Coolier - 新生・東方創想話

もう歌にしか聞こえない

2008/12/27 18:50:01
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こっちだよ… こっちへおいで……



 とある妖怪の話をしよう。

 それは夜道にて人を惑わせ、狂わせる者。だれもその姿を見たことはない。しかし、そ
れは間違いなく存在する。
 人はその姿を見たことはない。それは何故か。理由はその声を聞いたが最後、一切の視
界を奪われてしまうからだ。夜目が利かないどころの話ではない。夜に灯るわずかな光さ
えも失ってしまう。故に、誰もその姿を知らない。
 しかし声は聞こえる。だからその妖怪は存在する。鳥目を患った哀れな人間いや…獲物
はその声を頼りに道を進むしかない。
 それが死出の旅路とも知らずにひたすら進め。君にはそれしかできない。

 とある人間の話をしよう。

 年の頃は14・5といったところだろうか。それはどうやら男性のようで、明るい未来が
その先には待っているのかも知れない。
 あどけなさを残すその少年は、しかし自ら目を閉じ、光を失っている。少年は未来に
絶望していた。それもそのはず、少年は生まれつき目を患っていた。
 故に少年は光を知らない。自ら目を閉ざすまでもなく、誰の姿も知らない。
 だが、少年には音があった。見知らぬ世界の中でただ一つ、音だけが少年の知る世界
だった。
 今宵少年は夜道を歩く。自ら光無き世界を閉ざすため、その道を進む。
 それが死出の旅路と知っていてひたすら進む。彼にはそれしか安楽がない。



こっちだよ… こっちへおいで……

 少年は音を聞いた。昏い世界で唯一知るものが、死に向かう彼の耳に届いた。
 人里離れた夜道で聞こえる人らしき者の声が少年にもたらすものは、困惑。それもそう
だろう、自分以外に人がいる筈などないのだから、声がするなどそもそもおかしい。
 さりとて少年は知らない。それは死へと誘う甘美な囁きであり、人から光を奪う呪いで
あることに気付けない。少年はもとより光を知らない、当然だ。
 少年には声が聞えるだけ。それ以上の感情は彼に無い。

こっちだよ… こっちへおいで……

 妖怪は困惑した。自分の声は人間に届いたはず。それなのにその人間は辺りを見回すよ
うな仕草を見せるだけ。それ以上の混乱が見られない。
 妖怪は困惑した。それまで狂わせた人間は、皆一様に取り乱していた。その姿は見てい
て滑稽なほどで、それが見たいが為に人を狂わせたりもした。それなのに、眼下に惑う人
間に変わった様子が無いことに疑問を持った。
 再び囁くのは甘き死の誘い。これで人間に光は望めない。妖怪のもたらす夜盲の呪いは
常人に対して絶対である。
 さりとて妖怪は知らない。その人間は、奪うまでもなく持たざる者だということを。
 妖怪は誘うだけ。人間を狂わせるのに、それ以上は必要ない。



「こっちだよ…、こっちへおいで……」
「そこに誰かいるの?」

 妖怪は自分の耳を疑った。少年の声には狂った様子が見受けられず、平静そのものだっ
たからだ。妖怪にとってそんな人間は、初めてだった。
 さりとてその少年に度胸があるようには見えなかった。その体躯は細く、見るからに弱
そうだったからだ。どうしてそんな人間が妖怪を前にして――姿は見えないだろうが――
恐れずにいられるのか、取り乱さずに返事をできるのかが理解できなかった。

「どうしたの? なんで何も言ってくれないの?」
「――――」

 この場で誰よりも心が乱れているのは妖怪に他ならなかった。その事実に驚愕し、言葉
を紡げなかった。そのことに、妖怪はさらに驚愕した。

「そっちに行ってもいい?」

 少年は声のする方へ歩んでゆく。それこそが妖怪の望みであるとも知らずに歩く。だが、
彼にとってすればどうでもよいことだった。彼は生きることに疲れているのだから。
 一方の妖怪は呆然としていた。目の前の人間の行動が理解できなかったのだ。平静を保
っているのなら、取るべき行動は逃避だけのはず。もっとも、妖怪に逃がすつもりなどは
なかったのだが。
 なおも歩みを止めない少年に妖怪は悩んだ。自ら進んで罠にかかる獲物は初めてだった。
だから悩んだ。そんな相手をどうしたら良いか、あまり賢いとは言えない頭で必死に考え
た。そして、食べてしまえば同じだという結論に達した。

