Coolier - 新生・東方創想話

マフラー

2008/12/21 01:10:44
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※ 人生初のSSなので至らぬ点が多々あります。
  咲夜さんがちょっと駄目人間になります。
  咲アリが好きです。なので百合です。
  本人がびっくりするくらい長いです。

  上記を読んでこりゃあ駄目だな、とお思いになられましたらお手数ですがブラウザの戻るを使ってご離脱ください。
  
  それでもおk!って方は ↓ へどうぞ




















 最初の出会いは、冬の異変のとき。
 初めて会った感想は、「変な人間」 だった。





「やっと暖かくなってきたなぁ」
「わざわざそれを言う為に家に来たのかしら?」

 薄暗い魔法の森にひっそりと佇む洋館。その洋館の家主である私、アリス・マーガトロイドは突然の来客にそっと頭を抱えた。
 いや、こいつは突然以外のやってきかたはしないか。
 ドアを破壊されなかっただけマシだと思おう、うん。

「で、何の用かしら魔理沙?」
「おいおい、忘れたのか? 今日は魔理沙さんのアリス・マーロイド邸探索日だぜ?」
「馬鹿も休み休み言いなさい。それに私はマーロイドじゃなくてマーガトロイド。いい加減覚えなさい。この野魔法使い。」
「あーあー、何にも聞こえないぜ、とりあえず紅茶頼む。暖かくなってきたとは言え、流石に
 飛んでくると寒いぜ」

 と、言いながらドカッとソファーに座る魔理沙。愛用の箒は玄関の脇に立てかけ、帽子はその柄の先に引っ掛けてある。

「何であんたにお茶を出さなきゃいけないのよ」
「私は客だぜ?」
「どの口がそんなことを言うのかしらね」

 言いつつ、私は紅茶の準備をしに台所へ向かってしまう。……家にあげている以上、なんのもてなしもしないのは自称都会派を名乗る自分としてはあってはいけない訳で……。あぁ、こんなことだから魔理沙はつけあがるっていうのに……。
 ブツブツとどこか言い訳じみた言葉を呟きながらアリスはお茶の準備を済ませ、リビングに戻ってくる。

「はい、砂糖とかは自分で淹れなさい」
「おー、サンキュー。ところでアリス、これ咲夜のマフラーじゃないか?」
「え?」

 魔理沙が指さした先にはハンガーにかけられた赤いマフラー。
 立ち上がり、マフラーを手にする魔理沙。

「どうりで帰りはマフラーをしてなかったわけだ。異変のとき駄目にしちまったのかと思ってたが」
「咲夜って……メイド服着て三つあみしてる子のこと?魔理沙、その人のこと知ってるの?」
「あ?咲夜のこと知らないのか? じゃあ何でこのマフラー持って……あ、盗んだのか」
「あなたと一緒にしないで。……この前の異変のときに、ね」




 私が咲夜と初めて会った日。
 激しい弾幕の応酬。結果は、異変が解決した今となっては言うまでもないが。咲夜の勝ちだ。
 その一戦の中で、私は足を怪我してしまった。
 動けなくなるほどの怪我ではなかったが、骨にヒビくらいは入ってるかもしれない。
 それに魔力も消耗しているし、少し休んでゆっくり帰る他なかった。

 ……絶対寒いよなぁ……

 見事なまでに綺麗に撃ち落とされた私は雪の上に大の字になっていた。
 空を見上げると地面と同じく一面真っ白。
 雪はまったく止みそうにない。それどころか更に勢いを増しているようだった。
 じっと見つめてると自分が空に浮かんでいるかのような錯覚を起こす。
 
 サクっとこ気味のいい音が聞こえる。
 横にさきほど戦ったメイドが降り立つ。
 
「大丈夫?起き上がれないの?」
「大丈夫……って言いたいところなんだけどね。ちょっと帰れそうもないからここで今の内に冬を満喫しとこうと思って」
「そう……今私にはあなたを送っていく時間もないし……」
「あぁ、気にしないでいいわよ。人間じゃないんだから死にはしないし。」

 死にはしない。でも、これから死にたくなる程の寒さを味わうだろう。嫌だなぁ。
 それに足の痛みも増してきた。まぁこれで眠ってしまう心配もないか。
 なんて遠い目をしているとメイドに上半身を抱き起こされる。何の宣言もされずに起こされて、驚いてしまった。
 何か口を開こうとする前に私の首に何か温かいものが巻きつく。

「これがあればちょっとはマシかしらね」
「これ……」
 マフラーだ。
「マシでしょ?」
「……いらないわ。借りを作るなんて、願い下げね」
「あら、人の厚意は素直に受け取るべきですわ」
「……」

 無言でマフラーを取り去ろうとする私に困ったような笑顔を浮かべ、手を重ねてやんわりと動作を遮る。
 メイドの手はこんな寒さの中を通ってきたとは思えないほど、温かかった。

「顔に合わず頑固なのねぇ……。うーん、じゃあこうしましょう。きっと私はマフラーをして
 いったら弾幕とかを浴びてボロボロにしてしまうわ」
「……」
「だから預かっていてくれない? 大切なものだから。……いいでしょう?」
 そう言って、優しく微笑む。
 その微笑みに、少し、ほんの少し、目を奪われた。

 雪の反射のせいか、白い肌が余計白く見えて。何だか触ったら壊れてしまいそうで。
 そんな、儚い笑み。不覚にも綺麗だと思った。
 
 大切なものだったら持ってこなきゃいいじゃない、とかなんとか、なんでもいいから軽口を叩いて、拒否しようとしたけど私の口からでた言葉は

「……わかったわ」

 ただ、それだけだった。

「ありがとう、じゃあもう行くわね」
 そう言って、メイドは消えた。
 さっきまでメイドのいた場所を見たがら、彼女の体温の残ったマフラーの感触を味わった。
 そして、しばらく時間がたってから気づいた。
「名前と、住んでる場所、聞いてないや……」


 そんな経緯を経て、マフラーは、マーガトロイド邸にあった。

 

「なんだ、じゃあ明日紅魔館に行くか。マフラー返しに」

 もちろん魔理沙にはかいつまんで話した。

「えぇ、そうね。でも良かった。思ったより早く見つかって」
「おぅ、良かったな。道案内は任せとけ」
「ありがとう、助かるわ」
「いやいや、いいって。さて、私は帰るか……、おっと? もうこんな時間かぁ、辺りは真っ暗で帰るの大変そうだなぁ。それにお腹空いたなぁ。あー、これじゃあ私は飛んでる途中で妖怪に襲われても返り討ちにするだけの力がないなぁまずいなぁ困ったなぁ」
「……」
「……」
「泊って、いけば……!!」
「本当かー? いやー? アリスは優しいなぁ! 夕飯は豪勢なのを頼むなー」

