Coolier - 新生・東方創想話

熊と巫女

2008/12/07 22:37:11
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雑炊を口に運び、ゆっくりと味わい、椀を卓袱台の上に置く。
かたん、という無機質な音が快く響き渡った。
やや不十分な照明のためか、室内はぼんやりと薄暗い。
その部屋の中央に座っている青年は鍋の残りを見て溜息を吐いた。
毎度のことではあるが、作りすぎたのである。
幸いにして魚などの生臭くなる物は入れていないので、
明日やって来た客に振る舞うとしよう。
腹をおさえて大きく息を吐き、左手を畳につく。

本来ならばこのまま微睡んでも構わないのだが、と彼は脇を見やって溜息を吐いた。
ストーブの前には紅白の衣装をまとった少女がこちらを背にしてだらしなく転がっている。
寝転がっている、というよりも転がっている、という無様な表現が実に似合う様子だった。
数分前に出ていくように促したのだが、どうにも動く様子がない。
こうなってしまえば少女は何が何でも動かない。
経験上青年はそれを知っていたのであえて何も言わず、箸を置いた。
ごろり、と少女は体を横転させて向きを変え、青年を見上げる。
眠そうな半眼のまま欠伸をかみ殺して、

「霖之助さん。お餅はもう食べてもいいかしら」

とストーブの上を指さして尋ねる。
彼は面倒くさそうに立ち上がると、ぶつぶつ文句を言いながらその前に行き、
指でつんつんと餅をつついてから首を横に振った。

「駄目だね。もう少し焼いた方が良い」

そう、と少女は気怠げに言った。

「ありがと。でも、足を退けてくれたらもっと嬉しいんだけど」

特等席に寝転がっている奴が悪いよ、と言い捨てて霖之助は霊夢の脇腹から足を退けた。
のそりのそりと緩慢に元の位置に戻っていく猫背の彼はまるで老いた熊か何かを思わせ、
霊夢はくすりと小さく笑った。
なんだい、と不機嫌そうに霖之助が振り返るも、
彼女はなんでもないわよ、とまるで犬や猫を追い払うようにしっしっと腕を振った。
その様子を見て、青年は全く、と大げさに溜息を吐く。
自分の不快感を何としてでも伝えたいらしいが、端から見ると滑稽である。
そういえば、とまた巫女が声を掛けるので、今度はなんだ、と更に不機嫌になって店主が振り返る。

「大した問題じゃないんだけどね。お餅、三つ焼いたじゃない?」

そうだね、と頷く霖之助に、僅かに目を輝かせて霊夢は人差し指を立てる。

「霖之助さんが二つ食べるの?」

彼は肩を竦めて答えた。

「さっきの餅は焼く時にちょっと一つ一つを近づけすぎてしまったみたいだ。
全部くっついてしまっているよ。焼き上がったら半分こにしよう」

そう言うと、何をやってるのよ、と物凄い勢いで霊夢が身を起こした。
手で畳を叩かずに腹筋だけで起きあがったのは不気味だった。

「あの皮の固い部分も美味しいのに……あーぁ。
霖之助さんの不精者。信じられない」

文句を言うだけ言って、霊夢はばたんと思い切り倒れた。
勢いを付けすぎたのか、背中が畳についた時に、けふ、と可愛らしい息を吐き出していた。
対する霖之助は腰をさすりながらゆっくりと横になる。
椅子に座ったまま一日を過ごすか、重い荷物を店に運び込むかの毎日なので、
体に少々がたが来ているのかも知れない。

誰か労ってくれるだろうと思い、最近は店主もやや過剰に疲労を顕示しているのだが、
大変だねえ、お疲れ様、と声を掛けてくれる客は未だに現れない。
無論霊夢もその例に漏れず、
霖之助の疲労などどこ吹く風と、体をくの字に折り曲げて畳をがりがりと意味もなく引っ掻いて暇を潰しはじめた。

「止めてくれ。子供か君は」

気怠げな調子で霖之助は霊夢を注意するが、しばらくしてまたがりがりとやりはじめた。
文句を言っても無駄だろうと思い、霖之助は立ち上がった。
そしてのそのままのそのそと重い足取りで部屋の隅に行き、がらくたの山を掻き分けはじめる。

