Coolier - 新生・東方創想話

THE BOOK

2008/08/18 02:15:45
最終更新
サイズ
32.62KB
ページ数
1
閲覧数
1381
評価数
11/47
POINT
2570
Rate
10.81

分類タグ

 太陽は南中。みんみんじじじ、と未だ蝉が鳴き狂い、今日も雲一つ無い晴天の真夏の昼である。

「っかあー……疲れたぜ」

 うんっ、と伸びをして肩を回す。パチュリーから「借りた」魔術書を、研究室にて霧雨魔理沙は熱心に読みこんでいた。題名は「光魔法と闇魔法の相性についてのレポート」。全くそのままで面白みも何も無いが、使われているのは難解極まりない文字。それら一文字一文字を数十分という単位で調べながら読み進めるのだから、一日に二、三ページも読めれば速い方である。今日で二週間目となるこの本の研究は、その努力の甲斐あって魔理沙は魔術書の半分以上を読み終えていた。まだ半分、という言い方も出来たが、魔理沙は持ち前の前向きさでそれをカバーすることとした。

 彼女、霧雨魔理沙は魔法使いである。故に魔法に関する探求心は強く、毎日そういったことへの研究に余念が無かった。怪しげなキノコを丸一日かけて探し回り、それらを薬と共にビンに放り込んでは反応を観察する。時には三日もビンとにらめっこ、ということも彼女にとってはそう珍しいことでもなかった。今回の様に本の読解に数週間を費やすのも良くある事である。それだけなら良い。文字通り普通の魔法使いだ。

 ……ただ彼女、霧雨魔理沙はひどく手癖が悪かった。興味を引くマジックアイテムを見つければ、それの持ち主の了承を得ずにかっぱらっていくなどということは日常茶飯事であり、挙句「死ぬまで借りるだけだぜ」とどこかのガキ大将のような理論で持っていくのだ。しかも魔理沙がそれに対して全く罪悪感を感じていないということがその盗癖に尚更の拍車をかけていた。魔理沙の周囲の者たちも、そういった行動にはもう半ば諦めており、ほとんど黙認状態にある。

 さてその悪名高き霧雨魔理沙は、少しばかりの休息ということで机に身を預けていた。硬い机で寝心地は良いとはいえないが、朝から真昼まで研究に没頭したとなればさすがに疲れもたまっており、こんな机でも十二分に心安らぐものであった。自然と瞼が重くなり、睡魔が魔理沙の身体をゆっくり包み始める。このまま寝てしまおうか、と魔理沙は微睡みの中で考えた。

 視線の先に一冊、何だか見覚えがあるような無いような本の背表紙が魔理沙の視界に写ったのはその時である。

 研究室の隅、山積みにされた本たちの中にくすんだ色の背表紙の本。随分古いのか、所々が剥がれてしまっている。あんな本借りたっけなぁ、と魔理沙は少しばかり思考する。魔理沙は本を借りる際に、基本的に題名を見ない。まずは価値のありそうな本をかっさらい、その後に家で研究をする。そのため丸っきり研究と無関係な本を取ってきてしまうこと等が多々あった。しかし価値があるのには変わりが無いので、「今後の研究の役に立つかもしれない」と魔理沙はそういった本を研究室の隅に固めて置いていた。借り物に対して随分な扱いだったが、魔理沙自身が拾ってきた本などは場所で固めるどころか、家中どこにでも転がっている。その分まだ整理整頓されているといえるかもしれない。

 そして問題の本であるが、その背表紙に魔理沙はどうも記憶が無かった。そこにあるということは確かに借りてきたものなのだろうが、はて何の本だったろうか。というかいつ借りた物のかすら覚えていない。不思議に思い魔理沙は机から身を起こして立ち上がり、その本へ歩みよった。手に取ってみれば意外に大きさと重さがある。そしてやはり相当の年代物のようだ。書かれていたであろう題名は掠れ、ほとんど読めない。僅かに残った字の形から題名を推測しつつ、魔理沙はそれを開いた。

 びよん、と。折りたたまれていた紙が飛び出し、立体的な形――蛇の姿を作り出す。ポップアップブック、いわゆる飛び出す絵本という奴だ。

「……こんなの借りたか?」

 思わず声にまでその気持ちが漏れるほど、魔理沙には疑念の心が満ちていた。ただ、子供の頃に同じような飛び出す絵本というのを親に読ませてもらった記憶がある。なんとなく懐かしい気持ちが魔理沙の心に現れ、暇つぶしにでも読んでみるかと更にページを開く。べろんと今度は梟の姿。どうやら動物モノのようだ。さらに続くページには鰐、河馬、羊、鹿、虎、馬……更には魚やら昆虫まで。色々な生物をカラフルにかつ特徴を上手く掴んだ分かりやすい絵柄で作られている。これに中々どうして魅力を感じてしまい、暇つぶしであったはずなのに魔理沙はいつのまにか引き込まれていた。

 さて最後のページ、という所で「ん?」と魔理沙は声を上げた。――最後のページが糊か何かでも付けられているのか、ベットリと張り付いてしまっている。ここまでの飛び出し絵でトリには何が出てくるのかと期待していたが故に、魔理沙はそれを納得するはずもない。僅かに捲れる紙の端を爪に引っ掛け、そうっと引っ張る。そこまで強くは張り付いていないのか、ペリペリと紙同士が離れていく。下手に力を入れすぎれば悲惨な結果が待ち受けているであろう事は容易に予想が出来るため、魔理沙はいつもの豪胆さとは正反対の繊細な手つきで作業を進めていった。

 見え始めた飛び出し絵の部分からすると、トリに相応しい大作であることが分かってくる。何の動物か完全に分かるまで後少し――。

 凄まじい強風と光が霧雨魔理沙の意思を文字通り吹き飛ばしたのは、その瞬間の事だった。



















 ケケケケケ、出られた出られた出られた。



















 ふと魔理沙は目を醒ました。寝ぼけ眼で窓の外へと視線をやると、夕方と言うには早かったが既に日は西に傾いている。ああ眠っちゃったのか、と魔理沙は欠伸を一つして冷たい石床から身を起こした。……床? 