 とりあえずムカつくので上海レーザーを撃っといた。障壁はられて防がれたけど。



     ~次の日~


「魔理沙、いつもこんなに大歓迎されてるわけ?」
 ジト目で軽く睨みながら聞く。
「ははっ、凄いだろ! 私が来ると嬉しくて嬉しくてついでてきちゃうんだろうなぁ妖精たちも!」
 迫りくる弾幕を避けながら、魔理沙は笑いながらそう言う。
「こんなことになるなんて、聞いてなかったんだけど?」
「言ってないから当たり前だぜ。言ったらアリス、一緒に来ないだろ?」
「当たり前よ!!」
 
 今、私たちは紅魔館を目指して進んでいる。
 目の前を、大勢の妖精たちに阻まれながら。

 魔理沙になんか頼むんじゃなかった。私の馬鹿大馬鹿。なんでこんなやつ簡単に信用したのよ!
 キッと睨んでみても、魔理沙には効かない。
 
なんで私がこんなに怒ってるかって……
 さっきこいつは湖を超えたあたりでとんでもないことを言いのけた!
 
「アリス、実はな、私は紅魔館では招かれざる客でな。行くたびに凄まじい迎撃を受けるんだ。だから、今日はお前にも手伝ってもらうぜ。その方が楽だしなー」
「は?」
 このときは、まだ意味がわからなかった。


 ……すぐに、理解することになるのだが……


「はははは、やっぱりアリスがいると楽ちんだなぁー!!」
「ああああぁぁぁもう!! 私はこの憤りをどこにぶつければいいのよおおぉぉ!!」


 アリスの叫びはむなしくも、弾幕の渦に飲み込まれていった……


「……美鈴?」
「あ、咲夜さん。良かったーすぐ見つかっ……ぎゃーー!!!!」
「誰が門から離れていいって言ったかしら?」
「うわぁ……」
「って、お客さん? ごめんなさいね美鈴、あなたの陰に隠れて見えなかったわ……あら?
 あなた確か……」

 門番の頭にナイフを刺したその人は悪びれた様子もなくこっちに向きなおった。

 何故私が館内に門番と一緒にいるのか。
 それは簡単な話。門番が出てきた直後魔理沙が私を置いてさっさと中に入ってしまったからだ。
 後は頼んだぜー! とても愉快そうにそう言って去っていった魔理沙。本気でムカついた。
 アーティフルサクリファイス五回は当てないと気が済まない。実際、やるつもりだ。

 その後私は必死になって門番を説得した。
 
 紅魔館に入りたい理由を話すと、快く入れてくれた。
 その上、中の構造は複雑でとても広いから迷わないように案内すると申し出てくれてた。
 それならと、ありがたく受けたけど……拒否すれば良かったかな……。
 と、いうか頭に刺さってるけど死なないの? これ。

「わざわざ返しに来てくれたのね?」 
「えぇ、とても助かったわ。それと名前言ってなかったわね。私はアリス・マーガトロイド、よろしく」
「私は十六夜咲夜よ。よろしくね、アリス」
 と、言いながら手をだす咲夜。特に拒否する必要もなかったので私も手を出し、握手する。
「あ……」
 咲夜の手は、初めて会ったとき同様とても温かかった。私の手が冷たすぎるのかしら……?
 なんて考えていると、ふと視界に入る門番の顔。彼女はちょっと驚いたような、困っているかのような、奇妙な顔をしていた。
 門番の顔を見ていることに気づいた咲夜が彼女のことも紹介する。
 今はもう笑顔になって自己紹介している彼女。……さっきの顔はなんだったのかしら?



 マフラーを返し終え、館の外にでたところで美鈴が口を開いた。

「咲夜さんと何か有りました?」
「は?」

 何かって言われても特に思い当たることはない。弾幕勝負して……マフラーかけてもらって。
 質問の意図がつかめず聞き返す。
「何で? 何か気になることでも?」
 こちらがそう聞くと、美鈴はちょっと考えこんで
「いや、咲夜さんがあんな顔するなんて珍しいなって思いまして」
「特に変な顔はしてなかったと……思うけど……」
 咲夜の顔を思い返す。きりっとした表情。柔らかい笑顔。……うーん、何のことを言ってるんだかわからない。
「えっと、些細なことなんですけどね。咲夜さんがあんな風に笑うのって珍しいんですよ。
 だから何かあったのかなって気になっちゃいまして」
「へぇ……」
 きっといつも一緒にいるものじゃないとわからない変化なのだろう。つまり私にはいくら
 考えてもわからないということ。
「あ、すいません変なこと聞いちゃって。それじゃあお気をつけて」
「ありがとう、それじゃ、また」
 門に着いたところでそんな会話をし、私は空へ飛び上がる。
 そこから家に着くまでの道中、私はずっと咲夜の笑顔と手の温かさを思い浮かべていた。




 その日からよく紅魔館に行くようになった。
 理由は紅魔館にある大図書館。そこにある魔導書が目当てだ。
 初めて図書館に入った時はその本の多さに驚いたし興奮した。
 魔理沙が毎回あんな迎撃を受けても図書館に通う訳にも納得した。
 魔法使いにとって本は宝。行かない訳にはゆくまい。
 かといって毎回強奪していく魔理沙はどうかと思う。
 借りていくだけなら迎撃も受けないし、図書館の主であるパチュリーにだって嫌な顔をされないのに。と言ってみたら、

「死ぬまで借りるだけだぜ?」

 ニカっと笑ってこう言ってのけやがった。もう何も言うまい。

 そんなこんなで今日も図書館にいる私と魔理沙。
 椅子に座りもくもくと本を読む。
 テーブルの反対側には、やはりもくもくと本を読んでいるパチュリー。
 薄暗い図書館に、ページをめくる音だけが響く。
 その静寂を壊すものが現れた。コンコン、と規則的に響くノックの音。
 
 そうだ、もう一つ、私が紅魔館に通う訳がある。

「パチュリーさま、お茶の時間ですわ」

 咲夜だ。

「悪いな咲夜ー。もちろん私たちの分の紅茶と、茶請けはあるんだろうな?」
「咲夜、魔理沙の分はいらないわ。アリスには紅茶を出してあげて」
「かしこまりました」
「そりゃないぜ」
 特に魔理沙をかばう気にもなれない。自業自得だ。
 前に差し出された紅茶を一口飲む。
「……相変わらずの腕前ねぇ……」
 思わず呟く。ほとんど毎回のように咲夜の淹れる紅茶を褒めている気がする。
 でもそう褒めたくなるほど咲夜の淹れる紅茶はおいしいのだ。
「ふふ、ありがとう。嬉しいわ」

