人間にとって時間というものは不可逆なものである。
楽しんでいる間に、悲しんでいる間に、自分の意識していないうちに時間は流れる。決して止まることなく、ただゆっくりと流れ続ける。
そして更に、時間は人間に一つのものを押し付ける。
それは老い。子どもに大人に、分け隔てなく平等に老いを押し付ける。
妖怪ならどうかわからない。しかし人間はその老いに敵わない。時間にも敵わない。
そんな当たり前のことが、この幻想郷にも当たり前のように存在する。
だれもこれらにかなわない。
少々古惚けた、年季の入った神社に朝も早くから響くのは人の営みの音。
その神社の名前は博麗神社。幻想郷に古くから存在する山奥の神社である。
「さてと、今日もいい日だといいねぇ」
よたよたと歩きながら居間までやってきたのは一人の老婆。髪は白く、顔にはいくつもの皺。その皺を更に増やすように優しく笑いながら、彼女は縁側から外を眺める。
寝坊をしたのか急いで空に昇ろうとする太陽が、そしてその光を受け寒そうに身をこすり合わせる枯れ木たちが老婆の目に映る。
今日の幻想郷は雲ひとつない、快晴。
「うんうん。いい日、いい日」
にこにこと笑う老婆。そんな彼女に声をかけるのは台所から出てきた巫女服を着た女性。歳は二十を過ぎたばかりの、人懐っこそうな中にもどこか凛とした雰囲気を漂わせる紅白の巫女。
「今日も早いですね、霊夢さん。ご飯は私が作っちゃいますから、それまで待っててくださいね」
女性はいつものように、いつもの如く老女にいう。自分がご飯を作ると。
それに対し老婆は、霊夢は頷き笑みと言葉を返す。いつものように。
「そう。じゃあ今日はお願いするわね」
霊夢が若かった時代、黒白や妖怪の賢人と幻想郷を飛びまわった時代から早数十年。
人間である霊夢は人間らしく歳をとり、人間らしく呆けた。
『あんたが人間をやめるってんなら、私が最後の最後まで人間ってやつをやってみましょうか』
ある時の霊夢の一言。この言葉を霊夢は遵守した。例え自身が自身でなくなることになろうと、それもまた人間だと享受することに霊夢は決めたのだ。
多くの友人がそんなことはしなくてもいいと諭した。
薬師は自身の持つ秘薬を使おうといった。魔女は自身の持つ秘術を使おうといった。賢者は自身の持つ力を使おうといった。だが霊夢はただの一度も譲らなかった。
自身が呆けるとわかっていても、約束を交わした相手に泣かれても、霊夢はそれを貫いた。人間として、振りかかる全てを受け入れて死ぬことを。
こうして博麗霊夢はただあるがままに呆けを受け入れ、今に至る。
「う~。今日も寒いね、霊夢」
朝御飯が出来るまでに、と境内の掃除にとりかかる霊夢に付き添うのは一人の鬼。
同じように箒を持ち、えいやえいやと境内の落ち葉や小石を懸命に集める姿はまるで童女。頭から伸びる角がなければ仲のよい祖母と孫のように見えるほどの自然さ。反転、それは自然になるほどにこの工程が繰り返されたことを暗示する。
「そうかしら。私は全然寒くないけどねぇ。ほら、萃香はそんな薄着をしてるから」
着物の上に上着を羽織る霊夢はくすくすと笑う。
「そ、そうかな? でも大丈夫。私は鬼だからね、風なんかには負けないよ!」
楽しそうに笑う霊夢を見て、いつも通り袖のない服をきたまま萃香も笑う。
事情を知らぬものにとってはとても微笑ましいこの風景。だが知っているものにとっては目を背けたくなるような光景。
元々萃香は早起きが得意ではない。ではなぜこんな朝早くに起きているのか。
実は萃香は掃除があまり好きではない。ではなぜ率先して霊夢の手伝いをするのか。
萃香は人を笑わせるために動き回ったりはしない。ではなぜこんなにぴょんぴょんと霊夢の周りを動き回るのか。
それはこの鬼がこの老婆を好きだから。ずっと笑っていて欲しいから。
そのためならば道化になると、鬼は決めた。鬼は片時も離れず、この大好きな老婆の傍で常に笑い続ける。
何度目になるか分からないこの工程を、鬼は老婆のために繰り返す。
「ご飯ができましたよー」
「あら。それじゃ一旦休憩してご飯にしましょうか」
「うんうん。ご飯ご飯! 今日のおかずはなーにかなー?」
太陽がもうしばらくすれば真上に昇るだろうという時。
境内のゴミを全て片付け終えた霊夢と萃香は縁側にて一息をつく。
「ふぅ~。今日もいっぱい集まったね、霊夢」
「そうね。萃香は落ち葉を集めるのが本当に上手だわ」
「ゴミ集めなら任せておいて! 私の掃除テクニックにかかればどんなものもいちころだよ!」
萃香はそういいながら霊夢の見えない位置であつめていたゴミを能力によって適当に散らせておく。明日も霊夢が掃除をできるように。
霊夢にはバレないようにゆっくりと、丁寧に、慎重に。
足をプラプラと動かしながら、もう霊夢には忘れられてしまった密と疎を萃香は操る。
「そういえば」
「う、うん!? な、何?」
疎を操ることに意識を傾きかけていた萃香に霊夢は唐突に話しかける。
「私たち、ご飯食べたかしら」
