Coolier - 新生・東方創想話

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2008/10/19 05:24:32
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霧に2つの人影が
1人は緑で1人は青
自然の化身の妖精2人

自然の化身の妖精2人
1人は人からかの地を守るため
1人はかの地を優しく包むため

自然の化身の妖精2人
1人は破壊を望む者
1人は融和を望む者

自然の化身の妖精2人
やがて使命を忘れはて
きままに過ごす妖精2人


















『こんばんわ、お邪魔するわ』
唐突に現れた金髪の淑女は私達にそう告げた。

リボンがあしらわれた、フリルがついた大きな帽子。
手には日傘と小さな扇子。
先をリボンで止め、どこからともなく吹き抜ける風になびかせていた髪。
文字通りの紫の衣装に身を包み。
リボンで止められた、彼女が半身を入れた黒い隙間からは大きな目と手が見える。

間違いなく幻想郷縁起通りの大妖怪『八雲 紫』がそこに居た。

「お邪魔されます。」
紳士的に対処するのが有効な対策という。
精一杯の愛想を振りまいて対処することにした。
少しだけ顔が強張っているが・・・多分上手くやれると思う。

紅茶の準備をする。



寝室に居た青い妖精は妖怪を見て、素っ頓狂な声を上げていた。
『あっ、スキマ妖怪! なんで家に居るんだよ!』
少し、肝が冷えた。流石は冷気を操る程度の能力者だ。
大妖怪は大妖怪の方でにこやかに返事をしている。
『お邪魔してるわよ。』
手すら振っている。本当に妖怪らしい妖怪だ。

こうして妖怪は靴を脱ぎ、日傘をスキマに放り投げて私達の家に入ってきた。
その間も青い妖精は『出て行け』だの『妖怪は出入り禁止だ』だのと騒いでいた。

『夏でも涼しくていいわね。』
扇子をはためかせながら厚着の妖怪は言う。
「肝試しもいらないですよ。」
熱々の紅茶を彼女の前に差し出して、私は答えた。
お茶請けは出せなかったが、なにぶん急な来訪だ。構わないだろう。
もう青い妖精の罵声は聞き流すことにした。

少しの静寂が2人が包む。
尤ももう1人のせいで静かとは言い難かったが。

唐突に妖怪は切り出した。
『騒霊の弟子だったりするのかしら。』
紅茶をすすり、妖怪は嫌味を言った。
「ただの妖精ですよ。」
お盆を片付けながら、私も嫌味で言い返した。
2人の標的になった彼女は少し不憫だが、普段を考えるとこれくらい構わないだろう。

空になったティーカップを静かに皿に置く。
『そう、ただの妖精。』
時が止まる。

妖怪が様子を変えたわけでもなく、態度を変えたわけでもなかった。
たったの一言。
その一言であの青い妖精ですら叫びを止めた。

そこには、あまりにも大きすぎる存在が居た。
『あら、どうしたのかしら。』
一転して妖怪は微笑む。
もう、顔が強張って笑い返せなかった。
青い妖精も目をそらしていた。

片付けていた食器を落とさなかったのがせめてもの救いだった。



次第に妖怪は語り出す。
『さて、貴方達は、『何故一緒に居るのか?』と考えた事、無いかしら?』

はっと我に返って、声を上げる。
「ええっと・・・考えた事ないですね。」
少し声が裏返ってしまった。食器が滑り落ちそうなくらい汗ばむ。
『いっつも一緒に居るもんね。』
寝室からも似たような声が上がった。

妖怪はそっと目を閉じる。
『例えるならば紅茶と器。例えるならば月と太陽。例えるならば貴方と貴方。
 妖怪がそうであったように、妖精も境界を無くしていく。存在の意味と無意味の境界を。』

