言い出す場合には何かを隠している。

「旅に出ようと思うんだ」

 魔理沙は付け加えるように「ただ、それだけ」と言うと、恥ずかしそうに紅茶を飲んだ。
私はむせた。

「は? 本当に? 何でまた? 知識欲? 荷物はどうすんの?」

「いや。特に理由はないんだ」

 私は失笑した。

「何すんのよ。旅に出て。死ぬの?」

「決心したんだ。家具とかは全部置いていく。欲しければ持って行っていいよ。必要最低限の物だけ持ってここを出る。なるべく早くな」

「どうせ、また戻ってくるんでしょう」

 魔理沙はしかめっつらをした。

「案外な。でも、分からないよ。とにかく家を空けると思う」

 これは、案外死ぬつもりかもしれないなと思った。
私の知り合いに自殺者はいなかったが、第一号が出そうな予感だった。




 朝、洗濯物を干していると、カラス天狗の射命丸がやって来た。
新聞配達に精が出る。

「あれ。アリスさんじゃないですか?」

「ええ」

 面倒くさい奴に出会ったなと思った。

「新聞、いつも読んでくれてありがとうございます」

「門の上に下駄で乗らないで」

 射命丸はぺこぺこ、と頭を下げた。

「すみません。本当にお久しぶりですね。何か最近、変わったことは」

「ネタならよそを当たって」

 私が勢いよくドアを閉めると、射命丸は吹っ飛んだ。

「あっ、待ってください。ちょっと。ほんのちょっと」





「本当、うっとおしかった」

「おい。止めろ。これから旅立とうとしてるのに、そんなに鬱な話しを聞かせるな。お前以外としばらく話してないもんだから、外が恐くて仕方ないぜ」

 私は溜息を吐いた。
そうしている間にも、魔理沙は何やら荷物をまとめている。
 大きなカバンに、八卦炉を詰め込んでいた。
八卦炉を見るのは久しぶりだった。

「何で八卦炉?」

「お? やっぱりそこ突っ込む? 妖怪に襲われたら困るじゃん。気持ちよく旅したいし」

「すぐ、戻ってくるくせに」

 魔理沙は首を振った。

「どうかな。お別れは今の内だぜ?」

「どこに行くの?」

 魔理沙は大きく肩を落とした。

「気の向くままに」

「他に誰かに知らせるか」と聞くと、魔理沙は唇に人差し指を当てた。

「いいよ。言わないで」

「ひょっとして、死ぬ気?」

 魔理沙は難しい顔をした。

「いや」

 私は魔理沙の持っていた高級品のティーカップに目を付けた。

「これ、貰って良い?」

「好きにしてくれ。それよりもさ。何か、外の楽しい話しを聞かせてくれよ。お前、最近何だか楽しそうなんだよなあ」

 魔理沙の表情は何故か、楽しそうだった。

「何、考えてるの?」

 魔理沙は笑った。







「今度、博麗神社に行ってみようと思うのよ」

「ふうん。アクティブだな」

「魔理沙も行かない? お別れ代わりにさあ」

 皮肉のつもりだったが、魔理沙は敏感に感じ取ったようだった。

「お別れも無いだろ。何十年ぶりだっての。いきなり顔出して、これから旅に出ますってか?」

 私は笑った。
魔理沙はぶすくれた。

「明日、発つよ」

「そう」

 私が「これでようやくお別れね」と言うと魔理沙は溜息を吐いた。

「行き先は?」

「分からんって言ったじゃないか。ああ、あと明日お前ん家に寄るから」

「何で?」

「最後の挨拶だよ」

 ああ、こりゃ死ぬな、と思った。
よくよく考えてみれば、今までこいつが生きてたこと自体が奇跡のようなものだったのだ。
そう思うと案外もの悲しいものだった。





「でかいトランクケースだなあ」

 朝から玄関前に椅子を出してお茶を飲んでいた私は、魔理沙の姿を見て声を上げた。
魔理沙は何の冗談か、箒に乗ってやって来た。

「しかも箒」

 むしろ、箒を使わない方が速そうに思われる。

「何か、乗りたくなってさ」

 魔理沙は箒から飛び降りると、先にくくりつけていたトランクケースを下ろした。

「中身、何?」

「何でもないようなもの」

「疑問に思ってたんだけど、重くないの」

「重くないよ」

「そうか」と言ったきり、会話が止んだ。

「戻ってこないんでしょ?」

「ううん、まあ」

 魔理沙は曖昧な返事をした。

「あなたは最後まで魔女らしくなかったわ。とりあえず、さようなら」

 私が強制的に会話を終わらせると、魔理沙は大空へ舞い上がった。
そして、これから死ぬとは思えない程の力強さでもって北へ飛び去った。






 あれから、5日が過ぎた。
私はぼんやりと魔理沙から貰ったティーカップでお茶を飲んだり、人形いじりに勤しんだり、読書をしていたが、どうやら飽きてきた。
 やはり、つまらなかった。
 魔理沙の遺品(仮)でも漁りに行こうかとも思ったが、何となく行かなかった。
 こういうのも何だが、自分が魔理沙を殺したような気がしてきた。
「死ね、死ね」と言い過ぎたような気がする。
 今まで生きていたことを讃えてやるべきだったのかも知れない。
 でも、致し方ないことだと思った。

