Coolier - 新生・東方創想話

冬の曖昧

2008/10/22 22:58:45
最終更新
サイズ
9.28KB
ページ数
1
閲覧数
430
評価数
5/35
POINT
1840
Rate
10.36

分類タグ


『世は押しなべて事も無し、と』

 そう、言っていた。
 そう、感じることに、理由は多分なくていい。



――――――



 寒い、な。
 
 こんな不思議な場所でも季節は巡る。今は冬、外の世界と同じように樹々はその彩りを失っていき、纏っていた衣も寒々しくなる。
 山の頂に続く長い長い階段の真ん中くらいで、ひらひらと舞い落ちてしまった衣の後始末をしている。掃いても掃いても、なくならない。徒労、のようにも傍からすれば感じられるのかもしれないけれど、実のところ、それほど詰まらない作業でもなかった。

『そんな格好をしてるから寒いのでしょう』

 そう言われるものの、私は別段、風に吹き付けられて身を震わすことはなかった。私が風祝の巫女であるからだとか、そういう理由もちょっとはあるとしても、多分根本的なものではない。
 それよりももっと、まさに今、空があんなに高くて透き通っているだとか。眼に見える虚ろさ、そもそも言うところの冬らしさ、「いのちの無さ」。そういったものに、どうしようもない程のつめたさを感じている。
 私は確かに空を飛べるし、あの場所へ身を置くことだって出来る。でも、こうやって地に足をつけている間、あんなに高く、そしてつめたい空を見上げてしまったら。私は俯いてしゃがみこんでしまうだろう。

 そんな情景を描いた詩があっただろうか。
 何かの季節を、うたったものだったろうか。
 それは、こんなに透き通った冬空を、うたっていたのか。
 思い出せない。
 思い出そうとする部分に、網がかかっている。

 それはそれで、いいか。
 竹箒の乾いた音が響く。さて、階段はあと何段。
 考えている風で考えていない様とは、多分今のような状態を言うのかもしれない。
 かさり、と。
 そんな時ほど、ふと後ろから響いた、草分けの音などには敏感になる。

「あら」
「にゃーん」
「何か御用で?」

 猫のような、猫。
 この妖怪、あの鴉の知り合いだった筈。

「とりあえず、暴れにきたわけじゃないよ」
「もう問題は解決された筈では」
「問題がなくて遊びにくるのは、何か問題?」
「そういうわけでは」

 ないか。

「博麗の巫女の元へは行かなかったのですか?」
「お姉さんは祭事で呼び出されて行っちゃったよ」
「祭事」
「そう。舞の練習なんかしててね、ひらひらきれいだったねぇ」

 くるくると、自分の見たものを真似てか、人型の猫は踊る。
 あの巫女も、ようやく重い腰を上げて信仰を集める気になったということか。
 博麗の演舞は直に見たことが無い。形式自体は異なれど、それが意味するところは、私のものと大きな相違があるとは思えなかった。
 そもそもな所、舞自体にご利益があるわけではないと私は感じている。
 それを有難いと考える周囲の人間、すなわち信心ある者、が居て初めて舞には力が宿る。

 信心を促す意味合いはあれども、やはり舞とは、器。からっぽでは、意味がうまれない。
 ひとりでは、駄目なのだ。たったひとりでは。

「本当はもっと見たかったけど、ついてく訳にはいかないしねぇ」
「人里へですか」
「そう、賑わってるところじゃ、馴染まないのさぁ。ひっそりこっそり、誰も彼もが寝静まった頃にお邪魔するの」

 この場所には、多くの妖怪が闊歩している。そして人間も居る。
 妖怪と渡り合える人間は、僅か。
 そんな人間が、居る、というだけで珍しい話ではあるのだけれど。
 こうやって、普通に話をしているということも。

