Coolier - 新生・東方創想話

こんな夢を見た

2008/08/15 13:31:10
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ぎぃこぎぃこと軋んだ何かが動くような音と、左右に揺れる床の不快さに私は目を開けた。
まず目に飛び込んできたのは目をひりつかせる程に赤い髪をした女の後ろ姿。
女は肩ほどまである髪を頭の上の方で二つに結った髪型をしていて、その容姿と相成り随分と可愛らしい。
そんなことを思っていたらふと女がこちらをくるりと振り返った。
「おやお客さん、お目覚めかい?」
快活そうな笑みとともに顔を覗き込まれて私は驚き身を竦める。
そんな私の様子を気にかけるでもなく、女はオールを握りまた船漕ぎを始めてしまった。
「起きれるなら起きてごらんよ、何てことはない川の風景だけどさ」
何てことはない、と言うのに眺める事を進めるのはどういうことなのだろうか。
私はむしろその言葉の方が気にかかって仰向けであった体を起こす。
はたして女と背中合わせになるように体を起こした私の目に入ってきたのはみすぼらしい船と。



その女の言うことには、ここは死者が渡る三途の川であり、自分はその船頭であり、私は死者であるらしい。
そんな馬鹿な、という反論は声に出来なかった。
口が開かないのでは無く音を発する器官がないのか全く声が出せなかったから。
改めて自分の姿を見るとそれは生前の姿ではなく、人のような形をしたもやのような姿になっていた。
それに、自分がどんな生涯を送ったのかが思い出せない。
声が出せない、もやのような体、自分が誰だか分からない、おまけにここは三途の川。
どうやら本当に私は死んでしまったようだ。
……おかしい。
なぜおかしいと思うのかは分からない。
生前の記憶が無いのに私はなぜそう思うのだろう。
答えの見つからない問いに頭を悩ましてると、ふいに女がこちらを振り返った。
「そうそう、お客さん。態度から察するにあんたは随分と人を信じずに生きたみたいだね」
その言葉に、私の持つ記憶が断片的に浮上してくる。
特別な力を持っていたこと、大きな争いに巻き込まれたこと、月に住んでいたこと、
──自分だけ、逃げてしまったこと。
女は言葉を続ける。
「人を信じないのは悲しいことだ、それは相手からも信じてもらえなくなる。
 環境や周りの者が悪いと言う奴も居る、だがそれは間違いだ。
 まず自分が相手を信頼すればいい。気付かれずとも、裏切られても。
 自分を信じてくれる奴を、嫌う奴なんて居ないだろう?」
信頼には信頼が返ってくる女はそう言いたいのだろう。
そんなのは奇麗事だ。信じても信じても裏切られることは時としてある。
けれど、私は誰かを信じていたのだろうか?
永くの年月を一緒に過ごした者はいたと思うし、彼女たちは私を信頼してくれていたと思う。
その信頼に私は答えていたのだろうか?
女の話は続く。
「それでも、あんたが慕われてたのは分かるんだけどね。
 なに、嫌味じゃない。ただの事実さ」
……この女は何を言ってるのだろうか。
今の言葉はさっき言った事と矛盾している。
人を信じられなかった私がどうして人に慕われるのだろうか。
どう考えても慕われる理由など無いと言うのに。
女の説教は続いた。
「お客さんの近くに置いてある袋があるだろう? それはここの渡し賃でね、基本は全額払ってもらう。
 その量が少なかろうが多かろうが全額でね。払わない奴は川に突き落としちまうのさ。
 あんたは例外で、気が付いてなかったからとりあえず運ぶだけ運んでるんだよ。
 もちろん岸に付いたら全額払ってもらうよ? じゃないとあたいの上司様が地獄送りにしちゃうから。
 あぁ、話が逸れた。そんでね、その渡し賃なんだがあんたはかなり持ってるだろ?
 渡し賃は死者が生前にどれだけ金を稼いだかじゃなく、あんたを慕っている人の財産の合計なんだよ。
 だからあんたは多くの人か、よほどの金持ちに慕われてたって事だ。
 しかし外の人なら兎も角幻想郷に経済なんて概念はあんまり根付いてない。
 だから金持ちなんてのもまず居ない。
 つまりあんたは結構多くの人に慕われてたって事。分かった?
 信頼できない奴を慕うことはありえない。
 相手からの一方通行でもあんたは信頼されて慕われてたはずさ」
途中何度も逸れて分かり辛かったが、最後の言葉が今は無い筈の胸に強く響いた。
信頼されていた? 私が? なぜ?
生きていたころの記憶が少しずつ形を成しては消えていく。
地上の兎のあくどい笑顔。その兎が拾ってきたというたくさんの兎の笑顔。
逃げてしまった私を、迎えてくれた人の笑顔。