 なんで床で寝てるんだ私は、と魔理沙は立ち上がる。埃塗れのスカートを叩き、未だ覚醒しきっていない脳で魔理沙は眠る――否、気絶する前の事を思い出す。確かパチェリーから借りた本を読んで、次に飛び出す絵本を見つけてそれを読んでて、それから……そこで記憶が途切れている。よく思い出せないが、おそらくそこで気絶してしまったんだろう。じゃああの本の所為だと魔理沙は結論付け、周囲の床を見渡す。本を持ったまま気絶したのだから、あの飛び出す絵本はその辺に転がっているはず――なのだが。

「……無い?」

 無いのだ。床には埃しか落ちていない。一応机の裏も山積みの本もあらかた見てみたが無い。そこまで広くは無い部屋だしあの本の大きさからして狭い隙間に入ったということも考えられない。そんなバカな、本に足は無い。それともバサバサとページを震わせて飛んだとでもいうのだろうか。

「どこいった?」

 魔理沙は少しだけ慌てた様子で呟いた。先ほど魔理沙は「借りる」ことになんら罪悪感を抱かないと云ったが、あくまで本人は借りているつもりで「死んだら返す」という約束は守るつもりである。つまり、借りている最中に本を紛失するというのは魔理沙はしたことが無い。本人が気付いている限りで今この瞬間までは。

 まずい探さなくては。この部屋に無いことはもう明白、となればもう部屋の外に出て行ってしまったと考えるほか無い。そういえば暑いからさっきまでドアを開けていた気もする。じゃあ何で今閉まってるんだと言われてしまえばそれまでだがそんな細かいことを気にして入られない。魔理沙は研究室のドアを開けて廊下に出た。

 カチリ。

 小さな音であったがそれは確かに魔理沙の耳に届いた。しかし今はそんな小さな音を気にしている暇は無いのだ。異常に廊下が長くなっているようにも感じられたが、そんなことも気にしていられない。さっさとあの本を見つけないと。だから今廊下の向こうにいる羊になどは構っていられないのだ。

「……………………は?」

 ポカンと魔理沙は口を開け、廊下の向こうに佇む羊を見た。モコモコとした綿毛が夏なのに暑苦しそうだなとかずれた感想が頭をよぎり、同時になんで羊などが家の廊下にいるのかという疑問が頭を埋め尽くす。いくら蒐集家だからといってあんなものを家に飼う趣味は魔理沙には無い。一方羊は羊でこちらを警戒しているらしく、メエメエと鳴いていた。あまりに訳が分からず、魔理沙は一歩だけ足を引いた。

 カチリ。

 再び音がした。二度目ともなると無視するわけにもいかない。とりあえず武器、とスカートのポケットからミニ八卦炉を――取り出せなかった。ポケットの中には数枚のスペルカードのみ。ミニ八卦炉が無い今では使いようが無い。いくら弾があっても砲台がなければ意味が無いのと同じだ。すぐに魔理沙はミニ八卦炉を自室に置きっぱなしである事を思い出した。ただ本を読むだけの研究だったから、今日は使わないだろうと。信じがたいタイミングの悪さに、らしくもなく魔理沙が冷や汗を流したのと、廊下の更に向こう、曲がり角から姿を現した「魚」が見えたのはほぼ同時だった。

 魚は泳いでいた。いや、泳ぐように宙を飛んでいた。空気を水の代用として、尾びれを力強く振るわせて突き進んでくる。そして口には無数に生え並ぶ牙。獲物の肉に突き刺しそして食いちぎる、ナイフとフォークを兼ねる牙。そんな物騒な物を持つ魚など魔理沙はただ一種しか知らない。

 どう見ても、その魚は体長六メートルはあろう鮫であった。

「――う、うわああぁあっ!?」

 あまりに異常な事態に呆けていた魔理沙であったが、鮫が凄まじい速さでこちらに向かってくることで皮肉にも正気を取り戻し、研究室に飛び込んで即座に鍵を閉める。聞きたくも無い羊の断末魔が聞こえたのはその直後だった。
 
「………………なんだ、なんなんだよ、これはよぉ」

 あふれ出す脂汗を吹きながら、誰にともなく呟く。魔理沙がいくら妖怪退治での修羅場を潜ってきているとはいえ、そのあまりにあり得ない存在と家の廊下で対峙したともなれば、そんな自信と度胸も吹っ飛んで仕方ないといえた。

















 小悪魔がその本棚から本が一冊抜き取られていることに気が付いたのは、ある日の昼のことであった。こんな図書館の奥深くまで自分の主であるパチュリーが自らの足で本を取りに来ることは無いから、必然、魔理沙が盗んでいったのだろう。

 そこの本棚に収められている本達は、パチュリーの持つ本の中でも最も古い付き合いのものである。――当然、単なる魔術書とは桁違いの本だ。ありとあらゆる災厄をばら撒くパンドラの箱が、この番号の本棚には収められている。そしてこいつらは――自身がただの本であると、魔術書であると、巧みに偽っている。獲物をその手にかけるために。偽ることが本分の「悪魔」である小悪魔は、そのことが良く分かった。

