Coolier - 新生・東方創想話

現創の九 中編

2008/08/04 01:51:50
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 その日といえば、自分は自宅であるアパートの一室で、パソコンに向かってひたすら文字を打ち抜いていた。暗い部屋で黙々と作業にふける様は、あまり健康には見えない。だが、幻想郷の彼女に比べれば、幾数倍も健康であるし、三十迄生きられない、なんて話はない。彼女の仕事は、今のところこれだ。体調云々はとりあえずはおいて、やり遂げねばならない。この物語が終わるまで、稗田阿求は文字を書く。

 側に置かれた栄養ドリンクの空瓶が虚しい。健康になったとはいえ、疲れも眠気も空腹もあるのだ。まして、この一日の修正作業ときたら、分量が半端ではなかった。

 魔理沙が動く度動く度、軌道修正を図らねばならない。

 流石にイライラも募るというものだ。実際問題として、阿求が悪いのではあるが、それにしても魔理沙の自由ぶりはどうにもこうにも、自重して欲しいものであった。

「……早苗さんを出しますか……もう無理……」

 幾度にも重なる修正と改訂の結果、これ以上は不可能と判断。抑止力兵器を投入する。霧雨魔理沙の行動は、あまりにも予想外。紫もきっと戸惑っていることだろう。慧音あたりは話を追えなくて、脳みそがパンクしているかもしれない。ここまで管理が難しい『世界』も、これが初めてであった。

 原因はなんだろう、なんて話は解りきっている。自分の立てた設定が不味かった。この『何もかもが叶う』世界を面白可笑しいものにしようと発案して、魔法少女と謎の女と異界からきたヒロインを配役に加えてみたのだが、如何せん、まさかそれが幻想郷の記憶を想起させるに至るまでになるとは、考えもつかないイレギュラーであった。

「数値変化が可笑しいなぁ……異界って設定がまずかったかなぁ、は――あぁ……うぐぐ……あふ……」

 凝り固まった体を伸ばし、椅子にもたれかかる。悩んだ挙句の早苗出動だ。クレームを受けることも承知。なんでそのイレギュラーを巧く扱って面白く出来なかったのかと、紫や永琳辺りからは批難轟々であろう。無茶を言うな、魔理沙を生かすお話となれば、前の設定が崩壊して一本書き直しになる。霧雨魔理沙の特性を本気で取り込んだなら、それこそ取り返しがつかないというもの。ここは決して『仮想現実』なぞではないのだから。

「阿求さん、いるかしら」
「どーぞー、はしたない格好になってますけどねぇ……」
「……まあ酷い。まるで締め切り前の作家ね」
「似たようなものでしょう」

 タンクトップの腋から手をいれてお腹を掻く仕草があんまりすぎた。流石の永琳も苦笑いし、差し入れをポンと阿求に投げて差し出す。

「ああ、もう早苗さんだしちゃいましたから、暫くは安定すると思います」
「そう。魔理沙があの調子なら、面白い話になると思ったのだけれど、やっぱり無理かしら」
「無理無理無理です。魔理沙さんが完全にシナリオの先を見初めてしまってます。この状態を回避するには、一旦魔理沙さんの自我を取り払って、何事もなかったかのように咲夜さんとパチュリーさんのお話を進めるしかありません。というか、永琳さん、情報与えすぎ。楽しんでません?」
「――そろそろ話も佳境ね。次は誰が書く予定なの」
「無視ですか。まあいいです。次は永琳さんでしょう。もう私を主役にして超設定つけないでくださいね。いえ、自覚あるわけじゃないんですけど、映像データを見る限りでは、その、結構あんまりです。あ、あと冥界組の登場も自重してください。映姫様や小町さんも同様。藍様が御使いに行かなきゃいけませんし、母体に負担が掛かります」
「なんだかんだ、不便な世界ね」
「何もないなら何もないで、幻想郷の何も無い日常をただつらつらと続ければ良いんです。志向性を与えず、幻想郷に似た世界に彼女達を泳がせれば、皆さんが違和感を感じたりしませんし、前の幻想郷と同じような環境になるでしょう。でも、それじゃつまらないからって、紫様がこういう体制を取っているんですから」
「確かに。じゃあ次は阿求×慧音先生ね」
「だーかーらー。私でカップリングしないでくださいってばぁ……」

 永琳の作る話がいつも不愉快だった。何の恨みがあるかは知らなかったが、自分が主役に抜擢されるといつもえらい扱いにされる。その世界では物語に沿った配役である為、自覚は無いにしろ後々確認すると辛いものである。慧音はテンプレ通りの話が好きで、阿求もどちらかといえば王道を好む。紫は主役をからかう役を進んで請け負っており、自分からは作らず、専ら藍に任せている。

 無難な物語のローテーションにもそろそろ飽きたので、ではもう少し突っ込み甲斐のある変な話にしよう、と言い出したのが阿求であった。舞台を外の世界のようにして、幻想郷の皆を学生として学園に詰め込み、咲夜とパチュリーを魔法少女に仕立て上げる。最初こそどーなんだそれと慧音にチクチク言われていたものだが、中盤からは乗り気であったようだ。今は、言わずもがな。怒り狂っているだろう。

 とある地方都市を舞台にした現代風ファンタジー。ちょっと変な趣味趣向がチャーミング? な十六夜咲夜と、日々イベント活動に勤しむ日陰者のパチュリー・ノーレッジのもとに、突如現れた二匹の吸血鬼。彼女達はとある妖に力を封じ込められ、それを追いかけてこの東方の地までやってきた。二匹はそれぞれについて、なんとなく魔法少女に仕立て上げられそうな二人に力を与え協力を仰いだのである。

 度重なる敵の襲撃と、利発で健康的な美少女、霧雨魔理沙の取り合い。魔法合戦と触手と淡い恋物語の核融合が……確か、コンセプトであった筈だ。触手というのは紫が提案したのであって、阿求ではないが。

 吸血鬼二匹の扱いは相当苦労した。実際ならこんな不安定な世界には登場させず、存在そのものを控えさせるか、何の能力も与えず端役として置くぐらいなのだが、今回は新しい試み、ということもあってしっかりと登場人物に据えた。さまざま理由はあるが、今のところこの二匹……二人に関しては然したる問題もないので、今後もやっていけるという事例も現在進行形で出来つつある。

「『ココ』に移り住むのに、一番抵抗した彼女達だけど、そうね。これなら突飛な設定上でも登場出来そうね」
「折角なんでも出来る世界なんです。幻想郷の残滓のような物語だけに登場させて続けるのも悲しい。今回は、これについては成功でしょう。勿論、危ない設定の話に登場させる場合、あまり強い力を与えない、という条件付ですがね。万に一つ、丁度今回みたいにメタの数値が跳ね上がるような事態はもう懲り懲り。魔理沙さんは、ここが幻想郷とは違う場所であると自覚してしまった。力がないから『ココ』を破ろうとはしませんが、もし魔法使いなんて設定だったら……」
「……よく喋るわね。健康だから?」
「いいじゃないですか。そう言うわけです。ですから、登場人物は用法用量を守って正しく動かしましょう」

 もう、何千回と続けたか知れない。最初は幻想郷に近しい世界で、段々と慣らして反応を見た。その結果適用可能であると思った設定を詰め込み、元の世界から発展した要素を加えて話を拡大して行く。すると、幅が広がって、多種多様な世界観を齎す事が出来る。

 今回はそんな度重なるチャレンジの中でも強烈な逸脱を加えた物語。その一歩目でまさかの魔理沙の暴走。もし、これが他の人物達。つまり、大妖怪クラスのバケモノ、そして反骨精神たっぷりの輩が強い能力を持った登場人物としていたならば……この世界はきっと穴を穿たれる。そうなると……紫に怒られるし、面白がっている永琳も良い顔をしない。当然、霧雨魔理沙が特殊だからこそ、このような事態になりえるのであって、他の者達に問題は見受けられないのだが。

「真・博麗大結界ね。八雲紫……よくもまぁ、妖怪の身で神様になったものね」
「みんなの力があったからこそって”あの”紫様が言ってました」
「確かに、力を貸したのは私達だけれど、これを梱包するだけの力量は、彼女にしかありえないでしょうね。そして、その外枠もまた、ね」
「母体の管理は、どうなっているんですか」
「貴女が早苗を使ったから、意識レベルに多少の変化が見て取れたわ。見て取れたからこそ、顔を出したのだけれど。でもま、それぐらいじゃあここは揺らぎもしない。それだけ、完璧な世界だから」
「早苗さん本体は」
「バックアップ? 大人しいものよ。献身的ね」
「そうですか。次はもう少し気を使った話にしましょうかね」
「まだこの学園モノ的な世界観でいいわ。保険医っていうのも悪くないもの。まあ、輝夜が保健室に入り浸るのは、なんだかだけど」
「彼女……直ぐお話を狂わせようとする。無自覚なのに。今回だって、私は彼女に単なるクラスメイトとしての配役しか与えていないんですが、それも変な話です。永琳さんがいますから大丈夫でしょうけど」
「じゃあ次は私×輝夜×妹紅×慧音×阿求にしましょう。きっと楽しいわ」
「いやだ、愛憎劇はやだ……」

 世界は彼女達によって創られている。そしてここは、それを可能とした、幻想郷とは概念の違う新しい楽園。

 幻想郷を丸々【博麗霊夢】に収め、取得した様々なデータをつぎ込み、半生半死、半現半夢、有と無、紅と白、黒と白、陰陽の境界が成立した、完全なる唯一の世界。日本国から地続きであった幻想郷を切り離して、全てを結界に内包したのだ。各種パス(冥界や彼岸や天界といった異界)の接続も此方で制御出来る。八雲紫が千年かけて漸く創り上げた、彼女の集大成であり、新天地。

「意外に、みんな素直でしたね。紅魔館の二人以外は」
「特に力のあるモノは、みんな幻想郷が飽和状態であると知っていた。八坂達が幻想郷に移住して直ぐ、信仰を復活させようとしたのだって、そこに理由がある。信心とは確かに人の心を埋めてくれるけれど、同時に排他的になるわ、それが狙い。これ以上、幻想郷に入る余地がないのだから、当然よね。それに安定もはかれる。八雲紫が天人比那名居天子に怒ったのだって同じ。これから全てを博麗霊夢に移そうというのに、その寸前で破壊されたらたまったものではないでしょうし。永遠亭が姿を現した後だって、八雲紫は率先して出てきた」
「……安住の地、本当の別天地。紫様は、本当の楽園を常々、作りたかったんでしょうね」
「そうでもなかったら、ここまで世界創世に必要な人種が揃っているなんて、ありえないわ」

 天地 八坂神奈子、洩矢諏訪子
 七曜 パチュリー・ノーレッジ
 永遠 蓬莱山輝夜
 歴史 上白沢慧音
 森羅 風見幽香
 運命 レミリア・スカーレット
 破壊 フランドール・スカーレット
 再生 八意永琳
 幸運 因幡てゐ
 境界 八雲紫

 そして、この世界には変化と終焉はない。完全に恒久性が保たれた、十全の世。進展は無いが、衰退もない。

 二柱の神は博麗霊夢という膨大な許容量の巫女に世界を開き、不安定な世界にパチュリー・ノーレッジは天之沼矛(アメノヌボコ)をつきたてた。荒地には四季が舞い降り、その地は運命と破壊によって波乱が巻き起こり、高木神の子永琳によって、耕された世界が再生されて行く。永遠と幸運を埋め込み、絶え間ない激動を上白沢は目にして行く。

 何にでもなりえるせかい。意のままに、思うままに、ここに選ばれた人々が、八雲紫の神隠しによって、暮らすこととなった。不満はない。何せ、幻想郷と大して変わりは無いのだから。危機はなくなり、終わりのこない時代が訪れた。最後まで抵抗した姉妹は、存在そのものがまさか新結界創世の礎になっていたとは、思いもよらなかっただろう。

 ここは博麗霊夢の中身。永遠に夢見る、楽園の巫女の世界だ。

 そんな場所に、不確定な事象なぞ、紛れ込む余地はない、の、だが。

「……ん?」
「どうしたの、阿求さん」

 チラリと目をやった監視モニター。主要人物達の行動を映像で、心理変化をグラフで表すこれだが、値が些か可笑しい。先ほど抑止力として出動させた東風谷早苗の意識体の心理レベルが著しく向上している。他にも、パチュリー・ノーレッジのメタフィクショナル度が数%上昇。更にいえば、霧雨魔理沙のメタフィクショナル度が……下がっておらず、寧ろ上昇を示していた。

