Coolier - 新生・東方創想話

人間と妖怪の境界 其の弐 「ヒトツメコゾウ」

2008/11/03 14:59:20
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突然だけれど、貴方は一つ目小僧という妖怪をご存知かしら?
あの、豆腐をぺろりと舐めている可愛らしい挿絵でお馴染みの、あの妖怪だけれど。
そう……なら、一つ目小僧の由来はご存知かしら?
もともと一つ目小僧とは、山の神に捧げられる生贄の子供だったと言うお話。
生まれる前から村の為に犠牲になることが決められていて、その証として生まれた時に片目を潰されてしまう、
可愛そうな子供の話。
そりゃあ、豆腐を盗んで舐めるぐらいの悪戯はしたくなるわよね。
悪戯された方だって、自分達の勝手な都合で犠牲にする負い目があるから、咎めることなんて出来ないでしょうし、
悪戯し放題だったんじゃないかしら? まぁそれも、殺してしまう迄の我慢よね。





何故こんな話をするのかって?
――要するに、私は片目を潰されなかっただけましだったのかも知れないということよ。





そんな訳で、私は今日も独り、与えられた当然の権利を堪能していた。
本日の獲物はとうもろこし。雷神様の祠にお供えされていたものだけれど、いずれ神様のお嫁になる私が
食べるのだから、別に罰当たりなことではないと思う。お供えした人も、盗ったのが私だと知った途端、
追って来なくなったし。

適当に焼いたとうもろこしを頬張りながら、私は何となく自分の左手首に目をやる。
其処には、流麗な筆跡で何かの唄が刺青されている――流麗すぎて、残念ながら私には、
それが何を唄った唄なのか解らないのだけれど。

そう、これが潰されなかった私の片目の代償。
百年に一度、水神様にお嫁に行くことが定められた女の子に施される証。

勿論、水神様は神様だから、そのお嫁になる女の子も、人間のままではいられない。解りやすく言えば、
滝壺に身を投げて、「神様になる」のだそうだ……馬鹿みたい。
何だか腹が立って来て、私はまだ半分以上残っている焼きとうもろこしを乱暴に投げ捨てた。

この左手を見せれば、村では悪戯し放題だった。
今回だって、別に逃げたりしなくても、これを見せるだけでとうもろこしを貰えただろうし、ついでにお茶まで
煎れてくれたかも知れない。
そうしなかったのは、私なりのささやかな意思表示だと思って欲しい。

悪戯し放題なのは私の家でも同じことだった。
お父さんもお母さんも、私に対しては実に他所々しい。悪戯をしたら他所の子だって叱る癖に、妹や弟が
したのなら殴るくらいの酷い悪戯でも、私がしたのなら怒らない。
怒らないというか……何も言わない。最近では滅多に口も聞いてくれなくなった。
私も、それは最初のうちは優越感に浸ったりもしたけれども、そのうち悲しくなってきて、今ではもう
馬鹿々しくなってしまった。

――そう言えば子供の頃に一度だけ私がした悪戯で、お父さんとお母さんが、かんかんに怒ったことがあった。

あれは確か、私がこっそり村を抜け出した時の事だ。
別にこの村から逃げ出そうと思った訳ではない。ただ、村の外に何があるのか、興味があっただけ。
それでも、村の人達は総出で山狩りをし、私を見つけて強引に連れ戻したのだ。
その時は、それはもう長々とお説教されたものだった。幾つも頭にたんこぶを作ったし……でも、思えばあれが、
お父さんやお母さんとまともに会話をした最後かも知れない。
今ではもう、まともに私と話をしてくれる人なんて、この村には居ない。



「また盗みをしたのか。全くお前って奴は、何時までも子供なんだからな」



……一人だけ居た。こいつた。

こいつなどと言ってしまったが、不詳私の兄である。
五つ歳の離れた私の兄。今でもあれこれと私に関わって来て、このように控え目ながらも私のした悪戯を
叱ったりもする、私にとっては希有な存在である。もっとも、それも多分、私のお目付役件遊び相手として、
お父さんに言い含められたからだろう。
だからこいつは、やっぱりこいつで十分なのだ。

