Coolier - 新生・東方創想話

小さな悪魔の小さなお話『無限階段』

2004/09/15 06:42:25
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 知性は、方法や道具に対しては鋭い観察眼を持っていますが、目的や価値については盲目です。
                                                  byアインシュタイン

                                      小さな悪魔の小さなお話『無限階段』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いやはや、話には聞いていたが凄い光景だな」
 眼前に広がった光景に、霧雨魔理沙は呆れたような、驚いたような声を上げた。
「見てないで手伝いなさい」
 そんな魔理沙を半眼で睨むのは、このヴワル魔法図書館の主、パチェリー・ノーリッジ。
「おいおい、私はお客だぜ? 茶くらい出すのが礼儀だぜ?」
「……この光景を見てよくそんな事言えますね……。流石です」
 まるでここが自らの家だと言わんばかりにどっかりと椅子に腰を下ろした魔理沙に、パチェリーの従者である悪魔のトリルは、呆れたと言わんばかりの表情と口調で言う。
 魔理沙達の周りには、無数の本が並べられている。それこそ床全体が本で埋まるほどの量だ。
 今日は年に一度のヴワル魔法図書館の蔵書の虫干しの日だ。
 ヴワル魔法図書館に収められているモノは、ただの本ではない。
 本それ自体が妖怪であるモノや、その本になんらかの魔術が施されたモノばかり。故の魔法図書館なのである。
 そしてそのような図書は、本が劣化し、それに納められた情報が駄目になると、施された魔術や、妖怪が外界に様々な影響を及ぼす。
 それがどのような結果をもたらすのかは、この図書館の主であるパチェリーにも想像がつかない。
 故に本の劣化を抑える為に、年に一回、夏の良く晴れた日にこのような虫干しを行うのである。この図書館に収められた蔵書は、万とも億とも言われ、その虫干しともなると数日掛かりの大掛かりな物となる。
「ご苦労様な事だぜ」
 本を抱え右往左往するトリルの姿を眼で追いながら、魔理沙は笑み混じりに言う。
「魔理沙の家の掃除をするよりかは楽よ」
「酷いぜ。私は幻想郷イチの整頓好きだぜ?」
 なぁ、と目の前を通ったトリルに笑いかける。
「え? そ、そうなんですか?」
「そこ、嘘教えない」
 主と同じような、しかし毒気のまるで無い半眼で魔理沙を見返すトリルに、彼女はいつもの歯を見せる、少年のような笑みを返した。
「…………」
 そんなパチェリー達のやりとりを遠目に見ながら、この図書館に住む小さな悪魔、リトルは虫干しの終わった本を一つずつ書架に並べ直していた。
 この日ばかりは、悪戯好きの彼女も、悪戯をする暇など無い。
 だが、リトルの表情は嬉々としている。
 この年に一度の虫干しの日は、この図書館から出る事の叶わない彼女にとって、最大の『イベント』なのだ。
 普段と同じ場所、同じ面子であるのに全く違う光景。
 その、ある種の“異界”の光景が、リトルは好きなのだ。
 だからこそ、普段はやらないパチェリーや姉のトリルの手伝いを自ら進んで行う。
「リトル、次を持ってきて頂戴」
「あいあいさー」
 ため息交じりのパチェリーの声に、少し苦笑しながら書架の奥へ飛んで行く。
 無限に並ぶ書架の中を飛びながら、何気なく思う。
 これだけの図書を、主は何のために蒐集しているのだろう。
 魔女としての彼女の力は、既にこの幻想郷で最強と言っても過言ではない――と思う。
 それでも彼女は、気がつけば何処からか新しい書を手に入れてくる。この前など、手に入れた魔導書の封印が甘くてそこに封じられたモノが危うく外に出そうになって、大騒ぎになったというのに。あれはたしか、ネクロなんたらとか言ったか。
 彼女は、何の為に知を求め続けるのだろう。それも外道の知などを。
 何とはなしに、そんな事を思った。
 