「……な、なんですかこれ?」
「はて」

 チャンネルを切り替える。パチュリーと咲夜は寮でまだ寝ている筈なのだが――寮には、咲夜がいびきをかいて寝ており、そして、八雲紫が隙間からその咲夜を観察していた。主要人物が足らない。そこにいる筈の人物が居ないということは、またシナリオが狂い始めた証拠。阿求は溜息を吐いて、マイクを通じて紫に話し掛ける。

『紫様、どうしましたか』
『まずいわよ。逸脱しすぎた。パチュリー・ノーレッジがやってくれたわ』
『ど、どういうことですか』
『いいから、さっさと映像をかえなさい、馬鹿』

 言われて直ぐに、パチュリーが居ると思われる場所を天の目にて確認する。そこには、あろうことか……東風谷早苗と交戦する、ミニスカフリフリの魔法少女の姿があった。

「げっ……!!!」
「あっはは!! これは不味いわねぇ。新しく構成された関係が一人歩きし始めてる」
「そんな。人払いを完全にやって、その上での投入なのに……まさか、パチュリーさんに介入されるなんて。こ、これじゃあ修正した明日分のシナリオが無意味に……」
「酷くならないなら、任せても良いんじゃないかしら」
「ま、まあ……パチュリーさんの自覚は、数値的にまだ安全圏ですし……あ、あれ……?」

 飛び交う魔法と弾幕。その側で、グラフは次々と変化を見せる。登場人物達の、自意識。数値がドンドンと上昇して行く。同時期に、同じ数だけ、誰かが手を加えているかのように。

「……こんな大規模な修正、数日前から仕込まなきゃ不可能です。というか、私達以外がなんて……あ、あ、あ、永琳さん、これ、これ」
「――博麗霊夢の、自我……?」

 母体の自我レベルの上昇。それは、あってはならない数値。彼女は幻想郷を体内に受け入れると同時に、自分を捨てたはずだ。それで幻想郷が平和ならと、そう誓ったはずだ。であるのに、何故と、阿求は首を傾げる。

「きっと飽きたのよ。もしくは、愛しい愛しい友人の心を、仮にも殺害するのが、引けたのか。まあ、後者ね。この世界の出来事は、全て彼女も把握している。友人が苦しかったら、助けてあげたいでしょう」
「それは、そうですが……魔理沙さんは『出て行く』と、そう言いましたよ」
「そうね……今はちょっと都合が悪いわ。まだ実験段階なのに。阿求さん」
「――解りました。物語の強制終了に向けます。ただ、紫様の法則付けのお陰で、行き成り遮断は出来ません。お話通りにしか終わらせられないんですがね」
「そうね。約束事で出来た世界だものね」
「はい。なので、こうします」




 霧雨魔理沙を襲う謎の敵に立ち向かうパチュリーノーレッジだったが、同時に姿を現した大妖ヤクモの手によって、完膚なきまでの敗退を喫してしまう。しかし、突如現れた世界の神によって、大妖ヤクモは滅ぼされ、世界は真の平和を取り戻す。




「……(デウス・エクス・マキナ)を投入します。紫様、行って下さいますか」
『……この状況で母体を?』
「永琳さんに博麗霊夢の自我を制御してもらいます。そちらに行くのは完全に抑止力としての防衛機能博麗です」
『――解ったわ。でもあまり、霊夢を弄らないでね』
「今回だけ、と、願いたいところですね」
『次のシナリオだけど、私が請け負うわ。阿求を主役に。そうね、どうかしら、エログロナンセンスなんて』
「ご、ごめんなさいごめんなさい……」

 仮想ではない現実。現実でもない楽園。楽園にも似た、しかし、管理された世界。永遠を約束された地であった。終わらない平和がある世界であった。観測者が居る限りは、綻びも生じる筈がない、世界であった。だが、どうだ?

 キーボードに手を乗せたまま、阿求は大きく溜息を吐く。もう、今日で何度目か知れない。

 もし、博麗霊夢が本当に反旗を翻したならば。もし、霧雨魔理沙が元来の属性を取り戻すまで、メタフィクショナル度が上昇してしまったなら。それは何も十全ではない、不安定な世界なのではないだろうか。因子を持った霧雨魔理沙は、結界内の最重要人物に当たる。

 脇役?

 とんでもない。博麗霊夢の庇護を受けられるのは、実質的に彼女だけなのだ。博麗霊夢が友人と言い張れる、唯一無二の人間なのだから。

「永琳さん、お願いしますね。先周りしながら、セリフと行動を付け加えて時間を稼ぎますから」
「それにしても」
「はい?」
「彼女達を見ていて思う所があったの。果して、本当の自分って何なのかしらって。大本の一はあって、そこから派生した彼女達は、本当に彼女達なのかしら。私や、貴女も含めて。天才なのに、考えちゃうわ」
「それはまたの機会で。今は、現実を」
「はいはい」

 永琳が隣の部屋へ行くのを見届けると、阿求は差し入れのユンケルファンティを一気飲みして、見事にゴミ箱へストライクさせた。

                               ・
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「魔理沙、離れちゃだめよ!!」
「パチュリー!!」

 風と雨の弾幕。吹きすさぶ突風は街路樹をなぎ倒し、看板を鉄くずにかえる。局地的な台風に見舞われたような街は、抑止力兵器東風谷早苗の猛威に風前の灯であった。霧雨魔理沙、パチュリー・ノーレッジの両名はこの絶え難い危機にあり、確実に劣勢へと追い込まれている。

 稗田阿求が最初に設定したパチュリーの戦闘数値と、東風谷早苗の抑止力としての数値は大した差はない。これも、まさかこのような事態になるとは予想だにしていなかった怠慢の現れだ。稗田阿求も数値を弄れば良いのだが、急激な変化は母体であるハクレイに影響を与えかねない為これは出来ず、そのままの状態では拮抗にあるといえる。が、パチュリーは魔理沙を庇いながらである為、幾分か不利であった。

 相手の水属性に対し、土符を乱用しての防御。リフレクトは確かに二人を守っているが、膨大な霊力と抑止力補正のお陰でどんどんと削られて行く。パチュリーは、何故ここでアイドルである東風谷早苗が現れたのか理解不能であり、それも相俟って思考は混乱も極地であった。

「おまえ、なんで! てかなんだその格好……!! ああもう、わけわからん世界つくやりがって!!」
「出て行くところが見えたから、ついてきたのよ……!! そうしたらこんな……なんで、あれ、アイドルのサナエよね!?」
「そんなこたぁどうだっていい。お前に助けられる義理なんてないんだ」
「……」

 魔理沙の瞳に映る炎はなんだったのか。彼女は何故、自分に敵意を向けるのか。パチュリー・ノーレッジは、霧雨魔理沙に対して、どのような行ないをしたというのか。精一杯守ってきたつもりだ。愛しい幼馴染の為に苦心してきた。何も知らない彼女を助けてきたのに。それは、彼女にとって余計なお世話だったのだろうか。

 そういえば、自分は、この霧雨魔理沙に感謝など、された事が無い。有難うの一言だって、聞いた覚えはない。それどころか、もっともっと、ずっと、自分の知らない昔から、謝られた事すらなかったのではないか。

「……ぐっ……リフレクターが持ちそうにない……なんて攻撃力……!! 妹様!!」
『あいなっ』

【魔法少女】パチュリー・ノーレッジ。ふりふりのレースがついたメイド服を着た、傍目から観ればどう考えても変な人である。いや。傍目から観ずとも、主観で解るではないか。こんな自分が本当の自分である筈がないと。魔理沙の目は、自分の、その奥底を覗いている。本当のあるべき自分。『懐かしき日』のパチュリー・ノーレッジを。

「どのくらい……持つかしら。ねっ」
『ざっと二分。一端回避を推薦するわ』
「じゃあ飛ぶわね。魔理沙」
「ふン。遠慮するぜ。お前に助けられるぐらいなら、東風谷早苗に倒されたほうがマシだ」
『アンタにどんな事情があるかしらないけれど、こっちとしては死なれたら困るのよ。だからさっさとついてきて、考えるのは後にして』
「……畜生」
「いくわよっ」

 フランドールを「憑着」し、魔理沙を抱えると躊躇せず一気に上空へと舞い上がる。サナエは何の感情もない眼でそれを追い、新たな弾幕を重ねて襲い来る。蟠る思考が様々な戦闘的考察回路を遮断している。つまり、戦に集中できない。倒しきれない相手ではないと解っているが、魔理沙の不貞腐れた様子が気になって仕方が無い。

 彼女の知る幻想郷。そして、フランドールが語った魔理沙の観る夢。その中の自分。幻想郷の、紅魔館の、大図書館の、百年の知識パチュリー・ノーレッジ。七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジ。ラクトガール、パチュリー・ノーレッジ。霧雨魔理沙には、自分がそのパチュリー・ノーレッジに見えるのだろう。だが、届きそうで届かない記憶は、どこかで阻害されている。

 このサナエという存在は、今までの敵とは違っている。攻撃方法も、存在力も。そも、あり方として非常識。一体何故に魔理沙を襲うのか。敵だから。というのは言わずもがな。敵なのであるが、違う。異界の鍵たる魔理沙を消去せしめようと……。

「アナタ、何故魔理沙を狙うの!!」


 ――(サナエは答えず、攻撃を続ける)

「……」

 ――(サナエは答えず、攻撃を続ける)

「それは……」

 ――(ぐっ……母体の影響が早苗さんにまで及んでいるんですかね……ああ、喋ったら駄目だってば……)

「霧雨魔理沙は本来の記憶を取り戻してしまったから。ただそれならば問題ない。けれど、霧雨魔理沙はここを出て行くという。その場合、母体である博麗霊夢に深刻なダメージを与えかねない。よって、人格としての霧雨魔理沙を排除しなければいけないの」

 ――(うわ……包み隠さず全部喋るし……永琳さん、どうしましょ)
 ――(大丈夫よ。この世界のパチュリー・ノーレッジでは理解出来ないわ)

「……? 魔理沙のいう、幻想郷に帰るのを、阻止するってこと……?」

 ――(ほらね。設定がごっちゃになっているし、的を射ていないわ)

「違うぜ。パチュリー、お前も少しは解ってるんだろ。ここが本当の世界じゃあないって。だから、私はここを出て行きたい。それを、あいつは阻止しようとしている。ここは本物で作られたツクリモノだ」
「……ここが、ツクリモノ……?」

 ――(うわ、魔理沙さんの馬鹿!!)
 ――(馬鹿は酷いわね……む……パチュリーのメタ値が、ああ、30%上昇。こりゃ無理ね)
 ――(博麗の準備は、ど、どうなんです?)
 ――(今やってるわよ。自我レベル押さえつけるの、結構大変なの。もう少し踏ん張って、阿求さん)
 ――(んぐぐ……しかたない。これぐらいしか……)

「……ここは、ツクリモノ? 魔法少女な私も、お嬢様なアナタも、変な咲夜も、この小さなお嬢様も?」
「実際には居る。そしてお前も本物だ。ただ物語がツクリモノなんだよ。こんな世界を造ったのは、大体がお前じゃあないか」
「――あ、そう……か……げほっ……う、うん……? げほっ、げほっげほっ!!」


 ――必死に魔理沙を庇うパチュリーだったが、すっかりすっぱり忘れていた持病の喘息発作がおこる。


 ――(え、えげつない事するわね)
 ――(緊急時です)


 ビルの合間を縫うようにして飛行していたパチュリーであったが、酷い胸痛に襲われる。後ろからは闇に混じって光る弾の嵐。一人だったのならば回避できようが、しかし、魔理沙を抱えたままでは……。

「げほっ……ぐっ……なにこれ……ああ、この痛み……懐かしいのがムカつく……!!」
「元気なパチュリーってのは気持ち悪いぜ……嗚呼畜生、お前に自覚がないんじゃ怒りようがない。一端降りろ」
「わ、わかった」