扇を閉じて、音を鳴らす。扇には不釣合いの大きな音に思わず目を閉じる。
『思い出せ一対の妖精。』

私が目を開けたときには、もうその妖怪は消えていた。


















それから数日が過ぎる。

瓜を食べ、向日葵を嗅ぎ、宴会をして。
蝉を見て、風鈴を聞き、宴会をして。
日が傾き、月が出て、月が沈み。
日が昇り、日が隠れ、月が静かに顔を表す。

氷精もそんな幻想郷の流れに身を投じていた。
宴会に入り込み、気ままに弾幕勝負を挑み、酒を飲み。
西瓜を冷やし、酒を凍らせ困らせて遊ぶ。

また、もう1人の妖精も身を投じる。
共に宴会に入り込み、勝負を眺め、酒を飲み。
西瓜を切り、凍った酒に酒を注ぎ飲み干して。

その中で異変とも言える出来事が起こる。



宴会の席に神が居た。
金髪の、蛙の化身の土着神。

濁酒を風祝と共に飲んでいるこの神に、氷精は一つの氷弾を打ち込んだ。
氷弾は髪留めを貫き消え去った。
それは宴の始まりを告げる、喧嘩を売る合図。

吸血鬼が笑いながらそれを見る。
宇宙人は羨ましそうにそれを見る。
大妖怪は顔に浮かべずそれを見る。

『だれが片付けると思ってんのよ・・・。』
巫女はため息をつきそれを見る。



『洩矢 諏訪子 スペルカードルールに基づき、チルノに弾幕勝負を申し込む!』
当の神は喧嘩を売られたというのに心底嬉しそうな顔をしていた。
そうして、帽子をそっと足元に落とす。
『公平を期して用いるスペルカードは1枚ずつ。1枚破られた時点で敗北とみなす。』
懐から1枚の紙を取り出して叫ぶ。
『報酬は、蛙。其方の報酬は、弁償。この勝負、受けて立つか!』

『勿論!』
氷精が高らかに叫んだ。



通常の弾幕勝負は多数のスペルカードが用いられる事が多い。
カードが全て破られると、という規約な以上負けたくないからだ。
当然圧倒的な枚数差が生まれる事だって有る。

しかし、こうした些細な喧嘩や宴会の余興であればそんな必要も無い。
公平を期すために、両者の枚数を同数として条件提示されることだってある。
勝敗よりも美しさを。それが宴会での、弾幕勝負のルールだった。

とはいえ、1枚が規定というのは珍しい。
スペルカードは通常3枚程度用いられるのが一般的だからだ。
そうでなければ移り変わる弾幕の美しさも、宴もすぐに終わってしまう。
また、1枚を守るために必死にスペルカード宣言をしない闘いになる。

つまり、神は美しさを求めぬ真剣勝負を、何も知らないちっぽけな妖精を懲らしめる弾幕勝負を望んでいた。

だから巫女はさらに大きなため息をつく。
小さな鬼に掃除を頼む事も考えていた。



故に必然的に2人の勝負は、霊力勝負になる。
氷精が土着神に氷弾をばら撒くと、霊力の多い神はそれを全て打ち落とせる。
しかし、神が小粒の弾を氷精へばら撒くと、霊力の少ない氷精はそれらを必死に避けるしかない。

そうして、氷精が徐々に追い詰められていた。
既に氷精は低空で徹底して弾幕から逃げる為に飛び、上空の土着神が氷精へめがけて弾幕を放つという状況になっていた。
反省させるためにも、威圧を与えるためにも、神はゆっくりと追い詰めていく。

秘策を持った氷精は、必死に反撃の機会を待つ。
それは、一度きりのスペルカードにかけた、一瞬だけの秘策。

依然として土着神は止めを刺すのを躊躇う様に、少しずつ、少しずつ氷精を追い詰めていた。
氷精の服は既に多く上がった土煙で汚れ、かすめた弾で所々が切れていた。
逃げぬく途中、神の放った大玉が妖精の頬をかする。
あまりに強い霊力のこもった弾に、当たっていないのに擦り切れたような痛みを覚える。
それでも、氷精は逃げ続けた。徐々に体に近寄る弾幕から。徐々に追い詰められる状況から。
一瞬のチャンスを得るためにひたむきに逃げ続けた。



