Coolier - 新生・東方創想話

いたずらガーディアン

2008/07/31 12:08:32
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「お帰りになるまえに、お茶でもいかがですか。ちょうど入ったところです」
 と、いかにも丁寧な物腰で、小悪魔は、胸一杯に戦利品を抱えて意気揚々と立ち去ろうとする、今日の霧雨魔理沙を呼びとめた。その誘いかける表情は、にっこりとした笑顔にもどこかちょっぴり深刻な陰を落としていたものの、わずかなもので気のせいかもしれず、地下のうす暗い照明のせいかもしれず、ともかくそんなことにはお構いなしで、魔理沙は「お」と嬉々とした声を出すなり、遠慮なく椅子を引いたのだった。
「いいのか、悪いな。本だけじゃなく、お茶までもらっちゃって」
「お気になさらず。もうじきパチュリーさまのお茶の時間ですから。――それと、本は差し上げるわけじゃありませんよ」小悪魔はさも可笑しそうに、くすりと笑う。
「悪い悪い、そうだったな。でもお茶はいただいてくぜ」
 そう言って、マホガニーの円テーブルに、どすんと積みあげた分厚い本は五冊、六冊。どれも年代ものの、銘入りの、貴重千万な代物で、ここより他に蔵書があるとも思われない、文句なく「貸出禁止」の逸品たちだった。もっとも、言い添えておくと、もとよりこの魔法図書館は、蔵書全冊、いずれもお客さまへの貸し出し業務は行っていない。
 真白なカップにゆらりと波打つ飴色の紅茶にひとくちつけて、「さすが」と言うと、小悪魔は照れたように手を前に組んで、頭の羽根をぱたりとはためかせた。
「それにしても」と魔理沙は、ポットの高さほどに積みあげた魔道書たちを、ぽんぽんとペットの頭でも叩いてやるように、叩いた。ふわりと本の香が舞う。「今日はいやに素直に貸してくれるのな。張り合いがないぜ」
「仕方ありません。パチュリーさまは、いま少々、お取り込み中ですから」
 そのいくぶん苦笑まじりの答え方にも、べつだん毒気はなかった。そうして、お取り込み中という小悪魔の言葉通り、たしかに今日のパチュリーは終始何かに追われているようで、どこか落ち着かない、そわそわした様子だった。書架のあいだを自由勝手に散策し、物色してまわる魔理沙にも、いつもほどには気を払うふうもなく、「もっていかないで」と哀れみを請う例の文句も、今日はいちども聞いていない。
 彼女はいまも視界のとどくところで、からの書棚を相手になにかあくせく格闘していた。遠目には小さな動きはわからないものの、おぼつかない足取りで梯子段をのぼり、大きな棚のなかに上半身をまるごと入れ込んで、なにやら隅々まで念入りに点検しているように見える。
「あれって、なにやってるんだ?」
 と尋ねると、小悪魔はちょっと目を伏せて、
「それは……」
 と口ごもった。そのめずらしい態度に、魔理沙はさっそく不思議な話の匂いを嗅ぎつけたらしく、眉をぴくりとさせて、
「なんだ。なにかあったのか」と身を乗りだして、パチュリーの両足と小悪魔とを、興味津々と交互に見くらべた。小悪魔は、
「できるだけ秘密にしておくようにと、言いつけをいただいているのですけれど」と言ってすこしのあいだ困ったような、迷っているような素振りをしていたが、やがてふう、とほそい息をついて、「こちらにいらっしゃることの多い魔理沙さんにとっては、必ずしもひとごとではないかもしれませんし――口外、しませんか」
「口は重いほうだぜ」
「……信用します」
 そう言う小悪魔の表情は、すこし疑わしそうではあったものの、まっすぐに向けられた魔理沙の好奇心たっぷりの視線にも促されて、こほんとひとつ、かわいい咳払いをすると、パチュリーに聞こえないよう声をひそめて、ことのしだいを話しはじめたのだった。
「先月、街の図書館からまとまった数の蔵書をゆずり受けたのですが、そのなかに一冊、厄介な魔法書が紛れていたんです。魔法書といっても、魔法の関連書籍ではなく、本自身が魔法を帯びているたぐいの、言ってみれば本のかたちをした魔道具ですね。ご存じですか」
「たまに見かけるな。レアだから、露天なんかで数奇者相手に高値で売ってる」
「紛れもなく、稀少なものです。けれど、今回わたしたちのところへ舞い込んできたものには、コレクションとしてもまず価値はありません。少なくとも、物を集めている人にとっては――というのも、それは、ほかの魔道具を蝕むんです。しかも効力は感染症のように広がって、際限がありません。明らかに、悪意によってつくられたものです」
 くだんの魔法書はどうやら、その簡単な説明を聞くだけでも、魔理沙のようなコレクターを震えあがらせるには十分な代物だった。
「生物に害はありませんが、接触または至近距離に置かれた物質には、時間こそかかるものの、かなりの割合で感染します。ほとんど人間の風邪と変わりありません。違いがあるとすれば、治ることはないということでしょうか」
「そりゃあ相当タチが悪いな。細菌持ちが増える一方じゃないか」
「昨日、いまパチュリーさまが覗き込まれている書棚にようやく原書を見つけまして、ただちに焼却処分にしたのですが、手遅れでした。すでにかなりの本が冒されていまして、失効してしまった魔法書もありました。――感染した本は原書と同じく、処分するしかありません。魔理沙さん、今日いらしたとき、お屋敷の煙突からまっくろな煙が、ひっきりなしにあがっていたのをご覧になりましたか」