 暴風雨が迫る。盛大なビル風が吹き抜け、車を巻き上げて去って行く。歪な金属音は街中を引っ掻き回してはその場を破壊し尽くす。どうすればいいのか。この苦しい肺も、魔理沙も、自分も、サナエも、どうしたら。

 ビルとビルの間に隠れて身を潜めるにも限界がある。直ぐ近くでは爆音。そも、倒せる相手なのか。倒していい相手なのか。

「フラン。こいつはつまり、この世界観で言うところの、魔法少女なんだな?」
『え、あいあい?』
「お前、私にも憑依出来るか。そういう風に変身して戦う世界なんだろう?」
「げほっげほっ……え、ちょ、魔理沙……何考えて……?」
「お前が戦えないなら、私が戦う。お前はそこで、少し見てろ。さっさと思い出せ。んで、私に殴られろ」
「……」
『可能』
「よしっ」

 ――(最悪の展開ね。阻止したつもりが発展してる)
 ――(まるで設定の網目を縫われているようです……)

 もどかしかった。いつもの力を振るえない自分が。何故、彼女の怒りを買っているのか。もう少しで届きそうなのに。まるで一枚、薄い膜をはられているような、そんな不快感。霧雨魔理沙は自分に怒りを向けている。そして、彼女もまたもどかしさを抱えている。

 彼女は思い出せという。この世界は、パチュリーが造ったのだから、と。

「……征くぜ。あの妥協主義者。ぶっ叩いてやる」
『パチュリー。ここで大人しくしててねっ』

 魔理沙は、天に手を翳して、フランを憑着する。本当にダサい。でも、そんな彼女は必死なのだ。いや、いつも、必死だったのだ。彼女のスペルカード名だって気に入らなかったし、弾幕だって力任せで頭に来た。無秩序で、無鉄砲で、大馬鹿者で。でも憎めなかった。どうして彼女はそんなにも自由奔放なのだろうかと。何故そこまで自由で居られるのかと。どれだけ型にはまった世界であろうとも型にはまろうとはせず、自分を追及するその強い意思。妥協せず、隠れて努力して、絶対人に見せない。バレていないつもりで、みんなにばれてて。

「――はは、そうそう、これこれ、これだぜ、フラン」
『お気に召したかしら。なんだか、アンタにはこれが一番似合うような気がして』

 そうそう。彼女は黒白。黒と白の魔法使い。調和と反発を同時に内包した、幻想郷の脇役だ。最強クラスの、大うつけ。彼女は魔法使い。自分の幼馴染なんかじゃあない。小憎たらしい、豪胆なフリをした、乙女なアイツだ。博麗の尻を追い回して、我が物顔で幻想郷を闊歩する、理不尽の塊。反骨の、魔法強盗犯だ。

「……魔理沙……」

                                ・
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                                ・

 もう霧雨魔理沙を縛る枷は一つのみ。記憶は戻り、力も仮初ながら取り戻した。では、あとはこの新幻想郷を突破するのみ。だが、障害は残っている。どうしても、教育してやらねばならない奴がいる。博麗霊夢がこの世界の母体と成り果てたあの時、もう一人、それを補助する役割が与えられたものが居る。可能性の止まってしまった妖怪では母体として不適合、というのが理由だったらしい。人間。しかも、大容量を構えた、博麗霊夢に追従できるだけのキャパシティを有する人間。

「よう、妥協主義者。散々やってくれたな。みろ、霊夢の中がぼろっぼろだぜ」
「ここは本物であっても飾りは虚飾。こんなもの、霊夢でもなんでもないわ」
「私はお前が気に入らない。どうしてもだ。ついでにいえば霊夢だって気に入らない。私に自分が反抗すべき事を、押し付けやがって。お前なんて本当に気に入らない。最初から反抗する気もないでやがる。神様が言った通りにしたんだろう」
「……」

 早苗は黙り込み、強く魔理沙を睨みつける。その言葉を撤回しろと言いたげだ。当然といえば当然だが、魔理沙にそんなものは通用しないし、動揺なんてない。他人からの悪意なんぞ向けられ慣れている。今まで演じていた霧雨魔理沙がどうだかは知らないが、本来の霧雨魔理沙はもっともっと適当だし、他人の気持ちなぞ知った事ではない。知った事ではないが、超越存在の言いなりになるような馬鹿は生理的に頭に来る。

「貴女は目の前のものしか見えていなかった。神様達が必死になって信仰を集めて、貴女だってそれに乗ったじゃない。その行ないこそが幻想郷を保つ為の策だったというのに。それでも駄目だからこそ、こうなったというのに」
「あれは私なりに利益があると思ったからだ。誰があの神様二人に屈服した?」
「私は……現世を切り捨ててまで幻想郷に移住したの。そこが保たれなくなったとしたら、他の方法を探すしかない。神様達はもう現世に別れを告げた後だし、今更戻ったり出来ない。だから私も霊夢も受け入れたわ。新しい楽園を」
「達観したつもりか。自分を犠牲にして成り立つこの世界を受け入れて、本当の神様になったつもりか? いいや。お前はただの傀儡だ。神様に踊らされてるだけだ」
「――じゃあ!! 貴女は他に手段があったというの!? 崩壊するしかない幻想郷を保つだけの策があったの!? 自分勝手なこと言わないで!! 魔法使いなんてもの、現代で生きられるわけがないじゃない!! あんな浮世離れした人間や妖怪が、外の人間と一緒に暮らせるとでも思うの!? 違うでしょう、違うでしょう?! 無理よ!! 私だって無理だった、無理だから移住したのに!!」

 いまだに抱く未練なのか。現代で辛い思いをしたのか。東風谷早苗は叫ぶ。魔法も弾幕も理不尽世界観もない、科学と物質の世界。そこで現人神は生きられるだろうか。魔理沙でもいいや、と頭を振るほかない。そうだ。幻想郷とはつまり、常識と非常識を分け隔てたもの。自分があの地に生まれたのだって、そのような因子を保有していたからこそだ。

 知っている。知っているさ。あんな非常識な奴等が外の世界で同居できる訳がない。今までフィクションであると思い込んでいたものが、現代人達の目の前に現れたらどうなる? 摩擦が生じるだろう。まして、幻想という幻想が現実に溢れかえるのだ。考えても観ろ。そう、彼女は正論。東風谷早苗は百点満点の健気で可哀想な女の子だ。

「知るか、んなもん」
「――な、、、、」

 そう。知った事ではない。自分の聖域が侵され、友人である博麗霊夢が犠牲となって成り立つこんな世界は願い下げ。ただそれしか、霧雨魔理沙にはない。他人の意思に従って生きる生なぞ生ではない。他人が是とする行いを非としてこそ己。人間と非人間の合間を行く己に、そんな正しい論理は通用しない。気に入らないのだ。

「――ほら、こいよ偶像。お神輿担がれた、哀れなお嬢さん」
「侮辱する気……侮辱する気なのね……私どころか、神様まで……」

 ごう。と風が吹く。全てを捧げた己と神々に対する侮辱。強い信仰心はそれを敵意と見なす。強い家族愛はそれを悪意と見なす。地面を蹴り上げ、高層ビルの二十階まで跳ね上がると、魔理沙を頭上を制する。これを見上げた魔理沙は、焦る事もなく笑っていた。そうそうそれでいいと。

「ほら、動かないぜ、当ててみな、弾幕素人」
「駆逐してやる……反発すればカッコいいなんて愚かな思想、今すぐ砕いてあげるわっ」

 単なる揉め事なら、こんな汚い言葉だって使ったりはしないだろう。だが、魔理沙が口にした言葉は東風谷早苗の価値観の否定。自己を完全否定された人間は、往々にして怒り狂うものである。もし、その人間が磐石なる基盤の上に立つ者であるのならばこの限りではないだろう。だが、普通の人間は、そこまで強くない。脆い何かに縋って生きている。東風谷早苗は、少女である。少女であり、そして、成長がとまってしまった新幻想郷の住人だ。早苗が抱く価値観こそがもう広がりようのないひとつの結晶。これを汚すとあらば、ただでは済まさない。

「侮辱。違うな。私はお前に教育しているんだ」
「やかましいっ」

 セーマンを模った弾幕が二十、三十。幾何学模様を描いて魔理沙に降り注ぐ。魔理沙といえば……ニヒルな顔を一つ浮かべて、弾幕豪雨をひょいひょいかわしている。ムキになった早苗は更に四十、五十と重ねるが、次第に荒が見え始めた。魔理沙を狙い損ねた弾は全て散り散りになり、アスファルトの地面と建造物をごっそりと削ってゆく。

「よけるなっ」
「無茶いうぜ。悔しかったら当ててみろ、ほら。お前って奴は本当に餓鬼だぜ。私より年上なのか? 疑問でならないな。私より辛い事だって沢山経験してきたんだろう? なんでそんなに心が狭い?」
「私に説教するつもり!? 心の狭さなんて関係ないし、貴女にだけは言われたくないっ」
「基本、棚上げなんでな。ああそうだ、なんでお前が新幻想郷の予備になったのか、知ってるか?」
「知らないわ!!」
「なら教えてやる。お前が人間だからだぜ」
「だからどうだっての、よっ!!」

 海の割れた日。怒りに任せたそれは、海どころか、鉄筋コンクリートの街を割る。ミシミシと音を立てた後、周囲の窓ガラスが全て吹き飛んだ。続くようにして建造物自体がまるで釣り竿の如くしなり、東風谷早苗の正面を空けて行く。流石にこりゃあまずい、として魔理沙はすぐさま空へと飛び出した。

「おぉおぉ、すげー。これがお前に与えられた役割か? ただ壊すだけか?」
「アンタみたいな馬鹿を大人しくさせるためよっ」
「少し冷静になれよ。さっきは大人しかったじゃないか」
「人を蔑んでおいて、なんて口ぶりよ」
「まあそれでいいんだがね、フラン」
『はいはい』
「私は何が出来る?」
『小難しい理屈よ。説明がいる?』
「簡単によろしく」
『本人の気質に応じた攻撃が出来る』
「それで十分だぜ」

 念じる。ここが非常識の更に非常識な世界ならば、無から有を造ることすら叶うはず。そもそも、ここに物質という概念があるかどうかが怪しいが。出来るなら、それに越した事はない。

「さあオシオキの時間だぜ、早苗。口で言って解らない奴は殴れって、親父が言ってた」
「碌な教育受けてないわね」
「そうだぜ。だから――私は飛び出したんだっ!!」

 具現化する愛用の箒。その手にはスペルカード。そして、霧雨魔理沙の象徴たる八卦炉。これだけ出来れば十分だ。何故、東風谷早苗に頭がくるのか。それを教えてやらねばならないし、東風谷早苗自身に、気がついてもらわねばならない。彼女は壁。現実と幻想を隔てる壁。自分が壁である事がどれほど愚かな事なのか。

「お前は戦えたはずだ。なのに、何もしないであいつらの言いなりになった」
「それが正しかったのよ。それ以外に道がない。何度も言ったわ」
「お前は可能性が見込まれたからこそ、新幻想郷の礎になったんだ。霊夢もそうだ。人間には可能性がある筈なのに、他の妖怪達だって少なからず持っているはずなのに。みんな一つの道しか選ばなかった」
「……反論する場合は、対論を持ってきなさいよ。じゃなきゃ、成立しないわ」
「おっと、変なところで冷静だな。私に具体案はない」
「じゃあ……」

「だけど、可能性ぐらいなら示せる。お前がここの管理権限者であろうとも、私が物語の一であろうとも、それを突破できるって見せてやる。絶対無理といわれようと、私は反発するっ!! いくぜ、恋符――――――」

「本当に……この世には理屈が通じない人が、いるものね――――大奇跡――――」



 ――マスタースパーク
 ――八坂の神風



 極大の閃光がビル群を薙ぎ倒す。草を刈る天乃叢雲でもあるまいに、しかし魔理沙は盛大な笑顔を湛えて全てを吹き飛ばす。対する早苗は抑止力存在として最大級の力を引き出せるよう要請。却下される。向こうの意図はもう見えている。自分は前座。ぞんざいな扱いだ。