やがて、彼は何かぴかぴかと光る金属を持ってこちらに戻ってきた。
寝ぼけ眼の霊夢にはそれが何であるのかは分からない。
ぼんやりと寝転がったまま霖之助を見上げている。
彼はそんな情けない様子の霊夢を見て溜息を吐き、

「がりがりやるなら爪を切ってくれ」

と金属を落とす。普通のものよりやや重いそれは、外の世界からやってきた爪切りである。
まさか自分が使っているものを渡すわけにも行かず、
こういう時は外から拾ってきたがらくたも案外役に立つ物だと霖之助は一人でしきりに頷いていた。

しかし、霊夢は一向に動く気配がない。
どうしたのだろうかと見下ろすと、彼女は、くー、くー、と心地よい息を吐いているところだった。
爪切りは服の上に落ちたままで、手を触れようともしない。
確かに畳を引っ掻かないで寝ていてくれるのなら問題は無いのだが、折角探してきた自分の苦労もある。
霖之助としては出来れば爪を切って欲しかったので、霊夢の頬をぺちんと叩いてもう一度言う。

「爪を切ってくれ」

彼女はむうぅ、と不愉快そうな言葉にならないうめき声を上げた後、爪切りを持ってそれを霖之助に渡す。
拒否の意思表明だろうかと彼は思ったのだが、霊夢が手を下ろす様子はない。
ごろり、と顔だけストーブの方に向けて、彼女は手を霖之助の膝の上に落とした。

「面倒くさいから霖之助さんが切って」

自失呆然とする霖之助をよそに、霊夢はまた、くう、くう、と気持ちよさそうに寝息を立て始めた。












爪を切る、というよりも研ぐ、という作業に霖之助は辟易する。
霊夢の爪はあまり伸びているとは言えなかった。
なので彼がすることと言えばなるべく丸く爪を研ぐことだけになる。
ところで件の博麗霊夢だが、既に目を覚ましており、もぐもぐと餅を口に運んでいる。

「自分でやるより楽だわ。
ねえ、霖之助さん――」

「お断りだ」

何か言う前にぴしゃりと切り捨て、彼は黙々と爪を研ぐ。
寝転がったまま餅を食べる少女と、その左手を取って綺麗な爪に悪戦苦闘する青年の図は奇異であった。
ちちちちち、とストーブの火が音を立てて爆ぜる。
風情があるとは言い難い光景だったが、心地良い事には心地よい。
自分の事には大雑把な彼だが、人の事となると完璧にせねば気が済まないのだろうか、
霊夢の爪を見ては、ああだこうだと首を捻っている。

「適当に切ってくれれば良いのよ、適当に」

霖之助はその言葉を聞いて大きく息を吐いた。

「以前魔理沙にもそれを言われた。
だから適当に切ったらやたらと怒られたよ」

ほっとけばいいじゃない、と人事のように言い捨てて霊夢はまた餅に手を伸ばす。
それは霖之助の分なのだが、彼は一々そんな事に文句は言わなかった。
どうせ爪を切り終える頃には固くなってしまっているだろう。
それならば誰かが食べた方が幾分はましである。
わざとなのだろうか、餅を口に挟んで引き延ばしながら食べる霊夢は非常に情けなかった。
これが博麗神社の巫女なのかと思わず頭痛がしてくる。
だというのに実力は歴代屈指のものだというから努力しろと文句を言うことも出来ない。

「まったく。こんな奴に妖怪がやられるなんてね。
吸血鬼も亡霊も大したことがないらしい。
僕でも勝てるんじゃないか?」

そう茶化して言うと、霊夢は失礼な事に失笑していた。

「むう。
こっちがこれだけしているんだ。
ごますりの一つや二つしたらどうだい?」

霖之助が不服そうに言うと、
はいはい、と彼女は面倒くさそうに空いた手を振った。
それにあわせて袖がばさばさと揺れる。

「霖之助さんを褒めたりなんかしたら、
延々と自慢話が始まるじゃない。
聞いてるのが面倒くさいんだもの」

反論の余地がなかったので苦い顔をして霖之助は黙り込んだ。
自分の話は絶対に面白いという自負があったらしい。
相当凹んでいるようだ。
しゅんとした様子で爪を研ぐ霖之助が新鮮で面白かったので霊夢は笑いをかみ殺していた。