「ああ、見た見た。いやにもくもくあがってて、雲ができそうなくらいだったぜ」
「あれは、感染した本を燃していたんですよ。パチュリーさまも今回の一件で、泣く泣く蔵書をずいぶん焚かれました。焼却はレミリアさまにお願いしています。生半可な炎では、魔法が飛びませんので」
 そこまで言うと、小悪魔は、つとパチュリーのいる側とは反対側の壁を指差した。
「あそこに積んであるものも、すべて処分予定です」
 そこには、まだいちども箱から出されていないような、真新しい、黒色の装丁の、立派な豪華本が何十冊と積まれていた。書名と著者の金色に刺繍された背表紙をずらりとこちらに向けて、うっとりするほど壮観な眺めだった。それをまとめてレミリアの炎にくべるかと思うと、本好きの身にはぞっとするらしく、魔理沙は「ああ」と憐れむような息を吐いた。
「えらいことだな」
「図書館にとっては死活問題です。手を打てる段階で見つかったのが、不幸中の幸いでした。もう対処のほうは大方終わっていますけれども、例の効果が本棚に染みついていないとも限りませんので、パチュリーさまはいま、それを確認されています」
「その魔法書が届いたの、先月って言ってたな」
「はい。ちょうど三十日前です。魔理沙さんが最後に本をお持ち帰りになられたのは、二月前でしたから、それについては時期的に心配ありません」
「たまにここで読んでいったとき、私がその妙な効力を家に持ち帰ったってことはないか。ほら、服とか、手袋とかにくっついてさ」
「感染に数日程度、時間はかかるようですから、それくらいでしたら問題はないと思います。今日お持ち帰りになるものも、しまってあった場所から考えますと、恐らく平気です。けれども、なにぶん憶測ですので――」
「なるほどな。話はわかったぜ」
 小悪魔の話はそこで一段落ついた。紅茶が注ぎ足された。魔理沙はいかにも平静というふうに、パチュリーのほうを見やったり、紅茶の残りを傾けたりしていたものの、ときどき指先は三つ編みに編んだ髪の先をいじったり、帽子のつばを撫でてみたりと、注意深い観察の目には、明らかに落ち着きを失っているように見えた。そこへ、
「小悪魔」
 と、静かな空間にはきとした呼びの声がかかると、「はい」とそれにふさわしい応答をした小悪魔にひきかえ、魔理沙のほうは、肩がびくりと跳ねるほど驚いた。そうして、パチュリーへ顔は向けず、空の紅茶カップに視線を落として、なにか考えごとをしているように見えた。
 それもそのはず、魔理沙が昨日もこの図書館にこっそり忍び込んで、いくらか蔵書をだまって持ち帰ったことは、誰も知らないのだった。魔理沙は焦っていた。なにしろ、持ち帰った本をならべた部屋には、汗だくになりながら遺跡で漁った、アンティーク市で値切りに値切った、知り合いづてに土下座をして集めた、街の大邸宅から命がけで盗んだ、貴重な貴重な魔道具が山とあるのだ。
「この棚はダメそうね。換えはあるかしら」というパチュリーの言葉に、いよいよぎくりとする。
「蔵書を整理すれば、まだいくつかは空けられると思います」
「わかったわ」
 ふたりのやりとりがしんとした地下室にこだまして、尾を引いた余韻が静まったとき、魔理沙はもはや一刻の猶予もないとばかり、とつぜん席を立った。
「めずらしい話を聞いたところで、今日はお暇しよう。それと、いままで借りた本、明日返しにくるぜ」
「そう、ですか? 魔理沙さんのお借りになったものは、二月前のことですし、心配する必要はないと思いますけれど……」
「いや、もうぜんぶ読み終わったんだ。どのみちそろそろまとめて返そうと思ってたところでさ。それと、こいつもやっぱりやめとこう。怖いっていうのもあるけど、考えてみたら今日はこれから予定があったんだ。持っていくわけにも行かないぜ」
「そうですか。それでは、明日お待ちしていますね」
「おう。じゃあ、またな」
 二杯目の紅茶も半分に、そう投げ捨てるように挨拶すると、魔理沙は、我が巣が危急存亡の蜜蜂のように、いっさんに図書館から出ていったのだった。
 ちょうどそこへ、ようやく仕事を終えたらしいパチュリーが、ふらりとやってきた。
「あら……魔理沙、本置いていったの」
「このあとに忘れていた用事を思い出したので、今日は持っていけないとのことです。それで、あの棚はやっぱりだめでしたか」
「ええ」とパチュリーはため息をついた。そうして、壁際にうずたかく積み上げられた、黒色の装丁の、金色の光り輝く刺繍の背表紙をずらりとならべた、豪華本の山をうっとりと見て、
「縦横は十分だけれど、ざっと測って計算してみたら、どうやら冊数が収まりきらないわね。二架ならべれば足りるけれど、せっかくの限定版豪華全集だもの、ひとつところにまとめておきたいわ。悪いけれど、あと二段多いのを据え換えておいてもらえるかしら。一段の縦寸は削っていいから」
「かしこまりました。――それと、魔理沙さんが、いままで持ち帰った本を返してくださるそうですよ。明日、お持ちになると」
「へえ。どういう風の吹きまわしかしら」
「ちょうどいま、レミリアさまがお屋敷の不要物を一斉処分されてますよね」小悪魔はやわらかく、落ち着いた調子で言った。「それをご覧になって、ご自身も家の書棚まわりを整頓しようと思い立たれたみたいですよ」
 そうして、ふうんと納得顔のパチュリーに、小さく頭を下げると、魔理沙の残した本を片しに、ごきげんな足取りで書架のあいだを縫って行ったのだった。