本当に不思議そうに。霊夢は萃香に向かって尋ねる。
共に食べた朝御飯を、三人で楽しく食べた朝御飯を、自分は食べたかと萃香に尋ねる。
「うん、さっき一緒に食べたでしょ。やだなー、霊夢まだ食べたりないのー?」
返す言葉は決まっている。これも繰り返された一コマ。
最初はぎこちなかった返しも今やすんなり、笑いながらできるようになった。それが萃香にはとても悲しい。
「そうだったかしら。なんだかお腹が減った気がするんだけれど」
これもいつものこと。だから萃香は笑顔をそのままに、
「それじゃ、霊夢には特別にこの萃香秘蔵の飴をあげよう。とーってもおいしいんだから!」
ポケットから一つの飴玉を取り出して霊夢に渡す。
なんのことはない。人里で普通に売っている普通の飴だ。とびっきり甘くて少し大きめの飴。
霊夢はその飴を興味深そうに見つめ、「ありがとう」と受け取った。
食べたいからといって食べさせてはいけない、と薬師に言われ用意するようになった飴。人里に売ってある全ての飴を買い集め、霊夢が一番好きなものを一個一個確かめた結果選び出された黒い飴。
それを美味しそうに口の中で転がす霊夢を見て萃香は安心する。いつも通りの霊夢だと。
そんな萃香に向かって霊夢は微笑みながらいう。
「ねぇ萃香。この飴、もう一つないかしら」
「なにー。まだ欲しいの? もー、霊夢はいやしんぼさんだなー」
ちょっと困ったフリをしつつ、ポケットからもう一つの飴をごそごそと取り出す萃香。
「ふふっ。違うわ、食べるのは私じゃなくて貴方よ、萃香」
そんな萃香を見て霊夢は笑う。
自分の意図は違うんだぞ、と微笑みながら言葉を続ける。
「二人で食べたらきっともっとおいしいだろうから。おいしくするの手伝ってくれないかしら」
『酒ってもんは皆で飲むもんよ。特に不味い酒はね。ほら、美味くするの手伝いなさい』
霊夢の言葉が、萃香に霊夢を思い出させる。自分にとってはほんの少し前の、記憶の中の霊夢を。
だから萃香は頷く。精一杯の、今度は心からの笑みで霊夢に応える。
「うん、うん! もの凄くおいしくしてあげるんだから、覚悟してよね!」
萃香は思った。やはり霊夢は霊夢なんだと。どうなろうと霊夢が霊夢であることに変わりはないんだと。
二人のなめた飴は、とてもとても甘かった。
夕暮れ。時が駆けるのは思いのほか早く、もうそろそろ太陽がその身を大地に寝かせる頃。
いつものように縁側でお茶を飲む霊夢と萃香。霊夢の後任となった巫女は巡回に出かけている。
「それでは、行ってきますね」
そういって巫女は空を飛んでいった。その姿は初めて幻想郷にやってきた時のたどたどしさなど微塵も見せないしっかりとした飛び立ち。
今や博麗の巫女といって霊夢の名を出す者はそうそういない。今の巫女が霊夢よりも積極的に人や妖怪に接するからという理由もあるが、それ以上に霊夢が飛び回っていた時代を生きた者が単純に減ってきたことが大きな要因。
しかしこれは仕方がないことで、それでも少し悲しいこと。これもまた時代の流れ。
「もう少しで日も暮れちゃうね。そろそろ中に入ろうか」
コトリと湯飲みを置いて、萃香が隣の霊夢に話しかける。
もうすぐ夜。冬将軍ならぬ、冬の妖怪が操る寒気は人の身には少しばかり厳しい。
「そうね。でも、もう少しここにいてもいいかしら」
霊夢は上着をきゅっと締めながら、まだこの場にいたいと萃香に答える。
「何だかね、誰かが来る気がするのよ」
外を眺めたまま霊夢はいう。その吐く息が白くなりかけているというのにその場に留まると。
もう七つ刻、これからの来客はもうありそうにない。
日も落ちようしており、一層寒くなるだろうこの時間。こんな時間に客は来ない、と萃香は霊夢を部屋の中に入れようとした。その時、
「やぁやぁ、霊夢。遊びに来たぜ」
黒と白の色をした女性が箒に腰掛けたまま空から降りてきた。
トン、と体重を感じさせずに箒から降りる三角帽がトレードマークの魔法使い。背は霊夢よりも頭一つ大きく、若さを感じさせる風貌。しかし帽子や箒はかなりの年季を感じさせる、ちぐはぐな女性。
「おや、魔理沙じゃないか。こんな時間にどうかした?」
その女性の名は霧雨魔理沙。目的のために人であったが人をやめた魔法使い。萃香とは酒飲み仲間であり、霊夢とは友人以上の間柄と呼ばれていた。
「久々に霊夢の顔でも見ておこうと思ってな」
そういいながら、魔理沙は昔のように無邪気に笑う。
「そんなこといって、三日前にも来てたじゃないか」
それにつられて萃香も笑う。酒を飲み明かす時のように。
「おいおい、『女子三日会わざれば刮目して見よ』っていうだろ?」
くすくすと笑いあう魔理沙と萃香。出会ってからずっと続けられているこのような掛け合いが懐かしい。
昔は、ここにもう一人いた。あの暢気な巫女が。
巫女が掛け合いに参加しなくなってから大分経つが、それでも二人はこの掛け合いをやめはしない。もしかしたらまた参加してくれるかもしれない。そんな小さな願いがあるから。
「あぁ、思い出した」