 さて、早くパチュリーの望む本を取ってこなくては。自分はただここを通っているだけ、無数の本からたった一冊の本がなくなっていることになんて、自分のような小悪魔に分かるわけも無い。そう自分はただここを通っただけなのだ。

















 そろりそろりと、魔理沙は進む。空間でもゆがめられているのか、廊下の果てが見えない。無限とも思える長さの廊下を猛獣共に気付かれぬよう、息を殺しつつ匍匐前進。猛獣の足音が聞こえたのなら、そっと近くの部屋に逃げ込んで脅威が去るのを待つ。位置がばれれば殺される。戦場の兵士の気持ちを、魔理沙は自分の家の廊下で知ることとなった。

 鮫の襲撃の後、魔理沙は研究室で現在の状況を整理した。もう間違いない、あの飛び出す絵本が猛獣達を召喚しているのだろう。更にこの家の空間を捻じ曲げて、広大な迷宮に変化させている。そしてカチリという歯車が噛み合うような音が召喚の合図。その証拠に、この研究室に飛び込んでからもその音は何度か鳴っており、その度にギャアギャアという獣の声が増えていっているからだ。

 あれがただの飛び出す絵本だと油断したのが最大の失敗だった。魔術書に「ただの」等という本、あるはずが無いのに。つまり自分はまんまと子供向けの絵にだまされ、パンドラの箱を開いてしまったというわけだ。

 イラつくことは簡単に出来たが、今はそういう状況ではないと頭を冷やすまでにはそれなりの時間を要した。そしてそこそこまで冷えた頭で最終的に至った結論は、まずは二階にある自室のミニ八卦炉と箒を取りにいくことだった。ミニ八卦炉が無くては猛獣にダメージを与えられるような火力を持つ魔法を撃てない。これでは少し早めのディナーにしてくださいと言っているのと同じようなものだ。そして箒があればより速く移動をすることが出来る。家を脱出するにせよ、猛獣共を倒すにせよ、まずは武器。これが魔理沙の至った結論だった。

 一応その他の方法も考えた。窓から出ようとしたら、結界か何かが張られているのかビクともしない。じっと助けを待つ、というのも考えたが、その間に猛獣共が家の外に出たとしたらそれこそ取り返しが付かない。やはり本を探し出し、処分するというのが最善だろう。そんなわけで魔理沙はじりじりと廊下を匍匐前進で進んでいるのである。

 時刻はそろそろ夕暮れといってもおかしくは無い時間。灼熱の日光も力を衰えさせてきたとはいえ、今度は蒸すような暑さがやってくる時間帯であった。汗はいくら拭っても止まらない。いっそのこと一気に自室まで駆けてしまえればどんなに楽だろうか。しかし、そんなことをしたら間違いなく猛獣に察知されるだろう。今は姿こそ見えないが、声は蝉の鳴き声と同じく絶えることが無い。間違いなく、この家は今、猛獣の巣窟と化しているのだ。

 カチリ。

 ゾッ、と魔理沙は身を震わせる。あの音だ。あいつらを呼び出す音。近くにいないかどうか、すぐに辺りを確認――するまでも無かった。よりにもよって、進行方向に。零時の方向に。真正面に。その獣はいた。

 黒猫だった。全身が漆黒の体毛に覆われており、さっきの羊にも負けず劣らず暑苦しい格好の獣である。そういえば魔女って黒猫が使い魔だったりするな、自分もそういうのを持つべきなんだろうか、と暑さでぼんやりとする思考の中で思う。惜しむらくはその黒猫は普通の黒猫の大きさをはるかに凌駕しており、魔理沙などは単なるエサにしか見えないだろうという点か。
 
 その猫の正式名は、黒豹、という獣である。

「……っっ!!」

 黒豹は魔理沙から五mと離れていない地点にいた。しかも明らかに腹を減らせた視線。一方、魔理沙といえば廊下に伏せっているという殺してくださいと言っているも同然の体勢。黒豹からすればただ手頃な大きさの肉が転がっているようにしか思えないだろう。瞬間、その黒豹は食事をするために魔理沙へと飛び掛った。

 跳躍からの飛び掛りを魔理沙が転がってかわせたのは僥倖と言ってよい。外した爪の一撃が絨毯に穴を開けるのが見えた。立ち上がり同時にそこにあった扉を半ば突き破るようにして開く。すぐに扉を閉めようとしたが黒豹が突っ込んだ右足に阻まれた。そしてそこから恐ろしい力で扉をこじ開けようとしてくる。少女と獣の力比べ、そんなものは勝負としてすら成り立たない。

「こんのっ……野郎がぁッ!!」

 だから魔理沙は完全な力比べになる前に、黒豹の足を全力で踏みつけた。パキリとその鋭い爪が折れる音がする。ギャン、と黒豹は悲鳴を上げて爪を折られた激痛に足を引っ込めた。その隙を逃さずに扉を閉め切り、鍵をかける。

 しかし修羅場はまだ終わらない。よほど腹が減っているのかそれとも自分の爪を折られた怒りからか、黒豹の唸り声が扉の前から動く気配は無い。魔理沙を守る唯一の防壁である扉は黒豹の繰り返す体当たりに軋みを上げ、爪の一撃に悲鳴を上げていた。

 何か武器になりそうなものを探すが、ただあるのは埃だけ。この部屋には何も無かった。随分使っていない空き部屋だ。ああこういう無駄な空き部屋があるから物があふれ返るのかと魔理沙は気付く。そしてそんなどうでもいいことを一瞬でも考えたことを後悔した。

