Coolier - 新生・東方創想話

時の鳥籠 2話

2004/08/21 04:13:04
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『Border of “past and future”』




静かに、静かに、幻想郷を覆い始めた異変。最初に気付いたのは、3人だった。


――マヨヒガ、八雲宅。

「ら~ん~、もう一杯~」
「紫様、もうそろそろお止めになったほうが・・・・・・」
「なによぅ、ちょっとくらいいいじゃないのよ?」
「もうちょっとどころではありませんが・・・・・・はぁ」

酔っ払いに何を言っても無駄なことを知っているのか、藍はため息を漏らし、諦めたように酒を注ぐ。
赤ら顔でそれを眺め、一杯になったとほぼ同時に、ぐぃっ、と飲み干し、はぁ~っ、と息を吐く様は、誰がどう見ても中年のそれだったし、藍もそう思ったのだが、口にはしなかった。命が惜しいから。

「おかわり~」
「はいはい・・・・・・」

差し出されたお猪口に酒を注ぐ藍の姿は、無理やり居酒屋に連れていかれ、上司に酒を注ぐ部下の姿に似てなくもない。
だが、注がれた酒を一気に飲み干し、上機嫌に鼻歌まで歌う紫に、藍も釣られるかのように微笑んだ。

「紫様、機嫌がよいみたいですが、何かあったのですか?」
「あったわよ。それも、とっても面白いことが」
「どのようなことが?」

藍の質問に、紫はどこからか取り出した扇を口元に当て、可笑しそうに笑う。

「紅魔館のメイド長は知ってるわよね?」
「ええ、まあ・・・・・・目も当てられない状態にされましたから・・・・・・あの者が何か?」
「子供が出来たんですって」
「・・・・・・・・・・・・は?」

紫の口から語られた内容に、藍は耳を疑った。心中では「あのメイド長が!?」という叫び声が、真横で鐘を鳴らされたかのように響き渡っていたが、生憎と混乱しすぎて間抜けな声しか出なかった。
あまりの衝撃に未だに立ち直れない藍に、紫は可笑しそうに笑いながら、

「メイド長に似た顔立ちの女の子だったわよ。睨む表情もそっくり」
「・・・・・・」
「気迫まで一緒だったから思わず気圧されちゃったわ」
「・・・・・・」

楽しそうに話す紫に対し、藍は引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
あえてその心境を語るならば「あれが二人・・・・・・勘弁してほしいわ、本当に・・・・・・」だろう。
それに気付かず――あるいは気付いた上でなのか――、紫は楽しそうに言った。

「近いうちに見にいきましょうか。確かに睨まれると怖いけど、笑うと可愛らしいわよ?」
「・・・・・・謹んでご遠慮したいのですが」
「駄目よ」

藍の懇願を、しかし紫は無情にも即答で返す。
深いため息を漏らした藍だが、目の前に差し出された空のお猪口に気付き、半ば無意識のうちに酒を注ぐ。既に条件反射となっているらしい。
注ぐ途中でそれに気付き、うなだれる藍。それでも注ぐ手が止まっていないその姿は、哀愁漂っていた。
それを横目に、紫はなみなみと注がれた酒を口にしかけ――ふと、その動きが止まる。

「・・・・・・紫様?」

気配が変わったことを不審に思ったのか、眉根を寄せながら問いかける藍に、まだ酒の残っているお猪口を横に置き、すっ、と目を細める。
藍は、紫の言葉を待った。

「・・・・・・藍」
「はい」
「橙の調子はどうかしら?」
「橙ですか?元気が有り余ってる、という様子ですが」
「あなたは?」
「特に悪い部分もないですし、今すぐ弾幕勝負をしろ、と言われても支障はありません。・・・・・・それが何か?」
「藍、霊夢の所へ行って、紅魔館に連れてきて頂戴。橙は幽々子の元へ。そこに魔理沙とアリスもいる筈だから、4人共お願いね。私はちょっと調べた後、そのまま紅魔館へ行くわ」
「紫様?」

藍の疑問の声に、紫はすぐに答えず、立ち上がり、にっこりと、底の見えない微笑を浮かべて言った。

「発つ前に、あなたも、橙も、スペルカードの数を確認しておきなさい。騒動の予感がするわ。・・・・・・今じゃなくても、そのうちに、ね・・・・・・」


――紅魔館。

「パチェ、ここに置いてある本、ちょっと見せてもらうわね」
「別にいいわよ。・・・・・・珍しいわね、こんな夜中にここへ来るなんて」
「ちょっと、ね」
「ふぅん・・・・・・まあ、いいけど」

