Coolier - 新生・東方創想話

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2008/10/14 02:03:24
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 ※百合描写を含みます。苦手な方はご注意ください。






 死の呪文を知っている。使うには魔力は要らない。聞こえるように唱えるだけで、彼女はいなくなる。
「午前四時の紅茶をお持ちしました、レミリアお嬢様」
 小型のワゴンを押して、メイドの十六夜咲夜が私室に入ってくる。卵の殻のように薄い茶器に、真紅の液体を注ぐ。高いところから、一筋の蜘蛛の糸のように。
「今夜のお茶は蓮の花を混ぜてみました、懐かしい香りがすると良いのですが」
 微かに甘い湯気を舐めた。咲夜は嫌味のない完璧な微笑を浮かべている。
 私はカップで指先を温め、おもむろに口を開く。
「愛しているわ、咲夜」
 どんなに重みのない言い方をしても、彼女は動きを止める。畳み掛けるように続ける。
「嘘じゃないわ。ずっとそう思ってきた。貴方がどんなに重荷に感じても知らない、私は」
 紅いものが飛び散る。紅茶の何千倍も濃く、粘つき、臭うもの。くるぶしまで埋まる絨毯に、純白のティーカップに、年代物の天蓋つきベッドに、私の頬と赤いワンピースに。咲夜が細身のナイフで自分を刺したから。刺す場所は首だったり頭だったり心臓だったりする。日替わり。今日は左の首筋。
「咲夜、どうして」
 身体を支えて訊ねれば、教えてくれる。悟った司祭のように笑って。
「絶対幸せにはなれません、わたしも、あなたも」
 いつだって同じ言葉。
 開け放した窓から寒風が吹き込む。
 息絶えた咲夜を放置して、私は枕元の手帳に記録をつける。
「九十九回目。三桁はすぐそこ」
 そして薄暗い眠りに就く。
「おやすみなさい咲夜、」
 また明日。


 翌朝、咲夜は私を起こしにくる。血の臭いのない優雅な格好で。
「おはようございますお嬢様」
 殴るような強烈な雨音が聴こえる。昨日の朝は雲ひとつなかった。時間は確実に進んでいる。巻き戻ってなどいない。
 私が知らぬ間に運命を操って、昨日亡くなった咲夜に今日を贈っている。それだけのこと。
「運がいいのね」
 カーテンを閉めていた咲夜が振り向いた。
「どうしました、お嬢様。お体の具合でも」
「何でもないわ」
 衣服の襟ボタンを留める。袖には咲夜の血がこびりついたまま。酸化して黒い点になっていた。




 いつから、どうして彼女を好きになったのですか。そう問われたら私は困惑する。質問者に襲い掛かるかもしれない。そんな訳のわからないこと訊くなと。誰もが感激し納得するような、劇的なきっかけなんてない。常に変わらず近くにあり、そこそこ安心して背中を預けられる。時に家具のように邪魔にならず、時に人のように存在感と温かみを帯びる。恋に落ちるには些細な距離感があれば十分なのだ。後は自然に、杏のジャムのように煮詰まっていく。
 種族の差は気にならなかった。人の生の儚さと、妖の離別に対する鈍さはよく知っている。いずれ別れの日を迎えても、私は喪に服すことなく次の有能なメイドを求めるだろう。次のメイドにも同じような好意を抱くかもしれない。ただ、最近の私は咲夜が欲しかった。


 最初に愛を告げたのは、今日からおよそ一年前の初冬の夜。落ち着いて、尊大に告白した。結果、返ってきたのはおびただしい量の鮮血と、予言めいた否定。流石に驚いた。咲夜の死体をどうすればいいか思いつかず、そのままにして眠った。次の日には蘇っていた。恐る恐る愛の言葉を繰り返してみた。また同じことになった。
 それから九十回以上、咲夜は愛されて逝っては復活している。時には薔薇庭園の隅に埋めたこともあった。翌日には薔薇色の頬の咲夜が戻っていた。
 パチェや門番の気合拳法娘には、咲夜の異変を話していない。どちらも運命は専門外だ。私だけが異様な日々を認めている。