 咲夜とは、割と仲良くなった。咲夜の休憩時間に一緒にお茶をしたりすることもしばしば。
 意外とスキンシップの多い咲夜。人と触れ合うということがあまりなかった私は最初こそ戸惑ったものの、最近は大分慣れてきたように思う。

「私にもその腕前を披露してほしいもんだが」
「はいはい、ちょっと待ってなさい」

 紅茶を淹れる咲夜をそっと見つめる。私は咲夜の淹れる紅茶も、一緒に話をするのも好きだが、咲夜が紅茶を淹れている動作も好きだったりする。
 紅魔館に来る一つの楽しみになっているほどだ。

 仕草ひとつひとつが完璧に決まっていて……。特に好きなのが紅茶を相手に差し出す瞬間。
 その動作を見るたびに、あの手の温かさを思い出して……

「……アリスってさ、なんかいっつも咲夜のこと見つめてるよな。なんかニヤニヤしながら」

 思い出していたら、黒いのが変なこと言いだした。
 思いっきり不意打ちで紅茶吹いてしまいパチュリーに嫌な顔された。
 大丈夫よパチュリー、本に紅茶はかけてないから……いやいやそうじゃなくて。

「何を言っているのかしら魔理沙? そんなこと無いわよ?」
 やばい声上ずった。
「声、上ずってるぞ?」
 くっ……冷静に……冷静に……。
「紅茶の淹れ方を学ぼうと思っただけよ。自分でもこれくらい上手く淹れられたら良いなぁって」
「じゃあ本人に聞けば良いしニヤニヤする必要ないだろ」
 ごもっともです。腹立たしいくらい。
「ニヤニヤなんてしてない」
「してた」
「してない」
「してた。嬉しそうな顔してた」
 何か不機嫌そうに言う魔理沙。何であんたが不機嫌そうな顔するのよ。
 睨み合う私たち。そこへ。
「はいはい二人ともそこまでー」
 パンパン、と手を叩いて咲夜が仲介してきた。
「咲夜、私は……」
 とりあえず本人に弁解しておく。あぁ、何で私ムキになって否定してしまったのだろう……。
 あれじゃあ肯定してるようなものじゃない……。
「えぇ、わかってるわアリス」
 良かった、わかってもらえた……。
「単に魔理沙が嫉妬したのよね」
 今度は魔理沙が紅茶吹いた。やっぱりパチュリーに嫌な顔された。
 大丈夫よパチュリー、魔理沙も本を汚すなんて馬鹿な真似はしないわ……ほら、ルナシューターも真っ青な動きで方向を本からそらして紅茶を口から放って……いやいやそうじゃなくて。

「何言ってやがる咲夜!!誰が嫉妬なんて!!」
「してるじゃない。あんな顔してアリスに詰め寄って。嫉妬以外のなんでもないわよ」
 咲夜には悪いが何であんなことを言ってるのかよくわからない。
 魔理沙が嫉妬って……?

「良かったわね魔理沙。アリスには意味がわからないようよ」
「私にも意味がわからないぜ……!」
「あら、わからないなら言ってあげましょうか?」
「何か大切なものを失う気がするからやめてくれ……」

 にこやかな咲夜と憮然とした顔をする魔理沙。そして頭の上に?マークを浮かべた私と
 我関せずなパチュリーの微妙な空気を漂わせたお茶会はしばらくして終わった。

 外が暗くなってきたところで、私たちは図書館を後にした。
 魔理沙はまだ機嫌が悪いようで、こちらを見ようともしない。
 何を怒ってるのかしら……?
「アリス」
 思考中に声がかかる。その大人びた声の持ち主は魔理沙ではなく咲夜。
「何?」
「今度、紅茶の淹れ方教えようかしら?」
 その言葉に顔が赤くなるのが分かる。さっきの話、まだ覚えてたか……。すっかり聞き流したものだと……。

「アリス、早く帰ろうぜ?」
 そこへ魔理沙が割り込んでくる。
「今、私とアリスが会話してるんだけど?」
 また、あのにこやかな顔をして咲夜が言う。何かとても楽しそうに見えるのは気のせいだろうか……。
「咲夜には何も言ってないぜ。アリス、帰るぞ」
 そう言って私の服の裾をつかむ魔理沙は、まるで聞き分けのない子供のようで……。

「魔理沙、子供みたいよ?」

 つい、口を突いて出た。だって、本当にそう思ったし。
「……!!」
 その瞬間魔理沙の顔が紅魔館に負けないくらい赤くなる。
「誰が子供だ馬鹿!! 引きこもり!! お前なんかどこぞのミスチーに鳥目にされてどこぞのルーミアみたくその辺の木にでもぶつかってろばーーーーか!!!」
 言いながら物凄いスピードで飛んでく魔理沙。
 今の彼女なら天狗をも超えているかもしれない。
「まるっきり子供じゃない……」
「まぁ、年齢的に言っても魔理沙はまだ子供だと思うわよ?」
 それもそうだ。と、納得し会話を再開する。

「で、紅茶の淹れ方だけど……」
「教えてほしいけど……、私は咲夜に何を返せば良いかしら」
「私は見返りなんか求めてないんだけど……」
「借りは、作りたくないから」
 魔理沙みたく借りっぱなしなのは性じゃない。
 それを、目で訴えてみる。
「……まったく……あなたも子供よね……。」
 とんでもなく心外な言葉を言われた。
 魔理沙と一緒にされたようで傷つく。
「私は子供なんかじゃ……!」
「そう?実は最初会ったときから思ってたのよねぇこれ。……どうせ否定するとは思ってたけど。ちょっと待っててくれる?」
 と、言うと一瞬咲夜の姿が消える。時を止めたのだろう。
 戻ってきたときの咲夜の手には、あの時のマフラーが握られていた。

「紅茶の淹れ方講座の報酬はこれで頼むわ」
「これ?」
「えぇ、ところどころほつれているでしょう? だから、直してきてほしいの。」
 言われてマフラーを受け取り、見てみる。
 ……確かに少し、いや大分傷んでいるようだ。
「私で良いの? 大切なものなんでしょう?」
「えぇ、あなたの裁縫の腕前は、そばにいる人形でわかるしね」
 
 上海を見やる咲夜。上海はなんだか誇らしそうに胸を張っていた。

「ていうかコレ……私が返したときはこんなじゃなかったのに……何でこんなに痛んだの?」
 返したときは確か全然痛んでなかったはずだ。
 それに、そのときは大分気温も上がっていてマフラーをつける機会もなかっただろうに。

「ちょっとほつれているところを見つけて私が縫ったのよ。そしたらマフラーも私の手も見るに無残なことになってて。一分と経たないうちにお嬢様に泣いて止められたわ」

 何をどうしたらそうなるのだろう。むしろ見てみたい気もする。
 あ、駄目だ。この手が傷つくなんて私が耐えられない。
「だから、お願いできるかしら?」
 そう言って、マフラーをかけてくれたときと同じ優しい笑みをされる。