そう言って、椅子に座り、本を読み始めるパチュリー。
レミリアは机の上に置いてあった本を手にとり、パチュリーと向かい合うような位置に座り、読み始める。
しばらくの間、本のページをめくる音だけが、図書館の一角に響いていた。

「・・・・・・それにしても、今日の騒動は面白かったわ。咲夜の子供ってところが特に」

思い出したように呟くパチュリーに、レミリアは微笑んで相槌を打った。

「そう言えば、似ていたわね。咲夜の幼い頃ってあんな感じだったのかしら?・・・・・・本当に隠し子だったりして」
「じゃあ、将来は咲夜に並ぶメイドになるかもね」
「お掃除も今より速く終わるかしら?」
「レミィも遊んでくれる時間が増えるからいいんじゃないの?」
「美鈴のお仕置きも二倍増し?」
「そのうち本当に死ぬわよ。・・・・・・今でもいっぱいいっぱいじゃないの?」
「お説教の長さも母親譲り?」
「それは勘弁してほしいわ」
「そうよね」

その光景を思い浮かべたのか、大真面目な顔で互いに頷き、そして笑う。
クスクスと楽しそうに笑いながら、パチュリーは再び、思い出したように呟く。

「そう言えば、子供をベルって名付けてたけど、何か思うことがあったのかしら」
「それよ。どこかで聞いたことある名前なのよね。だから、ちょっと調べにきたんだけど」
「あら、そうなの?」
「どこかの神話で似たような名前を見たことがあるのよね・・・・・・どれだったかしら?」
「けど、咲夜って神話とかに興味あったかしら。偶然じゃないの?」

パチュリーの言葉に、レミリアは艶やかに微笑んだ。
見る者すべてを魅了し、狂わせるような微笑みを浮かべたまま、レミリアは楽しそうに言う。

「パチェ。私の能力を忘れたかしら?必然を偶然に、偶然を必然にする因果――それも『運命』なのよ?」
「・・・・・・そうだったわね」

返答するまで間が開いたのは、その微笑みに魅入られかけていたからだ。
100年生きた大魔女パチュリーでさえも、気を抜けば魅入られる程の微笑みを浮かべたまま、紅月の象徴であり運命の化身であるレミリアは楽しそうに呟く。

「だから、咲夜があの子にベルと名付けたのも、運命でしょうね。――その名前が意味するものも」
「・・・・・・真名?」
「それに近いかもしれないし、遠いかもしれない」

どこか引っかかるような言い方に、パチュリーは目で問いかける。
レミリアは微笑みを打ち消し、真剣な表情で言葉を続けた。

「パチェ、分かる?私でさえも見えなかったのよ。その名前の意味する因果が」
「――なっ」

語られた内容に絶句するパチュリーに、レミリアは真剣な表情を崩さない。

「こんなこと久しぶりだわ。だからどこか引っかかる――」

レミリアの言葉は、しかし備え付けられた時計が24時を指し示す鐘の音を聞いた直後、打ち切られる。

「・・・・・・?」

鐘が鳴り始めた頃から、レミリアは、ある違和感を感じた。試しに自分の力を使い、その違和感の正体を確かめようとし――目を鋭く細める。

「どうしたの?レミィ」

レミリアの異変に気付いたのか、微かに心配そうな声色で問いかけるパチュリーに、レミリアは口元だけで笑みを作って答えた。

「パチェ、最近の喘息の調子はどう?」
「え?・・・・・・良い、と言えば良いけど?」
「そう・・・・・・」
「どうしたの?」
「・・・・・・もしかしたら、美鈴とあなた、咲夜、フラン・・・・・・全員の力が必要になってくるかもしれないわ」
「また騒動?」
「ええ。それも、私の考えが正しいなら、静かで、それ故に確実に侵食する異変と、それに伴う騒動が起こるでしょうね。・・・・・・騒動の際、戦力が必要になるかどうかは、まだ分からないけど」
「お願いだから、あまり騒がしくしないでね」