そうして氷精は逃げ続け、一瞬だけその機会を得る事となる。
月が雲に隠れ、辺りを暗闇が包む。

神とはいえ、視覚能力に頼る部分は妖精や人と決して変わらない筈だと氷精は考えていた。
氷精は闇の中、勢いを失った弾幕の中で防戦一方だった自分の体を捻り、一発の氷弾を打ち込んだ。
そして、先の予想はある結果をもって、証明されたのだ。
それは、闇の中で氷精が放った氷弾が神のもう一つの髪留めを壊すこと。

不意を突かれたとはいえ、二度の攻撃を許した事。それは、神を大いに怒らせた。
目をみるみる吊り上げ、手に持ったカードを宣言させた。
『此処に、祟符「ミシャグジさま」を宣言する!』

氷精は約束された勝利に口の端を吊り上げた。



四方八方にばら撒かれる交差弾。密度が徐々に上がる弾幕。
そして、宣言と同時に結界が張られ、相手は逃げ場を失うスペルカード。
それが、この『祟符「ミシャグジさま」』だった。

氷精はかつてこの弾幕を見たことがあった。
それは此処、宴会の場の余興で。
それ故、この符の弱点も知っていた。
その弱点は、彼女が握り締めていた符によって勝敗を分ける一番の要因となる。

怒りに震える土着神は、最初からかなりの密度の弾幕を放っていた。
氷精は針の穴に糸を通すように、氷精は小さな隙間に、一つ、また一つと身を通していく。
それを見た土着神はさらに密度を上げる。

そうして、土着神の怒りが頂点に達した時、氷精は汗と力でしわくちゃになっていたスペルカードを宣言した。
『此処に、凍符「パーフェクトフリーズ」を宣言する!』

結界内の全ての弾が静止した。



『凍符「パーフェクトフリーズ」』は多数の弾を出しつつ周りの弾を止める完全冷却。そして、凍らせた弾幕を数多の方向へと動かせる、一瞬だけのスペルカード。

土着神のスペルカードの弱点は、自身も逃げられない事。
そして、多数の弾を生み出してしまう事。
それは全て氷精に対して有利に働く物であった。



再び弾が動き出した時、氷精が放った弾を含め、全ての弾は一点へと集中していた。
土着神、洩矢 諏訪子へと。



そうして、その日の宴会の余興は幕切れする。
ちっぽけな妖精が神様を破る形で。

勿論、氷精が用いたスペルカードは一瞬の物であり、効果が切れて弾が動き出した瞬間洩矢の勝ちが決定していた。
しかし、その事は『妖精にしてやられた神』という事実の前では、ほんの些細な事でしかなかった。


















一部始終を見ていた閻魔は溜息をつく。
あれが妖精の力であるはずは無い、と。
どうして妖精があんな判断が出来るであろうか。
どうして妖精が神の弾幕を避けられるであろうか。

もう一度溜息をつく。
八雲 紫に行かせた事は余計に拍車をかけたのではないか、と。


















日が昇るのも徐々に遅くなってきた。
多分、楽しんだ今年の夏も、もう終わりが近づいてきたという事だろう。

家の前の小さなポストには、昨夜の事が書かれている号外が幾つも入っていた。
見出しは1枚目には『逆襲のチルノ』。神様との直接的な弾幕勝負は初めてだと思うんだけどな。
2枚目には『かみはばらばらになった』。いや、なってないし。
3枚目には『氷をかける少女』。確かに氷弾は当てたけどかけるほどじゃないし。
4枚目にはもう読むのを止めていた。
こんな奇抜な文章は、どうやって生まれるのか少し気になった。
若しかしたら外の世界さながらの未来楽園というやつかな、と幻想郷縁起を思い出す。
というか、そもそもその渦中の本人の家に号外っていうのも変わった話だ。