 多種多様な獣の鳴き声が徐々に大きくなっていることを魔理沙は感じた。そして先ほどまでは聞こえていなかった足音までもが聞こえていることにも気付く。――そう、これだけ音を立てて他の猛獣共が察知しないわけが無い。文字通りの袋の鼠だ。

 ――畜生、さすがに終わりか。魔理沙が唇を噛み締めたその時だった。……扉の前に集まっていた獣の声と気配が唐突に消える。へ、と魔理沙が呟いた直後。




















「ちょっと魔理沙ー? いないのー? 本返してちょうだいよー」




















 魔理沙は目をパチクリさせた。状況がよく飲み込めず、理解が追いつかない。その間にも自分を探す声は扉向こうの廊下から聞こえてきていた。魔理沙はほんの少しだけ扉を開け、その隙間から顔を出す。見るとあれだけ体当たりと爪撃を食らっていたにも関わらず扉には傷一つ無いし、先ほど確かに見た絨毯の穴も消えている。廊下の長さも元通りになっており、いつもの魔理沙の家のそれと変わりなかった。そして視界にその乱入者の姿が入る。

「あ、いた。……何やってるの魔理沙。かくれんぼ?」
「……ア、アリ、ス?」

 つい先程まで居たであろう黒豹と無数の獣の代わりに金髪の少女がそこに居た。シャンハーイ、と彼女の横に浮かぶ操り人形の一匹が挨拶をするように頭を下げる。見た目こそ人間と変わりないがその正体は人形を操る人妖、アリス・マーガトロイドが呆れ顔で立っていた。

「な、何でアリスが家にいるんだぜ?」
「いくら呼んでも返事しないから勝手に上がらせて貰ったわ」

 あれだけ猛獣の鳴き声が響いていて、しかもその中を丸腰で進んでいた魔理沙の耳にその声が聞こえるはずもない。

「まぁいたなら良いけどね。さて魔理沙、今日こそ私の本返してもらうわよ」

 ずい、とアリスは魔理沙に詰め寄った。魔理沙の盗みのターゲットはパチュリーだけでは無い。妖怪としての魔法使いであるアリスもその一人だ。特にアリスはパチュリー程の蔵書資産があるわけでも無いため、魔理沙に魔術書を盗まれるのは如実に研究に響くのである。そのため魔理沙の窃盗被害を受けている者たちの中でも、彼女だけはこうしてしばしば魔理沙の家に本を奪還しに来ていた。いつもの日常ならばここで返す返さないを決める小競り合いが始まるのだが、魔理沙にとって今日に限ってはいつもの日常ではない。

「アリス、本の話の前にちょっと聞かせてくれ」
「話をはぐらかす魂胆? 魔理沙にしてはせこい手段に出たわね」
「違う違う。……アリス、家の中で黒豹とか虎とかそんなのを見たりしたか?」
「……はぁ? 何言ってるの? この暑さで頭ちょっとやられた?」
「いいから言ってくれ。見たか? 見てないか?」
「……見てないわよ」
「じゃあ鮫は? 梟は? 鰐は?」
「見てるわけないでしょ!」

 意味が分からないと少し声を荒げるアリス。まさか魔理沙そんなのを使い魔にするつもりじゃないでしょうね、とも付け加え怪訝な表情で魔理沙を睨んだ。そこで魔理沙はとりあえず今までの経緯――本を開いたら猛獣が出てきて追いかけられたこと――を説明する。

「……ふーん、魔理沙も意外と間抜けなのね。魔術書読むときは何も仕込まれていないか確認してから読むのが常識なのに」

 蔑みと嘲りがたっぷり込められたアリスの笑みに、「返す言葉も無いぜ」と魔理沙は項垂れた。

「でもちょっとおかしいわね。なんでそいつら私が来た途端に居なくなったのかしら」
「そこらへんは良く分からん。ただ解呪したわけじゃないから今も魔法が継続中なのは間違い無さそうだ」

 魔理沙が窓をガタガタさせてみるが微塵も開く様子は無い。あの本の魔法はまだ活きているという事だ。

「つまり私もそれに巻き込まれたって訳か……」
「あ、あはは……すまん」
「……はあ、もう」

 溜め息をつきながらも、結局アリスは手伝ってくれるようだった。

 元通りになった廊下は先程までとは打って変わって、蝉の声だけが響く不気味な静寂が漂っている。猛獣共が消えたというのは確かのようだ。しかし油断は出来ない。魔理沙は抜き足差し脚忍び足で(さすがに匍匐前進は止めた。それでもアリスは魔理沙の歩き方に呆れ顔だったが)慎重に廊下を進んだ。

 だが警戒の割にこれといって何事も起こらず、簡単に二階へ上がり、呆気なく二人は魔理沙の自室にたどり着いた。部屋の中にも異常は無く、魔理沙はミニ八卦炉と箒を得て胸を撫で下ろす。仮にまた猛獣が出たとしても、とりあえずこれで反撃する事も逃げる事も出来る。

「何も出なかったわね」
「いやいや油断は禁物だぜ。まだ問題そのものが解決した訳じゃ無いしな」

 武器を得て多少余裕を取り戻した様子の魔理沙が言った。そう、まだあの本を見つけてすらいない。これでやっと探す目処が付いた所だ。とはいえ事態が一歩好転したことは事実であるので、魔理沙は小さく安堵の息を付く。



 ――ガチン。



 ……魔理沙の耳に聞きなれない音が届いた。召喚の合図だった歯車の音とよく似ていたが、明らかに響きが違う。アリスにもそれは聞こえたようで、表情がきつく鋭いものと変わった。

