Coolier - 新生・東方創想話

忘れられし祝祭の徴、あるいは永遠に幼き幻想の象徴。

2008/11/27 17:11:33
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「だ~か~ら、出たんだよアレが!」
 寒空の下引っ張り出されたリグルと秋姉妹は半纏を羽織っただけの寒々しい格好で魔理沙を睨め付けていた。秋姉妹は顔色が土気色なだけに余計怖い。
「アレって何すかアレって。一人で何とかして下さいよっ!」
「何とかしろってお前弾幕ごっこに負けたじゃないか。大体虫はお前の専門だぜ?」
「……それ、本当に虫なんですか?」
「や、ノコチーみたいな感じだったからさ、蛇かなと思ったんだけど……」魔理沙は頬を掻く。リグルはほら来た、といわんばかりに肩を竦めた。これで虫じゃなかったらやられ損だ。
「蛇だったら八坂様のとこに行けばいーでしょ! 大体ノコチーって何よっ」
「いやぁ、守矢神社に行こうと思ったんだけどさ、途中で犬走のわんこに捕まっちまって返り討ちに……」
 その腹いせに家を襲ったんかい、と静葉は足下の小石を蹴った。小石は惜しむらくも、魔理沙の股下を華麗にスライディング。
 魔理沙曰く『ノコチーに似た虫みたいな生き物』は、魔理沙お得意のキノコ集めに勤しんでいる最中に発見された。何でも特大のベニテングダケに貼り付いていたらしいそいつは白っぽくて、ベニテングダケの笠の上でのたくる様子が如何にも不思議の国のアリスに出てくる芋虫そっくりだったとか。魔理沙は思い付きでそいつにアリスというコードネームを付けた。アリス・マーガトロイドが聞いたら激怒するに違いない。
「で、ノコチーって何なのさ」
「前に見付けたツチノコ。地下に潜った時にエサ置いてくの忘れてさあ、殆ど乾涸らびてた。アリスに見つかって動物虐待するなってど叱られたぜ」
「ヒッド。何それ」
「動物虐待反対!」
 言う傍からそれかよ、と魔理沙は不平を垂れたが、この日もっとも不平を漏らすべき資格があったのは、準備を終えてさあ冬ごもりだ、とあったか寝間着に着替えるところに突然押し掛けて来た白黒魔法使いによって弾幕ごっこでボッコボコにされた挙げ句、あったかおこたとみかんと焼き芋を放り出して寒空に引きずり出された秋姉妹とリグルの三人である事は確定的に明らか。つまり魔理沙の味方は今のところ見当たらず、魔理沙の不平は華麗にスルーされる宿命にあった。魔理沙残念。
「うう、さぶっ」リグルが剥き出しの素足をさする。ストッキングもタイツもレギンスもスパッツもニーソックスもレッグウォーマーもない状態でのこの季節の短パン、どう見ても苦行です本当に有難う御座いました。もっとも秋姉妹も姉はフレアスカート妹は素足だから苦行ぶりは似たり寄ったり、魔理沙だけが天鵞絨製の冬物白黒衣裳にマフラーケープの完全防備で、これがまた三人の憎悪を掻き立てるのだった。いやはや、実に妬ましい。shine! shine! 魔理沙輝け! 口には出さなくても三人の顔にははっきりそう書いてある。
「ばっか、もうちょっと暖かいかっこしてこれば良かったのに」
 あーあ、言っちゃった。shineが死ね、氏ねじゃなくて死ねに変じた瞬間であった。
「お前が引きずり出したんじゃろがー! いてこましたるぞわれー!」
「いででで、暴力反対なのぜー」
「ちょ、お姉ちゃん落ち着いてー」
 白黒魔法使いを中心とした半径数百メートル内は、常に何かしら姦しいのだった。