 那由多に広いこの図書館は、時としてそこに住む者ですら惑わせる。
「…………」
 無限に並ぶ書架を見ながら、リトルは恐る恐る歩を進める。
 ……迷った。
 パチェリーに頼まれて、本を持ってくる筈だったのだが、その場所は思いの外奥にあり、気がつけば書架の森に囲まれてしまっていた。
 見慣れた場所だというのに、一人で歩むその場所は、まるで知らない場所のように思えた。
 主ですら把握しきれない、無数の書が、そこに込められた想いが、そのように思わせるのかもしれない。
 書とはそれを記した者の想いの集まりだと語ったのは主だったか。
 書とは、情報の媒体としてだけ存在しているのではなく、記した者の願い、望み、悲しみや怒り、果ては恨み辛み妬み嫉みその他諸々の感情が集まったモノだからこそ、読む者に、良い意味でも悪い意味でも、影響を与えるのだ、と。
 話半分に聞いていた事であったが、こうして一人書の中に紛れ立っていると、事実なのかもしれないとも思う。
 自分自身が書になってしまったかのような錯覚。
 書は想い。
 想いは生。
 ならば書とは生そのものなのかもしれない。
「…………」
 らしくない事を考えているな、と思う。一人だという心細さから生まれたのか。
 或いはここに収められている想いの所為なのか。
 ふと、何かの気配。
 この気配はヒトのそれだ。だが、この雰囲気は―――
「!」
 そこには一心不乱に本を読んでいる男の姿があった。
 いつからそこに居たのか。どうやって現れたのか。まるでその気配が無かった。
 思わず身構えたリトルには一瞥もくれず、眼鏡を掛け、白衣を着た彼は、ものすごい速度で本を読み終えると、書架からまた別の本を取り出し、再びものすごい速度で本を読み始めた。
「あぁ、何か用かね?」
 リトルの方を見る事も無く、彼は不意に口を開く。
「用が無いのなら、邪魔をしないで貰えるかな? 私は忙しいのだよ」
「おじさん、何処から来たの?」
 普通の人間がこの図書館に来る事が出来る筈が無い。何せここはヴワル魔法図書館。紅色の悪魔の住む紅魔館の図書館なのだから。普通の人間には近寄る事すら叶わない筈だ。
 だが彼は本当に人間なのだろうか。
 幾ら幼い――妖怪の一生から鑑みて、だが――リトルとは言え、彼女とて魔族の端くれである。そんな彼女に気配を悟られる事無く現れた彼が、まともな人間とは思えない。
 だが、彼の持つ気配は普通の人間のそれだ。魔理沙のような魔力も感じなければ咲夜のような人外の能力を持つ雰囲気も感じない。存在感が酷く希薄だ。こうして目の前に立っていても、少し気を抜けば見えなくなってしまうほどに。
 リトルの質問に、彼はふと頁を捲る手を止めた。
「何処から、だと? それこそこちらの台詞だよ、悪魔の娘。ここは“私の書庫”だ」
「え?」
 予想外の台詞に、リトルは驚きの声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。“ここ”はヴワル魔法図書館で、“ここ”の主は、パチェリー様だよ!」
「……ヴワル魔法図書館? そんなものは知らないぞ。大体、“ここ”は図書館などではない。“ここ”は私だけの書斎のはずだ。悪魔などが入れる場所ではない!」
 相変わらずリトルには一瞥もくれず、彼は言い放つ。
「…………」
 何が何だか解らなくなって来た。
 彼は混乱を始めたリトルなど、始めから見えていなかったかのように本の頁を捲る手を止めようとしない。
「ねぇ、何をそんなに一生懸命になって調べてるの?」
 何気ない、リトルの一言に、彼は今まで止める事の無かった頁を捲る手を止めた。
「何を、だと?」
 顔を上げて、初めてリトルの方を向く。
「別に理由など無い。私は“全て”を知りたいのだよ。明確な目的など無い」
 目的のための行為ではなく、行為のための行為なのだと、彼は言う。
「それとも何かな? 何か理由が無いと、知識を求める事は赦されないというのかな?」
「そんな事は―――」
 無い、と言いかけてふと、妙な事に気づいた。
 書架に収まっている書、その全てを読み終えると、無数の書架が並んでいるにも関わらず、彼はまた最初から同じ本を読み続けるのだ。それはまるで壊れた蓄音機が何度も何度も同じフレーズを繰り返しているようにも見えた。
「――――――」
 あぁ、成る程。
 彼にとって、あの書架が世界の全てなのだ。
 最初と最後がつながっている永遠の連環。
 始まりと終わりが同義と化している世界。
 彼にとってはこの書架が自らの世界全てであり、それ以外の世界は存在しないモノなのだ。
 成る程、確かにそう考えればここは“彼の書庫”だ。
「……………」
 狂ったように、壊れたように、何度も同じ本を読み続ける彼に一瞥を向けると、リトルはその場から立ち去る事にした。
 あそこだけ、あの書架だけは確かに彼の世界だ。
 始まりを失い、終わりを見失い、止める事も出来ず、止める術を知らず。ただただ繰り返すだけの知。終わりと始まりが連結した、無限階段。
 それは、ただの牢獄。
 文字と知と書に囚われた、ただの牢獄だ。
 