 だが、東風谷早苗本人は、最後まで反抗するしかない。それこそが役割であり、己の唯一出来る事。今もてる力全てを集めて。この『反抗者』に――――

「ああ、なるほど……」

 諦めた自分。神様達の言うことが正しいと思った自分。その心が本物だったか偽物だったかなんて、考えた事もなかった。博麗霊夢に負けて、あの地では己が大した事もない存在だと知らされて。希望を打ち砕かれて。けれど、みんな呑気でやっているそんな幻想郷が愛しくて。辛かった外の世界での記憶も忘れて、短い間楽しく暮らす事が出来た。あの地こそが自分の蓬莱であったと、今だからこそ振り返る事が出来る。では、今はなんだ。確かに、東風谷早苗というキャラクターは、彼女達の作る物語に何度も登場する。しかし、その東風谷早苗は本当に東風谷早苗なのだろうか。

 いいや、と思う。しかし、そうだ、とも頷ける。

 いえる事。出せる答え。つまり自分は、反抗しなかった。そんな曖昧にしか自己を把握出来ない世界に、自ら飛び込んでしまった。戦えたはずだ。抗えたはずだ。もし……自分が霧雨魔理沙と協力していたのなら。また別の未来が見えたのではないだろうか? 八雲紫とて、別の策を講ずるだけの時間を作れたのではないだろうか。

 東風谷早苗。自分は東風谷早苗。可能性を内包した、神にして、人。

「ぐうっ!!」

 弾幕が衝突。同時に衝撃波が周囲を支配する。壁となった弾を突き抜け、一筋の光が己を貫くのが、ゆっくりと見える。

「まあ勿論。神様が好きなら好きで、それも仕方なかったのかも、しれないがな」

 本当に自分の理屈に責任のない奴だなと、早苗は笑う。

 ――(早苗。もういいわ)
 ――(あ、八坂の神様。すみません……)
 ――(いいのよ、阿求。魔理沙にゃ敵わないって、最初から解ってたんだから。しかも……)
 ――(しかも?)
 ――(いいや。早苗、戻ってらっしゃい)

「八坂様……ごめんなさい、私……」

 脳裏に響き渡る神奈子の声。聞きなれた、肉親よりも親しい、或る意味での自分の全て。

 ――(戻ってきなよー。あとは次が控えてるみたいだし。こっちきて稗田を弄ろうよー)
 ――(弄らないで……あ、それ触っちゃ駄目ですよ、洩矢の神様)

「洩矢様……」

 脳裏に響き渡る諏訪子の声。つい最近まで、何故居るのか解らなかった、本当の血族の声。

「おう。とりあえず、それだけ教えてやりたかったんだ。じゃあな」

 魔理沙が身を翻す。勿論、追うことはない。

「……私は……やっぱり、これでよかったと思うんです。他に可能性があったとしても、自分が犠牲になったとしても。曖昧になったとしても。他では生きて行けない、皆を助けたと、そう誇りに思いたいから」

 ――(そうかい。おつかれ)
 ――(おつかれさま)

「……はい。ごめんなさい。それと、有難う御座いました」

 自分が消える。抑止力としての力を失い、また本来の管理者側に帰依する。霧雨魔理沙は、本当に頭に来る。自分勝手で、ヒトのことなんてなんとも思っていなくて。けれど、そんな存在が早苗には羨ましかった。何にも縛られたくないと生きるその意思が輝かしかった。今回の役割はこれで終わりだろうし、次からも何事もなかったかのように、この世界は繰り返すのだろう。それで幻想にしか生きられない人たちが、幸せならば――自分は、自由でなくてもよかった。霊夢に比べれば、どうってことも、ないのだ。

(……霊夢。本当は、魔理沙を外に出したいのね……?)
(……)

 防衛端末からの返答要請に対して、母体は発言を拒否した。

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 ――(完了。博麗霊夢、いけるわ)
 ――(解りました)
 ――(さて……だいぶ話もひん曲がったけど。本当に止めれるのかしら。それが疑問だわ)
 ――(大丈夫でしょう。霧雨魔理沙は博麗霊夢を越えられません。それに……紫様が到着しました。先ほど出した案も、崩壊していますから、話を変えます。第四の壁が消失、パチュリーさんも目を醒ましていますしね)
 ――(見計らったようなタイミングね。こりゃ、紫さんによる演出的バッドエンド、かしら)
 ――(残念ながら、演出的バッドエンドです)





「魔理沙……」

 なんで彼女は、一緒にお茶を飲んでくれはしなかったんだろうか。もっと語ってみたかったのに。もう少し親しくなってみたかったのに。彼女は奪うだけ。荒らすだけ。どれだけ自分が彼女の価値観を認めたところで、彼女は自分の一切の価値観を認めてくれようとはしなかった。終わりの見えた幻想郷を救済しうる手段を打ち出した八雲紫と、そして必要とされる自分。そんな立派な行ないの出来る自分は、賞賛されて当然であったのに。あの世界でしか生きられないような小娘に、継続した幸せを提供してあげられたのに。それすらも、彼女は否定した。

「――あんまり暴れると、ゆっくり寝てられないのだけれど、パチュリー・ノーレッジ」
「――おいたが過ぎるわ、霧雨魔理沙」

 ああ――そう。そうであった。彼女には、お茶を一緒に飲むべき、相手がいたのだ。魔理沙は常々、博麗霊夢の隣にいた。博麗霊夢の隣に居ることが、彼女であった。本当の所は……霧雨魔理沙に、自分なんてなかったのかもしれない。ただただ、博麗霊夢を、人の意のままにされるのが……憎かったのかもしれない。

「……そう。最後まで、私は魔理沙の心の片隅にすら、居られなかったって、そういうこと」

 第四の壁が消失、パチュリー・ノーレッジは完全に自己を覚醒させる。
 暴風雨がやみ、灰色の厚い雲が開け、一条の光が地面に差し込む。去来する如来の如き演出は一体どこからくるものなのか。パチュリーは、いいや、と首をふった。あれこそが、幻想郷神。大産土博麗神だ。自分が創世に関わった世界の大本。全能力をその一身に秘めた、超抑止力。世界観崩壊を絶対阻止する、理不尽にして無敵の防衛力。

 第四の壁の上位互換。第四障壁そのヒトだ。

「パチュリー、おい、なんだ、あれ」
「……む、きゅぅ……」
「答えろ」
「……万が一、何かが狂ってしまった場合。それを絶対に押さえつける為の、母体の意識を具現化した、博麗霊夢」
「ああ、ラスボスか」
「たぶん、おそらく。相手のパラメーターはMAXで、こっちはレベル10くらいだろうけれどね」

 シナリオは、稗田阿求は、八意永琳は、これを倒せというのだろうか。違うだろう。自分達は逸脱しすぎた。彼女達は、強制的に物語を終焉に持ち込む気なのだ。ハッピーエンドではなく、惨たらしいバッドエンドとして。解っているなら抵抗すべきではないのだろう。何せ、自分とて今回は出演者側に回っているだけであり、一度立ち返れば同じ観測者。つまり、彼女達の行動は至極真っ当であって、批難するのは御門違い。それを知っているパチュリーが反抗するなど、向こうとて考えてはいないだろう。

「よぉ、霊夢。結滞な世界だな、ここは。お前、アイドルなんだよな。ファンだぜ」
「……魔理沙。久しぶり。私も、混ざっていいかしら。すぐ終わってしまうけどね」
「そうかい。じゃあ存分に暴れろ。この気に入らない世界、ぶっ壊しちまえ」
「それは困るわ。だってここは、私だもの」
「そうだったな。じゃあ、私は紫を殴るから。お前はパチュリーを適当にしてていいぜ」
「……酷い人ね」
「うん。魔理沙も適当にして頂戴ね。紫が無理なら、私が行くから」
「ああそうかい……おお、紫、いたのか。影が薄すぎて忘れてたぜ。優遇されてないな」
「……まったく、貴女って人は……」

 物語の境界線。収拾のつかなくなった話は、しかし、別のルートを辿り始めた。誰も予測しえない、神様を降臨させてまで終わらせなければいけない舞台。パチュリーは、自分は、これを素直に受け入れるべきなのだろうか。一体阿求の元で何が起こったかなど、此方は知る由もないのだが、しかし今の今まで自分が主役であった世界を簡単に明け渡したくないという気持ちが、どうしても残る。それは、決して阿求達の思惑が嫌だといった意味合いに非ず。

 今しか出来ない事がある筈なのだ。

 ――(パチュリーさん。聞こえますか)

 (なによ。失敗したんでしょう。何がなんだか、わからないけど)

 ――(はい。異界という設定がいけませんでした。霧雨魔理沙は配役外の本物の自分を取り戻してしまった。それだけならまだ良いんですが、この世界が作り物であり、ココ以外に”外”があると知り……そして、出て行くつもりです)

 (マニュアル、作ったはずよね。緊急時の。ま、これは想定外でしょうけど)

 ――(はい。登場人物達の自我が全体的に向上している為、適用外です。なので、紫様が秩序安定の為に作った物語の法則を取り入れ、そのまま終結させます。今貴女の目の前にいるのは、防衛力としての機能を極限まで高めた機械仕掛けの神様です。勝てませんから、反抗なさらぬように)

 (いや)

 ――(……!? た、戦っても無意味ですよ? ここは変化も衰退もない。生も死もありません。真・博麗大結界施行時に、そのように設定したじゃありませんか。私達の希望、不自由のない楽園です。死ぬも生きるも意味はありませんし、魔理沙さんを守っても……)

 (やっぱり、魔理沙は自由じゃなきゃ駄目なの)

 ――(は、はぁ?)

 (常々、疑問だったのよ。ここが正しいかどうか。ここは本当に幸せなのか。それに、覚えているでしょう。魔理沙は、最期まで抵抗した。今こんな状態になっているのだって、彼女の過去と属性の結果でしょう? つまり、彼女は間違いなく、この世界には不適合だった。そして、出て行く事を望んでいる)

 ――(正気ですか。彼女を、外に出すと? パチュリーさん。貴女、自分でムリヤリ魔理沙さんを連れてきたの、忘れたんですか)

 (――ええそうよ。でも私は戦うわ。魔理沙を、逃がす)

「お話は終わった? 貴女を次の話まで封印しなきゃいけない。魔理沙は……放っておいてもいいわ。紫には、かなわない」
「うるさい、うるさいうるさい。本当にお前が自由な楽園の母体なら、そんなこと望むはずがない。あんたは、魔理沙がこの世界を望まないと知っていて介入していた。幾ら魔理沙が反骨でも、制御下にありながらあんなにまで逸脱するなんての、ありえないわよ。だったら、最後まで助力してやりなさいよ」
「……駄目」
「あーそう。いいわ。いくわよ博麗。本気で手合わせ願うから、覚悟なさい!!」

 ――(だめだこりゃ……)
 ――(阿求さん、紫さんにこっぴどくしかられるわね)
 ――(ええ、次のお話は幻想郷舞台、私の、エログロナンセンスだそうです……)
 ――(ご愁傷様。作り物の話だと気がつけるといいわね、魔理沙みたいに)

 博麗を正面にとらえ、パチュリーが構える。一瞬の光に包まれたパチュリーは制服を解き、あるべき自分に立ち戻る。モブキャップに三日月。紫色の衣は『自分』のお気に入り。開いた手に湧出するのは秘蔵の魔導書。周辺に浮かび上がる光弾とスペルカード。

「パチュリー・ノーレッジ、推して参る!!! ……げほっ」


 ――(だめだこりゃあ……)

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 夜空に突っ込んだのは、パチュリーと別れて直ぐであった。暗い空に穿たれた、月のような穴に、八雲紫は憂鬱な表情を浮かべて、箒の魔女を待ち構えている。こいつと本気でやりあった現実は一体いつだったのか、皆目見当もつかなかったが、相当久しぶりであると直感が言う。

 本物の幻想郷を離れて何年になるのか。そも、現世と同列の時間軸にあるかすら疑わしい。闇を切り裂き、霧雨魔理沙は夜を飛ぶ。そんな懐かしい思い出を振り返りながら、ワクワクする心を抑えきれず、憎たらしいアイツが、酷く愛しく見えた。

 ここは博麗霊夢の中。では、外に出る手段はと考えれば、境界の魔たるこの八雲紫をぶちのめすほかないだろう。ここがどれだけ造られた物語であろうとも、自分達は紛う事なく本物なのだ。故、外の世界も存在している。幻想と現実の境界線。夢と現の合間。本物が本物を運営する、本物の別世界だ。そうなれば勿論、八雲紫が諸悪の根源である事は、説明の必要もない。