「やっぱりそれ、蛇じゃないの?」
 魔法の森は魔理沙が『アリス』を発見したベニテングダケの前に、一行は辿り着いていた。ベニテングダケのキノコの笠は直径6寸(18cm)は優に有りそうな立派な代物で、魔理沙が言うには白いのは笠の上いっぱいに半円を描いて丸まっていたそうだから、芋虫であれば相当大きな代物であるのは間違いなかった。
「蛇かなぁ。でもとぐろは巻いてなかったぜ」
「蛇にしては小過ぎよ。トカゲじゃないの?」
「いやいや、あんな白くて手足のないトカゲはいないぜ」魔理沙は力説した。「あんな生き物見た事無いぜ。間違いない」
「えー……」リグルは困って首を捻る。「この季節に芋虫とかないわー。魔理沙アンタホントはベニテングダケ食べちゃったんじゃないの?」
「幾ら私でも、あれは生で喰わない」
「食べるの?」
「食べるぜ」魔理沙は平然と答えた。「あれは毒が弱いんだぜ。焼くと旨いしトリップするのには丁度良いんだ」
 うわぁ、とリグルと静葉は顔を見合わせた。
「魔理沙、それヒルなんじゃない? 密林に潜む巨大ヒルの恐怖! なんてね」
「穣子……湿地ならともかく、こんな森にヒルはいないわよ……」
「とにかく、捜そーぜ」魔理沙は箒の柄で草むらを適当に掻き分けた。「リグル、お前虫使いだろ。アリス集めてこいよ」
 すっかり芋虫はアリス扱いで決定。否、アリスが芋虫扱いなのだろうか。
「はぁ? ホントに虫かどうかわかんないでしょ……うへっ、出たぁ!」
「え、マジ? ……ギャー」
 草むらの向こうに、果たして、『アリス』はいた。



「本家・マーガトロイドが聞いたらマジギレするわね。これ」
「内緒だぜ?」
 草むらの奥に潜んでいたのは白っぽい芋虫の様な謎の生き物だった。威嚇する様にそそり立った全長3尺程の白いボディは、前に三つ、斑点が行儀良く縦に並ぶ。赤い口元(?)、くりっとした目の様な模様。額には一本、にょっきり触覚。お尻に輪のような模様が一つ。
「虫だね」
「虫ね」
「虫でしょうね」
 びびる魔理沙とは対照的に、三人は芋虫を冷静に観察した。魔理沙も恐る恐る三人の合間から顔を出すが、魔理沙が顔を出した途端芋虫はシャアっとまるでコブラの様に身を擡げ、体を広げて魔理沙を威嚇する。
「虫なの?」穣子は胡散臭そうに虫とリグルを見比べる。
「確かに、虫っぽくないね」とリグル。
「でも、可愛いじゃない」と静葉は触覚をつんつん。
「可愛くないし。つーか、静葉摘むな! 芋子こっちに向けんな!」
「だーれが芋子よ! 穣子様と呼びなさい! さあ、アリス。シャーしなさい、シャー。私が存分に許すわよ」
 『アリス』を手に姉妹に追いかけ回され、今度は魔理沙が縮こまる番だった。
「しっかしねー、これ、確かに虫なんだけど、こんな虫見た事無いよ」
 リグルが見た事無いというなら、さしもの魔理沙もお手上げ。しかも、リグル曰くこれは虫と言うよりは妖怪、妖精に近い類で、恐らくここ最近の間に幻想入りしたと思われる、とか何とか。
「大体、芋虫のまま大きくなって、サナギにもならない虫なんて変だよ。聞いた事無い」
「冬を越せないものねえ」
「みのを作り忘れた蓑虫なんじゃないかしら」
「そんなの聞いた事ないわよっ」穣子のボケに、素足の寒さを思いだした静葉は体を擦り擦り反論する。「ね? あ、頷いた!」
「うっそでー。……あ、ホントだぜ」
 妖精に近い存在なら、人語を解してもおかしくない。4人が『アリス』に話しかける様子は、さながら宇宙人を前にコンタクトを取ろうとする地球人。
「そだ、エサやろう」リグルが常緑樹から取ってきた葉っぱを芋虫に与えてみる。「食べる? あ、食べた~。やっぱ可愛いなー。もっとお食べ」
「かっわい~」
「可愛いねぇ」
「可愛くないぜ……あ、またシャーってやりやがった。むかつくぜっ……あれ?」
「あ、また動物虐待!」
 魔理沙は『アリス』から食べかけの木の葉を奪い取った。奪い取って日の光に透かして、皆に見せる。
「ほら、食べ跡が何だか変な模様みたいだぜだぜ」
「あ、ホントだ」
 魔理沙が取り上げたアリスのエサは奇妙な文様の形に綺麗な喰い後を残していた。
 喰い跡は三つの円を組み合わせた形に見えた。円周が重なる様に組み合わされた大きな円と小さな円に、内側の小さな円と同じ大きさの円が、丁度大きな円の円周に円の中心が来る様に重なっている、そういう模様。円はギリギリ食い千切られずに植物の繊維によって辛うじて繋ぎ止められており、魔理沙が指で突くと、芋虫アリスの繊細なアートは指の圧力の前に儚くも破れ去った。
「もっと丁寧に扱いなさいよ。ガサツねー」
「偶然じゃないの? ほら、食べてみて……あれ、やっぱり同じ形だわ」
「やったぜ、これは儲けのタネだぜ……ギャー! 触覚が伸びたっ! わ、悪かった悪かったゴメン」
「あはははは!」
「あーおかしい、ホント魔理沙って懲りないよねぇ~」
 姉妹から『アリス』をむしり取ろうとした魔理沙は、またもや『アリス』の『シャー』に撃退されたのであった。