「……わかったわ」

 あの日と同じ返事をする私。
 その頭にポンと何かが乗る。
 咲夜の手だった。

「ありがとう」
 
 と言いながら私の頭を撫でる咲夜。
 子供扱いされてるんだとわかっていても拒めなかった。
 しばらく撫でられていると手が下に降りてくる。

「それじゃ、頼んだわね。帰り、気をつけてね」
 
 頬に手を当てながら、咲夜が言う。
 そのときの私の頭には、咲夜の手の温かさと
 咲夜の笑顔に心奪われていた。




 アリスが去っていく後ろ姿を眺めながら溜息をつく咲夜。
「咲夜」
「お嬢様、今日はお早いですね」
 自身と同じくらいの大きさの羽をはためかせながらレミリアが咲夜の隣に降り立つ。

「今、お食事をご用意しますね」
「うん、それより咲夜」
「なんでしょう」
「今のは誰?」
「パチュリー様のご友人のアリス・マーガトロイドです。最近よく図書館においでですよ」
「ふーん、咲夜はあいつのこと好きなの?」
「えぇ、好きですね。アリスと話しているととても楽しいです。子供っぽいところとかも可愛いですし。……えぇ、鼠なんかにはもったいないですね。あ、お嬢様のことも好きですよ?」

 にっこりと笑い、そう告げる咲夜。

「そんなとってつけたように言われても嬉しくないわ……。それにしてもあなた……」
「どうかしましたか?」
「……あなたも大概子供じゃない」

 レミリアは呆れたようにそう言うのだった。





 門の前では先に帰ったと思った魔理沙がいた。
 何やら門番と話をしている。
「……でな……の奴、私の話すときと違う照れたような笑いかたするんだぜ……」
「魔理沙さん酔ってるんですか?」
「なんでだよ! 私といるときはそんな顔全然しないくせに!! あいつといるときは終始そんな顔なんだぜ!!」
「聞いてないし……あ、アリスさん」
「何っ! どこだ!?」
「行っちゃいましたよ。……もういないし……」


 

 家に着いてから、私はソファーに倒れこんだ。
 咲夜の顔が頭から離れない。
 頭を撫でられた感覚、頬を撫でられた感覚が頭から離れない。
 
 どうしちゃったんだろう。

 他人のことをここまで考えるなんて初めてだから、何がなんだかわからない。
 魔法使いは、自分のテリトリーに入られるのを拒むはずなのに。
 私は今までそうしてきたはずなのに。
 咲夜の顔を思い浮かべると心がじん、と温かくなるのを感じる。
 
「変な人間……」

 ふと、マフラーを手にし、考える。
 大切なもの……か……。
 大事な人からもらったのだろうか。きっと、そうだろう。
 では、その大事な人とは?

 家族だろうか?そういえば、咲夜って家族いるんだろうか。
 美鈴?違うか。だったらナイフなんて投げないだろう。
 主である吸血鬼?見たことないから何とも言えないが、もしそうなら確かに大切なものだろう。

 そうこう考えてるうちに一つの可能性にも気づいた

 ――想い人、もしくは、恋人?――

 それを思いついたときの私はきっと、魔理沙が突然来訪したときのような……おっと、苦虫を噛み潰したかのような顔をしていただろう。

 
 はっと我にかえる。何で私がそんな表情をしなければならないんだ?
 咲夜の色事情は私には全く関係ないじゃないか。
 馬鹿なこと考えてないで今日はもうお風呂に入って寝てしまおう。

 人形にお風呂の準備をさせる。

 結局、眠りにつくまで咲夜のことを考えていた。




 その三日後、アリスは修繕の終わったマフラーを手に紅魔館へ向かうことにした。

 ちょっと早いかとも思ったがもう駄目だった。
 マフラーを誰から貰ったのかが気になってしかたがなかったのだ。

 実験にも身が入らないし、何をしていてもうわの空になってしまう。
 特にひどかったのはティーカップにお湯しか入っていなかったときだ。しかも、気づいたのは半分以上飲んでから。
 
 と、まぁ実験ができないのは痛いのでさっさとこの疑問を解決してしまおうと紅魔館へ向かったのだ。

 ただ、三日間ずっと考えて落ち込んでいたことが現実になるかもしれないと考えると憂鬱だった。
 ――思い人、もしくは、恋人から貰ったもの――
 これを思う度に私の心は締め付けられるかのようになった。
 心が軋むようだった。
 考えている内に、もう可能性はこれしかないんじゃないかと思い始めて……。

 何で私はこんなにも落ち込んでいるんだろう。

 何で私は咲夜のことがこんなに気になるんだろう。
 
 私は……

「ねぇ、あなた、人間?」

 後ろから声をかけられ、足を止める。
 先の思考中に紅魔館内に入り、咲夜を捜していた私。
 振り返るとそこには年端もいかない女の子が立っていた。
 初めて見る顔だ。

「いいえ、違うわ。私は人間じゃない」

 私は戦闘体制をとる。
 シンと静まり返る廊下。かすかにだがザーッっという音が聞こえる。
 どうやら外は、雨が降っているようだ。
 
「ふぅん? でもまぁ良いか。ねぇ遊ぼう?」

 目の前に立ってるのは確かに少女。
 しかし、その背中には、

「私、急いでるの。悪いけどまた今度ね」
「フフフ……何、しようか? アハハ、やっぱり弾幕ごっこだよね」

 歪な形をした、七色に光る羽が生えていた。
 
「急いでるって言ってるんだけどね……」

 膨れ上がる妖気。口元を見やると鋭い犬歯。
 多分、この少女も当主であるレミリアと同じ吸血鬼なのだろう。
 これはちょっと、いや……かなり厄介なのに捕まった。
 
「なんとかして逃げるしかないか……」
 何の準備もない私には少々手に余りそうだ。
「じゃあ、行くよ? 簡単に、壊れないでね? アハ、アハッハハハハ!!!!」

 四方から弾幕が飛んでくる。
 逃げるという選択肢はさっそく潰されたようだ。
 誰かが来るまで耐え抜くしかなさそうだ……。
 
 人形を展開し、こちらも弾幕を張る。
 弾幕を放つのはそこそこに、避けることに集中する。
 先ほども言ったように何の準備もしていない私では多分勝てない。
 それに……。

 私は、抱えていた袋を強く抱きしめる。

 これは、咲夜の……大事にしているマフラー。
 これに傷をつける訳にはいかない。 
 思い入れのある人から貰ったであろうもの。
 ……咲夜の大事な人って誰だろう。

 ドゥンッ!!
 