「お嬢様、後ろはこのくらいでよろしいでしょうか」
「あと少し軽くして」
 咲夜の自刃と再生を除けば、紅魔館は平穏そのものだ。今は彼女に髪を切ってもらっている。青白い髪が浴室の水色のタイルに散っていく。咲夜は三本の鋏を駆使して、頭髪の濃淡とバランスを調整している。鏡は私が映らないので使わない。咲夜任せだ。彼女は最良の結果だけをもたらす。
「お嬢様の髪はもともととても軽いので、減らすのには神経を使います」
「神経。貴方にもそんな大層なものがあったのね」
 横目に笑いかける。温厚そうな笑顔が返ってきた。咲夜は怒らない。眉間の皺すら見たことがない。
「ねえ咲夜、私も貴方の髪を切っていい?」
 脚の長い椅子を下りて、咲夜から鋏を奪った。驚愕、恐縮する彼女を強引に座らせ、両耳前の三つ編みを解く。
「自分でできますから、お嬢様にそんなことは」
「いいの。やらせなさい」
 咲夜の銀の髪はごく細く、波のように手に絡みついた。豪快に切り落とす。足元で私と咲夜の髪が重なる。湖面のような静寂の色。いつまでも眺めていたかった。交わる毛髪に願望を重ねているのかもしれない。妖怪らしからぬ愚かな感傷だ。気付けば死の呪文を唱えていた。
 彼女は時を止めて鋏を手にし、左胸に勢いよく突き刺した。散髪椅子から転がり落ちる。
「咲夜、どうして」
「絶対幸せになれないからです、私にはわかります」
 これで、咲夜による不幸の暗示は百回目。生意気な人間め、私に愛されながら何を恐れる。手に入れるまで私は運命の糸を操り続けるだろう。化け物の強欲さを見くびるな。
 血塗れたメイドを引き摺って壁に寄せる。翌朝まで浴室には鍵をしておこう。起きた咲夜に掃除させればいい。
「ん」
 見回すと、異物があった。紅く染まった髪の中。咲夜愛用の懐中時計が落ちていた。血の海に浸されてなお動いている。持ち主同様見事な仕事振り。けれども、どこかがおかしい。機械として完全でも、時計としては不完全。
 目を細める。
「……戻っている?」
 拾ってよく見れば、秒針の回転が逆方向。一時から十二時、十一時と、正常と反対の時を刻んでいる。分針もあべこべに歩んだ。精密な部分に血液が入り込んで、狂わせているのか。ひねくれ者の咲夜の趣味か。
 あるいは。
 時計を握る手が咲夜の温い血で滑る。
 俄かに不安が湧いてきた。
 平気。多分考え過ぎだ。彼女は言っていたではないか、「時を止めることと進めることはできても、戻すことはできません」と。「だから、日々悔いのないようお嬢様に尽くします」と。
 彼女に生を与えているのは、私の運命の力。私が逃がすまいとしているから、彼女は死を逃れている。それでいい。好かれる度に自殺して、巻き戻って蘇る人間なんて。頭がいかれている。
「ありえない、馬鹿らしい」
 私は笑い飛ばすついでに時計を投げ飛ばした。
 投げ飛ばそうとした。
 止めた。手が言うことを聞かなかった。たかが人間の道具の癖に、私に破壊をためらわせるか。腹立たしくて、懐中時計の鎖を摘んで振り回した。
「咲夜、これは私の部屋に持っていくわ。蘇ったら取りにいらっしゃい」
 目も耳も働かない彼女に言い放つ。
 死者の浴室を閉ざした。