 諸悪、と論じるか論じないかは魔理沙の知ったところではない。論じるまでも無く、魔理沙は八雲紫が気に入らないのだ。その気に入らない紫がそんな世界を創設したのであれば、斯くの如しと魔理沙は反発するに決まっている。現に、今反発しようとしている。

 博麗霊夢。十六夜咲夜。パチュリー・ノーレッジ。ああ、みんな実に気に入らない奴等だ。まして、一番気に入らない、ライバルだと思い込んでいる博麗霊夢の中で暮らしているなんぞ、考えるだけでも虫唾が走る。なんだそれはと。何故この魔理沙様が霊夢の中で一つに合体せにゃならんのだと。

 霧雨魔理沙は自由なのだ。何ものにも縛られてはいけない。相手が是とするなら此方は非としよう。相手が非とするなら此方は是としよう。相手と同じ意見なんて真っ平御免であるし、自分は自分の利益が見えない限り誰とも同調しない。逆らって逆らって、人間で居る事にだって逆らって、魔女になるつもりなのだから。逆らう為に、魔法使いになったのだから。

「何ものにも縛られない、束縛されない自由人。だから、私は貴女を招きたくなかったのに。貴女はパチュリーに愛されていた」
「げろげろ。私はノーマルだぜ」
「パチュリーも災難ね。貴女が本当に愛して止まないのは、博麗霊夢。そして霊夢が唯一友人だと愛しているのも、貴女」
「お前は気持ち悪い奴だな。そんなにも霊夢に固執して」
「待ち望んで千三百年。育て上げて千年。才能という才能を、博麗の血に受け継がせて八百年。漸く郷を一つ飲み込める程のキャパシティを有した、稀代の巫女が完成したの。私からすれば、博麗霊夢は幻想郷、幻想郷は博麗霊夢。分けられていたものを一つに戻しただけの話。長かったわ。長かったけれど、もう、そうね。この世界に移って、外の世界でいえば、数十年は経過しているけれど。驚いた?」
「私も随分お婆ちゃんになったもんだ」
「ここは普遍。永久。永遠。幸運の埋め込まれた、終わりのない最終最後の十全。私が選りすぐった者達だけが幸せに暮らせる、幻想郷以上の幻想郷。東方計画の、完成型」
「実に、真っ平御免だ。私の幻想郷を返せ」
「外からみた旧幻想郷は、単なる原生林よ。元から、人間の開発の手が入る場所じゃあないし。神社があって、巫女と祝が眠っている。それだけの場所」
「ああそうかい。もう元には戻らないと」
「そう」
「なら、戦うしかないな。解決しようがされまいが、叩いて潰すのが、幻想郷退魔師の慣わしだ」
「貴女も変わらないわ。知っていて? 私、貴女のこと嫌いじゃあないんですの」
「気持ち悪い」
「本当よ。だって、私の愛した巫女が愛した貴女だもの。だから私は、貴女に優しい表情を作れる」

 八雲紫は、一筋の涙を流しながら笑っていた。そこには、あの胡散臭さなどどこにもない。ただ嬉しくて、喜ばしくて溢れてしまったもの。こんな奴を理解してやれるほど、霧雨魔理沙は頭脳明晰ではない。こんな奴のことを考慮してやれるほど、霧雨魔理沙は優しくない。

「我欲するは神の道。虐げられし幻想を抱擁する者也。完成された楽園に害及ぼすもの。愛すべき巫女を傷つけるもの。須らく、排除する。ごめんなさいね、魔理沙。貴女は好きだけれど、私は巫女がもっと好きなの」
「はは。私が死んだら、巫女は泣くぜ」
「それもそうね。じゃあ、二度と反発出来ないよう、本当にただの登場人物にしてあげる。霊夢の意識体と、楽しい事をさせてあげる事も出来るわ。どう?」
「私は私だ。他の誰でも、何者でもない。魔法使い霧雨魔理沙は、お前等なんかに縛られない。私は、ここを出て行く」
「残念……じゃあ、行くわよ、属性『反骨』そのあまりにも開きすぎた実力の差に絶望して朽ちると良いわ」



 そこにルールなどない。八雲紫は何処までも本気で、この霧雨魔理沙を排除するつもりでいた。相手とやりあってやる猶予などあたえない。そんな馬鹿な事をして油断を見るような輩は、フィクションだけで十分だ。

 ここは現実、紛う事のない現実。圧倒的力量で相手を押しのけ蹂躙してやるのが正解だ。スペルカードが二十枚。各種に込められた個別の弾幕が、空間に全展開する。四方八方弾だらけ。得体の知れない生物や、意味の解らない高速物体が飛んで往く。魔理沙は笑った。これは弾幕ルールなぞではないのだ。殺し合い、曲げようのない殲滅攻撃。単なる一登場人物でしかない霧雨魔理沙が、これを破る術などない。

 幻夜に響く爆発音。
 空間を劈く弾の嵐。

 八雲紫も、これで生きているとは、思わない。というよりも、これで生きていたら可笑しい。この世界には生も死もない。無いが、そんな取り決めさえ八雲紫は捻じ曲げて攻撃したのだ。生かしておけない。生かしておいたら、また暴れられる。外に出る? そんな無茶をしたら、霊夢が壊れてしまうかもしれないではないか。境界を潜る以外は殆ど術もないのだ。自分が出してやればいい? 馬鹿を言えというのだ。一度認めたものを外部に洩らすなぞ、恥さらしも良い所。自分は外で神であると宣言したのだ。本当の楽園を作り上げて、お前等ざまぁみろと、馬鹿にしてきたのだ。八百万に喧嘩を売っておいて、今更そんな恥部をさらせるかというのだ。

 死ね。間違いなく死ね。生きることなど許さない。別世界の境界の先にだって連れて行ってはやらない。この楽園の内部だけで、全てを処理する。消し炭にして、浄土の糧にする。博麗霊夢の、栄養と成り果てろ――

「――馬鹿な」

 そうして自分は、結局敵役としての台詞を吐いてしまった。

「へたくそ」
「なによ――これ」

 (阿求、どうなっているの。彼女はもう、貴女達の制御下にはないでしょう。なんで彼女『フィクションじみて』いるの)

 ――(そ、そんな事言われたって……ああ、そっか)

 (なに、はやく)

 ――(永琳さん、博麗霊夢本体は)
 ――(……制御は、出来ているはずだけれど……ところどころにブラックボックスがある。自我を抑えたといっても、完璧じゃない)
 ――(……博麗霊夢自身が、八雲紫という存在に異を唱えている、そう取るのが正しいでしょう)

 (なんですって……?)

 認めるものか。そんな馬鹿な話があってたまるか。千年も手塩にかけた博麗が、自分に反旗を翻すなど、あってたまるか。篭絡するのにどれだけ時間と労力を使ったのか、お前達に理解出来るか、夢も希望も詰め込んで、異界に天地を開いた自分を否定するなど、親を殺すも同じではないか。

「認めるものか……魔理沙!!」
「うわ、でっかい声だすな、びっくりするぜ」

 その飄々とした顔が憎たらしい。余裕を帯びた顔が恨めしい。数千回と繰り返した物語の中で、ただの一度でも、こんな事があったか。自分に抵抗出来る霧雨魔理沙がいたか。いいやいない。いたとしても、それは形だけだ。自分は何者だ? そうだ、境界の魔だ。究極的な能力は神をも凌駕する。全ての境界を仕切る己が、こんな小娘に本気で負けるはずがない。ありえない間違いなくそんな事態は狂っている。その狂った話を、博麗霊夢は容認する気なのか。

「認めるものか……認めさせるものか……」
「な、何言ってるんだ、こいつ」
『魔理沙、空間が歪んでる。何か来るわ』
「抽象的だぜ……」

 夢と現の呪。今を別つ全ての元凶。その名を冠するスペルカード。

「――夢現の果てに堕ちて滅びろ、霧雨魔理沙!!」
「な、お前、これは……!!」
「いいからさっさと落ちろっていうの……永遠に夢と現の更に夢と現を彷徨うがいいわ。外に出してやるものか、勝たせてやるものか……貴女を、博麗霊夢に、認めさせてなぞやるものか……!!!」
「――あ、がっ……」
『魔理沙!!』

 認めさせるものか。博麗霊夢に、幻想郷に愛し恋されるのは、自分だけで、十分だ。

「う、うん? なんだ?」
「!?」

 ――駄目よ。勝手に終わらせるなんて。

「だ、だれ!?」

 最後の一撃。一度嵌れば抜けられない、奈落に落ちる寸前。魔理沙と紫の耳に、聞き覚えのある声が響く。

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                               ・

 今はただ、悔しかったという感情だけがある。

 博麗霊夢内に幻想郷を内包すると聞き及び、興味を持ったあの日。数日後には八雲紫自らが現れて協力を求めてきた。最初こそ、本当に楽しみだったのだ。七曜を有しながら、絶対的に及ばぬ魔力と霊力のお陰で実現出来なかった野望が叶う機会が訪れたのである。

 箱庭程度で満足していた自分にとって、まるで夢のような提案。手に取れるそれは、月への旅行どころの話ではなく、実感と充実に充るものになり得たはずだった。生れ落ちて百数年。とうとう神様に近づける日がやってきた。

 しかし、真・博麗大結界実行数日前になると、レミリアは気に入らないと反発し始める。今まで良いと言っていたではないかと諭すと、気に入らない、と返された。一体、どこにどんな論理性があってそのような言葉を口に出すのかと問えば、気に入らないものは気に入らない。と怒られた。

 散々新しい世界の有用性と快適性を説いたというのに、これである。彼女にはそんな理屈は通じないのかもしれなかった。

「ぐっ……ずぅぅぅうっッッ!!」
「その魔法で何時まで凌ぎきれるやら……私は貴女達に作られたのよ? 究極の一、Great one(支配者)と名付けたのは貴女。世界を律する強制力として、アンタ達は私に全てを注ぎ込んだ。そんな能力の一でしかないアンタが、私に勝てるはずがない」
「五月蝿い!! げほっ、月符『サイレントセレナッッ』」

 不機嫌なレミリア。同調するフランドール。困り顔の咲夜と美鈴。溜息ばかりの自分。そんな日が数日続いて、最後にやってきたのは、霧雨魔理沙だった。何故現れたのかと問えば、気に入らないといった。有用性と快適性について散々諭したが、コレも無駄。兎に角どうあっても、博麗霊夢を犠牲にして成り立つ楽園になど住まいたくないと、そう彼女は叫んで散らした。

 自分が作る、新しい世界がそんなに気に入らないか。ならば勝負しようと、そういう話になった。魔理沙の抵抗は激しくて、喘息を抑えながら、ムリヤリ長い呪文を唱えて反撃した。酷くムキになっていたのを、よく覚えている。そして、魔理沙も普段以上に、いや、過去類を見ないほどに、必死だった。

「当たらないあたらない。当たる筋合いも道理もない」
「くっ……魔理沙が出て行くまで、貴女を通さないわ。貴女の相手は私。覚えておきなさいっ」
「……それに何の意味があるの。魔理沙が外に出る? 本当にそれで幸せ? もう幻想郷は存在しないのに。田舎娘のあの子が、外で生きられるはずがないわ。彼女は魔法使いである事に固執している。魔法使いは、幻想でしか生きられない」

 最後のマスタースパーク。八卦炉が溶解し、手を焼く程の長時間の酷使。自分は、全部をかわしきった。意地だった。どうしても負けられなかった。認めてくれない事に、イライラを募らせていた。何故、何故理解出来ない。幻想郷より多種多様な可能性を秘めた楽園が出来るのに。虐げられた者、忘れ去られた者、皆が幸せに暮らせる世界が出来上がるのに。自分は、そんなすばらしい場所を創るだけの技術がある。魔理沙だって、きっと幸せになれる。それなのに、それなのに。

 何故、みんな認めてくれない。

「間違っていたのよ!! 少なくとも、彼女はそんな楽園、必要なかった!! 私は、私は――」

 そんな彼女が憎くて。そんなにも博麗を思う気持ちが悔しくて。

「恐ろしい女。意のままに出来ないと悟って、魔法で縫い付けたのね。つまりこれは、罪滅ぼしってことか。ひどいヒト」

 悔しかった。何故そんなにも、あの博麗が想われているのか。自分はいつも提供するだけの自分なのか。キミは何も私に与えてはくれないのか、と。人間の小娘に、最大限の嫉妬をぶつけてやったのだ。反抗する意思と記憶と属性の封じ込め。その勢いでレミリアとフランの寝首をかくような真似もした。同等の呪を、ぶちこんだのだ。