「――――」
 ふと足を止め、リトルが振り返るとそこには誰も居ない。
 本が一冊、乱雑に散らばった本の山の上に乗っている光景だけが見えた。
 書は知。
 知は生。
 ならば書とは生そのもの。
 つまり彼は、あの書架に“居る”のだ。
 確かに、そう考えれば彼の気配が異常に希薄だったのも頷ける。
 これだけの力ある書の中に紛れてしまえば、“人間が書になった”程度の書の気配など、あっさり掻き消えてしまうだろう。ましてや、無数の書の中で、たった一つの書の気配など、わかるはずが無い。木の葉を隠すなら、という事だ。
 知を求めるという、彼の執念が、或いはこの図書館に収められた図書のひとつと一緒になったのか。
 彼はあのまま、永遠に知を求め続けるのだろうか。
 本の中の彼は、それを見る事が叶わないというのに。
 本の中の登場人物は、本の内容を知る事は出来ない。
 結局彼は、自らが知を求めるようになった理由を語る事は無かった。長すぎる物語は、時としてその物語の始まりを消失してしまうように。彼は、最後まで知る事を求めながら、しかし最後まで自らの事を知る事が出来ないのだろう。
知を求めながら、その始まりを知る事が無い永遠の二律背反。
 ならば彼は永遠に満たされる事が無い。
 そんな彼の事を思い、何故か主の事を思い浮かべた。
 書の海に溺れるように生き、知の地平を彷徨うように生きる主の姿と、彼の姿が被ったように思えた。
 彼女もまた、彼と同じように自らを知る事も無く知を求め続けるのだろうか。
 自らが知を求めるようになった理由を忘れ、それがあったことすら知らずに、知る事すら無く。
「リトル。早くして頂戴」
 そんな事を考えていると、とうの主に呼ばれ、慌ててリトルは駆けて行く。
「―――ありがと、次は向こうのをお願い」
 こちらを見る事も無く言う主の姿が、何故かリトルには酷く儚いモノに見えた。元々線の細い彼女であるが、それとはまた別の、まるで蜃気楼のような希薄なイメージ。
「…………」
 それを意識した瞬間、リトルは無言のままでパチェリーの背にしがみ付いていた。
「リトル―――――?」
 怪訝そうなパチェリーの声が聞こえる。その声もどこか遠い。
 何処までも真っ直ぐな道。始まりも無く、終わりも、また無い。ただ道だけが続いている道。
 永遠に思えるその道程を、ただ一人で、永遠に歩み続ける主の姿を、リトルは幻視したような気がした。
 何者と交わる事の無い、真っ直ぐな道。
 それはつまり、何処までも一人だということなのだろうか。
 
 長き道を歩む為には目的――或いはその始点――が要る。
 だが長すぎる道程は、時としてその目的を見失わせる。
 始点を失い、目的を失くして歩むのは、それは最早ただの惰性にも等しい。
 長きを生きるこの魔女も、そうなるのか。或いはすでに、もうそうなってしまっているのか。
 それを思うと、何故か、酷く悲しかった―――。

                                    End――――
ウドンゲー!(挨拶)
お久しぶりです、ミコトです。何かここに書き込むたびにお久しぶりです言ってるような気が_| ̄|○

と、いうわけで小さな悪魔の小さなお話シリーズ(シリーズ?)の二つ目です。……本当はむむむ氏のHP開設記念に載せる予定だったのに何故かこんな時期に……。うぅ……;; しかも何かとりとめが無い……。

自分がこの道(SSを書くという事)に入るようになった理由って何なのかな、と思ったのが今回の始まりだったんですけど……。どうでしょう? 自分が何を思って、何を願って今の場所に立っているのか、立とうとしているのか、読んでくれた人が、そう言うことを思い出す、或いは考えるきっかけになってくれれば良いなぁ、なんて思ったり……(差し出がましいですかね?
これを書いてる時に印象に残ったのは、種田山頭火の「まっすぐな道でさみしい」って句だったりします。

と、そんなところでひとつ。
ではまた。

BGMに陣内大蔵の「空よ」を聞きつつ―――。
ミコト
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コメント



0.1200簡易評価
11.60Barragejunky削除
上手いです。
主人公の選択がいいですね。彼女は物語を作り、切り開いていくよりこういった迷い込み、垣間見るような役どころがぴったりときます。
彼の書と出逢ったのが魔理沙やパチュリーであったのなら、また違った物語になっていたことでしょう。
テーマは高尚で難しいものであるのにすらすらと読み進めることが出来ました。ここら辺はすごく慣れているなあと痛感。
総じての評価は、やはり上手い、の一言に尽きるでしょう。
いや眼福であるとともに色々考えさせられるSSでした。ご馳走様です。
15.60MUI削除
本とは、文字とは、人に読まれて初めて生きているのであり、図書館という場所は私は墓場のように思えてなりません。

梅雨の頃でしょうか、以前にこの小さな悪魔の物語を投稿なさったのは。
続けて読ませて頂くと、彼女とパチュリーの間にはたしかな絆があるように感じられます。多くの人には価値の無い物が無限に眠る場所も、小さな悪魔にはかけがえのない場所なのでしょうね。
いつか2人にも華やかな陽が射しますように。
19.50RIM削除
本は読まれるために存在し、そのためだけに存在する。読まれない本は本と呼べるのか、それはただ紙の蓄積する墓場に過ぎない、ヴワル図書館は一種の墓場、図書館全てがそうなのかもしれませんね。
そこで本を読みつづける主と連れそう小悪魔彼女達にとっての図書館とは…。
重みのあるようでいて軽やかな文がとても素敵です。