「どこにいるの? 声を出してくれないと分からないよ」
「こっちだよ…」
「…ああ、そこにいるんだね」

 見える筈のない妖怪の居場所に少年はゆっくりと、吟味するように顔を向けた。
 目が合った。妖怪はそう感じた。しかしそれは大きな間違いでしかなかった。少年の目
は閉じており、それ故に視線が絡むなどあり得なかった。妖怪にもそれは確認できた。
 それでも少年には妖怪の居場所が分かっていた。音だけが彼の世界なのだから、それは
彼にとって容易いことだった。
 互いに相手の存在を認識しているが、光と音、妖怪と人間。住む世界はそもそも違った。

「どうして突然黙るの? そこにいるんでしょ?」

 見える筈のない自分の居場所が少年には何故わかるのか、妖怪には分からなかった。顔
を向き合わせども交わらぬ視線。されど、意識は疑いようもなく向き合っていた。
 自ら罠に飛び込んだ獲物は、何一つ変わった様子もなく声をかけ続ける。その事実は、
妖怪を惑わせるのに十分だった。
 もしかしたらこの人間は自分を妖怪だと気付いていないだけかもしれない。
 そう思った妖怪は声を奏でた。

「私は妖怪よ」
「そうなんだ。気付かなかった」
「驚かないの?」
「驚いて目が見えるようになるなら、いくらでも」

 妖怪はひとまず安心した。自分の力が正常に働いていると思ったからだ。しかし、自分
を妖怪と知ってなお驚かない少年に、沸々と怒りさえ込み上げてきた。
 そこで妖怪は思い立った。そもそも食べるだけに過ぎない相手が恐れないからといって、
それで怒りを覚える必要はない。
 相手はただの獲物で自分は捕食者。その立場は不変なのだから、怒る意味など無かった。

「それは無理よ。私が見えなくしているのだから」
「君が? それはないよ」
「どうして? 私の力であんたの目は見えないのよ?」
「だから、それはないよ」

 少年の言葉の意味が、妖怪には理解できなかった。
 見えなくなっているならば、それは妖怪の力が作用しているはずだから、頑なに否定を
続ける少年の声に苛立った。

「僕はもともと目が見えない」

 成程、と妖怪は思った。
 その理由はとても単純明快で、簡単に理解できた。それならば自分の力が意味を為すは
ずがないということも、自然と理解できた。
 それでも分からないのは、少年の落ち着きようだけだった。
 妖怪がそれまでに出会った人間は、自分が妖怪で、さらにその罠にかかったと知ると、
冷静など最も縁遠い言葉だった。

「私はあんたを食べるよ」
「驚かないの?」

 それを聞いても少年の心は揺らがなかった。それどころか妖怪に尋ねる程だった。

「何を驚くのよ?」
「目が見えないこと」
「私は目の見えない人間しか知らないわ」
「僕と同じ人がそんなにいるかな?」
「私の力で見えなくした人間よ」
「なるほど」

 少年はやはり動かない。まるで世間話をするかのように妖怪と向かい合う。
 妖怪はますます不思議に思った。目の前にいる人間は、まるで死ぬのが怖くない様だっ
たからだ。しかし妖怪は知らない。彼がそもそも自らを終わらせるために夜道を歩いてい
たことを知らない。知り得る筈もなかった。
 そしてそんな妖怪の疑問も、少年が知ることはない。

「怖くないの?」
「なにが?」
「死ぬのよ、あんた」
「殺してくれるの?」
「死にたいの?」
「これ以上生きたくない」
「なんで?」
「暗い世界で一人は、もう嫌だから」

 試しに妖怪は目を閉じてみた。そして少しだけ歩いてみた。石につまずいて転んだ。
 それまで考えたこともなかったが、妖怪は見えないということの意味を少しだけ学んだ。
だからと言って、妖怪には何の感慨も湧かなかった。自分は見えるのだから、そのような
ことに興味はなかった。
 ただ少しだけ少年の苦労を知った、それに尽きた。

「ふーん。まあいいわ、それじゃあ食べるわね」
「それはいいけど、もう少しだけ声を聞かせてよ」
「声?」
「君の声はすごく綺麗なんだ。だからもっと聞きたい」

 少年の言葉は妖怪を驚かせた。なぜなら、人妖通してそのような事を言われたのは妖怪
にとって初めてだったからだ。
 驚き以上の感情は無かったが、それでも妖怪はしばし呆然とした。