パチュリーの言葉に、レミリアは妖艶な微笑を浮かべた。

「今までで一番騒がしくなりそうよ、多分・・・・・・ね」


――香霖堂。

ぐっすりと眠っていた店主、霖之助は、時計の針が丁度24時を差した時、ふいに目を覚ました。
ゆっくりと上半身を起こし、軽く首を振る。

「ん・・・・・・」
「起きたかしら?」

霖之助以外、誰もいない筈の部屋に、しかし確かに少女の声が響いた。
未だに完全に覚醒していないのか、頭を掻きながら周囲を見渡した霖之助は、真横に立つ日傘の少女を見つけ、ため息を漏らす。

「・・・・・・会うのは何年ぶりですか?随分と昔のような気がしますが」
「何年、という単位では終わらないわね。100年は確実に過ぎているわ。・・・・・・本題に入ってもいいかしら?」
「いやに急いでますね。最初に言っておきますけど、僕は『傍観者』の立場を崩すつもりはありませんよ・・・・・・で?」

ようやく覚醒したのか、眼鏡をかけて起き上がろうとした霖之助を手で制し、少女は言う。

「あなたも、異変に気付いた筈よ。いえ――気付いていた、と言うべきかしら?」
「何に、ですか?」
「とぼけても無駄よ。『ワールド・クリエイティブマスター』のあなたなら、誰よりも先に気付いていた筈よ。幻想郷を覆い始めた異変と、その正体に」
「・・・・・・それで、仮に気付いていたとして。僕にどうしろと?」
「あなたはどうもしなくていいわ」
「・・・・・・?」

訳も分からず首をかしげる霖之助に、少女は笑みさえも浮かべずに言葉を続けた。

「ただ、騒動になった際、あなたの『世界』を一時的に借りることの承諾を得にきたのよ」
「・・・・・・霊夢と魔理沙が繰り広げるような弾幕勝負、ですか?」
「そうならないことを祈るけれどね。構わないかしら?」
「別にいいですよ。けど、放っておけば、霊夢達が解決するでしょう?」

霖之助の言葉に、しかし少女は首を振った。

「正体を見極める前に、幻想郷を覆う異変――分かりやすく言えば結界なんだけど、それが完全に構築し終わる危険があるわ。一部なら気付いたかもしれないけど、既に第一、第二段階は終わっている・・・・・・最後の段階が完成するまで、時間との勝負になるわ。――いえ」

一旦言葉を切り、少女は微かに笑って、言葉を続けた。

「もう、そんな概念すら通用しないわね。ここでは」




咲夜とベルが寝付いてから、数時間後。
紅魔館が静けさに包まれている中、しかしその静寂を破る声が、咲夜の部屋の前で響いた。

「咲夜さん、咲夜さん!起きてください!!」

ドンドンと扉を叩くのは、門番である美鈴だった。何故か両腕に包帯を巻いている姿が痛々しいが、表情はそれにも増して切羽詰っていた。
だから、美鈴は気付かない。間違っていないとしても、己のしていることが、爆弾の導火線に火を点ける行為であることに。

「咲夜さ――」
――瞬間、形容しがたい物凄い音が、紅魔館の廊下に響いた。


「・・・・・・睡眠妨害してまで私を呼ぶ理由は何かしら、美鈴?」

後ろからかけられた声に、美鈴、返事をする余裕すらない。扉には美鈴の体の形に添ってナイフが突き立てられていた。
美鈴はひしひしと感じていた。後ろを振り返れば、これ以上ない恐怖を覚えるだろうと。だが、振り返らなければ、確実に殺される、とも。
恐る恐る、振り返った美鈴は、恐怖のあまり顔が引きつった。
そこには、寝巻き姿のまま両手にナイフを持ち、時を止めて背後に回ったであろう咲夜が立っており、完全故に作り物だと一目で分かる笑みを浮かべていた。勿論、目は紅い。
恐怖のあまり声を出せない美鈴に対し、咲夜は止めとばかりに言う。