「魔理沙、今の音」
「……ああ」

 チャキ、と魔理沙が箒とミニ八卦炉を構えドアへと近づく。今の音も猛獣の召喚合図だとすれば、何が出るかは想像したく無い。鬼か蛇ですめばむしろかわいいものだと魔理沙は思う。そしてノブに手をかけ、ほんの少しドアを開けた。

 顔だけ出してすぐに廊下の左右を見回す。予想に反し、相変わらず廊下は静寂。長さも変化は無い。視界に入る範囲には猛獣は居なかった。部屋から遠い所に召喚されているなら別だが、猛獣の鳴き声のようなものも聞こえていない。

「……いないわね」

 ひょい、とアリスも顔を廊下へ出してキョロキョロ左右を見渡した。特に危険は無さそうなのでドアを大きく開いて二人は廊下へ出る。

「……案外今の音、全部終わった音かもしれないな」
「……かもね、私はその本見てるわけじゃないから断言できないけど」

 アリスが緊張を解き、コキコキと肩を鳴らす。魔理沙も半ば願望に近い推論をアリスに肯定されたので、緊張を緩めた。














 その状態で廊下の向こうに青い紙が一枚舞っているのに気付けたのは、どんな幸運だろう。














 魔理沙の全身が強張る。あからさまに怪しい紙が一枚、ヒラヒラと廊下を舞っていた。硬直した魔理沙に気付いたのかアリスが肩を叩き、そしてアリスもその紙に気付く。

「……何よ、あれ」

 率直な感想がアリスの口から漏れた。口には出さずとも魔理沙の脳にはアリスのそれと同じ感想が浮かんでいる。紙は廊下に落ちそうで絶妙に落ちず、器用に宙を舞い続けていた。

 そして、紙が一枚増えた。ペラリと一枚目の紙から剥がれ――見た目には紙一枚分の厚さしかないにも関わらず――黒の二枚目の紙が廊下を舞う。続けざまにその二枚の紙が同じように剥がれ、舞う紙は赤青白黒の四枚となる。同じように今度は八、十六、三十二。

「アリス、乗れッ!!」

 魔理沙が箒にまたがりアリスをそう急かした時には、既に数えることなど出来そうも無いような枚数の極彩色が廊下を舞っていた。アリスが箒に飛び乗ったのと、夥しい枚数の紙――紙飛行機がこちらへ向かって一斉に飛んできたのはほとんど同時であった。

 いつのまにか廊下の長さがあの迷宮状態に戻っており、ほんの数秒前まで見えていた階段が消滅している。どうなってんのこれ!? とアリスが声を荒げるが、魔理沙は返事を返すのを放棄した。

 飛来する紙飛行機は明確な敵意の感じ取れる魔力がこめられているようだった。なるほど、あれだけの枚数の紙全てに魔力を注ぎ込むとなれば、一時的に獣が消滅していた理由も分かる。出したものを戻さなければ、いくらなんでもこんな芸当は出来ないのだろう。アリスへの警戒も兼ねた戦略的撤退だったというわけだ。

「アリス!」
「今やるわ!」

 それぞれ目的語を抜いた会話だったが、その意図を掴めるくらいには二人の付き合いは長い。飛行で精一杯の魔理沙に代わり、アリスが通常弾幕を数個分作り出す。さすがに室内でスペルカードは使えない。こんな狭いところで本気の弾幕を打ち込もうものなら、圧縮された爆風でこちらがお陀仏だ。

 そしてアリスがその七個ほど作り出した弾幕を色とりどりの紙飛行機に放った。紙飛行機たちの色彩に負けず劣らずの七色が踊り、爆音を響かせながら着弾した。

「……っ、やっぱり全然減らないわね」

 数十枚ほど焼け焦げた紙飛行機が廊下へと落ちるが、それだけだった。紙飛行機の枚数は確かに減っているはずだが、全くそうは見えない。恐らく今も増え続けているのだろう。こんなチマチマ削ったところで焼け石に水だ。

「と、とにかく外へ出るぜ! 外ならスペカも打ち放題だし、ひょっとしたら紙への魔力供給が届かないかもしれない!」

 後半は願望だった。

 魔理沙が曲がり角を速度をほとんど落とさずに、なおかつほぼ直角に曲がる。紙も見事なカーブを描いて魔理沙たちを追跡。一枚一枚の紙が、というよりも、あの紙飛行機の集団そのものが意思を持っているかのように一糸乱れぬ行動。以前は最速とも謳われた魔理沙の箒に遅れることなく張り付いてきており、絶対に逃がさぬという意思がありありと感じ取れる。――そしてその目的は成就間近にも見られた。

「――ッ、行き止まり!」

 アリスが舌打ちを絡めながら言う。三つ目の曲がり角を過ぎた直後だった。その先の廊下も勿論長いが、今までのそれと決定的に異なる点は、有限であるということだ。そして後ろにはぴったりと付いてくる紙の嵐。止まろうがスピードを落とそうが追いつかれるのは目に見えている。魔理沙がそれを理解した後の行動は早かった。

「恋符――」

 ミニ八卦炉とスペルカードを取り出し。













「――『マスタースパーク』!!」














 最も得意とする白き閃光の魔法を撃ち放った。家が壊れる? 爆風でお陀仏? 飛行で精一杯? 知ったことか!