 お腹いっぱいになるまでの間、芋虫『アリス』はアリス・マーガトロイドもかくやの芸術品を作り上げた。リグル達は食べかけの葉っぱを並べて感嘆の溜息を漏らす。生憎魔理沙は輪の外で、ちぇ、儲けそびれたぜなどと悪態を突いていた。肝腎の『アリス』に嫌われたのだからしょうがないのだが。
「間違いなく普通の芋虫じゃないわね~。同類かなって感じもするんだけど、人を襲いそうには見えない」
「襲ったぜ」
「アンタは例外」
 一斉に三人から指を突き付けられて、また魔理沙はぶーたれた。
「私は『アリス』を保護して、レティやチルノの横暴から守ってやろうとしただけだぜ」
「息を吐く様に嘘吐くのね。閻魔に舌を抜かれなさい」
「おまけに泥棒だしね。こないだうちの祠のお供え物からごっそり芋盗んだのアンタでしょ」
「知らないぜ。チルノか三月精じゃないの?」
 魔理沙はでたらめな口笛など吹いて過去の罪状を誤魔化していたが、ふと口笛を止めて、言った。
「外の世界の事なら、詳しい奴を一人知ってるぜ」



 魔法の森の外れに佇むその建物は、香霖堂の看板がなければ廃屋認定されかねない独特の佇まいを醸し出していた。ボロいからというよりは、むしろ扉を開けるまでは一向に滲み出る気配のない人の気配故に、である。それでも時折は窓の内側から微かに灯りが滲んで見えたり、その灯りを横切る人影が見えたりラジオかレコードのノイズ混じりのくぐもった音が零れて出たりで、何となく人が住んでいるのだろうなと察する事は出来たのだが。幽霊に間違えられないだけ御の字だ、と店主はがらくたに埋もれ、ゴミ屋敷呼ばわりを気にした風もない。
 魔理沙が勇んで扉を引き開けると、中から黴臭い空気がゆるゆると、遅れて香霖堂の店主・森近霖之助の「留守だー」という商売っ気ゼロの返答が続いた。
「こーりん、私だぜ」歓迎されていないのを気にした風もなく、魔理沙はずかずか上がり込む。遅れて秋姉妹とリグルも『アリス』を連れて入ろうかどうか、入口あたりで逡巡している。
「だから、留守だー」
「何やってんだ三人とも、上がれよ」
「魔理沙、ここは君の店じゃない」
「気にすんな」
 ちょっとは気にしてくれ、と言いたげに、奥から店主が埃まみれの箱を二つ三つ抱えながら現れる。「茶菓子ならないよ。珍しいものも」
「何だ、あるなら喜んで呼ばれていったのに」
「なくても呼ばれる気満々で来たんだろ……」ここで店主は漸く入口の三人に気付いた様だった。「おや? 別口のお客さんを連れてきたのかい? それなら歓迎するが。さ、どうぞ」
「私とは扱いが違いすぎやしないか?」
 さあね、と魔理沙を軽くいなして、霖之助は奥から茶道具とお茶請けの金平糖を持ってきた。
「何だあるじゃないか」
 ひょいと手を伸ばした魔理沙から、霖之助は周到に金平糖の瓶を隠す。「ところで、用向きは」
「お客様じゃなくて御免なさい」秋姉妹が頭を下げる。
「えーと、これなんです」リグルは芋虫を摘み上げる。
 霖之助はメガネを持ち上げた。「虫? うちはペットショップじゃないが……」
「虫なのは間違いないんですけどね、ちょっとアゲハチョウの幼虫に似ていなくもないんだけど」リグルは申し訳なさそうに店主の顔色を伺っていた。「この季節に未だにサナギにならないのはおかしい。私でも何の虫かちっとも解らない。外の世界の子なんじゃないかなあ。妖精とか、妖怪に近い感じがする」
「これ見て下さい」静葉が奇妙な文様に切り抜かれた葉っぱを掌に広げてみせる。「こんな芸当が出来るなんて普通の虫じゃないわね」
「虫にしては頭が良いんだぜ。人の言葉も分かるし、誰かさんとは……」
「失礼な」リグルがつまらないところで突っ掛かる。
「まあまあ」香霖堂は投げやりに仲裁の言葉を投げつつ、ちんちんに沸いた湯を鉄瓶から急須に注ぐ。「本来虫は専門外なんだが…………それ、さっき見た様な気がする」
 4人はにわかに色めき立つ。「本当?」
「うむ。まあ、先にお茶でもお上がり。その間に探してみるから」
 4人が茶を飲んでいる間に霖之助は埃だらけの箱をひっくり返して中身を漁っていたが、やがて、嬉しそうに箱の底から何かを引っ張り出してきた。
「あった! これこれ。な。そっくりだろう?」
「え-、そうかぁ?」
「そっくりね」
「間違いない」
 霖之助の手許にあったのは、「1989 世界デザイン博」と書かれたメダル風のキーホルダーだった。



