Coolier - 新生・東方創想話

風祝と幻想郷 -The east wind creating the universe- :前編

2008/07/24 17:52:01
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※この話は今までの「風祝と星」(作品集47)、「風祝と香霖堂」(作品集48)、「風祝と紅魔館」(作品集50,51,52)、「風祝と寺子屋」「風祝と二柱の神」(作品集56)の完結編になります。
※全ての話で出てきた物を使っていますので、どれか1つでも読んでいない場合は理解できない場所が出てくると思います。(尤も前編だけなら多少は大丈夫かもしれませんが)
※また、今までの話の雰囲気とは全く違います。全く違います。大事な事なので二回言いました。
※今までの話の流れを一通り理解している方は、普通に読み始めてください。そうでない方は一通り把握しに行って頂けると助かります。

































― ゆらゆらと

― 虚無の海を漂っている

― 当てもなく

― ただただ、流されるままに

― 此処は何処?

― 私は何で、こんな所にいる…?



― 誰かのすすり泣く声が聞こえる

― とても、懐かしい声

― とても、聞き覚えのある声

― 昔から、何度も何度も聞いていた、悲しみに満ちた声

― …何で、あなたは泣いているの?

― …判っている

― だって、この声は私の声だ…

― 一人だった私が、一人で泣いていた時の

― あの方達に出会う前の、孤独だった私の…



― 私は、何時も思っていた

― 私は、人間なのか…?

― 幼かった私が思うには、重すぎるあの疑問…

― 特別な力を持ち、周りから倦厭された目で見られていた、あの時の私は…

― 誰も、私を見てくれなかった

― みんながみんな、風祝の私しか見てくれなかった

― 誰も、東風谷早苗としての私を見てくれなかった…



― …私は、誰よりも強く願っていた…

― …人間で、ありたいと…

― 誰かと一緒に笑いたいと

― 誰かと一緒に泣きたいと

― 誰かと一緒に居たいと

― 誰かと一緒に、生きたいと…



「…早苗、あなたは人間だよ。例え誰が認めなくても、私たちが、神がそれを認める。」



「早苗は他の人間と何も変わらないよ。だから、もっと前を向いて生きよ?私たちと一緒に。」



― 私の耳に届いた、初めての神の声は…


― …とても、とても暖かかった…。




 * * * * * *




「…ん…っ…。」

襖の隙間から差す朝日が私を照らす。
まぶしいなぁ…。…昨日ちゃんと襖閉めなかったのかな…。
うっ…、…布団の中とは言え、ちょっと寒いなぁ…。…まだ12月下旬なんだし、年始に風邪ひきたくはないなぁ…。

「…う…うんっ…。」

寝ぼけ眼をこすりながら、ちょっと開いた襖を閉める。
一瞬見えた外は相変わらずの銀世界。パチュリーさんが一週間くらい前に尋ねてきた時もそうだったなぁ…。
もう一度布団に潜って、ゆっくりと頭を覚醒させる事にする。
時計を見てもまだ9時くらい、八坂様はともかく、洩矢様はまだ起きてないだろうなぁ…。

「…それにしても、久々に見たなぁあの時の夢…。」

さっきまで見ていた夢を思い出す。
パチュリーさんにあの事を話した影響かなぁ…。あの時の夢、最近では見る事なんて殆どなかったのに…。

…忘れもしない、八坂様と洩矢様に初めて出会った時の…。
私が初めて、本当の神の存在を知った時の…。
あれからもう何年も経った。私は、八坂様や洩矢様の傍にいるべき存在になれたのだろうか…。
風祝として、これからもあの二人の傍にいられるのだろうか…。

…いや、語るまい。私は、此処にいたくて此処にいるんだ…。
私を救ってくれた八坂様と洩矢様のために、私は何時までも、あの二人の傍に…。
…あれ、なんかまた眠くなってきちゃったなぁ…。…うん…もう一度…寝よう…。



どんがらがっしゃ~ん!!!!



…最近こういう擬音が流行ってるのかな?
そんな事はどうでもいい。今の音は…?
寒さを堪えて、寝巻き姿のまま音のした方へと走る。
その結果私が行き着いた所は…、…あれ?台所?

「……。」

…私は台所を見た瞬間、絶句。
なんと言うか、今此処で戦争でもあったんですか?
あちこちに散乱した調理道具やパン生地のような物体。なんか変な色の液体がくっ付いた壁。
…そして、そんな戦争の跡地に倒れる八坂様と洩矢様…。…色んなものに埋もれて、足しか見えてないけれど間違いない。

「くっ…!やるわね諏訪子…!だけどこの程度じゃ済まさないよ!」

「…ううっ…神奈子めぇ…!今日という今日こそ…は…。」




「…ええ、今日という今日こそは…。…お二人とも、ちょっとお時間よろしいですかぁ?」




「「い…いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」




何故かやたらと怯える八坂様と洩矢様を引っ張り出し…。


スパンッ!!スパコンッ!!


対霊夢さん用に作ったハリセンで思いっきり頭を引っぱたく。
魔理沙さんに用事が有った時だから、相当前に作ったものだけど…。…まさか使う機会が来るとは…。

「なにやってるんですか二人とも!!なんですかこの有様はッ!!!!」

怒鳴りつける。幾ら相手が神様とは言え、この惨状だけは許せない。
食べ物で遊ぶな!食べ物で戦争するな!!今守矢神社の財政がどれだけ苦しいとッ!!

「ううっ…、…だ、だって神奈子が先にぃ…。」

「神様の癖になにそんな子供っぽい言い訳してるんですか!!いい加減に精神年齢少しは上げてください!!
 八坂様!!あなたは何か言いたいことはありますか!?」

「え…、…だ、だって諏訪子が…。」

「八坂様あああぁぁぁぁ!!!!本気で怒りますよ!?洩矢様に言い訳するなと言った後にそれですか!?
 だいいち八坂様は農業の神なのになんだって食べ物を粗末にするんですか!!農業の神がそれでいいんですか!!」

スパンスパーンッ!!

もう一度ずつ八坂様と洩矢様の頭を引っぱたく。
全く、なんだって神様がこんなに子供っぽいんですか!もう少し神様としての威厳を持ってください!

「ああもういいです!!とにかくさっさとこの有様を元通りにしてください!!
 私は朝の散歩に行ってきますから、帰ってくるまでに元通りになってなかったら今日のご飯は夜まで抜きです!!」

何故か呆然とする八坂様と洩矢様。私はそんなおかしな事を言っただろうか?
とにかく、この戦争の跡地には一秒でもいたくはない。目に悪すぎです。
呆然としたまま動かない八坂様と洩矢様に踵を返し、私は着替えるために自室に戻った。



 * * * * * *



「…神奈子、今の早苗…どう思う…?」

今までの早苗の言動を思い返し、私は同じく隣で呆然とする神奈子に問いかける。

「…はっきりとは判らないけど…。…完全に自我はあったね…。」

…やっぱり。神奈子も私と同じ事に驚いているみたいだ…。
今の早苗は、完全に自分の意思で、明確に自我をもって行動していた。
と言うか、怒り方からして今までと違う…。…いや、ある意味では今までどおり…?
…戻っているのだ。今までの早苗に。無意識にスペルカードを叩き込んでくるような早苗じゃなくて、幻想郷に来る前、そして来た直後の…。
だって、もし最近までの早苗だったら、ハリセンで2回頭を引っぱたく程度で許すはずが無い。

「…どういう事だと思う…?」

急に今まで通りに戻った早苗。それに違和感を感じずにはいられない。
…ただでさえ、最近の早苗には第三者の手が見え隠れするというのに…。

「…第三者が手を引いた、あるいは…。」

神奈子はそこで一度言葉を区切る。
神奈子だって判っているはず。その可能性が、どれだけ低いかという事が。
今まで早苗にちょっとずつ影響を与えていた第三者が、こんな突然手を引くとは思えない。
…可能性があるのは、寧ろその逆…。

「仕掛けてきた、って事だよね…。」

そう、可能性が高いのは…。
…誰かは知らない第三者が、遂に動き出したという事…。

「…ああ、ほぼ間違いなくね…。まだ決定というわけじゃないけれど…。」

神奈子の表情が、何時になく真剣になる。
こうした神奈子の表情を見ていると、やっぱり少しは頼もしい。
どう見てもオバサンにしか見えない風貌だけど、神としての実力は確かな物だから…。

「とにかく、今は私たちに出来る事をやろう…。」

動き始めたのは判った。これからは今まで以上に早苗に注意しないといけない事も。
ただ、正体が判らない以上は手を出せない。…危険なことだけど、早苗か私達に接触してこない限りは…。

「…そうだな。今はとにかく…。」


「「部屋を片付けよう。」」


私と神奈子は、今日のご飯のために、いそいそと台所の整理を始めた。



 * * * * * *



全くもう…。…呆れて言葉も出ない。
さっさと守矢神社を離れたくて仕方ないので、着替えを手っ取り早く済ませる。
よし、身支度も完了。玉串も持ったし。何で散歩に必要なのかとは突っ込んではいけない。
…さて、あとは…。

「…まあ、一応持っていきますか…。」

スペルカードも何枚か持っておく。…でもまあ、どうせ朝の散歩だし、そんな全部もって行く必要もないか。
何枚かは置いて、手元に残ったスペルカードを確認する。
以前慧音さんと逢った時みたいにならないためにも、いざと言う時の事は考えておかなくては…。

「…あれ?」

…と、私はスペルカードをめくっていた手を止める。
私が適当に手に取ったスペルカードの中に、ひとつだけおかしな物が混じっていたから…。
…いや、それもスペルカードには変わりはないのだけれど…。

「…ま、いいか。別にカード一枚ですし。」

その他と違うスペルカードも含めて、私はスペルカードを懐にしまった。



…何でその時、私はそのカードを持って行こうかと思ったのかは判らない。


それは、その時は何の意味も持たないはずだった。


普通の人ならば、置いていくか他のカードと取り替えるところだろうに…。



…そのカードが、これから起こる一つの出来事の「鍵」になるとは、その時は全く思わなかった…。




 * * * * * *




雪景色の幻想郷を、私はゆっくりと歩き続ける。
ちょっと寒いけれど、まあ日差しは強めだし、気温も耐えられないほど寒くはない。
それに朝だから、妖怪もそう活発には動かないでしょうし。念のためのカードは持ってますけど。
ある意味では、気晴らしの散歩には丁度いい気候だった。

「はぁ…。…本当に八坂様と洩矢様は…。」

さっきの事を思い出し、私はため息をつく。
本当に幻想郷に来てから変わってしまったなぁ、あのお二人は…。
元々若干フランクな方ではあったけれど、最近の蛮行ときたら、本当に神様なのかと疑いたくなる。
確かに人間味溢れる方が人々も慕い易いでしょうが、神社の中までそうしなくても…。

「もういっそ、ホントに紅魔館に就職しちゃいましょうかね…。」

誰も聞いていないけれど、冗談半分でそんな事を口にしてみる。
美鈴さんと一緒に御茶を飲んだり、パチュリーさんと一緒に本を読んだり、小悪魔さんと一緒に本の整理をしたり…。
咲夜さんにちょっかい出されるレミリアさんを横目で見ながら、フランドールと一緒にゲームでもして遊ぶ…。
…うっわぁ、遊んでばっかの想像しか出来ませんね…。咲夜さんのナイフが飛んできそうだなぁ…。
でも、今の守矢神社の生活とどっちが楽しいかと言えば、紅魔館のほうが楽しそうだなぁ、とは少し思う。

尤も、私は風祝。そうするわけにも行かないし、そもそもそうする気もない。

だって、私は…。





「…あらあら、あえて辛い道を、あなたは選ぶというのですか…?」





…急に、私の耳に届いた不気味な声…。
それと共に、私の背筋を、今まで感じた事のない程の悪寒が走る。
…まさか、妖怪?しかも、この妖気の大きさは…尋常じゃない…。

「…だ、誰ですか…?」

宙に向かって問い掛けてみるが、帰ってくるのは不気味な啜り笑いだけ…。
…これは、見つけてみろと挑発しているんですかね…。
でも、私をそこまで甘く見ないで欲しいですね…。
確かに相当なほどに巨大な妖気ですが、お陰で妖気の中心が何処にあるかはハッキリしてますよ…。

「…そこっ!!」

妖気の中心目掛けて、私は適当な弾幕を叩き込む。
相手の正体を探るのにスペルカードを使うわけにも行かない。
ただでさえ散歩程度に持ち出しただけですので、数は相当少ないんですから…。

…しかし、私の弾幕は一寸たりともコントロールをミスしてはいないはずなのに…。

「…なっ…!!」

…そこには、誰の姿も見られなかった。
寧ろ、先ほどの妖気の固まりもなくなってる…?