それからは二人とも黙ったままで時間が過ぎていった。
霖之助がなんとはなしに視線を動かすと、畳には何かに引っかかれたような傷があちこちにあった。
もしかしたら随分と幼い頃から霊夢はこうやってここの畳を引っ掻き続けてきたのかも知れない。
それに対しては怒るべきなのだろうが、どうにもそのような気分にはなれなかった。
このような穏やかな晩にはかりかりと怒るのが馬鹿らしく思えてしまうのだ。

霊夢の胸は呼吸に合わせてゆっくりと上下に動いていた。
無防備極まりない姿勢だ。
やれやれ、と視線を彼女の火照った顔(ストーブによるものだろう)に向けると、

「ん?」

と不思議そうに小首を傾げられた。
ただ視線を向けただけだと言ってから霖之助は爪を切る作業に戻る。
霊夢はそう、と言っただけだった。
動くものが何もない静かな部屋であるだけに、
爪を研ぐ小さな音もやけに誇張されて聞こえる。

最後の小指を研ぎながら霖之助はぼんやりと考える。
いつまでも子供のようだと思っていたけれど、霊夢はいつの間にかこんなにも成長していた。
昔はからからと可愛らしく呵々大笑していたちっぽけな紅白まんじゅうも、今では立派な博麗の巫女である。
不思議なものだと感嘆の息を吐く。
あんな小さな子供だった霊夢が幻想郷の異変を次々に解決していっているのだから。

そして、その間自分はどうだっただろうか、と霖之助はふと考える。
人妖である自分は、何も変わってはいない。
大きな生活の転機は何もなかった。
ただただ香霖堂を遣り繰りするだけの毎日が続いた。
精神的にも、肉体的にも、何の変化もない。
今の自分に至らない部分などありはしないが、
それでもあっという間に百面相のように変化する少女達を見ていると、
自分はいつか取り残されてしまうのではないかと霖之助は思う。
いつかはこの香霖堂も寂れ、来る者の無い本当に静かな廃店になるのではないかと。

カウンターに軽く右肘をついて、左手で過剰なパフォーマンスをして武勇伝を語る魔法使い。
何か困った事があるのかいつもおろおろしながら店を訪れる半人半霊。
時たま接客用の笑みに少しだけ親しげなものを混ぜて店に新聞を届けにくる鴉天狗。
傲慢な笑みと共に独断で商品を格付けしはじめる吸血鬼。
にやにや笑いを扇に隠してどこからともなく現れる、あの長生きの妖怪。
そして、木訥とした何を考えているのか分からない表情と共に店を訪れる巫女。

それら全てを失って、椅子に座って黙々と本を読み続ける自分の姿を想像する。
そのような生活は、さすがに少し淋しいかも知れないな、と霖之助は思う。
だが、と同時にこうも思う。
彼女達が自分から離れていくのならば、それも仕方のないことだと。
今の常連は霊夢達との繋がりもあってここを訪れてくれているようなものだ。
いや、とまた霖之助は首を振る。
客が来なくなったならばそれは自分の商人としての力量がその程度のものだったというだけのことだ。
離れぬように努力すればいい。
しかし、と霖之助はまた思考の泥沼にはまる。
霊夢たちを自分の所に引き留め続けるのは健全とは言えないのではないか……。

その時、ばっ、と霊夢が手を引っ込めた。

ちょうど最後の仕上げが終わり、それを告げようとしたところだったので霖之助はあっけにとられる。
巫女の少女は起きあがると、ニヤニヤとまるであの妖怪のような笑顔を浮かべてこちらを見ている。