「それもこんなに食べ散らかして……とうもろこしだって、貴重品なんだぞ。
第一、もう少し我慢したら、すぐ夕飯だろうに」

私が何時までも黙っているのに業を煮やしたのか、兄は私の手を引っ張って私を立たせた
……私の、右の手を引いて。

「さぁ、もう帰るぞ」

そのまま、私の手を引いたまま歩き出す。私も抵抗することなく、その後に尾いて行く。
そう言えば、私が村を抜け出した時も、どうやってか私を見つけたのはこいつだった。
丁度今しているみたいに、手を引いて私を村まで連れ帰ったのもこいつ。
何となく気まずくなって、私は視線を逸らす。その先に、無惨に土埃に塗れた焼きとうもろこしが目に映った。
そう言えば、このとうもろこしは雷神様へのお供えだから、水神様とは関係ないんだっけ……。
まぁ、どうでも良いや。





もう殆ど話してしまったけれど、一応説明を。
私がお嫁に行く所というのは、滝壺に済んでいる水神様の所。
水神様なんて言っているけれど、要するに妖怪なんだと思う。昔は度々河を氾濫させて、村人を苦しめたらしい。
そこで村人は、彼を水神として祭り、百年に一度村の娘を与えることを条件に、妖怪に悪さをしないように
約束させたのだそうだ。
嫁にやるなどと言っているが、それも嘘で――妖怪は人間を食べるのだ。

水神様に与えられる女の子は、村の大家の持ち回りで決定され、その子が十五歳になると滝壺に落とされる。
今回の百年目は、家がその役回りなのだそうだ。

ところで、明日で私は十五になる。





私を乗せた御輿が、夜の山道を登って行く。
松明を掲げた数人の男達が、その周りを取り巻いている。まるで捕まえた獲物を決して逃がさないように
取り囲むみたいに。
担がれている私はと言うと、もう完全に達観に浸っていた。どうせ逃げるなんて出来ないし
……もうお好きにしてよ……。

溜息ついでに、私は下を向く。私に一番近い位置に、私の兄が居る。怒ったような顔で、黙々と前を歩いている。
今日は一度も口を訊いてくれなかった。

……本当は。
本当にほんの少しだけ、期待していた。兄が私を庇ってくれるんじゃないかって。
こんな事は止めようって言ってくれるんじゃないかって。
でも、それも淡い期待だった。結局こいつも、最後までこいつで十分だったのだ。

あーあ……短い人生だったな。色々したいこともあったのに。
そう思うと、俄然自分の境遇に腹が立ってきた。こんな奴ら、みんな死んじゃえば良いのに。
そうだ、どうせなるんだったら、いっそ祟り神になろう。水神様を説き伏せて、河を氾濫させて村を飲み込んで
しまおう。まぁ、無理だとは思うけれど。

私がそんな暗い妄想に浸っていると、急に男達がざわめきだした。気が付けば、御輿の足も止まっている。
遠くで野犬の鳴き声が聞こえたような――ううん、遠くない。というよりも、もの凄く近い……!

突然、闇の中から何かが飛び出して来た。野犬じゃない……狗妖?
犬を一回り大きくしたような獣が、矢のように飛び出して私の首筋目がけて向って来た!

ああ、私は此処で死ぬのか。滝壺まで行くこともなく、此処で狗妖に食べられてしまうんだ……。
私は目を閉じた。結局、祟り神になることも出来なかったな。でもこれはこれで、ささやかな復讐にはなるのか。
目を閉じた私の顔に、熱くてぬめりとしたものが降り注いだ――。

「娘を守れ! 絶対に無事に送り届けるんだ!」

苦しそうに掠れた声が聞こえて、私は目を開けた。見ると、首から尋常じゃない量の血を流した兄が叫んでいた。
両腕で狗妖の首を締めて、必死に押さえ込んでいる。
兄の声に呼応するように、男達が色めきだった。
ある者は護身用に持っていたのだろう草刈鎌を取り出し、またある者は持っていた松明を振りかざして、
次々に木陰から飛び込んで来る狗妖に向っていた。
唖然としていた私は、急に支えを失って地面に落ちた御輿の下敷きになって、身動きがとれなくなってしまった。
外では獣のうなり声と男達の声が混ざりあって、凄い騒ぎになっている。
私はぎゅっと目を閉じた……。