二人の楽しげな掛け合いを見て霊夢が手をポンと叩く。
その顔には思い出せそうで思い出せなかったものを思い出した、歓喜の表情。
「そう、貴方は魔理沙。久しぶりね、魔理沙」
その言葉に少しばかり目を見開くのは当の魔理沙。自分の名前を覚えているとは思わなかった、とその顔が物語っている。
しかし一転、そこには笑顔。
自分の名前を今回は覚えていてくれた、思い出してくれた。それだけのことだが今の霊夢には難しく、そして今の魔理沙にとって嬉しいこと。
「なんだ。そうか、霊夢、覚えててくれたか。いやぁ、何か嬉しいぜ」
二人の間には暖かな空気。気が置けない者同士により生み出される独特の雰囲気。
「ねぇ、次の人形劇はまだかしら。私、とっても楽しみにしてるのよ」
瞬間、空気が凍りついた。暖かさなど一瞬で消え去り、残るのは心に迫る冷気。
魔理沙も萃香も笑顔をそのままに凍る。霊夢の一言に間を置けずにはいられない。
霊夢はいった。人形劇が楽しみだと。
それを何故、魔理沙にいうのだろうか。魔理沙は生まれてこの方、人形劇などというものを見たことはあってもやったことはない。それを行うのは、魔理沙と同じ魔法の森に住む七色の人形遣い。
つまり霊夢は、魔理沙のことを――――
「霊夢! あのね、人形劇はアリ」
「ごめんな、霊夢。まだ新しい人形と脚本が出来てなくてな。もう少し待っててくれ」
霊夢の言葉を否定しようとする萃香の言葉。それを遮り魔理沙はいう。
心に突き刺さったナイフをぐっと我慢しながら、笑顔のままで魔理沙は霊夢に答える。
「どうにも行き詰まってな。ちょっとネタ探ししにここに来たんだよ」
「あら、そうなの。それは残念ね」
「次のは超大作になる予定だからちょっとだけ辛抱しててくれよな」
魔理沙の言葉に「期待しておくわね」と笑う霊夢。
笑いあう二人。その間に流れる空気はどこか悲しげで、萃香は顔を背けることしかできなかった。
友に自分のことを覚えていてもらう、そんな小さな願いもかなわなかった。
萃香が席を外し、煌く星の下で縁側に座る霊夢と魔理沙。
どちらも少々厚着をし、言外に寒いといってはいるが、部屋の中には入らない。
ただこの夜空を眺めながら、ゆっくりと会話をすすめるだけ。
「昨日はね、あの湖の側にある大きな館からメイド長さんが来てくれたのよ。うちの庭で取れた野菜です、っていって袋いっぱいの野菜を持って。もの凄い量だったから『貴方は力持ちなのね』っていったら、彼女ったら『鍛えてますから』って笑うの。その後は肩を揉んでもらったりしてね、不思議とその後は体調がよくてご飯もいつもより多めに食べてしまったわ。あの紅い髪のメイド長さんはきっと凄い人なんでしょうねぇ」
「へぇ、そいつはよかったな。そのメイド長も、喜んでもらえて嬉しがってると思うぜ」
お前は昔、その凄い門番を打ち負かして館に突っ込んでいったんだぜ。そんな言葉がするりと口から滑り出しそうになって、魔理沙はそれを必死で止める。そんなことをいっても何の意味もない。
魔理沙は霊夢の話を笑顔のまま聞いていく。一つ一つに相槌を打ちながら、楽しそうな霊夢を二つの目でしっかりと見る。昔は立場が逆だったな、と心の内で一人呟きながら。
「いつかは忘れちゃったんだけどね、紫ちゃんって子も藍さんと一緒に遊びに来たわ。凄くいい子でね。楽しくおしゃべりさせてもらっちゃった。意外と甘えん坊さんでね、私に抱きついてきた時は少し驚いたけど、何だか嬉しかったわ」
その時の状況を思い出したのか、くすくすと笑う霊夢。
また喉元までやってくる、それはお前より年上の婆さんなんだぜ、という言葉を魔理沙は堪える。
「紫ちゃん、ね。まぁ楽しく喋れたんならオールオッケーだな」
魔理沙は笑顔の維持が段々と辛くなってきていいるが、それでもやめようとはしない。原因も分かってはいるが、それをどうにもしない。
笑う。自分が笑えば霊夢も笑う。霊夢に自分の悲しむ顔を見せまいと魔理沙は笑う。
ただちょっと、少しだけ力を抜きたくて魔理沙は星空へと視線を移す。
そんな魔理沙に習ってか、霊夢も首を少し傾け夜の空をゆっくりと眺める。
途切れる会話。しかし二人の間に気まずい空気は一片たりとも流れない。
「最近ね。昔のことをよく思い出すのよ」
少しばかり星空を眺めた後、姿勢をそのままに霊夢は一人喋りだす。
「紅い館にいって吸血鬼と勝負をしたこと、春を集めに冥界にいったこと、色々なことがあったわ」
ゆっくりと、自身に言い聞かせるように。
本当に嬉しそうに霊夢は言葉を続ける。
「花が咲き誇る中、妖怪の山の中、人里や森の中、これでも私色々なところを飛びまわったのよ。確か、地面の下にも行ったことがあった気がするわ。もうどうやって行ったかも覚えてないんだけどね」
もうやめてくれ、と魔理沙は心の中で叫ぶ。霊夢に顔を見られないよう、空に視線を固定したまま。
その表情は笑っているのに泣きそうで、だから魔理沙は尚更空を眺める。
「本当に楽しかった。たまにだけど、あの頃に戻りたいな、なんてことも思っちゃうのよ。おかしいでしょ?」