「くすくす、こっちですわ…。」

今度は私の背後から、さっきの不気味な声が聞こえる。
そんな、着弾寸前までは確かにそこに妖気を感じたはずなのに…。
僅か一瞬で、私に気付かれずに背後まで…?

「くっ…。」

振り向いてみても、やっぱりそこには誰の姿も見えない。
ただ、妖気の塊だけは感じる。姿を消しているのか、それとも空間に溶け込んでいるのか…。
とにかく、私はその妖気の塊に再び弾幕を打ち込んでみる。
しかし、やっぱり空間を素通りするだけ。着弾する瞬間に、妖気の固まりはまるで別のところへと移動してしまう。

「くすくすくす…。…ほらほら、捕まえて御覧なさいな…。」

あちこちを移動する妖気の塊。
…その言葉から、絶対に捕まらないという余裕が見えていますよ…。

「…仕方が無いですね…!」

私は二枚のスペルカードを取り出し、正面と真横に向けて構える。

「開海『海が割れた日』!!開海『モーゼの奇跡』!!」

二枚の同一種スペルを、いっぺんに発動する。
この二つのスペルは、縦方向に弾幕の壁を作り出すスペル。
その壁が垂直に交わるように放てば、それは私を取り囲むように展開される弾幕の壁となる。
尤も、2枚もスペルカードを同時に使うのは、私自身にも相当負荷がかかることですが…。
即席で思いついたある種の全方位弾幕。これなら、そうそう逃げ場はないはず…。

「…くすくすくす…。…考えは良かったんですがね…。」

…だが、スペルをとぎらせた後に聞こえた声は、そんな余裕を含んだ言葉でしかなかった…。
今の攻撃で確信した。この声の主は、長距離の瞬間移動をする事が出来る。しかも、殆ど一瞬で。
でなければ、広い範囲に素早く撃ったはずの、今の二重スペルをかわせるはずが無い。
これは…、…相当いやらしい相手ですね…。

「…、…うん、もういいや…。」

そういう訳で、私は攻撃するのを止める。
だって、恐らく私にはこの相手に攻撃を当てる事は不可能。
姿も見えない瞬間移動をする相手に、どうやって弾幕を当てろというのか。教えて欲しいですね。

「…あら、もうお終いですか?」

私を挑発する声が聞こえる。しかし、それには乗ってあげませんよ。

「ええ、お終いです。これ以上は無駄ですから。
 恐らく、今の私にあなたの姿を捉える事は出来ません。だったら、時間と体力と弾幕の無駄以外の何者でもありません。」

私の言葉を聞いてか、ぴたりと今まで聞こえていた不気味な笑い声が途絶える。
…それと同時に、妖気の塊が私の目の前に移動してくる…。

「…思ったよりも冷静な判断ですわ。でも、これで終わりでは面白くありません…。」

…私は、その時目を疑った。
私の目に映っていた空間に、突如として黒い亀裂が走って…。
…異空間への扉が、口を開いた…。


「…あなたの遊びが終わりなのでしたら、今度は私の方から…。」


ずるり…。

…聞こえるはずのない、そんな不気味な音を伴って…。

口を開いた異空間から、一人の女性が這い出てきた…。




「今日は、東風谷早苗さん。私は八雲紫と申します。以後お見お知りを。」




扇を口元に当てて、一見爽やかな笑みを浮かべる、紫色のドレスを纏った金髪の女性、八雲紫。
…だが、その後ろに見える狂気はなんでしょうかね…。…まるで笑顔に見えませんよ、その顔は…。

「…私の事を知っている、あなたは一体何者ですか…?」

「あらあら、今自己紹介したじゃないですか。」

違う、そんな事を聞いてるんじゃない。
今この人は、空間を切り裂いて、その向こうから出てきた…。
つまり、この人は空間を切り裂く事が出来るという事…?
…そんな化け物染みた力、あっていい能力なんですか…?

「…あら、その顔は「空間を切り裂くなんて事、あっていいのか?」と思っている顔ですわね。」

…!
どんな顔なのか少し気になりますが、それはどうでもいい。
なんなんだこの人は…。…私が知る誰の力よりも、八坂様や洩矢様すら上回るこの妖気は…。

「でも、私の能力は空間を切り裂く物ではありませんわ。」

そう言って、紫さんは扇で彼女の横にあった一本の樹を指す。
…そして、私がその樹へと目を向けた瞬間に…。

…確かにそこにあったはずの樹が、一瞬にして消滅した…。

「……。」

声が出ない。今、私の目の前で何が起こったのですか?
何の動作も見えなかった。何の脈絡もなかった。
ただ、一瞬にしてそこにあった樹が消えた。それだけしか判らなかった。

「驚かれてるみたいですねぇ…。では、もう一つサービスを。」

そう言って、彼女は扇を懐にしまい、まるで何かをすくうように手を胸の前へ置く。
…そして次の瞬間、その手の上に現れたのは…。

…目玉のついた茶色い帽子…。…それは、紛れもなく…。

「……!!!!」

紛れもなく、洩矢様の帽子だった…。

「くすくす、ご安心を。あなたの神様には手を出していませんわ。
 これは、私が見よう見まねで作った贋作です。今、この空間から作ったものですよ。」

…訳が判らなくなってくる。見よう見まねで作った。それは判る。
さっきまで洩矢様は八坂様と共に神社にいたんだ。
幾らこの人が強大な力を持っているとは言え、八坂様と洩矢様がそう簡単にやられるはずもない。
…ただ、空間から作った…?…その意味だけは、まるで判らなかった…。

「そろそろ混乱してきたみたいですね。それでは種明かしを。
 私の力は「境界を操る程度の能力」。
 物質には必ず、他の物との境界線が存在します。山と空然り、雲と空然り、地球と宇宙然り、そしてこの帽子と大気然り…。
 私は、その境界線を操る事が出来ます。さっき樹を消したのは、樹と他の物との境界線を消したため。
 そしてこの帽子は、空間にこの帽子の形に境界を入れて、固体と気体との境界、そして色の境界を操っただけに過ぎません。」

…何を言ってるんだ、この人は…。本気でそう思いたくなる。
だけど、それを真実だと私に認めさせるだけの事を、この人はやってのけている…。
…ただ、それが真実だとすると…。

…この人は、間違いなく私が知っている中で最強の妖怪。そして、最凶の妖怪。

その力は、まさに創造と破壊…。…神に匹敵する能力…。

彼女がそうしたいと望めば、この世界すら一瞬で壊してしまうのでは…。

「ええ、勿論可能ですわ。尤も、一瞬とまではいきませんがね。効果が届く範囲というのも限られていますから。」

私の心を完全に見透かした発言。
この人は、人の心をも見透かす事が出来るのか…?

「くすくす、これでもそこそこ長生きはしていますから、あなたが何を考えているかくらいはすぐに判りますわ。
 そして、あなたの思うとおり。この力は創造と破壊の両方の特性を持っています。
 世界を消してしまうのは流石に行き過ぎですが、今この場で…。」

…と、彼女はまた扇を取り出し、今度は私を指す。


「…今この場で、あなたの存在を消滅させる事も可能ですわ。」


…また、背筋を冷たい物が流れる。
確かに、私と大気との境界を切り取れば、さっきの樹のように、私は一瞬にして消滅する…。

「…あなたは、私を殺しに来たのですか…?」

震えそうになるのを必死に堪える。
だけど、怖い。いや、もう怖いなんてレベルの話ではない。
次の瞬間に私は死んでいるかもしれないという恐怖が、私の中をただ駆け巡る…。


「…くすくす、ご安心を。私はあなた自身(・・・・・)を殺しに来たわけではありませんわ。」


扇を開き、口元を隠す。
…相変わらず、笑っているけれど笑っていない。
この、あってはならない恐ろしい狂気は…。

「…では、あなたは私に、一体何の用があるのですか?」

とりあえず、私を殺しに来た訳ではない、という事は判った。
何となくだけど、嘘を言っているようには思えない。
だが、だからってこの恐怖が消えるわけじゃないけれど…。

「あらあら、そんなに怖がらなくてもよろしいですわ。
 私はあなたをずっと見てきました。いくつかあなたに助け舟も出して差し上げているのですよ?」

…はっ?助け舟?何のことですか?
私はあなたに出会ったのは、今日が初めてだというのに…。

「私が淹れたお茶は如何でしたか?尤も、白狼天狗との話が長引いて、少し冷めてしまっていたみたいですが。」

…えっ?白狼天狗?それって椛さんの事ですよね?
椛さんは守矢神社にしょっちゅう来るけれど、基本的に長話は…。
…そう言えば、紅魔館であるバイトする前に一回長話を…。
…あれ?確かあの時、御茶を淹れた覚えがなかったのに、私の手元にお茶が…。

「…って、あれかっ!!!!」

その事をようやく思い出して、私は思わず声を荒げる。
あのお茶はこの人が淹れたのか!!道理で出所不明な訳だ!!私がまだ知らなかった人が淹れてたんだから!!

「思い出していただけましたか?
 後、あなたが紅魔館で門番の仕事をしている時に、釣り針の入ったケースを放置したのも私ですわ。」

「あれもですか!?一体何の意図があってあんな事を!?」

思わず聞いてしまう。確かに誰があんな物を放置したのかは気になってましたけど。

「いえ、私の友人が「針なしで釣りをしたら釣れるのかしら?」と言いはじめまして…。
 やると言って聞かないものでしたから、釣り針が邪魔だったのであなた方に差し上げたのですよ。」

ホントに針なしで釣りを始めた人がいたんですか!!冗談で言った心算だったのに!!

「ああ、図書館で働いている時に、掃除用具入れも置いてみましたわ。
 あなたは外の世界から来た人間ですから、そっちの方がよろしいかと。」

あれも!?あれは紅魔館に備え付けてあったものじゃないんですか!?
確かに外の世界にあったなぁ、とは思ってたけど!!

「それと、あなたが料理をしている時に、紅魔館の皆様全員分の食事の材料も提供しましたわ。
 調達が少し苦労したので、感謝の言葉一つはいただけませんか?」

あの大量のお米やジャガイモやタマネギとかか!!
だから咲夜さんも不思議に思ってたのですか!!そりゃ不思議に思いますよ無かったハズなんですから!!