「霖之助さん、魔理沙症候群になってたわよ」

はて、と霖之助は首を傾げる。

「どういう意味かな、それは。
非常に不名誉な事を言われたということだけは分かるが」

不名誉じゃないけど、と霊夢は笑う。

「淋しい淋しい症候群って事よ。
ほら、魔理沙っていつも自分勝手に部屋にこもって研究してるけど、
すぐに淋しくなって飛び出すじゃない。
だから淋しいなあって思ってる奴のことを魔理沙症候群って言うのよ」

しまった、忘れていた、と霖之助は額に手を当てる。

この少女は昔から直感や直観といういわば第六感的な感覚が非常に鋭敏なのだ。
あれだけ悶々と考え込んでいたのだ、霊夢はさぞ面白い玩具を見つけたと思ったことだろう。
霖之助は参ったな、と心の中で焦るがそれを表情に出しはしない。
しかし、その砂上の楼閣のようなポーカーフェイスも瞬く間に瓦解していく事になる。
霊夢は跳ねるように起きあがると、

「そんな淋しい老人に朗報よ」

と笑って、自分の膝をぽんぽんと叩く。
霖之助はそれを見て、やれやれと息を吐いた。

「爪はちゃんと切ったと言ったが」

「そうじゃないわよ」

ふふん、と得意げに口元を歪めて霊夢が言う。

「可哀想なおじいさんの耳かきをしてあげましょうかって言ってるのよ。
成長した私の太股に驚くと良いわ」

ふむ、と霖之助は唸った。

「固そうだね。
まるで三日間放置した餅のよう――」

二の句を継ぐことは許されなかった。
いつの間にか霊夢の投擲した大幣を受け、
決闘に破れた大妖怪のように霖之助は大の字に倒れた。















「全く! その過ぎた口はどうにかならないのかしら」

「済まない。思ったことをつい口にしてしまう性分でね」

「……耳かき、思い切りかき回してもいいの?」

霊夢がくどくどと文句を言い、
霖之助が途方もないことを言い出す。
いつもとは逆さまな情景である。
その事に気がついた霖之助は小さく笑う。

「いや、それにしても全く。信じられないな」

なにがよ、と霊夢が言う。
その声はまだ尖っていた。
先程言われた事が相当頭に来ているのだろう。
申し訳ないことをしたかも知れないな、
などと思いながら霖之助は言う。

「君にこうして耳かきをされるというのがどうにも、ね。
違和感が拭えないんだよ。ついこの間まではあんなに小さかったんだが」

なによそれ、と霊夢は思わずふきだした。
霖之助自身は大まじめだったのだが、彼女の機嫌が一度に元に戻ったようなので良しとした。

「なんか今日は霖之助さんがお爺さんみたいに感じるわね。老い先短いんじゃない?」

「心配せずとも君たちの最期は看取ってあげるよ」

それくらい言えるなら大丈夫だけど、と霊夢は苦笑する。

「なんか、おばあさんになった所を見られるのは癪ね」

霖之助も笑って言う。

「その頃には君が言うんだ。
昔はこうだった、少し前まではこうだった、とね。
大笑いしてやるから覚悟しておいた方がいい」

むう、と霊夢は小さく唸る。
だが、霖之助の側からは彼女がどのような表情をしているのかは伺えない。

「おばあさんになったら霖之助さんにはマフラーでも編んであげようかしらって思ってたけど止めることにしたわ」

珍しく、先程の言葉を失言だと思ったらしく、
うぐ、と霖之助の表情が硬直したのだが、当然霊夢には分からない。
しかし、と霖之助はすぐに元の余裕を取り戻して尋ねる。

「そう考えていたということは、
少なくとも老人になるまでは僕は君の奇行に付き合わなねばならないということかな」

耳かきの背に付属しているふわふわとした綿玉で霖之助の耳を叩きながら彼女は答えた。

「霖之助さんの行いによるわね」

ふふん、と得意げに霊夢は笑う。
このまま彼女にイニシアチブを取られるのも不満だったので霖之助は心の中でゼット旗を掲げた。

「そうは言うが、霊夢。
君はとてもとても根本的な事を忘れているよ」

何かしら、と余裕を含んだ言葉を放つ霊夢に、霖之助は言う。

「僕が君を嫌いになった時の事を考えたことがあるのかい?」

えっ、と霊夢は意外そうな声を上げた。
笑い飛ばすでも、うろたえるでも無かったので、はてなと霖之助が内心不思議に思っていると

「だって霖之助さん、どんなに服をぼろぼろにして帰ってきても、
どんなに無理なお願いをしても、最期には折れてくれるじゃない。
どうやったら嫌われるのか、皆目見当もつかないんだけど」