笑いながらいう霊夢。その言葉に魔理沙は答えられない。
そんなことは毎日思っている、あの頃に戻りたいと魔理沙は毎日願っている。
神より己を信じる魔理沙が、それでも初めて神に願ったのは、あの頃の日常。
自分が人間をやめたのは死が怖いからではなく、やりたいことがあったわけでもなく、ただあの日常をずっと過ごすためだったのだと魔理沙は気がついた。しかし、それは霊夢が欠けてからこそ気がついた事実。
ぐっと魔理沙は自分の胸を掴む。胸の内で暴れまわる、どれにも属さないこの感情を抑えるため。
もうやめてくれ、もう帰れないあの楽しかった頃の話をしないでくれ、思い出させないでくれ、次々と胸から口へと移動する言葉たちを魔理沙は一生懸命に抑える。怒濤の勢いで向かってくる思いたちを食い止める。
それでも霊夢は寒空の下、言葉を続けた。
「それで、忘れちゃいけないのが黒と白の魔法使いなの」
魔理沙の身体がピクリとはねる。
そんな魔理沙を知ってか知らずか、霊夢の言葉は止まらない。
「いつも私の側にやってきて『勝負しようぜ!』っていってくるの。私が頼まれた依頼を横から取られたこともあったわね。さっきいった吸血鬼の時や冥界の時、私の側にはいつも彼女がいたわ」
聞きたいけど、これ以上聞きたくない。そんな感情が魔理沙の中で渦巻く。
胸を掴んでいる指はもう白くなり、服にも大きな皺ができている。しかしそれでもまだ足りない。魔理沙はぐっと唇を噛み締め、更に強く胸を掴む。
そうしないと霊夢の話を聞いていられない。
「彼女が関わった物事は迷惑だった時の方が多かったわね。とらぶるめいかーっていうのかしら、楽しそうに笑う彼女の側ではいつも何かが起きていた」
迷惑。その一言が魔理沙の心を貫いた。
居ても立っても居られない。真横に立てかけてあった箒を掴み、魔理沙は逃げ出そうと腰を浮かせ、
「でもね、楽しかったわ」
それ以上動くことが出来なくなった。
「面倒ごとばかり持ってくるし、人の邪魔は平気でする。そんな彼女だったけど、なんだか楽しかったの。不思議よね」
浮かせた腰を、魔理沙は重力に従い縁側に降ろす。
そしてゆっくりと視線を動かし、未だ空を眺める霊夢に向ける。
「あぁ、そうだ。思い出した、思い出したわ。彼女の名前は魔理沙。そう、魔理沙よ」
大事なことを思い出したと霊夢はしきりに頷く。
魔理沙はただそんな霊夢を眺めることしか出来ない。自分が今どういう気持ちで、どんな顔をしているのか分からず、ただ霊夢に視線をやるだけ。
自分をみる魔理沙に気がついたのか、霊夢は魔理沙の方へと顔を動かし、笑いながらいう。
「あら、そういえば貴方も魔理沙だったわね。偶然って凄いわ」
そして、若干の照れを見せながら言葉を続ける。
「あのね、同じ名前の貴方だけに特別に教えてあげるわ」
満面の笑みで、嬉しそうに楽しそうに霊夢はいった。
「これでも私、魔理沙のこと嫌いじゃなかったのよ」
三角帽の端を握り、魔理沙は口元まで引き下げる。
そうしなければ見られてしまうから。自分がどんな顔をしているのか分からないが、この顔を見せるわけにはいかないな、と帽子で隠す。
「魔理沙。どうかしたかしら?」
不思議そうに小首を傾げる霊夢。
そんな霊夢に魔理沙は言葉を返す。
「霊夢は、ツンデレだな」
「つんでれ?」
涙声になりそうな声を必死で堪え、精一杯の楽しげな声で魔理沙は続ける。
「そう、ツンデレ。最近幻想郷に入ってきた概念だよ。うん、霊夢はツンデレだ。全く、ツンデレにはかなわないぜ」
「つんでれ、つんでれ……。私ってつんでれなのね」
何がおかしいのか、霊夢は楽しそうに笑う。
それにつられて魔理沙も笑う。
小刻みに震えながら、二人は夜空の下でただ笑いあう。
紅白はコロコロと。黒白はポロポロと。
楽しんでいる間に、悲しんでいる間に、自分の意識していないうちに時間は流れる。決して止まることなく、ただゆっくりと流れ続ける。
そして更に、時間は人間に一つのものを押し付ける。
それは老い。子どもに大人に、分け隔てなく平等に老いを押し付ける。
妖怪ならどうかわからない。しかし人間はその老いに敵わない。時間にも敵わない。
そんな当たり前のことが、この幻想郷にも当たり前のように存在する。
だれもこれらにかなわない。
少々古惚けた、年季の入った神社に朝も早くから響くのは人の営みの音。
その神社の名前は博麗神社。幻想郷に古くから存在する山奥の神社である。
「さてと、今日もいい日だといいねぇ」
よたよたと歩きながら居間までやってきたのは一人の老婆。髪は白く、顔にはいくつもの皺。その皺を更に増やすように優しく笑いながら、彼女は縁側から外を眺める。
寝坊をしたのか急いで空に昇ろうとする太陽が、そしてその光を受け寒そうに身をこすり合わせる枯れ木たちが老婆の目に映る。
今日の幻想郷は雲ひとつない、快晴。
「うんうん。いい日、いい日」