とりあえず、後で火種にでも使おうとそれらを取り出し、家の中においておく。
新聞はインクが混ざっているからか良く燃える。火種に使うならもってこいだ。
紙ならまだ少し値が高いが、新聞なら遠慮無く使えるというのも大きい。
兎も角、便利な物だから取っておいて困る事はないだろう。

新聞を戸棚の下に片付けると、少し寝室をのぞいた。
騒動の本人は良く眠っている。無防備な寝顔を見ると少し笑顔がこみあげてくる。
豪快に跳ね飛ばした布団を綺麗に乗せ、そっと寝室を出た。

朝食の準備を始める。
霧の湖の近くということもあってか、窓から見える外はまだ暗かった。
朝は酷い霧が出ることも多く、光を遮るので正確な日の出は分かりかねる。
でも、微かに光は見えていたのでもう頭を出してはいるのだろう。

そんな事を考えながらトマトを切る。
野菜は嫌がるかもしれないけど、色々な味を知って欲しい。
最近は朝ご飯に色々な食べ物を取り入れることにしていた。

昨日は胡瓜とレタスでサラダを作った。
甘辛いドレッシングが気に召したみたいで、それがかかった所ばかり食べていた。
一昨日には納豆を盛り込んでみた。
少しニオイを嫌がっていたけど、一口食べると然程気にならなくなったのか、ひょいひょいと口に運んでいた。
その前は確か牛蒡の天麩羅を入れたかな。その前は、南瓜の煮付け。その前は焼き茄子。
今日の夕ご飯には椎茸も入れてみようかな、と少し悪巧みをする。
これに関しては妖精の本分だ。辞められる訳がない。

そんな風に支度をしていると、後ろでもぞりと音がした。
また、布団を蹴ったのかなと思い、後ろを見る。
そこには予想に反して、目を擦りながら欠伸をしているパジャマ姿の氷の妖精がいた。


















昨日の事は夢だったのかな、って思う。
だって、目論見があんなに上手くいくと思わなかったし、あんなに避けられるって思わなかったし。
それに、今ちょうど目が覚めたし、きっと夢だったんだと思う。

布団を跳ね除けるようにして、ベッドから起き上がる。
まだ寝起きで霞む目を擦りながら、小さな欠伸をした。
見るともう朝御飯の支度をしてたみたい。
外はまだ暗いのにって思う。自分はどちらかと言うともっと寝ていたいかな。

『お早う、チルノちゃん。』
「おはよ…」
自分を見ると軽く挨拶をして、戸棚の前へと駆けつけていた。
まだしっかりとは見えないけど、まな板には良く刻まれたトマトが見える。ジュースにでもするのかな。

『ほら、チルノちゃん』
少し戸棚でもぞもぞしてたのは、新聞を取り出していたみたい。
見出しに大きく自分の写真が載った新聞が見える。

見出しには『神を破った氷精』の文字。
あぁ、夢じゃなかったんだって思った。

『…まだ眠そうだね、一寸眠ったら?』
新聞を見てもテンションが上がってないのを見てかな、そう言われた。
「うん・・・そうする。ありがとうね、」
そこで言葉が急に終わりを告げた。



どうしよう、目の前に立っている緑髪の親友の名前が出てこない。
あたい、そんなにばかだったかなぁ・・・。



『どうしたの?』
親友が心底不思議そうに語りかけてきた。
「ううん、ちょっと眠いみたい。」
多分そうだ、きっとそうだ。眠いから名前が出てこないんだ。
そう思ってごそりとベッドに再び入る。