確かにそうだ、と霖之助は思う。
何をやらかしても最後には許してしまう自分が居る。
だが、それをそのままにしておくのも不愉快だ。
旗を掲げたからには必ず勝つ。
霖之助は、やや重い調子で霊夢に言う。

「君が無茶をして大怪我をした時には、嫌いになるかも知れないね」

霊夢はしばらく手の中で耳かきを弄んでいたが、やがて尋ねる。

「それってつまり、私を心配してるって事かしら?」

どうせはぐらかすだろうと思っての質問だが、そうではなかった。
霖之助は間髪を入れずに

「当然だろう」

と無愛想な返事を返したので、霊夢は思わず硬直してしまった。
普段無愛想で空気の読めないひねくれ男であるだけに、
たまに本音を吐かれると妙に嬉しいものである。
ともすれば緩んでしまいそうな表情を隠しながら、
霊夢は無愛想な店主の頭をぽんぽんと叩く。

「それじゃあ、霖之助さんのせいで異変解決ものんびりになるけどいいかしら?」

良いと思うがね、と霖之助は言う。

「君が大怪我をする事など、異変を起こす側も、起こされた人間達の方も望んではいないよ。
何の為のスペルカードルールだと思ってるんだ」

珍しく、真剣に物を言っているようだった。
一体どうしたのだろうと思い霊夢は部屋を軽く見渡したが、すぐにその原因が分かった。
卓袱台の上に乗っている物を見て、彼女は言う。

「酔ってるでしょ、霖之助さん」

まあ、そうかも知れないが、と霖之助は続ける。

「酔っている方が僕は本音を吐きやすいよ」

ううむ、と霊夢は考える。
至極どうでもよい無愛想店主とはいえ、ここまで大事にされると恥ずかしいものだ。
何を考えているのだろうと思うが、彼の側頭部は何も語ってはくれない。
何とか笑い飛ばしてやろうと思うのだが、いつものようにぽんぽんと言葉が出てこない。
直接に素直な言葉をぶつけられると変化球で返しづらいのである。
こちらも素直に対応しなければならない気がする。
かといって、本当に素直な気持ちで霖之助と話すことなど霊夢には出来ない。
それは少々恥ずかしすぎる。
先程まで散々笑い者にしておきながらおいそれと態度を翻すことなど無理だ。
だから霊夢は、


「はい、おしまい。じゃあ私寝るから」


などと焦った調子でそう言って、霖之助の頭を退けると、ストーブの前に、どん、と寝転がった。
そして、すぐに、ぐう、ぐう、というわざとらしい寝息を立て始める。

しばらくして、のそのそと霖之助も体を起こした。
更に強く、ぐう、ぐう、と息を吐く霊夢に、

「君の寝息はもう少し穏やかなものだよ」

と苦笑しながら言い、そっと頭を撫でてから、立ち上がった。
随分時間が経ってしまったが、椀と箸を洗わねばならない。
出来ることならばこの余韻に浸っていたかったのだが、
と霖之助は眼鏡をかけて卓袱台の方に向かった。

そうして、洗い物をしたり、あれやこれやとしている内に時間は流れ、
彼がようやく布団の用意をした時には、霊夢はとても気持ちよさそうに、くー、くー、と可愛らしい寝息を漏らしていた。
霖之助は、ストーブの火を消すと布団に向かった。
それから些か迷った後で、霊夢の体をそっと抱き上げて布団に寝かせ、
自身はもぞもぞと部屋の端っこに這っていって、そこで丸くなった。
明日は忘れないように早起きしよう。
そう自分に約束して、霖之助もまた、眠りに落ちた。


