にこにこと笑う老婆。そんな彼女に声をかけるのは台所から出てきた巫女服を着た女性。歳は二十を過ぎたばかりの、人懐っこそうな中にもどこか凛とした雰囲気を漂わせる紅白の巫女。
「今日も早いですね、霊夢さん。ご飯は私が作っちゃいますから、それまで待っててくださいね」
女性はいつものように、いつもの如く老女にいう。自分がご飯を作ると。
それに対し老婆は、霊夢は頷き笑みと言葉を返す。いつものように。
「そう。じゃあ今日はお願いするわね」
霊夢が若かった時代、黒白や妖怪の賢人と幻想郷を飛びまわった時代から早数十年。
人間である霊夢は人間らしく歳をとり、人間らしく呆けた。
『あんたが人間をやめるってんなら、私が最後の最後まで人間ってやつをやってみましょうか』
ある時の霊夢の一言。この言葉を霊夢は遵守した。例え自身が自身でなくなることになろうと、それもまた人間だと享受することに霊夢は決めたのだ。
多くの友人がそんなことはしなくてもいいと諭した。
薬師は自身の持つ秘薬を使おうといった。魔女は自身の持つ秘術を使おうといった。賢者は自身の持つ力を使おうといった。だが霊夢はただの一度も譲らなかった。
自身が呆けるとわかっていても、約束を交わした相手に泣かれても、霊夢はそれを貫いた。人間として、振りかかる全てを受け入れて死ぬことを。
こうして博麗霊夢はただあるがままに呆けを受け入れ、今に至る。
「う~。今日も寒いね、霊夢」
朝御飯が出来るまでに、と境内の掃除にとりかかる霊夢に付き添うのは一人の鬼。
同じように箒を持ち、えいやえいやと境内の落ち葉や小石を懸命に集める姿はまるで童女。頭から伸びる角がなければ仲のよい祖母と孫のように見えるほどの自然さ。反転、それは自然になるほどにこの工程が繰り返されたことを暗示する。
「そうかしら。私は全然寒くないけどねぇ。ほら、萃香はそんな薄着をしてるから」
着物の上に上着を羽織る霊夢はくすくすと笑う。
「そ、そうかな? でも大丈夫。私は鬼だからね、風なんかには負けないよ!」
楽しそうに笑う霊夢を見て、いつも通り袖のない服をきたまま萃香も笑う。
事情を知らぬものにとってはとても微笑ましいこの風景。だが知っているものにとっては目を背けたくなるような光景。
元々萃香は早起きが得意ではない。ではなぜこんな朝早くに起きているのか。
実は萃香は掃除があまり好きではない。ではなぜ率先して霊夢の手伝いをするのか。
萃香は人を笑わせるために動き回ったりはしない。ではなぜこんなにぴょんぴょんと霊夢の周りを動き回るのか。
それはこの鬼がこの老婆を好きだから。ずっと笑っていて欲しいから。
そのためならば道化になると、鬼は決めた。鬼は片時も離れず、この大好きな老婆の傍で常に笑い続ける。
何度目になるか分からないこの工程を、鬼は老婆のために繰り返す。
「ご飯ができましたよー」
「あら。それじゃ一旦休憩してご飯にしましょうか」
「うんうん。ご飯ご飯! 今日のおかずはなーにかなー?」
太陽がもうしばらくすれば真上に昇るだろうという時。
境内のゴミを全て片付け終えた霊夢と萃香は縁側にて一息をつく。
「ふぅ~。今日もいっぱい集まったね、霊夢」
「そうね。萃香は落ち葉を集めるのが本当に上手だわ」
「ゴミ集めなら任せておいて! 私の掃除テクニックにかかればどんなものもいちころだよ!」
萃香はそういいながら霊夢の見えない位置であつめていたゴミを能力によって適当に散らせておく。明日も霊夢が掃除をできるように。
霊夢にはバレないようにゆっくりと、丁寧に、慎重に。
足をプラプラと動かしながら、もう霊夢には忘れられてしまった密と疎を萃香は操る。
「そういえば」
「う、うん!? な、何?」
疎を操ることに意識を傾きかけていた萃香に霊夢は唐突に話しかける。
「私たち、ご飯食べたかしら」
本当に不思議そうに。霊夢は萃香に向かって尋ねる。
共に食べた朝御飯を、三人で楽しく食べた朝御飯を、自分は食べたかと萃香に尋ねる。
「うん、さっき一緒に食べたでしょ。やだなー、霊夢まだ食べたりないのー?」
返す言葉は決まっている。これも繰り返された一コマ。
最初はぎこちなかった返しも今やすんなり、笑いながらできるようになった。それが萃香にはとても悲しい。
「そうだったかしら。なんだかお腹が減った気がするんだけれど」
これもいつものこと。だから萃香は笑顔をそのままに、
「それじゃ、霊夢には特別にこの萃香秘蔵の飴をあげよう。とーってもおいしいんだから!」
ポケットから一つの飴玉を取り出して霊夢に渡す。
なんのことはない。人里で普通に売っている普通の飴だ。とびっきり甘くて少し大きめの飴。
霊夢はその飴を興味深そうに見つめ、「ありがとう」と受け取った。
食べたいからといって食べさせてはいけない、と薬師に言われ用意するようになった飴。人里に売ってある全ての飴を買い集め、霊夢が一番好きなものを一個一個確かめた結果選び出された黒い飴。
それを美味しそうに口の中で転がす霊夢を見て萃香は安心する。いつも通りの霊夢だと。
