Coolier - 新生・東方創想話

星熊勇儀の鬼退治・零~地の底に降る雨~

2008/12/28 18:07:37
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 私は、水橋パルスィが大嫌いだ。

 嫉妬の橋姫。

 地上と地底を繋ぐ縦穴の守人。

 金の髪と翠玉の瞳を持つ、おおよそこの国の者らしからぬ風貌の少女。

 まぁ……そこは私も言えない。

 金の髪と紅の瞳。魔性を意味する鬼の容貌。こんなものを持つ私が嫌う理由にはならない。

 異形と言ってしまえば私の方がよっぽど異形だ。

 理由にならぬのに理由であるかのように思う。それは簡単な理屈だ。

 突き詰めずとも、私には何故あの少女が嫌いなのかわからない。

 恨む理由も妬む理由も拒む理由もありはしない。

 でも。

 それでも。

 私は――水橋パルスィが大嫌いだ。


































 雨。

 地底にも雨は降る。

 雪ばかりのように見える旧都にも雨が降る。

 雪と違い、雨は冷たい。

 実際は雪の方が冷たいのだろうが、雨だと酔いが醒める。興が殺げる。

 だから雨の日は皆家に籠り静かに呑む。

 誰も、外に出ない。

 でも私は……外に向かう。

 陰鬱な気分で、雨に体を冷やされながら。

 今日も泣いているだろうあの子の元に――










 居た。

 寸分も変わらずに、彼女はそこに居た。

 地上が、忘れられないのだろう。

 こんな雨の日。誰も出歩かない雨の日。

 あの子は見えない空を見上げて泣いている。

 誰にも見せない彼女の心。

 それが、雫となって雨に混じる。

 水橋パルスィ。

 嫉妬の橋姫。

 水橋、パルスィ。

 誰も通ることの無い縦穴の番人。

 あの姿は――なんと表現すればいいのだろう。

 美しい? いや、多分違う。雨に濡れる金の髪、涙に濡れる緑の瞳。十二分に美しいと云える。

 いっそ、美貌と言い切ってもいい。憂いを帯びたあの泣き姿は傾国の美女のそれだ。

 だが違う。違うと、思う。

 私はあれを心底美しいとは思えない。私は……あの姿が嫌いだ。

 見ていて、腹が立つ。雨のせいだけじゃなく酔いが醒める。いらいらする。

 ならば見なければいいだろうに。

 雨の日はおとなしく家で呑めばいいだろうに。

 なのに、自然とここに足が向く。

 日々楽しくを身上とする私にそぐわぬ行動。

 ……あぁ、いらいらする。

 私は何もしない。ただ見ているだけだ。

 なのに。

 なのに、いらいらが治まらない。

「……星熊」

 少女の声が、耳に届いた。

 まっすぐに、私を見ている。私を睨んでいる。

「――やぁ橋姫。見つかっちまったか」

 生意気な。

 この鬼に。この星熊勇儀に、殺意を乗せた目を向けるか。

 相変わらず面白い。あの小娘は、彼我の戦力差も位の上下も気にせず牙を剥く。

 涙を雨で誤魔化して、自分はいつでも闘えると身構える。

「趣味が悪いわね。こそこそ覗き見して優越感にでも浸っているのかしら」

 言葉に籠るのは棘。

 触れるもの全てを傷つけるいばら。

「はん。綺麗な花には棘がある――か。よく言ったもんだ」

 あぁ……私は、心の底ではこの少女が美しいと認めているのか。

 なら、何故――認めたくないのだろう?