小悪魔ってなんだか、物腰のやわらかい、いかにもやさしい司書さんふうのイメージと、名前通りいたずら好きのちょっぴり悪い子のイメージが、ふたつあるきしているような感じで、さてどんなものだろうと思っていたのですが、ふと頭のなかで両方のイメージをあわせてみたら……あれ、なんだかものすごい好みな子に……。
ということで、なかば衝動的に書いてみました。たまにはこんなものでも、いいですよね。前回投稿からちょっとあいだが短いですが、ご容赦ください。
前回コメントをくれた方と、ここまで読んでくださったあなたに、ありがとうございました。特に前回コメントの、不足部分のご指摘には重ねて感謝します。もういっかい、ありがとうございました。
MS***
http://www.scn.or.tv/syzip/index.html
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コメント



0.5200簡易評価
7.90てるる削除
すげぇ!!
なんという小悪魔!!
なんかものすごくある意味ものすごく司書っぽくってなんかずきゅんと来た感じでした。


・・・・この小悪魔には眼鏡とカウンターが似合う気がする・・・
10.100名前が無い程度の能力削除
こぁが小悪魔だよwwwwwwwww
面白かったです いやー 笑った笑った
15.80名前が無い程度の能力削除
まあ、公式ではあとさき考えない悪戯好きだしねw