「あの子――ベルも寝ていたってことも考慮してくれると、とても助かったんだけど」

口調こそ穏やかだが、過去形なところが、咲夜の心境と美鈴の末路を何よりも雄弁に語っていた。

「ちょ、咲夜さ、ん・・・・・・一応、話を聞くだけは、聞いてください・・・・・・」

搾り出すような美鈴の声に、咲夜は顎に手を当て、ふむ、と呟いた。

「それもそうね。言ってみなさい、美鈴。もしくだらない用事だったら・・・・・・」

分かってるわね?と、まるでナイフの刃のように鋭く目を細める咲夜に、美鈴は引きつった表情のまま言った。

「お、お客さん、です・・・・・・」
「私に?こんな時間から?」

そう言って、窓の外に目をやる咲夜。未だに満月の光が地上を照らしており、咲夜が覚えている限り、寝る前と比べて、その位置はほとんど動いてないように見えた。
だが、美鈴は首を振った。

「咲夜さん、こんな時間って・・・・・・咲夜さんが寝てから、多分5時間は経っていますよ?時計を見てないので、正確には分かりませんけど・・・・・・」
「え?だって外は――」
「そのことも含めて、お嬢様とお客さんから話があるそうです。一足先にお嬢様のお部屋に案内しています。だから・・・・・・」

不安げに伺う美鈴に、咲夜は頷いて答えた。既に瞳の色も、元に戻っている。

「お嬢様も呼ぶような用件なら、しょうがないわね。ベルの相手をしてて頂戴」
「は、はい」

命が助かったことに安堵のため息を漏らす美鈴を尻目に、咲夜は着替える為に部屋へと戻った。
ベッドから起き上がり、眠そうに目をこすっていたベルは、急いで着替えを始めた咲夜の姿を見て首をかしげた。

「お母さん、どうしたの?」
「ちょっとお嬢様に呼ばれたから、行ってくるわ」
「私もいくー」
「駄目よ」
「私もいくー」

駄々をこねるベルに、しかし咲夜は首を振った。

「美鈴が遊び相手をしてくれるから、おとなしくしてなさい。いいわね」
「うー・・・・・・」

頬を膨らませるベルの姿は可愛らしくもあったが、それでも咲夜は「いい子だからおとなしくしなさい」と釘を刺し、足早に、レミリアの部屋へと向かった。
その様子を眺めていた美鈴は「もうしっかりお母さんだなぁ」と思ったが、口にはしなかった。命が惜しいから。



「失礼します、お嬢様」

丁重に部屋のドアを開け、中に入りかけた咲夜は、レミリアの他に意外な人物を認めて、思わず呆然と立ち尽くした。

「待ってたわよ、咲夜」
「・・・・・・久しぶりだな」

優雅に紅茶を飲むレミリアの正面に座っていたのは、本来なら幻想郷内のある村を守っている筈の少女――独特の服を着た、複雑な表情を浮かべている半人半獣の娘、上白沢慧音だった。
思わず目で問いかける咲夜に、レミリアは微笑んで答える。

「ちょっとした用事でここに来たのよ。それと、誤解は解いておいたから」
「誤解、ですか?」
「ええ。そして私があなたを呼んだのも、ちょっとした事情説明のためね。とりあえず座りなさい」
「しかし、お茶を・・・・・・」
「お茶会する暇はないわ、今回に限ってはね」
「はあ・・・・・・」

理由が分からず、それでも促されるままに座る咲夜。
それを横目に、レミリアはカップを置いて、慧音に話を振る。

「さて――ワーハクタクのお嬢さん」
「慧音だ」
「じゃあ、慧音。ここへ来た際の用件をもう一度説明してもらえないかしら?」
「分かった」

頷き、慧音は出されていた紅茶を一口飲んだ後、真剣な表情で言った。

「私が村の守護をしているのは知っているだろうが・・・・・・その村の人間達が、全員動かなくなった。いや、人間だけじゃない。ここへ来る最中も、妖怪も、動物達も、ほとんどが動いてなかった」
「どういう・・・・・・?」
「話は終わってない。辛うじて動いている妖怪達に確認してみたが、比較的強い力を持つ者ならば、多少は動けるらしい。・・・・・・話している最中に止まって動かなくなる、ということもあったから、現在進行形で異変は起こっている、ということになる。始まりは唐突だったが、後はじわじわとくるタイプだな。当然、私たちも影響を受けている筈だ」
「違和感を感じたのは24時よ。調べてみたけど、館の時計すべてが24時前後――これは時計によって誤差があるせいでしょうけど、そこで止められていたわ。・・・・・・まだ動く筈のものまで止まっているのよ」
「極めつけが、外だ。満月が24時の位置からまったく動いていない。――時が止まっているかのように、な」

