Coolier - 新生・東方創想話

橋姫伝説の明

2008/12/06 20:56:48
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このSSには
・橋姫に関する独自設定、独自解釈があります。
・人によっては不快になる描写があります。



幻想郷の外、尊い身分の者達が生きていた時代、生きていた都のお話。


都の外れに立派な橋があった。
重厚な木製で、橋の手すりになる部分には精巧な細工が設えてあった。
毎年、職人の手により修繕作業がなされ橋が架けられてから長い時を経ている筈なのに、
踏み板は欠け一つ無く朱塗りの柱は瑞々しく日の光により光沢に包まれていた。


今日も狩衣を着た貴族、背負子を担いだ商人、可愛らしい着物を身にまとった稚児、笠を被った僧。
様々な人々が歩んでいる。
それらを優しく微笑みながら見つめる碧色の二つの瞳があった。

この橋には『橋姫』と呼ばれる者が宿っているという伝説があった。
普段は身を隠しているもののその眼は橋を渡る人々を何時でも見つめている。

橋姫は手すりに腰掛け、橋を行き来するものを見つめていた。
明るい顔つきをしている者、暗い顔つきをしている者、皆等しく見届けた。

橋姫は不意に空を見上げた。
雲ひとつ無い日本晴れである。
出来ればこの空のように、今この橋を渡っているものたちの身に何も起こらないようにと願う。
橋姫は優しい心の持ち主であった。

「あぁー、橋姫様」
不意に自分が呼ばれたのに気づき橋姫は橋の上へと目線を戻した。
そこには橋姫とは反対方向へと頭を下げている体つきの良い男がいた。
太刀を携えているから兵隊であろうか。
「私は今から北へとむかわにゃなりません。生きて帰れるかもわかりゃしません」
出征する兵士にしては随分と情けない声だ。
その様子が体躯とあまりに不釣合いなので橋姫は声を立てずにクスリと笑った。
「ですが、私にゃ妻子が居ります。どうか無事に帰れますよう、お願いします」
男は懐から持っていた銭を放り投げた。
小さな音と共に川の水面に波紋が立つ。

橋姫は再び微笑むと、気づかれないように兵士の震える背中に近づき、優しく肩に手を当てる。
"がんばりなさい。絶対にこの橋を再び渡るのよ"
聞こえないであろうが兵士に語りかける。

するとどうだろうか、怯えていた兵士の顔色が見る見る明るくなっていく。
そして、一度大きく足踏みをした。
「は、橋姫様。力が湧いてきました! ありがとうございます」
兵士は今度は肩を張り都の外へと力強く歩んで言った。

"いえいえ"
橋姫はただ静かに笑いながら手を振った。



本来、都の外に出るときにこの橋を渡る必要が必ずしもあるわけではない。
だが、今から旅に出るもの、朝廷の任についたものはこの橋をわざわざ遠回りしてでも渡る。
それは橋を行きかう者を見守るという橋姫伝説によるものである。
不思議とこの橋を渡ると旅に差障りが出ない。
川の底に光る幾多もの銭が、都の者にどれだけ橋姫がたたえ敬われているかを表していた。


その夜、美しい満月が空に浮かんだ。
辺りは暗闇に染まりただ、淡いつきの光のみが橋を照らしていた。
時折聞こえる犬の遠吠え。
山の方から届く木の葉がこすれる音は、風に揺られたからであろうか、いや天狗が木々の間を飛びまわる音であるかもしれない。
川のせせらぎ、鯉が跳ねる音がした。
虫の鳴き声、ただ美しく都に響く。

橋姫は月の光を浴びながら橋の上で佇んでいた。
未だ妖怪と人が一緒に居た時代。
この夜更けに歩き回る人間はあまり居ない。

山から黒い影が飛び出した。
やっぱり天狗であったのだ。
あの騒がしく狡猾な者達が今から何をするのか。
きっとろくでもないことに違いない。

川面に大きな影があった。
河童だ。
人間が居なくなる時間になるとこうして彼らは川泳ぎを楽しむ。
川から顔をだした河童がいた。
橋姫は微笑みながら手を振る。
すると、河童は目を皿のようにし慌てて頭を沈め遠ざかって行った。
彼らはいつも臆病だ。

今宵は本当に気持ちが良い。
橋姫は月の光を浴び、都から微かに聞こえてくる琵琶の調べに耳を澄ましていた。
"良い腕ね"
目を瞑り暗闇に身を漂わせていた橋姫の耳元に足音が聞こえてきた。