 手足が冷えて眠れない。咲夜を昼のうちに死なせるのではなかった。午後のおやつも、数時間かけての晩餐も、真新しい靴下も、抱き枕も出てこない。妖精メイド衆はやかましいし、門番は遠くで「咲夜さん助けて」と吠えているし、雨は止まないし、何もかもが嫌だ。
 喉が渇いたので、厨房に下りて午前三時の紅茶を淹れた。茶葉の缶を探すのに時間がかかった。やっと見つけた紙の缶には、かびかけた葉の塊しかなかった。ビンテージもここまで来ると地獄。床に叩き付けたい衝動に駆られたが、我慢した。沸き過ぎたお湯で埃っぽい茶葉をふやかした。あのメイドは普段どこで最良の茶を得ているのだろう。私の好みの香りと濃さを心得て。
「館の主は私なのにね」
 私室で不味い茶を啜り、自嘲気味に呟く。
 紅魔館の王は私。けれども、実質的に内部を回しているのは咲夜。彼女の労働だけが私を満足させる。
 首から提げていた咲夜の懐中時計を取り出す。血は綺麗に拭いたつもり。仮に汚れがあったとしても、生き返った彼女が丁寧に清めるだろう。針は相変わらず正しくない方向に進んでいた。故障か否か、次の咲夜に質問してみようか。嘘は吐かせない。
「そうだ」
 いい事を思いついた。カップを置いてベッドに入る。いずれ咲夜は帰ってくるだろう。私の傍に来て、「おはようございますお嬢様」といういつもの挨拶をするはず。その瞬間に起き上がって、唇に噛み付いてやる。蘇生したばかりの咲夜はきっと驚く。ついでに件の「愛しているわ咲夜」を繰り出せば、唖然として死を忘れるかも。
 闇夜の怪盗を待つ心地で、私は寝た振りをした。




 空に忌々しい曙光が広がる。カーテンの隙間から見える。
 咲夜は来ない。私は別に慌てはしなかった。私の部屋で死んだ場合に比べて、他所で死んだ場合の咲夜は復活が遅い。運命を弄くる力が届きにくいのだと、自分の中では結論づけている。寝返りを打ったり、枕辺の呼び鈴を玩具にしたりして待った。気配が寄ってきたら睡眠の演技に戻ろう。
 少し暇だった。今日は何をして過ごそうかと考える。久方ぶりに神社で宴会を開かせようか。お酒さえ持ち込めば巫女は懐柔できる。楽しむだけ楽しんで、片付けの前に帰ってしまえ。太陽が出てきても、咲夜が日傘を持ってくれれば平気。宴席でうっかり死なせないように用心しよう。おめでたい連中の前で「絶対幸せにはなれません」と真面目な空気を作られたら、酔いが醒めてしまう。
 私は吸血鬼、無意識に因果を曲げる夜の暴君。私の前に絶対はない。咲夜がどんなに未来に絶望しようと、いつかは幸福な定めを押し付けてやる。花火のように短い人の一生には、十分過ぎるほどの愛を。
 足の先が凍るように冷たかった。早くあたたかいものが欲しい。メイドなら一秒たりとも私を待たせるな。
「四肢を縛り付けてから告白してみようか。切り落としてからにしようか」
 物騒な計画を温めていると、廊下から車輪の音が聴こえてきた。咲夜だ。私は右向きに丸まって、目を閉じた。翼を動かさないよう力を抜く。左手に懐中時計を握って、半分布団から覗かせた。
 扉が開く。目覚めのお茶を載せたワゴンが、入ってすぐの円卓の前で止まった。咲夜は私の淹れた失敗紅茶のポットと、自身の百点満点の紅茶のポットとを入れ替えているのだろう。焼き菓子の狐色めいた匂いもする。空腹気味の身には酷。咲夜に悲鳴を上げさせてから目一杯食べよう。
 咲夜が私の方に歩いてくる。規則的な呼吸で、眠れるお嬢様を演じた。彼女はベッドの脇に座り、私の左手に触れた。時計を握る指を一本一本開いていく。自発的に開かないようにするのは結構難しい。人形にはなれない。やがて懐中時計が離れていった。咲夜の影が私の身体にかかっている。油断しているのだろうか。それとも毎朝こうやって、私を見下ろしている? どちらにしろ、彼女をびっくりさせるチャンス。私はいきなり起き上がるべく、両手に力を入れた。
(咲夜、何してるの。夜這い? 甘いわね。私のメイドなら寝た振りくらい見抜きなさい。罰よ、存分に味わえ――)
 静かな嗚咽。
 水滴。違う、涙が頬に落ちた。
(咲夜?)
 私は彼女の泣き顔を知らない。いつだって瀟洒な微笑を見てきた。誰かが彼女を傷つけたのだとしたら、許さない。
 頬がまばらに濡れる。咲夜は涙をこぼし続けた。もっとわんわん喚けば良いものを。そうすればすぐに起きてあげるのに。泣き顔にまで完璧は求めない。
(どうして泣いているの、咲夜。巫女に苛められた? 小賢しい魔法使いの所為?)
 もう遊びは止めにしよう。咲夜を抱いて理由を訊こう。
 瞼を上げる。
「お嬢様、」
 明るい世界で、咲夜の声を聞いた。
「早く諦めてください。私を愛してくださる、千回目のお嬢様」
 ……千回目?
「どういうこと」
 起き上がって毛布を払いのける。咲夜の両肩を押さえて倒す。数秒とかからなかった。
「お、お嬢様、起きていらっしゃったのですか」
「どういうことか答えて」
 私がこれまでに死に追いやった咲夜は百人。千ではない。第一何故、彼女が回数を意識している。咲夜は私の運命の力ではなく、自分の時の力で蘇っているのか。
「千回目とは何。お前はどうやって生き返っている。答えなさい」
「痛い、痛いですお嬢様」
 当たり前だ。肩に爪を立てているのだから。
 咲夜が身を捩った。懐中時計が転がり落ちる。刻む時間は真逆。
 心が怒りに回転する。
 私が手玉に取っているはずが、咲夜に操られていた? 人間の分際で吸血鬼の支配を気取るか、
「お前は何だ。どうして私を拒む。答えろ」
「お嬢様」
 咲夜はもう泣いてはいなかった。それなのに顔に水の珠が増えていく。上から、途切れることなく。
「答えろ!」
 喉の奥がはねた。声が消えかかる。そうだ、今泣いているのは私だ。激昂する理由こそあれ、涙の理由はどこにもない。悲しいことなどない、これからもきっと起こらない。しかし感情が鎮まらない。
「レミリアお嬢様」
 目元に柔らかい布が押し当てられる。咲夜がガーゼのハンカチを握っていた。
 驚かすつもりが、驚かされて。腹を立てているのに、泣き出して。慰められている。悔しい。弾幕ごっこで隙を突かれたときよりも遥かに。
 瓶詰めにできるほど沢山の涙を、咲夜はハンカチの角で器用に吸い取っていった。私の様子を窺いながら、手品の種を明かした。