 私のすぐ前方にいた人形が、墜とされる。

 危なかった。

 今は目の前の敵に集中しなくては……。
 ならないというのに、私の意識は分散されて。
 
「あはははははは、は、はは、ははハハハハ、はハは!!! 人形遊び、楽しい、なぁ!!」

 笑い声とともに、バラバラにされていく人形たち。
 ちりぢりになる人形と私の思考。
 集中、しないといけないのに。

 凶悪なまでの弾幕が私を取り囲む。
 嫌な汗が流れる。
 肌の周りをねっとりと覆うかのように汗が浮かんでいる。

 命の危機に迫っているというのに、
 気になるのは、咲夜のこと。
 こんなの、おかしかった。
 他人に、ここまで興味を持った時点でもっとよく考えるべきだったのかもしれない。
 まったく私らしく、ない。
 
 
「ねぇ、なんで、ほんき、ださないの?」


 答えない。否、答えられない。
 今言葉を発しようとしたら、叫んでしまいそうで。
 私が今まで積み上げてきたものが、壊れてしまいそうで。


「いいけど、さぁ、そろそろ、あきてきた。壊しちゃおう、かな」


 さらに、妖気が膨れ上がる。
 冗談じゃない。これ以上まだ力を隠し持っているのか。
 このままじゃ……!

 マフラーが、邪魔だ。
 いっそ投げ捨てたい。


 弾幕が、ケープをかする。


 投げ捨てたい? 何を言ってるんだ私は。
 咲夜の悲しむ顔は見たくない。

 そう。

 大事なものが、傷ついたら誰だって悲しむ。
 咲夜に悲しんでなんか欲しくない。
 私が好きなのは、咲夜の優しい笑顔だから。
 全部、包み込んでくれるような、あの、温かい笑顔だから。


 人形が、二体同時に破壊される。


 あの笑顔を崩す原因が私だなんて耐えられない。
 あぁ、本当に私らしくない。
 他人のことなんてどうだって良いはずなのに。
 自分の命の心配より、他人の心配?
 思わず自虐的な笑みが漏れる。
 私ってば、意外と献身的だったのね。
 

「も、いいや、こわれちゃえ。禁忌『フォーオブアカインド』!!」


 目の前の少女が四人になる。
 と、同時に放ってくる弾幕の密度が増す。
 逃げ道なんか、ないように見えるくらい。
 でも。

「理由はわからない……。けど、目的を見つけた魔法使いを侮らないことね……。目的の為なら、手段は選ばないわよ?」

 言いながら、幼い頃封印したグリモワールを構える。

「本気だすのは趣味じゃないんだけどね……。そうも言ってられないみたいだしね」

 究極の魔法を記した本。これを使うのはアリスの本気。
 すなわち―――これを使えば、後はない。
 しかしそんなことには構っていられない。

 本気を出すのも、感情的に行動するのも、好きじゃないんだけど。
 でも、想像で浮かべた咲夜の悲しそうな顔は、もっと好きじゃないから。
 理由なんて、今はこれで充分。
 
「悪いけど、全力でいかせてもらうわ」

 本を開き呪文を唱える。
 魔力が一気に増大する。

「凄い、凄い!! まだまだ楽しめそうだね!! フフ! 楽しいなぁ!!」

 おびただしい数の人形を召喚する。
 分散された思考が一つにまとまっていくのを感じる。
 絶対に負けない、いや、負けられない。
 
 ―――何だ、やっぱり私は私か―――

 今の私を突き動かしているのは、意地なんだろうな。と思うと。

 何だか笑わずには、いられなかった。





 

 どれくらい時間がたっただろう。
 三分? 十分? 一時間?
 時間の感覚はとうに狂っていた。

 弾幕が横をすり抜けていく時間がやけに長く感じられた。

 助けが来ないあたり、まだ全然時間は経っていないのだろう。
 状況は芳しくない。
 いくら究極の魔法と取り出したとはいえ。不利なのに変わりはなかった。
 体のあちこちに弾幕がかする。
 かすっただけで体を抉られたかのような錯覚を起こすのだ。
 こんなの、当たったらそれこそバラバラにされるだろう。

 魔力も底をついてきた。
 動きが鈍くなる。
 息があがる。
 痛みで体の感覚がおかしくなってくる。

 あぁ、マズイな。
 もう無理かもしれない。
 人形も、もう召喚できそうにない。
 あー、まぁよく持ったほうか。
 
 もうろくに人形が動かせなくなった。

 動くこともままならなくなった。

「もう、終わり? ……うん、でもすごく、すごく楽しかったよ。じゃあ、壊すね。動かない人形はいらないから」

 迫りくる弾幕をぼぅっと見ながら。

 でも、まだだ。

 そう、呟く。

 
 左肩に、弾が当たった。
 しまった……!!
 抱えていた袋が、宙を舞う。

 その方向へ、飛び出す。
 これだけは、やらせるわけにはいかないから。

 なんとかつかみ、抱きかかえ少女に背を向ける。
 残りの魔力すべてを障壁の為に使う。

 これで、なんとか、マフラーだけでも……!!!

 そんなアリスの考えをあざ笑うかのような量の弾幕が、迫っていて……。 
 
 
 
 
 
 
 




 










 

 












「マスターーーーーースパァァアーーーーーク!!!!!!!」







 刹那、背中から声がした。


 驚いて目を開け、振り向く。
 魔理沙だ。
 魔理沙のスペルカードによって、少女の放った弾幕がかき消されていく。

 それを呆然と眺めるしかできない私。

 そこへ誰かに抱きかかえられる感覚。

 気づいた時には。魔理沙たちとは大分遠ざかった場所にいた。
 弾幕の音が、一拍子遅れて聞こえてくる。

 私を抱きかかえている人物を見上げる。

 
 そこには泣きそうな顔をした咲夜がいた。


「良かった……。間に合って……もう駄目かと思ったわよ」

 そんな顔で、映画のワンシーンのようなセリフを言う咲夜。
 ベタなそんな言葉でも咲夜だと決まっているように見えるから不思議だ。
 でも。

「思った……通り……あなたにそんな表情は似合わないわね……」

 途端に表情の変わる咲夜。ちょっと怒ったようにも見える。
 言うタイミングを間違えたか。

「何であんな無茶な動きしたのよ……。その袋によっぽど大事なものでも……ってそれ……」

 今度は驚いたような顔。今日の咲夜はくるくると表情が変わる。
 珍しいな、なんて思いながら答える。

「ん、マフラー。直してきたの。咲夜、大切なものだって言ってたでしょ? だから……その……」

 また怒ったような顔になる。さっきと違ってかなり怒ってるように見える。
 同時に、呆れたような顔。
 そして、言い終わったところで気づいた。
 袋の半分がごっそりそぎ取られている。
 なんとか無事かと思ったが、どうやら手から離れた時に被弾していたようだ。
 中に入っていたマフラーは、もう半分以上が引き裂かれていた。
 