「紅魔館の皆さん分の割り箸も用意して差し上げましたわ。
 外の世界の「100円しょっぷ」と言うのは便利ですわね。安い出費でたくさん割り箸を買い込めましたわ。」

ちょっ!?割り箸も!?空間を渡る術を使えるから外の世界に行く事には別に驚きませんけど!!

「ああ、後はあなたにぴったりのメイド服も見繕いましたわ。」

「うわああああぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

頭を抱えて座り込む私。
確かにあのメイド服は物凄く丁度良かったです。美鈴さんは全くサイズが合ってなかったのに。
…つ、つまり…!…サ、サイズ測られたんですか!?知らない間に!?

「結構いい身体していましたわね。確か上からh「いやあああぁぁぁぁぁぁ!!!!言わないで下さいいぃぃぃぃぃぃ!!!!」

顔から火が出るような恥ずかしさ。さっきまでのシリアスな雰囲気は何処へ行ったんだろう。
とにかくそのサイズは言っちゃダメです!!特に2番目!!
最近ただでさえ運動しなかったから、若干危ない数値になってるかもしれないのに!!

「あら、残念ですね。ではこのことは秘密にしておきますわ。」

はーっ、はーっ…。…動いてもいないのに呼吸が荒く…。
とにかく落ち着け私。何とか一難(?)は去ったんだ…。

「…け、結局あなたは何が言いたいのですか…?」

今まで何人か掴み所のない人には出会った。八坂様を筆頭に、パチュリーさんや妹紅さんとか。
だけど、この人はそのさらに上を行く。考えている事が何も判らない。
人を脅しに掛かったり人をからかったりと、本当に何がしたいんだこの人は…。

「…そうですね、それではそろそろ本題に入りましょう。」


ぱたり、と静かに扇が閉じられて…。


…先ほどまでの、あの禍々しい狂気が、再び蘇った…。






「単刀直入に言います。私はあなたを外の世界に帰すために此処に来ました。」






…言葉の意味を飲み込むのに、少し時間が掛かってしまった。
…ああ、そう言えば私は外の世界から来た人間でした。すぐには思い出せませんでしたよ。
ですが、何ですって?外の世界に…。

…外の世界に、帰すため…?

「…お断りします。」

紫さんが冗談を言っているとは思わない。それくらいは判る。
だからこそ、私は即座にその言葉を返す。
私は帰る気はない。八坂様と洩矢様が幻想郷にいる以上、私はその傍に仕えなくてはならない。
誰がなんと言おうと、私はこれからも幻想郷で生きて行く。
それは、風祝として私が決めた事…。


「…そんな考えをしていて、疲れませんか?」


…何故か、彼女の言葉が心に深く突き刺さった…。

「あなたは風祝として、神に仕えるものの義務として、守矢の神社に住んでいる。
 しかし、あなたはそれで本当に満足なのですか?外の世界を捨ててまで、本当にあなたは幻想郷に来たかったのですか?
 外の世界には、あなたを慕ってくれた人間もいたのでしょう?仲の良かった友人もいたのでしょう?
 その人達を切り捨ててまで、あなたはどうして幻想郷に住む必要があるのですか?」

…違う。私は…。
…私は、幻想郷に…。
言い返したいのに、何故か言い返せない。
違う。私は幻想郷にいたい。八坂様と洩矢様の傍に…。

「その八坂の神と洩矢の神に、あなたは満足しているのですか?」

…ッ!!

「あなたは常日頃思っていたはずですよね?
 「どうして2人はあんなに神様らしくないんだろう。」と。
 さらに、自分が慕っていたはずの神が、博麗霊夢と霧雨魔理沙という、人間に敗北した。
 …そんな、あなたの事も考えない、そして人間よりも弱い神に、あなたは何故そんなに固執する必要があるのですか?」

…!!…何で、あなたがその事を…!!
…何で、何で何も言い返せないんだ…。
一言言えばいいだけなのに…。「八坂様も洩矢様も弱くなんかない。」と…。
どうして、私はさっきからこの人の言う事を黙って聞いてなくちゃいけないんだ…。
…これじゃ、本当に私は…。

…本当に私は、八坂様や洩矢様の事を、もうどうでも良いと思ってる…?

もう、仕えるべき存在ではないのかと、そう思ってしまっている?



「…そんな…。…そんな事は、ありません!!!!」



ようやく私の口から出たその一言。
そうだ、私はそんな事は思っていない。
八坂様も洩矢様も、弱くなんかない。ただ、スペルカードバトルと言う特殊な戦いだったから負けてしまっただけ。
確かに、あの2人はぐうたらで何もしてくれないし、本当に私の事考えてくれてるのかと不安になるけれど…。
私は風祝なんだ。第一に私があの2人を信じないで、どうして風祝を名乗れよう。
私は八坂様も洩矢様も信じている。今までも、そしてこれからも…。


「…そうやって自分を偽って、あなたが苦しむだけではないですか?」


…自分を偽る?何を言っているんだこの人は…。

「あなたは自分の意思で行動していない。自分の意思で生きていない。
 ただ、あなたは風祝と言う肩書きに縋って、自分の存在を正当化しているに過ぎません。
 あなた自身の…。…東風谷早苗として生きずに、あなたは何に満足しているのですか?」

…私の言葉が、また止まってしまう。
この人は、いったい何が言いたいんだ…。

「自分の意思で生きずに、風祝としてただつまらない日々を過ごすよりは…。
 …あなたは、素直に元の世界に帰り、家族や友達と一緒に、楽しい日々を過ごされたほうがいいのでは?
 あなたが幻想郷に来る事で切り捨てたものと、風祝としてこれから得られるものと、どちらが大きいと言うのですか?
 理由も無くあの二人の神に仕えることで、あなたは何を得られるというのですか?」

ぐっ…!!
また言い返せなくなってしまう…。
…八坂様たちに仕えていて、私が得られるもの…。

…得られるものって、何なんだろう…。

私は…、…八坂様たちと幻想郷に来て…、…いったい何を得られた…?

…私は…、…何も得ていない…。


「…ち、違う…。…そんな、そんな事は…。」


言葉で否定しても、どうしても頭の中では別のことを考えてしまう。
確かに、外の世界で信仰心を失った八坂様たちは、幻想郷に来る事で信仰心を取り戻すことは出来た。
だけど、信仰心が増えたところで、果たして私の利になる事は有っただろうか?
八坂様の力が強くなれば、確かに私の奇跡の力もそれに比例して強くなる。

…だけど、だからどうしたと言うのだ?

別に外の世界にいれば、この力はある必要は無い。
この力が無かったところで、気をつけさえすればそんな危険な目には遭わないだろうから。
そもそも、本当の窮地だったとしたら、この奇跡の力は何の役に立つ?
風を呼び、人を救う奇跡の力は、妖怪に襲われた時は役に立つだろうか?
実際に、以前里に行った時も、慧音さんに助けてもらわなければ、どうなるか判らなかったのに?
私は確かに、妖怪の山の妖怪たちとは仲が良いと言えるだろう。
だからと言って、これからもあの時みたいに妖怪に襲われる可能性はある。
…そんな私は、これからも幻想郷で自分の生き方を生きる事が出来るか…?
本当に何時死ぬやも判らぬ所で、私はこれからも…?


「…違う、私は…!!」


…何を考えているんだ、私は。
惑わされるな。私は風祝。八坂様と洩矢様に仕える身。
私は、何よりもお二人の傍に仕えることを優先しなくてはいけないんだ…!!


「…私は、帰りません。私は、風祝として(・・・・・)、これからも八坂様と洩矢様の傍に仕えます。」


…私がそういった時、紫さんが底知れぬ不気味な笑みを浮かべた気がしたのは、気のせいだったのだろうか…。


「…強情ですわね。まあ、私とてそう言うのも嫌いではありません。」

パンッ、と音を立てて扇子を閉じる。

「確かに、数ヶ月とは言えあなたも幻想郷を生きて来た者。
 こんな口だけで説得しようと言うのは、無粋なものでしたわね。」

懐に手を入れ、彼女は一枚の札のようなものを取り出す。
…あれは…。

「あなたもご存知でしょう?あなたが幻想郷に来た時に、同じものを作っているはずですから。」

…ええ、作っていますよ。八坂様に、幻想郷にはそういう物を持っておくべきだと聞いていましたから…。
…スペルカード。幻想郷における、妖怪と人間との関係を保つ鍵とも言える物。
そもそも、私はさっき「海が割れる日」と「モーゼの奇跡」のスペルカードを使っている。

「これであなたが勝てば、私はあなたが幻想郷にいることを認めましょう。
 これでも私は、己の実力には相当の自信を持っていますわ。
 その私を倒すことが出来れば、あなたが幻想郷にいても問題は有りません。
 ですが、あなたが私に敗れるのであれば、あなたは幻想郷にいる意味はありません。
 あなたが幻想郷に来た折に、あなたの神に勝負を挑んだ博麗霊夢と霧雨魔理沙。
 そして、あなたの友人である紅魔館の十六夜咲夜。
 彼女達には、この私すら嘗て敗れました。妖怪と関わる人間は、それほどの力が無くてはいけません。
 彼女達に劣るようでは、これからも妖怪の山で生きていく事は不可能だと断言しましょう。」

長々と説明を終える。
…霊夢さん、魔理沙さん、そして咲夜さんも…。…この人と、戦ったことがあるのですか…。
そして、皆さんこの人に勝ったと言うのですか…。…こんな、恐るべき妖気を持つ人に…。

…でも、咲夜さんの実力はまだ見たこと無いけれど、霊夢さんと魔理沙さんなら、まあ頷ける。
だって、あの二人は八坂様も洩矢様も倒したのだから。
見た感じ、この人の魔力は洩矢様やフランドールより、少しだけ上…。
尤も、洩矢様は普段力を抑えているし、フランドールも意図して力を抑えているように感じられたから、少し大雑把ではあるけれど…。

…霊夢さんも魔理沙さんも、この人を倒しているのだ。
確かに私もあの二人には敗れはしたけれど、同じ人間。同じスペルカードを扱う者。
霊夢さんや魔理沙さんに出来て、私に戦えないと言う事もない。
スペルカードバトルならば、勝機はあるんじゃないか…。

…それに、これは彼女のくれた一つの「慈悲」のような物かもしれない。
恐らく、スペルカード以外の方法で戦ったら、私は一瞬でこの人に負ける。
先ほど聞いた「境界を操る力」。あの力を使えば、そもそもこんな事をせずに、私を無理やり送り返してしまえる。
…それをしないと言うことは、私の意志を少しは考えてくれている、と言うこと。

…ある意味では、これは私に残された最後のチャンス…。
私に拒否権は無い。拒否すれば、恐らくそのまま外の世界に無理やり帰されるか、死、のみ。

「…判りました。断る事もさせてくれそうにありませんからね…。」

私のその問いかけに、紫さんはくすくすと笑って答えるだけだった。

「決まりですわね。
 先に言っておきますが、スペルカードバトルとは言え、あなたの奇跡の能力を使うのは一向に構いません。
 …そして、私は必要最低限の能力しか使いません。幾つか私のスペルは能力を必要としますので、最低限には許していただきますわ。」

…それは、遠まわしに私にハンデを付けている心算でしょうか?
確かに、その境界の能力をフルに使われては、弾幕を出した瞬間に消されるので、勝負にならないとは思いますが…。

「…最低限、ですか…。…何を基準に最低限なんでしょうかね…。」

答えてくれるかどうかは判らないけれど、聞くだけ聞いてみる事にする。
聞かなければ聞かないで、ただの独り言として済ませますし。

「…くすくす、そうですわね…。…例えば…。」

…と、彼女は閉じた扇でゆっくりと天を指し…。



「…例えば、こんなのですわ…!!」



…ふと、私は自分の真上に僅かな妖気を感じる。

反射的に上を見上げると…。

…私の視界に入ったのは、見た感じ四角い岩だった。


「…ええっ!?!?」


咄嗟に身をかわし、寸でのところでその岩を避ける。
かわした後に私が元いた場所を見てみると、そこには大きな墓石が…。

…あ、あんなのに潰されてたら、あの墓石がそのまま私のものになっていましたよ…。

「くすくす、ご安心を。弾幕の一種ですから、潰されたところで死にはしませんわ。」

彼女がそう言うと、私の目の前の墓石はゆっくりと消滅する。
境界の力を使ったのではなく、勢いを失った弾幕が自然消滅するかのように…。

「『開けて悔しき玉手箱』。どうやら玉手箱を開けたら、墓石が出てきてしまったようですわね。」

…何ですか、その洒落にならない玉手箱は…。
なるほど、さっき紫さんの言った「最低限の力」とは、境界を開いて物質を転送する能力のこと…。
どこかに元々あるのか、それとも彼女は、所謂「弾幕格納庫」みたいなものでも持っているのか…。
それは判らないけれど、とにかくこの人は、動かずして好きなだけ弾幕を、好きな場所へと移動できる…。

…ちょっと待って下さい、そんなの…。


…そんな相手、どうやって戦えと言うのですか…?