「私は千回目の十六夜咲夜です。貴方の愛を受け入れて人生を終えかけ、再び戻ってきました。貴方と最初に出会った、十六夜の月の平原へと」


 私は過去の九百九十九回、必ず咲夜を好きになっているらしい。回数を告げられても自覚がない。咲夜は「当然でしょう、戻っているのは私だけですから」と述べた。
 一回目の咲夜は、素直に愛される道を選んだ。大変幸せな日々だったそうだ。博麗神社と守矢神社で一回ずつ結婚式までしたという。ドレスのデザインを覚えているというので、画用紙に描いてもらった。上半身はすっきりと、スカートは円状にふんだんに、風の乗りやすい淡い生地で。色は白で溶いた茜。屈折率の高い柘榴石を随所に。悪くはなかった。
「でも、お嬢様は別れに耐えられませんでした」
 彼女の寿命が近付くと、私は抵抗を試みた。森の人形師を訪ねて人間の人形化の相談をした。竹林の屋敷に行って不死の薬を奪おうとした。死神を門前払いにした……話を聞いて嘘だと感じた。私は一人の部下のためにそこまで尽くす名君ではない。
「信じられないでしょう。私も信じられませんでした。お嬢様に林檎を剥いてもらう日が来るとは」
 頬を抓った。現実的な痛みが走った。
 人の時計は止まらない。時間を従えていても、永遠はない。舟に乗る日が訪れる。未来の私は年老いた咲夜に縋って号泣し、怒鳴ったそうだ。
「どうしてくれる、もう他のメイドは雇えない。お前以上の従者はどこにもいない。そう仰いました。最高の賛辞でした。これから先、私が幸せに思うことはない。お前が全て冥府に持ち去るのだ。返せ。そう仰いました。冷たい女に罪悪感を抱かせるには、十分過ぎるお言葉でした」
 咲夜に初めて罪の意識が芽生えた。愛情に応えるべきではなかったと。戻れるものなら戻りたい、お嬢様のためにやり直したい。そう願ったとき、彼女の時計の針は逆転した。
「目覚めたときには、私は十六夜の平原にいました。隣に出会ったばかりのお嬢様がいました」
 私の力が、彼女の時を操る能力を進化させた。咲夜はそう考察する。
「何事かわからないまま、二回目の生を過ごしました。同じようにお嬢様に愛され、スリルある毎日を数十年送って。最期に詰め寄られて。悔やんで。三度昔に帰ってきました」
 自分はただならぬ時空に生きている。悟った咲夜は方向転換を試みた。徹底した無視と、吸血鬼に相応しい恋人の紹介によって。
「失敗しました。私が耐えられなくなってしまいました。お嬢様が責めるような目で見つめてくるものですから」
 ならば生前に尽くしに尽くして、満足させてしまおう。
 紅魔館を出て他の仕事を探そう。
 お嬢様に自分の状況を打ち明けてみよう。
 若いうちに他人の手にかかって逝こう。
 お嬢様以外にも伴侶を作ってみよう。
 外の世界を目指そう。
 咲夜は次々と新しい選択肢で物語を進め、変わらない結末を迎えた。
「今回で丁度千度目になります。長い旅でした」
「疲れた?」
「少しだけ。けれども、ほとんど愉快でした。妖怪のような心地です。永久にも似た時間を、お嬢様と生きていられる。だからこそ、いつまでも甘えていてはいけないと思いました」
 千回目。現在の咲夜は、私の精神の調教を企んだ。私に好意を伝えられる度に、自分にナイフを突き立てる。翌日になってから巻き戻る。そうすることで、
「やってはいけないこと、言ってはいけないことを、刻みつけようとしました」
「回りくどいやり方ね」
