Coolier - 新生・東方創想話

ただ、それだけの一日。

2008/09/17 01:58:47
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「ねえ、貴女誰?どうしてここにいるのかしら?」


紅魔館。悪魔の棲む館のバルコニーで、主たるレミリア・スカーレットは招かれざる客に問うた。
今日は程よく空が曇っていたので、日傘(咲夜)も必要ないだろうと一人で日課である”幻想郷を見渡して支配者気分”を楽しもうとやって来たら、そこに見知らぬ人間が居た。
見知らぬ人間。ならば侵入者だ、何の遠慮もなく排除したところで問題は無いが、目的と辞世の言葉くらいは聞いてやろう。その後で優しく殺してあげればいい。

「えっと、本日はお招きいただいてありがとうございます。あの、レミリアさんですよね?」

「招いた覚えはないけれど。私のことを知っているということはここがどこだか理解しているようね。というか館に侵入を許すなんて、門番は何をしているのかしら」

「挨拶をしたら通してくれましたよ?」

「……」


ザルであったか。
まあ、ここで消してしまえば同じことだ。
それに、最近はのんびりとしすぎて吸血鬼としてどうかなとか思わなくもないので、新鮮な血を啜るのも良いだろう。
さようなら儚き命、こんにちは今日のおゆはん。妹にもお裾分けをしてあげよう。


「貴女が何者かなんてもうどうでもいいわ。この紅魔館に侵入しておいて無事に帰れるとは思わないことね。光栄に思いなさい、このレミリア・スカーレットが直々に手を下してあげるのだから。何か、言い残すことは?」

「ちょ、ちょっと待ってください!私は本当に招待されて……ここに居ろって」

「主である私が知らない客?そんな馬鹿な話があるわけないでしょう。――往生際が悪いよオマエ」


そうして、久方振りに高ぶる吸血鬼としての本能に身を委ねようとしたその時に、


「お嬢様、その方は私の招いた客人ですわ。殺されては困ります」


ヒロインの危機を救うヒーローのように、しかしどこか悪戯っ気を含んだ表情で悪魔の従者が現れた。


「咲夜」「咲夜さん!」


ティーポットとカップ、スコーンを載せたトレイを持った十六夜咲夜は2人に近づきながら言った。


「ごめんなさいね、お茶の準備をしていたら少し時間がかかってしまったの」

「うぅ、怖かったんですからねっ」

「替えの下着ならすぐに用意するわよ?」

「漏らしてません!」

「そう、残念」


軽いノリのやりとり。この見知らぬ人間と咲夜は親しい間柄のようである。しかし納得がいかない。


「咲夜。私に話しも通さずに客を招くなんてどういうことかしら」

「あら、お話はしましたよ。昨日言ったじゃありませんか、巫女を招いてもかまいませんか?と」

「ええ、聞いたわ。霊夢でしょう?」

「違いますわ。最近の幻想郷では巫女といえば霊夢だけではないのです。霊夢と、ここにいる――」


と、見知らぬ人間の方を向いて


「東風谷早苗のどちらかなのです。早苗、このお方が私の主であるレミリア様よ」

「あ、はい。初めまして、東風谷早苗と言います。改めて、本日はお招きいただいてありがとうございますレミリアさん」


ぺこりと頭を下げて挨拶をしてくる、見知らぬ人間改め東風谷早苗。


「……招いた覚えはないけれど、招く許可は出していたみたいね。ようこそ悪魔の館へ、東風谷早苗さん」



こうして、早苗はようやく正式な客人として紅魔館に迎えられた。










「ところで咲夜、私が勘違いするように巫女なんて言い回しを使ったりさっきの出てくるタイミングといい、わざとね」

「あら、分かりますか?」

「分かるわよ、ここまで面白いことになればね。まあ、あなたが悪戯好きなのは最初から分かっていたことではあるけれど」


「酷いです咲夜さん、陥れたんですか!?」

「陥れたなんて心外ね。私はただ早苗が慌てる姿を見てみたかっただけよ」

「そんなもの見なくて結構ですっ」


ぷくーっと頬を可愛らしく膨らませ、涙目で咲夜に抗議する早苗。
主人として咲夜の非礼を詫びてやるべきか。


「私の従者が迷惑をかけたみたいね」

「あ、いえ、いいんです咲夜さんこういう人ですから。困ったものですけど」

「そうね、主人でさえ利用するのだから本当に困ったものだわ」

「あらあら」


早苗と一緒になって責めてやったが、特に動揺した様子もない咲夜。この小悪魔め。


「さ、いつまでも立っていたままでは落ち着きませんわ。どうぞ席にお着きになってくださいお嬢様。早苗も、どうぞこちらへ」

「ふう、そうね。喉が渇いたわ」

「は、はい。失礼します」


2人はそれぞれ席に着いた。先ほどのことがあるからか、早苗は多少緊張した面持ちでレミリアの正面――より少し斜め前に座った。真正面だと自然に向き合う形になるので、気まずいのだろう。
咲夜はいつものようにレミリアの傍らに立って紅茶とお菓子の用意をしようとしていた。