そこまで言って、慧音は決まりが悪そうに咲夜の方を向き、

「時間を止める程の力を持つのは、お前しか心当たりがなかった。だから――」
「だから、最初はあなたの仕業じゃないかってここに来たのよ。勿論誤解だったんだけど」
「・・・・・・よく考えれば、幻想郷の時を止める程の大掛かりなことをする理由が、思いつかなかったから、な・・・・・・」

そう言う慧音に、咲夜は頷き、そして首をかしげた。

「では、一体・・・・・・?」
「私もそれが分からない。だからまだここに留まっているんだ。何か手がかりがないかと思ってな」

二人揃って首をかしげる中、レミリアは手を口元に添え、何かを考え込んでいた。
と、その時、唐突に部屋の扉が開かれた。三人分の視線が向けられた先にいたのは、美鈴と遊んでいる筈のベルだった。寝巻き姿のままである。

「・・・・・・お母さん」
「ベル?どうしてここに?」

答えず、ベルはとてとてと歩いていき、咲夜の足に抱きつく。突然現れた子供に呆気に取られていた慧音だったが、その微笑ましい光景に、釣られるように笑みを浮かべる。
丁度その時、後を追うようにして美鈴が登場。その表情には焦りが浮かんでいる。

「すみません、咲夜さん!ベルちゃんが迷子に・・・・・・て、あれ?」
「一体どうしたの?美鈴」
「いえ、ちょっと目を離した隙に部屋からいなくなっちゃって・・・・・・ねえ、ベルちゃん。どうやってここまできたの?」

美鈴の疑問はもっともだった。働いているメイド達でさえ、館の内部を完全には把握していない――しきれていない、というのが正確だ。館中の空間が操作されているためであり、見た目以上に広い。それを完全に把握しているのは後にも先にも咲夜のみである。
余談だが、内部を完全に近い形で把握しているのが、意外にも年中門の前に立っている筈の美鈴であり、それを不思議に思った館中のメイド達の間で、七不思議の一つとして囁かれている。種を明かせば、休憩時間の際につまみ食いに来て迷い、しかし通った道すべてを覚えているだけであり、驚くべき記憶力と食い意地の賜物なのだが。
ちなみに、その日、休憩時間が終わっても姿を現さなかった美鈴は、咲夜から世にも恐ろしい地獄を味わわされていたりもするのだが、それは別の話。
美鈴の質問に、ベルはきょとんとして答えた。

「こっちにお母さんがいるような気がしたから行ってみたの」

自分でもよく分かっていないらしい。その解答に美鈴はもとより咲夜でさえも脱力した。レミリアはその様子を微笑ましげに眺め、慧音は何故か、僅かに眉根を寄せていた。

「・・・・・・お嬢様」
「ええ、いいわよ。あなたに伝える話は終わっているし。また何かあったら呼ぶから、その子の相手をしてなさい」
「しかし、お掃除が・・・・・・」
「一日くらい非番をとっても罰は当たらないわよ?それくらいあなたは働いてるんだから、たまには気分転換しなさい」
「・・・・・・申し訳ありません。それでは、お言葉に甘えて、失礼致します。ベル、美鈴、行くわよ」
「うん」
「あ、はい」

そう言って、咲夜達は退室し、そのまま部屋へと向かった。ベルが寝巻き姿のままであり、着替えさせないといけないためである。
部屋の前に着いた咲夜は、後ろにくっつくようにしてついて来たベルを見下ろし、穏やかな口調で聞いた。

「ほら、着替えてらっしゃい。一人でできるわね?」
「うん」
「一応、私も見ておきますか?」
「じゃあ、お願いしようかしら・・・・・・それより美鈴、門番の仕事はいいの?」
「今が5時なら、丁度休憩時間ですし、大丈夫ですよ」

そう言って、ベルと一緒に部屋に入る美鈴を見送ってから、咲夜はポケットから銀の懐中時計を取り出す。
いつも肌身離さず持ち歩く時計は、5時15分を指し示し、今尚動いていた。
それを見て、咲夜はふと思う。

――館中の時計が24時で止まっていた、とお嬢様は言っていたけれど・・・・・・では、何故、私の時計は動いているの?