「風祝のお姉さんは、人里へは行かないの」
「偶に、ですね」

 あのお二人に対して私は全幅の信頼を置いているし、私自身が布教の計画を立てるまでもない。
 舞って欲しいと言われれば舞い、分社で禊を執り行ったりもする。

「ふうん、何か良いねぇ、そういうのも」
「良い、とは?」

 目の前に居た猫のような猫と、いつのまにか隣り合って腰を下ろしている。
 落ち葉集めは、少しお休みにしよう。

「なんとなくねぇ」
「なんとなく、ですか」
「いちいち理由をつけちゃあ野暮ったいものさぁ」

 居心地の、良さも悪さもね。
 言って、しっぽを振りながらにこにこと笑う、娘を象った猫は大変に愛らしい。とても普段、地の底の底で死体運びを取り仕切っているようには見えない。

「ぼんやりとしていられるのも、良いものなのさぁ。人間は何でも一飛びで通り越すのがすきで、死体になってからも忙しい」

 言われて、そうかもしれない、と考える。
 私はぼんやりと、思い出す。
 覚えていることを、思い出す。


―――


「とてもぼんやりとしたものね、早苗」

 人の世にある凡そのものは、そうであると。
 そう神様に言い切られて、それは違うだろうとも特に思わなかった私は、そうかもしれません、と一言だけ返した。

 月がとても綺麗な夜だった。
 満ちに満ちたそれではなかったけれど、描かれた弧が、眼には捉えられずとも、暗い真円を描いているような気がした。

「かたちがあれば、それを人は崇める。崇めるかどうかも、半々か、それに満たないくらいかしら。本当、水物とはよくいったもの」

 かたちある、器。そこに注がれるものが、溢れるほどであったなら、私たちが此処へやってくることもなかったのだろう。

「とてもぼんやりとしているの。捉えづらく、曖昧で、薄ら寒いこともある。ねえ? 本当のところ、私達は理解しないといけないのかもしれない。人はどうしてああもせわしなく、忙しいのか」
「そうかも、しれません」

 私が言葉を返すと、あの方は私の頬にそっと手を触れながら、言った。

「後悔は、していない?」

 あの方は、多分私が返す言葉を知っていたのだろうと思う。
 神様にわからないことは、あんまりないから。
 けれどそれは、あんまり、の範疇に入らないものが少々は在る、ということに他ならない。
 ただ、此処へやってきてからは、私とのやり取りを楽しむかのように、話しかけてくれる回数が多くなった。あの方が楽しそうだと、私も何だか嬉しい。

 そんな楽しい気分は、記憶に編みこまれていく。
 すっぽりと覆いかぶさってくるのではなかった。
 細い細い糸。それが目の粗い網になって、静かに、編みこまれていく。

 一息に消してしまうこともない、そう、言っていたような。
 いつだったか。

 それは、貴女のためにならない。
 いつのことだったか。

 もう其処に在った記憶に、新しい何かが編みこまれている。

 私にとって、それがきっと良いのだと。
 私の在り方は、あの方の知っているものに、含まれていたに違いない。

 それだけをぼんやりと覚えている。
 だから、それでいい。

「先のことは見えないので」
「見えないので?」
「これが続いたなら、しあわせであろうと、思います」

 そう、思います。
 貴女は。
 貴女は、どうですか。

 私は結局、それを問わず。
 眼の前に居たあの方は、杯を傾けながら、ただ静かに微笑んでいるだけ。

「月が綺麗ね」
「はい」
「今まさに、当たり前のことが、当たり前のように在る。だけどそれが存外、在り難い、ものであることを、もっと知るべきではないかしら」

 冬の空は、冷たく高く、在った。
 其処には、白く輝いている月が。その周りには、満天とはいい難いけれど、月のそれよりも若干控えめな光をたたえる星が、在った。

「世は押しなべて、事も無しと。どう、早苗も一献」
「いえ、遠慮しておきます」
「それは残念」

 私がお酒に弱いことも勿論承知の上で、一度断りをいれたら、無理に勧めてくることはしない。

「近い内に、お付き合いしますよ」

 曖昧な返事を、ひとつ。約束をひとつ繋げば、また次のひとつ。
 そうすれば、ぼんやりと。けれどずっと続けることが、出来るのかもしれない。
 静かに、曖昧な様。それは、不安と優しさの両方を孕むのだろうか。