そんな萃香に向かって霊夢は微笑みながらいう。
「ねぇ萃香。この飴、もう一つないかしら」
「なにー。まだ欲しいの? もー、霊夢はいやしんぼさんだなー」
ちょっと困ったフリをしつつ、ポケットからもう一つの飴をごそごそと取り出す萃香。
「ふふっ。違うわ、食べるのは私じゃなくて貴方よ、萃香」
そんな萃香を見て霊夢は笑う。
自分の意図は違うんだぞ、と微笑みながら言葉を続ける。
「二人で食べたらきっともっとおいしいだろうから。おいしくするの手伝ってくれないかしら」
『酒ってもんは皆で飲むもんよ。特に不味い酒はね。ほら、美味くするの手伝いなさい』
霊夢の言葉が、萃香に霊夢を思い出させる。自分にとってはほんの少し前の、記憶の中の霊夢を。
だから萃香は頷く。精一杯の、今度は心からの笑みで霊夢に応える。
「うん、うん! もの凄くおいしくしてあげるんだから、覚悟してよね!」
萃香は思った。やはり霊夢は霊夢なんだと。どうなろうと霊夢が霊夢であることに変わりはないんだと。
二人のなめた飴は、とてもとても甘かった。
夕暮れ。時が駆けるのは思いのほか早く、もうそろそろ太陽がその身を大地に寝かせる頃。
いつものように縁側でお茶を飲む霊夢と萃香。霊夢の後任となった巫女は巡回に出かけている。
「それでは、行ってきますね」
そういって巫女は空を飛んでいった。その姿は初めて幻想郷にやってきた時のたどたどしさなど微塵も見せないしっかりとした飛び立ち。
今や博麗の巫女といって霊夢の名を出す者はそうそういない。今の巫女が霊夢よりも積極的に人や妖怪に接するからという理由もあるが、それ以上に霊夢が飛び回っていた時代を生きた者が単純に減ってきたことが大きな要因。
しかしこれは仕方がないことで、それでも少し悲しいこと。これもまた時代の流れ。
「もう少しで日も暮れちゃうね。そろそろ中に入ろうか」
コトリと湯飲みを置いて、萃香が隣の霊夢に話しかける。
もうすぐ夜。冬将軍ならぬ、冬の妖怪が操る寒気は人の身には少しばかり厳しい。
「そうね。でも、もう少しここにいてもいいかしら」
霊夢は上着をきゅっと締めながら、まだこの場にいたいと萃香に答える。
「何だかね、誰かが来る気がするのよ」
外を眺めたまま霊夢はいう。その吐く息が白くなりかけているというのにその場に留まると。
もう七つ刻、これからの来客はもうありそうにない。
日も落ちようしており、一層寒くなるだろうこの時間。こんな時間に客は来ない、と萃香は霊夢を部屋の中に入れようとした。その時、
「やぁやぁ、霊夢。遊びに来たぜ」
黒と白の色をした女性が箒に腰掛けたまま空から降りてきた。
トン、と体重を感じさせずに箒から降りる三角帽がトレードマークの魔法使い。背は霊夢よりも頭一つ大きく、若さを感じさせる風貌。しかし帽子や箒はかなりの年季を感じさせる、ちぐはぐな女性。
「おや、魔理沙じゃないか。こんな時間にどうかした?」
その女性の名は霧雨魔理沙。目的のために人であったが人をやめた魔法使い。萃香とは酒飲み仲間であり、霊夢とは友人以上の間柄と呼ばれていた。
「久々に霊夢の顔でも見ておこうと思ってな」
そういいながら、魔理沙は昔のように無邪気に笑う。
「そんなこといって、三日前にも来てたじゃないか」
それにつられて萃香も笑う。酒を飲み明かす時のように。
「おいおい、『女子三日会わざれば刮目して見よ』っていうだろ?」
くすくすと笑いあう魔理沙と萃香。出会ってからずっと続けられているこのような掛け合いが懐かしい。
昔は、ここにもう一人いた。あの暢気な巫女が。
巫女が掛け合いに参加しなくなってから大分経つが、それでも二人はこの掛け合いをやめはしない。もしかしたらまた参加してくれるかもしれない。そんな小さな願いがあるから。
「あぁ、思い出した」
二人の楽しげな掛け合いを見て霊夢が手をポンと叩く。
その顔には思い出せそうで思い出せなかったものを思い出した、歓喜の表情。
「そう、貴方は魔理沙。久しぶりね、魔理沙」
その言葉に少しばかり目を見開くのは当の魔理沙。自分の名前を覚えているとは思わなかった、とその顔が物語っている。
しかし一転、そこには笑顔。
自分の名前を今回は覚えていてくれた、思い出してくれた。それだけのことだが今の霊夢には難しく、そして今の魔理沙にとって嬉しいこと。
「なんだ。そうか、霊夢、覚えててくれたか。いやぁ、何か嬉しいぜ」
二人の間には暖かな空気。気が置けない者同士により生み出される独特の雰囲気。
「ねぇ、次の人形劇はまだかしら。私、とっても楽しみにしてるのよ」
瞬間、空気が凍りついた。暖かさなど一瞬で消え去り、残るのは心に迫る冷気。
魔理沙も萃香も笑顔をそのままに凍る。霊夢の一言に間を置けずにはいられない。
霊夢はいった。人形劇が楽しみだと。
それを何故、魔理沙にいうのだろうか。魔理沙は生まれてこの方、人形劇などというものを見たことはあってもやったことはない。それを行うのは、魔理沙と同じ魔法の森に住む七色の人形遣い。
つまり霊夢は、魔理沙のことを――――