……あの笑顔にはそんな意味が込められてたんだ。
なんで気付かなかったのだろう。私を信じてくれる者が居ることに。

幽体だから声は出なかったけれど、きっと私は泣いていた。
その気配を感じ取ったのか、女は前に向き直りまた舟を漕ぎ始める。
優しい女の心遣いが、今の私にはありがたい。



私が泣き止んだ頃にはオールの軋む音と揺れは止まっていた。
いつの間にか岸が目の前にあり、女は桟橋の上でしゃがみ込み何かしている。
船を降り桟橋に上がると女は作業を止め、こちらに向き直った。
「さて長旅ご苦労様。こっから先はあたいじゃなくあたいの上司様がお客さんの面倒を見ることになると思うよ。
 ……その前に、渡し賃をいただくけどね」
袋を女の前に置く、中身の確認はしないことにした。
どうせ全額渡すのだ、中を見たって仕様が無い。
「よし、こっから岸に向かえば上がってすぐのところにあたいの上司である四季様が待ってると思う。
 それから先は四季様次第。あたいとしてはお客さんが無事にまた生を謳歌できるようにを祈ってるよ」
女はオールを岸の方へ向ける。
その先に小さな人影が見えた気がした。



桟橋を降り岸に着いたと同時に私の足がごつごつとした石の感触を捉える。
不思議に思い足を見れば、先程までもやのようだった体が今や人の姿をとっていた。
久しぶりに味わう重力に戸惑いつつ小柄な人影の方へ向かう。
「どうです? それがあなたの嘘偽りの無い本当の姿。
 浄玻璃の鏡に映し出されるものは須く実を曝け出すのです」
目の前に立つ女性は遠見の通り背が低かった。
装飾は少ないけれど綺麗な鏡を持っていて、その鏡には私の姿が映っていた。
どうやら、それが生前の私の姿らしい。
……生前の私はこんな格好をしていたのか?
その、なんというか、自分というものがなんだか判らなくなってきた。
鏡に映っているということは自分もその格好をしているわけで。
それを見ているとつい、恥ずかしさからもじもじと挙動不審に陥ってしまう。
そんな私を意外そうな目で見ていた女性は鏡を霧散させ、胸元から杓を取り出し話し始めた。
「さて、貴女は今いる所と私が何かを理解していないようですが、違いますか?」
私を首を縦に小さく動かし頷く。
半分は嘘だ。
何ら記憶を持たない頭でも知識はあり、ここがどういった場所で彼女が何なのかもぼんやりと理解はしている。
説明が面倒なのか、女性の眉がぴくりと動いた気がする。
「では先に言っておきましょう。ここは生物が死後訪れる世界で通称彼岸、俗称あの世等と呼ばれています。
 先程、貴女を渡した赤髪の女性は小町といって、
 この彼岸と貴女が生前住んでいた世界である此岸とを結ぶ死神、といった所でしょう。
 厳密にはここを彼岸と言うのは語弊がありますが……そこは呼ばれているだけですので。
 そして貴女がこちら側に来たという事は、貴女は此岸で死に至ったという事です。
 ここがどのような場所なのか、自分の置かれた状況は、という疑問にはこれで説明が済んだと思います」
また小さく頷く。質問をする合間もないくらいの早口だが不思議と聞き取り辛くはなかった。
しかし、さっきの女は死神だったのか。
その割には朗らかで接しやすかったと思う。
あの女は知識として持つ死神のイメージとはかけ離れてる気がしてならない。
ならば死神の上司という事からこの女性は──
「えぇ、貴女の予想する通り私は閻魔。
ここ楽園の最高裁判所、その所長を務める四季映姫・ヤマザナドゥと申します。
 浄玻璃の鏡も私の力の一部ですが、私に嘘を吐くのは余り良い行いではありません。
 私にはほとんどの嘘を看破する力が備わっており、また嘘を吐くものは地獄に落としてしまいますので。
 確認はこれくらいで。そろそろ説教に入ります。
 ……その前にあなたの生前の記憶を少し呼び覚ましておきましょうか」
そう言い切ると、閻魔だという女性は勺を振りかぶり──