 ふっ、と笑みを返される。
 これからもずっと、返してくれるのだろう。

「期待してるわね」

 ……
 …


―――


 …
 ……
 あたたかい、

「お姉さん?」
「あ」

 眼を開けると、景色が横向きに寝転んでいた。

「す、すみません」
「寝てていいよ、疲れてるのかもねえ」

 猫のような猫の膝に頭を預けているのも、妙な感覚。

「猫車に乗せても良かったんだけど、お姉さんは死体じゃないし」

 膝でよかった。

「……」

 あたたかい、な。こうやって髪を撫でられるとまた、まどろみたくなってくる。
 あの方が私にこうやってしてくれる手つきも、やさしい。
 けれどまあ、私はまだ仕事の途中だ。
 よっこらせ、とばかりに、身を起こす。

「そろそろ、続きをしないといけませんし」
「うん? そっか」

 じゃあそろそろお暇しようかね、と。その場を去ろうとする娘に向かって、声をかける。

「もう少し待っていただければ、お楽しみがありますよ」
「お楽しみ?」

 ぱっ、と。宙から取り出しましたるは、中身大入りの麻袋。

「折角集めた落ち葉ですから、有効に使いましょう」
「う、それは」

 おや。喜んでくれるものかと思いきや、あまり反応が芳しくない。

「お嫌いでしたか、お芋」
「いや、その、熱いのはちょっとねえ」

 あ、猫だからか。言われてみれば、至極当然のことに思える。
 けれど聞いた話によれば、普段は地獄の釜のように燃え滾る、熱気の最中にいる筈なのに。

「とりもあえず落ち葉を集めて、適当に境内で焼きましょう。それはこちらの身内に振る舞いますけど、お芋を甘く煮詰めたのもありますから」
「熱くない?」
「熱くないし、甘いです」
「じゃあ、それがいいね!」

 妖怪の年齢は不詳。確実に私よりは遥かに年をとっている筈でも、驚くほど幼く見えることもある。

「いそごういそごう、早くしよう」

 くいくいと袖を引っ張られる。
 つい先ほど、人間はいつでも忙しいと言っていたのを思い出して、小さく吹き出してしまう。

「焦らなくても、甘味は逃げません」

 空を見上げる。大分陽の傾いた空が、茜色に染まっていた。
 このまま階段を登っていけば、神様がお二人もいらっしゃる。何故かこの猫のような猫は上手い具合で、輪に溶け込むような気もしていた。
 続きをしなければ、とたった今あたり思っていたものの。それはまた明日にしよう。

「世は押しなべて事も無し、と」

 頂は遠い。此処は長い長い階段の真ん中くらいだもの、当たり前のこと。
 空を見上げる。陽はもうその身を隠そうとしていたから、ぼんやりとして見えづらい。
 それでなくても、空はいつだって高く、つめたく、私はそれでまた俯いてしまいそうになるのだ。
 飛んでいってもよかったのだけれど、何故かそういう気分にはならなかった。

「ねえ、お姉さん」
「何ですか?」
「ほら」

 そうして差し出された、手。

「なんとなくねぇ」
「なんとなく、ですか」
「やっぱり急がず行こうか」
「どうしました、いきなり」
「いちいち理由をつけちゃあ、野暮ったいものさぁ」

 それもそうか。
 思って、握り返した手が、とてもあたたかい。

「上に着いたら、お姉さんの舞を見せてよ」
「いいですけど、大したものでもありませんよ」
「期待してるさぁ。ああ、楽しみだ」

 私達は、一段一段。
 確かめるように、手を繋いで、登る。




―――

 
お読みいただき、ありがとうございます。
愛らしい猫が出てくる作品が増えて、ほくほくしているこの頃です。
いこの
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1390簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
何だろう。言葉にし辛いけど。
いいですな、こういう空気。

お燐の気侭だけど愛らしい猫っぷりが、ますます好きになる一作でした。
18.80名前が無い程度の能力削除
ほのぼのしていい話。
20.90名前が無い程度の能力削除
その性格から、さとりのペットでいられるのかもしれませんね。
21.90名前が無い程度の能力削除
ほのぼのといい話。満足満足。
28.100名前が無い程度の能力削除
なんかすきっとしててふんわりとした感じが大好きです