「私の時は、止まってはいない・・・・・?」

自問するかのような咲夜の呟きに、答える者は、いない。



退室した三人の後姿が見えなくなってから、レミリアは楽しそうに笑った。
それを横目に、慧音は不思議そうに首をかしげながら、

「子供なんていたのか?」
「昨日できたみたいよ」
「・・・・・・昨日?」

誤解を招きかねない――むしろそれを望んでいるかのようなレミリアの言葉に、慧音は耳を疑うような表情を浮かべたが、ふいに真顔になる。

「それよりも・・・・・・質問に答えろ」
「程度にもよるわね、何?」
「あの子供は、本当に人間か?」

その言葉に、レミリアは目を細める。

「・・・・・・理由は?」
「確証がないが、妙な違和感を感じたような気がした。あくまで気がした、という程度の話なんだが・・・・・・」
「あなたもなかなか鋭いわね」

響いた声は、しかしレミリアのものではない。
二人の視線が、先ほどまで咲夜が座っていた椅子の付近に集中した時、虚空に線がすぅっ、と引かれ、それが分かれる。そこから覗くのは、境界の中――そこに囚われて同化し、生きることも死ぬことも出来ずにいる『何か』の目と手。
常人であれば見ただけで気が遠くなりそうな空間の中から、結界と境界を統べる女性、八雲紫はゆっくりと浮き上がり、優雅な動きで線の上に座った。
その様子を、しかし二人は軽く鼻を鳴らす程度にしか反応しなかった。

「怖がる者がいるわけでもないのに、普通に出てこないの?」
「凝りすぎだろう」
「あら、これくらい凝らなくちゃ、そのうち、あの子みたいにカリスマ無しとか言われそうだもの。それに驚く人は驚くから、その反応を見るのも面白いわよ?今度ご一緒にどう?」
「驚かせた後に食料にするなら、咲夜か美鈴でも連れていってほしいわね。今はまだ備蓄があるみたいだけど」
「・・・・・・里の人間に手を出したら、ただじゃおかないからな」

紫の提案に、レミリアは楽しそうに笑い、対照的に慧音はしかめ面で釘を刺す、といった具合に、まったく違う反応を示す。
その様子を可笑しそうに眺める紫に、慧音はしかめ面を浮かべたまま問う。

「ところで、鋭い、とはどういうことだ?」
「簡単なことよ」

どこからか取り出した扇を広げて口元を隠し、底の見えない微笑みを浮かべて、紫は言葉を続ける。

「あの子は人間じゃないわ。そして、妖怪とも違う存在」
「・・・・・・何?」
「人間じゃない存在をすべて妖怪というのなら、その定義に当てはめてもいいのだけれどね」
「どういうことだ?」
「その前に、この異変について分かったことから話しましょうか」

話を変えられ、しかしそれについて異論はないのか、しかめ面のまま頷く慧音。

「ちょっと調べてみたんだけど、博麗大結界の内側に、幻想郷全体を覆うようにして、新しい結界――と言っていいのか分からないけど、便宜上そう呼ぶわね。それが構築されていたわ。それもかなり強力な、ね。迂闊に近寄ることさえ出来なかったわ」
「何故だ?結界はお前のお家芸じゃないのか?」
「あれに近づけば近づくほど、『時を止められる』圧力が高まっているのよ。試しに、威力を何通りかに加減した妖弾を撃ってみたんだけど、弱いものは放った瞬間に止まったわ。近づいたら、私でも無事にいられたかどうか」

肩をすくめる紫に、慧音は険しい表情を浮かべる。

「それが時を止めている正体か」
「そうみたいね。構築されたのは、恐らく24時。しかも計ったように、昨日と今日、今日と明日の境界で止められていたわ。どちらでもあり、どちらでもない時間に止めることが、果たして人や妖怪に出来るかしら?」
「人間や妖怪以外の存在が、この異変に関わっているのか?」
「その可能性が高いわ。勿論、偶然止めることができた、というのなら、人や妖にも可能なんだけどね。問題は、何故その境界で時を止めたのか、というところ。流石にその理由ばかりは分からないけどね」

お手上げだ、とばかりに匙を投げる紫。レミリアは俯いたまま考え込み、慧音は険しい表情を崩さない。
しばらくの間沈黙が続いていたが、ふと、慧音が思いついたように呟いた。