――目を開けると、喧噪は止んでいた。
何時の間にか、しとしとと雨が降っていた。



何とか御輿の下から這い出した私が見たものは、夥しい血の痕と、横たわる男達。動かなくなった狗妖達。
立って動いているものは、何もなかった。

「う……」

その時、苦しそうな、しかし確かに生きているものの呻き声が聞こえた。
初めて私を守ってくれた、兄の声。私が兄の血塗れの頭を抱え込むと、兄がうっすらと目を開けた。

「……良かった。無事だったんだな――」

ああ、運が無かったな。そんなこと何でもないと言うように、兄が笑う。どう見ても無事じゃない血塗れの顔で、
血を吐きながら兄が笑った。

「――どうして?」

自分でも知らないうちに、私は兄を問い詰めていた。

「私、もうすぐ死ぬのよ? どうせ後数刻で、滝壺に飛び込んで死ぬの。
貴方達が決めたことじゃない……なのに、先に死んでしまったら、何の意味もないじゃない!
――どうして見捨てて逃げなかったのよ……」

「……そんなこと、出来る訳ないだろう?」

今度は兄が、不思議そうな顔でそう返した。

「……村の為に、犠牲になって貰うんだ。
本当は誰も、そんなこと望んじゃいない……でも、そうしないと村が大変なことになるんだ。
それを、お前が救ってくれるんじゃないか。お前が、村を守ってくれるんだ。
――本当に皆、お前に感謝しているんだよ。それを、犬の餌になんか出来るもんか――」

ごぼごぼと、兄が赤黒い固まりを吐きだす。私は何かを言おうとしたけれど、言葉になる前に兄の目から
光が消えた。
本当にあっけなく、あっという間に、私の兄は死んでしまった――。



煌々と輝く月の下を、私は歩いていた。
何時立ち上がったのか、何故歩いているのかも解らない。それでも私は独り、その場所に向って歩いていた。
……皆、私を疎んでなんかいなかった。なら、私は、何を憎んでいたのだろう。
誰も私が犠牲になることなど望んでいなかったと、兄は言った。それなら私は、一体何を望んでいるのだろう――。

目の前に、私の終わりの場所が見えた。
そう……此処が私の終わりの場所。
私だって、死にたくなんかない。でも、私が此処に飛び込まなければ、水神様が村を襲う。
兄の死が無駄になってしまう。
それなら――。

(――水神様などおりません)
耳元で声がして、私は驚いた。見上げると、私の終わる場所――滝壺を見下ろした断崖の「その先に」、
一人の女性が立っていた。
闇を纏い、しかし決して闇に溶込むことのない紫色の服が、夜と彼女の境界を主張していた。
(水神様など、此処にはおりません。勿論、どんな妖もこの滝に潜んではおりません)
その女性が繰り返す。
どう言うこと? 私はその女性に問うた。
(確かにかつて、この滝壺には人間を苦しめた一匹の妖が潜んでおりました。でも、その妖も数十年前、
 当時の博麗の巫女により退治され、今この滝壺に潜んでいるものはおりません)
女が繰り返す。小さなその声は、しかし降り注ぐ雨音に掻き消されることなく、私に耳に届いた。

「そんな……じゃあ私は何の為に此処まで来たの。
兄は何の為に、私を守る為に死ななければならなかったのよ!」

(儚い人間は、それ故に何かを犠牲にしなければ生きていけないのです。
 何かを犠牲にすることにより、ささやかな安心を得る……つまり、そういうことです。
 引き返しなさい。貴女が犠牲になる意味は、何もないわ)

そう……なのか。水神様なんて、初めから居なかったのか。でも、それじゃあ、私は何の為に
今日まで生かされて来たのだろう。
……兄は何の為に、死ななければならなかったのだろう。