霊夢はこっそりと体を起こした。
まだ太陽は昇っていない。
暁というにふさわしい時間帯である。
彼女はよし、と自分に気合いを入れる。
今日こそは、今日こそは地底の妖怪達をぎゃふんと言わせてやらねばならないのだ。
このまま負け続けて魔理沙に出番を持って行かれるのは真っ平ごめんである。

だがしかし、昨日のような恥ずかしい事のあった後で霖之助に挨拶していくのは恥ずかしい。
なので霊夢は早起きをした。
次に霖之助に会うのは、自分の武勇伝を語る時だ。
そう誓って戸を開こうとすると、ぽん、と軽く肩を叩かれた。
まさかと思って振り返ると、そこにはやはり霖之助が眠い目を擦りながら立っていた。
絶対に会わないようにと思っていただけに、霊夢は大わらわだ。

「ど、どうしたのよ。こんな早い時間に」

腕をぱたぱたさせる霊夢を霖之助は迷惑そうに見やった後で、ぼそぼそと

「今日はまた地底に攻め込むんだろう?」

と尋ねた。昨日鍋を突きながらそんな事を言ったのかも知れない。
律儀に覚えているとは意外にまめな男である。

「まあ、そうだけど」

そう霊夢が肯定すると、霖之助は、
ならこれを持って行くと良い、と彼女の手に小さな包みを渡した。
とても軽いので、武器の類でない事は明らかだ。
何だろうと思って霊夢が包みを開こうとすると、霖之助は静かな調子で言った。

「朝ご飯代わりに餅を入れておいた。
つきたてのほやほやだから、なかなか美味しいと思うよ。
道中で食べると良い」

つきたて、という言葉を聞いて、霊夢は驚いて目を見開く。

「わざわざお餅をつくために早起きしたの?」

まあ、そうなるね、と霖之助は肯定した。
暗い夜空の下でぺったんぺったんと餅をつく彼を想像すると、おかしさがこみ上げてくる。
霊夢は笑いながら尋ねた。

「なんで餅なの?」

きっとそこには霖之助なりの蘊蓄があるのだろう。
そう思っての質問だったのだが、彼の質問はとてもとてもシンプルだった。

「餅のように、粘り勝って欲しい、というちょっとした言葉遊びだよ」

そう言って、彼は頬を掻いて小さく笑う。
見れば確かに、その手も、耳も、真っ赤になっていた。
この寒いのに外で作業をしていてはそうなって当然だ。

「今日こそは、勝っておいで」

ぽん、と優しく頭を叩いて言う霖之助に、ガッツポーズを作って霊夢は答えた。

「当然じゃない。私を誰だと思っているのよ」

でも、ありがとう。

最後に照れ笑いと共にそう言う霊夢を見て、頑張ったかいがあったみたいだね、と霖之助も表情を緩めた。
それじゃあ、といつもと違い、鋭い顔つきになって、霊夢は霖之助に背を向けた。

負けられない、理由が出来てしまった。

帰ってくる時。
武勇伝を聞かせる時。
その時は、明日でも明後日でも無い。
それは――今日だ。

暖かい包みを片手に、霊夢は地面を蹴った。
彼誰時というその文字の通りに、
誰だか判別のつかない暗い影となって、霊夢は空の彼方へと消えていった。

それからしばらくして、幻想郷にゆっくりと太陽が昇りはじめた。
霊夢は勝つだろうな、と霖之助は訳もなくそう思った。
ならば、祝勝会の準備だ。
美味しいご飯を沢山作って待っていよう。
先ずは人里に行って、買い物をせねばなるまい。
いやいや、その前に何を作るか考えなければならないな。

「やれやれ、今日は忙しい一日になりそうだな」

大げさに溜息を吐くものの、彼の顔には少しだけ楽しそうな笑みが浮かんでいた。
この日は、彼にとってもちょっと楽しい一日になるようであった。
東方地霊殿。
どんくさい亀のような私にとって、それは紅魔郷に次ぐ難関です。
次々と友人達がクリアしていく中、私の使う霊夢は常に五面で沈み続ける。
やがて尻撃ちという技法を教えて貰い、五面はクリア出来るようになったのですが、次は六面で……。
そんなコンティニューし続けたへっぽこ霊夢が、
遂にノーコンクリアの快挙を成し遂げる、その前夜を空想しながら筆を執りました。
初クリアのあの時の感動を思い返しながら読んで頂けると幸いです。