哀しい事に、ベッドに入っても名前は思い出せなかった。


















目が覚めると、妖精には少し大きめのテーブルに綺麗な朝食が並んでいた。
トーストにハムエッグに、味噌汁に小さめのパンケーキ。昨日も食べた胡瓜とレタスのサラダに、蜂蜜の入ったバター。
昨日と違うのはハムエッグとサラダにトマトがかかっていたことぐらい。

『うん、これで完成! じゃあ、起こさないと…。』
親友を見るとコップにココアを注ぎ終え、嬉々とした笑顔で独り言を言っていた。
自分は熱いものが苦手なので、自分の分のココアだけは冷たくなっている。味噌汁もしかりだ。
2度寝を終えた自分は寝床から立ち上がり、先程と同じように目を擦りながら欠伸をし、食卓に着いた。

『おはよっ。丁度起こそうと思ってたところなんだよ。』
親友はココアのポットを片付け、手を拭いていた。どうやら少し手が汚れていたらしい。
「ちょっと摘み食いしちゃダメ?」
目の前のパンケーキに手が伸びる。
何故だか凄くお腹が空いていた。昨日、沢山飛んだせいかな。
『ダメ。一緒に食べましょう。』
親友は向かいの机に着き、食事の挨拶をした。
同時に自分も挨拶をして、朝食を胃に収め始めた。

今日も一日が始まる。


















スペルカードルールの中には、勝者が敗者の再戦要求を積極的に受け入れなければならない、という決まりが有る。
昨日の勝負の決着は有耶無耶になってしまったが、どうしても決着を着けたかった。

それはあの土着神も一緒だったみたいだ。
土着神は『明日、自分の神社で勝敗を決めたい。』と言っていた。
自分はそれに受けて立ち、昨夜の内に家で出かける支度を済ませていた。
支度といっても、宴会になったときのお酒と、ボロボロになってしまった時を想定した替えの服くらいしか準備してなかったが。
朝食が終わった後、その旨を親友に告げた。

親友はそっと微笑んで『夕食までには帰ってきてね。』と言っていた。
多分、そう言っていたと思う。



そうして、霧の湖のほとりから妖怪の山へと飛び立った。
パジャマを着替え、小さな鞄を背負って、大きなヘッドリボンをつけて。

晴れの日の飛翔は気持ちがいい。
周りの景色が飛ぶように後ろへ行き、顔に風が突き刺さる。
しかし、飛んでいて不思議に思う、こんなに早く飛べたかな、と。
昨日も早く飛べていたが、今日はさらに早くなっていた。
今なら、魔理沙にも追いつけそうな気がする。

下を見るともう森は色付き始めていた。所々に赤色や黄色が見える。
秋はすぐそこまで迫っていた。

山には豊穣の神が居るらしい。
少し栗を譲ってもらって、それで、栗ご飯を作ってもらって、それで、皆で仲良く食べて。
栗ご飯と親友の顔を思い浮かべながら神社へと向かっていた。



「あれ…?」
少し不思議な事に気付く。
さっき挨拶を済ませたはずの親友の顔が思い出せない。
美味しい栗ご飯のイメージで満たされていた胸が、急に騒ぎ始めた。

もうすぐそこに山は迫っていた。



山の上の神社の参道は、大きな大きな鳥居が連なっていた。
一つ、二つと数えていては何十分もかかりそうな数の大きな鳥居。
その先には僅かに本殿が見える。相当な長さを誇る参道。
その参道の真ん中くらいに、この神社の巫女が居た。

『あら、昨日の…』
あの神様は口外していなかったらしい、心底不思議そうに此方を見ていた。
あの露出が多い服では流石に寒いのか、少し肩を震わせながら。
「今日、もう一度弾幕勝負をやるんだってさ。」
掃除をしていたらしい、箒を持ちながら立っていた。
そんな巫女の前に降り立つ。
『そうなんですか。洩矢様、一言くらい言って下さっても宜しかったのに…。』
巫女は本殿の方の空を仰いだ。釣られて空を見上げると、小さな人影が此方へ向かっていた。
十中八九、土着神だろう。
少し体が強張るのを感じた。