 ひっくり返せばあるわあるわ、紙袋、カンバッヂ、パンフレットその他諸々。どうやら、『アリス』の正体は世界デザイン博とやらのマスコットキャラクター『デポちゃん』であるらしかった。文様の正体も直ぐに解った。何の事はない、デザイン博のシンボルマークだったのだ。
「デポちゃんはデザイン博と共にひっそりと忘れ去られていったけれど、人の想いを短い間ながら受けて、幻想入りした際に妖怪化したんだろうね。いつまでも羽化しない永遠の芋虫として」
「何だか可哀想ね……」
「そうだね……蝶になれたらいいのに」
「蛾になったかもしれないよ?」霖之助は釘を刺す。「このデザイン博という催し物はずいぶんとお金が掛かっていたみたいだからね、金には人を狂わす力がある、ひょっとしたら怖ろしい妖怪変化になっていたかもしれない」
「そうなったら私が退治してやるから心配ないぜ」魔理沙は胸を張る。「ま、せいぜい金食い虫が関の山だろうぜ」
「そうあって欲しいね。ところで……この子はどうするね?」霖之助はデポちゃんの喉(?)を指先で擽った。デポちゃん、霖之助には懐いたらしい。「放してやるかい?」
「連れて行きます」リグルはアリス改めデポちゃんを手の甲に乗せてやって優しく撫でた。「芋虫のままじゃ冬を越せないから……生きられなかったらそれまでだけど、もしかしたら蝶になれるかもしれないし、蛾でもまあ、いいかな」
「そうね、うちにいらっしゃいデポちゃん。魔理沙じゃなければ何時でも歓迎するわ」
「ひどいな、私も歓迎して欲しいぜ」
「歓迎して欲しかったら、それらしい事をしてからにしてちょうだいな。ねえ穣子?」
「ええお姉ちゃん。お供え物を持ってくるとか、祠を掃除するとか」
「お供え物を盗まないとか」
「勝手に店の物を持っていかないとか」
 皆が一斉に笑ったので、魔理沙はちぇっと呟いてデポちゃんに同意を求めたが、デポちゃんはもりもり葉っぱを食べるのに夢中で魔理沙の事など眼中にないようだった。



 秋姉妹とリグルがデポちゃんを連れて妖怪の山に帰った後に魔理沙を待っていたのは、三人に虫扱いされたのを聞かされて御立腹のアリス・マーガトロイドによる弾幕の嵐であった。

 -了-
 早速二本目。
 実は最後まで、投稿するかどうか非常に迷いました。

・ローカルネタなので解らない方が多そう(東方ファンの年代的に産まれていない方が多いと思われる
・秋姉妹である事の必然性が薄い
・更にオチが弱い
・香霖堂の性格自信ない

 という訳でびみょんな作品になってしまいました。デ博をダシにした雰囲気話として読んで戴ければ幸いです。

 秋姉妹とリグルって何となく仲が良いと思うんだ。秋姉妹と幽香とか……(妄想)。

 追記しておきますと、ベニテングダケは確かに食べても死にません。また、トランス状態に陥る為の幻覚剤として使用されてきました(本当に美味しいらしいです)。

 が、魔理沙は魔法使いであり、狂う(トランス状態)のに慣れているからこそ平気なだけなので、フツウの人が幻覚見たさに探してきて食べるのはあんまりオススメしない感じです。以前LSDを体験した方の手記を見ましたが、ここでは書けないよう実にヒドイ事になっておりました。生半可な気持ちで楽しくトリップするのは難しい事のようです。

 ……食べてみたいけど(コラコラ)。
有我悟
http://tantramachine.com
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コメント



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6.90発泡酒削除
デポちゃん缶バッチとか…。
何ですか、この琴線に触れて止まない不思議な感覚は。何もかもが懐かしい。
ブロンティストな言い回しといい、作者さんには妙な親近感が…、いやなんでもないです。
改行の有無で、少々読みにくい場面がいくらか見受けられたので、この点数ということで。 では!
9.60名前が無い程度の能力削除
永遠に幼い忘られし祝祭(世界デザイン博)の徴(マスコット)

幻想の象徴(アリスという名前)
=今作におけるデポちゃん

ってことかな?