「霊夢! あのね、人形劇はアリ」
「ごめんな、霊夢。まだ新しい人形と脚本が出来てなくてな。もう少し待っててくれ」
霊夢の言葉を否定しようとする萃香の言葉。それを遮り魔理沙はいう。
心に突き刺さったナイフをぐっと我慢しながら、笑顔のままで魔理沙は霊夢に答える。
「どうにも行き詰まってな。ちょっとネタ探ししにここに来たんだよ」
「あら、そうなの。それは残念ね」
「次のは超大作になる予定だからちょっとだけ辛抱しててくれよな」
魔理沙の言葉に「期待しておくわね」と笑う霊夢。
笑いあう二人。その間に流れる空気はどこか悲しげで、萃香は顔を背けることしかできなかった。
友に自分のことを覚えていてもらう、そんな小さな願いもかなわなかった。
萃香が席を外し、煌く星の下で縁側に座る霊夢と魔理沙。
どちらも少々厚着をし、言外に寒いといってはいるが、部屋の中には入らない。
ただこの夜空を眺めながら、ゆっくりと会話をすすめるだけ。
「昨日はね、あの湖の側にある大きな館からメイド長さんが来てくれたのよ。うちの庭で取れた野菜です、っていって袋いっぱいの野菜を持って。もの凄い量だったから『貴方は力持ちなのね』っていったら、彼女ったら『鍛えてますから』って笑うの。その後は肩を揉んでもらったりしてね、不思議とその後は体調がよくてご飯もいつもより多めに食べてしまったわ。あの紅い髪のメイド長さんはきっと凄い人なんでしょうねぇ」
「へぇ、そいつはよかったな。そのメイド長も、喜んでもらえて嬉しがってると思うぜ」
お前は昔、その凄い門番を打ち負かして館に突っ込んでいったんだぜ。そんな言葉がするりと口から滑り出しそうになって、魔理沙はそれを必死で止める。そんなことをいっても何の意味もない。
魔理沙は霊夢の話を笑顔のまま聞いていく。一つ一つに相槌を打ちながら、楽しそうな霊夢を二つの目でしっかりと見る。昔は立場が逆だったな、と心の内で一人呟きながら。
「いつかは忘れちゃったんだけどね、紫ちゃんって子も藍さんと一緒に遊びに来たわ。凄くいい子でね。楽しくおしゃべりさせてもらっちゃった。意外と甘えん坊さんでね、私に抱きついてきた時は少し驚いたけど、何だか嬉しかったわ」
その時の状況を思い出したのか、くすくすと笑う霊夢。
また喉元までやってくる、それはお前より年上の婆さんなんだぜ、という言葉を魔理沙は堪える。
「紫ちゃん、ね。まぁ楽しく喋れたんならオールオッケーだな」
魔理沙は笑顔の維持が段々と辛くなってきていいるが、それでもやめようとはしない。原因も分かってはいるが、それをどうにもしない。
笑う。自分が笑えば霊夢も笑う。霊夢に自分の悲しむ顔を見せまいと魔理沙は笑う。
ただちょっと、少しだけ力を抜きたくて魔理沙は星空へと視線を移す。
そんな魔理沙に習ってか、霊夢も首を少し傾け夜の空をゆっくりと眺める。
途切れる会話。しかし二人の間に気まずい空気は一片たりとも流れない。
「最近ね。昔のことをよく思い出すのよ」
少しばかり星空を眺めた後、姿勢をそのままに霊夢は一人喋りだす。
「紅い館にいって吸血鬼と勝負をしたこと、春を集めに冥界にいったこと、色々なことがあったわ」
ゆっくりと、自身に言い聞かせるように。
本当に嬉しそうに霊夢は言葉を続ける。
「花が咲き誇る中、妖怪の山の中、人里や森の中、これでも私色々なところを飛びまわったのよ。確か、地面の下にも行ったことがあった気がするわ。もうどうやって行ったかも覚えてないんだけどね」
もうやめてくれ、と魔理沙は心の中で叫ぶ。霊夢に顔を見られないよう、空に視線を固定したまま。
その表情は笑っているのに泣きそうで、だから魔理沙は尚更空を眺める。
「本当に楽しかった。たまにだけど、あの頃に戻りたいな、なんてことも思っちゃうのよ。おかしいでしょ?」
笑いながらいう霊夢。その言葉に魔理沙は答えられない。
そんなことは毎日思っている、あの頃に戻りたいと魔理沙は毎日願っている。
神より己を信じる魔理沙が、それでも初めて神に願ったのは、あの頃の日常。
自分が人間をやめたのは死が怖いからではなく、やりたいことがあったわけでもなく、ただあの日常をずっと過ごすためだったのだと魔理沙は気がついた。しかし、それは霊夢が欠けてからこそ気がついた事実。
ぐっと魔理沙は自分の胸を掴む。胸の内で暴れまわる、どれにも属さないこの感情を抑えるため。
もうやめてくれ、もう帰れないあの楽しかった頃の話をしないでくれ、思い出させないでくれ、次々と胸から口へと移動する言葉たちを魔理沙は一生懸命に抑える。怒濤の勢いで向かってくる思いたちを食い止める。
それでも霊夢は寒空の下、言葉を続けた。
「それで、忘れちゃいけないのが黒と白の魔法使いなの」
魔理沙の身体がピクリとはねる。
そんな魔理沙を知ってか知らずか、霊夢の言葉は止まらない。
「いつも私の側にやってきて『勝負しようぜ!』っていってくるの。私が頼まれた依頼を横から取られたこともあったわね。さっきいった吸血鬼の時や冥界の時、私の側にはいつも彼女がいたわ」