 その白光が収まった時には、先の壁に大穴が開けられていた。ミニ八卦炉から解き放たれた膨大な魔力の奔流は結界が張られているはずの壁をいともたやすくブチ破ったらしい。

「……相変わらず馬鹿げた威力ね」

 魔理沙だけでは壁を破れなければ、補佐に一発打ち込んでやろうとアリスは考えていたが杞憂に終わる。まあ九分九厘それはないだろうとも思っていたが。魔理沙の魔法の火力は人妖のアリスも認めるところだった。そして火力だけではない。この廊下でマスタースパークを放つため、その口径を絞っていた。その絞り具合も結界を破れるギリギリの威力を持たせていた。それもアリスを後ろに乗せ、狭い廊下を高速で飛行しながらやってのけたのである。

 がむしゃらからの無謀ではない――本人はそう思ってないのかもしれないが――こういうのを、努力の賜物というのだろう。アリスはそっとそんなことを考える。

「そら、脱出だぜ!」

 アリスの呟きは聞こえていなかったのか、魔理沙は景気よく声を上げて速度も上げる。あっというまに残りの距離を無くして、二人を乗せた箒は外へと飛び出した。そして上昇し、家から距離をとる。

 西の空が赤く染められていた。夏の日が山向こうの彼方へと沈んでいこうとしている。いつにもまして今日の夕焼けは鮮やかだった。こんな修羅場でなければ楽しんでも良かったかもしれない。

 追ってきていた紙飛行機も当然のごとく外へと飛び出しており、二人を追うべく空へと舞い上がってきてた。追撃中もその数を増やし続けた紙飛行機のその枚数は「たくさん」以外に呼称の仕様が無い。

「……へ、あいつら全部の相手か」
「どっちが多く破れるか、勝負でもする?」
「これを数えるのか? 眩暈でも引き起こしそうだからやめとくぜ」

 二人は冗談めかして笑うが、その内心は相当追い詰められていた。確かに外に出たことでスペルカードも使える状況にはなった。だが、魔理沙が開けた大穴からは濁流のように紙飛行機が飛び出し続けている。はたして自分達二人のスペルカードで、全てを撃ち落せるものだろうか?

 紙の魔力の有効範囲は魔理沙の家内のみかもしれない――これは都合の良すぎる推測というものだった。紙の魔力供給は全く途切れない。こうなれば、もう相手をせざるを得ない。ガス欠が訪れる前に、どれだけ奴らを減らせるか――魔理沙とアリスがそう考えていたその時だった。

「やぁっと出られたぜェ〜……狭っ苦しいこんな家からよォー!」

 荒い言葉遣いの声がどこからか響いてきたのと同時に紙の動きが変化する。先ほどまで一直線にこちらへ向かってきていたというのに、大きく旋回を始めた。いや旋回だけではない。曲芸飛行もかくやという動作でそのカラフルな紙たちは踊り狂い、空を舞う。この広大な空ですら狭いとでも言いたげに。




 行き場をなくした幾千幾万の赤と緑と白と青と黒。極彩色は連なり寄り添い――竜の姿を形取る。




「よぉう、白黒のお嬢ちゃん。あァんな狭い家から――あァ本からもだなァ――出してくれて感謝するぜェー。おかげでようやくこの姿をお披露目できたよォ」

 巨大な紙の竜が放つその声には感謝の気持ちなど全く感じられない。何もかも自分の思い通りに行った、という気持ちがあふれ出してきている。対して魔理沙達は、その姿を見てぽかんと口を間抜けに開けているだけであった。目の前の状況を理解できないかのように。

「声も出ねえかァ? そりゃそうだな、あの本の大トリを勤める俺様を目の前にしてるんだァ、萎縮して当然だぜェー」

 竜は気付かない。魔理沙たちの表情の意味に。はっきりいってしまえば、これが竜にとって最後のチャンスであったのだ。その飛行速度の速さを生かして逃げ出す、最後の。

 そして二人が、言葉を発する。二人の驚愕の意味に気付かない竜には、最後の命乞いでもするように見えた。



















「ラァッキィィィィィイイイ!! 魔砲『ファイナルスパーク』!!」
「幸運の女神様ありがとう!! 『グランギニョル座の怪人』!!」
「ぎぃぃやあああああああああああああ!!?」



















 日は完全に沈み、夜の帳が下りた魔法の森。その暗い森を、魔理沙とアリスの二人は歩いていた。

「いやあ運良かったな! 紙が自分から集まって狙いやすくしてくれるとは思いもしなかったぜ!」
「ええそうね。今回ばかりはああしてくれなきゃ結構不味かったかも」

 興奮冷めやらぬという魔理沙と、いつもと違い熱の入ったアリス。絶体絶命からの逆転というのは、どこの世界でも血を滾らせるものなのだ。

 あの紙飛行機たちに魔理沙たちが苦しんだのは、異常なまでの数の暴力。蟻の大群が時として象を倒すというのと同じ理屈である。しかし集団の強さの肝は、数の多さそのものではない。本当の強さは、集団が個々の集まりだということだ。つまり一つ一つの存在がある程度バラバラであって初めて集団の強さは活きるのである。

 なのに、余りに集まりすぎたとしたらその集団はどうなるか? 答えは簡単、ただのでかくて狙いやすい的である。それがあの竜の敗因だった。(もちろん収束したことで魔力の絶対量は上がっていたが、個々の紙の魔力が非常に小さかったため、集まった魔力が精々が中の下止まりだったという点も敗因の一つである)

「ぢぐじょー……ぢぐじょー……こんな奴らに俺様がァー……」

 さてその竜――今は本に戻っているが――はアリスの人形繰り糸に雁字搦めに縛られていた。それでも話すことぐらいは出来るらしく、先ほどからアリスの手の中でグズグズ文句をたれている。時折鼻をすするような音が聞こえるが気のせいだろうか。