「人の声、風の音、木々のざわめき、小川のせせらぎ。
 たくさんの音を聞いて生きてきたけど、君の奏でる音が一番綺麗だ」
「どうして?」
「透き通ってるって言うのかな。とても澄んでいるから、聞いてて気分がいいんだ」
「あっそ」

 少年は心からそう思っての言葉だったが、妖怪には特に関心が無かった。
 相手はただの獲物。それが何事かを喋っているに過ぎない。妖怪にとって、それ以上の
感想など持てよう筈がなかった。
 それでも少年は音を欲した。彼の唯一の世界での最高に出会えたのだ。それで感動しな
いはずがなかった。死んでもいいから、その音を求めずにはいられなかった。

「そんなこと私には関係ないわ」
「そう言わずに、ほんの少しの間でもいいから声を聞かせてよ」
「あんた音フェチなのね」
「ふぇち? それは何?」
「音が好きな人って意味よ」
「そうだね、僕は音しか知らないから、音は大好きだよ」
「へぇ、でもやっぱり私には関係ない~」

 妖怪は少年の言葉がだんだん滑稽に思えてきて、知らずのうちに言葉に抑揚をつけた。
特に意味のない行為ではあったが、妖怪は妙に愉快だった。
 少年は妖怪の言葉が衝撃的だった。美しく淀みのないその語り口が音階を持てば、その
音は妖美でさえあった。少年はそれまでに聞いたことのない音色に体を打ち震わせた。

「今の」
「何かしら~?」
「そう、それだよ」
「それって何のこと~?」
「だからそれだよ。何て言ったらいいんだろう、すごいね」

 少年の言葉の意味は今一つ理解できていなかったが、彼が自分の声色を好んでいるとい
うことを、妖怪は漠然と理解した。それがさらに妖怪を愉快な気分にさせた。
 少年は妖怪の音色の一つ一つに感動した。それまでに聞いた全ての音を記憶の彼方に追
いやる程に聞き惚れた。
 彼は正しく、妖怪の力によって狂ってしまったのかも知れない。

「すごいよ。僕の頭は今、君の音で溢れてる」
「それはぁーすごいことなのかしら~?」
「どうだろう。他の人は分からないけど、僕はすごいと思う」

 妖怪は得意気だった。自分の声を聞いても狂わなかった人間が、今こうして狂い始めて
いたからだ。妖怪は自分の力に自信を持った。
 さらには、こうやって言葉に音程を持たせればさらに強力になるのだと知った。それは
とてもとても楽しいことだった。これでもっと多くの人間を惑わすことができると実感し
たからだ。
 少年は何も考えられなかった。ただ音の洪水だけが彼の頭を支配し、埋め尽くしていた。
 訂正しよう。彼は既に、狂っている。

「ありがとう、もう十分だよ。沢山聞かせてくれてありがとう」
「別にーあんたを楽しませるつもりはなかったけどねー」
「それでも、最後に聞いた音が君で良かった」

 少年は体の力を抜いた。妖怪と出会った時点で彼の命運は決まっていた。しかしそれは
彼の望みだったのだから是非もない。
 暗い昏い世界に絶望した彼は、最後に出会えた綺麗な音曲に感謝した。それだけが彼に
とっての救いだった。故に彼は満足した。全てに満足してしまった。
 彼の世界は、この時ようやく満たされた。

「暗い夜道を餌が行くー哀れな子羊闇のなか~」

 妖怪は紡ぐ。死への誘いを淡々と、それでも抑揚をつけて。
 少年は待つ。死の訪れを穏やかに、それでも恐れはせずに。

「夜の一人歩きはー危険がいっぱい気をつけてー」

 言葉に音を無理矢理合わせただけのそれは、とても音曲と呼べる代物ではなかった。

「鬼さんこちらー手のなる方へ~」

 それでも少年の心を満たすそれは、彼にとって――

「狂っと回ってさようなら~♪」

 ――もう、歌にしか聞こえない。



 とある妖怪の話をしよう。

 それは夜道にて人を惑わせ、狂わせる者。だれもその姿を見たことはない。しかし、そ
れは間違いなく存在する。
 ある夜から、その妖怪の噂は少し変わった。人を狂わせるという事自体に変わりはない。
その声を聞けば鳥目を患うというのも不変だ。ならば何が変わったのか。
 それは、その声が綺麗な音楽を纏ってやってくるということだった。
 それを聞いてはいけない。それを聞けば人は狂わずにはいられなくなる。しかし、その
声色は想像を絶するほど美しいという噂も、またある。思わず立ち止まり、聞き惚れてし
まう程だという話だ。
 だが、聞いてはいけない。それを聞いたが最後、生きて帰ることは望めない。
 もし聞いてしまおうものなら、そう…、君はもう、歌しか聞こえないのだから。