 幾らかは効果があったかもしれないが。いちいち死なれると生活が立ち行かないから、言動に気を遣うようになった。しかし、目的を理解しなければ恋慕の情を消すことはできないだろう。
「絶対に幸せになれないって言っていたわね。あれは真意?」
「心からそう思っていたら、より激しい手段に出たでしょう」
 ほっとした。知らない未来の私は、数多のレミリア・スカーレットは、彼女に与えられたのだ。少なくとも不幸以外のものを。


 時を忘れて、ベッドに横になって、私と咲夜はお喋りをした。私が次々質問をして、咲夜がのんびりと回想した。思い出せる範囲で詳しく話してくれた。時間遡行を信じてほしかったのだと思う。
 それでも、いつまでも和やかに聞いてはいられない。枕辺で罪を植えつけてリセットさせるか、見事に送り出すか。彼女の旅路を決めるのは私だ。
「私に時間移動を相談した回もあったそうね。そのときの私はどうしたの」
「一笑に付されたり、幾らか距離を置かれたりしました。話を信じて、自制された回もありました。結果はこの通りですが」
 自制。傲慢な吸血鬼には困難な道だ。彼女を正常な輪廻に戻すには、一番必要な技術だけれど。
 咲夜の手を握った。指の間に指を絡めて。滑らかな、薄っぺらい手だった。時の重みなどない。
「咲夜は、私にどうしてほしい」
 胸に頭を載せて訊いた。鼓動に揺るぎはない。嘘を奏でればすぐに解る。
 眠るように安らかな呼吸とともに、咲夜は歌った。
「強くなってくださいな。恨み言ではなく、笑顔で見送ってください」
「そう」
 最愛の従者の欲しがっているご褒美だ。最大限の努力で叶えてやりたい。先刻の寝た振りのように挫折することなく。たとえ引き止めたい欲に駆られても、その日だけは幸せ者を演じて。
「期待してなさい。三途の河の最速渡航記録は貴方のものよ」
 私は咲夜に命じた。今後も、私が愛だ何だと喚いたら逝ってみせるようにと。咲夜が痛い思いをする度に、学習するからと。以前に九百九十九回しくじっているのだ、自然体の私ではいられない。のめり込まないよう心を縛るべきだ。
「物分りが良いのですね、今回のお嬢様は。普段はもっと疑うのですが」
「切りのいい数字が好きなの。疑われたいのなら疑ってやるわ」
 茶番だ、芝居だ、タイムトラベラーごっこだと暴露するのなら今のうち。咲夜にしては愉しいボケだったと突っ込む準備もある。しかし幾ら待てどもそんな自白はなかった。
「数ヵ月後。博麗神社の近くに温泉が湧きます。同時に怨霊も出現し、騒ぎとなるでしょう。毎回そうでした」
 いっそ占い師に転職してしまえ。何もかも知り尽くしたかのような目で私を見るな。自縛した先から激情に襲われる。
 無知のままに愛した、最初の私が恨めしい。真実を知っても歯止めの利かなかった、いつかの私が妬ましい。千回のツケは次の私に回してやりたい。
 できないけれど。
 せめて、せめて明日の私から。
「お嬢様?」
 咲夜の唇を食んだ。舌を挿し入れて味わった。千度生きた彼女にとってはありきたりな行いでも、私にとっては最初のこと。彼女もそう感じてくれればいいと祈った。短命な人間は一生でひとつのものを示し、長寿の妖怪は一瞬に生きる。咲夜にも、妖の在り様を持ってほしかった。
 遠い。人と妖、千と百。私と、
「今日だけ。今日だけだから、咲夜」
 咲夜は私の背を包んでくれた。布越しに触れる右手がやけに温かくて、辛かった。