"この足音は"
藁がこすれる音。
人間の足音であった。
見ると橋の前に人間の幼い女子が薄明かりに照らされ立っていた。

"無用心ね"
微笑み姿を現す橋姫。

幼子は突然現れた橋姫に驚く様子もなくただ、橋の向こうの暗闇を見つめるばかりであった。
ゆっくりと美しい足取りで橋姫が幼子に近づく。
「こんな妖怪の出る満月の夜、しかも恐ろしい妖怪が住む橋に何か用?」
微笑んだまま少しか屈みこむ。
「橋姫様?」
幼子は真っ直ぐに碧眼を見据えた。
見れば髪飾りをつけているわけでもなく、若干粗末な布で出来た着物を身に着けている。
「父様がね、北に行ったの」
ああ、あの兵士か。
心の中で橋姫は納得をする。
きっと昼間、橋に銭を投げ込んだ兵士の娘であろう。
「それで、それで、寂しくて……心配で」
幼子は啜り泣きを始めてしまう。
手で顔を覆い泣いている。
今までずっと堪えていたのであろう。
掌で受け止め切れなかった涙が橋に落ち、雨が降っていないのに彼女の足元だけ濡れていた。
「ふふ」
橋姫は穏やかな表情で、幼子を包み込むように抱きしめる。

しばらく橋姫は幼子を抱きしめていた。
幼子は橋姫に体を任せただただ、泣いていた。

そして橋姫は幼子が泣き止んだ頃、体を離し幼子の顔を見据える。
そこには橋姫の碧眼とは対象に真っ赤に腫れた瞳があった。
「お父さんは大丈夫よ。ちゃんと都から出るときに私にお祈りをしていったからね」
そういうと、橋姫は拳を握った。
「本当?」
幼子が肩を動かしながら橋姫に縋り付く。
「ええ、本当」
そして橋姫が手を開くと、そこには五枚の花びらが付いた美しい白い色をした花があった。
その花を幼子の髪に挿してやる。
「だがら、こんな夜に出歩かないこと。いいわね」
幼子は無言で頷いた。
「じゃあ、お帰りなさい。ちゃんとお父さんを待つのよ」
もう一度頷くと都の方へと駆けていく。
途中、振り返ると橋姫に手を振った。
月の光を反射して髪に挿した花が光る。
橋姫も彼女に手を振った。

そして、幼子が暗闇に紛れ見えなくなった頃、
「やさしいねえ、橋姫さんは」
振り返ると鬼が杯を傾けて笑っていた。
「あの子のこと攫おうとしたでしょ?」
橋姫の碧眼が鬼を見つめる。
一本の長い角を持った鬼はクククと笑うと
「鬼だからねえ」
と、鬼が再び杯を傾ける。
「あら、その鬼さんが見逃してくれるなんて優しいじゃない」
その言葉を聞いて鬼が声を上げて笑う。
「いやいや、橋姫さんの優しさに感動したのさ。嫉妬に狂ったときの橋姫は私たちより怖いからね」
そういって空になった杯に瓢箪から酒を注ぎ足した。
「言うじゃない」
橋姫も笑う。

鬼が小さな杯を差し出した。
「人間も攫い損ねたことだし、どうだい、月を肴に一緒に飲まないかい?」
橋姫は差し出された杯を受け取る。
「ええ、良いわよ」
また鬼が笑い、橋姫の杯に瓢箪から酒を注いだ。
橋姫はすぐに注がれた酒を飲み干した。
鬼の酒は強く、美味だ。
「いいねえ」
鬼は喜びながら橋姫の杯に酒を注ぎなおす。

こんな満月の夜には強い酒に耽るのも良い。
橋姫はニコリと笑うと杯を傾けていく。

こうして都の夜は更けていった。
橋姫は優しい子です。
宇治の橋姫の話とかは本当に怖いですがね。
Phantom
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コメント



0.1350簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
このような優しい橋姫もたまには良い。パルスィは優しいこだと私もおもふ
7.100煉獄削除
こんなに優しさ溢れるパルスィも素敵ですね。
だとして、彼女をこうも嫉妬へと駆り立てたのは何が原因なのかと
この作品を読んだら、そんな疑問が沸きました。

パルスィの端を行き交う人々を見るその優しさ溢れる表情を用意に想像することが
できました。
いや、なんとも素敵な顔が頭の中に……。
面白いお話でした。
23.100名前が無い程度の能力削除
パルスィは笑顔の似合う優しい子。

「橋」は、物語ではよく運命の分かれ道の象徴として描かれますね。
そこで人々を見守る女神様が見れて良かったです。

やばい、ペルシャに取材旅行に行きたくなってしまう…。
25.100芳乃奈々樹削除
穏やかに微笑むパルスィもいいですねw
嫉妬狂いとか言われてるけどそういう娘こそ真っ直ぐで純粋だったりしますよね~(妄想です

一本角の鬼は勇儀姉さんですね、わかりますww