「咲夜も座りなさい。あなたが招いた友人なのでしょう?そのあなたが立っていたままでは早苗だって落ち着かないわ。私に遠慮する必要なんてないわよ」

「そうですね、私も座らせていただきます。では紅茶は各自で注いでください。お代わりは自分で作ること」

「いきなり扱いが適当になったわね」

「和やかさを演出して早苗の緊張を解す為の配慮ですわ。本当は主人に奉仕できないなんて、従者として歯痒い気持ちで一杯です」

「笑顔で言われても。まあいいわ、客人を優先するのは当然だものね」

「理解の深い主人で咲夜は幸せ者です」


と、いつものように飄々とした従者と軽口を叩いていると、早苗が居心地悪そうにモジモジするのが見えた。


「あら、ごめんなさい。お客様を放っておくなんて」

「いえ、あの……はい……」


実際、どうしたらいいのか分からないのだろう。常にマイペースなもう一人の巫女や、遠慮という言葉をどこかに置き忘れた魔法使いならばともかく、普通は初対面の相手、しかもつい先ほど殺気を浴びせられた吸血鬼と気安くお喋りなどできるはずもない。見たところ、それほど器用でも神経が図太くもないようであるし。
とりあえずは早苗の話題を中心に話をするべきか。


「うちの咲夜とはどこで知り合ったのかしら」

「2ヶ月ほど前に里で。早苗ったら、お買い物をしていた私に話しかけて情熱的に誘うんです。所謂ナンパですわ」

「違っ、逆です!お店でどれを買えばいいのかわからなくて困っていた私に咲夜さんが声を掛けてくれたんです!」

「そういえばそうだったわね」

「そうです!からかわないでくださいよ、いつものことですけど」


からかう咲夜に慌てる早苗、この構図はいつものことらしい。


「咲夜さんは、幻想郷に慣れていなかった私に親切にしてくれました。品の良し悪しの見分け方や値切り方など、色々と教えてもらったり」

「驚くほどに何も知らなかったものね、早苗は」

「お恥ずかしい限りです。外の世界では自分で何かをするなんて殆どなかったもので」

「まったく、それでよく幻想郷での生活を決めたものだわ。そのうち料理も教えてあげる。7日続けて納豆と野菜炒めだなんて、いくら神様でも泣くわよ」

「面目ないです……ご指導お願いします、咲夜さん」

「ええ、優しくしてあげる。手取り足取りじっくりねっとり」

「じっくりねっとりは必要ないです」


まるで姉妹のように仲の良い2人。微笑ましいことである。
飄々としながらも生活能力のある姉と、真面目な性格だが何もできない妹。良いコンビだ。


「随分と庶民的な事を教えているのね。咲夜、あなた店で値切ってるの?」

「はい」

「値切りなんてセコい事をすると、吸血鬼としての威厳が」

「私は人間ですわ。それに、紅魔館の財産だって無限ではありません、節約できるところでしておかないと」

「紅魔館の住人なのだから傍から見れば同じよ。それにしても世知辛い世の中ね」


まさか値切っていたとは。もしや既に里では紅魔館は親しみやすい湖の向こうの悪魔さん家として認識されているのか。
恐怖と絶望こそが悪魔の証明。もう一度あの栄光を取り戻すために異変でも起こしてやろうかと思っていると


「ふふっ、でもそのおかげで咲夜さんと仲良くなれたから私は感謝したいです」


そう言って、早苗が微笑んだ。
春のような暖かさのある笑顔。周りを和ませる、心地よいものだった。











「それにしても、霊夢の他に巫女がいたなんてね。驚いたわ」

「少し前に幻想郷に来たんです。山の上に神社を構えてて。その、本当は巫女じゃなくて風祝なんですけど実務内容は大差ないし巫女の方が覚えがいいので巫女で問題ない、です」

「そう。貴女も妖怪退治をするのかしら」

「い、いえ。妖怪の山に住んでいるわけですし、今のところ信仰の大半が妖怪の皆さんによるものなので……よほどの有事でなければ」

「ということは貴女は人間なのに妖怪の味方なのね」

「ち、違います!あ、いえ妖怪がどうこうというわけではなくて」

「冗談よ。少しからかってみたかったの」


咲夜が早苗をからかうもの少し分かる気がする。必死に弁解している姿を見ていると、得も言われぬ感情が沸いてくるような。
それに、人間を苛めるのは悪魔の本分であるからして。