―――――――――――――
コメントの件、訂正しておきました! 
長い間誤ったままになっていて申し訳ありません。
与吉
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コメント



0.9540簡易評価
4.90名前が無い程度の能力削除
霊夢可愛すぎるよ霊夢。
霖之助にはあげません。
10.100名前が無い程度の能力削除
あなたの綴る霖之助像が大好きです
14.100名前が無い程度の能力削除
和むわ~
18.100名前が無い程度の能力削除
霖之助も霊夢もかわいいですなw
19.100名前が無い程度の能力削除
なんだこれは!!

暖か過ぎて餅が食べたくなったじゃないか!!
暖かい、暖かすぎる!!
21.100名前が無い程度の能力削除
作品集62の「コタツ」とは違った雰囲気でいいですね。
無愛想で不機嫌そうにしていても
霖之助が二人に心底信頼されている所が綺麗に描かれていたと思います。
24.90名前が無い程度の能力削除
再び奴らと闘う勇気をもらいました。
26.100煉獄削除
霖之助と霊夢の雰囲気と会話が凄く良かったです。
二人が作る時間の流れがゆっくりとしているような感じがしました。
この雰囲気、良いですね。
とても面白かった。
28.100名前が無い程度の能力削除
和むわぁ・・・
この日の夜は「フフンッ」と誇らしげな霊夢が見れそうですね。
30.100名前が無い程度の能力削除
なんつうか今際の際に言ってやるみたいな関係だなぁ
31.100名前が無い程度の能力削除
う~ん、和む。
32.90リペヤー削除
これはカップリング……じゃないかな?
でも雰囲気がいいです。
地霊殿、頑張ってくださいなw
33.100名前が無い程度の能力削除
真面目に“霖之助を”可愛いと思ったのは始めてかもしれん。
天狗の鼻をへし折られて凹む霖之助のめんこいこと。

まぁそれ以上に霊夢が可愛かったんですけどね
35.100名前が無い程度の能力削除
素敵すぎる。
そして熱い。
静かに熱い。

霖乃助がなんだか「イトコのお兄さん」って感じで非常にgj。
敬愛の下に、ゆかりんみたいに「なんとかジジイ」って呼んでやりたいw
36.100名前が無い程度の能力削除
この短時間でこクオリティじゃ満点つけるしかねぇよ

寒いし、体を大切にしながら書いてね!
52.100名前が無い程度の能力削除
一々霊夢の可愛い行動をうまく捉えるなぁ霖之助は。
それをごく自然なものだと思ってるから素晴らしい

半妖という立場から彼は常に人間や妖怪達との別れの瞬間を危惧されますが、実際はこの程度にさらりと流してしまうんでしょうね。
53.90名前が無い程度の能力削除
よし、これでまた戦える。