パチュリーが堪らん
17.100名前が無い程度の能力削除
実に小悪魔じみた小悪魔でこれぞまさしく小悪魔といった小悪魔でございます。
18.90名前が無い程度の能力削除
上手いなー。相手に聞かせるんじゃなくて聞かれたからしぶしぶ答えてる、ってところが良い良い。
19.90名前が無い程度の能力削除
いいなぁこういう小悪魔。
お見事です。
20.90名前が無い程度の能力削除
小悪魔が小悪魔だよ。何言ってんだよ俺。
23.100名前が無い程度の能力削除
なんて子悪魔な小悪魔。小悪魔好きには堪らない。
24.90名前が無い程度の能力削除
女らしく優雅に騙すっていうのもかっけーですな
25.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい小悪魔!
28.100名前が無い程度の能力削除
まったくもって小悪魔ですな!
29.100名前が無い程度の能力削除
なんという瀟洒な小悪魔
30.80名前が無い程度の能力削除
いやーほんと小悪魔、頭いいな小悪魔だけあって
貴方とは好みが合うようだ
33.100名前が無い程度の能力削除
あぁ、この小悪魔は司書してるなぁ。
34.100名前が無い程度の能力削除
小悪魔のキャラ付けも然る事ながら、童話の様な独特の文体も素敵です。
39.90ななななし削除
なんという小悪魔・・・。それにしても読みやすい。こういうのを待ってました。
40.100名前が無い程度の能力削除
みんな小悪魔、小悪魔言いすぎだw
こんな小悪魔は…大好きだ! 最高だ!
とにかく小悪魔がかわいいよ! こぁぁああああああ(*正気を失った
50.90名前が無い程度の能力削除
すごく……小悪魔です……
51.100名前が無い程度の能力削除
短くてキレのある構成がグッド。
54.80名前が無い程度の能力削除
書棚を相手になにかあくせく格闘しているパチュリーにキュンッと来た!
55.90名前が無い程度の能力削除
これは良い小悪魔。
目立つことなく、計略によって陰からさりげなく主人をサポートする様が
たまりません。
61.100名前が無い程度の能力削除
これはいい小悪魔。とっても小悪魔です。うまい!
65.100名前が無い程度の能力削除
ナイス小悪魔ww
66.90名前が無い程度の能力削除
まさに小悪魔(w
73.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい計略である。これほど「小悪魔」という名前が似合うSSは見たことがない。
75.70反魂削除
 すっきりとしたお話で楽しかったです。
 無駄のない構成、文体を含めた物語全体の緩やかさも心地よかったです。
76.100名前が無い程度の能力削除
大図書館始まって以来の未曾有の危機!?
本を処分しなきゃいけないパチェかわいそうだな・・・とか思っていたら
まさかそんなオチだとはw
レミリアの不要物処分さえもうまく利用する小悪魔に拍手を送りたいです。

そういえば今回は珍しくルビが1つも無いですね。
あと作者様の文章はとても読みやすくて好きです。
84.80名前が無い程度の能力削除
実に素晴らしい小悪魔ですね。
自分の中のイメージともピタリと合ってしまいました。
88.100名前が無い程度の能力削除
この小悪魔は一図書館に一人ほしい
90.100名前が無い程度の能力削除
小悪魔GJ
92.90名前が無い程度の能力削除
作者と小悪魔GJ!
101.90名前が無い程度の能力削除
小悪魔GJ!こぁ!こぁぁぁぁぁ!この小悪魔だったら何を犠牲にしてでも契約したい。
悪魔な小悪魔がとてもいい作品でした。
104.100名前が無い程度の能力削除
こあ最高!
111.50名前が無い程度の能力削除
文章も読みやすいし、
風邪のように本を蝕む本、それをこっそり持ち出してしまった魔里沙という題材も面白いけど、これを冒頭にもっと話を大きく展開させて欲しかった。
なかなか面白そうな題材なのに勿体ない
ということで50点
小悪魔のキャラクターは魅力的でよかったです
115.100名前が無い程度の能力削除
これは素晴らしい小悪魔
121.100名前が無い程度の能力削除
恐るべし小悪魔
124.100名前が無い程度の能力削除
策士現る!これほど司書として有能な小悪魔を見たのは初めてやも知れませぬ。
129.100名前が無い程度の能力削除
なんて優秀な小悪魔
132.100名前が無い程度の能力削除
主見ぬ所でも手助けするとは、なんと良く出来た従者か……!
144.100名前が無い程度の能力削除
こ、こあぁー!!
148.100名前が無い程度の能力削除
これほど魅力的なこあ、オラ見たことねぇべ!