「花、ね。この地下世界に咲く大輪の花が雑草にお情けかしら? 願い下げだわ」

 賛辞などどこ吹く風。全てを否定して切り捨てる。

 そうじゃないだろう橋姫。

 おまえは、相手の全てを肯定して妬む妖怪だろう。

 それが何故、己のことは否定する。

「私は己を花などと思ったことはないよ」

 私に花は似合わない。私に花を手折る資格は無い。

 私が咲かせるものなど血の花だけだ。

 本音だったが、理解はされなかった。

「意外だわ。謙遜もお上手なのね。社交性に富んでいる」

 花が似合うのはおまえだろう。

 百合の高貴さも、桜の儚さも、おまえにこそ相応しい。

 おまえだからこそ、手折る姿さえ絵になるだろう。

「妬ましいわ」

 言葉に出来ぬ私を嘲るように、翠玉の瞳は細められる。

「なぁ橋姫。なんであんたは、そこまで私を拒むんだい」

 心に刺さる棘がうずく。

「私に何故と、問うの? 星熊」

 傷には至らない。

 痛むというにはささやか過ぎる。

「なんであんたは……一人離れて暮らす」

 なのに。

「それこそ――何故と、問うの?」

 無視などできぬほどに、うずく。

「私が、狂ってしまうからよ」

 痛みと錯覚するほどに――うずく。

「毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日

 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日

 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日

 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日

 毎日毎日毎日毎日――」

 少女の顔に、歪な笑みが刻まれる。

「楽しそうに宴を続ける旧都に住まう鬼共。そんなやつらと一緒に暮らせば、

 私は妬み過ぎて壊れてしまう。妬み続けて狂ってしまう」

 顔だけが切り離されたかのような笑み。

 心を映さぬ仮面の笑み。

「私を壊したいのかしら? 鬼の四天王、力の勇儀。く、あははははははははは。

 違うわよね? そんな遠まわしなことなどせずともあなたなら。

 怪力乱神を謳うあなたなら、腕一本分の力も使わずに私を壊せる。犯せる。殺せる。

 圧倒的だものね。壊滅的だものね。一方的だものね。私に勝ち目なんて無いものね?

 あはははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 狂ったように。

 狂ったふりをするように。

 水橋パルスィは哄笑を上げる。

 だが私は、雨に混じる涙を見逃さなかった。

「そんなことはない」

「――なんですって?」

 反射的に言い返し、後悔する。

「そんなことはないだろう橋姫――おまえも共に暮らせる」

 わかってる。

「共に暮らせるはずだ。我らは、私は、おまえを拒まない」

 こんなことを言えば彼女は傷つく。

「私たちは……仲間だろう」

 傷つく、だけだ。



 はっきりと、雨ではない雫が落ちるのを見た。



「何を言うかと思えば」

 笑っている。

「安い、同情ね」

 嗤っている。

「そんなに私は可哀想に見えるのかしら」

 私がつけた傷から血を、涙を流して、嘲り笑っている。

 愚かな私を罵っている。

「私に孤高を語る資格は無い?」

 わからない。

「私に孤独を望む権利は無い?」

 私にはわからない。

「私に静寂に抱かれる価値は無い?」

 私にはおまえの弱さがわからない。

「おまえの物差しで測るな、鬼」

 どうしておまえを傷つけてしまうのかわからない。

 もはや、少女は笑ってなどいなかった。

 偽装の笑みすら捨てていた。

 作り笑いで覆っていた棘を剥き出しに、鮮烈な花を咲かせる。




「私に孤高を語る資格が無くとも私に孤独を望む権利が無くとも私に静寂に抱かれる価値が無くとも。

 私は孤高を目指し孤独を掴み静寂を捕らえる」




 ――美しいと、心の底から想った。

 偽らざる、偽ることすらできぬ感情。

 雨に、己が流す血に濡れた花を、美しいと想った。

 忘我。

 我を忘れる。

 理性など消え去り本能だけが

「……っ!」

 少女を求めた。




ばちん




 頬が痛む。

 目の前には私を睨む少女。

 振り抜かれた右手。

 震える唇。

 少女を掴まえる私の腕。

「同情で抱かれるほど安くはないわ」

 私は、少女の唇を奪っていた。

「――ぁ」

 なにを、している。

 自分すら、わからない。

 凍りつく思考の中、なんとか少女から腕を引き剥がす。

「橋、姫。私は」

 酷く、遠い。

 後ずさった数歩が、永遠に思えるほどに、遠い。

「同情するな」

 違う。

「あなたが同情する必要などどこにもない」

 違う……

「私は、鬼よ」

 違うんだ、パルスィ。

「あなたみたいに強くない。弱い。すごく弱い。立派な角も無い」

 私は同情なんてしていない。

「でも、私は鬼。嫉妬の鬼。この世の全て、あの世まで、妬んで妬んで妬むわ」

 私はおまえを傷つけるつもりなんてなかった。

「尽くさない。限りなどない。私はどこまでも妬む。それが私のただ一つの武器だから」

 私はおまえを怯えさせるつもりなんて、なかった。

「だから」

 私は、おまえが、おまえのことが。

「パ……る、し」

 掴もうと伸ばす手から、逃げられる。

「星熊」

 背を向けられる。

「……ぁ」

 もう私を、睨んでくれすら






「もう私に関わるな。私に武器を使わせるな」


































 走り去るその背を、私は追えなかった。

 追おうと思えばすぐ追いつく。三歩で捕まえられる。

 だけど、できない。

 あれが、彼女の思いやりだとわかるから。

 度の過ぎた嫉妬は相手を不快にさせる。言いがかりに近い。

 だから彼女は皆から距離を取る。

 疎まれると知っているから。傷つけるとわかっているから。

「……っは。私が、慮られたか」

 彼女は知っているんだろう。

 どんなに強くても。

 どんなに圧倒的な力を持っていても。

 心は脆いものだって。

 ちょっとした傷で壊れてしまうって。

「こんな私を……気遣ってくれたか」

 わからないのに。

 おまえの弱さを理解できないのに。

 ただただおまえを傷つけるだけのこの愚かな鬼を。

 どこまでもおまえを怯えさせることしかできない無力な鬼を。

 拒絶することで守ってくれたのか。

 守り続けて、いてくれたのか。

 膝の力が抜ける。

 だらしなく、情けなく、倒れるように膝をつく。

 無限に己を罵倒する。

 刹那に万の言葉で己を侮蔑する。

 足りない。

 万の言葉でも兆の言葉でも無限の言葉でも。

 私は自分を許せない。

「何故だ、橋姫」

 彼女を掴めぬ手を睨む。

「何故だ、パルスィ」

 彼女を傷つけることしかできぬ爪を睨む。

 辛い。

 身を引き裂かれるほどに辛く、痛い。

 だが、泣くことなど出来ぬ。

 涙を流すことなど許せぬ。

「何故、私は届かない」
 
 おまえの方が辛いだろうに。泣き叫びたいだろうに。

 そんな鬼など要らぬだろうに。

 そんな鬼さえ背負い込まなければ、おまえは心から笑っていられただろうに。

 こんな、一人泣くことなどなかっただろうに。

 一言。

 そう一言でいい。

 ただ一言おまえが助けてくれと言ってくれれば私は、おまえを――

「……馬鹿か、私は」

 彼女が助けを求めるはずが無い。

 彼女がそんな無様を晒すはずが無い。

 彼女が、傷つけることしかしない私を求めるはずが無い。