こっちだよー こっちへおいで~♪
しんぶんし~♪ 逆さから読むと哲学的な文様が!(花映塚より)

これのどこが歌だよ!? という思いが爆発した作品でした。元お腹が病気です。
これが今年最後の作品ですね。投稿を始めてまだ半年ほどですが、大勢の方にお世話とご迷惑をかけてしまいました。
今後とも精進してまいりますので、どうかこれからもよろしくお願いします。

それでは皆様、よいお年を。

※ まるきゅーさん
   コメントありがとうございます。ご指摘の通り修正してみました。
   ホイミンの発想はなかったw
KCZ
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コメント



0.1680簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
みすちーの歌を聴きながらなら食べられてもいいなぁ……と思えてしまった。
2.90名前が無い程度の能力削除
人間に心動かされないみすちーかっこいいよ!
3.100名前が無い程度の能力削除
こんなみすちーなら食べられても悔いはないな
6.100名前が無い程度の能力削除
なんだ、俺はもうあなたの作品に狂わされていたのか……
13.100名前が無い程度の能力削除
みすちーに食べられてもいいと思った自分は狂っているのだろうか…
14.100名前が無い程度の能力削除
短いけどよく纏まってて良かった。
最近はカスなのが増えてるから、たまにこういう良作見るとほっとする。
15.80まるきゅー@読んだ人削除
ごめん。最初からあの……『ホイミン』が頭のなかにちらついていまいちホラー脳になれなかったんだ。
作者さんは全然悪くない。
一歩はなれてみると、ホラーというよりはせつない系列も含んでいるような。
ただちょっとだけ中途半端でどちらともとれますね。
わざと曖昧にぼかしたのかなぁ。

あとこれは瑣末なことですが、冒頭の『男』とか『男性』はイメージを損ねると考えます。
確かに言ってることはまちがってないのですが、言葉自体のイメージに引きずられかねないので、
最初から少年一本槍でいったほうが無難かもと思いました。
16.90名前が無い程度の能力削除
まるで死神のようであり、母と見まがう怪鳥のよう。
24.90名前が無い程度の能力削除
最後のとある妖怪の・・・の所でみすち―肌たった。
すげえかっこいい、まさしくローレライ
27.100削除
みすちーの、人間とはあくまで異質の思考が素敵だ……。
本編の鳥頭っぷりとの落差はさておきw
28.100煉獄削除
鳥目になっても良いからミスティアの歌は聴いてみたいなぁ……。
全体的に面白かったですけど、とある妖怪の話の場面が特に面白かったと
私は感じました。
29.90名前が無い程度の能力削除
やっぱ、みすちーは怖い妖怪だよなあ・・・
36.100名前が無い程度の能力削除
みすちーに恐怖した・・・
42.80名前が無い程度の能力削除
みすちーこええ。
はてさて、少年に聞かせた歌(?)にはどんな意味がこめられていたのでしょう。
良かったです。
45.100与吉削除
どうしてでしょう。
背筋がぞくりとしてしまう程に恐ろしい話である筈なのに、
どこか優しさと救いのようなものを感じました。
自分自身でも異常だと思えてしまうほど、少年に感情移入してしまったようです。
その結果、「ミスティアって優しいなあ」なんて思ってしまいました。
彼女自身に少年に救いを与える意図は無かったのでしょう。
妖怪にとっては人なんて所詮は食い物ですしね。
それでもやはり、なんだかあたたかなものを感じずには居られませんでした。
こんな満ちたりた気持ちがが得られるのならば、
声に誘われて死んでもいいなと思えるくらい。
素晴らしいお話でした。
47.100名前が無い程度の能力削除
ミスチーうめぇww
53.100桜田ぴよこ削除
彼女の歌と共に死ねるなら、それも悪くない。
彼女の音だけで作られた世界を感じてみたいと思いました。