「早苗。貴女、可愛いわね。……欲しいわ」

「ふぇっ!?」

「だめですよ、お嬢様。早苗は私のものなのですから」

「にゃっ!?」

「あら、従者のものは主人のものよ。大人しく引き渡しなさい」

「いくらお嬢様のお言葉とはいえ、引けませんわ」

「ま、待ってください!私の意志は!?」

「え?」「??」

「心底不思議そうな顔をしないでくださいっ。それに私は咲夜さんのものじゃありません!」


顔を真っ赤にして、ほとんど涙目だ。少しやりすぎたか。
いけないいけない、こういう事はゆっくりじわじわと……ではなく、客人は大切に。


「こほん。私としたことが、からかいすぎたわね」

「ええ、これも早苗が可愛いのがいけないのよ」

「私のせいですか」


ぷくっと小さく頬を膨らませる。可愛いものだ。
しかし早苗で楽しむのも程々にしなければ、止まれなくなってしまう。


「ところで、早苗は私と咲夜のどちらを選ぶのかしら?」

「ひゃいっ!?」


止まれなかった。











和やかなお茶会。
巫女と吸血鬼とメイドの集まり。
奇妙な組合せだが幻想郷ではさして珍しくも無い光景。
冬の冷たい風に吹かれながらも暖かい団欒。
穏やかな時間は、ゆっくりと過ぎていった。





「今日はありがとうございました。とても、楽しかったです」

「帰るの?」

「はい、そろそろお夕食の用意をしないといけない時間ですので」


もうそんな時間だったか。確かに日も傾いてきている。
本来吸血鬼にとっては一日の始まりのようなものだが、今や昼行性となったにレミリアとってもまた、館の中に戻る時間である。


「咲夜さんも。素敵な時間をありがとうございました」

「ええ、私も楽しかったわ。……今日も野菜炒め?」

「違いますっ。今日は河童さんが夏に獲って保存していた鮎を頂いたので焼いてみようかな、と」

「鮎ね。網で焼くのなら、事前に網を十分に熱しなさい。塩は粗塩を使って、少々多めに振っても構わないわ」

「はい、咲夜先生」

「あら、先生だなんて他人行儀ね。親しみを込めてお姉様と呼んでくれていいのよ」

「呼びません」


2人のじゃれあいは最後まで続くようである。


「――早苗。さっきも言ったけれど、従者のものは主人のもの。貴女が咲夜の友人ならば、私にとっても貴女は友人ということよ。困ったことがあればいつでも言いなさい、このレミリア・スカーレットが必ず助けになりましょう」

「……レミリアさん。ありがとうございます、とても嬉しいです」


名残惜しそうにしながらも、早苗はゆったりと空に浮かび上がった。


「さようなら、早苗。次は楽しい宴を催して歓迎してあげるわ。その時は神様も連れて来なさい」

「はい、必ず。レミリアさんや咲夜さんも、是非神社に遊びに来てくださいね」

「ええ、必ず」


「さようなら、咲夜さんレミリアさん。本当に、ありがとうございました」


そうして、早苗は山の神社に帰っていった。










「面白い人間だったわね。自分自身は余裕が無いくせに、周りには不思議な暖かさを与えるなんて」

「ええ、本当に面白い子です。でも、最初に会った時からは随分と変わりましたよ。それこそ、少し叩けば壊れる硝子のような感じでしたから」

「あなたが早苗を変えたのかしらね」

「さあ、どうでしょう。ただ、まだまだ足りませんね。この幻想郷では暢気な位が丁度良いのです」

「そうね」


全くその通りだ。幻想郷には沢山のものが存在している。
その全てを受け入れ生きていくには、暢気さというのは重要である。
しかしそれにしても


「驚いたわよ、咲夜」

「何がですか?」

「あなたが人間と親しくしていたこと。昔はそれこそ触れれば斬れる鋭利なナイフの様だったのに」

「今でもナイフ捌きの腕は衰えていませんよ」

「ただ、使いどころは以前ほど多くなくなってきたわ」


悪魔の従者・十六夜咲夜。昔の咲夜は同族である人間に対して冷たかった。勿論、吸血鬼に仕えているのだから当然だ。手にかけることも多くあった。
だからその冷たさは必然である。
しかし、紅霧異変が――腹立たしいことではあるが――霊夢達の手によって収束した後から咲夜は少しずつ変わっていった。そして今日、確かに変わったのだと確信することができた。
東風谷早苗という幻想郷に馴染めていない人間に接し、変わる手助けをしていた。それは人の温かみである。