『そういえば、あの緑髪の方は今日はいらっしゃらないのですか?』
目の前を、一陣の風が通り抜ける。
そして、胸の鼓動が早く、大きくなったように感じた。

だって、もう緑髪かどうかすら、忘れていたから。
自分の記憶から、親友の記憶だけが、ごっそりと抜け落ちようとしていたから。

もう、いてもたってもいられない。


















巫女に言伝を頼んだ。
用事が出来た。弾幕勝負は明日だと。
そして、山の神社を後にした。



自分の飛翔の速度は、さらに上がっていた。
家へ向かう途中でブン屋を追い越していた筈だ。

確信が持てないのは、親友の事しか頭に無かったから。
もう存在すら不確かになっていた親友の事しか。

太陽が高くから照り付けていた。



空を駆けるような速さで家に辿り着く。
家の窓からは明かりが漏れていない。
胸をひしひしと嫌な予感が満たしていく。

窓を思い切り蹴るように強引に開ける。
家の中は案の定といってしまうにはあんまりな、無人。

そう、自分の一番の友人の姿はそこに見つけられなかった。


















それから様々な所を回った。

霧の湖も、紅魔館も。香霖堂も、永遠亭も。白玉楼も、魔法の森も。太陽の畑も、無名の丘も。中有の道も、無縁塚も。大蝦蟇の池も、人間の里も。
親友の無事を確かめたいのに。親友の存在を確かめたいのに。
裏付けられるのは彼女が何処にも居ないことだけ。
飛翔はさらに早くなっていた。
それだけ多くの場所を回れたが、親友は居ない。手がかりも何一つ見つからない。

人間の里から次の場所へと向かう途中、少し涙が出てきた。顔をそっと袖で拭う。
いつしか、日は赤く傾いていた。


















そうして最後に辿り着いたのは、幻想郷の東の端。

外と此処の境目に存在する博麗神社。
神社は、赤い夕日に照らされて荘厳と聳えていた。
その神社の縁側に巫女はいた。お茶をすすり、呑気に呆ける巫女。

その平和そうな姿に、沸々と怒りがこみ上げてきた。

自分はこんなにも必死になっているというのに。
自分は自分なりに親友の異変を解決しようとしているのに。

何故幻想郷を担う巫女は、そう呆けているのかと。



風音をたてて、巫女の前に舞い降りる。
お茶をすすっていた巫女も漸く此方に気付いたようだ。
目線を此方に向けて、トンと湯のみを盆に置く。
少し目を凝らしてから巫女は言った。



『チルノじゃない。どうしたの?』

どうしたの、じゃない。
感情が抑えられなかった。



渾身の力をこめて、叫んだ。
行き場の無い怒りと、憤りと、不安を言葉にこめて。

「博麗の巫女!」
周りの木々がざわめく。周りの草がざわめく。周りの鳥がざわめく。
巫女は平然と、縁側に座っていた。

「どうして、お前はそうして居られるんだ! 博麗の巫女は異変を解決するんじゃなかったのか!」
両目から涙が零れ落ちる。

『ええ、博麗の名にかけて、異変を解決するわ。』
巫女は此方の目だけを見つめて、回答した。

「だったら、だったら何で…何で…あたいの…親友を…」
徐々に言葉が切れていく。
ひっく、ひっくと泣き声が混じった言葉になっていく。

「どうして…」
もう、言葉が続かなかった。


















昨日、神を破った氷精は、そこには居なかった。
居たのは大きな大きな氷の羽を持つ、ちっぽけな氷精。
異変を解決するにはあまりに非力な、ただの妖精。
顔に手を当て力なく崩れ、止め処も無く溢れる涙で土を湿らせ、嗚咽を続ける小さな妖精。


