「くすくす、ではどんどん仕掛けさせてもらいますわ。」


私のそんな同様を他所に、彼女は今一度、閉じた扇を天へと向け…。



ドガアアァァァァッ!!!!



…その次の瞬間、私は目に見えない「何か」に突き飛ばされ…。

…私の後ろに生えていた巨大な木に、叩きつけられた…。

「がはっ…!!」

何かが衝突した時の痛み、そして木に叩きつけられた痛みが同時に私を襲う。
口の中が、鉄の味がする…。
痛い…。…い、今のはいったい…。

「外力『無限の超高速飛行体』。あなたに見切ることが出来ましたか?」

静かに笑う紫さん。
…見切るどころか、私には何が起きたのかさえ理解できなかった…。
…名前から判断するに、恐らく超高速で飛来する弾幕かなにかを、相手に打ち付けるスペルなんだろうけれど…。
…これは、霊夢さんたちとやった弾幕合戦じゃない…。
紅魔館で門番をしているときに見た、魔理沙さんの「スターダストレヴァリエ」「ブレイジングスター」や、美鈴さんの「破山砲」のような…。
美しさを競う弾幕と言うより、本気で相手をねじ伏せるためのスペルカード…。…そういう事ですか…。

「くっ…。」

…これは、私は非常に不利だ。
相手は最初から、スペルカードバトルは提案したが、それが弾幕合戦であると言うことは言っていない。
今のスペルも間違いなくスペルカードなのだから、ルール違反は何もしていない。

…ただ、問題なのは私のスペルカードのほうだ…。
私は、相手に直接働きかけるスペルカードを使ったことが殆ど無い。
紅魔館の門番の際、一度だけ「八坂の神風」をそういうタイプのスペルとして使ったことがあるけれど…。
…あれだって、どちらかと言うと相手の弾幕を吹き飛ばす、防御型のスペル。
…相手をねじ伏せるための攻撃型のスペルは、私は何一つだって持ち合わせては…。

「あらあら、もう終わりですか?随分とあっけないですわね…。」

…ッ!!
駄目だ、弱気になるな。
もしこの勝負に負けたら、私は外の世界に強制送還される。
勝たなくちゃいけないんだ。これからも、八坂様たちの傍に仕えるために…!!

「まだ…終わらせませんよ!!」

痛みを堪えて、私はゆっくりと立ち上がる。
どんなに痛くても、どんなに苦しくても…。…私は、勝たないと…!

「くすくす、そうですわ。そうでなくては面白くありません。
 さあ、あなたの奇跡の力とやらを、私に見せて御覧なさい。」

言われなくとも…!!

「奇跡『客星の明るい夜』!!!!」

私は二つの弾幕の「星」を呼び出し、その星から一気に弾幕を収束させて叩き込む。
本来ならばこの弾幕も、基本的には相手の動きを制限するものだけれど…。
今回は、3種類の弾幕の全てを、一点に収束させる。
私が今その場で考えた、攻撃型の弾幕だ。

「…発想はよろしいのですが…。」

…だが、迫る私の弾幕にも、紫さんは眉一つ動かさずに…。

「境符『四重結界』。」

…一瞬にして、4層にもなる結界を、自らの周囲に張り巡らせ…。
…私の弾幕は、そのうちの一つすら壊すことは出来ずに消滅した…。

「よ、四重の結界…!?」

…紫さんが張り巡らせた結界に、私は思わず声を上げる…。
…だって、私はそう言うタイプのスペルカードを知っている。名前も非常に良く似ているし。
霊夢さんの「夢符『二重結界』」…。…だが、彼女の結界はそのさらに倍…?

…この人は、異常な妖気を持つ妖怪と言うだけでなく、霊夢さん以上の結界術師だと言うのか…?

「…あら、ご存知ありませんでしたか?」

私の反応を見て、彼女は静かに声を掛ける。
ご存知って、いったい何を…?


「…この幻想郷と外の世界とを別ける結界は、この私が張り巡らせたものですわよ?」


…言葉が、次げなくなる。
…えっと、つまり…。…つまり、この人は…。

…幻想郷を世界から切り離すほどの力を、そこまで強大な力を持っているということですか…?


「う…あっ…。」


…恐怖?いや、違う…。
恐ろしさとは違う、別の感情が私の心を駆ける。

…そんな強大な力を持った人に、私は勝負を挑んでいる…?

そんな強大な力を持った人に、私は勝てるのか…?


…絶望。私の今の心を率直に表すなら、その言葉がぴったりだろう…。


「…ッ!!」


いや、飲み込まれるな、諦めるな。
確かにこの人の力は未知数だ。恐らく、これでも相当に力をセーブしているのだろう。
だけど…。…霊夢さんは、この人に勝っているんだ。魔理沙さんも、咲夜さんも。
気を強く持て。1%でも勝機があるのであれば、私は戦わなくてはいけない。

これからも、八坂様と洩矢様の傍にいなくてはいけないのだから…。



「…まだ、そんな事を考えているのですか?」



…静かで鋭い彼女の声が、私の胸を抉る…。


「はっきり言いましょう。その程度の力で、この私に本気で勝つつもりですか?
 あなたはあなた自身の本当の力(・・・・・・・・・・)も使えない。そもそもそれを知らない。
 何も知らないあなたの能力は…。…この私の、半分にも満たないでしょうね。」


…言葉が、出せなかった。
私自身の本来の力?その意味も判らない。
それに…。…私の力は、神から授かったこの力は、この人の半分以下だと…?

馬鹿にするのもたいがいにして欲しい…。
私の能力は、そこまで劣っているはずが…。

…そう思いたいのに、どうしてもそう思えない…。

私の全ての弾幕を集めた「客星の明るい夜」は、彼女の4枚の結界のうち、一つすら破壊することは出来なかった…。
思いつきのスペルだったとは言え、その威力は私のスペルカードの中では最上位だったはず…。
…なのに、それは彼女の結界一枚分にすらならなかったのだ…。

「空餌『中毒性のあるエサ』。」

…私がその事に気を取られている隙に、彼女はまたスペルを発動させて…。
…今度は何方向からも同時に、見えない高速飛行物体が、私を襲った…。

「がっ…!!」

何方向からの強力な衝撃だったのでお互いに勢いを消しあったのだろう。私は今度はどこかに弾き飛ばされることはなかった。
だが、その痛みはさっきの倍以上…。…見えないほどの飛行物体が、何体も私に衝突したのだから…。
その痛みに一瞬意識を刈り取られ、私は地面にばたりと伏した…。

「…痛いでしょう?苦しいでしょう?
 今のあなたと私との差は、天と地ほどに離れています。このまま勝負を続ければ、あなたはさらに苦痛を受けることになるでしょう。
 あなたに勝ち目はありません。そんな勝負を、あなたは何故続けたいのですか?
 そんな苦痛を受けてまで、あなたは本当にあの2人の神の傍にいたいのですか?」

倒れた私の元へと歩きながら、静かにそう語り掛ける。
だけど、内容は殆ど耳に入ってこない。
…痛い…。咲夜さんのナイフなんて比じゃないほどに…。
身体全身が、私の言うことを聞いてくれない。動け、と私は命令しているのに、身体は全く…。



…ああ、本当に…、…私は、何でこんな事をしているんだろう…。


こんな痛い思いをして、私は何がしたいんだろう…。


私は、弱い…。…誰かに助けてもらわなくては、妖怪二匹倒せなかったのだから…。


こんなちっぽけな私が、こんな大妖怪に勝とうだなんて、そもそも無理な話じゃないか…。


あはははは…。…もうなんか、どうでもいいや…。


私は弱い。どんなに強がったところで、所詮私はただの人間なのだから…。



「…判りましたか?あなたは幻想郷にいるべき存在ではありません。
 …外の世界で、静かに両親や友達と暮らしなさい。2人の神には、私から伝えておきましょう



…ははは、そうですね…。


此処で八坂様たちとスッパリとお別れして、外の世界で人間として暮らす…。


みんなにろくに別れも告げずに幻想郷に来てしまった。


だけど、まだ数ヶ月しか経ってないんだ。だったら、みんなもう一度迎えてくれる…。




…ああ、そうですね。もうこの場で、私は負けを認めて…。









「…そんな事、すると思ってるんですか!!」









ドカッ…!!と、鈍い音が少しだけ響く。
私が普段持っている玉串は、寸分の狂いもなく紫さんの胸に命中する。

「ぐっ…!!」

一瞬だけ苦しそうな声を上げ、彼女はすぐに私と間合いを取った。
その隙に、私はもう一度自分の身体に命令する。立ち上がれ、と…。
…足は重いけれど、今度は何とか立つ事はできた。

「私は…帰りません…!!」

もうこれで何度言っただろうか。
私は絶対に帰らない、外の世界には。

「…何故です?このまま幻想郷で過ごしたところで、あなたは何も得られない。
 私に勝つだけの力も無い。何時妖怪に殺されるかも判らない。
 なのに、何故あなたは幻想郷にいたがるのですか?何故そこまでして、あの神に付き従うのですか?」

鋭い眼差しで私を見つめる紫さん。
何故って…。…そんなの、決まってる…。

「…私が、風祝だからです(・・・・・・・)…。」

私は風祝。もう何百年も、守矢神社に仕えた存在。
その私が、何で八坂様と洩矢様の傍を離れなくてはならないのだろうか?
私は風祝として生きてきた。それはこれからも変わらない。
私は風祝なのだから。


「…そうですか…。…それでは…。」


…俯き、紫さんの瞳が前髪で隠れる。

…そして、彼女は手に持った扇を静かに開いて…。












「…もう、あなたに興味はありません。」















…ドスッ…。















「…えっ…?」
















…私の左胸を背中から貫く、一本の刀…。
















…私の視界が、一瞬にして血の雨に染まっていって…。
















「…帰りなさい、虚無へ…。」
















…一瞬だけ感じた激痛。だが、その後に…。

















…私の意識は、果てしない闇の底へと落ちていった…。




















 * * * * * *








「…なえ、早苗、さっさと起きろよ早苗。」

ガシガシと、私が座っている椅子をどつく音がする。
その音と衝撃に、私の頭はゆっくりと覚醒していく。

「…あふっ…?」

情けない声が出てしまった。
目覚めて最初に写った光景は、ちょっとした話し声があちこちから聞こえる場所。
辺りを見回せば、学生服姿の男女がそれぞれ話をしたり部屋を出たりとしている。
…此処は、どう見ても学校だった。どう見ても教室だった。
そして、私はどう考えてもつい今まで、机に突っ伏して眠ってしまっていた。


…何だろう、何だかとても長い夢を見ていた気がするんだけど…。
…駄目だ、少し考えてみても、何も思い出せないや…。
気のせいなのかな…。


「おお、やっと起きたか。起きたら起きたでいいから早く机を前に出してくれ、私が帰れん。」


私は後ろを振り返る。ああ、そう言えば椅子を叩く音で私は目が覚めたんだっけ…。
私の視界に移った少女は、長い金髪で強気な表情をした、紺色のブレザー姿の(・・・・・・・・・)少女。

「…魔理沙さん(・・・・・)…?」

私の言葉に、彼女は何故か顔を歪めた。

「…なんだ、寝ぼけてるのか?いきなりさん付けとは不気味で仕方ないぜ。
 それともあれか?この普通の女子高生霧雨魔理沙さんがようやく偉大な存在だと判ったのか?」

…ああ、いきなり魔理沙「さん」なんで呼んだから、驚いただけか…。
…あれ?そもそもなんで私は、魔理沙の事を急にさん付けなんてしたんだろう。
…あれ?そもそも、私は何で眠っていたんだろう。今私は、どういう状況なんだっけ…?