聞きたいけど、これ以上聞きたくない。そんな感情が魔理沙の中で渦巻く。
胸を掴んでいる指はもう白くなり、服にも大きな皺ができている。しかしそれでもまだ足りない。魔理沙はぐっと唇を噛み締め、更に強く胸を掴む。
そうしないと霊夢の話を聞いていられない。
「彼女が関わった物事は迷惑だった時の方が多かったわね。とらぶるめいかーっていうのかしら、楽しそうに笑う彼女の側ではいつも何かが起きていた」
迷惑。その一言が魔理沙の心を貫いた。
居ても立っても居られない。真横に立てかけてあった箒を掴み、魔理沙は逃げ出そうと腰を浮かせ、
「でもね、楽しかったわ」
それ以上動くことが出来なくなった。
「面倒ごとばかり持ってくるし、人の邪魔は平気でする。そんな彼女だったけど、なんだか楽しかったの。不思議よね」
浮かせた腰を、魔理沙は重力に従い縁側に降ろす。
そしてゆっくりと視線を動かし、未だ空を眺める霊夢に向ける。
「あぁ、そうだ。思い出した、思い出したわ。彼女の名前は魔理沙。そう、魔理沙よ」
大事なことを思い出したと霊夢はしきりに頷く。
魔理沙はただそんな霊夢を眺めることしか出来ない。自分が今どういう気持ちで、どんな顔をしているのか分からず、ただ霊夢に視線をやるだけ。
自分をみる魔理沙に気がついたのか、霊夢は魔理沙の方へと顔を動かし、笑いながらいう。
「あら、そういえば貴方も魔理沙だったわね。偶然って凄いわ」
そして、若干の照れを見せながら言葉を続ける。
「あのね、同じ名前の貴方だけに特別に教えてあげるわ」
満面の笑みで、嬉しそうに楽しそうに霊夢はいった。
「これでも私、魔理沙のこと嫌いじゃなかったのよ」
三角帽の端を握り、魔理沙は口元まで引き下げる。
そうしなければ見られてしまうから。自分がどんな顔をしているのか分からないが、この顔を見せるわけにはいかないな、と帽子で隠す。
「魔理沙。どうかしたかしら?」
不思議そうに小首を傾げる霊夢。
そんな霊夢に魔理沙は言葉を返す。
「霊夢は、ツンデレだな」
「つんでれ?」
涙声になりそうな声を必死で堪え、精一杯の楽しげな声で魔理沙は続ける。
「そう、ツンデレ。最近幻想郷に入ってきた概念だよ。うん、霊夢はツンデレだ。全く、ツンデレにはかなわないぜ」
「つんでれ、つんでれ……。私ってつんでれなのね」
何がおかしいのか、霊夢は楽しそうに笑う。
それにつられて魔理沙も笑う。
小刻みに震えながら、二人は夜空の下でただ笑いあう。
紅白はコロコロと。黒白はポロポロと。
なんか悲しいなぁ……確かに人間である霊夢は呆ける
可能性もあるでしょうね。
咲夜さんも自分の生を終えてしまっていますし、人として残ってるのは
霊夢だけかな?
それでも尚、年老いても霊夢らしさが溢れていたように思えました。
それでも霊夢の理想は自分が人間で居続けること。
それが魔理沙とは少し食い違ってしまっただけなんですよね。
物憂いげ気持ちになってしまう読後感ですが、こういうのは大好きです。
現実的で幻想的。この矛盾がなんとも面白い。そういうことを感じました。
その血は新しい巫女へと受け継がれているのですね。
老いた霊夢ではなく、その新しい巫女の観点から物語を紡いだら、また別な雰囲気のお話になっていたんだろうなぁと思いました。
もちろんこれはこれで面白かったです。
ちょっと表現がリアル過ぎて突き刺さるところがありましたけど。
それにしても、ここまで老いゆく者の寂を表現して様になるのも、今の世の中だからこそなせる技なのかなと思います。
いい作品ありがとうございました^^
咲夜さんは死んでしまったんですね・・・
早苗さんはどうなったのだろう?
霊夢と同じように年老いているのかな?
涙が止まらないじゃないですか…。
魔理沙と萃香の優しさと悲しみ、そして霊夢との壊れかけているけれど美しい絆を描ききっていらっしゃる。
この作品を読めてよかった。
これは…いいものだ。
死にネタは多く見てきましたが、こういうものは初読です。
ぐああ感想が上手く言えない自分が情けねええ。
とりあえず点数にその気持を込めさせて頂きます。
けど、目を背けたくはならなかった。
霊夢と魔理沙、二人の”私らしい生き方”に泣いた。
関係ありませんが、正月くらい実家に帰ろうかなあ、そんな気分になりました。
優しいけれど今は昔とは違うという現実も痛感する。
寂しくて穏やかで、冷たくて暖かい。
そんな物語、お見事でした。
最後に魔理沙には救いがあって本当に良かった。
早苗さんは神?になってるのかもしれませんね。
・・・ツンデレはこの先数十年は幻想入りしないんですねw
叔父さんの名前と間違えて俺の名前呼んでたんだよ
それが嫌で嫌で、当時反抗期だったんで、怒鳴ったりしたわけ
でもおじいさんが急死した時は号泣したねぇ
過去に戻ってやり直してぇよ
関係無いこと書いてごめんぬ
…そして、咲夜の後にメイド長に就任した元中g(ry)・・・ガンバレ