 悔しかった。だから、この世界に暮らせば、その素晴らしさを理解出来ると考えて――

「だから通さない。彼女は、八雲紫(結界)を打ち滅ぼして、外の世界へと旅立つわ!! 私は絶対貴女には敵わない。でも、足止めぐらいなら出来る!! こんな二度とない『話』逃してなるものですかっ」
「ああ……貴女が創る『話』でちょくちょく感じた違和感はそれ、か。創作側に回る度魔理沙を外に出そうと画策していたって訳か。まあ、アンタのエゴに付き合いたくはないわね。私は現状維持を是とする防衛機能。霧雨魔理沙は、無害となってこの世界に立ち返る。もしくは、滅びてなくなるわ」
「ない、ないわ。あの子は反骨だもの。私達では御しようのない、度し難いまでの阿呆だものっ!!」
「哀れ哀れ。あんな小娘一人惹きつける事も叶わなかった魔女が、大きな口を叩いて。もう寝なさい。次は良い夢みなさいよ」

 粛符「五重結界~アンチメタフィクショナル~」

 ぐわん、と。空間が撓む。博麗霊夢自身が博麗霊夢に負荷を掛け始める。本体がどう考えているかはパチュリーの知る所ではなかったが、少なくとも防衛機能は、この程度の変革どうとも考えていないようである。舞台であった筈の街がどんどんと歪む。向かい合っていた隣に立つビルは、四次元的なうねりを見せて半身を異空間に突っ込んでいた。迸る霊力はまさに神。八雲紫が自分に説いたように、そう、これは人間外の超生命体だ。

 リフレクターが一撃にて粉砕する。同時に訪れるのは、身を締め付けるような重圧。結界の名を有した、限定的重力圧。骨が軋む、眼球が押しつぶされそうになる。喉が圧迫される。頭蓋が割れそうになる。

「あ、がぁっ……!!」
「魔理沙はアンタに興味ないわ。アンタもそしらぬ振りを続けていればよかったのに。物語に影響でもされたの? 本当に、恋でもしてしまった? 女の子同士で。はは。馬鹿らしい」
「喋るな……木偶人形……!!」
「神様に対して、失礼ね。しかも、アンタ達が勝手に作ったんじゃない。私は望まれて生まれただけ。子供を罵るなんて鬼畜ね。でも、アンタが影響されるのも、致し方が無いといえるわ。データベースには、数百を越えるアンタと魔理沙が良い仲になる物語がある。これ、幾つかアンタが書いた奴ね。私と魔理沙、アンタと私、なんてのもあるわ。誰かしら、こんなお話書いたの。阿求、慧音、永琳、紫、藍、神奈子、諏訪子、早苗、輝夜、幽香、てゐ、それとも私が作ったお話? 他の誰かかもしれないわね」
「あっ、はぎっ……ぐぅ……!!」
「『何時の日か私は霧雨魔理沙が気になるようになっていた。来る日も来る日も奪って行く彼女は憎たらしくて、けれど何処か本気で怒れなくて、この感情がなんだったかと気が付いたころには、私はもう手遅れだった』って、あはははは!! 何? マゾ?」
「うるさい、うるさい、うる、さい……!!」
「アンタが五月蝿い。自分で作った話でしょう? 責任持ちなさいよ。私の体の中で繰り広げた物語でしょう? 作者が否定するんじゃないわよ。堂々と胸を張ればいいわ。だってここは、自由だもの。アンタや私や他の皆が、笑ったり泣いたり怒ったり恋したり死んだり生きたり、幸せでしょう?」
「私は――――私は、彼女に、ただ、誉めてもらいたくて……認めて、貰いたくて……自分が認めてもらえる世界が、欲しくて……」
「すごいエゴ。そして残念。パチュリー・ノーレッジは、今この最期の瞬間まで、魔理沙には認められませんでした。おしま……うん?」


 ――だから、勝手に終わらせるなっていってるのよ。


 この絶体絶命、あとはやられて、演出的バッドエンドによってエンドロールが流れるだけの世界で。



 八雲紫、博麗霊夢に同時射出される銀のナイフ。突如現れる、神出鬼没の、完全で瀟洒なメイド。


























                          『――咲夜!!!』
























「私を差し置いて話の終盤みたいな展開繰り広げてるんじゃないわよ。何がどうなってるかさっぱり解らないけれどね」

 十六夜咲夜が、凹面鏡に映ったような狂った月を背景に、立ちふさがる。

 演出的バッドエンドは転換。改変。継続と新しい終焉を用意される。明らかに、阿求達の苦心は反映されていない。自我を持つ母体の強制干渉。『可能性』という極わずかで希薄な概念を最大限に用い、物語を捻じ曲げるその行ない。八雲紫の頭が沸騰する。怒りのあまり怒鳴りつける。

「――十六夜咲夜……!! 何故、今更になって……阿求!! どうなっているの、こいつは、なす術なく物語の終結に巻き込まれるはずでしょう!! こんな『奴等に都合が良い』状況、ありえないわ!!!!」

 ――(母体が……この世界観を……再構築しています)

「なっ……!! 永琳……抑えられないの?!」

 ――(無理よ、紫さん。というか、これだけの仕様変更、できるなら最初からしてさっさと終わらせているわ)

「……は、配役は!!」

 ――(母体は八雲紫を敵性分子と設定。パチュリー・ノーレッジを準主人公に設定。そして、霧雨魔理沙を主人公と再設定。……ああ、どんどん書き換えられていく……霧雨魔理沙に与えた属性はエゴ。能力は『シナリオを消化する程度の能力』です)

「――――あ、あ……ああ、れ、霊夢……本気で、本気で魔理沙を外に出す気なの!? あの子は魔法使いよ、ただの人間じゃないわ。人間を超越した幻想種よ? そんなの、表に出して良い事なんてない。貴女の大切な魔理沙は、あの物質世界に揉まれて、無残な生き様を晒すだけよ? 考え直して頂戴、お願い霊夢、あの子の幸せの為にも……霊夢!!」

 防衛機能博麗霊夢は、呆然と空中に立ち尽くしたまま、動かない。狂おしいまでに煌々と照る月明かりを浴びながら、新しい主人公を見定める。自分の母体。自分以外の自分。自分であって自分ではない、本当の博麗霊夢が、反抗を拒否する。

「霊夢……私の作った世界がそんなに不満なの。私は良かれと思って、皆に楽園を与えようと思って……!!」

「……私をお前の価値観に当てはめるな。大体、犠牲にしたもの、斬り捨てたものは何もないとでも言うのか、お前」
「ま、魔理沙……」
「……正しいと思ったわ。貴女の言うことが。けれど、望まない人もいる。望んでも与えてもらえないものが在る。今の貴女は、私と同じよ、八雲紫」
「パチュリー……」
「え、何か言わなきゃ駄目かしら。ええと、そうね、お嬢様の出番がないのが可哀想だわ」
「お前は空気が読めないんだな、咲夜……」
「あらやだ、いらっしゃったんですか、お嬢様」
「……あ、貴女達……はっ……!!」

 八雲紫を、魔理沙、パチュリー、咲夜、フラン、レミリア、そして博麗が囲む。これが、フィクションであったのならと、管理者側の自分が葛藤する。だが、残念ながら八雲紫が創り上げた世界は、正真正銘の本物である。物語の中になくとも、彼女達は紛う事なく本物。そして、自分を囲む数人には、反発する意思があり、自我がある。押さえ込んでいた筈のスカーレット姉妹もまた、元の幼女の姿へと戻っていた。

 頼みの博麗は、虚ろな目をして動かない。幻想郷の大妖怪達の能力を全てつぎ込んだ防衛機能が、まるで役に立たない。

「がっ……貴女達……貴女達……貴女達は、何もわかっちゃいない!! 何故!? 何故こんなにもすばらしい世界が理解出来ないの!? なんにでもなりえる、なににでもなれる永遠よ!? 終わってしまう運命にあった幻想郷が恋しいの!? 馬鹿いいなさい、終わりが見えた場所で安息なんて得られない!! 何時かは訪れる終焉に向けて、私はずっと考えてきた、私はずっと準備してきた!! 現世では生きられない貴女達を、忘れ去られ、虐げられるであろう貴女達を、貴女達の幸せを想ったからこそ!! 愛しいからこそ、私は、私はこうやって、全ての、時間を、費やしてきたのに……!!!」

 紫は、博麗を指差す。もう何処にも向けられない怒りを、我が子のように思ってきた『博麗』にぶつける。

「霊夢、答えなさい!! 何故コイツ等に助力したの、こんな収拾のつかない事態に持ち込んだの!! そんな、そんなにも霧雨魔理沙を外に出したいの!? そんなにも『人間』が恋しいの!? 貴女は平等でしょう、中立でしょう!? 当たり前よ、そう望んであなたを創ったのだから、育てたのだから!!!」

『――紫。もう止しましょう。完璧を望むのはいい。完全でありたいのも解る。虐げられ続けた貴女が、現世に似つかわしくない者達を集めた理由も、私は理解出来る。でも、望まないものもいる。完全で在りたくない奴もいる。そして今の貴女は、中立じゃないわ』

 虚ろであった博麗に、色が戻る。とつとつと語る優しい声色が八雲紫に染みて行く。だが、それを受け取る事は出来ない。ここまでやってしまったのだ。何もかも全部。ありとあらゆる幻想を、博麗霊夢に詰め込んだ後だ。もし、自分が何かの間違いで折れてしまったのなら。この外枠を更に梱包する結界たる己が、そのような思想に妥協してしまったのなら。

 訪れるものはなんだ? 崩壊か。変調か。異変か。八雲紫本人ですら、計り知れたものではない。絶妙のバランスにあるこの場所を、自分が欠くような真似、出来る筈がない。そこから母体に影響を与えかねない。それだけは困る。手塩にかけた千年が、自分の妖怪としての人生が全て水泡に帰してしまう。愛して止まない博麗霊夢に傷をつけるなど……。

「嗚呼嗚呼忌わしい忌わしい憎たらしい……!!! 神から身を落としてから幾星霜……これほどまでの、これほどまでの屈辱、味わった事がないわっ!! 何のために……!! 何のために……!!」
「妖怪が堕落した神であると、それが自分に当てはまると。そう言いたいのか、紫」
「うるさい……うるさい五月蝿い!! 全てお前が……お前さえいなければ……!!」
「その通りだ。私さえ巻き込まなきゃよかったな」
「阿求!! 観ているでしょう、答えなさい!!」

 ――(は、はいっ)

 こんなにもこんなにもこんなにも狂おしいほどに愛しいセカイなのに。自分が自分がずっとずっと望んできた、永久の幻想郷であるのに。何故何故自分が批判されねばならないのか。外に存在を拒まれたからこそ、お前達は幻想郷に行き着き、幻想郷に生まれ、幻想郷で育ったのではないのか。そんな愛しいお前達だからこそ、だからこそ……。

「書き換えられたシナリオは、どうなっているの、どんな結末なのッ!!!」

 ――(十六夜咲夜の登場。窮地を救われる二人。己の思想を突き通さんと主張を続ける八雲紫。母体に否定され、そして己の進退を……私に問うと、そうなっています。そこから先は空白。つまり、貴女に結末が委ねられています。紫様)

 ――(主人公、霧雨魔理沙が新幻想郷を脱出する方法として提示されているものもあるわ)

 ――(え、永琳さん)

 ――(紫さんが聞くのだから、説明してあげなきゃいけないわ。そういう義務が、私には与えられている)

 ――(……)

「永琳、答えてッ」

 ――(……真・博麗大結界守護者、八雲紫を倒す事)

「なん、ですって……?」

 皆が、響き渡る天の声に耳を傾けた後、八雲紫に視線を向ける。八雲紫はそんな視線に応ずる事もなく、全身を震わせて、我が子の裏切りに怒りを通り越し、唖然としていた。物質世界にあり続け、過去受けた事のない衝撃と絶望。最大限の屈辱は、紫の精神をこそぎ落す。心血を注ぎ生み出した楽園からの、完全否定。管理権限者の操作など意に介さない新幻想郷母体博麗霊夢の強権的介入。これは、幾ら八雲紫の力をもってしても、覆しようの無い結末。

「わ……私が……否定、された……? ここは”私”なのに。私の全てが詰っているのに。私が梱包しているのに……私が……私が……私が、、、私が、、、私が、私が、私が、がわたしがわたしがわたしがッ!!!」

 世に憚りし異形のものたち。忘れ去られし人々の悪夢。そこにはこの世の忘れ形見たちが、今を永遠と信じて生きていた。何故、神はこのような者達まで作ってしまったのか。何故、虐げられねばならないのか。何故、忘れ去られてしまわねばならないのか。私は私達は我は俺は己は自分は、ここにここにいるというのに。自己は自己と信じていても、誰の記憶にもなくなってしまえば、それは死でしかない。自己を自己と疑おうとも、誰かが信じていれば、それは紛う事無く、自分であるのに。神はそういうのだ。現実を見据えよと。歴史は人は自分達をいらないものと認識し、そしてその認識を省いたのだと。

 ――ああそうか、そういうならば仕方ない。だったら自分が神になる。誰にも邪魔されない、本当の楽園を作り上げてみせる。誰も損をしない世界を創ってみせる。分別のある、正しい世界を造ってみせる。神になり損ねた、いいや、神を凌いでしまったからこそ、敬遠されつづけた自分が、貴様等に及ばぬ、普遍の浄土をツクリあげてやろう、と――――

 ―――― な の に ! ! !