「やっと起きたの?早苗。6時間目終わってから良く寝てたわね。」

と、私が状況把握をしている間に、また一人私に声を掛けてくる。
声のほうを向けば、黒い髪に赤い大きなリボンが映える、これまた紺のブレザー姿の少女。

「…あ、霊夢さん、おはようございま…いたたたた…。」

ほっぺたをつねられた。

「…寝ぼけてないでさっさと眼ェ覚ましなさい。
 ほら、帰るわよ。どうせあんたの所も今日は部活ないんでしょ?テスト前なんだし。」

…テスト前?あれっ?今ってテスト前でしたっけ?
何かぜんぜん勉強していた気がしないなぁ…。…じゃあ早く帰って勉強しないと…。

…う~ん、それにしても、何でこんな記憶があやふやなんだろう…。
霊夢の話から考えても、私はそう長い時間眠っていたわけじゃないはずなのに…。
…まあいいや、とにかく早く机を前に出そう。掃除当番の子が困るだけだし。
私は机を前に出してから、机の中の教科書とかを鞄に押し込んで、霊夢の元へと歩み寄った。

「お待たせ、じゃあ帰ろっか。」

…ん、何だかようやく自然に話せるようになってきた。
さっき眼が覚めてから、どうも急に丁寧口調になっちゃったりしてたからなぁ…。
ちゃんと友達には友達なりの接し方があるんだから。急にそんな事をしても不気味なだけだ。

「おいコラ、私を置いてくな私を。」

と、私がずっと眠っていたせいで、今机を出し終わった魔理沙が駆けてくる。

「はいはい、それじゃさっさと美鈴も迎えて帰りましょ。
 パチュリーは今日も図書委員だろうし、咲夜はさっき上白沢先生に呼び出されてたし…。」

「んぁ?咲夜なんかやらかしたのか?ガラスでも割ったか?」

「あんたと一緒にされたらたまったもんじゃないわね咲夜も。どうせ学級委員の仕事か何かでしょ?」

霊夢と魔理沙が話しているのを、私は黙って聞くことにする。
と言うのも、上手く会話に入れないと言うか…。…何か、話が良く判らないから。
いや、意味が判らないというわけではなく、話の前後関係が良く判らないから。

美鈴…。…ああ、紅美鈴。中国から日本に来た子で、私が一番仲良くしている子だ。
何となく気が合うと言うか、趣味が似通っていると言うか、とにかく出会ったときから意気投合していた気がする。

パチュリーは、あまり人とは喋らない図書委員の子。だけど、私とは良く話してくれる。
パチュリーも外国人で、確かヨーロッパの何処かから来たんだったっけ。本名はパチュリー=ノーレッジ。

咲夜は私のクラスの学級委員。なんというか、とても真面目でクールな人。
確か既に何処かのお屋敷で住み込みメイドとして働いてるんじゃなかったっけ?主人の事になると人が変わるというのを聞いたことがある。

上白沢先生は私のクラスの担任教師。ついでに歴史の先生。
一言で言うなら堅物で、授業は全然面白くないけれど、ツッコミの才能だけは物凄かった気がする。


まるで今誰かに教えられた(・・・・・・・・・)かのように、私はそんな事を思い出していた。

「う~、頭がもやもやする…。」

ふとそんな言葉が口から漏れてしまう。
まあ、実際に頭に霧が掛かったかのようにボーっとするし…。

「…なんだ早苗、まだ起きてないのか?
 よし、此処は魔理沙さん特製「スーパーきのこミックスR2」を飲ませてやろう。」

「止めんか。あんたこの間もそんなの作って先生に呼び出し食らったでしょうが。しかもネーミングセンスのカケラも無いわね。」

魔理沙が取り出した、怪しい色の液体が入ったビンを、霊夢が即座に掴んで窓から投げ捨てる。
…窓の下にあった花壇に落ちて割れたビンの液体が飛び散り、瞬間にあたりの花が全滅していくのが見えた。
…何を作ったんだ、魔理沙…。

「何だよ霊夢、あれはベニテングダケとカキシメジとウツボカヅラとコウモリの羽根を混ぜて作った特注品だったんだぜ?」

「そんなの何処から入手したんだか…。」

霊夢が呆れてため息をつく。そう言えば、魔理沙はそういうよく判らない実験が大好きだったっけ…。
しかも後半二つはきのこ関係ないし。

「あっと、霊夢に魔理沙に早苗ちゃん、やっと終わったの?何時もより遅かったじゃん。」

…と、前方から私たちに声をかけてくる少女が一人。
他の女子生徒に比べてかなり背が高く、スタイルも高校生なのか疑いたくなるくらいに抜群の、赤い髪の少女。

「美鈴。ちょっと早苗が眠りこけててね。」

私の親友、紅美鈴その人だ。

「ん?早苗ちゃんが居眠りするなんて珍しい。…大丈夫?気分悪くない?」

私の顔を心配そうに覗き込む美鈴。
他の人にはちょっと風当たりが強かったりもするけれど、友達に対しては親身になってくれる。
…ついでに別のクラスだと言うのに、うちのクラスの学級委員の咲夜に憧れているらしい。
まあ、確かにあの人は女子だと言うのにカッコいいし頭はいいし、何やってもそつなくこなすパーフェクト超人ですけど。

「ん、大丈夫大丈夫。何か6限終わったら急に疲れちゃって。」

正直な話、6時間目以前の記憶があやふやだけど、まあそういう事なんだろうと自己完結しておく。
美鈴はちょっと心配性なところもあるから、心配掛けるわけにもいかないし。

「そう?ならいいけど…。テスト前なんだし、身体壊したら大変だから無理しちゃ駄目だよ?」

美鈴は優しくそう声を掛けてくれた。
ああ、やっぱりもつべきは優しい親友だ。

「相変わらず仲がいいぜ。」

「全くね。いっそ結婚しちゃいなさいよ。」

霊夢と魔理沙が茶化してくるが、私と美鈴は笑ってごまかした。
まあ、どうせ二人とも冗談で言ってるんだろうし。


…と、私は何故か、そこで違和感を覚える。

美鈴と、こうして普通に話していることに。

…あれ?美鈴ってこんな性格だったっけ?と言うより、こんな口調だったっけ?

何故か、前は違う口調で美鈴と話していた気がする。

そもそも、私は霊夢や魔理沙にも、こんな砕けた口調で話しかけていたっけ…?

そんなの、友達なんだから当たり前じゃないか…。…そう思いたいのに、どうしてもその違和感が拭いさえない…。


「…おい、早苗。おいってば!!」


その声に、私はハッと我に返る。
見れば魔理沙、霊夢、美鈴の三人ともが、私の顔を心配そうに覗き込んでいた。

「あ…、ご、ごめん、ちょっとまだ眠気が取れてないのかな、あはは…。」

笑って誤魔化してみるが、どうも三人の顔は晴れないまま。
…ああ、困ったなぁ。心配性な美鈴はともかく、魔理沙と霊夢まで…。

「…早苗、本当に大丈夫なの?保健室寄った方ががいいんじゃない?」

霊夢がそう提案してくる。
確かに本来ならそうした方がいいと思うけれど、何かそういう気分になれない。
まあ、別に病気な訳ではない。熱っぽくもないし。
ただなんか頭がもやもやするだけだし、これ以上みんなに心配掛けるわけにも行かないし…。

「大丈夫だってば。別に熱もないしね。
 それより早く帰ろ?私テスト勉強あんまり出来てないから…。」

もっともらしいのか良く判らないけれど、たいていの人は抵抗できないであろう理由をつけてみる。
勉強できてない友達を見捨てないでね、みんな。

「…そうね、まあ早く帰って休んだほうが早苗にもいいかもしれないし。
 …勉強してないってヤツほど勉強はしてるものだけどね。」

「私もしてないぜ。」

「あんたは本気でしてないでしょうが。」

魔理沙が余計なことを言ってくれたおかげで、今までの雰囲気は一転してくれた。
これからは気をつけないと。みんなに心配は掛けてはいけない。
私の事を心配してくれるのは嬉しいけれど…。


「あら、あなた達ちょうど良かったわ。」


…と、私たちが帰途へ付こうとした瞬間、後から鋭く良く通る声が聞こえる。
振り返ってみると、そこには銀髪ショートヘアの鋭い目つきの少女。
そしてその横には、紫色の地面に付かんばかりの超ロングヘアを持ち、リボンの付いた帽子を被った少女が立っていた。

「おっ、咲夜にパチュリー。なんだなんだ、お前達仕事サボったのか?」

「失礼ね、先生に頼まれた仕事はもう片付けたわよ。たまたま居合わせた妹紅も手伝ってくれたし。」

「図書委員は元から無いわ。ただ単に私も咲夜の手伝いをしてただけ。」

魔理沙が茶化しに掛かり、二人とも露骨に嫌な顔をする。
先ほどの話にも出た咲夜とパチュリー。これで、私たちが普段よく一緒にいるメンバーが揃った。

「まあまあ、いいじゃないですか。久しぶりに6人一緒に帰れるんですから。」

美鈴が咲夜に向かって話しかける。
…美鈴は、何故か咲夜に話しかける時だけは敬語になる。
尊敬していると言うのは知っているけれど、そこまでしなくても…とたまに思わなくも無い。

「まあそうね、6人揃うのも久々ね。」

霊夢の言うとおりだ。
さっきまでの4人はともかく、咲夜とパチュリーは委員会の仕事で何かと忙しかったりする。
こうして6人揃って一緒の帰途に付くのは、結構久しぶりな話…。


…あれ?久しぶりだっけ?
みんながみんな久しぶりだと言うけれど、何故か私にはそうは思えなかった。
それに、さっきまで記憶が色々こんがらがっていたのに、何か今は殆ど無意識に咲夜たちとの関係のことを考えていた。
普段から顔を見知っているならば、そんな事考えるまでも無いはずなのに…。

…まるで、今までその事を知らなかったみたいに…。

…そんな事、あるはずは…。


「ほら、早苗、置いてくわよ。」

また色々と考え込んでしまった私の耳に、パチュリーの声が響く。
顔を上げると、もう他の4人は何歩か前を歩いていた。

「あ、ああ、ごめん。」

慌ててパチュリーの横まで駆ける。
う~ん、何だかさっきから変なことばかり考えてしまう。
何だろう、疲れてるのかな…。

「ほら、ボーっとしてないで早くしなさいよ。
 置いてかれて一人になりたくは無いでしょ(・・・・・・・・・・・・・)?。」

あはは、まあ確かに一人は…。

…一人に、なる…?