 それを見て、私の体から一気に力が抜けた。
 駄目だった。

 遠くで、大きな爆発音がする。
 魔理沙がまたスペルカードを使ったようだ。

 それを見て咲夜が私をそっと床に下ろす。

「話は終わったらじっっっくり聞くわ。だからちょっとそこで待ってなさい」

 言い終わった直後咲夜の姿が消えた。

 結局、あんな顔させてしまった。
 咲夜のあんなに怒った顔初めて見た……。

 大切なもの、守れなくてごめんね咲夜。

 そう言って私は、少し泣いた。








 



 二人がかりで妹様を倒し、地下へお戻りになってもらった後アリスを下ろしたところへ行ってみると……。

「まったくあの子は……」

 そこにはアリスの姿はなく、一応畳んであるのであろうマフラーだけが残っていた。

 待ってなさいって言ったのに……。
 責任感の強い彼女のことだ。
 申し訳ない気持ちになってしまい、咲夜と顔を合わせられなくなったのだろう。

「やっぱり子供じゃない」

 はぁ、とあからさまな溜息をつく。
 こういうのは日が経つにつれて余計会いづらくなるものだ。
 今のうちにアリスの家に行って話をしておいた方が良いだろう。

 あの調子だと、咲夜が何に怒っていたのかも気づいていないだろうし。

 咲夜がアリスの家に向かって飛び立とうとする。
 その直前に、目の前によろよろと飛んでくる蝙蝠を発見する。
 
「……お嬢様? 何をしてるんですか?」
「早くフランを止めなきゃと思って雨に突っ込んでいった結果がこれよ」
「……」

 パチェの魔法を甘く見てたわ。
 と、唸るレミリアをしり目にまた溜息をつく咲夜。

 アリスの家に行くのはちょっと先になりそうだ。







 その日から咲夜の機嫌は下がる一方だった。

 原因は言うまでもなく、アリスだ。



 妹様が暴れた次の日、自室の前に一筆書きの手紙が置いてあった。差出人はアリスだ。
 内容は簡素なもので。ただ一言。

    ―――ごめんなさい―――

 それだけだった。
 その三日後、お嬢様がようやく元の姿に戻るまでに回復したので休憩時間を利用してアリスの
 自宅に向かう。
 が、家の周りには結界が張ってあった。
 まるで、私が来るのを拒んでいるかのようで、ちょっと頭にきた。
 私にはこの結界を破る術がなかったので魔理沙の家に行く。
 この前、妹様の妖気を感じ、手助けに来てくれたお礼をしに。
 ついでに結界を破れないかと尋ねてみると、

「あー、あれは実験とか大事なことするときとかに張る結界だぜ? それを壊すなんてのは流石の私でもできないな」
 
 と、不機嫌そうな顔をされ、追い返されてしまった。
 
 そのあとは妹様に壊された館の修復に追われ、気がついたら一週間が経過していた。




「咲夜、あんたカリカリしすぎよ」
 
 今は月が昇る真夜中。
 吸血鬼の活動時間。

「そんなことございませんわ」
「嘘つきなさい。あの人形遣いが来ないからって門番に当たり散らすのはやめたら?」
「当たり散らしているわけじゃないです。美鈴がさぼっているようでしたので注意をしたまでで」
「人形遣いの件は否定しないのね。まったく……」

 言いながら、図書館の方を指さすレミリア。

「その人形遣いだけど、図書館にいるみたいよ。コソコソ入ってきたみたいだけど、私にはバレバレだわ」

 その言葉を聞き、一瞬私の表情が変わるのをお嬢様は見逃さなかった。

「ククッ、咲夜もそんな顔するのね。ようやくあなたを人間だと思えるようになってきたわ」

 心底楽しそうに笑うレミリア。

「それは私が人間らしくなかったということですか?」
「自覚なかったの? まぁ、良いけどね。実はあの子、私が魔理沙に頼んで連れてきてもらったのよね」
「お嬢様が?」

 私の頭には疑問符しか浮かばない。

「咲夜の表情見てるのも楽しいんだけどね、そろそろ完璧なメイドに戻ってほしいのよ。さっさと話しつけてきなさい」
 と、ティーカップを指さすレミリア。
 指さされたティーカップを覗き込む咲夜。
「あ」
 思わず声が出た。覗き込んだティーカップには。
 緑茶が入っていた。






 
 図書館で、辺りをきょろきょろと見渡しながら落ち着かない様子でいるアリス。
 魔理沙の手によって強引に連れてこられたのだ。
「大丈夫だって、今咲夜はレミリアと一緒にいるからな。図書館には来ない」
 と、言う魔理沙の言葉を信じ、アリスは今ここにいる。
 パチュリーと小悪魔は研究室に閉じこもっているらしい。
 久しぶりに本が読めるというのに集中できない。





 アリスは、一週間前倒れこんでいた。
 グリモワールを使ったことで魔力がほとんど底をついていたので、休息が必要だった。
 幸い、怪我の方は大したことがなかったので魔力だけ回復すれば問題なかった。
 その際、どれくらい眠ることになるかわからなかったので結界を張っておいたのだ。
 低俗な妖怪が自身の身を狙ってくるかもしれないから。

 だがそれが、悪い事態を招いた。
 咲夜の機嫌の悪化(これはアリスの知る由ではないが)と、咲夜に会いづらくなったことだ。
 昨晩目を覚ましたアリスは頭を抱えることになった。

 咲夜に会いたい。でも顔を合わせづらい。
 
 目が覚めて真っ先に咲夜に会いたいと思った。
 でも、きっと咲夜は怒っているだろう。
 
 一日アリスはじっと考えていた。

 何で私はあんなに意地になってマフラーを守ろうとしていたのか。
 浮かんでくる咲夜の顔。
 いくら考えてもわからない。
 この感情に名前をつけようとすると途端にもやがかかったようになってしまう。

 結局この思考のループは、白黒の来訪者によって断ち切られたのだった。



 
「ス…、……リス、……おい、アリス」

 ハッと顔を上げる。
 横を見上げれば魔理沙の顔。
 どうやらいつの間にか椅子に座り、本を読むでもなくボーっとしていたようだ。

「ごめん、何? 魔理……」

 傍らに立っている魔理沙。その顔には悪巧みを成功させたかのような、楽しそうなニヤニヤ顔が
 張り付いていた。
 それに気づいた私は反射的に立ち上がろうとする。
 この顔を浮かべている魔理沙の近くにいることは経験上、危ない。
「――っ!!??」
 しかし、立ち上がれなかった。
 椅子に体が縫いつけられているかのように。
 僅かにだが椅子から魔力が感じられた。