「ハッ、それが私とアリスを襲った本の台詞かよ。なっさけない」
「本当にね。そんなに泣くなら最初からやるんじゃないって言うのよ」

 二人の容赦ない一言と恐ろしく冷たい視線に、本はひぃっと身をすくませた(様に見える)。それを無視して、アリスは魔理沙に問いかけた。

「で、魔理沙。こいつどうするの」
「そりゃパチュリーに返すに決まってるぜ。こんな物騒な本、家に置いとけやしない」

 魔理沙の言葉に「へ?」と本が声を上げる。

「なんだ不満か? よっしゃじゃあマスタースパークを……」
「いや違う違う違う! 逆だ逆。俺ァてっきり焼かれでもするかと思ったんだが」
「なんだ焼かれたかったのか。そんじゃファイナルスパークでこんがりウェルダンに……」
「やめてやめてやめてええええ!!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ本を呆れ顔で眺めつつ、アリスは再び魔理沙に尋ねる。

「でもいいの? こいつそれなりに危険なのは魔理沙も分かるでしょ。もしかしたらパチェリーも巻き込まれるかも」
「そりゃそうだけどよ、パチェリーに限って本の扱いでミスする可能性なんて皆目ありえないだろうぜ。それに……」
「それに?」

 一呼吸置いて魔理沙が続けた。




「こいつそれなりの価値がある魔術書(グリモワール)だぜ? これを焼却なんてしたら魔法使いにとってマイナスなのは間違いないぜ」




 アリスはその言葉にぐっと息を飲み込んだ。――その言葉はある意味で、人間の命よりも本の価値の方が重い、と言っているのと同じ。魔理沙は魔法使いではあるが、人間だ。人間のはずの彼女がそう言うのはつまり――人間である事を捨てた「本当の」魔法使いに寄ってきているということではないか? アリスは少しだけ、ぞっとする。

 ただ当の魔理沙はそんな意味を持たせたつもりなど欠片も無いらしく、ただこの本が貴重だから、そして意思を持っているからという理由で焼却するのをためらったらしかった。

「あ……アンタ良い人だァァァ〜〜〜!!」

 その言葉に心打たれたものが一冊。本が感極まったように声を上げた。これで涙腺があったならボロボロ涙を零していることだろう。本当に零したら表紙が濡れて大変なことになるが。

「マジで感動したよ俺はっ。そんな風に言ってくれたの初めてだぜェェ〜〜!! 本の扱いはひどかったけど、アンタはホントに良い人だァァァァ〜〜〜!!」

 オイオイオイ、と本が泣き声を上げる。魔理沙はその様子にちょっと引いたようで「あ、ああ……ありがとうな」と苦笑いを浮かべていた。




















 パチュリー・ノーレッジは運動が大嫌いだ。理由は二つ、持病の喘息と性格。だから彼女はこのヴワル図書館から滅多に出ることは無い。この図書館内ですら動き回ることはあまりないのだ。本の整理などの雑用は使い魔の小悪魔に任せきりである。

 だから真夏である筈の八月に大吹雪が吹いている今も、彼女には関係の無いことだった。ただ多少寒いので大きな毛布を羽織ってはいたが。というか正直それ以上にありえないことが昨夜にこの図書館で起こっていたのである。

「……とまあこんな感じで俺は帰って来れやした」
 
 長い長いこの――現在、魔理沙の家からただ一人生還した――本の語りはそこで終わった。パチュリーは軽く息をつく。なるほど、昨夜遅くに魔理沙が本を返しに来たのはそういうことだったのか。

 あの霧雨魔理沙邸、本にとって考えうる最悪の地獄とも謳われる家からの生還者の語り。それは数億にも上ろうという本を読破したパチュリーでさえ中々興味深いものであった。
 
<なーんでぇ、あの魔理沙ってやつ、てーんでたいしたことねえじゃねえか>
<違いねえ! ビクビクしてたのが馬鹿らしくなるぜ!>

 意思を持つ何冊かの魔術書が聞き耳を立てていたのか、冷やかしを入れる。それに鋭く反応したのはこの本だった。

「待てコラァ! 確かにあの霧雨の姐さんは本の扱いは最悪だったが、俺のことを『価値のあるグリモワール』だと認めてくれたパチュリーさん以外で只一人の人間だぜ! 侮辱しようってんならブチ殺してやるッ!!」
<なんだぁ、こいつ。そう切れることねえじゃねえかよぉー>
<あー分かったぜ。こいつ惚れたんだ。自分の百分の一くらいの年齢の女によ>
<ギャッハハハハ!! 幼女趣味もそこまでいくと芸術だぜ!>
「誰が幼女趣味だァァァァァ――――――ッ!!」
「うるさい静かにしなさい」

 パチュリーがボソリと呟いたその一言で、ぴたりとその喧騒はやんだ。動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジ。その雷名は本にとって神と同等である。

 そっと、パチュリーは立ち上がる。三日ほど座りっぱなしで本を読んでいたためか体が重い(決して体重ではないことを付け加えておく)。しかし、なんとなくそれがイヤなものには感じなかった。