そう、兄は死んでしまった。
水神様なんて本当は居なくて、私に村を守ることなんて出来ないのに、兄は私を守って死んでしまった。
そう――たまたま狗妖と出くわすなんて詰まらない不運に見舞われて、死んでしまったのだ。

私の村は、食べるに困らない程度に裕福な村ではある。
でも、それでも決して安全な場所ではない。
毎年何人かは妖怪に攫われてしまうし、土砂崩れとかの災害も、決して少なくはない。
そう、彼女の言うとおり、人間は儚いのだ。
水神様が居なくとも、些細な不幸で命を落としてしまう。
細い綱の上を歩くように不安な人生を生きているから、何を犠牲にしなければ安心出来ないのだ。
それなら、私に出来ることは――。

「其処を退いてください」

私の言葉に、女性が眉を潜めた。
(どうして? 貴女が此処で死んでも、何にもならないのよ? 
 貴女が此処に飛び込んだって、水害は起こるでしょう。水神様もうは居ないのですから)

「……なら、私が自分の力で水害から村を守ります。
ううん……河だけじゃない。妖怪も災害も、全ての災厄から、皆を守ります」

(それは人の身では叶わない願いよ。そう、人の身には……)

「なら、神様になって願いを叶えます。この滝壺に飛び込んだ者は、神様になるのだから。
その為に、今日まで私は生かされて来たのだから」

私は駆け出す。その瞬間、女性の姿が掻き消えた。構わず、私はそのまま滝壺に身を投げた。
迷いは――無い。

熱した飴の様に引き延ばされた時間の中で、くるくると錐揉みしながら、私は滝壺目がけて墜ちて行った。
あと刹那で、私の体はあそこに飲込まれて消えてしまうのだろう。
でも、何の問題もない。私は神様になるのだから――神様になって、皆を守ると決めたのだから。

だから、あの滝壺に墜ちるのは、只の人形……
悲しい人間の弱さを背負って逝く、一体の流し雛なのだから。

(それが貴女の望みなのね? 人であることを犠牲にして、貴女が叶えたい願いなのね?)
風を切る音に混じって、あの女性の声が私の頭の中に響いた。
(ならば叶えなさい。貴女自身が、その願いそのものになって――)



薄れゆく意識の中で、私は黒くて大きな壁を見た。
水眼のような、濁りのない美しい黒い壁。湖面の様に揺らめくその表面に、良く知る誰かの姿が映し出された
ような気がした。
それが誰かを確認することもなく、私の意識がその壁を通り抜けて行く――。





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……懐かしい夢を見ていたような気がする。
でも、白昼の夢は儚くて、目を開いた私の眼前の風景に溶けて、水泡の様に散ってしまった。

今、私の目の前には、一人の女の子が浮いている。オールドファッションな魔女の格好をして、
箒に跨って空を飛んでいる、勝ち気そうな女の子。
彼女はこの先に行きたいのだと言う。
でも、此処から先は神の領域。不用意に通ろうとすれば、必ず人間に害が及ぶ。何より、人間である彼女に、
真っ先に災厄が襲い掛かるだろう。
それは自業自得と言えるのかも知れない。でも、それでも私は、人間が不幸になることを見過ごすことが
出来ない。

何時の日にか、人間をあらゆる災厄から守ると誓ったのだから。
それが私の、神様としての存在意義なのだから――。

私はこっそりと溜息を吐く。
彼女には少し、お灸を結えてやらなければならないようだ。
でもそれは、より大きな災厄から彼女自身を守る為なのだ。
私は彼女をまっすぐ見詰め、宣言する。





「――あらゆる災厄が降りかかるわよ。
人間を守る為にも、行かせるものか!」
...オリキャラではありませんw

「正体不明な妖怪」達の正体を考えてみようと言うシリーズ...彼女は正体不明ではないですがw
一応、七部構成です。


...なお、作中で「狗妖」と言っているのは、実はただの狼です。
狼って、恙虫などと同じく、それ自体がもののけと考えられていた地域もあったそうで...
plant
http://plant-net.ddo.jp/~gypsy/
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厄神様