私の目の前に突然現れた大きな羽を携えた氷精は、ひとしきり泣き終えた後にぽつり、ぽつりと事の顛末を語り始めた。
家に突然紫が訪れた事。
それから数日間、普通に過ごしたこと。
昨日の異常な弾幕勝負の真相。
今朝、親友の名前を忘れた事。
その後、顔を。
その後、特徴すら。



彼女に近くには、真冬の水と表現しても足りないような冷気が満たされていた。

異常なまでに大きく膨れた氷の羽、異常なまでの寒気。
そして、紫が言っていた『一対』。

原因に見当はついた。
後は、どう対処するか。
紫ほど上手く境界を操れる自信が無い。



自分を奮い立たせ、泣き崩れたままの氷精に語りかける。
「それなら、きっと私が解決できるわ。」
『本当…?』
顔を上げて、ぐしゃぐしゃにした顔で氷精は問いかけた。
背中の羽と相まって、見ている方が痛々しい。

「誰だと思ってるの? 私は博麗の巫女よ。」

立ち上がり、儀礼用の筆を探す。

怠惰な自分にこの異変が解決できるだろうか。
いや、きっと出来る。巫女の勘が、血がそう告げている。
1人の妖精が救えなくて、何が博麗の巫女だ。
救えないなら、この幻想郷に居る必要が無い。



式の準備を整える。

大きな円とそれに内接する五芒星を、石畳の上に霊力を込めた筆で書く。
墨に付けることなく、自らの霊力で線を書く。
五芒星の中心は、人一人が楽に入るくらいの大きさになるように。

出来た五芒星と円が交わる5点に陣用の札を貼っていく。
要は八方鬼縛陣の応用だ。恐れる事はない。


そうして、全ての準備が整った。
「さて、この中に入りなさい。」
五芒星の中心を指差す。

涙が枯れ果てた氷精は立ち上がり、嗚咽だけを堪えながら頷く。
その目はキッと此方を見据え、氷精の決心を裏付けていた。


















日が沈み、暗闇に包まれる幻想郷。
その中に、橙色に燃える一つの塔が生まれた。
その塔はすぐに消え、幻想郷は何事も無かったかのように、暗闇に包まれる。
それは、この異変の終わりを告げるものだった。


















私は今までどうしていたんだろ。

今朝は確か、何時も通り朝食を作って。
守矢神社へ行くチルノちゃんを送り出して。
夕食のために椎茸を買いに行こう、って決めて。
それから・・・が思い出せないや。
でも、どうして。

涙で顔をくしゃくしゃにしたチルノちゃんに抱きかかえられているんだろう。


















翌日、無二の親友と共に山の神社を訪れる。
勝負の結果は言うまでもなく。

でも、それが逆に氷精には清清しかった。
この勝負が、この異変の終わりを実感させてくれたから。
元通りの日々が約束されたと、氷精は感じていた。


















霧に2つの人影が
1人は緑で1人は青
自然の化身の妖精2人

自然の化身の妖精2人
1人は1人を守るため
1人は1人を包むため

自然の化身の妖精2人
1人は正で1人は負
偏りありては成り立たぬ

自然の化身の妖精2人
やがて使命を忘れはて
きままに暮らす妖精2人


















 
拙い文章ですが、ここまで読んで下さって有難う御座います。

追記 知人に指摘された部分を直してみましたが、いかんせん上手くいきませんでした。(特に後半の部分です)
文章力不足を痛感しております。

改訂前に読んでくださった皆様も、改訂後に読んでくださった皆様も有難うございます。
これからも頑張っていく所存です。
紙細工
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コメント



0.430簡易評価
9.60名前が無い程度の能力削除
なんだか釈然としない部分が題名に如実に表れてるw
もうちょっと練れるでしょ
12.無評価名前が無い程度の能力削除
長々と空けた空白が邪魔でたまらん
ちゃんと1行ずつ読んだのか?