──目の前に、月が見えた。


「いかがでしょうか。あなたの生前の行いは思い出せましたか?」
頷いて、頭が妙に痛むのに気づいた。
内出血を起こした部位を軽く擦りながら私は閻魔と視線を合わす。
「おかげさまで。私にとっては思い出したくない事でしたけど」
思い出した記憶はどれも悲鳴と怒号が響いていた。
恨み言になってしまうのは仕方がない。
私はそんな記憶を思い出したくなかった。忘れてしまいたかった。
だって私にはそうするしかなかったのだから。
「私はああする事でしか生きられなかっただろうし、それ以外の道なんて無かったと思う」
向かい合う閻魔の瞳はどこまでもまっすぐに私を見つめている。
その視線から逃れたくて、私は空を仰いだ。
見上げた空は、今にも落ちて来そうな重い鉛色をしていた。
……見納めとなるこんな時くらい、きれいな空がみたかったのに。
「それは単なる逃避でしかありません。その上忘れようとするなど以ての外。
 貴女は少し、周りの出来事に対して無関心すぎる。他人と関わろうとしない。積極的に行動しない。
 そのような態度では貴女を思う人が不憫で仕方が無い。
 いくら気持ちを向けても全く相手にされないのだから。
 貴女の根源には誠実さがある。その誠実さは時に多くの人の羨望と信頼を集めてきた筈です。
 その証拠に小町へ払った渡し賃の中に貴女が殺めた人からのものも──」
ぽつぽつと雨が降り出してきた。
それは瞬く間に強くなり、私と閻魔を襲う。
「止めて……。もう、分かったから」
降りしきる雨粒の音では閻魔の声を掻き消すには至らなかった。
「あったのでしょう。
 貴女が中身を見ずに小町へ船代を渡したのは金への未練が出来るからではない。
 生前から金銭に執着を持たない貴女がどうして未練が生まれましょうか。
 渡し賃の中身を確認しなかった理由は、故郷の通貨を見たくなかったからではありませんか?」
「黙れッ! それ以上その口を開くなっ!」
だらしなく下ろしていた腕を構える。
その指先の延長線が女の胸部になるよう調整する。
後は留めている力を放つだけ。
如何に閻魔といえどもこの距離では致命傷だろう。
それなのに、閻魔は勺を携えたまま笑っていた。
確実な死が目の前にあるというのに穏やかな表情で、ずっと。
「見てしまえば思い出してしまうから。
 貴女が殺めた友人や部下との思い出を」
歯がカチカチと音を立て震えだした。
目が良く見えない。雨水が垂れて来たのだろうか。
震えは手足にも伝染して二本の足で立つ事すら困難になっていく。
その場にみっともなく崩れ落ちたとき、漸く体の震えは止まってくれた。
「忘却は贖罪にはなりえません。罪と向き合って、初めて購う事が出来るのです。
 今の貴女に積める善行はより多くを見渡すとこと。
 どんな事にでも首を突っ込めという事では有りません、不利益を被るのなら動かないのも良いでしょう。
 ただ、身近に起こることに目を向けて見て下さい。
 そこには貴女がなくしてしまったものがあるかも知れません」
「……あるわけない、あるわけないっ!」
それだけの言葉を搾り出すのが私の喉の限界だった。
亡くした者の代わりが身近にある? 
馬鹿馬鹿しい、あるわけない。それにそれこそ忘却じゃないか。
代わりを求めるのは根本を忘れてしまおうという思いの表れだ。
「確かに、亡くした者の代わりは無いでしょう。ですが、少なくとも貴女の周りにはありました。
 貴女が無くしてしまった物──信頼が」
今、やっと気付けた。理解できた。
この閻魔には、故郷の事で私を咎める気など少しも無いのだ。
敢えて言えばそれを忘れようとしていたのを咎めているのだろう。
だというのに私は閻魔の言葉を都合良く履き違え、悲しみ、怒り、嘆いていただけじゃないか。
「……理解できましたか?」
「おかげさまで。私にそれが出来るかは分からないけど」
水滴を拭って顔を上げると、雨は既に止み雲間から日が差していた。
それが作る光の芸術も同時に目に映りこんだ。
虹を最後に見たのはいつだったか。
地上の兎がありがたがって拝んでいたのが私の見た最初の虹だったと思う。
私の故郷だと雨なんてなかったから、そんな物があるなんて知らなかった。
感動した私はその虹をもっと近くで見ようとしたんだっけ。
横にいた兎に、虹とは触れないものだと聞かされて諦めたけど。
それ以降にも虹は何度も出たはずなのに私の記憶には残っていない。
太陽光が水滴を通った時、屈折率の違いによって光が七色に分散されてそう見えるだけだと分かった後でも。
水を霧状に吹きだすような物と日の光さえあればいつでも見れるものだと分かった後でも。
私は、虹が大好きだったはずなのに。
「……こんなことも忘れてるなんてね」
「生物の、特に高い知能を持つものには忘れるという機能が備わっています。
 それは自己防衛機能でもありますからその存在自体を悪いとは言えません。
 けれど、忘れてそのままでは寂しいとは思いませんか?」
そういった閻魔の表情は少し悲しげで何か思うところがあるようで。
「そうね、私もそう思うわ。たまには思い出させてあげないと。
 転生の度に忘れられちゃ困るものね」
せっかくだから藪を突付いてみた。
「な、何を言って! 私は貴女に対して言ったのであってですね!」
ずいぶんと慌てているけど、これで本人があの世での事を覚えているといったらどうなるのだろう。
……蛇どころか鬼が出る気がしてならない。藪以外からも出るだろうけど。
「冗談よ。そろそろ、判決を聞きたいわ」
「なぜ貴女が会話の主導権を……私がここの管理者だというのに……」
コホン、と小さな咳払いひとつ。
それだけで、最初に会った時の真面目そうな顔になる。
……まだ頬は赤いままだけど、それを茶化したら地獄行きになりそうだ。
「それでは、判決を下します」
閻魔が目を閉じた、それだけで周りの空気が浮ついたものから厳かなものへと変わっていく。
それに伴い、閻魔から押されるような圧力を感じた。
思わず一歩下がりたくなるような、そんな空気のせいだろう。
「四季映姫・ヤマザナドゥが下します、貴女は」
耐えがたい程のその力は、閻魔が口を開いた途端に更に強まり、
「 罪。あな には  への 還を命 ま 」
気の遠くなる衝撃とともに、私は──。