 ――あの魔理沙が本を返しに来たのだ。動かない大図書館が動くくらいたいしたことでもないだろう。

 パチュリーはこの本の納められている場所――本の位置は全て把握している。ほんの一分も歩くだけ――へ向け、ゆっくりと歩き出した。



















「誰か助けてくれええええええええええええ!!」

 霧雨魔理沙が猛吹雪の中を必死で飛行していた。その必死さはあの紙飛行機軍団に追われていたときの比ではない。何故なら――



「だから待ちなさいって言ってるでしょ! アンタがこの異変の主犯ってのは割れてるんだから!」楽園の素敵な巫女、博麗霊夢。

「フフフ、憎たらしい太陽を遮ってくれて感謝するわ。でも、ちょっとやりすぎたわね?」永遠に幼き紅い月、レミリア・スカーレット。

「まあ、冬もおいしいものは沢山あるんだけど――妖夢の切ってくれたスイカがダメになっちゃったわ。どうしてくれるの?」幽冥楼閣の亡霊少女、西行寺幽々子。

「オイコラー! 夏の月見酒の予定してたのに、ぶち壊しにしてくれて! どうしてくれるんだー!」小さな百鬼夜行、伊吹萃香。

「この罪、死んだだけで償えるものではありませんよ! そこに直りなさい!」地獄の最高裁判長、四季映姫・ヤマザナドゥ。

「幻想郷の気象バランスを崩したこと、理解してる? これ直すのにどれだけ境界を弄ればいいのやら」神隠しの主犯、八雲紫。



 そうそうたる面子が魔理沙の背後から容赦なく攻撃を加えてくる。そろいもそろって幻想郷でも最強クラス、しかも六人から同時に攻撃を受けているのだ。これで必死にならないとしたら、もうそれは神か何かである。

「私が何をしたって言うんだぁ!? ただ本を返しただけだぜ!?」

 思わず魔理沙が声を大にしてそう叫ぶ――するとピタリと攻撃が止んだ。分かってくれたのか……? そう安心したのは一秒にも満たなかった。

「「「「「「やっぱりお前が犯人かぁ――――――ッ!!」」」」」」
「ぎぃぃやあああああああああああああ!!?」

 霧雨魔理沙。借りた本を返すと大異変を起こす程度の能力。




















 ヴワル大図書館の奥の奥のそのまた奥。入り口から飛行しても数十分はかかるほどの奥。
 パチュリーの持つ中でも最も付き合いの長い本達が納められる本棚。
 その並ぶ本の間に一つ、奇妙に開いた空間がある。
 ちょうど一冊本が入るほどの隙間、どうやら誰かが本を借りたようだ。
 おや? 貸し出し録に書かれていないぞ。誰かが無断で持っていったんだな。
 全く困ったものだ。しかたない、本の題名から借りられた本をみつけるとしよう。
 さて題名順に何が入っているか確認だ。
 あかさたな、ではないな。は……分かったぞ。「ひ」から始まる題名だ。
 おお、偶然にもここに入る本で「ひ」から始まる題名の本は一冊だけみたいだね。
 これはラッキーだ、すぐに何が借りられたかわかる。
 しかしそれにしても……無断で借りていくとは随分肝の据わった奴なこと。
 ここに入れられた本は真に危険な本。パンドラの箱といって差し支えない。
 それもかなり性質が悪い。読んでいる間とか、手に持つだけなら何にもしない。
 ただ最後の最後のページを読むときだけ、その本性を出すんだ。
 おっと、話がずれたね。さてと名前を確認、確認。



 
 「光魔法と闇魔法の相性についてのレポート」か。随分庶民的な偽名を騙ってるもんだ。
初めての投稿、そして初めて書いた東方SSとなります。リペヤーというものです。
まずここまで読んでいただいて誠にありがとうございます。
いやはや、ここのSSは本当に質が高くて、このような拙作を投稿していいものかと恐縮している有様です。
さて作品についてですが「ジュマンジ(あるいはザスーラ)じゃん」と突っ込まれても文句言えそうに無いです。ほんとすみません。
あの二作、自分も大好きなんですよ……かといって幻想入りさせるのは……ということでこんな話と相成りました。
あと竜の出てくるところのナレーション、あるカードゲームの奴が元ネタです。知っている人いるかな?

それではこのへんで。繰り返しになりますが、ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。
(8/18 ちょっと誤字っぽいのを修正しました)
(8/20 また誤字および表現が変なところを修正)
(10/11 随分遅れましたがコメ33様の指摘部分と誤字を修正)
(12/21 タグをつけてみました)
リペヤー
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1640簡易評価
5.70からなくらな削除
面白かったです
残念ながら、私はその元ネタを知りません
でも、楽しめました
7.70名前が無い程度の能力削除
魔理沙よか小悪魔こわいな
17.100#15削除
素晴らしいですな。特に魔理沙のオチがww
18.70名前が無い程度の能力削除
テンポ良いなぁ。お話もまとまっててとってもいい感じでした。
つーかジュマンジ懐かしいですな。自分は言われてみれば、ぐらいの感覚でしたから大丈夫だと思いますよ。

魔理沙のオチに吹いたw
20.70名前が無い程度の能力削除
先日ザスーラ観たばっかりだから、そうじゃないかな?と思っていたらやっぱりそうでしたか。
まとまりも良く、読みやすい作品ですね。
23.100Huey-An Leu削除
面白かったです
24.80名前が無い程度の能力削除
とっても面白かったです
いやあ気の利いた感想かけなくてすんませんw
次回作も楽しみにしてますー
25.90名前が無い程度の能力削除
素敵に面白かったですよ〜
でも流石に吹雪はないかとw

元ネタはMTGで5色ドラゴンかな?
アーティファクトっぽいかもw
30.90名前が無い程度の能力削除
紙飛行機登場のシーンがかっこ良かったです。
吹雪のオチが…天子が形無しですね。魔理沙はあと何百回異変を起こせるのでしょう。
魔理沙が死んだら(一気に本が返ったら)どうなるのかが怖いです。
33.90名前が無い程度の能力削除
もろにジュマンジw
読みやすくて面白かったです。
ただ肺炎ではなくて喘息ですね。
46.100名前が無い程度の能力削除
「光魔法と闇魔法の相性についてのレポート」について誰も突っ込んでないのはどういうわけだ。なんか、えらく危険な本みたいだが。