 ―――やられた―――

「いやぁ、こんなに上手くいくとは。いつものお前だったらすぐ気付いたろうしな。」
 ハッハッハ、と笑いながら言う魔理沙。
「これは何の真似かしら?」
 返答次第では、私も黙ってられない。
「そう怒るなって。お前を連れてきて、図書館に縛りつけとけってレミリアに依頼されたんだよ」

 ここの当主に? 何故……。

「もう四日も緑茶飲みっぱなしで飽きたんだとよ」
「意味がわからないわ」
「別にわからなくてもいいさ。さて、そろそろ来るころだろう。私は退散するかな」
 大量の本を抱え、箒にまたがる魔理沙。
「普段ならこんな依頼受けないんだけどな。今日のお前の顔を見て決心がついたんだ」
 
 いつもと違って、元気のない魔理沙の顔と声。

「ま、私は恋の魔法使いだしな。たまにはこんなのもアリだろう?」

 言いながら、こっちに笑顔を向ける魔理沙。
 
 その目が、潤んでいるように見えたのは気のせいだったのだろうか。

 彼女が飛び去ってしまった今、私には確かめる術はない。
 そして、私以外誰もいない図書館に、ノックの音が響いた。






「咲夜……」

 扉が開き、咲夜が無言で入ってきた。
 さっき魔理沙が立っていた場所まで早足で歩いてくる。
 
 やっぱり咲夜は、怒っているようだった。
 表情がそれを物語っていた。

 それを見たアリスは泣きそうになった。
 咲夜に嫌われたかもしれない。 
 それを思うと心が悲鳴を上げるかのように締め付けられた。

「……ふっ……ごめんね……咲夜……グスっ…、ごめんね……」 

 嫌われたかもしれないと思ったらもう駄目だった。
 涙がとめどなく溢れていく。
 こらえようとしても全然駄目で……。

 そこへ、隣へ立った咲夜の手が伸ばされた。
 叩かれるのかと思って身を竦める。

「泣かないで」

 しかし、アリスの予想に反して咲夜の伸ばした手は優しくアリスの頬を包んだ。
 あっけにとられたアリスは、咲夜を見る。
 中腰になってアリスと目線を合わせる咲夜。
 それはまるで、子供を怖がらせないようにしているかのようで……。

「私は怒ってないわ。……うぅん、アリスの考えてることとは別の事で怒ってるのよ」

 まるで歌うかのような優しい口調で言葉を紡ぐ咲夜。

「あなたはマフラーを駄目にしたことを怒ってると思ってるでしょう? 違うわ、私はそんなこと怒ってない、それよりも私はあなたが、マフラーなんかのために命を捨てようとしたことに怒ってるのよ」
「そう……なの?」
「えぇ、だから余計気になるのよね。あなたがあんなに必死になってまでマフラーを守ろうとした理由」

 教えてくれるわよね?
 そう問われ、しどろもどろになりながらも説明する。
 あのとき私が考えていたこと。

「何でそう思ったのか……理由を昨日からも考えてたんだけど……全然わからなくて……咲夜?」

 咲夜がうつむいて身を震わせている。
 どうしたんだろう、何か気分を害するようなことを言ってしまったかと、焦り顔を覗き込む。

 笑ってた。

「どうして笑うのよ!!!?」
「だって……あなた、面白いわね……。プッ……クフフ……小学生じゃあるまいし……」

 小学生というのが何なのかはわからないけど馬鹿にされてるのだけはわかる。
 私は不貞腐れ、咲夜の手を振り払いそっぽを向く。

「あぁ、拗ねないで。ごめんごめん」
「うるさい。こっちは真剣に悩んだのに……」

 そうやって笑われると、悩んでたのが馬鹿みたいじゃないか。

「だって……、本当に心当たりないの?」
 
 今一度、考える。結論はやはり同じ。

「わからないわ」

「本当?」

「本当」

 何回聞かれても答えは同じだ。
 むしろ聞かれただけで答えが出ても困る。本当に馬鹿みたいになってしまう。

「ほら、もう笑わないから機嫌直してこっち向いて?」
「聞き分けのない子供をあやすように言うのはやめて」
「だって子供じゃない」

 ここでムキになったり反論したりしたら負けだ。
 大人しく咲夜の方に向き直る。

「良い子ね」

 結局負けた気がする。のは気のせいだと思おう。

 咲夜の手が私の頭を撫でる。もう抵抗する気も起きない。
 好きにすれば良い。とされるがままになってると。

 咲夜が笑った。
 私の大好きなあの優しい笑顔。
 また見れた……。
 もう見ることができないかと思っていた表情。
 いつもの仕事をしているときには想像もつかないほど、慈愛に満ちた笑み。
 こちらの心を見透かしているかのような、透きとおった赤い眼。
 私の心を溶かすかのような、そんな顔。


 思わず、見とれた。

    ―――だから、














「私、アリスのこと愛してるわ」





         この言葉を理解するのに、たっぷり数十秒はかかった―――



 
「……は?」

 コノメイドサンハ、今何ト言イイマシタカ?

「だから、あなたのこと好きなの。大好き。」

「嘘だ」
「こんなときに嘘ついてどうするのよ」
「だって、嘘よ」
「だってって言われてもねぇ……」
「だっ……て……咲夜が私を好きな理由なんて……」
「魔法使いっていうのはみんな理論派ねぇ……。アリス、人を好きになるのに理由なんてないわ。気づいたら好きになってるものなの。聞かれてすぐに答えられるのは偽物の好意よ」

 咲夜が、私のことを好き?

「でも、私……」
「自分の気持ちがわからないんでしょう?」

 こく、と頷く。

「さっきの話からいくと、そうでしょうね……」

 好きか嫌いか聞かれたら、迷わず好きと答える。
 でもそれが、咲夜と同じ好きかと聞かれたら……。
 やっぱり、わからなくなる。

「……ごめんなさい」

 ちゃんとした答えが返せなくて申し訳ない気持ちになる。
 咲夜は自分の気持ちも私の気持ちもわかってくれてるのに、私は咲夜のことはおろか自分のことでさえわからない始末。
 そんな自分が情けなかった。