 百一回目の夜が来る。
 咲夜は私の命令通り、愛されて身を滅ぼした。私のベッドで束の間の永眠を楽しんでいる。二度と自傷することはないだろう。私に深い情をぶつけられることはないだろう。
 後はどこにでもある主従関係を貫いて、咲夜に平穏な最期を。それが千回目の愛の形だ。
「おやすみなさい咲夜、」
 また明日。
 湧かない温泉の夢を見たかった。
 こんばんは。ここまでお読みくださり、ありがとうございます。お疲れ様です。

 お砂糖と幸せ一杯の紅魔館が好きです。
 でも、不安や棘をはらんだ紅魔館も見たいなと思います。
 甘いものを食べたかったのですが、近くに紅茶しかありませんでした。
 お話が苦くなってしまったとしたら、多分そのせいです。
深山咲
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コメント



0.2330簡易評価
9.80煉獄削除
これは悲しい恋・・・なのでしょうか?
レミリアと咲夜さんの恋って悲恋であっても普通の恋愛であっても
色々なことがあって、想いが溢れてますよね。
ちょっと悲しい話でしたが良かったです。
14.60名前が無い程度の能力削除
「百一回目の・・・」は千一回目じゃないですか?
最後の誤字でいろいろと持ってかれた感があります。
15.90名前が無い程度の能力削除
なんだか読み進めていくにつれて悲痛な気持ちにさせられましたが、最後にはあぁこれも紅魔館だなぁと思うことができました。

14の方が言っている通り誤字なのかとも思いましたが、レミリア主観なら百一回目なんですよね。
どちらに解釈したらいいものやら。
18.無評価深山咲削除
 こんばんは、コメントありがとうございます。

 14.様の指摘箇所は、レミリア主観の「百一回目の」で合っています。
 咲夜の千回目の時間の中で、レミリアが百一回死なせたという入れ子のような形になっています。
 「百一回目」の使い方が唐突で紛らわしくなってしまいました。申し訳ありません。
25.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです
34.90名前が無い程度の能力削除
たまらなくせつないです.
37.100名前が無い程度の能力削除
切ない。たまらなく切ない話ですね。
ありがとうございました。
38.100名前が無い程度の能力削除
どんな難関スペルだって何度も挑めばいつか必ず取得できる。
だからこの二人が幸せな結末を迎えることだって、決して不可能じゃない。
いやいや、悲しくて切ない、されど希望が見えるお話でした。
41.100名前が無い程度の能力削除
うおわああああ…これは凄い。素晴らしい