――  …私は多分もう、一人でいる事が出来ないのよ…。  ――





…そんな声と一緒に、私の頭の中に、薄暗い明かりの中で夥しい量の本に囲まれ、静かに本を読むパチュリーの姿が…。
そしてその横に、ワインレッドの長髪を持った、頭と背中に一対の羽根が生えた女性が一人…。


「…パチュリー、今何か…言った?」

頭の中に突然響いた、パチュリーの声。
その声はとても悲しそうで、何かを恐れている…そんな、寂しさを孕んだ声…。

「えっ?だから一人で帰りたくは無いでしょ?ほら、早く行きましょ。」

だが、返って来たパチュリーの声は、静かではあるけれど別に何処にも寂しさは感じられない。
同じ声であったはずなのに、さっき頭の中に響いた声とは、似ても似つかなかった。

「あ、うん、そうだね。行こう。」

「…?…変な早苗。」

私はパチュリーと並んで早足で歩く。
…だけど、その間中私はずっと考えていた。

さっきの声は、一体なんだったのか…。

その声と一緒に頭に浮かんだ、あの光景は一体なんだったのか…。



…私は何か、大切なことを忘れているんじゃないか…?





 * * * * * *





「…で、結局文の奴また呼び出し喰らってたんだぜ。」

「全く、あの子も懲りないわね。何で後輩の椛はあんなにあの子の事を慕ってるんだか…。」

魔理沙と咲夜が思い思いの話をしている。
他のみんなもそれぞれいろいろと話しているのだが、私はどうも話しに入っていけない。
…みんなが話していることが、私の記憶には殆ど入っていなかったから…。
…何を話しているのかが、よく判らなかったから…。

「…早苗ちゃん、どうしたの?」

…と、考え事を死ながら歩いていた私の顔を、美鈴が覗き込んでくる。
しまった、さっきみんなに心配掛けないように…、そう思ったばかりだったのに…。

「あ、うん、ちょっと考え事してて…。」

今度は正直にそう言ってみる。
下手に大丈夫だと振舞うよりは、ちょっと悩み事があるんだと思われたほうがまだマシかもしれない。
別に病気な訳じゃないんだし。何度も言ってるけれど。

「おっ、何だ早苗。恋の相談ならこの魔理沙さんが乗ってやるぜ?
 相手は誰だ?まさか香霖か?あいつは何だかんだで結構人気あるから、早くアタックしないと拙いぜ?」

「えっ…!?ちょ、違…!!」

「魔理沙の恋愛相談なんか当てにしない方がいいわよ。
 それに霖之助さんは今年受験でしょ?下手な事言うと、逆に嫌われるかもよ?」

「違うってばー!!」

魔理沙の余計な話に霊夢の追い討ちで、かなり恥ずかしくなってしまう私。
ただ、魔理沙が早くアタックしないと~、とか言ってくるとは思わなかったなぁ。
魔理沙と霖之助さんは幼馴染で、兄妹みたいな感じでいい付き合いだとは思っていたけれど…。
…あれかな、仲が良いというよりはやっぱりル○ンと銭○警部みたいな関係なのかな。あれはあれで仲良いんだろうけど。

「そんなんじゃないってば…。…何かさっきから、ずっと変な事考えちゃって…。
 まるで、自分が自分じゃないような気がして…。」

私は素直にそれを話してみる。
…さっきから、自分が自分でない気がしてならない。
みんなとこうして話している自分が、まるで別の自分に乗っ取られているような感じがして…。
…心配は掛けたくなかったけれど、これ以上こんなもやもやした気分を続けていてはかえってみんなに迷惑を掛ける。

「…早苗ちゃん、さっきから元気なかったのって…。」

美鈴の言葉に、私は黙って頷く。
みんなに嘘を吐いていたと言うのは気が引けるけれど…。


「…あっはっは、いっちょ前に悩み事か、カッコいいぜ早苗。」


…と、みんなが黙り込んでしまう中、一人だけ何故か大笑いする魔理沙。
…えっと、私そんなおかしな事言ったかな?

「ちょっと魔理沙、早苗が悩み事があるって言ってるのに幾らなんでも不謹慎よ。」

パチュリーが静かに魔理沙を睨み付ける。尤も、元々そういう目つきだけれど。

「あははは、悪い悪い。私は悩み事なんてしたことないからな。」

暢気にそんな事を言う魔理沙。
まあ確かに、魔理沙は悩み事なんてしそうもない。
悩んでる暇があったら、それを打開するためにさっさと行動を起こしてしまうタイプの人間だから。



「まあ、何考えてるのか知らないけど、そう深く考え込むなよ。
 早苗が答えを出せない悩みなんて、私達にだってどうこう出来ないんだからな。」



…そのとても魔理沙らしい一言が…。

…何故か、私の心の中に響いて…。





――  まあ、だからそう深く考えなくてもいいんじゃないか?
     お前さんが判らない以上、私にだって本当の理由なんか判らないぜ。  ――





…何に使うのかよく判らない沢山の蒐集品の中、強気な笑みを浮かべる…。
白黒の服に白いエプロン、そして大きな黒い帽子を被った魔理沙の姿が、何故か頭を過ぎった…。


「全く、早苗はあんたと違ってデリケートなんだから。」

「おお、霊夢それは酷いぜ。私のこのガラスのハートにも皹が…。」

「何がガラスのハートよ。五稜郭の数十倍以上強固な要塞の癖に。」

魔理沙の一言のお陰で、さっきまでの雰囲気は一瞬にして元に戻った。
…やっぱり、魔理沙は不思議だなぁ。憎まれ口ばかり叩くくせに、何故かその後はとても明るい雰囲気になる。
まるで太陽のような存在だ。雲と言う障害物が無い限り、ずっと私達の事を照らし続けてくれる…。

…そして、そんな魔理沙の姿は、私の心の奥深くに焼き付いていた。
常日頃見ているからとか、そういう意味ではない。
もっと、もっと深いところで…。…私と魔理沙を繋ぐ、大切な絆となって…。


…そしてその繋がりの糸は、今私の横にいる魔理沙ではなく…。


さっき一瞬頭を過ぎった、魔法使いのような風貌の魔理沙に繋がっている気がした…。





 * * * * * *





「それじゃ、私たちはこっちだから。」

ある程度歩いたところの分かれ道で、咲夜とパチュリーが私達から外れる。
咲夜とパチュリーは同じところに住んでいる。咲夜が住み込みメイドをしている屋敷が、パチュリーが居候をしている場所なんだとか。
その2人が同じ学校に通っていると言うのだから、面白い偶然だ。

「ああ、それじゃあね咲夜にパチュリー。また明日。」

「メイドさんは大変だな。今度私のところにも手伝いに来てくれ。」

「前後の文章が噛み合ってない!」

大変だな、と言いつつ、手伝いに来てくれ、とか言ってるんだもんなぁ…。
魔理沙の言葉に、私と美鈴はくすくすと喉を鳴らした。

「なんだよ、私も店の方が大変なんだぜ?それにメイドさんがいれば客も増えそうだし。」

ああ、そう言えば魔理沙の実家はお店を開いてるんだっけ。
直接そっちに行った事はないから、どんなお店なのかは知らないけれど。


「あのね、あんたも忙しいんだろうけど、私も仕事が忙しいのよ。
 それこそ時間を止めてでも(・・・・・・・・)仕事をしたいくらいなんだから。」


…ッ!?

時間を…止めて…?


「あはははは、今度は時間を止めるマジックでもやろうってか?
 流石は学校きってのマジシャン、十六夜咲夜だな。」

「う…、うっさいわね。ただの例えよ、ただの。」

魔理沙はそう茶化しているし、咲夜もそれを否定しているのだが…。

…何故だろう、咲夜の言葉が、何故か本気で言ってるように思えてしまう。

…時間を、止める…?…そんな事、出来るはずないのに…。

咲夜は、時間を止めてしまえる…。…そう思えてならない…。





――  …何時でも戻って来て構わないから。あなたももう紅魔館の一員。此処も、あなたの家よ。  ――





…メイド服姿の咲夜が、脳裏を過ぎる。その後ろには、真っ赤に染まった巨大な洋館が…。
…紅魔館…?…聞いた事が無いはずなのに、何処かで聞いたことがあるその単語は…。



「…ねえ咲夜、紅魔館って場所、知ってる?」



咲夜が帰ってしまう前に、私はその事を聞いてみる事にする。
…すると、咲夜は何かに驚いたように、目を大きく見開いた。

「…驚いた、みんなにも言ったことなかったのに…。
 紅魔館は私が働いてる館の名前よ。私の主人、レミリア=スカーレット様の。」

咲夜のその言葉に、パチュリーを除く全員が首を傾げる。
どうやら、咲夜は今まで誰にも自分が働いている所を教えた事がなかったようだ。
…当然、私も聞いた事はないはずだったのだけれど…。

「何処でその名前を?その名前なんて、私みたいにそこに住んでる人しか知らないはずなのに…。」

何処でって…、…そう聞かれても困る。
ただ、頭にパッとその名前が浮かんだだけ。
あなたでない、別の咲夜が言っていた…。…そんな事言って、信じてもらえるとは思わないけれど…。

「ん、つまりお前が大好きで大好きでやまないお嬢様の名前はレミリアってのか。これはいい収穫だぜ。」

私がまごついていると、魔理沙がそう言って咲夜を茶化す。
…ああ、グッドタイミング。

「んなっ…!!わ、私は別に…!!私はお嬢様も妹様も等しく愛しているわ!!」

咲夜が思わず自ら墓穴を掘る。
あまりに慌てすぎて、うっかり本音が出てしまったのだろう。

「おっと、レミリアお嬢様には妹もいるのか?あははは、早苗のお陰で今日は大収穫だぜ。」

「そうね、咲夜の勤め先は謎ばっかりだったから。」

霊夢もその会話に混ざり、咲夜はよりいっそう顔を真っ赤に染めていく。

…ただ、私にはそれを楽しんでいられる余裕は無かった。

「妹様」…。…その言葉を、咲夜の口から聞いた時…。

…また、一つの“影”が、頭を過ぎった気がする…。



――  ねーねー、こちやん。遊ぼ?  ――

――  …こちやん、その「フランドール様」って言うの、止めて。  ――

――  …うん、約束だよ!  ――



純粋で、とても明るい笑みを浮かべる、私の事を「こちやん」と呼ぶ、金髪で背中に歪な形の羽根が生えた少女…。

…フラン…ドール…?…私は…なんで、そんな名前を…?

…それは、間違いなく咲夜の主人の妹の名前…。

…なんで、私はそれが咲夜の言う「妹様」の名前だと、確信を持っている…?


「…ッ!!うあっ…!!」


突然、私を激しい頭痛が襲う。
痛い、痛い…!!

「さ、早苗ちゃん!?どうしたの!?」

美鈴が慌てふためきながら、私の名前を呼ぶ。
だけど、あまりの痛みにそれに答えてあげる事ができない。
なんなんだ、なんなんださっきから…!