「・・・・・・まるで、過去と未来の狭間にいるような気分だな」

その言葉に、紫は目を鋭く細め、レミリアははっと顔を上げ、同じく鋭い目つきで問う。

「どうしてそう思ったのかしら?」
「ん?いや・・・・・・時が止まっているということは、過去も未来もない筈だからな。現在がいつまでも続いているような気がしただけだ」
「・・・・・・現在?」
「現在なんて思う瞬間から、それは過去だろう。思おうとすればそれは未来だ。現在なんて、知覚できる程長い時間じゃないからな。人間だろうが妖怪だろうが、同じことが言えるはずだ」

慧音の言葉に、紫は目を細めただけだったが、レミリアは俯き、言葉を繰り返す。

「・・・・・・過去、未来、境界、現在・・・・・・まさか・・・・・・!」

そして、唐突に立ち上がった。
突然の行動に目を白黒させる二人に対し、レミリアは微笑む。

「・・・・・・気になるなら、本人に聞きにいきましょうか」
「犯人が分かったのかしら?」
「間違いないわね。こんなこと、彼女しかできないわ。後の二人ではまず不可能」

レミリアの言葉に、紫、慧音共に絶句。約五秒程固まった後、慧音が椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。

「三人もいるのか!?」
「いるわよ。但し、今回の件に関わっているのは一人だけね。残りの二人は無関係でしょうけど」
「どういうことかしら?」
「まさか、こんな東方の地に現れるとは思わなかったから、今まで見落としていたけれど・・・・・・」
「レミリア?」

紫の疑問の声に、しかしレミリアは答えず、艶やかな笑みを浮かべ――だが、その目は笑っておらず、深紅に染まった瞳で二人を見つめる。

「会いに行きましょうか。この騒動の元凶であるお嬢さんに」
時を操る』という能力。そして冷徹な銀の刃。その二つが琴線に触れたためか、十六夜咲夜、という人物そのものが、自分の中でどんどん神格化されていく今日この頃。簡単に言えば、咲夜贔屓。他にも好きなキャラばかりなのに何故かダントツ。何故だ。

考えてみれば『時間』というのはそこにあるけれど、川の流れ、人の動き等、自分以外の何かを見ることでしかそれを確認することができない。自分自身を見て「成長したな」と、過去と比較対照するのならともかく「今も時間が経過している」とは思わないでしょう?少なくとも僕は思いませんし、何気ない動作だからこそ気付かないだけなのかもしれませんが。
幻のように不確かで実体がなく、だけど「そこにある」と、他の何かを見ることで感じることが出来る確かさも持つ矛盾。
それを自在に操る存在、十六夜咲夜。個人的にツボ。・・・・・・そうか僕の咲夜贔屓の原因はここかorz

もう一つ思ったのは『時を止める』というのは、ある境界を操る、ということではないのか、ということでした。
文中でも慧音が語っていますが、過去と未来に挟まれた『現在』は限りなく0に近い、刹那よりも短い時間だけであり、知覚しようとする瞬間から、それは過去である。それこそ時を止めない限り、人や妖が『現在』を感じることは出来ない。だからこそ、副題の『Border of “past and future”(『過去と未来』の境界)』。

そして、文中の「12時(正確には24時)」に関しても、昨日と今日、今日と明日の境界であり、同時に二つの境界を兼ねる不思議な、そして最も曖昧な時間。もし、その瞬間に時を止めることができれば?
まあ、それすらも『過去と未来』の境界と一つに括ることもできますが。


なんだか異論反論多々きそうな後書きですが「むしろこい」という感じでお待ちしております(お前が待て

それと、ここで(ここから本格的に?)前回の長編設定が出てきます。
とは言っても霖之助の出番はここだけ。予定外で出てきたとしても活躍の場面なし。絶対に(笑


さて、真面目な話はここまでにして(ぇ
本当に余談なのですが、知り合いに意見を求めるためにこの話をしたら「お前ギャグキャラだから真面目な話は似合わない」て言われた・゚・(ノД`)・゚・。
僕はギャグキャラなのかそーなのかー
まあ実際何もない平坦な道路で転んだことがある時点でギャグキャラなんでしょうがorz
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コメント



0.930簡易評価
12.30ym削除
なかなかシリアス気味に話が進んでて、続きが気になるんですが・・・。
うーむ、過去・未来・現在・お嬢さん・3人というキーワードって、どうにもアレを思い起こさせますw

それにしても、ここでもやはり中国は中ごk(ry