 そして6日目、私は外に出た。
 寺子屋にでも顔を出しに行くつもりだった。
 郵便受けには新聞が放り込まれていた。
日付は一昨日のものだった。
隅っこの方が濡れていたのを見るに、どうやら雨が降ったらしい。
 私は斜め読みを始めたが、すぐに釘付けになった。
本当に信じられなかった。
こんなに馬鹿な奴は未だかつて見たことがない。

<謎の怪盗出現
昨日未明、白玉楼に一通の犯行予告が届いた。
犯行予告によると一週間後に白玉楼の倉庫に盗みに入るということだが、差出人は「怪盗M」と名乗っており……>
ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
yuz
http://bachiatari777.blog64.fc2.com/
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コメント



0.2990簡易評価
6.100やたた削除
読了後、思わず唸ってしまいました。

淡々と進む会話シーンとアリス視点の人物描写で、時間の経過が上手く表現されていますね。
しかし古びた空気がこのまま続くとおもいきや、まさかのあのオチ。
時が流れても(それこそ死語ですら!)変わらないものがある。そんな当たり前のことに驚かせられました。
7.100名前が無い程度の能力削除
最後でゾクッときた。
10.90名前が無い程度の能力削除
最後の一文だけでこの作品の評価が跳ね上がった
それでこそだぜ
12.100名前が無い程度の能力削除
淡々と、山のない文章を本当に淡々と読み進んできただけに
この最後で鳥肌が立ったまま今も止まりません。いや、マジに
13.100名前が無い程度の能力削除
時間がいい味出してました。
25.60名前が無い程度の能力削除
どうもキャラに違和感を感じますがオチにGJ
28.100名前が無い程度の能力削除
よかった。この一言に尽きる
32.100名前が無い程度の能力削除
最後までぞくぞくできました
36.100名前が無い程度の能力削除
シニカルと鬱々とした展開がずーーっと同じテンポで続くのでこの調子で淡々と終わるのかと思ったらwww
それが布石だったんですね。
淡々とした文章を最後まで読ませるのはなかなか難しいと思います。
いやー素晴らしい。
37.80名前が無い程度の能力削除
えーと……オチがよく分からない自分は相当アホなのでしょうかorz。怪盗Xネタ?
でも淡々とした文章が良かったです。
38.100名前が無い程度の能力削除
ラストのとっても“らしい”魔理沙には思わずニヤリとしてしまいましたが、
それ以上に淡々としたアリスに心惹かれました。大好きです。
43.90シリアス大好き削除
このまま、自分好みの展開か…!?
と思い読み進めて、最後の最後のドンデン返しに意表をつかれました^^;
やっぱり、魔理沙は何処まで行っても魔理沙でした…?
あ…気よ付けて、パチェリー今度こそ永遠に無断借用されちゃう><
44.100名前が無い程度の能力削除
最後の落ちでニヤリとしてしまいました
54.100名前が無い程度の能力削除
最後に
56.90名前が無い程度の能力削除
最後は、二通りの意味に取れるんだけど・・・
やっぱりシリアスな方なのかな
66.80名前が無い程度の能力削除
白玉楼ってところが恐い。
でも魔理沙らしい。
69.100名前が無い程度の能力削除
なるほど……白玉楼か……。
結末が定まらない、とても素敵な終わり方だと思います。
71.100名前が無い程度の能力削除
さあどっちだ。霧雨魔理沙は霧雨魔理沙を取り戻したのか。
77.100nekojita削除
確かにとてつもなく面白い。結末など感動的だ。
81.100名前が無い程度の能力削除
アリだと思うZE☆
82.100名前が無い程度の能力削除
こんなアリスもかわいいなあ、どう終わるんだろう?
このまま湿った風のまま終わるのかと思いきや!最後のアリスは目ん玉飛び出てんだろうなあ、かわいい!
このままあと100kbぐらい続いてもいいなって雰囲気だった
85.30名前が無い程度の能力削除
キャラに魅力がないし、東方っぽくない。
会話にしても深く掘り下げられていないし、鬱蒼とした雰囲気だけしか感じられない。
91.100名前が無い程度の能力削除
投げ出すのは簡単だけど立ち直るのは難しい
ある意味、魔理沙の根底の強さが表現されていると思う
文句なしの100点
92.100名前が無い程度の能力削除
馬鹿は死んでも治らない。