「早苗!!だ、誰か救急車を…!!」

咲夜も…と言うか、全員が慌てるのが見える。
拙い…。…私は、今この場を放れるわけには行かない。
私は何かを掴みかけている。このもやもやした気分を打ち払うための何かを…。
と、とにかく…、…みんなを止めないと…。

「ちょ…、…ちょっと、待って…。大丈夫、大丈夫だから…。」

声にも力が入らない。これじゃ、逆効果に…。

「馬鹿な事言わないで!!早く病院に行かないと…!!」


「だから待ってってば!!!!」


…私の大声に、全員が驚いて動きを止める。
…友達に怒鳴りたくはなかったけれど、今は仕方が無い。
私は、見つけなくちゃいけないんだ。さっきから頭にちらつく、みんなでない別のみんなの事の、その答えを…。

「…ごめん、急に怒鳴ったりして…。でも、本当に大丈夫だから。
 咲夜、パチュリー。早く帰って、その妹様と遊んであげて。フランドール(・・・・・・)と…。」

その言葉に、咲夜とパチュリーがハッと眼を見開く。

「さ、早苗…。紅魔館のことだけじゃなく、何で妹様の名前まで…?」

…ああ、やっぱり。間違っていなかった。
私はその子の事を知っている。何処かで、私はその子に逢った事がある。
私は、その事遊んだ事がある。…そして、本当の“妹”のようだと思ったことも…。

「…秘密。ほら、早く早く。私はもう大丈夫だから。また明日逢いましょ?」

私は2人に向かって手を振る。
…2人とも、大丈夫だと感じたのか、それとも私に押されたのかはよく判らないけれど、驚いた表情のまま、静かに手を振る。
そのままお互いに踵を返し、何とか一難が去ってくれた…。

…美鈴、パチュリー、咲夜、レミリア、フランドールそして、最初に頭を過ぎった、あのワインレッドの髪を持った女性…。

…この6人が、紅魔館の前に立っている姿を思い浮かべる。

…私は、紅魔館に携わる全員を知っている。

何時か何処かで…。…私は、その全員と関わっている気がしてならない…。


…あれ?美鈴?さっきの4人はともかく、何で美鈴まで…?


ああ、また謎が一つ増えてしまった…。





 * * * * * *





「じゃあ、私は此処で。それじゃあね」

「私も今日はこっちだぜ。霊夢の家に用があるからな。」

霊夢と魔理沙が、今度はそう言う。

「うん、じゃあね。また明日。」

私はそう返し、小さく手を振る。美鈴は手を振るだけの別れをする。

「早苗、帰ったらちゃんと休みなさいよ?今日のあんた、何か変だから。」

別れ際に、霊夢はそう言ってくれた。

「ありがと。そうするよ。」

その言葉を最後に、私と美鈴は2人と違う方向へと歩き始める。
咲夜と分かれて以降は、さっきみたいな頭痛が起きる事もない。
此処からは私の家も近いし、もう帰るまでは何とかなるかな?

…帰ってから、今までの疑問をじっくり考えないと…。


「…早苗ちゃん、何か悩み事でもあるの…?」


…と、横を歩く美鈴が、私にそう語りかける。
…どうしよう、ある意味では美鈴は今最大の障害かもしれない。
私達は、自分でも凄く仲がいい友達同士だと思っている。
だからこそ、美鈴は私のちょっとした事でも気に掛けてしまう。尤も、それは私も同じだけれど…。
だけど、どう話して良いかが判らない。
確かに悩み事はある。ただ、その悩みと言うのが自分でも良く判らない。

私は一体、何者なんだろう…。…そんな変な事が、今の私の最大の疑問なのだ…。

「…美鈴、自分が自分じゃないように感じられたことって、ある…?」

…賭けてみる事にした。美鈴に。私の最大の親友に。

「…へっ?それってどういう事?」

首を傾げて聞き返してくる美鈴。
…まあ、それだけで私が言いたい事が判るはずも無い。
…だから、私は全部話してみることにする。包み隠さずに、全部…。

「そのまんまの意味。私は、さっきから自分が自分なのかが判らない…。
 みんなの話を聞いてたって、どうも私だけはそれを見ていなかったように思えてならないの。
 変な話かもしれないけど…。…まるで、私はさっきこの世界に生まれたみたいな…。…そんな感じ…。」

私の話を、美鈴は黙ってきてくれている。
ただ、本気で聞いているのか何を言っているのか理解できないのか、それは判らないけれど…。

「ねえ美鈴、私は誰なの?私は本当に東風谷早苗なの?
 私は本当に…、…美鈴の親友の、早苗なの…?」

こんな事を聞くなんて、私はどうかしてる。
そう思うけれど、聞かずにはいられなかった。
私は本当は誰なのか、それを確かめなくてはならないから。
…私自身のためでもあり、そして美鈴や霊夢、魔理沙、咲夜にパチュリーのためにも…。


「…早苗ちゃん、私が早苗ちゃんと初めて逢った時の事、覚えてる…?」


美鈴は、静かにそう言った。
…初めて…逢った時の事…?
…正直、思い出せなかった。美鈴との出会いなんて、忘れるはずは無いものなのに…。

「…ふふっ、今の早苗ちゃんは、覚えてないのかもしれないね…。
 きっと早苗ちゃんは、今記憶そのものが混乱してるんだと思う。
 …だから、思い出して欲しい。私と、最初に出会った時の事…。」

…その時の美鈴の表情は、親友と言うより、まるで優しい姉のような暖かさを持っていた…。


「…私が、色々と嫌な事があって倒れてた時…。…たまたま通りかかった早苗ちゃんが、私を助けてくれた…。」


…えっ?美鈴との出会いって、そんな変な出会い方だったっけ…?
…普通なら、今の時代そんなの有り得ないだろ、と思う所なのだけれど…。

…ふと私の脳裏に、紅魔館の前で倒れている美鈴(・・・・・・・・・・・・・)が過ぎった…。


「ふふっ、私がもう希望も何もかも失ってた時に、急に早苗ちゃんが大声出してきて…。
 「判ります!!」って、ね…。」


――  霊夢は紅白だから…。…どちら様ですか…?  ――


「…それで、早苗ちゃんは色々と話してくれた。自分も、色々嫌な事があったこと。
 だけど、早苗ちゃんはこう言ったの。「私より貴方の方が辛いのですね!!分かりますとも!!」って…。


――  …ああ、私はもうどうなってもいいです…。
     …真面目に門番やってたって魔理沙にやられる毎日ですし、咲夜さんには刺されるし、お嬢様には叱られるし、みんな中国って呼ぶし…。  ――


「…早苗ちゃんも色々辛かったはずなのに、早苗ちゃんはそれでも私の事を心配してくれた。
 それも嬉しかったんだけど…。…何より嬉しかったのは、その後の言葉…。」


――  紅…美鈴…。  ――


「…その言葉に、私は本当に救われた気がした。早苗ちゃんなら、本当に一生の友達でいてくれるんじゃないかって気がした…。
 …忘れないよ、あの言葉…。


 「例えみんなが見捨てても、私だけは見捨てませんよ」…。」



――  きっと私の「奇跡を起こす程度の力」は、この時のためにあったんです!!友達を助けるために!!  ――



――  早苗さん…!!  ――



――  美鈴さん…!!  ――



「…どう、思い出してくれた?早苗ちゃん…。」



…美鈴のその問いには、私は答えられなかった…。

…だって、目から涙が溢れて…。…口を開いたら、全部泣き声になってしまったから…。

「…えっ?さ、早苗ちゃん!?どうしたの急に!?私何か変なこと言っちゃった!?」

私の肩を掴む美鈴。

…ううん、違う。…いや、違います(・・・・・)…。


嬉しかった。お陰で、私は思い出すことが出来た…。



美鈴さん(・・)…。…やっぱり、あなたは最高の親友です…。



「…がとう…。…ありがとう、美鈴…。」



…多分、美鈴さんの事をこう呼び捨てで呼べる機会なんて、もう二度と来ないと思う。
だから、最後だけ私は今までどおりの口調で話す。
折角だから、思い出に…。…許してくださいね、美鈴さん…。

「…全部、全部思い出したよ…。…ありがとう、美鈴の…いや、霊夢も、魔理沙も、咲夜も、パチュリーも…。
 …みんなのお陰。私が忘れてたこと、みんなが教えてくれたから…。」

私の中で絡まっていた糸が、ようやく一本に解れてくれた。

…私は全部記憶を失ってたのに、みんながそれを思い出させてくれた…。

此処は、私たちの世界じゃないのに…。…それなのに、みんなは私の事を…。


「…美鈴、ごめんね。ちょっとお別れだけど、またすぐに逢いに行くから…。
 …待っててね、紅魔館で…。…咲夜さんやパチュリーさん、レミリアさんにフランドール、それに小悪魔さんも…。
 霊夢さんや魔理沙さんと、一緒に行くから…。…魔理沙さんが来ても、門は守らなくていいから…。
 …私は、絶対に残るから…。…また、もう一度、みんなの笑顔を見るために…。」


…美鈴は今度こそ、何を言っているのかが判らない、と言った表情を浮かべる。
だけど、判らなくていい。ただ、私がそう言いたかっただけだから。


「…さよなら、美鈴。」


私はそれだけ言って、全速力で走り出す。
美鈴が後ろで何かを叫んでいた気がするけれど、それでも止まらずに。
…ごめんなさい、またすぐに逢いに行きますから、今は許してください…。
…ああ、でも、美鈴には逢うのはこれで最後かも…。
私がこれから逢うのは“美鈴さん”なんだし…。

…とにかく、私は走った。息が上がろうと、転びそうになろうと、なんだろうと…。

…私は、とり返さなくてはいけないから。あの人(・・・)に消された、最後の絆を…。




 * * * * * *




私は、町外れの山の中にある、石の階段を駆け上がっていた。
…私が今、どんな境遇にあるのかは、もう大体理解している。
だからこそ、私はこの石段の頂上を目指していた。

…そこにあるはずなのだ。私の、最後の絆が…。


最後の石段を登り終え、私は少しだけ下を向いて、息を整える。
制服が革靴だから走りづらかったけれど…。…もう、走らなくていい。
私はゆっくりと顔を上げる。

そこには、見事なくらいになにもなかった(・・・・・・・)

…そう、石段の上には何も無かった。
ただ、雑草も生えない固そうな土の空き地が広がっているだけ。

「…やっぱり…。」

…そう、あるはずはない。ここは、あの人にとって一番邪魔なものがあったはずだから。

…あなたは、今笑っているかもしれませんね。
此処に何もないことで、私の中でこの世界が現実であることが証明された、と…。

だけど、私は此処がどんな世界かは、もう判っている。
だからこそ、此処に何もない事は、逆に決定打となる。
…此処だけは、私の記憶から外れているのですから…。
第三者の手が加わっていることは、明らかなことですよ…。

この何もない地、これこそが、私の最後の絆…。

私と神とを結ぶ、決して忘れる事の無い場所…。


「…確かに、私は幻想郷にいるべきではないのかもしれません。」


私は、きっと傍で聞いているであろう、あの人に語りかける…。


「私はとても弱い存在です。皆さんに助けてもらわなくては、きっとすぐに死を迎えることになるでしょう。」


…だけど、人間なんてそんなもんじゃないだろうか。

みんなが教えてくれた。人間は、一人で生きていく生物ではない。

助けを求めて、何が悪いというのですか?何が恥ずかしいというのですか?