紅白まんじゅうな霊夢や淋しい淋しい症候群な魔理沙は可愛ええのう。
しっかし霜之助はおいしいポジションにいるもんだ……
58.100名前が無い程度の能力削除
貴方の描く話はとても素晴らしい。
穏やかで暖かで。
すばらしいものをありがとう。
62.100名前が無い程度の能力削除
天狗の速さで瀟洒なメイドのクオリティ。
今回も素晴らしいなあ・・・もう、霊夢が可愛過ぎる。
霊夢の登場に今後も期待してしまう。
65.100名前が無い程度の能力削除
なんかお爺ちゃんと孫みたいだな、この二人w
66.100名前が無い程度の能力削除
お陰様で、またお空に挑む元気を貰いました。
心機一転、頑張ってきます!!
72.100名前が無い程度の能力削除
速さが足りてる
73.100名前が無い程度の能力削除
霊夢が可愛すぎる
78.100名前が無い程度の能力削除
なっ和むよ~
これは満点付けるしかないよ。
霖之助が本当に良いお兄さん過ぎる。
95.100名前が無い程度の能力削除
霖之助がいいお兄さんすぐるw
103.100名前が無い程度の能力削除
いい
和んだ
110.100名前が無い程度の能力削除
大変良かったです
112.90名前が無い程度の能力削除
コタツに入ってみかん食いながら読みたいSS。
115.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい
119.100名前が無い程度の能力削除
二人の間の穏やかな雰囲気がひしひしと伝わってきました。
これはいいものだ。
123.100名前が無い程度の熊力削除
氏のおかげで霖之助がさらに好きになりました
126.100名前が無い程度の能力削除
これは良い作品だ
127.100名前が無い程度の能力削除
久しぶりにルナに挑まざるを得ない
128.100名前が無い程度の能力削除
霊夢もかわいいがむしろこの霖之助は霊夢に渡さん
渡さん!
132.100名前が無い程度の能力削除
ゲームになぞらせて描いてるのがいいです。
コンティニューの間にもいろんな場面があるんだなぁ、と想像がかき立てられます
135.100名前が無い程度の能力削除
帰ってくる時。
武勇伝を聞かせる時。
その時は、明日でも明後日でも無い。
それは――今日だ。

いい台詞だ
136.100名前が無い程度の能力削除
撃墜された日の行動とみると冒頭からの霊夢がやたらとかわいらしく見えるなあ
146.100名前が無い程度の能力削除
霖之助を熊に例えるって新鮮ですな
148.100名前が無い程度の能力削除
霊夢が可愛すぎて悶えてしまうぅぅぅ。
いつもの霖之助を見てると今日の霖之助はなんかこう、なんていうか、惚れる。
149.100名前が無い程度の能力削除
よかったです
150.100名前が無い程度の能力削除
霊夢かわいいよ霊夢
151.100名前が無い程度の能力削除
これはいい話
165.無評価名前が無い程度の能力削除
にやにやが止まらん
166.100名前が無い程度の能力削除
↑あ、点数入れ忘れてました;
168.100名前が無い程度の能力削除
単身赴任に出る夫を送り出す新妻みたいだな霖之助
169.100名前が無い程度の能力削除
うん、和んだ
この2人の関係はこれくらいが調度良い
近すぎず遠すぎず、互いに信頼しあっている感じが
171.100名前が無い程度の能力削除
まさに霖之助です。
174.100名前が無い程度の能力削除
非常に良かったです、温かみがあってホントいいですね。
ひとつ気になったのが
>ぽん、と優しく頭を叩いて言う香霖に、ガッツポーズを作って霊夢は答えた。
で、他が霖之助で統一されてるなか香霖となってるのが気になりました。
意図的だったらスイマセン
178.100名前が無い程度の能力削除
与吉氏の霖之助は自信家なところが良い
194.100七人目の名無し削除
私も霊夢に耳掻きしてもらいたいです。
204.90名前が無い程度の能力削除
直球だからこそ、素直受け取りにくい言葉もありますよね


最後のほうに香霖とありましたが、霊夢とだから霖之助の間違いかなーなんて
205.100名前が無い程度の能力削除
まあ、なんというか

素晴らしいですね!
211.100時空や空間を翔る程度の能力削除
後のめでたい時に出る「紅白饅頭」の誕生ですね、
わかります。
214.100名前が無い程度の能力削除
「今日こそは、勝っておいで」という霖之助の言葉に疑問を感じたが、
最後のあとがきで納得。


評価としては、素晴らしいの一言。
225.100名前が無い程度の能力削除
雰囲気が凄く伝わってきました。
251.100名前が無い程度の能力削除
なんて事のない霊霖の一日かと思っていたら、最後で全部ひっくり返されました。
改めて本文を読み直してみると、どこと無くイラついている序盤の霊夢や、
「君が無茶をして〜」のくだりなどがまるで違った印象を与えてくれます。
霖之助さんの予想通り、今日こそ霊夢はお空を倒すでしょう。
そう確信させてくれるようなお話でした。