 彼女は、私を求めない。

「私は、おまえを壊すことしか出来ない」

 ぴしりと、罅が入る。

 あぁ、棘が、刺さっている。

 深く深く、刺さって。

 罅が走る。

 蜘蛛の巣状に広がっていく。

 かしゃんと。

 なにかが、壊れる音がした。

「…………嗚呼、そうか」

 口の端が吊り上る。笑み。私は哂っている。

 獰猛な、獣の笑み。

 数瞬前までの私が可笑しくてたまらない。

 こんな簡単なことに、何故気付かない。

 鬼の私が、何故それを真っ先に思いつかなかった。

 彼女が、パルスィが自分で言っていたじゃないか。

































「殺してやる」

































 血の涙を滴らせる花。

 されど気高く咲き誇る美しき花。

 私は、その花が欲しい。

 手折れば花は萎れるだけ。

 そんなことは承知の上。

「殺してやる。殺してやる」

 奪えばいい。

 手折ればいい。

「殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる」

 枯れようと萎れようと腐れようと構わない。

 気高さを奪うことになっても。

 美しさを汚すことになっても。

 構わない。

「殺してやるよパルスィ」

 欲しい。

 パルスィが欲しい。

 狂おしいほどにパルスィが欲しい。

「……殺してやるよ」

 パルスィが欲しいから。

 この手に掛けよう。

 私のこの爪は引き裂くためにある。

 私のこの力は壊すためにある。

 ならば、迷うことなど最早無い。

「微塵も残さない。確実に、絶対に、徹底的に、殺してやる」

 憎しみめいた決意。

「鬼を、殺してやる」

 それがおまえを壊すことになっても。

 それが救いになどならなくても。

「私が、お前の中の鬼を殺してやる」

 それでおまえが魂の抜けた人形になったとしても。

 私はいつまでもどこまでも愛で続けよう。

 この世の終わりまで添い遂げよう。





 それを恋と呼ぶには苦過ぎる。

 それは愛と呼ぶには凄惨過ぎる。





 ただ御し切れぬ激情のままに、私は歩き出す。

「殺してやる。殺してやる。殺してやる……っ」

 繰り返す。

 この決意が揺らがぬように。

 刻みつけるために。

「水橋、パルスィ。殺して、やる」

 歩みを止めぬために。

 あの小さな背中を見失わぬように。

「嫉妬の橋姫を、殺してやる」

 いざその時、躊躇わぬように。

 夢想の中で殺し続ける。

「……パルスィ」

 罪は私が背負う。

 おまえを殺す咎を私は生涯背負い続ける。

 決して逃げたり捨てたりしない。

 永遠に咎人であり続ける。

「パルスィ」

 貶されてもいい。拒絶されてもいい。

「殺し、尽くしてやる。だから」

 疎まれてもいい。憎まれてもいい。

「だから」

 怯えられてもいい。殺されても、いい。

「もう、泣くな――」








 パルスィ



 私は



 おまえの泣き顔を見たくない――


























 雨はまだ、止まない




【星熊勇儀の鬼退治・零~地の底に降る雨~ 完】


【星熊勇儀の鬼退治 に続く】
星熊勇儀の鬼退治の前日譚

勇儀が如何にして鬼退治するに至ったかのお話でした

八度目まして猫井です

サッカリンの二つ名で呼ばれるのが目標だったのに

糖分が足りないビターな恋物語となりました

では皆様、よいお年を

※1/21 タイトル変更
猫井はかま
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コメント



0.2720簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
あなたの書く勇パルは実にすばらしい!
4.90煉獄削除
なんか今までのと状況が違ってちょっと怖いよ。
いや、でもそれが面白かったんですけど。
殺したいほどに愛しいということでしょうか?
面白かったですよ。
5.100名前が無い程度の能力削除
殺したいほど愛おしい。
そんなダークな勇儀姐さんのお心に惚れました。
それにしても、あなたの書く勇パルは実にすばらしい。目覚めさせてくれたのもこの小説のおかげです。
20.100名前が無い程度の能力削除
これは素晴らしい勇パルだ!
全作品見てきてしまった。
もうちょっと行間詰めてほしいかも
いっぱいあるとwktkしてたら…ムキューンなので
27.90名前が無い程度の能力削除
これはまたゾクゾクするような話ですね。
勇儀かっこよすぎ。
29.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしすぎる!!
これを見てあなたの書く勇パルをすべて見てしまった。
勇パルに目覚めちゃったじゃないか、どうしてくれる。
ただひとつ言わせてもらうとすれば・・・
ありがとうございました!!
30.100芳乃奈々樹削除
ダークなのも大好物ですw
毎回良い勇パルをありがとうございます!
これからも頑張ってください♪
34.100名前が無い程度の能力削除
好きなのに殺す?
いいや、
好きだから殺す。
52.100名前が無い程度の能力削除
素敵ですヘ(;゜)ノ