どたばたと何か重いものが走り回る音と、慣れない柔らかな感触に私は目を開けた。
まず目に映ったのは、烏の濡れ羽を思わせるような黒い髪をした女の顔。
女は腰以上に長い髪をだらしなく伸ばしいてるが、白磁を思わせるその容姿と相成ってとても美しい。
そんなことを考えていたら女が目を細めた猫のような笑顔を向けてきた。
「やっとお目覚め? 長かったわね」
愉しそうな声色とそれに合わない妖艶な雰囲気に私は驚き身を竦める。
そんな私の様子を気にかけるでもなく、女は私の髪を好き勝手に弄り始めた。
「ほら、さっさと起きる。心配していたのよ?」
心配していた、とは誰がしていたのだろうが。
私はそれを確かめたくて仰向けであった体を起こす。
体を起こした私が女の肩越しに見たのは古さを感じさせる木造の建物と。



「四季さまー、さっきの女性はどうなりました?」
「心配せずとも向かうべき場所へ向かいましたよ」
「しかし何だったんですかね、あの女性は死んでたようには思えなかったんですが」
「ほう、なぜそう思います?」
「うーん。なんというかあたいの勘がこいつは死者じゃないぞ、みたいな事を告げてたんですよ」
「ふむふむ」
「でも見てくれはどうみても幽霊じゃないですか。だから一応渡し賃は全財産にしましたが。
 思うにあれは……」
「小町も成長したのですね。偉い偉い」
「手、届いてませんよ」
「余計なことを言う口はこの口ですか?」
「いふぁいですよしきさま……」
「そうだ、成長したのなら少しノルマを厳しくしてみましょう。小町なら出来ます」
「そんな! なんでもしますからそれだけはご勘弁をー!」
盆は素晴らしい文化だと思うのですよ。
読了、ありがとうございました。
清流泉
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コメント



0.400簡易評価
1.40名前が無い程度の能力削除
結局どういうことだったのでしょう?臨死体験?
自分の貧しい読解力が悔やまれます。
2.60名前が無い程度の能力削除
えっと、どっちでしょうか?
師匠?弟子?
6.80からなくらな削除
ああ・・・いいですねぇ、これ
花映塚の二人をうまく使えている作品というのも、久しぶりなものです
次回作も期待
7.40名前が無い程度の能力削除
中盤まではよかったのですが終わり方がなんだかはっきりしませんね。
結局うどんげ(かどうかも微妙ですが)はどうして死にそうになってどういう状態だったのかや
かぐや(かどうかこっちも微妙)のよくわからない行動の意味がわかれば
ちゃんとひとつの作品になったと思うのですが。
8.80名前が無い程度の能力削除
えーりんの薬やら実験やらで危ないとこまで行ったんですね、多分。
タイトルに夢ってあるから胡蝶丸ナイトメア?
いい雰囲気でした。
10.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです。既に上で出てますけど、映姫と小町がうまく使われてて、いい味出してますね。

タイトルを見ると、やはり「夢十夜」を意識して書かれたんでしょうか。冒頭から、映姫とうどんげの会話までは、特にそう感じました。
で、その後。
映姫がうどんげの記憶を呼び戻した後から、文体が変化してる気がしますが、これは意図したものですかね。だとしたら、うまいなあと思います。
冒頭とラストの目覚めを対比させてるのも小粋ですね。
次回作も期待してます。
13.90名前が無い程度の能力削除
同意