それを、私の一番大切な人が教えてくれた。




――  …早苗、あなたは人間だよ。例え誰が認めなくても、私たちが、神がそれを認める。  ――



――  早苗は他の人間と何も変わらないよ。だから、もっと前を向いて生きよ?私たちと一緒に。  ――




…私は、人間なのだから…。




「それでも、私は幻想郷にいたい。それは何故か…、…再三、あなたは私に問いましたね…。」




…ピシッ…。…と、何かがひび割れる音が聞こえる…。




「私は、もう手放したくない。握った絆を、もう断ち切りたくない!」




ピシピシッ…!!





「あなたの作った夢の世界に!!私はもう惑わされたりはしません!!幻想郷で手に入れた、沢山の絆が有る限り!!!!」






パリイイィィィィィィ…ン!!!!







 * * * * * *







「…これは、驚かされましたわ…。」

世界は、全て元に戻った。
私は幻想郷、妖怪の山の中にいる。
そして私の目の前には、境界の妖怪、八雲紫が佇んでいる。

「…今の世界も、スペルカードだったのですか?」

私はそう問いかけながら、左胸に手を当ててみる。
…ご丁寧に、刀に貫かれたはずの左胸は、傷一つついていなかった。
…本当に刺さっていたのか、それとも境界を操って、そう見えるようにしただけなのか…。
…なんにせよ、それ以外の身体の痛みなども、私の身体からはきれいさっぱり消えていた…。

「…ええ、その通りですわ。「境界『夢と現の呪』」。
 尤も、誰かに直接作用するようにしたのは、これが初めてですが…。」

「夢と現の呪」、ですか…。
あの世界には、痛みが確かにあった。夢の世界であったはずなのに。
…夢と現実の境界を操って、夢の世界を現実の世界と反転させようとしていたのですか…。
…もう何度も思っていることですが、とんでもない能力の持ち主ですね、この人は…。

「…ですが、効果の程としては自信がありましたわ。
 まさか、こうも早く破られるとは、思いもしませんでした…。」

ああ、さっきのは早かったほうなんですか。
私としては、2~3時間掛けてようやく破ることが出来たスペルカードなんですがね…。
実際は10分そこらしか経ってないのかもしれない。

「…みんなが、私に教えてくれたんです。
 恐らくですが、さっきの世界は私の記憶を頼りに作られていましたね。
 登場人物は違えど、舞台はちゃんと私が外の世界にいたときに住んでいた町でしたし。」

そう、さっきの夢の世界は…。…私の記憶から作られた世界。
私の記憶の中“のみ”によって形成された世界だった。
…でなければ、私は「夢と現の呪」を破る事は出来なかったかもしれない…。
…尤も、多少手は加えられていたみたいですがね。美鈴さんの口調やらなにやらは。

「…記憶に忠実にさせすぎましたね。
 幻想郷で出会った人の人物像が、そのままさっきの夢の世界にも反映されていました。
 その人とどうやって出逢ったかも、幻想郷での記憶のままでしたよ。」

一番の鍵になってくれたのは、やっぱり美鈴さんだった。
美鈴さんとの出会いなんて、強烈過ぎて忘れられるはずがない。
だって、普通考えられますか?紅魔館の門の前で倒れていた門番の人と、逢うなりいきなり親友になるなんて…。

…いや、美鈴さんだけじゃないか。
魔理沙さんも、咲夜さんも、パチュリーさんも、霊夢さんも…。
それに、慧音さんや妹紅さんに霖之助さん、射命丸さんに椛さんも、レミリアさんも、フランドールも…。
みんな、夢の世界で私にヒントを残してくれた。

…ひょっとしたら、あれは本当に、紫さんが意図しなかったことなのかもしれない。
私の「奇跡を起こす程度の能力」…?…いや、違う。
みんなが私に、彼女の境界を破って、ヒントを残してくれたのかもしれない。
…私は少なくとも、みんなの事を友達だと思っている。
みんなも私の事を、友達だと思ってくれたんですかね…。
…その思いが、奇跡を起こしてくれた…。…ちょっと出来すぎた話だけれど、私はそう信じてみたい…。

「…それに、あなたは一つだけ勘違いをしていましたね。」

私は、先ほどの夢の世界では存在しなかった、守矢神社の事を思い出す。
…あの世界に、守矢神社は存在しなかった。
存在しなかった事が、さっきの世界が夢の世界である事の確信に繋がった。

「…確かに、私は八坂様と洩矢様に、結構不満を持っています。人に負けた弱い神だとも、思っているのかもしれません…。
 …それでも、私にとってはあのお2人は神なんです。私だけの、特別な存在なんです…。

…だって、存在しないはずが無いから。
あれが私の記憶の世界だというのならば、守矢神社が存在しないはずはない。
…守矢神社のことを、私は忘れるはずが無いから…。

…尤も、さっきから私はおかしな事ばかり言っていたから、誤解されてもおかしくないかもしれませんがね…。



「…私は、風祝として八坂様と洩矢様に付いて来たわけではありません。
 あのお二人の傍にいたい。命を掛けてでもお仕えしたい。
 …それは、誰の意思でもありません。この私、東風谷早苗自身の意思です!!」





パリイイィィィィィィ…ン!!!!





…今度は私の中で、何かが砕け散るような音が聞こえた…。



「…まさか、この境界まで破られるとは…。」

…と、紫さんは静かにそう呟いた。
…境界?確かに、今の音は先ほど夢の世界が砕けた時のような感じだった。
ただ、今度は私の心の中に響いたような…。…そんな、感じだった。

「『人間と妖怪の境界』。転じて『人間と神の境界』…。
 最初にお話したと思いますが、私はあなたの事をずっと見てきました。
 …私はずっと、あなたの心の境界を操っていました。あなたと神の心が、離れていくように…。」

…えっ…?
…つまり、この人はずっと、私にスペルカードを使い続けていた?この戦いが始まる、ずっとずっと前から?

「何のために、そんな事を…?」

私は問いかける。
…すると、彼女は一瞬だけ、今までの禍々しさが微塵も感じられない、素直な笑みを見せた…。

「知りたかったからですわ。
 あなたの心は、神が人間に敗北した時から、崩れ始めていた。
 …神に不信を抱いたあなたが、一体どうなるのか…。…それを、見てみたかったからです。」

なんとまあ、随分陰湿な…。
迷惑極まりないったらありゃしませんね。



「…楽しかったですか?私が、八坂様や洩矢様、射命丸さんに暴力を振るう様を見ていて。」



…彼女の眼が、ハッと見開かれた…。


「…気付いて、いたのですか?私がその記憶は消していたはずですが…。」


どうやら、彼女は自分が完全に私の記憶を消しているんだと思い込んでいたようだ。
だけど、私だってそんなに馬鹿じゃない。…暫く、現実逃避はしていたけれど…。

その事に気付いたのは、洩矢様が「都合のいい記憶回路」だの如何とか言っていた時。
…それはつまり、私は自分に都合の悪い記憶を失っていると言う事。
自分に都合の悪い記憶…。…そんなの、考えるまでもない。
私の記憶が飛んだ後には、必ず誰かが怪我をし、私に対して恐れを抱いていた。
…それを偶然の一致と見るほど、私は愚かじゃない。

最初はそれを認めたくはなかった。無意識だとは言え、私が仕える神や射命丸さんに対して、そんな事をしていたなんて。
だけど…。…記憶を失ってると思い込んでるお2人が、私に何も変わらずに言葉を掛けてくれるのを見て…。
…私はその事を、認めなくてはならなかった。私のしてきた事の、全てを。
お2人がそうして何も変わらずに接してくれるのに、私一人でそうして現実逃避していても、何も変わらない気がしたから…。


「…本当に、あなたの言うとおりです。
 私はもう、今の生活には満足していないのかもしれません。
 私は自分を偽っているのかもしれません。私は自分自身の人生を生きていなかったのかもしれません。
 …だけど、それも今日までです。」


八坂様も洩矢様も、本当に私の事を気に掛けてくれているのか、本当に疑いたくなるけれど…。
…でも、それでも私はお2人を信じています。
私の進む道の先にいる、私の生きるための道標になってくださった、あなた達2人の事を…。


「私は、東風谷早苗は、私の意思で幻想郷に残り、私の意思で神に仕え、私の意思で生きていきます。
 それが、私自身が選んだ道。一人の人間として選んだ、私の人生です。」


…漸く、私は真に自分の意思を答える事が出来た。
先ほどまでは…。…うん、自分でも訳が分からない事を言っていたなぁ、と思う。
風祝として…。…本当は、そんな事思っていなかったはずなのに…。
きっとそれも、彼女のスペル「人間と神の境界」のせいなんだと思いたい。
…尤も、本当に私自身の意思で言った事だとしても、私はそうして受け止める心算だけれど…。
…これ以上、私は本当の自分を偽らないために…。






「…くすっ、くすくすっ、あははははははははは!!!!」






…と、急に紫さんが、今までになく不気味な笑い声を上げた…。
今日は、酢烏賊楓です。
今回の話は前編だけです。と言うのも、このまま製作を続けると、メモ帳計算で4000行を超えると言う恐ろしい数値を叩き出してしまいそうなので。
因みに後編の方はまだ完成していません。数日中に完成させて更新します。
…まあ、長いから時間を開けたほうがいいとも思いますし。

早苗と紫の戦い、最後まで温かく見守っていただければ幸いです。

それではこの辺で、正式なあとがきは後編の最後まで取っておきます。
酢烏賊楓
[email protected]
http://www.geocities.jp/magic_three_map/touhou_SS.html
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コメント



0.1170簡易評価
9.100名前が無い程度の能力削除
長い物語の最終章を見ているみたいです。


後編をまっt・・・待てないや
12.80名前が無い程度の能力削除
紫は確か無から有を創ることはできなかったはず・・・
今、そこにあるものを操作することはできても全く別の物質に変えたりとかはできなかったよーな

ちょっとそこだけひっかかりました
早苗さんかっこいい!
13.100名前が無い程度の能力削除
後編楽しみにしてます。

気になったのですが、「夢と現の呪」発動中最後の部分
”…私は、とり返さなくてはいけないから。あの人消された、最後の絆を…。”
あの人消された、とありますが「に」か何かが足りないような。
少し気になったので言わせてもらいました。すみません、
14.80名前が無い程度の能力削除
流石に紫の能力の解釈を広げすぎて何でもアリになっているように思えます。
15.80名前が無い程度の能力削除
ゆあきんは個人的に何でもアリでも許されるから不思議

後半期待点
16.無評価酢烏賊楓削除
前編だと言うのにコメントありがとうございましたー。
後編の更新も完了しました。皆様の期待に添えられたかどうかは判りませぬが…。

>22:42:12の名無しさん
>長い物語の最終章を見ているみたいです。
長いかどうかは判りませんが、まあ実際に物語の最終章ではあります。

>02:47:44の名無しさん
>紫は確か無から有を創ることはできなかったはず・・・
う~ん、流石にちょっと過大評価しすぎましたか…。
紫の能力の制限については何処まで出来るのかが設定されているわけではないので、少々見誤っていたかもしれません…。

>14:28:02の名無しさん
>気になったのですが、「夢と現の呪」発動中最後の部分(以下略
すみません脱字です。報告ありがとうございました。

>08:58:52の名無しさん
>流石に紫の能力の解釈を広げすぎて何でもアリになっているように思えます。
実際に半ば何でもアリだと思っておりました…。(駄

>19:24:35の名無しさん
>ゆあきんは個人的に何でもアリでも許されるから不思議
流石に無の空間から有の物質を作るのはやりすぎだったようですね…。
20.100時空や空間を翔る程度の能力削除
さて、紫さんは早苗に何を導きたいのか・・・

後半でその総てを見届けてきます。