「謝らなくていいわ」

 咲夜がいたずらっぽい表情をしていた。
 その顔はなんだかとても楽しそうで。

「私は追いかけられるより、追う方が好きだから大丈夫よ。だから、今はわからなくても構わない。そっちの方が楽しいしね。……でも」



 自然な動作で、顎を持ち上げられる。
       そして、咲夜の顔が、近付いてきて―――




  「必ず、振り向かせてみせるわ」



 それを、振り払う術を、私は知らなくて。




 二人を照らす月明かり。それによってできた影。

 その影はしばらくの間、重なっていた。

















「で?」

「何よレミィ」

「あの二人の様子はどうなの?」

「さぁ」

「さぁってことはないでしょ」

「いつもと変わらないようにしか見えないけど」

「そうなの?」

「気になるなら咲夜に直接聞けばいいじゃない」

「こーゆーのは引っかき回されたくないもんでしょ。とりあえず落ち着くまでは放っておくわ。で、何か無いの?」

「小悪魔ー、何か気付いたことがあれば言ってあげてー」

「私ですかー?そうですねー。この前咲夜さんがアリスさんに抱きつこうとしてお腹に正拳突きくらってましたよ。みぞおちに」

「うわぁ……」

「それと、だーれだっってやるフリして胸を鷲掴みにしようとした咲夜さんが、裏拳喰らってました。きっちり急所に当たってましたね。あ、それに、アリスさんのスカートをめくった咲夜さんが上段回し蹴り喰らってました。『白、良い……』なんて余計なことを言ったので横蹴りも喰らってましたね。それから……」

「もういいわ……。あの子、アプローチの仕方間違ってない? ギャグのような関係が形成されちゃってるじゃない」

「咲夜さん、元々アリスさんにはスキンシップ多かったですからね。想いを伝えたことによって壊れちゃいけない何か決壊しちゃったんじゃないですかね。地が出たとも言いますが。ちょっとアリスさんには刺激が強すぎるんでしょね」

「咲夜に春が来るのはまだまだ先になりそうね……。それじゃ、失礼したわ」

「えぇ、またねレミィ」


 親友との会話を終え、自室に向かってはばたくレミリア。

 見れば、廊下の先には話の張本人たちがいた。
 向かい合ってなんだかいい雰囲気である。

 意外と、もう春は近いのかもしれない。

 そう思った矢先、咲夜がぶん殴られた。

 ちょっと照れた表情 → あっけにとられた表情 → 怒りをあらわにした表情

 この人形遣いの変化をみる限り、咲夜が余計なことを言ったのだろう。


 溜息をつかざるを得ない。

 完璧で瀟洒なメイドも、恋愛沙汰になると型なしだ。

 話を聞く限りでは、変態とも言うが。




 咲夜、やっぱりあなたも子供よ。




 従者に春が訪れるのは、まだまだ先のようだった。





 



















「ところで咲夜。結局あのマフラー誰から貰ったものなの?」

「……知りたいの?気になるの?そんなに私のことが気になるの?」

「なっ……!! 気にしてなんかないわよ! ちょっと思い出しただけ!」

「それを気にしてるって言うんでしょ(ニヤニヤ)」

「もういい、帰る」

「あぁ、待ってアリス!! わかった、教えるから!!」

「最初からそう言えば」

「アリスがチューしてくれたら教えてあげる」

「……」

「ごめn」

「わかったわ」

「えっ……」


 頬に当たる柔らかな感触。


「こ、これでいいでしょ……咲夜!!?」


 アリスの目の前で鼻から赤い液体を吹き出し倒れる咲夜。
 その顔は何だかとても幸せそうに輝いて見えた。

 
 結局誰から貰ったマフラーだったのかはわからずじまいだった。
お初です。こんにちは。
SSもお初です処女作です。なので、展開の甘さや、誤字脱字が目立つと思います。
誤字脱字は発見次第、指摘お願いします。
それにしても妄想が駄々漏れでした。後悔は相当な量しかしてない。

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。

では最後に。
咲アリがぁぁぁ好きだぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!
 
戦友
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コメント



0.3010簡易評価
7.70三文字削除
ところどころ、視点が変わるっていうのが気になりましたけど、処女作だとは思えないくらいの面白さでした。
まあ、それでも咲夜さんがアリスを好きになる理由がちょっと薄いかな、と。
あと、魔理沙の行動もちょっと分からない部分が多いかなぁと思ったり。
この場合は、あくまで魔理沙の片思いという関係ではなくて、友人でいったほうが良かったかな。その方が自然な感じがします。
このままだと、魔理沙が報われなくて可哀想ですし。
でも、アリスの心の動きが良く分かって楽しめました。
8.80名前が無い程度の能力削除
ごめん かなりニヤけた。
ただ少し描写不足が感じられたのでこの点数
12.100名前が無い程度の能力削除
「私は追いかけるより、追う方が好きだから大丈夫よ」
ではなく
「私は追いかけられるより、追う方が好きだから大丈夫よ」
の誤りではないでしょうか?

いやぁ終止ニヤけながら読ませていただきました。とてもいいものですね咲アリは。
大半がアリス視点で動いていたためアリスが咲夜さんに惚れた経緯はよく伝わってきました。
ですから反動で咲夜さんの心情の描写が薄くなったのは仕方ないのかもしれません。
でもできれば咲夜さんの視点中心での同じ話も見てみたい!とくに最初の出会いあたりを。
19.70名前が無い程度の能力削除
ニヤニヤニヤニヤ。
最後のは「エピソード」ではなく「エピローグ」では?
後、弾幕の押収→弾幕の応酬ですね。
23.100名前が無い程度の能力削除
咲アリはいいものですね
26.80煉獄削除
咲夜さんがアリスに想いを伝えた後の行動は、かなり崩壊してましたねぇ。
でも、それも含めての過程も面白かったです。
咲夜さんとアリスの絡みも面白いものですね。

誤字の報告
>パチュリーにだって嫌な顔をさなないのに。
正しくは嫌な顔をされないのに。 ですね。
以上、報告でした。
29.100名前が無い程度の能力削除
これはいい咲アリ
ニヤニヤが止まらなかったよ
30.100名前が無い程度の能力削除
咲アリktkr!
途中から「もしや・・・?」と思い、最後で確信にいたりましたw
ええ、私です、あなたに感化された者ですよ。
すばらしい作品をありがとう!
31.90名前が無い程度の能力削除
これはナイスw
常時ニヤニヤが止まりませんでした。
32.100幻想入りしたカバ削除
咲アリは俺のテスタメント!!
40.100名前が無い程度の能力削除
ニヤニヤがとまらねぇw
いよいよ咲アリの時代が来たか・・・ッ!!
43.100名前が無い程度の能力削除
さぁやっとジャスティスに世が追いついてきたか!
なぜないのかずっと不思議だったぜ・・・GJ!
これの視点を変えた版(アリス視点→咲夜さん視点、咲夜さん視点→アリス視点)も見てみたいっス!
48.100名前が無い程度の能力削除
いい咲アリをありがとうw
これで心おきなく安眠できるw
67.70euclid削除
1人称なの?3人称なの?っていうところで別の意味でやきもきとしてしまいましたが、これは素敵な咲アリ。
特にアリス。アリス可愛いですよ、アリス。
そして、魔理沙に幸あれ。
71.100名前が無い程度の能力削除
結局ダメな咲夜さんだー!?(ガビーン
76.100うり坊削除
非常にいいものを見た