「こんな結末!! 絶っっっっっっっっっ対許容しない!!! 私は、博麗霊夢の選択を非とする!!!」





      ――ああ愛しき幻想郷。ああ恋しき幻想郷。ああ尊き我が浄土。このまま穢されてしまうならば――いっそ。





「……あ、風景が、崩れてくぜ……?」

 まるで鏡が割れるようにして、風景が粉々になって行く。虚影が剥ぎ取られ、全てが境界の中身になる。見渡せば紅い海。幾つもの目玉が、登場人物達を監視する。博麗霊夢を覆う、その内側の光景。

『結界に穴をあけたのね。つまり、私に穴をあけた。あいつ、最初から創り直す気でいる。境界から私に手を突っ込んでるわ』
「霊夢? もう少し解るように説明しろ。お前等っていうのは、いっつも抽象的なんだ」
『私がひん曲げた話を、自分の思い通りにしようとしてるわ。別に、魔理沙が出て行くぐらいでそこまでムキにならなくてもいいのに』
「まったくだ。私にゃ、あいつの思想は理解できんな」
『アイツが境界を開けばそれで済む話なのよ。でも、あいつはやらない。プライドがあるんでしょう。自分の世界を好きに弄られるのが頭にくる。完璧だと思っていた世界に罅が入るのが気に入らない。一度認めたものを――後になって取り下げるなんて真似をしたくないの』
「根が深そうなトラウマだな」
『可哀想な奴なのよ。でも、こんな行ないをしたら本末転倒』
「そうかい。まあ、どっちかっていうとむしろ、お前に否定されたのが頭に来てるんじゃないかと思うがな」
『……私、アイツの事嫌いじゃないわ。ふざけた振りしてマジメって知ったし。でも、これは違う。これは自由なんかじゃない。楽園でもなんでもない。貴女達が平等でも、幸せでもない。さながら、八雲紫の独裁国家よ。魔理沙。目を醒まさせてあげて。主人公は、アンタ』

 ”博麗霊夢”は魔理沙を見つめ、そういう。楽園の巫女は、笑ってアイツを止めろという。きっと、自分が好きにされている今でも、怒ってはいないのだろう。霧雨魔理沙という存在をこの世界に許容した時点で、霊夢自身も今が何時か来るその日なのだと、予測していたのかもしれない。魔理沙には、博麗霊夢の思想も、八雲紫のエゴイズムも、理解なんて出来ないししようとも思わない。アイツがどんなに怒っても、コイツがどんなに笑おうとも、魔理沙は魔理沙が思う事しかしない。

 見渡せば、皆が自分を見ていた。霧雨魔理沙という黒白の魔法使いを。突如白む世界の眩さに目を瞑る。そして開いたその時には、自分の目の前には博麗霊夢の姿も、他の皆の姿もない。いるのは、パチュリー・ノーレッジその人だ。本当に巫山戯た場所だぜ、と笑う。パチュリーは、そうねと笑って返した。

 誰に望まれようとも、誰に怒られようとも、霧雨魔理沙は霧雨魔理沙の思うままに動くし、自分は自分しか信じていない。ここがどんな所であろうとも、自分が自分であると結論付けられる。それは唯一、己を己と認められる行為。他の誰が認めるものではない。他の誰が干渉出来る物ではない。世界の再創世を実践しようとする八雲紫が創るこの真っ白な何も無い光景にありながらも、自分が自分であると解る。自覚出来る。

「私は私だぜ、パチュリー。だから、私は人の話なんてきかないし、自分に利があると思わなきゃ、動いたりもしない」
「私も私よ、魔理沙。だけど、今私がここにいるのは、八雲紫が望んだから。私は世界を創る事を、一度は肯定したから、きっとまた協力するだろうって。以前の私なら協力したでしょう。でも、貴女が違うというならば、きっと違うわ。賞賛される事を望んで、認められる事を望んで、その結果の失敗を、さらに繰り返してしまうとしたら。この世界を味わった貴女が、この世界を非とするならば」

 それが私の罪、と。パチュリー・ノーレッジは言う。だから、魔理沙は言ってやるのだ。

「これは違う。私の望む世界じゃない。みんながどう思ってるかなんて知らないね。少なくとも、私にゃ似合わない」
「聞き届けたわ。もう、二度と道を誤らぬよう。まずは一つ、決着をつけましょう。このままでは一度形成された博麗の内界そのものが崩壊する。この中にいる彼女達に混乱を来たす」
「流石に後味が悪いな、それは。どうだい、私に意見してみたら。さて、どうすればいい?」
「八雲紫を倒す。まだ、博麗霊夢の設定が生きている間に」
「おう。了解だぜ。それは、私の利になる」
「ほんと、酷い人」




 白い世界の唯一の黒点。どこが上でどこが下なのか、何処を向けが視点が定まるのか、そんな場所に、彼女はいる。自責の念と、後悔と、そして新たな希望を携えて。夢を夢で終わらせないだけの力があった。見果てぬ現の先を見据えるだけの力があった。幻想と現実を別つだけの力があった。神から堕ちようとも、神以上であるという自信があった。自分ならば出来るという自信があった。そして、それは今もまた、堪える事なく彼女の精神を支えている。最高の能力者達と最高の依巫と最高の己があれば、世界なんて幾らでも作り変えられると。例え、母体が否定しようとも。それが紫(母)のなすべき、娘に対しての教育なのだと、信じて疑わない。

「さぁ、パチュリー・ノーレッジ。唱えなさい。創世の言葉を。貴女の望む形を。本当の在るべき楽園の姿を」
「否定するわ。今で十分でしょう、紫さん。こんな事、今後も何回と繰り返すつもり? 無理よ。魔理沙が居る限りは、魔理沙は何度でも貴女に歯向かう。私も何度でも、彼女が覚醒するよう働きかける。博麗が、何度でもこのような機会を作る。解っているのでしょう?」
「そうできないようにしろと、私は言っているの。こんなこと、二度と起きないような世界にしろと」
「出来ないわ。貴女自身が否定されているもの。どれだけ管理者が居ようとも、博麗霊夢が母体である限りは、無理」
「……じゃあ仕方ないわ。東風谷早苗を出しましょう。その為の予備」

 ――(おいおい、人の祝を勝手に使うなよ、八雲の)
 ――(私達は今のままで十分よ。こんな私達の意思ですら、貴女は捻じ曲げてしまうの、八雲紫)

「ぐっ……守矢の二柱。でも、けれど、このままでは何度も繰り返すわ」

 ――(魔理沙を外に出せばいいだけだろう)
 ――(何故、そこまで自分の認めたカタチに固執するの。魔理沙一人ぐらい、いいでしょうに)

「……いまだに神之座に坐す貴女達には、解らないわよ。じゃあいいわ。輝夜、いるでしょう」

 ――(いるけど、なに?)

「皆が違和を感じるようになったら、時間をすっ飛ばすように設定して。それなら保険がかけられる」

 ――(やーよ、面倒くさい)

「……永琳」

 ――(私じゃなにもできないわよ? 治すだけだもの。例えば、この混沌となってしまった世界を元に戻したりね)

「……因幡」

 ――(利のあるほうにつくわ)

「……幽香」

 ――(何にもない所で、何か開けるとでも?)

「……レミリア、フランドール」

 ――(元から協力なんてしてないぞ。我々はいるだけなのだから、ねぇフラン)
 ――(ねぇお姉さま)

「慧音……阿求……!!」

 ――(八雲。無理だ。我々に出来ることなんぞ、観たものを記するだけ。それに、何もない所からでは作れない)
 ――(諦めましょうよ。紫様。私達は、今が幸せですから。紫様は、そのようにする為に、ここ創られたのでしょう? 皆満足しているんです。ただ、魔理沙さんが認めないだけで)

「やめとけ、紫」
「……ちくしょう……」

 理想を追い求めた結果。その終点。項垂れた紫に対して、魔理沙は八卦炉を向ける。哀れんでやらん事もない。やらん事もないが、同意はしてやらんと、意思の強い、強すぎる瞳が、紫を貫く。最強のエゴ。無敵の自分勝手。博麗霊夢の加護を受ける、その右腕には、パチュリーの手が乗せられる。己の罪とともに、己の咎とともに。

「私は、間違っていない」
「そうだな。お前は正しい。皆を救おうって思想は立派だ。ただ、全員が従ったりはしないし、好き勝手するのも頭に来るってこった。今に満足する奴がいるならそれでいいじゃないか。それに、私の場合は昔に満足してるんだ。懐古主義の時代遅れの、古風な魔法使いなんだ、私は」
「紫さん」
「……なに、裏切り者」
「夢をありがとう。私は、千年かけて創る世界を、百年で創ることが出来た。あんなにも至福な時はなかったわ。そして、その世界に満足してくれる人たちがいた。けれど、間違ってしまった事もある。これは……私のエゴ。受け取ってくれるかしら」

 二人の魔力が、八卦炉に集中する。主人公達の、結末への一撃。必然的デウス・エクス・マキナ(主人公)の雷。

「さて、終わらせるぜ、紫。霊夢が言うんだ、仕方ないだろう?」
「だ、駄目、貴女だけは絶対に出せない……他の誰かを許したとしても……あなただけは、絶対……!! そ、それに貴女なんかが外の世界で生きられるわけがないわ。田舎娘が、あの科学世紀を……」
「心配ご無用だぜ。なにせ小間使いがいる」
「え、誰、それ」
「お前だよ、パチュリー。向こうでちゃんと責任とれ」
「あ、あは……あははは……ああ、そうか。こいつは、どこまでも、自分勝手」
「――う、あ、あぁっ……」

 八卦炉が唸る。白い世界に、開闢の光が一筋。妄執と嫉妬に狂う八雲紫は、為す術なく飲み込まれて行く。愛すべき巫女の裏切りを、憎むべき愚か者への怒りを一身に秘めて。最後の最後まで、自分は間違ってなどいないのだと。


「さよならだ。あばよ、みんな」

「往かないで……!! 魔理沙!! 出て行ったら、貴女は――!!」


 別たれた境界。そのスキマ。魔理沙は、パチュリーの腕をひいて、拳を『天』へと突き上げた。

(逢いに来るぜ、霊夢。必ず)





                             ~   ~





「数人、話があるわ」
「げっ、霊夢さん……説教ですか、説教ですね?」
「違うわよ。紫が『外に』引きこもってしまったから、これを機会に一端整理をつけようと思うの」
「どういう意味かしら、霊夢」

 母体が物語として定義していた舞台が終了すると同時に、阿求の自室へと、防衛機能博麗が訪れる。防衛機能とはいうが、完全に母体の代弁者となっているため、本人と言ってよい。阿求が弄るモニターにも、これが母体の自我であると、数値が現れていた。