「あなたのその温かさは本物。あなたもまた、変わったわ」

「そうでしょうか」

「そうよ」


十六夜咲夜は悪魔の従者である、それは永遠に変わらない。
この温かみが良い事か、それとも悪い事かはわからない。
だけど、きっと良い事なのだと思いたい。
過去は変わらない。変わったという事実を変えることは出来ない。
ならば、その先にある未来が幸せなものであることを願うだけだ。
心配ない。咲夜はレミリア・スカーレットの従者だ、この素敵な吸血鬼に仕えて幸せになれないわけがない。


「あなたの運命は私のもの」

「その通りですわ、我が主」


運命を操る吸血鬼、レミリア・スカーレット。
その名にかけて、誓う。あなたの運命を必ず最高のものにしてみせましょう。










今日は素敵な一日だった。
大切な事を知ることが出来た。
大切な友人を得ることが出来た。


“今日は、お茶を飲みました”
ただ、それだけ。でも、とても素敵な一日。




明日もまた、素敵な一日でありますように。
「東方ほのぼのSSを書こうとしたら、マ○みてになっていた」
な…何を言ってるのかわからねーと思うが(略

初めて投稿させていただきます。
そもそも物語風の文章を書いたのも初めてだったので色々と反省点が。とにかく地の文を安定させたい。
最初は「早苗さんが咲夜さんにイジられるって何か良いかも」という思いだけでプロットも何も考えずに書き始めたのですが、気がついたらお嬢様の話に。
おかしい…当初は緋想天のように可愛らしいれみりゃを書くつもりだったのに。世の中うまくいきませんね。
それにしても早苗可愛いよ早苗。少しイジりすぎたような気もしますが、それも愛ゆえに。

これからもイジられる早苗を妄想していきたい所存であります。
それでは、失礼します。

※指摘していただいた部分を修正。これで間違いはなくなった…かな?
桜田
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コメント



0.4200簡易評価
11.100煉獄削除
おおお・・・? この組み合わせ、新鮮で尚且つ面白かったです。
早苗の弄られっぷりとその表情、そして三人の会話がなんとも和ませてくれますね。
ゆったりとした時間の流れの中でお茶をする三人はとても良いものでした。
これからもそんな日常が続けば良いですねぇ・・・。
28.100名前が無い程度の能力削除
好いね、とても好い。
31.90名前が無い程度の能力削除
いじられ早苗さんだと?すばらしい!
51.100名前を表示しない程度の能力削除
さあ更にいじられる早苗さんを書く作業に移るんだ。
55.無評価桜田削除
皆様、コメントありがとうございます。

>煉獄さん
接点が薄そうに見えるからこそ、組み合せてみると面白かったりしますよね。
大人なレミリアのおかげで場の雰囲気が安定してくれました。この面々の絡みはまた書きたいなー、と思ってます。
いじられ早苗可愛いよいじられ早苗

>28さん
シンプルだからこそ、余計に嬉しさの込み上げるお言葉です。ありがとうございます。

>31さん
早苗さんはいじられてこそ!

>名前を表示しない程度の能力さん
いじられる早苗さんをどんどん生み出していきたいであります!
63.60名前が無い程度の能力削除
かぎかっこの締めって言うのかな
「○○○。」ってなってるけど、」の前に。はつけなくておkなんだぜ
。」ってなってる回数分*10点減点でこの評価
(「分かるわよ、ここまで面白いことになればね。まあ、あなたが悪戯好きなのは最初から分かっていたことではあるけれど。」
「さ、いつまでも立っていたままでは落ち着きませんわ。どうぞ席にお着きになってくださいお嬢様。早苗も、どうぞこちらへ。」
「こほん。私としたことが、からかいすぎたわね。」
「さあ、どうでしょう。ただ、まだまだ足りませんね。この幻想郷では暢気な位が丁度良いのです。」)

内容は面白かったです。咲夜さんのキャラがいいなぁ
64.無評価桜田削除
>63さん
どうして何度見返しても見逃してしまうのだろう……。
指摘していただいた部分の修正をしました。
ありがとうございます、これで(内容はともかく)完璧!のはず。

咲夜さんは頼れるお姉様系キャラだと思うのです。でも人をからかうのは忘れない。
81.80名前が無い程度の能力削除
何気ない風景の中でのセリフの掛け合いなのですが、ほんわかするというか気持ちの良いものでした。
とても面白かったです。
82.無評価桜田削除
>81さん
場面は殆ど動かないし、本当にただそれだけのお話なんですね。
でも、それを「ほんわか」と言って頂けて嬉しいです。
基本を思い出してほんわかを書きたいなぁ……。
87.100名前が無い程度の能力削除
こういうお姉さまな咲夜さんって好きだなあ
90.100jyn削除
[ほんわか」してて、すごく良かったです。