「数人というと、誰でしょうか」
「阿求は今に満足よね」
「はい」
「じゃ、いいわ。レミリアと、フランと、咲夜かしらね。神様連中と元永遠亭の連中は別にいいわよね」
「なるほどね。解った、今呼び出すわ」

 永琳が答えると、数秒後には狭い室内が人数過多ですし詰めになる。レミリアとフランの間に挟まれた咲夜は意外と幸せそうであった。呼び出したのは他でもない。

「阿求、紅魔館の客間に設定して」
「はい」

 寂れたアパートが一瞬で切り替わる。理不尽なまでの場面転換だが、詰る所博麗霊夢の中身とはこういうものだ。真っ赤な室内に豪華な調度品。悪趣味な人物画に、意味の解らないカタチの彫刻。腰の深いソファーの前にはテーブルがあり、ティーカップが並んでいる。

「……わかっちゃいるけど、理不尽だな、咲夜」
「こんな世界だと、ザワールドな私も形無しですわ」
「あら、自意識があるのね。なら話は早いわ」
「まあ、予想はつくわ」

 三人を正面に据えて、霊夢はとつとつと語る。霊夢の脇に座る永琳と阿求は、その言葉にただ耳を傾けた。彼女達二人にとっては、あまり意味の無い話だ。

「アンタ達も、私の中へ来ることを拒んでいたわね。この機会だから、出て行くなら出て行ったほうが良いと思ったの」
「そんな簡単なものなのかしら? 魔理沙はあれだけ苦労したのに」
「紫も自棄なんでしょ。まだ穴は空いたままよ」
「ふぅん……霊夢は、私等に出てけ、とそう言いたいのかい」

 レミリアは紅茶を一口。片目だけをあけて、霊夢の様子を窺っている。霊夢としては、別に除外する気なぞない。一応、彼女達の意向も聞こう、という姿勢だ。霧雨魔理沙の特別を許した後、反発していた彼女達に機会の与えないのは不平等であるとおもったからだ。それに、このような機会は、もう恐らく二度とは訪れないだろう。紫が本気で母体を弄ろうとしたならば、恐らくは可能であるし、開けてくれといった所で聞く耳もない。

「出てけなんて言わないわ。他の奴等はそこまで深く考えていないし、普通の世界に飽きた奴等ばかりだし。でも、アンタ達は違うでしょう。あれだけ魔理沙に協力したのだから」
「はて。なんのことかな。私はお話通りに動いただけだわ。ねえ咲夜、フラン」
「そうですわ」
「そうねー」
「……いいのね?」

 今でも思い出される、幻想郷の記憶。そして最後の日。八雲紫、風見幽香、八意永琳、蓬莱山輝夜、八坂神奈子、洩矢諏訪子。これだけの大物を相手に、戦いを挑んだ姉妹とメイド。幾度にも渡る衝突はしかし、仲間に背中を刺される結果となった。世界を創る事を夢見た、百年の少女。パチュリー・ノーレッジ。前後不覚ではなかった。確かな意思をもって、彼女は姉妹とメイドを、押さえつけたのだ。

 止めたければ、何故最初にパチュリーを狙わなかったのか。あの計画一番の要であった彼女を脇に置きながら何故と。博麗霊夢は疑問に思うしかない。

「……私はね、霊夢。強い奴等が好き勝手するのが気に食わなかったんだ。お前との決着だってついてなかった。だのに、それも待たずして幻想郷全部を、お前に詰め込むなんて。まったく空気の読めない奴等だ」
「お姉様が一緒に戦ってっていってくれて、嬉しかったのよ。他意はないわ。そも、私達姉妹が、何故パチュリーを虐める必要があるの」
「お嬢様方が頑張ると仰るので、私も頑張っただけですわ」
「……アンタ達」

 理解し得ない、仲間という概念。唯一共有できた、友人というにも似つかわしくない馬鹿者は、もう外の世界にいる。大切だからこそ、外へ出す事を許容した。しかし、大切だからこそ、もう彼女の物語はないと思えば想う程、博麗霊夢の『ココロ』が締め付けられる。

「まあ、いいのよ。この世界の仕組みが大体わかった。おい、八意」
「何かしらね」
「お前達が話を創っているんだろう」
「そうね」
「じゃあ、私と霊夢が決着をつける話を創れ。霊夢の勝利でいいぞ」
「え、いいの? ぼこぼこになるよう創るわよ」
「構わない。私が運命をひん曲げる。それで実力を証明してやる」
「やだー、お姉様かっこいー」
「お嬢様最高ですわ。というわけで恋愛要素も加えていただくよう陳情申し上げますわ」
「いや、それはいらない」
「なん、ですって……」

 こんな状態でも、不思議なノリの彼女達が、今の霊夢には愛しく見えた。八雲紫がいう、忘れ去られたものの黄昏を越えた者達。幻想になるべくしてなった者達。

「私は、それでいい。出て行くなんて考えないから、もう少し普通に扱え」
「……了承したわ」
「ああでも、ちっさいお二人も可愛かったですよ。今後もああいう感じでマスコット的な位置を狙ったらどうでしょうか」
「誰手前ぇ」
「阿求です……稗田阿求です……」
「……わかった。ありがとう、レミリア、フラン、咲夜」
「ありがたがられる筋合いはないな。話は済んだか」
「ええ。じゃあ、また別の物語で」
「そうか。楽しみにしてる」

 そういって、三人は姿を消す。同時に、部屋は暗転、今まで通りの、アパートの一室へと戻る。彼女達は、幸せなのだろうか。自分の考えは、間違っていなかっただろうか。幻想郷と、様々なデータをつぎ込んだ博麗霊夢は、葛藤するほか無い。自己があり、彼女達がある。彼女達の存在を保障しているのは、紛う事無く自分。彼女達は自分が自分だという意識を持っているのだろうか。

「……私は、正しいかしら」
「母体がそんな事言わないで下さい。不安定になってしまいますよ」
「そうそう。人間、というか思考出来る生物は、自己の認識出来る世界こそが自己なのよ。彼女達はここで良いと言ったわ。なら、ここが、貴女の中が彼女達であり彼女達の世界」
「……私も行くわ。私の意識体は、もっと愉快な奴にしてね」
「ええ。気合入れて書きます」
「私と阿求さんはいいけれど、他の人たちがどうだかは、保障できないわね」
「はは。まったく。じゃあね、また」

 母体は防衛機能博麗への接続を絶つ。こうなると己はただの思考する世界。うっすらと目覚めてしまったこのどうしようもない頭と言う奴を有効に使おうと思ったら、考える事ぐらいだろう。魔理沙は、本当に、変なものを残してくれたものだ。

 自我。己を己とする機能。博麗霊夢を博麗霊夢たらしめるもの。自分は単なる箱である事を容認したというのに。ただ、もう魔理沙はいない。レミリア達もこの世界で良いという。きっとこの先長い間、平穏な毎日が続くのだろう。意識体は、物語の一部として登場し、演じてくれる事だろう。永琳あたりが、自分とレミリアの物語に、恋愛要素を組み込む日も近いかもしれない。

 それはそれでいいだろう。殺し合いが演じられる世界だって、いいだろう。ここは自由なのだ。どんな端役だって、主役になれる。彼女達は管理されているという意識もなく、夢の中を漂いつづける。それは悪だろうか。いいやと、霊夢はない首を振る。今を否定する事は、自己の否定と同義。

 考え方を変えればいい。肉体のまま生きている人間がいる。その人間は、本当は神様に操られているのに、気が付きもしない。つまり、そう言うことなのだ。誰かが敷いた道を歩んでいようとも、自覚がなければ、演じさせられているなど、解らない。

 そういう意味では、本当に完璧な世界なのだと思う。一個体にして、様々な人生を歩める。愛すべき幻想人達を許容する、大きな箱の中で。

(霊夢は)
(……早苗)
(魔理沙に、逢いたい?)
(……)
(私が、全てを受け入れれば、貴女は自由に出来る。肉体をもって。外の世界へ)
(駄目よ、そんなの。私は受け入れると決めたわ。それに、紫がいる。私は――彼女が、嫌いじゃないの)
(貴女は、誰のものなの? 八雲紫のものではないでしょう)
(……幸せにしてる奴がいるわ。気が遠くなるほど長い年月をかけて、私を作った奴がいるわ。現実では生きられない奴がいるわ。私とアンタは、それを支えていかなくちゃならない。幻想を支えなきゃいけない。私は、楽園の巫女ですもの。アンタだって、神の祝でしょう。私は……今までの私を肯定するわ)
(そう。優しいのね)
(アンタも、隷属が似つかわしい奴よね)
(……否定しないわ。私は幸せだもの。肉体が犠牲になろうとも、私は神様達と一緒にいれる。滅びるだけの風祝が、こうして永遠になれるなら。信仰が途絶えようとも、神は在るわ)
(魔理沙もパチュリーも、元気でやれるかしら)
(やれるわよ。魔法使いと魔女だもの。非常識だろうけれど、出来るわ)
(元現代人がそういうなら、そうかもね。じゃあ、お休み。私は少し、疲れたわ)
(お休み。いい夢を)

『眼』を瞑る。『脳裏』に浮かび上がるものは、幻想郷での『記憶』。自由であった頃の幸せな時間。追憶しようとも、二度と戻る事は無い、楽園の残滓。自分はきっと幸せなのだ。数多の運命をその身に収め、幾多の物語を許容する。それは人間として、望まれるものとして、身に余る幸運なのかもしれない。戻れなくとも。帰れなくとも。忘れ去られた者達が幸せに暮らせるならば。何時からこんな献身的になってしまったのかと、自嘲してしまう。してはしまうが、やはり、これが正しいのだと、肯定するほか無い。

 八雲紫の切なる願い。誰も彼女を責めたりは出来ないだろう。魔理沙がどのような主張を繰り広げても、彼女の理想には到底及ばないのだから。魔理沙は……どう、する気なのだろう。逢いに来るといっただろうか。

 ……もう動かない自分に逢って、魔理沙は何をする気でいるのだろう。

 ――(次の物語に移行するわ)
 ――(はや)
 ――(主要人物は霊夢、レミリア、咲夜。学園モノの世界もおしいけど、まあ、一端普通の幻想郷に戻すのもいいわね)
 ――(そうですね。この混沌とした状況の調整、しなおさなきゃ)
 ――(責任とってね、阿求さん。寝かせないわ、作業的な意味で)
 ――(うっす……)

 また、次の物語が始る。幾百と幾千と幾万と幾億と。実像なのか虚像なのかも曖昧になってしまうような境界線で、幻想の少女達が、今日も生きている。




 つづく
つづきます

誤字修正しました。毎度毎度有難う御座います申し訳ありません……。
俄雨
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コメント



0.3280簡易評価
7.無評価名前が無い程度の能力削除
誤字と思われるもの気付いた分を。
阿求が悪いのではるが →悪いのではあるが
一端魔理沙さんの自我を →一旦
自分が主役に抜擢されるといつも偉い扱いに →えらい、か、エライ、の方がニュアンスとしては伝わりやすいような。
8.無評価名前が無い程度の能力削除
誤字的なモノが見つかりましたが、正しい形がイマイチはっきり判りません。まるで劇中の魔理沙……。
>様々理由はあるが、
???
>相手とやりやってやる猶予
やり合ってやる??
>最後のやってきたのは、
最後に、かと
11.90名前が無い程度の能力削除
前編から一気に話が展開しましたねー
後編がどう進んでいくのか楽しみです
23.60名前が無い程度の能力削除
そんなに雁首そろえなくても
幻想郷にはよわっちいけど偉大なる世界創造神がいらっしゃるような。
あの人が動くと便利すぎて魔理沙が活躍するのに都合のいい「ライターの描きたい」シナリオにはならないんでしょうけれど…
34.100名前が無い程度の能力削除
これは、いいゆかれいむw
41.80名前が無い程度の能力削除
たまにはアリスのことも思い出してあげてください…。
67.100名前が無い程度の能力削除
今回も面白かったです。
69.100名前が無い程度の能力削除
すらっすら読める
気になったところを反芻することすらすらすらできる
点数は後編でとかそんなことを言うような感情じゃない
読んで、語りたいことが山のようにある
前編の魔理沙とパチュリーを思い出すと一層面白い…引き込まれる

アリスはこの壮大な物語の最後に出てきてくれるだろうか